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セルダニスト掲示板 (0007)

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Id: #y20000307225449  (reply, thread)
Date: Tue Mar 07 22:54:49 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000307205251
Name: かしわぎ
Subject: 行政のアウトソーシングなんつー仕事をやってるもんだから

この辺の議論にはなにかひとごとでないという気がしたりもするんですが。そのわりにはお客さんの前じゃあ口が裂けてもいえねーようなことを書いてるなあ(笑)。
まずたとえば高速道路とかにカメラがあるのも感覚的にいやだなと思うし、この先もし保険会社が保険の掛け率を決めるとかのために勝手に自分の遺伝子のデータをやりとりするということになるとしたらそれもなんかいやだな、と思うというのがあります。
しかし、いやでもなんでもそっちのほうが経済合理性があると判断されれば利用される可能性は当然ありますよね。その際に、「経済合理性」に対抗しうるだけの理屈を持ってないといかんでしょう。一番簡単に思い付く反論は「個人のプライバシーは尊重されるべきだ」というものでしょうが、僕はこの「個人のプライバシー」ってそうとうにもろい概念だと思っているんです。まず、現在でも個人のプライバシーを売り渡したおかげでずいぶんと便利になっていることは認めていただけるんじゃないかな。たとえばクレジットカードを持つことも、ある意味プライバシーと引き換えに便利さを手に入れているわけですよね。そのかわり、DMとか勧誘電話がかかってくるという代償を払ってますが。

さらにいうと、僕は「個人のプライバシー」は「基本的人権」には含まれないのではないかと思っているんです。プライバシーなんてものは、実は賃貸権程度のもので、簡単に金銭で売買可能だと思っているんです。決して不可侵なモノではない。ですから、将来的には「プライバシーは売買できなかった時代」なんてのは単なる幻想だったといわれるようになるんじゃなかろうか。つまり、貧乏人はプライバシーをほとんど売り渡すことで、それ以前よりはましな生活を享受させられるようになると思うんです。例えばスピードが60km/hしかでない車しか売ってくれない代わりに保険料がべらぼうに安くなったり、DNA判定によって病気にかからないように「生まれたときから」予防治療を受けさせられたりといったように。これが不幸かどうかは個人の価値観にもよるんでしょうが、しかし押し並べて見るとおそらく平均寿命は格段に伸びるだろうし、不慮の死なんていう経済的損失も激減するでしょう。これを否定することは本当に可能でしょうか?

# ただし、金持ちは自分のプライバシーをお金を払って守るでしょうね。自由を享受するために。

こういう世界に対して高阪さんは「それはなんでいやなのかよく判らないけれど、思いもつかないような悪用されるかもしれないから、というだけではないような気はします。」といったような危機感を持っているんだろうと思います。

が、このような社会にならないという保証なり、動きを僕は今のところ見つけ出せていません(「肖像権」なんかは既に金銭的に解決されちゃったし)。例えば、DNAにしてもなし崩し的にデータとして売買されてますよね。それに、もし「DNAさえ売ってくれれば、君を不治の病から守ってあげることができるかもよ」という悪魔のささやきにほんとに耐えられる人ってどれくらいいるんだろう?既にイギリスでは「胎児の出生前検診」が相当に普及してますよね。例えば、あの動きを止めるような力ってどういうのがあるんだろうか?と思うわけです。

で、僕は国家が管理したらこれが守られるかという点に関しては高阪さんよりは肯定的です。

偏見かもしれないけど国家が活用する方向というのは市場原理がうまく動いていくため、というのとは違う方向ではないかと。
というように違う方向を向いているからこそ国家に任せることによってプライバシーを市場原理から守ってもらえる可能性は高まると思います。国家の場合は「平等」だの「公平」だのを重視してくれますからね。これが市場原理から守ってくれる強力な武器になるのではないかと。確かに秘密警察に全てを見られているかも知れませんが、それは実はたいしたデメリットではないかもしれない。

ただ、ここでの議論の流れにそって考えると、将来的には移動の自由が保障された分散型バーチャル都市国家群になっていると仮定してみる必要があるだろうと。すると、こういった不誠実な対応をする政府は、逆に(皮肉ですが)「市場から」淘汰されていくのです。そういった社会では、各バーチャル都市国家ごとに「基本的人権」の定義は違うだろうし、それを適当に組み合わせて生活していくことになるんだろうなと。

つまり、僕がここでいっているのは「市場原理を究極に推し進めた社会は、実はもっとも最適な形で基本的人権を守ってくれるかもしれない」といっているんです。ただし、ここでいう「基本的人権」って今僕らがおもっているようなものとは似ても似つかないものになることは確実でしょう。移動の自由といった自由はどこかで確保しておかなければいけないだろうから、このへんは「基本的人権」に含まれるでしょうが、それ以外、例えば「言論の自由」とか「参政権」とか「職業選択の自由」とかはどうなるかあやしいなと思います。

ただし、そんな社会はいやだという人が多ければ、その意味で民主主義が機能することになりますから、今の形の民主主義が生き残れば同時に今の形の「基本的人権」も生き延びる可能性はあるかなと。ただ、僕は「知的階級差別」賛成派なので(ああ、懐かしい・・・)、今のままの民主主義では立ち行かないと考えています。なので、それに変わりうるシステムとして「経済合理性を究極に推し進めた社会」なんてのを考えているわけです。

ついでに勇み足をやっておくと、上で言っている「プライバシー」を「環境」に置換えてみても、実はこの論理ってうまく回っちゃうと思うんですよ。「プライバシー=貴重な自然」、「貧乏人=発展途上国」、「金持ち=先進国」というように読み替えればばっちりですよね。環境に関する権利を発展途上国から取り上げて、より効率的に環境をコントロールできる技術と知識を持った先進国が、貴重な環境を利用・運営していくわけです。二酸化炭素排出権取引なんてまさにこれですよね。

なんかこう、世の中って実はいいほうに向かっているんじゃないかとか、そんなことです。
まあ、これは個人の信念かもしれないのであれですが、僕は「楽観的悲観主義者」ですので、「そうでもないと思うぞ」という立場を取っていますので、これはこれでまたあれなんですが(笑)。
で、外生的というのはつまりそれが生まれた原因はとりあえず置いといて、それがあることによる影響だけを考えればいいようなもの、ですか?
たかたさん任せにして忘れていた(笑)。そうです、「外生的」というのは変数として与えられるのではなく、定数として与えられるものといったようなイメージです。

さて次は標準化と陳腐化が「シンボル分析」に与える影響を考えねば(笑)


Id: #y20000307205251  (reply, thread)
Date: Tue Mar 07 20:52:51 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000307002957
Name: 高阪
Subject: ヨ、ヨモギザカってぇな一体・・・。

まだ僕の中ではたかたさんの意見に対して反論 or 同意の意見がまとまっていないんですよ。今現在の時点でいえることは、標準化という動きがどの程度までたかたさんの意見に影響を与えるかがまとまっていないんです。

まっ、ゆっくりいきましょ(笑)。私に言わせれば、こういうところでは自分なりの揺るぎ無い結論を持って来て「はい、これです」と提示するよりは、自分の中ではっきりしていないことをみんなとあーだこーだゆっていくほうが楽しいです。過去ログが残るところのようだから自分の態度が固まっていないとカッコ悪いというのはあるかもしれないですが、まーなんとゆーか、そんなことは気にしていても仕方がないのだ。

かしわぎさんには判りきっていることではあると思いますが、別に私は「折角の通信技術を管理統制に使おうだなんてとんでもない奴めっ、えいえいっ」とか思っている訳ではないので念のため。私のほうに前提となる知識が欠落しているがためにたかたさんが解説してくださったような流れだということは一読しては分からなかったのですが、またおそらく私の書いていることにも私の気がついていない矛盾が含まれているものとは思いますが(もっと落ち着いて書けという説もある)、まずたとえば高速道路とかにカメラがあるのも感覚的にいやだなと思うし、この先もし保険会社が保険の掛け率を決めるとかのために勝手に自分の遺伝子のデータをやりとりするということになるとしたらそれもなんかいやだな、と思うというのがあります。それはなんでいやなのかよく判らないけれど、思いもつかないような悪用されるかもしれないから、というだけではないような気はします。

もし国家がそういういやだなという気持ちを大事にして民間企業から守ってくれるのならあっさり国家っていいじゃん、とか思うかもしれない(笑)。でも実際にはそういうデータをいちばんたくさん持っていちばんなにかしらに活用しそうなのはやっぱり国家なんだろうし、偏見かもしれないけど国家が活用する方向というのは市場原理がうまく動いていくため、というのとは違う方向ではないかと。でもまぁ国家がそんなことしなくてそれが市場原理のためであったとしても、そしてそうなっていかざるを得ないものであってなにを言っても無駄であってもやっぱり、そんな対個人の監視システムには圧倒的に反対なのです。会社でも国家でも、そういう組織的なものを監視するシステムは必要だと思いますが、これはまた別の話ですね。

それでねぇ、よっぱらい運転の話なんか出しちゃうから詐欺師の話なんかされちゃってどうにもよく判らないことになっていくんだけど(それをちゃんと国家の話と切り離せなかったのは私の手落ちだな)、また確かに私は必要以上に性善説を取りがちではあるけれども、その話をする前に広い意味での教育が云々と言ったときに私がイメージしていたのは、もうちょっと違うことでした。なんかこう、世の中って実はいいほうに向かっているんじゃないかとか、そんなことです。あんまり関係ないですが。

で、外生的というのはつまりそれが生まれた原因はとりあえず置いといて、それがあることによる影響だけを考えればいいようなもの、ですか?
Id: #y20000307200302  (reply, thread)
Date: Tue Mar 07 20:03:02 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000307180558
Name: 櫻田
Subject: 大笑いしてしまいました

デヴィッド・ドイチュ「世界の究極理論は存在するか」を読んで、自分の隠れ帰納主義者度をチェックするのがマイブームっす。「そ、そうか、ぼくは隠れ帰納主義者だったんだ!」(そっから 先に読み進めないで困っている)

あそこはなんだかグルグル戻ったり進んだりしてしまいますが(まあ普段から本をあまり真直ぐ読めない人なのですけれど),そうか,ちゃんと隠れ帰納主義者度をちぇっくせねば.

単独著書の反響にある「Fabric 本」というのが,「世界の究極理論は存在するか」のことだということに,買うまで気がついていなかった(何か新しい本を原書で読んでいるのかと思い込んでいた).

ところでロボット・ネタの日記で,俺にややこしいことを言うな!をちぇっくしているのですが,なんだか最近は芸能ネタが多すぎるような.2月のぶんは,「コンピュータの時代を開いた天才たち」とか,カーネギーメロン大学の話題がオモシロいです.


