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予備掲示板2 (0017)

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Id: #w20010731223738  (reply, thread)
Date: Tue Jul 31 22:37:38 2001
Name: くろき げん
Subject: そろそろこの話題は終わりにしましょう

比ヤングが数分から十数分おきにリロードを繰り返しているようですから、この話題はそろそろ終わりにしましょう。比ヤングへのアクセス制限も実行しました。

ああいう輩は相手をしてもらえること自体が楽しみなわけですよ。迷惑な輩に娯楽のネタを提供してあげるのは好ましいことではないです。

しばらくしたら、ここのページを手動で次に送ることにします。


Id: #w20010731214046  (reply, thread)
Date: Tue Jul 31 21:40:46 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010731181810
URL: sakichan@sakichan.org
Name: 崎山伸夫
Subject: ああ

「比ヤング」氏については見捨て、というか 「ああ言えばこう言う」状態になってるからアドバイスしても無駄かな。 「読者」氏のほうは違うけど。

でも、「わたしは純粋論理ってなもんでは飯を食ってます」 とあわせると、「知識が錆びついて居た」にしても謎。


Id: #w20010731181810  (reply, thread)
Date: Tue Jul 31 18:18:10 2001
Name: はまだ
Subject: ごくろうさまです
あめぞうに「また比ヤングが暴れてるよ」というようなスレッドが立つような人たち相手に。
参照先
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=992052202
http://www1.solid.ad.jp/~amezo/main/010625195259.html

そういえば、158に「わたしは純粋論理ってなもんでは飯を食ってます」とありますね。


Id: #w20010731163139  (reply, thread)
Date: Tue Jul 31 16:31:39 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010731042826
URL: sakichan@sakichan.org
Name: 崎山伸夫
Subject: 言葉の定義をしらないようだ

で、「比ヤング」氏の掲示板をみると彼と「読者」のふたりとも 言葉の定義を知らないよう(『「解釈」という語も非常に曖昧なんだが』とか言い出す)なので、 検索かけてみつけた 早稲田大学理工学部情報学科 二村良彦教授講義資料ページの大学院授業「ソフトウェア自動生産特論」から 小西善二郎客員講師による 命題論理の説明1階述語論理の説明の、 「解釈」の定義とか「論理的に真」の定義に リンクをはっておきました。

あちらが基本的な用語を知らないことで齟齬がおきてるのが あきらかだったので。 高校生に「情報」という科目を教えるなら道具の使い方よりこういうことだよね。


Id: #w20010731042826  (reply, thread)
Date: Tue Jul 31 04:28:26 2001
Name: くろき げん
Subject: 吉永良正の『ゲーデル・不完全性定理』について

吉永良正著『ゲーデル・不完全性定理』 (ブルーバックス 947、講談社) について、菊池誠(数学基礎論じゃないほう)さんが「完全性定理の“完全性”が不完全性定理の“完全性”と同じになってる」という指摘をしていることに関して、中傷を広めている困った輩がいるようなので、ひとことコメントしておきます。

私がらみのことで私のことを外で中傷するのは我慢できても、私がらみのことで友人に迷惑がかかるのは我慢できません。私個人への恨みを晴らしたいのなら、私個人だけを攻撃するようにして欲しいものです。

さて、菊池さんが指摘している箇所はおそらく以下の部分です。文脈をはっきりさせなければいけない部分なので長目に引用しておきます:

 一方、完全性の定式化はこうです。

「任意の閉論理式Aについて、├A あるいは ├¬A のいずれかが成立する」

 ここで閉論理式とは、自由変数を含まない、したがって真偽の確定した論理式のことです。また、この定式化は次の主張と同値になります。

「├A ならば |=A かつ |=A ならば ├A」

 すなわち、論理的に正しいこと (トートロジー) は、証明可能であることの必要十分条件であるわけです。必要条件のほうは明らかです。これを「万人の健全性定理」とも呼びます。

「├A ならば |=A (論理式Aが述語論理の公理だけから証明可能であるならば、Aはトートージーである」

ゲーデルによる完全性定理

ゲーデルは、これが十分条件でもあることを示しました。すなわち、「ゲーデルの完全性定理」です。

「|=A ならば ├A (論理式Aがトートロジーならば、Aは述語論理の公理だけで証明可能である)」

かくて述語論理の体系は無矛盾なばかりでなく、完全であることが示されたのでした。論理はこれで安泰。「ヒルベルトのプログラム」の第一ステップは成功裏に終わりました。

さあ、次はいよいよ数学本体の無矛盾性と完全性を問う番です。

(吉永良正『ゲーデル・不完全性定理』 208-209頁より、色付きの強調は引用者による)

色を付けて強調した部分における「完全性」はその後の方を読めば完全性定理の意味での「完全性」でなければいけないことがわかります。そして、吉永はその意味での「完全性」のことを「任意の閉論理式Aについて、├A あるいは ├¬A のいずれかが成立する」ことだと説明しています (「├A」は「Aが証明可能」という意味である)。ところがその意味での「完全性」は不完全性定理の意味での「完全性」なのです。

これを見て、菊池さんは「完全性定理の“完全性”が不完全性定理の“完全性”と同じになってる」と指摘したのでしょう。だから、菊池さんの指摘は正しいのです。 (例えば 196-197 頁あたりで、吉永は二つの「完全性」を一応区別しているようだが、その内容は間違っている上に、菊池さんの指摘とも無関係です。)

そもそも、「閉論理式とは、自由変数を含まない、したがって真偽の確定した論理式のこと」という説明もひどい誤りです。「閉論理式」は確かに「自由変数を含まない論理式」のことですが、その真偽が確定しているというのは誤りなのだ。

実際、「∀x P(x)」という閉論理式は解釈の仕方によってその真偽が変化します。例えば、 x が自然数全体を動くものと解釈するとき、 P(x) を「x は 0 以上である」と解釈すれば ∀x P(x) は真になるし、 P(x) を「x は 2 以上である」と解釈すれば ∀x P(x) は偽になります。

同様の誤りは不完全性定理の意味での「完全性」を説明している197頁にも現われます。だから、その部分の不完全性定理の意味での「完全性」の説明はデタラメです。

肝腎のところで誤りを犯しているから、吉永のゲーデル本の評判はものすごく悪いのです。

さて、私だけではなく菊池誠さんに関する中傷を広め、さらに www-admin@math.tohoku.ac.jp 宛に (菊池さんが書いた部分に関して) 「訂正がなされないようなら、吉永氏にコンタクトを試み、法的手段も含む対策を考慮する用意がありますので、ご承知おきください」で終わる迷惑なメールを出した比ヤングを名乗るどこの何者なのか不明の人物はこの件に関して全面的に謝罪をして下さい (他の件はひとまずどうでも構いません)。

比ヤングの行為は単に誤った考え方に基いて他人を非難することとは完全に異なります。「法的手段も含む対策を考慮する用意があります」と脅しているのですから。

私のような立場の人間が数学がらみのことである程度迷惑を被るのは仕方がないことかもしれませんが、菊池さんにはきっちり言い訳抜きで謝罪してもらいたいですね。

比ヤングを名乗っている人物は、言い訳抜きの全面的な謝罪文を私個人宛に送って下さい。それを私がここで公開することにします。しっかり自分自身がどこの何者か名乗った上で謝罪して下さいね。「法的手段も含む対策を考慮する用意があります」と脅しをかけたのだから、実名だけではなく住所・電話番号・所属に関する情報も教えて下さい。他人に迷惑をかけた場合には素顔をさらして謝罪するのが、社会人としての礼儀というものです。 (かわいそうなので、メールを公開する場合には個人情報は全て伏せることにします。)

そうそう、もちろんのことですが、デマを広めたあらゆる場所に謝罪訂正文を流すことも忘れないで下さいね。あと、自分で削除できる部分についても削除せずに、謝罪訂正文を挿入し、過去に過ちを犯した記録が残るようにしておいて下さい。

自力で馬鹿なことを言っていたことを気付いて欲しいと思って、突き離してやっているんだから、あんまりいい気にならない方が良いと思います。他人に指摘されるよりも、自分で気付く方が理解は深まるし、周囲への印象も良いものです。

P.S. 念のために記録は取っておくことにしますが、比ヤングさんの日記も掲示板も私は見ない予定です。ここへの書き込みを禁止しているので、私個人宛のメール以外に私は比ヤングさんが書いたものを読まない可能性があることを御承知下さい。

