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村上陽一郎の「微分の言い抜け」説

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村上陽一郎は「微分の言い抜け」説を岩波『図書』の連載「科学哲学の窓」においてを次のように述べている:

 私たちは、時間幅のない時刻に設定される「速度」を「瞬間速度」などと呼んで、あたかも実質的に存在する何ものかであるかのように考えているが、かつては、この概念を「速さ」もしくは「速度」と呼ぶことはできないと考えられ、「速度の度合い」などという判ったような判らないような名前で呼んでいた。ガリレオの時代でもそうであった。

 私たちは、微分という算法を使ってこの難関を切り抜ける。小さな「時間幅」――それをΔtと置く――を設定し、その間は「速さ」が変わらないものとする。僅かでも時間幅が与えられれば、その間に動いた距離も算定できるから、「速さ」も意味を持つことができる。こうしておいて、そのΔtを次第にゼロに近づける。この、ゼロではないが、しかし無限にゼロに「近づける」という操作 (考えてみると、見事な三百代言流のペテンとしか言いようがない) を主張することこそが微分のみそであり、そこから「瞬間速度」という概念が可能になる。

 中学校では微分のこのトリックが使えないので、仕方なく言葉の魔術で切り抜けるのが常道である。今この瞬間の速さで一時間動くと六〇キロになるとき、その瞬間の速さを「時速六〇キロという速度」であった、と表現するのだ、というのがその説明である。まともに考えると、これは実はひどい言い抜けでしかない。

(村上陽一郎、科学哲学の窓:時間を巡って、『図書』1999年2月号、34-35頁より)

ここで、村上は微分を定義するための極限操作を「見事な三百代言流のペテン」と決め付け、さらに瞬間の速さに関するここで引用したような説明の仕方は「ひどい言い抜け」であると主張している。

「ゼロではないが、しかし無限にゼロに「近づける」」という言い方は確かに曖昧であり、数学的厳密さも欠けている。しかし、遅くとも19世紀には所謂ε-δ論法によって「近づける」というような曖昧な言い方をせずに極限操作を定義できることが知られていた。19世紀以後の数学の視点からは、「無限に近づける」という曖昧な言い方はε-δ論法の論理的に厳密な言い方の省略形だとみなせる。この見方のもとでは、「無限に近づける」という言い方も含めて、微分の概念は決して「見事な三百代言流のペテン」でもないし、「ひどい言い抜け」でもないことになる。

さらに、この連載の続きで、村上は再度「微分の言い抜け」を強調している:

 瞬間速度という概念が、微分という便宜的な算法を使わずには成り立たない、あるいは概念上の困難がある、ということを前回に述べた。日常的な考えに従えば、速さという概念は、あくまで一定の時間が定義されたとき、その時間内に移動する距離との比によって与えられるものだからであり、「瞬間」である限り、そこには一定の値を持つ「時間」が定義できないからである。

 それを微分を使って切り抜けて、見事に成功をおさめたのが、近代力学であった。しかし、そこに争い難い問題が残ることも確かである。

 それは結局時間幅をゼロに近付ければ移動距離もゼロに近付くはずなのに、移動距離のほうだけはゼロにならない、という微分の言い抜けである。

(村上陽一郎、科学哲学の窓:時間を巡って (承前)、『図書』1999年3月号、58-59頁より)

ここで、村上は上に引用した「前回」に続けて、微分は「便宜的な算法」である、もしくは微分には「概念上の困難がある」とみなし、「微分の言い抜け」を強調している。

それ以前の問題として、いくらなんでも「それは結局時間幅をゼロに近付ければ移動距離もゼロに近付くはずなのに、移動距離のほうだけはゼロにならない、という微分の言い抜けである」とはひどすぎる。いったい何を言いたいのか? 「移動距離のほうだけはゼロにならない」というのはどこから出て来た言葉なのか? これを読むと村上がε-δを使わない高校レベルの微分法を理解していることさえ疑わしいことがわかる。

以上のように、村上は「微分」もしくは「瞬間の速さ」の概念を全く理解せずに、「見事な三百代言流のペテン」「ひどい言い抜け」「便宜的な算法」「概念上の困難がある」「微分の言い抜け」などと言っているのだ。

この連載はさらに続く。村上は大森荘蔵の時間に関する科学哲学を紹介しようとしている。そのことに関係して、連載の次の号の始めの部分も引用しておこう:

 古典力学が、人間の得た知識としては格段の正確さを誇っていられるのは、ひとえに、それが次のような構造を持っているからである。物体は質点に還元される。ある時刻 (点) にある位置 (座標点) にあって、ある運動量 (速度、質量) を備えている (質点に還元された) 物体に関しては、それだけの情報で、その物体の任意の時刻 (点) における位置 (座標点) と運動量とを、一〇〇パーセント確実に知ることができる。ここでは、時間は一次元のリニアな直線として規定され、時刻点はその上の位置 (点) として了解される。

 大森荘蔵はこの構造に真っ向から挑戦する。直接大森の言葉に聞いてみよう。

 一本の線を引く。その真中どころに点を一つ打ってこれを現在とする。そしてその右は未来、左は過去。この無造作な区分割りが物理学者の習慣であり、常人としてわれわれもこの習慣にそまってしまっている。しかしこのお粗末な作図が過去、現在、未来、という時間の基本的な様態についておよそ何も教えてないということは一目瞭然である。 (『時間と自我』青土社、二八ページ)

通常ならほとんど誰も疑義を唱えないこのような時間の把握こそ、様々な時間を巡る哲学的錯誤の出発点だ、というのが大森の主張である。

(村上陽一郎、科学哲学の窓:時間を巡って (承前)、『図書』1999年4月号、54-55頁より)

これは本質的な点ではないかもしれないが、村上陽一郎が引用した大森荘蔵の一節における「物理学者」という言葉の使い方は興味深い。

大森は「物理学者」を「常人」と共に時間の「無造作な区分割り」の習慣に染まってしまっている人物として登場させている。これを読んだ読者の多くは、村上や大森のような哲学者は時間の「無造作な区分割り」の習慣に染まっている「物理学者」とは違う、時間に関する議論に関しては哲学者は「物理学者」よりも優れている、という風に解釈するに違いない。

しかし、実際には、物理学者になることを目指すような人達は学生時代に様々な時間の概念を区別することを学び、それらに関する物理学的考察に思いを馳せるものなのである。このことは少なくとも私の学生時代の友人達に関しては完全に正しかった。さらに、専門の物理学者達は常人には非常識に感じられるような様々な時空のモデルを理論的に考察している。

どうして、大森は「物理学者」を上で引用したように扱い、村上はわざわざそれを引用したのであろうか? 誠に残念なことに、「哲学者」としての自分自身を「物理学者」もしくは「科学者」よりも上位に置くというスタイルは、大森荘蔵および大森に強く影響を受けた人達の多くに共通している。 (「科学者は素朴実在論者である」という誤った主張を強調することは、「哲学者」である自分自身を上位に置くための典型的なレトリックである。) 村上の引用の仕方にもそのような姿勢がよく現われている。「微分の言い抜け」説を述べる様にも、現代の物理学や数学を見下す態度がよく現われているように思われる。

なお、村上陽一郎は「微分の言い抜け」説を最近になってから言い始めたわけではない。以下に引用するように少なくとも1980年の時点で微分は「ごまかし」であると言っている。

 ところでそのごまかしというのはどこにあるかというと、私は微分にあると考えている。微分というのは、とりわけこうした状況における微分とは、 limΔt→0 というオペレーション(操作)であると考えられる。つまりΔtという時間をゼロへ持っていくのである。

(村上陽一郎、古典物理学的世界像と時間、『東京大学公開講座 時間』、東京大学出版会、1980年より)

以上で指摘した「微分の言い抜け」というデタラメ以前の問題として、非常に不思議なのは、大森荘蔵や村上陽一郎などのその弟子達が、時空の無限に小さな分割に関わる哲学を扱っているにもかかわらず、ミクロの世界に適用できない古典力学を題材に選んでいることである。

どうして量子場の理論を題材に選ばないのだろうか? 量子場の理論を題材に選べば、時空の無限に小さな分割を考え、さらにその極限を考えることが、極めて複雑な恐るべき難問であることに気付くはずである。

物理学においては「近似」もしくは「数学的理想化」という考え方が基本的であり、「近似」や「数学的理想化」がどのような場合にどれだけ信頼できるかに関しては「ユニバーサリティ」という考え方が決定的に重要である。 (「ユニバーサリティ」=「普遍性」に関しては、『数理科学』1997年4月号に掲載された大野克嗣・田崎晴明東島清くりこみ理論の地平」、田崎晴明普遍性とはなにか?」や田崎晴明の「普遍性と科学」、『熱力学――現代的な視点から』 (培風館、新物理学シリーズ 32) の1.2節「熱力学と普遍性」を参照せよ。)

私が思うに、物理学におけるこれらの基本思想を哲学に輸入することは、哲学自身にとって非常に大事なことであり、科学哲学や認識論にとっては不可欠である。


黒木玄