Id: #y20000307180558  (reply, thread)
Date: Tue Mar 07 18:05:58 2000
Name: 山形
Subject: うりうりがうりうりにきて

上岡本は、森山さんのここらあたりも参照。

http://www.moriyama.com/1999/sciencebook.99.12.htm#sci.99.12.25

あと、うん、「ユートピスティクス」あんまし買いでない。といいつつ、原書まで買ってあるけど。ちなみに最近は セルダン系の話はお休みして、デヴィッド・ドイチュ「世界の究極理論は存在するか」を読んで、自分の隠れ帰納主義者度をチェックするのがマイブームっす。「そ、そうか、ぼくは隠れ帰納主義者だったんだ!」(そっから 先に読み進めないで困っている)


Id: #y20000307174903  (reply, thread)
Date: Tue Mar 07 17:49:03 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000307133833
Name: 柏木亮二
Subject: つーことは

「ユートピティクス」もあまり「買い」ではなかったということでござるか?
Id: #y20000307133833  (reply, thread)
Date: Tue Mar 07 13:38:33 2000
Name: 山形浩生
Subject: 神になる科学者たち

> 上岡義雄「神になる科学者たち−21世紀科学文明の危機」は買いですかね?

ぜんぜん関係なくもない別のところである人が書いていた問いだけど、買いじゃないと思う。基本的には、遺伝子工学とか 原爆とか、科学者が神の領域をおかすようなことをして、このままだと何をするかわからないから (市民が)統制しなきゃいけないぞー、というだけの本、みたい。立ち読みしただけだけれど、これ 以上新しいこと書いてそうにない(まちがっていたら失礼)。著者は日経のもとブンヤさん。


Id: #y20000307010555  (reply, thread)
Date: Tue Mar 07 01:05:55 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000307002957
Name: 柏木亮二
Subject: たかたさん、すんません

僕の「100年後のマンハッタンでのサービスでも高度な知識は必要」 という話については、どう思われたでしょう?説得力があったのか、 全く議論にならない戯言だと思われたのか、、、 なにしろこいつは僕自身の生活収入を賭けた議論なものですから。 経済の予測に興味がおありだというのにここにレスがなかったのはどうして?
すんません。まだ僕の中ではたかたさんの意見に対して反論 or 同意の 意見がまとまっていないんですよ。今現在の時点でいえることは、 標準化という動きがどの程度までたかたさんの意見に影響を与えるかが まとまっていないんです。

僕の考えていることは「高度な知識」というのは、必然的に「標準化」という 営為によって「陳腐化」するという仮説を持っているんです。がしかし、 これが「シンボル分析」と「地味なサービス」にどのように反映するかが まだまとまってないんです。

すんません、もうちっと時間をもらえますか(引っ越しでばたばたしてる 人に頼んでどうする(笑))。

あ、あと高阪さんへのご説明を代替していただいて恐縮してます。ただ、 僕は消費者の立場をたかたさんが説明したよりはもう少し弱い立場に おいていたりしますが。


Id: #y20000307002957  (reply, thread)
Date: Tue Mar 07 00:29:57 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000306230528
Name: たかたひであき
Subject: 蒿阪さん、そいつはちと誤解してる(誤解じゃないかも)。

書かないといっておきながら、どうも、妙なことになってるみたいなので、しゃしゃり出てきました。
蒿阪さん、柏木さんの完全市場による「人権仲買人」に反対するのはかまわないと思うんだけど、ポイントがずれてると思う。高阪さん、良い人過ぎて、論点がおかしくなってると思う。
柏木さんの言ってるのは、僕が「全く国家が無かったらちとマズイから、」という話しの展開をしてるのに対して、「国家が全くなくても困らないかもしれないよ」って言ってるのです。たとえば、僕が「国家が無ければ、訳の分からん宗教団体に毒ガス撒かれたりした時、誰に頼ったらいいのか?国家の警察しかないじゃん。」っていう見解なのにたいして、「いや、セコムみたいな警備会社に助けてもらえばいい」とおっしゃってる訳です。福祉にしても、僕が「お金がない人が病気になった時、国家の福祉がなかったらどうすればいいの?」って言うのに対して、「そういう時に助けてくれる保険会社があればいい」とおっしゃってる訳。
で、そういう事を言われたら、当然の柏木さんへの反対意見として、「信用できる会社を選ぶだけの情報を僕らはもらってないじゃん!どうやって警備会社やら保険会社を選べばいいの?」というのが考えられる。で、その批判を見越して、柏木さんは、
「いやいや、ネットみたいな情報技術が発達すれば、僕らは、どの会社がいい会社か簡単に調べられるようになるんだ。ただし、会社の側も僕らが信用できる良いお客さんか簡単に調べられるようになるから、プライバシーは無くなるよ。」
といってる訳です。ですから、蒿阪さんがそういう趣旨で柏木さんに反対するなら、地球上には、詐欺をしたりする人は一人もいないという非現実的な前提をおかなくちゃならない。あ、僕自身はこの見解に反対だけど、それは全く違う理由からなのだ。
あと、技術が外性的ってのは、標準の経済学の理論は、「コンピュータやら自動車やらといった新しい技術が発明されるのはどうしてか? どういう時か?」という質問は、難しいからとりあえずおいといて、「新しい技術が現れたら経済にどういう影響を与えるか」だけを議論しようという立場なんだってこと。
あ、柏木さん、ええと、少し不安なんですが、僕の「100年後のマンハッタンでのサービスでも高度な知識は必要」という話については、どう思われたでしょう?説得力があったのか、全く議論にならない戯言だと思われたのか、、、なにしろこいつは僕自身の生活収入を賭けた議論なものですから。経済の予測に興味がおありだというのにここにレスがなかったのはどうして?
Id: #y20000306230528  (reply, thread)
Date: Mon Mar 06 23:05:28 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000306123253
Name: 高阪
Subject: 自分の専攻にソコハカとない疑問が(笑)。

それと、ノージックは社会学というより政治学なのでは?

っかしーなー、ノージックとロールズってやったんだけどなー(悩)。なんというか、学部生の頃もそうだったけど、こうしてまた専門性のない何でも屋の道を進んでいってしまうのかと思うと・・・(苦笑)。なんか一個でいいからちゃんと専門っていうのがあったほうがカッコイイと思うんですが。何でも屋というのは自分は割かし楽しいけれども役には立たない。

まぁルーディ・ラッカーは今度おっきな書店に行ったらみてみます。最近SFとか読んでないし。「リベラリズムの存在証明」は・・・、えーと、あの、それってむっちゃ難しい本ですか? リベラルとかってもよく判らない言葉なので読むべきかもしれませんが・・・(どきどき)。


なんか、思ってること書き尽くしてしまったのでもうページは必要無いかも。

あらら。たかたさんのおっしゃていることをもっとひらたくゆってくれるような分かりやすくて楽しいページを期待していたのにー。

あ、それとかしわぎさん、「外生的に与えられる」っていうのはつまりどういう意味なんでしょう。多分、日本語の意味として判っていないのだと思いますが。

さてさて。

政治理論とは無縁の単なる印象にすぎないと言われればそれまでなのですが、私にはどうやら国境の線引きがそもそもの間違いなのではないかという気がするのです。いや、ボーダーを区切って運営するということ自体はよいのですが、なんかこう、線の引くところが間違ってていろいろ問題になっているような。バルカンの辺りとかクルド居住区の辺りとか。朝鮮なんかもそうなのかな。まぁだからといって即「国家なんか要らんやろ」となるのも問題ではあるのですが(笑)。

ただ、それがどんなかたちのものであれ、教育と福祉は大きな枠組みで保証しておきたい。勿論ユニセフみたいなのがもっときっちり財源も確保できてよく判るかたちで運営されていくならそれでもよいのだけど。ノージックの最小国家はシンプルでステキにみえるけれども、国民全員が自立した収入のある大人でなければ成り立たない気がします。そうなってくるとそれを補うために宗教とかが大きな役割を果たすことになりそうで(「困っている隣人と子供たちを助けましょう」みたいな)、でもやっぱりそういうことは宗教じゃなく政治のほうでやってほしい。

なんかあんまり未来の話じゃなくなってきました。というか経済の話ではまったくないです。ひとりだけ違う話みたいで済みません。


情報技術ってやつがどういったインパクトを社会に与えるかというところで議論が別れることになるんだろうなと思います。

これについて分かりやすく説明してくれるような新しい本はないのかなぁ。分かれる議論のいろんなのを読んでみたいところ。

で、市場が均衡点を見つける、ということをいろんなことに適応するというのは面白いです。きっと多分それは国家の事業としてやっているような教育機関による教育だけでなく、もっと広い意味での、たとえばテレビとかニュースとかインターネットとかいろんなメディアを通じての教育(というとコトバが悪いかもしれないけれど教養を身につけるとか言うといいのかな?)がなされていけばそうした理想的な均衡点というのはいろんな面で確かにみいだしていけるように思います。でもちょっとコワイのは過熱報道みたいなことなんですが、それも市場の均衡点というかだんだんとチェック機能を果たすものが生まれて来て(上からの規制でなく)なんとか人道的なポイントまで行くんじゃないかなぁと思うのは期待しすぎか楽観しすぎか、結局のところ情報技術がどういったインパクトを与えるものかが判っていないからなんでしょうか。

私は基本的に、かしわぎさんのおっしゃるような完全監視システムみたいなものには圧倒的に反対です。それって結局「よそのおじちゃんが怒るから静かにしなさい」みたいな躾の仕方とおんなじような気がするのです。そうじゃなくて、理想主義的かもしれませんが、自分の行動に対するリスクを負う責任みたいなことの教育(上からの教育でなくね)が徹底していくほうに期待したい。よっぱらい運転だってそれがどういう結果を招くかということを身を持って体験したら、誰に監視されなくとも二度とやらなくなると思うのです。そしてそれだけのシュミレーションができる能力は潜在的に人間にはあり、情報技術というかメディアには使いようによってはそれを引き出す力が備わっていないでしょうか。

そいでもってその辺のことが実は私の中ではコスモロジーみたいな話ともつながっていくのですが、長くなりそうなのでこの辺で。
Id: #y20000306123253  (reply, thread)
Date: Mon Mar 06 12:32:53 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000305224118
Name: 柏木亮二
Subject: 補足:人権仲買人というシステムは

ちょっとばかりノージックの「メタ・ユートピア」を想像したりしてます。

とはいえ、僕はノージックと異なり、あらゆるところに張り巡らされた <センサー/情報システム>による「監視」に伴うプライバシーの喪失と 引き換えに、完全情報条件は達成可能という仮定を置いているので、 ノージックの想定した個人の権利というものはプライバシーという点に 関してはほぼ完全に蹂躪されるという前提付きですが。