P.P.S. 論理学に関する信頼できる文献に関しては「推奨文献:論理学」を参照して下さい。比ヤングさんはこの機会を利用して論理学をよく勉強しておくとお得かもしれませんね。 (これは皮肉ではない。)


Id: #w20010730231358  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 23:13:58 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010730231032
Name: くろき げん
Subject: 読者さんがらみの議論は別の場所に引っ越してもらうことを希望

読者が語る」には「読者に語る」と「避難所」という掲示板があるようですね。

引っ越しよろしく。


Id: #w20010730231032  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 23:10:32 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010730213444
Name: くろき げん
Subject: なるほど単なる感想でしたか

まあそういうことなら相手にしません。色々追及され出した途端に「「批判」ではなく「感想」です。あくまで主観的な感想を言語化したにすぎません」などと言い出すような方の相手をする時間はありません。

そういうことを言ってしまっちゃ、もう真面目に相手をしてくれなくても結構です、と言っているも同然でしょう。


Id: #w20010730222747  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 22:27:47 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010730164931
Name: ほつま
Subject: 科学のためなのだー。

>なんかまだ「職人芸」「暗黙知」に頼り過ぎなのだ。

いじめとか不登校とか、あの手の現場は解決策を貪欲に求めているので、
"科学的であろうとする慎重な"専門家よりも
"科学的ではないが熱心な"専門家(河合隼雄とか)の方が重宝されるのではないかと。

内藤『いじめの社会理論』どうしようか迷ってたけど買ってみます。

Id: #w20010730213444  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 21:34:44 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010730175638
URL: http://nagoya.cool.ne.jp/a_killer/dokusha/
Name: 読者
Subject: ただのリプライです


> 何に対する違和感ですか?

あくまでもこの「予備掲示板2(0017)」と呼ばれる掲示板で行われた、比ヤングとあなた方、およびわたしの投稿、そしてその投稿を行う前に読んだ投稿ルールです。

> それでは具体的に誰のどの発言に対する発言だったのですか?

主にはw20010728072639の「くろき げん」の発言ですね。
この「くろき げん」とは、すなわちあなたで

これこちらの文章が「くろき げん」の書いた文章であろうという前提で書きました。

そして「批判」ではなく「感想」です。あくまで主観的な感想を言語化したにすぎません。口を噤んでいればよかったですか?

> あと、個人的な感想を言わせてもらえば、こことは無関係な場所における読者さんと
> 他の方々のギロンのノリとテンションをここに持ち込まれてしまったのはちょっと迷
> 惑でした。もしも他にも同様のノリでたくさん書き込みがあったらどうしようかと思
> いましたよ。

不正確な事はいわないでいただきたいのですが、わたしはここに投稿する前に注意書きらしき物には目を通しました、先の二つもその中に含まれております。

また、投稿前に出来うる限り過去ログを参照し、こちらのサイトの「ギロンのノリとテンション」に準じて投稿しているはずです。ご迷惑をかけたのだとすればご指摘ください。
わたしの日頃のノリとテンションで言わせていただくなら。

(自粛)

黒木のなんでも掲示板:利用上の注意によれば、

> 実名や所属を隠し、ハンドルを用いている方であっても、自分の趣味・嗜好を十分に表現している方は「匿名」とはみなしません。

とされていますね。であるからわたしのページのURLを表記したのですし、そこには十分「読者」の趣味・嗜好を表現していると思うのですが、「匿名とみなす」わけですか?


あなたは、少々閉鎖空間で「憶測」の危険性に無自覚なようだ。

>「匿名」で好き勝手なことを言う奴の問題や他の場所でのノリを勝手に持ち込む奴の問
>題には共通した背景があるように思われます。そういう問題への対策として私は「「匿
>名」による批判の禁止」や「「匿名」による批判の禁止ルールについて」を書いたので
>すが全然読んでもらえなかったようで残念です。

これはわたしに対する発言と捉えて宜しいのでしょうか?

わたしの投稿はw20010727012515w20010727012515及びw20010730135109だけですが、これの何処に「勝手に持ち込んだ他の場所のノリ」があるのでしょうか?
また、持ち込んでいけない「ノリ」というのはなんなのでしょうか?
「匿名」での批判がダメであるなら、上記の「自分の趣味・嗜好を十分に表現している方は『匿名』とはみなしません」と言う時の基準にわたし「読者」は満ちていないと言う事なんでしょうが、その基準は何処ですか?

また、「全然読んでもらえなかったようで残念です」とされている根拠はなんなんでしょうか?

誤解に気付いたのであれば誤魔化さずに早目に認めた方が良いと思います。

そもそもあなたも「今までの読者さんの発言は、よほどの事情がない限り、実名でも大した問題がないものばかりだと思いますけどね」と言われてますよね、そりゃ当然だ。わたしはここのノリを尊重して書いている訳ですから。

(自粛)

ただ、あなたは若干視野狭窄に陥っているように見えます。あなたはここでのわたしの発言だけを捉えて「実名でもたいした問題がない」と暢気なことをおっしゃいますが、リンクしたわたしのサイトを見ていただければ判るように、わたしは個人情報を秘匿する必要があるのです。まさか、わたしのサイトを確認もせずにハンドルネーム「読者」の「匿名性」における趣味・嗜好の公表基準を判断しようとされていたわけではありませんよね?

最後に2つだけ申し上げます。
1.サイト毎に独自のカルチャーがあることは尊重します。そこにそぐわない投稿者を排除する事も各自の判断で自由でしょう。しかし、排除するに当たっては排除後に批判を繰り返す事は、非常に見苦しいのでお止めになった方が賢明と考えます。

2.くどいようですが、「批判とは誰がどのように言明しようと、その批判を有効にするか無効にするかは批判を受けた者に帰属するのである」あなたにとって批判が内省の機会とならないことはまことに残念です。仕方ありませんが。

Id: #w20010730212130  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 21:21:30 2001
Name: はまだ
Subject: 追記
なんでこのタイミングで「ひやんぐ」を庇うような投稿をするのか、疑問に思って投稿しました。
もちろん、免罪の対象は「ひやんぐ」です。

そう言えば、読者氏のサイトをみたら、「脱社会的存在」万歳でしたね。そんな人に尋ねたのが間違いでした。
でも、そういう社会性を放棄した人間が、「NAEE2000」をやったりしてるのは、どうしてですかね???



Id: #w20010730211553  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 21:15:53 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010730205515
Name: くろき げん
Subject: 恨みを晴らそうとして馬鹿なことをわめいているだけ

米青ネ申について」をちょっとだけ覗いてみましたが、黒木だとか山形だとかに対して恨みを晴らすためだけに馬鹿なことをわめいているだけでした。あれじゃあ、どうしようもないよねえ。

もしかしたら、ここを見ることができるあいだは興奮がおさまらないのであれば、読めないようにしばらくアクセス制限してあげるのが親切なのかもしれませんね。


Id: #w20010730205515  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 20:55:15 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010730204649
Name: くろき げん
Subject: さらに削除しました

削除合戦をやるのは面倒なので、比ヤングさんはもうここの掲示板に書き込むことを完全に禁止します。

彼の言い分を知りたい方は彼の掲示板「米青ネ申について」を見るようにして下さい。


Id: #w20010730204649  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 20:46:49 2001
Name: くろき げん
Subject: 比ヤングとかいうハンドルの方が書いた変な Subject の記事を削除しました

その Subject は「おまえなんか誰も知らねえんだよ」で、内容は URL だけの一行でした。今後もそのような Subject の記事を投稿されるのは迷惑なので、そのことをアピールするために削除しました。

ちなみに URL は本人が運営している掲示板「米青ネ申について」のそれでした。その URL はすでに崎山さんが紹介してます。

比ヤングはたくさんの人に見てもらえばもらうほど自分自身の傷を深くすることがよくわかってないようです。でも、御本人がそう希望しているようなのでその暇のある方は比ヤングさんの掲示板も見てあげるようにして下さい。


Id: #w20010730175638  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 17:56:38 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010730173155
Name: くろき げん
Subject: 何に対する違和感ですか?

読者さん曰く、

「利用上の注意」は読みました、また先の文章はそれに対する批判ですらありません

それでは具体的に誰のどの発言に対する違和感だったのですか?

