数学基礎論の学び方  田中一之

(数学セミナー98年6月号の記事の抜粋,一部修正)


数学基礎論は,数学の基礎に関する問題意識から生まれた学問である. しかし,誕生からおおよそ100年の月日を経てそれ自身も周囲の状況も大きく変わっており,いま研究現場で何が行われているのか語ることは容易ではない. 最近の研究の大半は,数学の基礎付けといった方向よりは応用志向になっており,その応用ないし交流の範囲は計算機科学の諸分野から,超準的手法による解析学や代数学,そして最近のフルショフスキーらの代数幾何的研究(関数体に関するモーデル・ラング予想の解決)まで四方八方に広がっている.

このように一見捕らえ所のない状況でも,基礎論が基礎論として数学の一分野を形成しているのは,どんな研究もつまるところ次の3つの定理のどれかの応用になっているからだと思う.

 ・ゲーデルの完全性定理(1階述語論理の完全性)
 ・ゲーデルの不完全性定理(特に,第一定理)
 ・ゲンツェンの基本定理(カット消去定理)

そこで,数学基礎論を学ぶためには,この3大定理を正しく理解することが肝要である.厳密な扱いは専門書に任せるとし,ここではこれらの定理の意味と役割だけを簡単に述べて,この分野への案内としよう.

・ゲーデルの完全性定理.

ある公理系Tで命題Aが成り立つことを示す素朴な方法は,この公理系を満たす任意の構造をひとつ選んで,それが命題Aを成り立たせることを確かめるものである.しかし,誰も思いつかないような変な構造だってあるかもしれないから,こんな論法で数学は大丈夫なのだろうか? それでも大丈夫だというのが,ゲーデルの答えである.

公理系Tの任意のモデルにおいて命題Aが成り立つことと,TからAが形式論理の法則だけで導けることが同値であるというのが,完全性定理の主張である.とくに,公理系Tにおいて命題Aが導出できない場合に,Aを偽とする公理系Tのモデルの構成法をゲーデルは考案した.完全性定理は,素朴な証明が形式論理の証明に書き直せることを保証するもので,形式的な証明能力が完全であるという意味で完全性定理と呼ばれる.

・ゲーデルの不完全性定理.

証明とは,公理から定理を導く論理の道筋である.この道筋は上で示したように完全に形式化可能である.ところが,次の問題は何を公理に選ぶかである.集合論の場合,選択公理を認めるか否か,連続体仮説を認めるか否か,...と無限個のオプションがある.これは出発点となる集合論の公理系の出来がとくに悪いからではなく,どう公理系を定めてもそこで真偽が決まらないオプションの命題ができてしまうのである.

ゲーデルは,この現象がすでに算術の世界にあることを不完全性定理によって示した.しかし,集合論における選択公理のような具体的な独立命題がペアノの算術公理系にもあるか否かは,1977年にパリスとハーリントンがラムゼイの定理の一種がそれになることを示すまで大問題であった.これとは対照的に,実数の公理系(実閉体の初等理論)や複素数の公理系(代数閉体の初等理論)は完全であること,つまりすべての命題の真偽がそこで決定されることがタルスキらによって示されている.

・ゲンツェンの基本定理.

ゲンツェンの基本定理は,簡単にいうと,ある定理を導く論理の道筋には,その定理自身と公理より複雑なものは現れないようにできるという主張である.AとA→Bの2つの前提からBを導く三段論法は,アリストテレス以来論理的推論の要めである.しかし,この推論では結論より前提の方が複雑な式になるから,A→Bが公理(の一部)であるような場合を除いては,三段論法(カット)はいらないというのがゲンツェンの驚くべき結論である.

基本定理は,元来その体系の無矛盾性を示す手段として開発されたものであるが,現在は定理や証明の形に関する情報を得るための有力な手段になっている.例えば,命題論理の任意の論理式に対して,カットなし証明の可能なパターンは個数を限定できるので,その証明可能性は有限的な手法で判定できることになる.

・入門コース修了試験.

ここで問題を3つ出しておく.どれも基本的ではあるが,瞬時に答えられる人はそんなにいないと思う.答えを聞けばああそうかで終わってしまうので,たっぷり時間をかけて自分の頭で考えてほしい.

[1] 次の体系は,→と¬だけをもつ古典命題論理の公理系として不完全であることを示せ.
P1: A→(B→A)
P2: (A→(B→C)) → ((A→B)→(A→C))
P3':(A→B)→(¬B→¬A)
MP: AとA→Bが定理ならば,Bも定理である.

[2] 自分自身が矛盾すること(¬Con(T))を証明する無矛盾な算術の公理系 T を作れ.

[3] 述語論理の場合,カットなしの証明に限っても,証明のパターンは有限的に定まらない.その理由を考えよ.(注:命題論理の定理の集合は再帰的だが,述語論理の定理の集合は再帰的でない.)

参考書: 田中一之編著『数学基礎論講義』日本評論社1997.


戻る
Last modified: May 1, 1998