その意味ではノージックの語る「ユートピア」とは似ても似つかないもの になるんだろうけど。


Id: #y20000305224118  (reply, thread)
Date: Sun Mar 05 22:41:18 2000
Name: かしわぎ
Subject: 「Science Fiction」ならぬ「Economic Fiction」

なんてものが存在するとすると、そこではどのような要素が必要になってくるんだろうかなと昨日ぼんやりと考えていたりしたんですが、なかなか難しいなあというのが正直な感想です。ちなみにハリ・セルダンはずいぶんと昔に読んだもので記憶はおぼろげですが、「π」を見たときにちょっと思い出したなあ(「π」はちょっと僕の中では不満も多い映画だったんだが)。

たとえば、現在既に枯れている(あまり反論が出てこないと思われる標準的な)経済理論だと、技術とか社会体制ってのは基本的には外生的に与えられるようにするのが普通です。一方、未来を予測するのであれば当然技術がどのように社会体制に影響を与えるのかとか、社会体制が変わると経済にどのような影響を与えるのかといった点を見過ごすことは致命的ですよね。最近の経済学では(ゲーム理論とか進化モデルなんかを使うことで)なんとか技術変化や社会体制をモデルの中に組み込むことを目指してたりしますが、まだまだ標準的な地位を得るまでは至ってないかなと思います。

未来社会の経済的予測未来社会への政治的願望は分けて議論しなければややこしくなりそうということに気付きました。(色づけは柏木)
この手の話をする際には、僕はどっちかといえば前者の方が関心有りです。バク人の御大もどちらかといえば技術・経済ドリブンの議論が多いかなあ。ただし両者とも不可分な部分がとーぜんあるので、ややこしい。とにかく目下のところ、このへんの議論をしようとすると、情報技術ってやつがどういったインパクトを社会に与えるかというところで議論が別れることになるんだろうなと思います。僕も確かにオープンソースモデルがどうだとかって話にはとーぜん関心があるんですが、それよりはハル・ヴァリアン、カール・シャピロ「Information Rules」の立場をとりたいんです(ネグロポンテスタイルではなく(笑))。つまり「経済学は経済現象を説明するのに有効だ」というスタンスです。オープンソースは確かに新しい動きではあるんですが、その動きの背景に存在する経済原理は、実は既に存在する理論で説明が付くだろうと思っているわけです。

ま、たしかに高阪さんのいわれる「あまり長いこと自分は正しいのだと思っていたくない、という習慣を身につけるべきだ。五年たってもなにかを信じているとしたら、わたしはそれを疑うよ。」という態度も正しいと思うんですがね。うーん、あんびばれんつ(笑)。

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さて、経済学を信ずる立場を強調しつつ、たかたさんのモデルに対して反論を試みてみます(ただし、たかたさんは現行制度を下敷きにして話をしていますが、僕は現行制度からかなりぶっ飛んだ前提で話をしてますので、その辺はご了承を)。

まったくの国家の組織の無い、企業と個人しかいない状態を考えると、ちょっとまずそうなのは、仲裁をする人が誰もいなくなってしまう。
こいつは困るので、裁判所くらいはなくては困るだろうと、で、とすると、どういう基準で仲裁をするかをきちんと決める組織(議会)も必要であろうと。
という状況はたぶん起きないと僕は思うのです。まず、ものすごく大上段に振りかぶった結論をいってしまえば、そこは市場がうまく均衡点を見つけだすだろうというもの。ただしこれは、市場が最も効率的な状態になるために必要な機能は、必ず生み出されるであろうというものすごい仮定をおいた上での話ですが(でも経済学では究極的にはこう考える)。

それじゃあんまりなので、もう少し説明するとすれば、たとえば「人権仲買人」とかの存在を仮定するだけでも結構上手く回るんだろうなと。その「人権仲買人」は決して「国家」「行政」という体制とは同値にはならない。個人と国家間の取引関係が複数存在することはないでしょうが、この「仲買人」モデルだと、仲買人が複数存在して、個人は複数の仲買人と取引関係を持つことが可能です。この複数の取引関係の中で競争が起きれば「人権市場」も均衡に達するはずです。

ただ、この場合に考慮しなければいけないのは(というか裏返していえば、これができてないから今現在このようなシステムになっていないんですが)情報の非対称性をいかに回避するかという仕組みです。たとえば完璧な保険市場が存在するとすれば、社会保障なんて必要なくなると僕は思います。ただし、これは保険市場のモラル・ハザードなんかがあってうまくいかないんですが。で、この情報の非対称性を解決するのに情報技術は役に立つかどうか。この一点に関わるんだろうな、というのが僕の最近の未来社会の検討課題。

で、これ以外にも、まあ、どんな企業もやりたくない仕事とかあんまり勝手にやられちゃあ困る仕事とかもあるかもしれない。
究極の経済学が支配する世界(笑)では、このような仕事は存在しないはずです。ただし、究極の経済学が支配する世界では「外部性」は存在せず、全ての経済活動が「内部化」されているんですが(笑)。たとえば公害が起きそうな活動は、その公害をコストを必ず織り込んだ価格設定をされているため、公害が起きるような仕組みでは産業として成立しないし、仮に公害が起きたとしてもそれを解決するための費用負担の保証があるという世界です。現在はこのような外部性を事前に価格に織り込むことが難しいため、いったん税金という形で超過価格を徴収して、あとで配分するという形になっていますよね。この税金分なんかがそれぞれの財/サービスの価格にきちんと配分されて上積みされている世界を想像してもらえばいいかなと。ようは国民全体のための仕事をするのであれば、それに対して価格がつけられないはずはないという前提での話です。
じゃあ、そういう仕事だけをする特別の企業(行政府)を作ろうということになる。そういう企業は国民全体のための仕事をする訳だから、国民が各自同じだけの株式を持つ形で始めるのがスジであろう。
ですので、ここでたかたさんがおっしゃっている「国民が各自同じだけの株式を持つ形」というのが、「参政権とそれに伴う納税の義務」というものに置き換えられると思います。しかし、これでは現状の社会システムからあんまり変化がないのではないかと。いや、現行システムを前提して話をしているので当たり前といえば当たり前なんですが、セルダニストとしてはこのレベルの議論には不満を持たねばいかんでしょう(笑)。
つーことになると、現行制度の中では、そのリーダーが国民投票で選ばれる大統領制が一番近い(政府の株式売買についてはとりあえず考えない)ことになりますよね。
もし、政府が特別な企業であるという前提からスタートすると、議院内閣制とかってのは、大会社の株主総会と全体のルールを定める立法機関がごちゃごちゃになってる訳で、あんまりよろしくないことになってしまう。そういう考え方です。不自然ですかね?
ですので、現行制度の中では大統領制が「究極市場モデルの人権仲買人」に一番近いのは認めるんですが、これとて最適解ではないのでもう一歩何かないかと考えているところです。

で、僕の仮説としては、現在の情報技術が徹底的に発達すると、全ての個人の行動を監視するシステムができあがっていくだろうと思います。たとえば、自動車を走らせるときには、自動的に血中アルコール濃度を判定して、エンジンをかからなくするシステムとか、スピードを出しすぎないようにするリミッターとかももっと精緻化されるだろうなと。そうなれば、自動車保険はもっと最適市場に近づくための条件を一つ得ることになるだろうと。このような動きがもっと進めば、完全市場というものが究極的には可能になって、その際には「市場の失敗」なんかもなくなるだろうから、政府という存在自体が必要なくなるというのが、情報技術の影響かなと。

ただし、とーぜんこの世界に対して「個人のプライバシーはどうした?」という反論があるかと思いますが、もともと「個人のプラバシー」というのは基本的人権なのかどうか?というところを僕は最近疑っているんです。「真の自由とはつらいものよ」というところを考えてみないとな、と思っているところです。

# うー、相変わらず長くなっちまうぜ


Id: #y20000305212155  (reply, thread)
Date: Sun Mar 05 21:21:55 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000305114855
Name: いなば
Subject: 高阪様

ノージックについては拙著『リベラリズムの存在証明』もよろしく(営業営業)。
Id: #y20000305211759  (reply, thread)
Date: Sun Mar 05 21:17:59 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000305145053
Name: いなば
Subject: たかたさま

そーゆー都合のいいことは一切ありません。すみませんです。
Id: #y20000305204330  (reply, thread)
Date: Sun Mar 05 20:43:30 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000305050504
Name: かしわぎ
Subject: モノリスっぽいなと思ったのは

Coca ColaのCMでの映像をみて思ったのです。(実物はたいしてにてもなかったですな)
Id: #y20000305145053  (reply, thread)
Date: Sun Mar 05 14:50:53 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000305114855
Name: たかたひであき
Subject: ラッカーはどれでもお勧めでございます。他いろいろ。

あ、これを書くのを最後にしばらく書き込めなくなるので、書きっぱなしになっちまうのですが、ご容赦ください。
ラッカーはどれでもお勧めでございます。でも、日本語で読むなら、個人的には黒丸尚訳の作品より、大森望訳の作品のほうがお勧めです。黒丸訳は、僕にはちょっと日本語が難しいのだ。

それと、ノージックは社会学というより政治学なのでは?そういや、この掲示板の常連の方で、ノージックなアニメ解説書を書いてらっしゃるらしいせんせがいらっしゃるのです。

あ、そうそう、いなばさん、いなばさんのナウシカ本、読みたいのですが、なかなか手に入らんのです。しかも、もうすぐ引っ越すので、注文するのもちょっとマズイのです。で、近々、岡山に行く用事があるのですが、実は、あの本は岡大では学生向けのテキストとして使ってて生協の本屋に平積みになってる、とかって都合のいいことないですかねぇ。

まったく国家とかの組織がないところからどんな困ったことが起こるかを考えていってなにやら個人の諸権利の侵害を保護するようなものは必要だという結論に辿り着くものです。で、国家のそれ以上の機能はすべて個人の権利の侵害に当たるとかなんとか(なんかこう、こんなアイマイなことでは社会学やってるとか言うのいやんなるなぁ)。
ええと、未来社会の経済的予測と未来社会への政治的願望は分けて議論しなければややこしくなりそうということに気付きました。僕の未来都市ってのは、単なる予測(多少は願望が入っているが)なのです。

で、政治的な願望は全く別の話で、僕は、別に極端なリバタリアンだったりするのではないのですが、情報社会とやらが進んでくると、たとえば、ラインゴールド流のネット貴族社会が主流になって、社会の生産システムがリナックス風になっちまったら、そういう社会の行政サービスには、今とは全く違うことが要求されるだろうと思うのです。少なくとも、フリーソフトを前提にした行政サービスってのは、はたして、現在の「整然とした階層構造の」行政府にはできないのではという不信感があるのです。また、ネット版ナニワ金融道(こういう奴等は絶対出てくる)みたいな話が当たり前になっちまったり、ウィリアム・ギブスンみたいな電子ヤクザがあちこちで出没したりしたら、そういう社会に対する行政的なケアってのも、多分、もっとPerlの文法並にごちゃごちゃした行政府でないと、できないのではと。