誤解に気付いたのであれば誤魔化さずに早目に認めた方が良いと思います。


あと、個人的な感想を言わせてもらえば、こことは無関係な場所における読者さんと他の方々のギロンのノリとテンションをここに持ち込まれてしまったのはちょっと迷惑でした。もしも他にも同様のノリでたくさん書き込みがあったらどうしようかと思いましたよ。

「匿名」で好き勝手なことを言う奴の問題や他の場所でのノリを勝手に持ち込む奴の問題には共通した背景があるように思われます。そういう問題への対策として私は「「匿名」による批判の禁止」や「「匿名」による批判の禁止ルールについて」を書いたのですが全然読んでもらえなかったようで残念です。

さらに、実名で困る事情とはどのような事情でしょうか? 掲示板に書けないようなことであれば私個人宛のメールでも構いません。今までの読者さんの発言は、よほどの事情がない限り、実名でも大した問題がないものばかりだと思いますけどね。


Id: #w20010730173155  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 17:31:55 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010730152336
URL: http://nagoya.cool.ne.jp/a_killer/dokusha/
Name: 読者
Subject: お答えします。

まず、Subject に記述された部分ですが。
>「高尚な事を語れば、免罪できるとでも」

わたしがここで免罪を求めなければならないような事柄を致しましたでしょうか?
したとしたらそれをご指摘ください。
そもそも免罪など求めておりません。

>「実効性において限界を感じる」==>はじめから「無視すれば良い」

論旨を受け取れないのですが、「実効性」自体をはじめから無視すればよいとされるのでしょうか?
それとも、わたしの感じたこのサイトの限界を、限界を感じるならば無視すれば良いと言う事なのでしょうか?
わたしこのサイトに変化を求めてなどいません。 もう一度くどいようですが
「批判とは誰がどのように言明しようと、その批判を有効にするか無効にするかは批判を受けた者に帰属するのである」という言葉を吟味してみてください。

> 悪貨が良貨を駆逐する状況下において、
> 「創発」とやらが起きる契機を、実際にはあなたはどうやって保障してくれますか?

少々補助線を引きたいと思いますが、間違っていれば訂正してください。
あなたがおっしゃりたいのは、例えば2chなど、「匿名性」を謳っているサイトにおいて、自由な意見表明を導き出せば、確かに議論も活発に行われるかもしれないが、同時に議論とはとても呼べない罵倒合戦であるとか当てこすり、嘲笑の投げ合いが行われる。そのように「悪貨」が「良貨」を駆逐してしまうのではないか。 という事を前段において言われたと受け取りました。
宜しいのではないんですか?
そもそもそれが現実の在り様でしょう。圧倒的に多数の「悪貨」である「予想」「思いつき」を提示し、その中から「良貨」である有意なものを選別する作業は受け手の責任になると思います。その作業が面倒なら、そもそも受け取らなければ良いでしょうし、最初から受け取らないとすれば、可能性さえ捨て去る事になります。

次に、「わたしの保障」が必要なのですか?
「わたしの保障」が有ればどのような効果が期待できると思われるのでしょうか?
そもそも、誰かの「保障」が必要なのですか?
あなたには「コントロール指向」と「リフレクション指向」について再度噛み砕いて説明も仕上げなければならないようですが、申し訳ありませんがご興味がおありでしたらご自分でお調べください。

また、自律的な個体間が活発に活動すればその関連に何等かの「創発」は見られると思います。それは保障するしないと言う事ではなく、現に起こると言う蓋然性から導き出される事柄です。しかし、その「創発」があなたに有意であるか否かは判りません。「『創発』から有意性を見出せるかどうかはあなたにかかっている」だけですから。

「利用上の注意」は読みました、また先の文章はそれに対する批判ですらありません。
こちらのサイトがこちらの運営方針で活動されるのは何等わたしの責任の範囲でも権限の範囲でもないのです。当たり前の事ですよね。

また、わたしが言っている論旨も「匿名の是非」などではないのですが。よく読んでみてください。

それから、ついでに質問にお答えしますが、いろいろと実名だと困る事情はおありです。

Id: #w20010730164931  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 16:49:31 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010729040211
Name: いなば
Subject: 私的には

内藤『いじめの社会理論』は収支決算ではプラス、です。理論的枠組みはともかく、日本でいじめに関してあれだけのデータをしかも自力でていねいに集めている人はいません。補足すると、彼の周囲の評価もそんなところだそうです。
彼の理論の難点は大雑把に言うと精神分析的枠組(ほんまに科学なんかい)と素朴自由主義図式(現実世界はもっとケインズ的ではないのかい)の二つにかかわってくると思いですが、それさえも現状では「とりあえず見通しをよくする」役には立つというプラス面があるわけです。(それほど現状は混乱している。)

よいところはよいところとして拾い、悪いところは割り引いて読む、つまり根本の枠組みにおいて科学的に見てかなり怪しくても、部分的にでも有意義な問題提起がなされていれば「足きり」は避けるというこのやり方――日本の人文社会科学では通例ですが――には、本当は不健全なところがあるのかもしれないと時々思うことはありますが。何というか、極論すれば「おまじないでも直ればいい」「占いでも当たればいい」になりかねないんで。なんかまだ「職人芸」「暗黙知」に頼り過ぎなのだ。
Id: #w20010730152336  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 15:23:36 2001
Name: 浜田寅彦
Subject: 高尚な事を語れば、免罪できるとでも

「実効性において限界を感じる」==>はじめから「無視すれば良い」

悪貨が良貨を駆逐する状況下において、
「創発」とやらが起きる契機を、実際にはあなたはどうやって保障してくれますか?

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社会システム論を持ち出して、なにやら「匿名」について語られてますね。
「発言した場所以外にもその発言に対する評価がついてまわる」ということであって、
「匿名の是非」なんかではないと思います。 「利用上の注意」をよく読まれましたか??

それから、ついでに質問しますが、何か実名だと困る事情でもおありでしょうか


Id: #w20010730135109  (reply, thread)
Date: Mon Jul 30 13:51:09 2001
URL: http://nagoya.cool.ne.jp/a_killer/dokusha/
Name: 読者
Subject: 少々の違和感

少々の違和感

わたしも少々の違和感を述べて以降の参加を辞したいと思う。
現在の社会システム理論などではコントロール指向からリフレクション指向というような事が言われている。これは尤もな事で、様々な学の領域においても、社会認識においても、突き詰めてゆけばコントローラブルな事柄など極めて少なく、アンコントローラブルであればこそリフレクションの回路を確保しておくということが依りクレバーな選択であると予想される。

さて、以上のような予想を踏まえてこのような掲示板と呼ばれる空間を見てみると、様々な立場の人間が様々な考えを持ち寄り、時にそれらが出会う事による「創発」ともいえる様相が見受けられる。

そこで必要な事は、相互批判であり、批判に対してどれほど開かれているかと言う事ではないかと思う。その時に「匿名の禁止」であると「恥をかく事による抑制」がそもそも有効なのだろうか?

まず、本質的な「匿名」「非匿名」自体有意な概念ではないだろう。
馬鹿は実名だろうがなんだろうが馬鹿を言い募るだろうし、それを恥とも思わない人間も多い。つまりは本質的な抑制になるとは思えない。

また、批判とは誰がどのように言明しようと、その批判を有効にするか無効にするかは批判を受けた者に帰属するという当たり前の事実に思いを致す必要がある。例えばレッシングの「CODE」を柏木亮二、山形浩生が訳してくれた訳だけれども、正直言って読みづらかった。それはそもそも取り扱っている事柄が非常に入り組んでいるからだとか、レッシングの記述がそもそも冗長だからかもしれない。またわたし自身の読解力の無さと言われればそれまでかもしれない。しかし訳にも問題は無かっただろうか?
ここで真っ当な批判と考えられる形式は具体的に原著に当たって、訳文を「こっちの方が良くない?」と提示してみる事なんだろうけれども、そこまでの手間が掛けられない時に、「読みづらい」と感じた者は自らの口を噤んでおくべきだろうか。
そうではなく、匿名の(まあ、敢えて言えば2ch的な)「無責任で」「いい加減で」「主観的に偏った」「馬鹿どもの」批判が巻き起こったとしてみる、それでもそういう「馬鹿でも判るように簡略化して書き直す」(つまり超訳でもしてみる)事によってレッシングの問題意識が広く認識されればその批判は意味が有るだろう。

つまり、批判とは誰がどのように言明しようと、その批判を有効にするか無効にするかは批判を受けた者に帰属するのであり、そもそも筋違いの(または、そう思われる)批判なら無視すれば良いのであって、予め「恥をかけ」という内部同調圧力とも取れる抑制機能を働かせる必要は無いのではないだろうか?

