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問題解決のために

「科学技術創造立国」というにしては, 現在の政策には 問題が沢山ある.我々大学教官がホームページなどで科学の普及に努め, 特に高校生の進路決定にあ たって資料を提供するなどのことは, もちろん必要だ. しかし専門家の批判が社会的にうけいれられず, 労働条件の面 でも必ずしも恵まれない点にも問題の根はあり, いわゆる理系離れにも現われているのではないか. 地道ではあっても, 学問的に批判に耐えうる議論を尊重することこそ, 教育・研究を活性化する道である.どうか「混沌に穴を開けて殺す」の愚を犯さないようにと思う[20]. すでに述べたものも含めて提案を書き, おわりとする.

  1. 2002 年の新課程移行は凍結する.
  2. 教師の待遇の改善. すべての段階で 30 人学級を実現すべく, 優秀な先生を多数養成する. 採用では専門的知識を重視し, たとえば 高校教師はかつての旧制高校のように遇して, 教師の教材研究活動を支援する. 待遇が学位取得者の就職先としても魅力あるものになれば, オーバードクター問題が深刻になることも防げるだろう.
  3. 主要な大学に, 教育課程(指導要領)の研究を専門とする講座を設ける. gif 数学や理科の場合には理学部におくなど, 専門家がいる場所でそのような講座を設けることで, 例えば極端な相対主義に陥ることも防げ,生物学の新しい知見にも対応で きるだろう.
  4. 審議会の委員の選考過程の透明性を高め, 必要に応じて公募も行う. 審議に関係する間, 委員は常勤とする. 報告書および議事録は, 全て発表者の個人名がわかる形とし, 答申は学術会議を通じて関係学会にレフェリー(査読)を依頼する.
  5. 教育に関する議論の基本となるべき各種統計を充実させ, 制度に特に変更項目があったときは追跡調査を行う. 各国の教育制度とそのメリット・デメリットについて, 全ての分野にわ たり一般的教育から専門家育成までの総合的調査を行う.
  6. 教科書の充実.例えば多めの最低ページ数を定めるなどで ページ数を増やし,教科書への補助も引きあげる. 教材研究の蓄積を活かし, 説明や例が豊富な魅力ある教科書にすべきである. 各国教科書の邦訳も事業的に進め, 先生の教材研究の刺激を図るgif アメリカでは, 日本やロシアの高校の教科書を教材として使えるよう, 翻訳事業を進めている..
  7. 新たに休みとなった週末に家計のための仕事をしている高校生もいる. このような現実を救済するための給費制度を拡大する. 実情が地方ごとに異なることに配慮し, 国が財政を保証しつつ 教育の地方分権をすすめる.
  8. 大学および大学院においても学費免除および奨学金 の制度を充実させ, 学費を引き下げる. 若手研究者, とくに学位取得者の身分保証を, 年限を切らない形で拡大する. 少なくとも, 博士の学位をもつ失業中の研究者(大学に研究生などとして納付金を 納めていることが多い)には失業保険を支給できないだろうか. また特に大学院博士課程では, 定員充足率は分野の実体に即し柔軟に考え, 予算とは無関係とする.
  9. 入試科目の最低数を定めるのとひきかえに, 私大補助金を増額できない だろうか.
  10. 以上のため, 初等教育から高等教育・研究に至る国の 投資額を欧米並みに現在の二倍とし,基礎からの充実を図る. 技術職・研究職の待遇改善にも, 国家的な取り組みを行う.

政府および国会は, ある意味で日本における状況全てを 総合的に見渡せる唯一の場であり, 究極の社会教育の場と考えることができる. 政官界の人々は, 特に選ばれて与えられた究極の教育の機会の意義を深く肝に命じ, 軽々しく改革を論じないようにすべきである. このままでは, 今後も失敗が繰り返されかねない.

現在国と地方公共団体の赤字の総額は, 国民一人あたり 500 万円以上にのぼること は, はじめにも書いた.gif {日本における科学への無理解の根本には, 大型公共事業保護の一方で, 生活空間への投資が おろそかにされるのが一端のように思う.本来 科学は理性と同義で無色透明のはずだ.} . この赤字から発生している利息は, 仮に年 0.5%としても, 教育のための予算倍増に十分な額である. 閑散とした道路や空港, 過疎地の下水道などよりはるかに 日本の将来のためになるだろう. 制度変更ばかりで必要な投資をせず, 結果的に教育研究機関をスケープゴートにすれば, 政治の責任は重いだろう.


Koji HASEGAWA
Tue Mar 21 14:32:46 JST 2000