というわけだから、ラインゴールドや伊藤が言ってる、ネットの貴族が国家を乗っ取るという構想は、成功した暁には、非常にごちゃごちゃした訳の分からん行政府ができそうだし、新「官僚」たちも、まあ、頭のいい人が多いだろうと期待できるので、それなりに評価してる訳です。ただ、僕は、民主主義ってのは必要だと思うので、その妥協点として、「民主封建制」という体制を妄想してるのです。

で、「民主封建制」といったとき、想像してるのは、大体、
1、国家全体を完全に統治する行政システムは存在しない
2、無数の地域別(関西だけとか)、分野別(教育関係だけとか)の行政システムが乱立する。
3、もし、必要だと思い、財源を確保すれば、誰でも新しいサービスを提供する行政システムを作れる。
4、一つの行政システムでは対応しきれない問題が発生した時には、複数の行政システムの間の「双務的な契約」によって、解決される。
5、いかなる行政システムも、国家全体を管轄する民選の議会の作る法律、および裁判所の判決には、従わなくてはならない。
といった政治システムです。で、これと、「未来のマンハッタン(ただし、知識はそこでの仕事でも重要と思う)」とを組み合わせて論じてみるページを作る予定という話でした。

なんか、思ってること書き尽くしてしまったのでもうページは必要無いかも。


Id: #y20000305114855  (reply, thread)
Date: Sun Mar 05 11:48:55 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000305101133
Name: 高阪
Subject: まったくもってイカンのです(笑)。

セルダンは遠い未来に人間の心理を動かす法則を科学的に解き明かし、その法則に従って社会の運行をすべて予言するにいたった偉大な科学者なのです。


そうなのか。偉大な「社会学者」じゃないところが残念だなぁ(笑)。
アシモフは・・・、なんかメジャーすぎて敬遠してしまっているのです。話題のシドニィ・シェルダンを読みたくないのと同じ気持ちというか。うーむ、こうして道を外れていってしまうのですね(笑)。

まぁ社会学にはとっかかったばっかりということでご容赦ください。これから勉強していきます。とりあえず、ランキングにはできないけど好きな海外SF作家さんというと、月並みだけどウイリアム・ギブソンとかK・W・ジーターかなぁ。ロバート・J・ソウヤーというひとは「ゴールデン・フリース」しか読んでないけどこれはもうむっちゃ面白かったです。ルーディ・ラッカーはずっと気になっているので今度読みます。どれかオススメはありますか。

スチュアート・ブランドの「メディアラボ」のなかで好きなフレーズはミンスキーの台詞、これです。

きみたちは自分の仕事と知性を、保護すべき資源と考えなくてはならん。もしそれが幼稚ながらくたでいっぱいになってしまったら、あとになってからなんらかのツケが回ってくるはずだな。(中略)あまり長いこと自分は正しいのだと思っていたくない、という習慣を身につけるべきだ。五年たってもなにかを信じているとしたら、わたしはそれを疑うよ。


十年前、まだ人文科学系の学部生だった頃にこれを読んで感動しました。また学生に戻った今、自分の中に当時の印象が残っているのでそれを打破していかねばならないのですが、少し困難を感じています。だって当時は新興テクノロジー群ってやたらめったら楽しそうに見えたんですって(笑)。

まず、まったくの国家の組織の無い、企業と個人しかいない状態を考えると、ちょっとまずそうなのは、仲裁をする人が誰もいなくなってしまう。こいつは困るので、裁判所くらいはなくては困るだろうと、で、とすると、どういう基準で仲裁をするかをきちんと決める組織(議会)も必要であろうと。


社会学駆け出しの高阪が読んだ数少ないそれ系(?)の本にノージックというひとの「アナーキー・国家・ユートピア」という本があって、それがちょうどたかたさんのおっしゃるように、まったく国家とかの組織がないところからどんな困ったことが起こるかを考えていってなにやら個人の諸権利の侵害を保護するようなものは必要だという結論に辿り着くものです。で、国家のそれ以上の機能はすべて個人の権利の侵害に当たるとかなんとか(なんかこう、こんなアイマイなことでは社会学やってるとか言うのいやんなるなぁ)。

しかしそれって現在の国境で分割される必要は必ずしもないんじゃないかとか。それは勿論、国境と言うのは歴史的に成立してきたもので、なんというかまぁそれなりに価値とかのあるものなのかもしれないけど。でもそれを国境で分割せずにぐろーばるにやろうとすると今のままではやっぱりアメリカ主導とかになってしまいそうだから、それはそれでまずいのだろうけど。

話の流れとはゼンゼン関係ないけど、ひとりのひとが一日のうちの何時間ででも一年のうちの何ヶ月かとかでもいいけど、シンボル分析的な仕事とウェイター的な仕事とを両方やるって言うのはどうでしょうね。そういうのが一種のノブレス・オブリージュみたいなものとして定着したら面白そうです。いわゆる先生方にもサービス業の大変さが判るし、専門知識を持っていることも大事だけど清掃とか介護とかのきつい仕事も世の中を廻していくには大事ということになったら誰もがそれをひとごとのように考えなくなりそうだし(路上がゴミで埋まるのはそこら辺が実感として判ってないからなんだろうしね)。科学の発展のためには才能のある人間は無駄なことに労力を費やさずに研究に邁進すべしみたいなのはあるかもしけないけど、個人が自分のコスモロジーを成立させていく上ではそうやって井戸に閉じ込めてしまわないほうがいいと思うのです。で、科学とか世界が発展していくことも大事だけどそれより、ひとりひとりがきちんとコスモロジーを持つことのほうが大事である、と私は思うのです。今は前者ばかりで後者があんまり重視されていない気がするので、少なくともバランスはとれていってほしい。・・・うーむ、なんかうまく言えてる気がしないけど、たとえばスゴイ外科手術をする偉い先生とかってきっとその血糊のついた脱脂綿が最後どうなるかとかって考えていないんじゃなかろうかという偏見に基づいて書いていますので、この最後のパラグラフはツッコミどころ満載(だろうなぁ、絶対)の思い付きにすぎませんけども(苦笑)。
Id: #y20000305112254  (reply, thread)
Date: Sun Mar 05 11:22:54 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000304235723
Name: たざき
Subject: いや、とりたててかくこともないんですが

地方の中学の教室でファウンデーションシリーズをわくわく読んでいたら、 女の子に「むずかしいものよんでる」って言われて不条理なものを感じたな、とか思い出してしまいました。 プレステ2が昨日家に届いたので、 おそるおそる触れてみて、一瞬だけ(暇なし)コントローラーを握りましたが、 今のところ、 次段階に進化したり、まったく新しい発想を得たりする徴候はありません。 (この年齢だと駄目なのかもしれないけど。)
Id: #y20000305101133  (reply, thread)
Date: Sun Mar 05 10:11:33 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000304235723
Name: 櫻田
Subject: 反論ではなく

なんでも3の方で,恥ずかしいことばかりやらかしていた,勉強不足の学部生(大阪市大理学部数学科)です.最近は,ここがとても活発で,話題もとても興味深いので,読んでいろいろ勉強させていただいております.

ところで,反論は認めないとのことですが,この評価には勝手に賛成させていただきます:

1 ルディ・ラッカー

スチュアート・ブランドのメディア・ラボ宣伝本『メディア・ラボ』のなかでスチュアート・ブランド(彼も生物学者だったらしい)は,ミンスキーに何故SF作家にそんなに興味を持っているのか,ミンスキーの自宅で質問したんだそうな.それに対するミンスキーの返答:

「彼らは思想家だと思うのだ.彼らはこれ以上はないほど思慮深い方法で結論と暗示を考え出そうとしている.今から二百年くらいしたら,おそらく,アイザック・アシモフとフレッド・ポールは二十世紀の重要な哲学者だとみなされるようになるだろう.そして,職業的な哲学者たちは全員,ほとんど忘れられた存在になるだろうね.職業的な哲学者たちは浅薄でまちがっていて,彼らが考えることはまったく説得力がないからな.」

ところでミンスキーやシーモア・パパートの日常言語で読める文章にとても魅かれるので,彼らの共著だというだけの理由で,『パーセプトロン』を読みはじめました.とても時間がかかると思いますが,もし読んだという方がいらっしゃれば,これからよろしくお願いします.きっと質問などがでてくると思いますので.


Id: #y20000305050504  (reply, thread)
Date: Sun Mar 05 05:05:04 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000303173843
Name: 崎山伸夫
Subject: モノリス

さらにどうでもいいんだけど、モノリスといえば私の近辺では AUSPEXの大きめの匡体です。 断じて PS2 みたいなちっちゃな(って現物みてないけど)ものには言わないと思う。


Id: #y20000304235723  (reply, thread)
Date: Sat Mar 04 23:57:23 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000303205323
Name: たかたひであき
Subject: 社会学をやってるのに、ハリ・セルダンを知らんなんていかんでしょ

すみません、ちょっと趣味に走ります(笑)。

アイザック・アシモフとか読んだことがないもので、期待されている話題とは違うかもしれません。せるだにすとって???
高坂さん、社会科学というのは、アダム・スミスやら、オーギュスト・コントに始まって、やがて、ハリ・セルダンによって完成される学問なのですぞ。ですから、社会学をしていてハリ・セルダンを知らぬなんていかんでしょう。ぜひ、アシモフをお読みになったほうがいい。セルダンは遠い未来に人間の心理を動かす法則を科学的に解き明かし、その法則に従って社会の運行をすべて予言するにいたった偉大な科学者なのです。

で、私的な海外SF作家ランキング・ベスト5(反論は認めないぞ!)
1 ルーディ・ラッカー
2 スタニスワフ・レム
3 ロバート・ハインライン
4 アイザック・アシモフ
5 ケビン・アンダースン & ダグ・ビースン
特別賞 アーサー・クラーク

で、かく言う私も、かつてハリ・セルダンをめざして、理論物理学者になろうと思っていたのだ。しかし、理論物理学が脳物理学を生み出してさらに歴史物理学を生み出すまでは、私の寿命は持たぬだろうという当たり前の現実に数年かけて気がついて(苦笑)、数年前、生物学でもやろうと思うに至ったのだ。
やれやれ。
あ、もし、この投稿で気分が悪くなった方がおられたら、許してね


Id: #y20000303230332  (reply, thread)
Date: Fri Mar 03 23:03:32 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000303215150
Name: たかた
Subject: 文章がどうもわかりにくいものになったので、補足