この「恥」であるとかそれを担保するための「実名性」への信頼は、実効性において限界を感じる。

少々自分の事を言うならば、わたしはこのような掲示板の存在は内省性の契機であると捉えている。というよりも、それ以外の意味を求める事に懐疑的だ。
様々に投げ込んだ知識、意見によって「評判」を求める事も空しいだろうし、「恥」であるとも思えない。
すべては異なる視座に照らされて批判の対象となる。その時自分自身に達するような批判があれば、それこそが楽しみでもある。ヒトとヒトのコミュニケーションにおいて喜びの瞬間とは異なるパースペクティブに触れる事なのではないだろうか?

最後に(これは、誰の言葉だったか、ど忘れしてしまったし、正確ではないが)次の言葉を残して去る。

「私は数学者が誤りを起こす事を肯定する。
誤りを起こすとは新たなるインスピレーションの可能性を示す物だから」

Id: #w20010729040211  (reply, thread)
Date: Sun Jul 29 04:02:11 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010728220055
Name: くろき げん
Subject: 宮台、ドリカムプラン、動機づけのケア、ゆとりの教育

宮台が「少年と成人の差異をまったく認めない」などと本当に言っているとすれば、さすがにそれには反対しますが、本当にそんなことを言っているの?

「自己決定能力を養成するプログラムを徹底すること」と「自己決定の権利を大人と同じレベルで与えること」は全然違いますよね。

まあ、きっと宮台の方も誤解を招くような言い方をしていたり、陳腐なことを極端に聞こえるように宣伝していたり、場合によっては部分的に本当に極端な意見を信仰していたりするのもしれませんが、たかつかさんの引用を読んだだけでは判断が付きません。

だから、そういうレベルの私が「宮台真司の考え方の多くに賛成です」という曖昧な言い方をしたのはちょっとまずかったですかね。宮台の主義に関するネタは大体において不毛な議論にしかならないのであまり時間を割きたくないのだ。

あと、「ドリカムプラン」のようなものを安易にいきなり制度的に導入しようなどとは言ってません。しかし、コスト (例えば教師がどれだけの手間をかけたか) やリスク (どういう弊害がどれだけ起こる可能性があるか) を含めて全てを明らかにすることによって、成功した事例から学ぶことはやはり大事なことだと思います。例えば教師が割かなければいけないコストが膨大になってしまうような案は採用すべきではありません。でも、部分的に少ないコストで害なく実行できそうなことがあればそれについては皆考慮すべきでしょう。 (こういうあたりまえの一般論しか言えなくてすみません。「ドリカムプラン」の詳しい実態 (特にコストとリスク) について教えて下さる方がいれば助かります。)

個人的には、動機づけに関するケアを生徒自身や保護者にまかせるだけにするよりも、別の誰かがケアしてあげる仕組みがあれば incentive divide の解消に役に立つのではないかと考えているのです。このアイデアがどれだけ現実的であるかはよくわかりませんが。

あと、これも誤解されたくないので言っておきますが、動機づけに関するケアを考慮することには賛成できても、動機づけだけなんとかすればカリキュラムはズサンでスカスカであっても構わないという「ゆとりの教育」的な考え方に私は反対です。動機づけだけなんとかすれば良いというような考え方をしているとろくなことにならないと思います。

「ゆとりの教育」政策の弊害については「推奨文献:教育」の苅谷氏の著書と左巻氏の編著を見て下さい。教育の自由化に関してばら色の未来を宣伝しつつ、ズサンでスカスカなカリキュラムを皆に強制的に押し付け、動機づけの面でも放り投げてしまったのが「ゆとりの教育」という名の政策なのです。

P.S. ところで、たかつかさんが詳細な自己紹介をしたことってありましたっけ? まだどういう方なのかいまいちわからないんですよね。

P.P.S. 時間がないので詳しく説明できないのですが、個人的には内藤朝雄『いじめの社会理論』は高く評価できません。実証に関わる部分に関しては面白く読める部分があったのですが、全体的に良い本であるかというとどうなんですかね? 「いじめ」に関する本においてラカンの名をわざわざ持ち出したりできる神経も全然理解できませんでした。最終章の教育の自由化の提言もずさんな内容だと思う。私にひどい無理解があるかもしれないので、あの本の良いところがどこなのかを詳しく説明してくれる方がいれば個人的には助かりますね。


Id: #w20010728220055  (reply, thread)
Date: Sat Jul 28 22:00:55 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010727134811
Name: たかつか
Subject: 宮台について
黒木さん、ご指導頂き有り難うございます。
笑われるのを覚悟して意見を書いてみました。

>ぼくは、たかつかさんとは意見が違っていて、宮台真司の考え方の多くに賛成です。
私は、宮台の意見全てに反対しているわけではありません。興味深い見解があり、
面白いとは思います。宮台の初期の本は7,8冊読みました、最近は興味が無い
のでout http://www.out.gr.jp/top.html の文くらいしか読んでいません。

>宮台の言葉を正確に引用もせずに「〜ということだったと思います」というような
>言い方で揚げ足を取るというような議論は不毛だと思います。

これは、私のこの発言に対するものですよね。
>>スキル教育」の話ですが、少年法改正論議の時の彼の主張は「子どもに自己決定
>>が出来る様に教育をする。それによって子どもに自己決定権と自己責任の原則を
>>適用できる。少年法による子どもの要保護性、特異性は必要ではない」と言う
>>ことだったと思います。
宮台の言葉を「透明な存在の不透明な悪意」から引用します。
「日本の場合、子どもに自己決定能力を認めていない。いいかえれば、子どもに人
権もプライバシーも認めていないからこそ、子どもを保護しているわけです。」
p871行目から3行
「子どもの権利条約もそうです。子どもの権利条約の根幹をなす「子どもの自己決
定権」を認めることは、自己責任原則で動いてもらう事と表裏一体ですから、重罰
主義につながるんです」(p87左から2行目から)

「ひとつは、子どもの自己決定能力を養成するプログラムを幼少期から徹底的に導
入する。クラスの自由化や個人カリキュラム化もあるし、性の自己決定権なんかも
認める。それとペアで少年法を罰則強化したり、法的な処理システムを成人並にし
て、いまの少年審判じゃなく、通常の裁判形式を導入したりする。」

この本だと、後半の「共生の時代にむけて」でも同じ事を書いてあります。

これを受けて、村井敏邦が「ちょっと待って少年法「改正」」日本評論社の中で
「最近、第3の波ともいうべき主張が見られるようになってきた。それは、基本的
に少年と成人とにおいてまったく差異を認めず、少年の自己決定権という観点か
ら、少年についても少年についても、成人と同様の権利が認められる反面、義務
関係においても成人と同様の扱いが行われるべきであり、特別な配慮の対象となら
ないとする見解である」p103

村井は続けて、この見解の代表的論者として宮台の「透明な存在の不透明な悪意」
を引用します。

私の投稿は上の2つの文に基づいています。
尚、私は自己決定権の教育には賛成ですが、宮台の子供観には反対です。

>例えば、「ドリカムプラン」のようなやり方はもっと普及するべきでしょう。
私は反対です。折角、教育を自由化したとしても「ドリカムプラン」のようなもの
を制度的に導入する事は、かれが「透明な存在」で問題にしている同調圧力に変
わる可能性があります。個人ベースで動機付けする事と異なり、学校単位で制度的
に導入する、況や全ての学校で導入するのは拙いと思います。

もう一つ、言うと「ドリカムプラン」の前の段階、自己決定能力を養成するプロ
グラムがどうなっているのか、選択肢を増やせば良いと考えているのでしょうか?