ええと、前の投稿で、なくならないと思う仕事としてあげた例は、いずれも、シンボル分析とウェイターのようなサービスの両方が必要という例なのですが、ここで言いたかったのは、働かないシンボル分析家と知識の無いサービスマンのコンビでうまくできない(と経験的に思われている)仕事をコンピュータとブルーカラーサービスマンの組み合わせでできる訳が無い(となりで人間が教えたってできないのだから、コンピュータが教えてできるわきゃ無い)ということです。おそらく、現在の社会でこういう仕事の例が少なく感じられるのは、たぶん、コンピュータが未熟な現在では、知的能力に対して市場から払われる対価が大きすぎるため、連中にヒューマンタッチな仕事をさせても割が合わないからでしょう。従って、将来的には、情報技術の発達によって、こういう仕事が増えると思っているのです。
クルーグマンを翻訳しているバク人はこの見解をどう思われるのだろうか?
Id: #y20000303215150  (reply, thread)
Date: Fri Mar 03 21:51:50 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000303190955
Name: たかたひであき
Subject: 僕は、柏木さんが、「村落」って言葉でナウシカの住む風の谷みたいなのを想像してるのかと思った。

ただちょいと気になるのは、「専門知識を使った仕事が重要になる」というところ。この「専門知識」ってのがどういう内容かによっては大都市モデルの必然性はなくなるかなあと。
その辺はクルーグマンとちょいと違うんです。僕は、クルーグマンのシンボル分析の仕事がなくなるってのは、全くそのとおりだと思うんだけど、でも、世の中には、純粋なホワイトカラーでも、純粋なブルーカラーでもない仕事ってのはたくさんあると思うんです。たとえば、医者の仕事なんてのは、かなりの部分地味な介護なんだけど、「シンボル分析」みたいな部分も混じり合ってて、要するに、全体としては、シンボル分析の結果を地味なサービスとして出力するようなとこがあるんです。で、地味なサービスの部分とシンボル分析の部分をきちんと分けられない。また、知り合いのSEと話してると、連中の仕事もそうらしいです。機械で代替しにくそうな「ドサ回りの営業」的な部分と、専門知識の応用みたいな部分が混ざってて、うまく分けられないらしい。だから、ドサ回りは嫌だけど知識はものすごくあるエンジニアと、営業は苦にならないけど、知識の無いエンジニアを合わせて連れてきても、コンピュータのコンサル的な仕事も営業的な仕事も両方こなせるSEの代わりにはならない。同様に、生徒の反応をうまく見て相手に合わせて教えられるけど数学ができない教師と、数学はできるけど生徒にうまく教えられない教師の二人のコンビで数学を教えようとしても、多分うまく行かない。相手の話をうまく聞き出せるけど、さほど博識でない古館伊知郎みたいな人と、たとえば、科学のことを良く知っているけど、うまく人と話せない人をコンビを組ませても、ネットサイエンスインタビューみたいなのは作れないだろう。と。
そういう仕事は多分、コンピュータで完全に代替できないだろうし、かといって、コンピュータを知識のないサービスマンに使わせて代替できるかというと、そういうことも難しかろうと思います。たぶん、そういう仕事は世の中にはたくさんあるでしょう。で、そういう仕事が無くなることは考えにくいし、そういう仕事は、要求される知識量もふえていくであろうと。もちろん、そうでない完全なシンボル分析の人は要らなくなるとおもいますが。
大統領制導入のメリットは、大統領が民間側の意志を反映するから政府の抑止力になる
べつに、そんなこと思っちゃあいないです。ええと、ここに出てきたのは、僕流の国家論なんですが、まず、まったくの国家の組織の無い、企業と個人しかいない状態を考えると、ちょっとまずそうなのは、仲裁をする人が誰もいなくなってしまう。こいつは困るので、裁判所くらいはなくては困るだろうと、で、とすると、どういう基準で仲裁をするかをきちんと決める組織(議会)も必要であろうと。で、これ以外にも、まあ、どんな企業もやりたくない仕事とかあんまり勝手にやられちゃあ困る仕事とかもあるかもしれない。じゃあ、そういう仕事だけをする特別の企業(行政府)を作ろうということになる。そういう企業は国民全体のための仕事をする訳だから、国民が各自同じだけの株式を持つ形で始めるのがスジであろう。つーことになると、現行制度の中では、そのリーダーが国民投票で選ばれる大統領制が一番近い(政府の株式売買についてはとりあえず考えない)ことになりますよね。もし、政府が特別な企業であるという前提からスタートすると、議院内閣制とかってのは、大会社の株主総会と全体のルールを定める立法機関がごちゃごちゃになってる訳で、あんまりよろしくないことになってしまう。そういう考え方です。不自然ですかね?

Id: #y20000303205323  (reply, thread)
Date: Fri Mar 03 20:53:23 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000303190955
Name: 高阪
Subject: 長くなりそうなので書式を変えてみました。

非常に個人的な話から入って申し訳ないのですが、私には国家というものに対してごく普通の判り方(というものが仮にあるとして)をしていないどころかさっぱり判っていなかったりします。なんかこう、枠組みとして非常に納得が行っていないというか(<ただの莫迦か?)、あえて言葉で表すなら「もともと暫定的なものである筈なのに不可欠のものであるかのように機能してしまっているだけなのでわ?」というようなすっきりしない印象があるというのか、グローバルとかローカルとかいう単位のほうが(ローカルをどの単位で捉えるかという問題は残りますが)、ナショナルより判りやすい気がするのです。
すべてのアイデンティティは「作られる」ものでありナショナリティもそのひとつだ、と言われてしまうとそうなのかなぁ???と思うけれど、国民って国家によって「作られる」訳で、つまりそうやって作られなかったらないものであって、そんなら別に要らないんじゃないかなぁ、とか。日本なんかは言語と文化と政府の領域がたまたまこう、上手い具合に一致しててややこしいんですけど、いや、別に、税金だってちゃんと払ってるしアナーキストでも反政府主義者でもないんですけど、うーむ、やっぱり根本のところで判っていないのであります(苦笑)。

なので、これって面白いなぁ、と思ったり(笑)。


つーか、僕が公共サービスより質のいいサービスを民間で提供して、みんなが何のために税金はらってるんだかよく分からんくなって、で、小渕くんよりたかたくんのほうがいいやーってみんなが言い出すのを期待する(笑)


国がやってるサービスのいいところは倒産しなさそうなところで、悪いところは無駄に道とか港とかを作ったりしちゃうところかなぁ。複数の国家を作って競争させるのもいいけど、国家っていうのをもうやめちゃって自治体レベルで競争っていうのはできないでしょうか。
えーと、これは自治体を横断するようなプロジェクトをどうするかっていうのはちょっと考えてなくて、これは暮らしていく上でのサービスを想定しているんですが、住みやすい自治体には人が集まるとかいうふうに上手いことはいかないのかなぁ。

サービスっていうとそれもよく判らなくなってきそうだけど、事業ということで国家の役割みたいなものとして残るのは司法と教育のアウトラインを作ることのような気がします。あ、でもEUみたいに、限定的とはいえ国家の枠組みの外で裁判ができるようになってきてるってことは、司法ももうちょっとどうにかできるのかもしれないですが。


それよりはもっと地道な介護とか掃除とかいった身の回りのサービスに関する経験とかのほうが重要になってくるんじゃないかなあ。


大卒もそのうち今の高卒くらいの価値(?)になりそうですしね。専門知識はコミュニケーション技術の発達でだんだんと一般化されていくと思いますし。知識でなく知恵や経験の部分や才能の部分、というのは価値が下がることはないとは思いますが。でもたかたさんが専門家同士のコミュニケーションを重要だとしているのはそれに単なる知識のやり取りでなく新たな創造性のヒントやわくわくするやうな感じなどの無形の恩恵みたいなものを求めているからであるような気がします。


済みません。アイザック・アシモフとか読んだことがないもので、期待されている話題とは違うかもしれません。せるだにすとって???

Id: #y20000303190955  (reply, thread)
Date: Fri Mar 03 19:09:55 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000303152905
Name: 柏木亮二
Subject: そうかあ、僕は「信長の野望」みたいな世界(笑)を想像してたんだが

ふうむ、この感じだと未来都市のほうにイメージは近くなってきますね。そういう意味でクルーグマンの百年後のマンハッタンというわけですな。了解。
ええと、現代人の生活を支える物資を「村落」で作りきるのはちょっと難しいと思うし、ある程度まとまった数の人間が住んでないとそういう生活は支えきれないのではないかと思うのです。それに、専門知識を使った仕事が重要になってくると、専門家同志のコミュニケーションも重要になってきますし、コミュニケーションに必要な信用ってのは、離れていては不可能なものも多いと思うのです。
ただちょいと気になるのは、「専門知識を使った仕事が重要になる」というところ。この「専門知識」ってのがどういう内容かによっては大都市モデルの必然性はなくなるかなあと。前掲のクルーグマンの論文で指摘されてるのは、いわゆるホワイトカラーの役割ってのは、コンピュータあたりにかなりの部分代替されちゃうという点ですよね。ようは大卒はいらなくなると。その意味で、今現在僕たちが使っている「専門知識」と呼べるものは実は将来的にはそんなに重要じゃなくなるんではないかという点です。ここで言う「専門家同士のコミュニケーション」はそれほど影響力/重要性を持たないと思うのです。

それよりはもっと地道な介護とか掃除とかいった身の回りのサービスに関する経験とかのほうが重要になってくるんじゃないかなあ。つまり、将来的には(この曖昧な前提条件が曲者なんだけど)大規模なコミュニケーションのための集中というのは必要なくなって、「村落」くらいのレベルの知識の蓄積があればOKということになるだろうと想像したわけです。その意味で、僕は「村落」という呼び名を使っていたわけですよ。とはいえ、この批判は「新たな民営国家の議論」と、「具体的な社会の将来の姿」という、お互いに前提が異なる仮説同士を比較してるだけですな。失礼。
 

それよりは政府と民間の対決という構図のほうが興味ありです。

政府と民間が対等になるなりというのもありかもしれないと思っております。政府にも独占禁止法を適用するとか、民事訴訟法と刑事訴訟法を一本化するとか、(議会に対する責任の面で民間と政府が対等になるために)大統領制を導入するとかです。
「政府に独占禁止法を適用する」って話はイギリスで既にやってますよね。(一部では悪名高い)「強制競争入札制度」です。これはなんでもかんでも政府がやっている業務に関して、民間が実行可能かどうかは関係なく、すべて競争入札にかけて、安いほうにやらせるという制度です。アメリカでは刑務所も民営のところが出てきてるくらいだから、かなり徹底的にやった感じですね。しかしながら、これはサービスの質が深刻に低下したという批判も出てきてて、最近は若干下火になってきてるようですが。