宮台の考えではありませんが、財界、官界などは「勉強が出来る子」の「勉強をし
ない自由」を認めるつもりは無いでしょう。斉藤貴男の「機会不平等」等に出てく
る江崎玲於奈や三浦朱門の発言を読むとそう思います。

>ぼくが言いたいことは、論点はそれだけではなく、ずさんですかすかな新学習指導
>要領をなんとかした方が良いという意見や苅谷剛彦による「不平等再生産から意欲
>格差社会 (incentive divide)」への移行に対する警告についても十分に考慮し
>てもらいたいということなのだ。
それに異議があるわけではありません。

>稲葉さんも「しかしこの両者は矛盾、対立するものなのだろうか?」とおっしゃっ
>てます (2001年7月23日)。
苅谷と内藤の考え方の根底には、固定した社会構造を否定するという点で一致点が
ある様な気がしますが。内藤の考え方を延長すると宮台の考えに一致するのでしょうか?

確かに初期の宮台、「透明な存在の不透明な悪意」での考え方はそうでしょう。
でも、outに書いてある宮台や「ドリカムプラン」は、内藤の考えとは一致しない
ように思います。それは、選択の自由であっても同調圧力の無い社会ではありませ
ん。同調圧力から逃げる術は用意したのでしょけど。

次に自己決定能力を養成するプログラムを実行する、その後教育の自由化であれば
良いのですが、自己決定能力を養成は親まかせで、教育を自由化しても苅谷の考え
に一致する事は無い様に思います。

最後に「ゆとり教育」が有効である事を示すには、小学校レベルでの例、例えば
「非ゆとり教育」での兵庫県山口小(斉藤貴男の「機会不平等」p51)のような例
が必要だと思います。

Id: #w20010728072639  (reply, thread)
Date: Sat Jul 28 07:26:39 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010728031446
Name: くろき げん
Subject: 米青ネ申について

崎山さん、気を使って頂き、どうもありがとうございます。崎山さんの言う通りで、「単に彼の煽りに乗る」というのは非常にまずいので止めましょうね。

なるほど、比ヤングさんの掲示板「米青ネ申について――(株)タカラの「せんせい」ってまだ売ってる?」は引っ越し先としては適切な場所ですね。もちろん、言うまでもないことですが、そこも含めて内容のない変な発言を書き込むのは迷惑行為なのでまずい。どれだけの人が相手をしたいと思うのかわかりませんが、あえてやるならば、山形さんのように懇切丁寧な対応でなければいけないと思う。

そうそう、これも言うまでもないことだと思いますが、先のリンク集は比ヤングさんが他の場所でも変なことを言っていることを皆に知ってもらうために公開しました。

私は、これならここまで言っても大丈夫だろうと思い、最初から「この輩は相手にする価値がない」と言い続けて来たわけです。

それなりにまともなことを言える人物であれば私が取ったやり方に反撃するのは簡単なはずなんですね。態度を改めて、相手に対して聞くに値する批判と意見を述べて、自分自身に真面目に相手をする価値があることを証明すれば良いだけなのですから。まともなことを言うようになれば私も嬉しいですしね。比ヤングさんは結局それができなかったものだから、隔離されただけではなく、あっさり追放されて終わりになってしまったわけです。

その上、あちこちで恥ずかしい態度を取り続け、醜態をさらしていることを、みなに知られてしまうことになった。

比ヤングさんはこういう事態を自分自身で招いてしまいました。今後は「比ヤング」の名で発言しても、心ない人たちから

相手をする価値がないと言われたのに、そういう態度を取り続け、予備掲示板に隔離された後に、結局あっさり追放されてしまった人物

と言われてしまう可能性が高くなった。ちょっとかわいそうですが、比ヤングさん自身の責任でそうなったのだから、私を逆怨みしないでもらいたいですね。私はいつものようにワン・パターンでつまらない対応の仕方をしただけ。勝手におどったのはあなた自身なのだ。

以下は以上とは独立の一般論。

インターネット上には異なる雰囲気を持った様々な場所があります。ある場所では当然の態度が別の場所では迷惑な態度になってしまうことがある。例えば、ハンドルの付け方、言葉遣い、議論の仕方、……などのスタイルは場所ごとに異なります。だから、普段自分が慣れている場所とは別の場所で発言するときには注意が必要なんですね。自分が慣れた場所では問題が無かった態度をそのまま別の場所で取っても大丈夫なのかをよく考えてみなければいけません。

例えば、ここの掲示板では、いかにも怪しそうなハンドルを用い、自分の正体・趣味・嗜好を隠し、好き勝手なことを言い続けると、あっさり馬鹿扱いされて終わってしまうことになる。しかし、別の場所では、ここでは馬鹿扱いされるような態度が完全に普通であり、実際に全然馬鹿でも何でもない普通の方々がそういう態度を取っていることがよくあるわけです。様々な雰囲気の場所が存在するのは良いことだと思います。迷惑なのは全ての場所に同じルールとスタイルを適用して構わないと勘違いしている人です。

比ヤングさんが張ったリンクをたどってここにやって来た方々には以上の一般論についてよく考えてもらいたいと思います。


Id: #w20010728031446  (reply, thread)
Date: Sat Jul 28 03:14:46 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010727172113
URL: sakichan@sakichan.org
Name: 崎山伸夫
Subject: どこに書くべきか

黒木さんがあげられたところ、彼自身の日記ページ以外は 全部ほかのひとが運営してるとこですね。 場所によっては、 単に黒木さんと異なる意見と思われるの運営者のサイトの掲示板に リンクをはって煽ってるだけ、と言えるものもあります (「某Jの掲示板」の掲示板をみると、 黒木さんのはった逆リンクをみた運営者が困惑している様子)。 ですから、うかつにそれらの掲示板をみにいって 「関連する書き込み」をすることは、単に彼の煽りに乗ることになります。

ここは、ほつまさん御紹介本人の運営している掲示板が 正解なんじゃなかろうか、と思います。


Id: #w20010728014812  (reply, thread)
Date: Sat Jul 28 01:48:12 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010727172113
URL: sakichan@sakichan.org
Name: 崎山伸夫
Subject: 「ゆとり教育」の功績(苦笑)

たいした話じゃないのでここ扱いってことで。

「ゆとり教育」と、内容削減の「功績」といったら、 やっぱり扶桑社教科書排除のための「言い訳」としてでしょう:-) 実際のところはともかく、 「つくる会」のプッシュが激しくて扶桑社教科書が採択されそうになって やっと阻止したような地域の教育委員会とか採択協議会では、 議事上のタテマエとしては扶桑社教科書のもつイデオロギーについての言及は 慎重に避けられている (そんなことを堂々とやったら、右翼の街宣車が自宅前にくるかもと いうリアリティだってある状況でしょ。 産経新聞は反対サイドを「共産党系」とか「過激派系」とか ヒボウ中傷的に書いておいて、 賛成サイドのディテールを書いてないのはそのへんが からんでる。) 傾向がアリアリとしてますね。 で、扶桑社教科書を採用しないタテマエの理由として 「内容が(中学生には)多すぎる」 「(歴史評価をきめうちしてて)詰め込みっぽい」 といったあたりが挙げられてくる。

「馬鹿保守」がおもいのたけを書きすぎた、ということで:-)


Id: #w20010727172113  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 17:21:13 2001
Name: くろき げん
Subject: おお、これで最後なのですね。どうもありがとう。

比ヤングさん、これで最後だということのようで、どうもありがとう。

せっかくなので、野次馬のために比ヤングさんがどういう場所で観察できるかを以下に示しておきましょう。これ以後ここでは比ヤングさんは発言禁止です。 (どうしても反論したい場合に限って、反論を書いた場所の URL だけを一行書き込むことだけは許すことにしますが。それ以外の書き込みをした場合はそれなりの処置を取ります。)

他にも色々あるのですが、野次馬の方々は自分で探して下さい。

こういう連中が暗黙の前提にしている考え方 (例えば匿名性やアクセス情報などなどに関すること) をよく観察することによってあばくのは結構面白いかもしれませんね。

他に何か言いたい方のある方は最後に何か述べて下さい。しばらくしたら、このページを次の目的に利用できるようにきれいさっぱり更新してしまいます。


Id: #w20010727165927  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 16:59:27 2001
URL: http://www2.diary.ne.jp/user/98096/
Name: 比ヤング
Subject: ファイナル・アンサー

ふつうに考えたら、黒木は宮台に沿って教育改革を
進めることを飲まなきゃいけないと思うんですけど。
もう、ドリカムプラン出されたらグウの音も出ないでしょ。
学力があがることが黒木のただひとつの命題なのだから、
ゆとり教育をうまく使って学力があがった例を出されたら、
教育改革全面反対論は破綻します。
山形の破綻もおなじ。科学を濫用するからというだけの
理由でポモ全面反対を掲げたら、科学を濫用してないポモの
デリダという実例を出されて破綻します。
これは、あらゆる全面反対論のあやうさでもあります。
うかつにやってると、反証挙げられたらひとたまりもない。
Id: #w20010727165033  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 16:50:33 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010727163151
Name: くろき げん
Subject: 私は相手にする気がないので、比ヤングさんの好きな場所に移動して下さい

比ヤングさん、あと一回だけ書き込みを許しましょう。

その一回のチャンスを有効に利用して下さい。


Id: #w20010727163151  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 16:31:51 2001
URL: http://www2.diary.ne.jp/user/98096/
Name: 比ヤング
Subject: 浅田の壷
山形と黒木の自己言及構造は失笑モノ。ぜんぶ自分のことじゃん。
だから誰にも相手にされずに↓みたいなこと言われるんだよ。

>40 名前:考える名無しさん 投稿日:2001/07/26(木) 21:46
>それにしても、、、 
>人が来ないことをいいことに、 
>ひとり、自分らを優秀だと思い込む掲示板とはね。 
>新人さんはきりもなくくるわけだし、、、おしえてくんたちが。 
>ほんで、無邪気にたたきにたたくわけ? 
>そごいねえ、 

場所替えですか?
ここか
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=996047666&ls=50
ここ
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=992052202&ls=50
なんかどうです?それにしても、途中でルール変えるってのもみっともない話だよね。
知名人という安全圏から喋ってるつもりなんだろうけどさ、
俺、「くろきげん」なんて知らないよ?匿名同然だろ。

Id: #w20010727134811  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 13:48:11 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010727122738
Name: くろき げん
Subject: 最初っから真面目に相手にする価値がない奴であることが明らかであった

山形さん、懇切丁寧な対応には本当に頭が下がります。ぼくには絶対にできないな。

崎山さん、比ヤングさんは比ヤングさんなりにレトリックを工夫したつもりなんだと思います。結果的に醜態をさらすことになってしまい、ちょっとかわいそうなのですが。どうせまともな反応が返って来るはずがないんだから細かいところにつっこんでも無意味だと思います。

比ヤングさんは登場した時点で「これは真面目に相手をすると時間の無駄になるような人物だな」と皆に確信させてしまうような態度を取ってました。だから、ここに隔離することにしたわけです。そして、多くの読者はその隔離を当然のことだと思ったことでしょう。比ヤングさんはその損失を補うことができなければ「やっぱりこいつは相手にするに足らない輩であったのか、これじゃあ真面目に反論すること自体が馬鹿らしい」と皆に思われて終わりなのですが、その通りになってますよね。

さて、比ヤングさん、そろそろここではなく他の場所で活躍するようにして頂くわけには行きませんか? もうここに書き込むのも止めて頂くと嬉しいのですがね。ここで無理をして恥をかき続ける必要はないでしょう。どこの何者だと公開してないから痛くないのかな?

どうしても自力で止めることができないのであればアクセスを制限してあげても良いですよ。どうしましょうか?

引っ越し先が決まったらその URL をここに書き込むのは構いません。

そうそう、最後の捨てゼリフでみっともないことを言わないように注意した方が良いと思います。

P.S. ぼくは、たかつかさんとは意見が違っていて、宮台真司の考え方の多くに賛成です。宮台の言葉を正確に引用もせずに「〜ということだったと思います」というような言い方で揚げ足を取るというような議論は不毛だと思います。例えば、「ドリカムプラン」のようなやり方はもっと普及するべきでしょう。職業だけではなく性についても「ドリカムプラン」のような試みを考慮した方が良いかもしれませんね。ぼくが言いたいことは、論点はそれだけではなく、ずさんですかすかな新学習指導要領をなんとかした方が良いという意見や苅谷剛彦による「不平等再生産から意欲格差社会 (incentive divide)」への移行に対する警告についても十分に考慮してもらいたいということなのだ。稲葉さんも「しかしこの両者は矛盾、対立するものなのだろうか?」とおっしゃってます (2001年7月23日)。

P.P.S. 自己紹介ルールに十分配慮してもらえないのは残念です。「特に議論に参加する場合はできるだけ詳しく自己紹介をして下さい」と強調してあるのは議論に参加したければ簡単な自己紹介で済ませてはいけないと思っているからなのですが伝わってないのかな? 罵倒が飛びかうような議論をしたいのであれば、友人・知人に正体がばれて大恥をかくことができるだけ十分に自己紹介をして欲しいのだ。そうでなければ匿名の安全圈から馬鹿なことを好き勝手に言う輩に対する抑止になりませんから。ルールの文面をそのように書き変えた方が良いですかね? でも、利用上の注意およびそこからのリンク先を熟読すればそういう考え方が伝わるように書いてありますよね。


Id: #w20010727131848  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 13:18:48 2001
URL: http://nagoya.cool.ne.jp/a_killer/dokusha/
Name: 読者
Subject: 「ゆとり教育」は脱社会的存在の発生を助長する、ある意味万歳!

>月理学者

わたしの w20010727012515 の(余談)は「アホ−ダンス」にインスパイアされて思わず書き込んだものでかんじょ〜的に成っている訳ではありません。
そういう意味では極めて穏やかにタイプ打ってますけど、お見せできないのが残念です。なんて事言うと厭味っぽく聞こえますか。てな事書くと失礼に当たりますか。てな事まで書くとくどいでしょうか。

わたしは掲示板上の表現を含め、すべての表現活動は批判される対象であると思っております。自分自身同意者など求めていないし。それよりも持論に対して決定的な反論を加えていただけるなら、己の蒙が啓けてこんな有り難い事はありません。

掲示板などの自己発信というのはそもそも偏った行為でしょう。その偏りを自覚できないってヒトも居るでしょうが、自分自身はどこぞに偏っているという保留を忘れると痛々しくなりますな。偏りつつも言わずには居れない何かがある、で、発信してみる。この時同意者はこの偏りを助長します。例の「自殺掲示板」での自殺騒ぎなどこういった共鳴の悲しい事例でしょう。逆に徹底的に論争をしてみる、ヒトによっては却って頑なに持論に埋没もするのでしょうが、時として異なる価値観などの存在意義を知る。他者を知る事もある。
まあ、トイレの落書き(C 筑紫哲也の知り合い)よろしく一時の感情に任せてルサンチマンの解消をするってのも利用法かも知れませんが、わたしが見るところ有効な利用法とも思えません。

と、言う訳で、知識の共有化は各種データの電子化と検索エンジンの向上に任せ。
違う観点からの発想は、相互批判という行動で実現化できるものだと思います。
自分にはけして受け入れる事の出来ない主観こそ、なかなか出会う事の出来ない「違う観点からの発想」なのではないでしょうか。

>比ヤング
いや、あんたね。w20010727070303の文章は、 ここから持ってったね。
この文章ってのはわたしが「脱社会的存在」って宮台の観点から、
「ゆとり教育」批判をやらかそうって魂胆で書いた(いちぶ、いんよ〜)文章なんだよ。
その【1】と【2】がわざわざナンバリングされているのって、
矛盾(と言うよりも、隙間)を突く為のものなんだよ。

この問題(社会の学校化と脱社会的存在の生成)を真剣に考えたなら、
「ゆとり教育」なんぞ進めている場合では無いだろうというのが続く予定なんだよ。


Id: #w20010727130231  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 13:02:31 2001
Name: はまだ
Subject: 最初の投稿に戻れ
宮台やアズマの話をして、自己陶酔されてるようですが、
最初のわけのわかんない投稿を解説してみてください。

アズマの記事と、君の書いた投稿「現代思想を全否定する黒木玄」とは、何の関係がありますか??

Id: #w20010727122738  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 12:27:38 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010727094409
URL: sakichan@sakichan.org
Name: 崎山伸夫
Subject: ...あの....