あと、大統領制導入のメリットは、大統領が民間側の意志を反映するから政府の抑止力になるという発想だと理解して間違ってませんか?しかし、大統領制は「民間」と「政府」というよりは、「立法」と「行政」の間の対立にしか過ぎないような気がするんですが。それよりは直接民主制のほうが手っ取り早くないですかね?国家の単位も都市くらいのサイズなら。後は株式国家とかもこの場合は効くと思うな。あと、民事とか刑事のくくりではなく、全てを商法に一本化するってのはどうですかね。その国家では、死刑といわず、解雇という。懲役といわず、左遷という。さらに裁判官はコンサルタントと呼ばれるのだ!かっかっか。

どうしても特別扱いしなくてならん業務があるなら、そいつは国会の付属機関にやらせるというのもいいかもしれません(そうすると、議院内閣制あるいはソビエトの制度に近くなる)。
逆に、「これは一度はやってみたい」という業務から収益を上げれば、採算性の低い業務の穴を埋め合わせることができるんじゃないかな。例えば(非常に趣味が悪いことは重々承知の上で)、「死刑台のボタンを押せる権」なんかを入札制にすると、おそらくその手の方々が大枚をはたいて殺到することは想像に難くないと思うんです。で、そこであげた収益でほかの事業を赤字をまかなうと。
あ、あと、高速道路のサービスエリアで最近やってるみたいに、複数の政府を作って競争させるというのもありかもしれない。
この複数政府はあんまり効率的ではないかなと経済学部出身の僕は感じます。政府はその地域(地域の規模の大小はここでは問わない)では独占にしておいたほうが究極的には効率的だと思います。ですので、国家間で自由に移動可能な制度にしておけば、普通に競争は起きるだろうと思います。高速道路の場合はサービスエリア自体が独占ですからね。サービスエリアを自由にどこでもつくっていいというようになっていれば、この競争ももっとおもしろくなると思うんですが。

では


Id: #y20000303173843  (reply, thread)
Date: Fri Mar 03 17:38:43 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000303154950
Name: かしわぎ
Subject: そういえば掲示板のタイトルを忘れていた

むむ、ハリ・セルダンが出てくるのであれば、バク人のプロテクター殿にもご登場いただかねばなるまいなあ。

ちなみにまったく関係ないですが、PS2ってモノリスっぽくないですか?


Id: #y20000303160529  (reply, thread)
Date: Fri Mar 03 16:05:29 2000
Name: たかたひであき
Subject: 追伸

社会システムとしてはともかく、個人の生活としては柏木さんのおっしゃってる万能マイクロマシン製造装置完備のトロン住宅+電化住宅みたいなのがあれば、分散でハイテクで最高でございますなぁ。
Id: #y20000303154950  (reply, thread)
Date: Fri Mar 03 15:49:50 2000
Name: くろき げん
Subject: セルダニスト掲示板

掲示板のタイトルを(一時的に)変えることにします。このタイトルはアイザック・アシモフのファウンデーション・シリーズのハリ・セルダンの名前から取りました。現在の話題にぴったりですよね。


Id: #y20000303152905  (reply, thread)
Date: Fri Mar 03 15:29:05 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000303120633
Name: たかたひであき
Subject: 村落ってのはちょっと。。

かしわぎさん、「超ハイテク自己完結式分散型村落モデル」つーのは、僕の考えてたものとかなり近いです。しかし、村落っちゅうのはちょっとなぁと思います。どっちかというと、「超スーパーハイテクある程度自己完結分散型大都市」モデルくらいです。

ええと、現代人の生活を支える物資を「村落」で作りきるのはちょっと難しいと思うし、ある程度まとまった数の人間が住んでないとそういう生活は支えきれないのではないかと思うのです。それに、専門知識を使った仕事が重要になってくると、専門家同志のコミュニケーションも重要になってきますし、コミュニケーションに必要な信用ってのは、離れていては不可能なものも多いと思うのです。一緒に飯を食って初めて相手のことが分かるとか、一緒にベッドに入って初めて、とかっつーコミュニケーションも世の中にはある訳ですし離れていてはできないこともあるであろうと思います。それに、僕自身、現物の山形浩生を見てみたいなぁとか、小渕総理にナマタマゴぶつけてみたいなぁとか、中谷美紀のナマの歌声をききたいなぁとか、柏木さんの彼女を寝取ってやりたいなぁ(?)とか、大都市にいないとなかなか満たされないであろう欲求をいっぱい持っているので、そういう村落にはあんまり住みたくないです。ですから、規模としてはクルーグマンの百年後のマンハッタンが10個ぐらい日本にできるイメージです。

で、都市の規模ともう一つは公共のシステムの改変ですが、まあ、政府が無意味になっちまうというのもいいのですが、政府と民間が対等になるなりというのもありかもしれないと思っております。政府にも独占禁止法を適用するとか、民事訴訟法と刑事訴訟法を一本化するとか、(議会に対する責任の面で民間と政府が対等になるために)大統領制を導入するとかです。どうしても特別扱いしなくてならん業務があるなら、そいつは国会の付属機関にやらせるというのもいいかもしれません(そうすると、議院内閣制あるいはソビエトの制度に近くなる)。こういう制度を導入してしまった後で、もし、民間でできない(もうからない)業務が見つかったとしても、必然的に民間が参入しないから、その分野では政府独占が維持されるでしょう。ただ、個人的にはそういうお仕事はあんまりないのではと思っております。

あ、あと、高速道路のサービスエリアで最近やってるみたいに、複数の政府を作って競争させるというのもありかもしれない。

あ、そうそう、山形さんのおっしゃってるドジンにペニシリンの話ですけど、僕も俗説としては聞いたことあるんですが、まともな医学の話としては、聞いたことがありませんし、手元の薬の本ではそういうのは載ってませんでした。ですから、ドジンだと本当に副作用が強いのかどうかはわかりません(たぶん、迷信だと思います)。薬効のほうは、未開地の細菌は耐性が無いから効きやすいというのはあるかと思いますが。


Id: #y20000303120633  (reply, thread)
Date: Fri Mar 03 12:06:33 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000303005918
Name: かしわぎ
Subject: アナロジーという楼閣にさらに、別のアナロジーという砂を積み上げるとすると

たしか「プラシーボ効果」というのがあって、対照実験なんかで現れる効果だったと記憶してるんだが、ようは何の効用もない薬だけど「これはガンの特効薬だ」なんていって飲ませると、ほんとにガンが治っちまうというような効果をいうらしい。経済のプラシーボ効果なんつーのはあるのか?たとえば、「この最新のLBXRTファイナンス・スキームを適用すればばっちりっすよ!」とかいって、適当に有利子負債の圧縮くらいをやると劇的に業績が改善したり・・・とか。

いや、何が言いたいかというと、昔々の第三世界に社会主義が蔓延したのって、確かに社会主義に多少の合理性は認めるにしても、この「プラシーボ効果」のほうがはるかにでかかったんじゃなかろうかと。ついでに最近の「ぐろおばる・すたんだーど」なんてのも実はまったく効用なんてない偽薬なんじゃないの?ってこともいえるかなと。

−−−−−

僕が公共サービスより質のいいサービスを民間で提供して、みんなが何のために税金はらってるんだかよく分からんくなって、で、小渕くんよりたかたくんのほうがいいやーってみんなが言い出すのを期待する(笑)。
公共サービスが民間に対して持っている優位性って突き詰めていくと「独占」という一点に絞られるような気がする。「独占」状態だからこそ一方的にサービスの質を定義してしまえるんじゃなかろうか。で、当然「独占」の弊害として、サービスの効率は悪いし、技術革新もあまり生まれないってことになる。ちなみに、独占する場合は資源は集中化して管理したほうが(システミック・リスクは増大するんだけど)たぶんコスト的には安いだろうから、集中化は必然的に進むと。これを分散させるための仕組みを考えることが
僕は、あの頃に連中が言ってたことを現実的なプランとして実行するとしたら、どういうふうにしたらいいのかをもう一度考え直してみたいのだ。
ということにつながるのではなかろうか?

たかたさんの『企業やコミュニティによる分散社会(知的封建社会)』をもうちっと可視化するようなキャッチフレーズをつけると、「超ハイテク自己完結式分散型村落モデル」とでも言えばいいのかな?例えば、発電や食糧供給なんかは自前でやって、自衛なんてのはほとんど想定しなくて良くて、ほとんどの必要物資も大体自前でできちまう(一家に一台あればなんでもこなすマイクロマシン製造装置だ!)。例えばPCみたいなものはとりあえず何とかできちまう(有機コンピュータなんかを想定(笑))というような状況であれば何とかなるのかなあ。

つまり、今のように一ヶ所に集中化したほうがコスト的に引き合うというような分野でも、分散化しても十分にペイするくらい技術が進歩した後でなら、という条件付きの独立って感じだ。たとえば、PCとか発電なんてのはぼちぼちこういった動きが出てきてるから、この動きをもっと推し進めて、製造業とか医療とか軍事とか公共サービスなんかまでを分散化しても十分にペイするだけの技術力を民間側が蓄積できれば「知的封建社会」は可能になりゃあしませんかね?