黒木さんが「土足であがりこんできた」ってどのこと? 明示的にそれが出てないと単なる妄想くんなんだが。


Id: #w20010727122509  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 12:25:09 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010727094409
Name: たかつか
Subject: 宮台の教育論?
比ヤング さん、初めまして。単なる技術屋ですが。

最初の宮台の放送は見ていないし、最近の言動も興味がないので知りませんが
気になったので、コメントします。
> そこで紹介されるデータは、本当に驚くべきものです。
> 大学生の学力低下が、ゆとり教育の結果などではなく、むしろ、ゆとり教
> 育を組み込んだ動機づけ教育が、瞬時にして、国公立大学進学者の倍増、
> 進学した大学数の倍増をもらたすさまが、見て取れます。
> この番組を見て、馬鹿保守はせいぜいガックリしなよ(笑)。
> ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「大学生の学力低下」 という場合、学力の絶対値の話をしている事が
多いのですが、そこに「国公立大学進学者の倍増」と言う相対値の話を
する事の意味が、どれだけあるのでしょうか?(既に読者さんに指摘
されていますが)

さらに言えば、「動機づけに力点を置いた新しい教育」とありますが
「動機づけ」が重要と言う話は昔からあるのではありませんか?

更に、「スキル教育」の話ですが、少年法改正論議の時の彼の主張は
「子どもに自己決定が出来る様に教育をする。それによって子どもに
自己決定権と自己責任の原則を適用できる。少年法による子どもの
要保護性、特異性は必要ではない」と言うことだったと思います。

つまり「小さな大人」を作る教育をしなさいと言うことです。
宮台が「スキル教育」を、そういう意味で勧めているのであれば、
子供時代を復活させるはずの「ゆとり教育」とは異なります(寺脇
が何を言っているか、詳細は知りませんが)。同床異夢のような感じ
を持っています。

もう少し言うと、宮台の自己決定権と自己責任の原則からすると、
「小さな大人」は自己責任で本人の適性、能力とは無関係に「ゆとり
教育」では無く、「詰め込み教育」を選択する事もできます。教育
の自由化ですね。まあ、塾の学校化ですね。

これが教育問題の解決になるのか、私には疑問です。

また宮台の議論は、子どもの年齢が低下する、高校生から中学生
中学生から小学生につれて、適用し難くなります。特に問題となる
小学1,2年生での「ゆとり教育」「生活課」の問題を宮台が真剣に
考えている様な気がしないのです。

宮台は
>この番組を見て、馬鹿保守はせいぜいガックリしなよ(笑)。
と書かれていますが、逆に現実を知らないのに知ったつもりになって
いる大学助教授様を見てがっかりした親は多いのではないかと思いま
す。


p.s.
以前、なんでも掲示板2の議論において、議論途中で消えた事を
お詫びします。急な出張とそれに付随した雑用のため、暫く書き
込めない時期があり、その後は敷居が高くて・・・m(_ _)m

Id: #w20010727120056  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 12:00:56 2001
Name: 月理学者

結局こういう結果になってしまうんだな。残念。
掲示板で知識の共有化や違う観点での発想が得られるなんてのは僕の妄想に
過ぎないんだなぁ。というか比ヤングも読者ももうちょっと穏やかな物言い
はできないものか。この場を見る限りでは土足で乗り込んでるのは君らでは
なかろうか?(僕もか?)

ところで学習における動機づけは云々ですが、必ずできる問題をやらせるよ
りもできない問題をやらせてできないのは努力が足りないからだという原因
帰属をさせたほうが達成動機は高まるという報告もあったりするので授業の
レベルをあんまり下げるのは良くないことなのではないかと思います。
授業時間と授業内容は連動するけど一緒くたに考えるもまずいんだろうね。
Id: #w20010727105825  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 10:58:25 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010727060650
Name: やまがた
Subject: やれやれ。
脱構築という用語はデリダが作ったものだというのは知ってはおりますがぁ、
でもそれはここでの話にはまったく影響しないのです。ことばは発明者に
独占権があるわけではございません。

ぼくは発明者になにかことばに対する優先権があるとは思わないので、別にだれが発明したか
をいちいち書く必要はないと思っているだけなのですよ。

それはあなたが某所で書いた、シニフィエ/シニフィアンについての以下のような
発言と似たようなことだとご理解ください。

>ちがいます。シニフィエだのシニフィアンだのは東オリジナルではありません。
>あなたが引用したくろきげんの罵倒中傷文の罵倒対象であるラカンが多用する
>言葉です。

これはもちろん、シニフィエ/シニフィアンが言語学や記号論の用語であって、
ラカンは単にそれを援用しているだけなのだ、というのを知らなかったわけでは
ないのでございましょう? これだけを見て「シニフィエ/シニフィアンというのを
こいつはラカンが発明したと思っている、もの知らずなやつだ」と言われたら心外
でしょうに。揚げ足取りだと思うでしょうに。

さらにあなたがこうしたどうでもいい話をいっしょうけんめい書き連ねるうちに、もとの
話がどんどん遠ざかってしまっているのを理解していますか。なぜこの話がでてきた
かといえば、「『知』の欺瞞」でソーカル&ブリクモンが「ポモな文がわけわかめなの
は深遠だからだという神話を『脱構築』したい」と言っているのが、別にデリダがどう
したとかいうご大層な話じゃなくて、「見直したい」とか「ぶちこわしたい」というのを
ポモ業界用語で言っているだけなんだよ、という話をするためでした。

ところがあなたはそこで、「脱構築ということばはデリダも使っている」という一言を
鬼のクビでもとったように騒ぎ立てて、もとの話のことはもう忘れ果てた模様。柱の一つ
だった東君の話もどこかへけし飛んで、結局あなたの言いたかったであろうことはすべて
あなた自身ですら忘れてしまっている。それで何を為そうというのですか、あなたは。
あなたのしたかったのはそんなことなんですか? 己のつまらぬプライドばかりに足をとらわれて、
いっしょうけんめいどこかからの引用をひけらかしてはみせるけれど、それが話の全体像と
どう関連しているのかはまったく見えなくなってしまっている――そんなことだから、だれも
まじめにあなたの相手をしようとは思わず、あなたはいつも他人にうとましがられて、何を言っても
無視され、つまはじきにされるのです。あなたと話をしても、生産的な結果が期待できないことが
わかるから。大きな議論よりも、自分がセコいポイントを稼げる(と自分では思いこんでいる)
些末な話にすぐ入り込むのがわかるから。

だからあなたはいつまでたっても寂しいのです。

一度深呼吸して考え直してみることをお勧めします。万が一、億が一にも、己の惨めさに
気がつくことがあるかもしれません。期待はまったくしてませんが。暇なようですから、あわてて
その場で応答を書いたりせず、一度書いたやつを一日寝かせて読み直すといいですよ。

Id: #w20010727094409  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 09:44:09 2001
URL: http://www2.diary.ne.jp/user/98096/
Name: 比ヤング
Subject: 「クローズアップ現代」で取り上げられた「スキル教育」
7月17日のNHK「クローズアップ現代」で、「スキル教育」について
放送されました。宮崎県の小学校でようやく始まったそうですが、
当面は教える時間が無いので、学習指導要領の改訂で新しく設定された
「総合的学習」の時間におこなうことにしているそうです。

このスキル教育というのは、人と人とのコミュニケーション・スキル
を、「ちょっとしたコツ」として身に付けてもらうものです。

アメリカはコネチカット州、ニューヘイブン市では10年も前から
おこなわれていて、成果を挙げているそうです。たとえば、
一方的にいじめられて、ただただ泣くばかりだった女の子は、
自分の意見をハッキリ言わなければ伝わらないことを意識するように
なり、それからは自然といじめも収束したそうです。

このスキル教育は、地元エール大学の児童心理学の教授が提唱したものです。
学習時間が削られるなどと、当初は親の激しい反対にあいましたが、
この教授(当時)が「スキルを身に付ければ、学習への熱意もあがると考えました」
と答えるとおりになっているそうです。

もちろん、宮台真司が教育改革の中核に掲げているものが、
この「スキル教育」です。これをおこなうためには、当然、
カリキュラムの削減が必要になります。 

まあ、以上のようなことを真剣に考えている私のところに黒木玄
とかいう馬鹿は土足で上がり込んで来たわけですよ。黒木さん
には自分がふざけた態度を取ったことを全面的に謝罪した上で
猛反省してもらいたいですね。

Id: #w20010727070303  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 07:03:03 2001
In-Reply-To: http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/e0012.html#e20010727004820
URL: http://www2.diary.ne.jp/user/98096/
Name: 比ヤング
Subject: 学校化・コンビニ化・情報化・脱社会化
宮台真司は、『「脱社会化」と少年犯罪』(創出版)の中で「ひきこもり」「ストーカー」「脱社会化」の原因として「プライドと自己信頼の乖離」を挙げている。