Id: #y20000303013222  (reply, thread)
Date: Fri Mar 03 01:32:22 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000303005918
Name: 山形
Subject: ペニシリン

でも強い生ペニシリンをドジンにそのまま使うとペニシリンショック起こしておっちんじまうだよ、ときいたけど。
Id: #y20000303005918  (reply, thread)
Date: Fri Mar 03 00:59:18 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000302204517
Name: たかた
Subject: 原住民にペニシリン

そうそう、かしわぎさん、原住民にペニシリンっつーけど、たいていは原住民だってペニシリンくらい使ってるのです。ペニシリンとかって名前やらそのメカニズムやらを知らぬだけなんですぞ。東京だったら、笠森神社がペニシリンの神様と祭っておるのです。暇な時に神社のいわれを読みに行ってみてくだされ。徳川家康公が小牧長久手の合戦のおりに落馬した傷が化膿してしまったのをペニシリンでなおしてもらって、それを感謝して江戸にペニシリンの神様を祭ることになったのだそうな。
笠森っつーのは、もともと「瘡守」と書いたのだそうな。

本来の経済の話題とは違うだろーが>わたくし

Id: #y20000302232537  (reply, thread)
Date: Thu Mar 02 23:25:37 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000302203046
Name: たかたひであき
Subject: おっしゃるとおりです。かしわぎさん

だども、どっかの島を買い取るとかじゃなくって、JapanとかChinaとかUSAとかをのっとるのだ。つーか、僕が公共サービスより質のいいサービスを民間で提供して、みんなが何のために税金はらってるんだかよく分からんくなって、で、小渕くんよりたかたくんのほうがいいやーってみんなが言い出すのを期待する(笑)。で、そのころには、僕の資産を国税はきちんと把握できなくなってるのだ。
うーみゅ。やまがたせんせが罵倒してる伊藤譲一とかラインゴールドとかティモシーリアリーとかのかんじですねぇ。僕は、あの頃に連中が言ってたことを現実的なプランとして実行するとしたら、どういうふうにしたらいいのかをもう一度考え直してみたいのだ。それに、僕はラインゴールドとか伊藤譲一とかの言ったことの評価ってのは、あの頃から見てそんなに下がってるとは思わんのよ。言ってることに納得できないことはいっぱいあるし、もうそのお題目は何回も聞いたぞってのもあるし、昔といってることが違うぞーってのもあるけど。
だから、きちんと、僕の中で、ああいう考え方の総括をしておきたいのだ。まったくのたわごとなのか、ひょっとしたら可能なのか、可能ならどういう方法がありうるのかとか。
# やまがたさんの手のひらからは、なかなか逃れられぬなぁ。

Id: #y20000302210527  (reply, thread)
Date: Thu Mar 02 21:05:27 2000
Name: 山形
Subject: ついしん

ああそうそう、その会社では掲示板に書き込むことを「チャットをする」と表現する、らしーぞ。
Id: #y20000302210245  (reply, thread)
Date: Thu Mar 02 21:02:45 2000
Name: 山形
Subject: ぷろ串

あー、柏木くん、どこの会社かは知らないんだけれど、なかには通してくれるところもあるそうなんだが、 それはftp用のポートを通さないとダメなのであるよ。通常は21。んでもって、串の認証も必要になる らしいぞ、その会社では。ftpのクライアントを使ってそういう設定をすればできる。その会社ではね。 われわれんとこではいざ知らず。

ただし。どんなファイルをやりとりしているか、部長に報告がいって、しかも業務なんとか部が、 いちいちそれに「チャットをしているようだ」とか「自分のホームページをアップロードしている ようだ」とか注釈をつける、らしいぞ。暇な連中が多いらしいぞ、その会社は。


Id: #y20000302204517  (reply, thread)
Date: Thu Mar 02 20:45:17 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000302173612
Name: 柏木亮二
Subject: 「挨拶がきちんとできない子はいい大人になれません」といわれて育ったのに・・・

完全に順序を間違いました。いなばさん、はじめまして。掲示板は良く覗かせていいただいてます。

地域通貨に関しては、僕はもろ手を挙げて賛成というわけではないんですが、分散型社会の到来なんかともからめて、どうにも無視できない何事かがあるような気がするわけで、2000/3/2付けの日記では「地域の市場が取引コストの低下によって、パレート改善されるというのが地域通貨の効用」かなと方向修正をしてみたんですが。とりあえず西部氏のページを見つつ考えてみます。

ジェイコブズばあさまの新著は楽しみですなあ。(しかしばさま思い入れたっぷりのマイクロファイナンスもええことばっかりちゅうわけでもないそうで。)
マイクロファイナンスは確かに効果絶大のところもあるんでしょうが(原住民にペニシリンなんてアナロジーを想像したりなんかして)、当然のことながらあれが万能薬になるとは思えない。ただ、ペニシリンと同じように、どのような症状には効くのか/どのような場合には効かないのかをあきらかにするっつーのは重要かなと。

# そういう意味で「市場の倫理 統治の倫理」p.239にある「ビジネス・クレジットの利用」は「基本的人権」なんてとこまではどうかと思う・・・

そういや、ジェイコブスばさまの「都市の死と再生」が改訳されてでるやもしれぬという噂を山形さんから聞いたんですが、どないなもんでしょうね。(前のやつは「死」の部分だけだったそうで、今回は「再生」の部分も含まれるとか。・・・なんかエヴァっぽいな(おっと))。新著も楽しみです。そろそろかなあ?

「知的階級差別」というが、別に問題のない常識的発言ではないですか。立岩真也氏も「能力主義を否定する能力主義」なんてこと言ってますし、田川建三氏も『現代思想』のエイズ特集増刊で「要するにただの性病なんだから専門家(その「専門家」があてにならんというのにも一理あるが)に任せて、文明論だの人間論だのをぶつのはやめようや」と書いておられたし。
そうそう、いなばさんの「ところで『新教養主義宣言』での山形浩生氏の民主主義批判は素朴にすぎないだろうか。山形の「素直ないい人」性がはしなくも現れてはいないだろうか。」のあたりをもうちっと説明していただくわけにはまいりませんか?

# 蒸し返してどうする(笑)

「人権は民主主義に抗してでも守られねばならん」というところの、「人権」というのは決め事(フィクション)としての「人権」なのか、それとも本当に人が生まれながらに持っている「基本的人権(これもフィクションか?)」なのかというあたりでわからなくなってるんです。なんか僕も「よくわかったような、うまく丸め込まれたような妙な気分」を味わってるもので(笑)。

それでは


Id: #y20000302203046  (reply, thread)
Date: Thu Mar 02 20:30:46 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000302201247
Name: かしわぎ
Subject: それって

こんなやつ

ついでに「新教養主義宣言」p.129<ネットで国家を民営化する試み>にも採録。

「もってないとは言わせーん!!」山形談(←大嘘)


Id: #y20000302201247  (reply, thread)
Date: Thu Mar 02 20:12:47 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000229225044
Name: 高阪
Subject: それ、できた暁には教えてください。

>どの道、科学技術などで専門的な知識が多くなり国家官僚が理解
>できなくなると、企業やコミュニティによる分散社会(知的封建
>社会)は実現すると思うのだ。そういうわけで、今はまだ練れて
>ないけど、いずれ、こういう社会を主張する誇大妄想ページを
>作ろうと思ってる。
なんかとっても面白そうです(笑)。
Id: #y20000302192204  (reply, thread)
Date: Thu Mar 02 19:22:04 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000302190807
Name: 柏木亮二
Subject: 会社員はつらいよ

なるほど、よくわかったような、うまく丸め込まれたような妙な気分です。しかし、再三の素人の質問に答えていただいてありがとうございました。
ほっほっほ、この「よくわかったような、うまく丸め込まれたような妙な気分」にさせるのが経済学の経済学たる所以なのだ。で、どんどん丸め込まれていくと、ある瞬間から新たな境地がひらけると。あ、ちなみに僕はまだ開けてません(笑)。
あ、でもこれNot Foundなのですが。
まだ会社にいるのでファイルをアップロードしてないんですよ。すんません。日付が変わる頃にはアップロードされますので。(うちの会社のProxyもけちくさいよな、ftpのアップロードくらい通してくれてもいいじゃん)。
Id: #y20000302191253  (reply, thread)
Date: Thu Mar 02 19:12:53 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000302180344
Name: 柏木亮二
Subject: リサーチャーはつらいよ

グールドの労働法の入門書ですが、労使関係法オンリーという伝統的な組立が気になりますなあ。
ええ、まさにそれでこまってまして、岡崎淳一「アメリカの労働」(日本労働研究機構)なんてのも参照しつつ、クリントン政権になってからのアメリカの労働政策の変遷などという茫漠たるレポートをまとめているところです。雇用の流動化や多様化が進んだアメリカでは、その変化に対応してどのように労働政策を新たに作り替えたか、というのが問題意識なんですが、そういわれてもねえ・・・
(とーぜんのことですが、お仕事で調べてますので僕個人の問題設定ではないです。もうちっとなんとかならんかと思うんですが、てやんでえ、しゃーねえ、仕事でえ!)
中窪さんの『アメリカ労働法』の方がいいのでは。あるいは木鐸社のアメリカビジネ法シリーズの『雇用差別禁止法』で補うか。
ご紹介ありがとうございます。中窪さんのほうは現在注文中。ただ、上記問題意識から「雇用差別(アファーマティブアクション)」のほうは、この際無視してしまおうかと。とりあえずは、この辺をえいやっとまとめる予定です。
Id: #y20000302190807  (reply, thread)
Date: Thu Mar 02 19:08:07 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000302172804
Name: たかた
Subject: なるほど

なるほど、よくわかったような、うまく丸め込まれたような妙な気分です。しかし、再三の素人の質問に答えていただいてありがとうございました。
あ、でもこれNot Foundなのですが。
ところで、いなばさんの
「知的階級差別」というが、別に問題のない常識的発言ではないですか。
は、僕に対してですか?
ええと、僕は、「知的階級」そのものに反対な訳ではなくて、知的階級を公的な制度としてつくるのはいやだなと思ってるだけなのですが。
しかし、経済もおもしろいなぁ。あ、隣の芝生も青くないのか...
Id: #y20000302180344  (reply, thread)
Date: Thu Mar 02 18:03:44 2000
Name: いなば
Subject: 柏木さん

グールドの労働法の入門書ですが、労使関係法オンリーという伝統的な組立が気になりますなあ。中窪さんの『アメリカ労働法』の方がいいのでは。あるいは木鐸社のアメリカビジネス法シリーズの『雇用差別禁止法』で補うか。
Id: #y20000302173612  (reply, thread)
Date: Thu Mar 02 17:36:12 2000
Name: いなば
Subject: 地域通貨については

 西部忠氏のページをみなされ。
 ジェイコブズばあさまの新著は楽しみですなあ。(しかしばさま思い入れたっぷりのマイクロファイナンスもええことばっかりちゅうわけでもないそうで。)

 「知的階級差別」というが、別に問題のない常識的発言ではないですか。立岩真也氏も「能力主義を否定する能力主義」なんてこと言ってますし、田川建三氏も『現代思想』のエイズ特集増刊で「要するにただの性病なんだから専門家(その「専門家」があてにならんというのにも一理あるが)に任せて、文明論だの人間論だのをぶつのはやめようや」と書いておられたし。
Id: #y20000302172804  (reply, thread)
Date: Thu Mar 02 17:28:04 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000229225044
Name: 柏木亮二
Subject: いや、僕もよくわからんところもあるんですが

ええと地域通貨の効果は説明が長くなりそうなので(「逃げちゃだめかな?」って意味もあるけど(笑))僕の日記のほうにちょっとまとめてみました。そっちを参照してくださいな。

ここではそれ以外の部分について。

  1. 少しまえに日本で発行された「地域振興券」なるものが景気対策に効果がなかったと言われているのと、どうちがうのか?
  2. PFIの「トトロの何とか」にしても、素人目には、一昔前に大量に作られて明らかにモラルハザードを起こして膨大な借金を抱えた第三セクターの遊園地なんかと同じに見えてしまう(いや、制度としての違いは分かるのですが、心理的な意味で。)のに、なんだか知らないけどテレビに出てくる経済屋さんはベタ誉めだし(柏木さんは欠陥があるとおっしゃってるけど)。
で、1に関してはどちらかといえば運用上の問題の方が大きかったと思います。まず、信用創造をしたわけではなく、減税の形態をちょっといじっただけだったから効果が限定的だったとか、使える地域が限られていたからだめだとか、まあ批判はいろいろありますが、僕個人は前者の信用創造につながらなかったことが大効果を限定的にした最大の原因では、と思っていたりします(これは「事実」ではありません。僕の勝手な意見です)。

2に関しては、欠陥があると思います。特にリスクと責任の範囲がものすごく曖昧で、おっしゃる通り「3セク」の愚を繰り返すことになるんじゃないかと思っています。ただ、このスキームを持ち込むことで、いろんな土木工事がまたぞろ発注されるようになるんじゃないかという期待が土建業界にはあるようで、そのため、表立っての批判はあんまりされてないのかなと。

経済屋さんのうち、このPFIを賛美しているような人たちは、クルーグマンが「経済プロモーター」と呼んでバカにしてるたぐいの人たちだと思います。まっとうな経済屋さんは、現状のPFIに(表だって反論している人は少ないかも知れませんが)なんらかの危惧を持っていると思います(というか、そうであることを信じてます)。
 

市場の論理と統治の論理が相容れないといわれた時に違和感があったのが、民間企業が「公共」的だと成功しやすい様に見えることがあることなんです。
ええと、これはこの「公共的」民間企業が「独占的利益」を得ているという説明でOKではないかと思います。ちと経済学的な用語を使って説明すると、適切な競争がないような市場では、供給側は需要側が本来得るはずの利益(「消費者余剰」と呼びますが)を、独占的地位を利用して搾取(って、この言い方は問題あるなあ)している、となります。電力会社や鉄道会社なんかは、競争によって生じる二重投資という資源の無駄遣いをを避ける意味で、地域独占が認められている代表的な産業です。このような社会的インフラに関わるような産業では、政府がその価格を統制するような仕組みを導入して、消費者余剰を守るような手はずを講じています。ただ、プロバイダなどの新たな産業は、それが社会インフラかどうかがわからないのでまだこの枠組みに入りきっていないのではないかと思います(異論があるのは重々承知ですが、これは九捨一入くらいの気分で論じてますのでご容赦を)。
プロバイダ以外にも、たとえば、Sun Microsystemsのブランド面での成功は、彼らがOpenってことを主張したことと切り離せないですし、また、IBMやNECの"PC" みたいに、民間企業がやってんだか国がやってんだかよく分からないような一般的なネーミングのものには、たとえば "Macintosh" とかに比べて、明らかに「親方日の丸」に似た安心感があります。そういうことを意図的にやっている(様に見える)企業(特に大企業に多い)の成功を見ると企業が「政府を演じる役者」であることは、明らかに一部の企業にとってはメリットがあるように思います(僕は勝手に「国演企業(こくえんきぎょう)」と呼んでる)。
これは「ネットワーク外部性」と「相互接続性」という概念で説明可能だと思います。とーぜん、この二つの概念は「独占」という状態とある程度絡んでいるので、たかたさんの考えていることが的外れだということではありません。「ネットワーク外部性」と「相互接続性」がなぜSunのsolarisのオープン戦略を説明するのかという点は僕の書いたこれを参照してくれると有り難いです。
そういう感覚は、柏木さんの(あるいはジェイコブズの)枠組みの中にうまくおさまるのでしょうか?
というわけで、この話ではジェイコブスの枠組みを持ち出すまでもなく(というか古典的な経済学の枠組みで)説明可能です。
 

# ああ、また長くなってしまった


Id: #y20000229225044  (reply, thread)
Date: Tue Feb 29 22:50:44 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000228145804
Name: たかたひであき
Subject: しかし、どうもそいつが僕にはよく分からんのです

わざわざ答えていただいてありがとうございます。
しかし、普通のお金(日銀の発行する円のような)の先入観があるだけかもしれないんですが、僕にはどうも地域通貨てのがよく分からんのです。どうも、子供の頃に遊んだ「子供銀行券」のように見えてしまって、それに、あれがお金だとイサカの住民が信用していたとしても、それが地域経済にいい影響を与えるというのがどうもわからない。その地域でのみ使えるお金がある程度あると、地域の仕事が増えたり、地域で受けられるサービスが増えたりというのは、まあ理解できるんだが、だとしたら、少しまえに日本で発行された「地域振興券」なるものが景気対策に効果がなかったと言われているのと、どうちがうのか?PFIの「トトロの何とか」にしても、素人目には、一昔前に大量に作られて明らかにモラルハザードを起こして膨大な借金を抱えた第三セクターの遊園地なんかと同じに見えてしまう(いや、制度としての違いは分かるのですが、心理的な意味で。)のに、なんだか知らないけどテレビに出てくる経済屋さんはベタ誉めだし(柏木さんは欠陥があるとおっしゃってるけど)。まあ、これらは、僕の不勉強ゆえに分かっていない可能性が高いので、自分なりに勉強します。
それと、経済を勉強もしないで疑義を挟むのもアレなんですが、市場の論理と統治の論理が相容れないといわれた時に違和感があったのが、民間企業が「公共」的だと成功しやすい様に見えることがあることなんです。たとえば、日本のインターネットプロバイダ業界では、キャリア系(電話会社などがやるもの)が明らかに強いですけど(僕もE-mailのアドレスを見れば分かるように某キャリア系プロバイダを使っています)、その理由として、「おおやけ」を意識させるものに対しては対しては僕らが支払いに関して甘くなるということがあると思うのです。だから、たとえば、プロバイダ業務をする人で
日本人はきっと電話料金は税金みたいなものだって意識があるんでしょうね。1万円とか2万円とか払ってもあまり気にしない
のようなことを言う人がいるのはすごく真実味があるように思います。プロバイダ以外にも、たとえば、Sun Microsystemsのブランド面での成功は、彼らがOpenってことを主張したことと切り離せないですし、また、IBMやNECの "PC" みたいに、民間企業がやってんだか国がやってんだかよく分からないような一般的なネーミングのものには、たとえば "Macintosh" とかに比べて、明らかに「親方日の丸」に似た安心感があります。そういうことを意図的にやっている(様に見える)企業(特に大企業に多い)の成功を見ると企業が「政府を演じる役者」であることは、明らかに一部の企業にとってはメリットがあるように思います(僕は勝手に「国演企業(こくえんきぎょう)」と呼んでる)。そういう感覚は、柏木さんの(あるいはジェイコブズの)枠組みの中にうまくおさまるのでしょうか?
よだん:僕は、究極的には映画「ロボコップ」の悪役のオムニ社やゲーム「ファイナルファンタジー7」の世界を統治するなんとかいう大企業のような「企業国家」もありうるように思っている。前の「知的階級が市場か国家かいずれに属するべきか」という議論にも関連するのだが、究極的には、行政府が無く(究極のPFI)、世界各地に「民主的」議会と「知的」階級による裁判所のみがある世界を空想してる。中世欧州の国王や諸侯(私的な行政システムおよび私企業)と教会(裁判所および議会)のような形式で、大部分の知的階級は民営のシステムの幹部に属する。同時に法律制定は議会が完全に民主的に行う民主体制。どの道、科学技術などで専門的な知識が多くなり国家官僚が理解できなくなると、企業やコミュニティによる分散社会(知的封建社会)は実現すると思うのだ。そういうわけで、今はまだ練れてないけど、いずれ、こういう社会を主張する誇大妄想ページを作ろうと思ってる。論拠は示せないながら、やっぱり、僕は「民主主義」は捨てられなかったりするので。

Id: #y20000228145804  (reply, thread)
Date: Mon Feb 28 14:58:04 2000
In-Reply-To: y0007.html#y20000226202852
Name: 柏木亮二
Subject: 酒は飲んでも飲まれるな

ところで、イサカアワーってアメリカのどっかの町でしか使えんというお金でしたよね。
そうです。マサチューセッツ州のコーネル大学の近くのIthacaで発行されている地域通貨です。詳しくはこの辺を。あと日本でのこの手のコミュニティ通貨の動きも「エコマネーネットワーク」なるところがまとめています。簡単な日本語文献はここかな。僕はこの動き自体に対しては特に肯定的でもないんですが、小額融資制度なんかの動きにつながると、新たな社会的セーフティ・ネットとして機能するかなという淡い期待を抱いていたりします。信用創造という機能を持つべきなのは統治側か、市場側かという問題はあの本の中にも明確な説明がなかったような気がしてまして、これは自分で考えようかなというための備忘録。

ちなみにLinuxはネットワーク外部性での説明のほうを最近は目指していたりしますが、「ノウアスフィアの開墾」の議論は、オープンソースムーブメントを説明するのに土地所有制のアナロジーを展開しているので、この「市場の倫理 統治の倫理」の、領土保全本能を本源とした「統治の倫理」の枠組みでも説明可能ではないかと思っているまでです。ついでに、PFIは民間と公共の役割分担の議論でして、現在議論されているスキームに倫理面から見ると(モラル・ハザードと言い換えてもいいのかなあ)何か欠陥があるのではないかなと疑っているので入っていたりします。

あと、あの興奮した口振りは酒に酔った上での筆の滑りですので、まあそこまで期待なさらずに(笑)。稲葉さんのコメントのほうが冷静なかきっぷりです(当たり前だ)。稲葉さんの文章から我田引水的な引用をさせてもらうと「職場や地域での日常的な実務のレベルから天下国家のレベルまでをきちんと見通し」、「ジェイコブズは「市場」と「統治」の双方についてその固有のロジックを読みとり、それぞれにできることできないことは何か、を論じていく」というスタイルを僕なりの熱っぽい(酔っ払った?)書き方で表現したらああなったわけです。お粗末。

では


Id: #y20000226202852  (reply, thread)
Date: Sat Feb 26 20:28:52 2000
In-Reply-To: y0006.html#y20000226163506
Name: たかた
Subject: ありがとうございます

本の紹介ありがとうございます。
しかし、ワインバーグ「コンサルタントの秘密」は、既に半年くらい昔から購入予定リストに入っているのに買っていないのであった。購入予定の待ち行列はどんどん長くなっていくし、優先して読まなきゃならん本が多くって。でも、柏木さん絶賛のジェイコブス「市場の倫理 統治の倫理」は、リストの上位に割り込みました。こんなに誉めてたら(えっ!イサカアワー、リナックスからPFIまで体系的に解釈するだって?)読まざるを得ないですから。
(ところで、イサカアワーってアメリカのどっかの町でしか使えんというお金でしたよね。)

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