ここでプライドとは自らの全能感を当為的に信じ込むという事であり、自己信頼とは試行錯誤によって培われた自己に対する信頼とする。両者は「自尊心」の二つの側面ではあるもののその根拠において決定的に異なるとしている。

センター試験(所謂「偏差値」)による画一的な価値観に押さえつけられる子供たちは、徐々に「自己信頼」のレベルが低いにも関わらず「プライド」が高くなる、つまり乖離が生じ始める。(その他に「地域の学校化」という空間的広がりも論考されている)
この乖離は3つの傾向を生じさせる。

1)高い「プライド」を持ち、しかし「自己信頼」がゼロに近い者は脆弱なプライドを温存できる安全地帯に退却を始める。これが「オタク(的)」である。この「オタク(的)」な者が更に退却を起こして(この辺りは長い立論なので端折ります)「ひきこもり」に落ち着く。

2)高い「プライド」を傷つけられるのは「他者による否定」がきっかけとなる、故に次の戦略は「他者による否定」を認知的に歪曲して、なかったことにする。これが「ストーカー」となる。例えば女の子にお付き合いを申し込んで断られるとすると、それは「否定」なわけだが「俺が凄すぎるから恥ずかしがってんだ」と曲解する。

3)他者とのコミュニケーションが自分の尊厳維持にマイナスに働くのであれば、自らの尊厳を他者とのコミュニケーションから「無関連化」してしまう。これが「脱社会的存在」である。これは「オタク」に見られる、コミュニケーションからの物理的退却とは異なる。

「脱社会的存在」はコミュニケーションから物理的に退却しない。むしろ他者とコミュニケーションしながら、自らの尊厳はそれとは全く無関連な場所に隔離されている。彼等にとってコミュニケーションとは本質的にどうでもいいものである。なぜなら、彼らの尊厳は、基本的にコミュニケーションと「無関連」だから。「無関連化」によって、自意識の構造全般をコミュニケーションから切り離し、どんな不遜なプライドも、手つかずで温存する事が可能となる。


宮台はこの「脱社会的存在」に次のような「対策」を提案する。これについては正確に引用しておく。

【1】

 こうした分析(※1)が正しいとするならば、こうした「脱社会的」な人間が生み出されるメカニズムに対処するための処方箋、すなわち、問題に対処するプログラムのあり方は、もはや自明であるはずです。要は、他者との社会的な交流と無関連な場所で尊厳を樹立できないような、言い換えればコミュニケーションと無関連な自己形成が不可能であるような、社会的プログラムを、断固整備するということを措いて、他にありません。そうした社会的プログラムは、「プライドと自己信頼の深刻な乖離」一般を抑止することで、「脱社会的存在」のみならず、日本にしか見られない「ひきこもり」や日本的な「ストーカー」を生み出す確率を減らすという意味でも、有効なものとなるはずです。
 具体的に言うならば、「コンビニ化・情報化」(※2)は、先ほど説明したように、不可逆の趨勢であります。であればこそ、「日本的学校化」(※3)の解除と、学校的なるもののフレームの全面的な組み換えが、必要になります。不可逆な「コンビニ化・情報化」的な流れに抗して、学校教育プログラムの中で、他者との社会的交流抜きに不遜な「プライド」を抱くことを許さず、また数多くの異質な他者とのコミュニケーションの試行錯誤を通じてタフな「自己信頼」を醸成するような、そういう空間を設定しなければなりません。「脱社会的存在」を生み出さないための、最も根本的な早道は、こうした方向の中にあります。(前掲書:pp.37-38)

また、彼はこうも言っている。

【2】

 実は、先に申し上げた「脱社会的存在」という概念は、精神医学者の言う「人格障害」の一部を社会学的に言い換えたものに当たります。なぜ言い換えるか。理由は、病気ではないという事実をはっきりとさせるため。脱社会的存在、すなわちある種の人格障害は、コミュニケーションによる達成を信じず、尊厳をコミュニケーションから無関連化している。その意味で、コミュニケーションの外側に離脱した存在です。とすればカウンセリングや教育に効果は期待できません。なぜか。カウンセリングも教育も、コミュニケーションを通じて自分や社会についてのフレームを組み換える試みだからです。(前掲書:pp.18)


※1上記3に於ける「脱社会的存在」の発生機序

※2 他者との社会的な交流をせずとも基本的な生活を送れてしまう環境が広がっている。コンビニエンス・ストアとe-mail 宅配システムがあれば生活が送れてしまう。

※3 本来は子供たちは家・地域・学校という異なる価値観の中で生活を送っていた。例えば学業ができなくても家業において評価されるとか、地域に(「ガキ大将」などと)ポジションを占めることができた。ところが現在では、地域においても家においてもその評価基準が学業におかれ、学業において成果が得られなければ自尊心を満足させる事ができなくなっている。 


この本は現在結構売れているみたいです。
http://www.tsukuru.co.jp/
まあ、以上のようなことを真剣に考えている私のところに黒木玄とかいう馬鹿は土足で上がり込んで来たわけですよ。黒木さんには自分がふざけた態度を取ったことを全面的に謝罪した上で猛反省してもらいたいですね。

Id: #w20010727061758  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 06:17:58 2001
In-Reply-To: http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/e0012.html#e20010727004820
URL: http://www2.diary.ne.jp/user/98096/
Name: 比ヤング
Subject: 馬鹿保守って渡部昇一とかさ〜

>予備掲示板2の方に短いやつを出そうと思いましたが、長くなってしまいました。
>もったいないのでこちらに出します。 (比ヤングさんは反応したいなら予備掲示板2
>の方でして下さい。他の人がこの記事の比ヤングさんがらみの部分に反応する場合
>も予備掲示板2の方でして下さい。それとは無関係の建設的な議論はここで続けましょう。)

こんなことしてる人物は誰にも信用されないよ>黒木
いや、すでに信者以外にはまったく信用されてないけどね。

「ぱっと見た瞬間にどーしよーもない輩だとわかるような人が知らないところで悪口を言っている状況」
が延々と続いてる掲示板だね、ここ。


Id: #w20010727060650  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 06:06:50 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010726223846
URL: http://www2.diary.ne.jp/user/98096/
Name: 比ヤング
Subject: もうちょっと馬脚を隠す努力をしましょう。

>またデリダが「脱構築」ということばを発明したんなら

これはつまり、デリダが提唱した概念だということすら知らなかったという
ことでよろしいですね。脱構築という概念そのものも
「おそらくはわかっちゃいないだろう」から、
クラインの壺よりも脱構築のほうがよっぽど厳密な概念だということを
某J氏の解説を借りて説明してあげましょう。


「脱構築(deconstruction)」とは何か?
この概念はデリダによって提唱された。さて、この概念の正に根幹を問うのであれ
ば、それは
テクスト解釈を通して完結した意味の体系を創成する構築(construction)でもなけれ
ば、
盲目的な破壊を通じてテクストを無意味な断片の山へと変容させる破壊
(destruction)でもない。
当然、それはテクストを恣意的に解釈することとも何の関係もない。様々な誤解が流
通する中で
改めてその概念のデリダ的基礎を定義するのであれば脱構築とは端的に言ってある人
物が
論理的な一貫性を持ってある物言いを展開することが同時にそれとは全く正反対のこ
とを、
その実自分が言いたくないことをいつの間にか述べ立ててしまっているというアンビ
バレントな
事態を暴くことである。ここには精神分析的な手法が幾分か介在しているわけだが、
それと同時に
二項対立という概念も大きな場所を占めている。二項対立においてお互いはお互いを
批判し、
否定するが、しかし、その批判し、否定する項を媒介にして初めて各々の項の同一性

保たれることが出来る。このような二項対立における意識されざる共犯関係の中でお
互いは
各々の優位性を競い合うカタチで各々の同一性を維持しながら不毛で暴力的な泥仕合
へと
進んで落ち込んでいくが、脱構築とはその共犯関係を言説の中から読み取り、その上
に二項対立が
成立していることを暴露し、完結した二項対立に支えられる構造を組成する諸要素を
改めて
問いただす(de-construct)不断の作業である。そして、それはお互いがお互いの同一
性を
確保するために敢えて欺瞞的に圧殺している他者の本来的な姿を、その単独性の姿を
回復させようとする理念と密接に繋がっている。脱構築とは他者をその他者性−−他
者が
他者である所以−−において捉えようとする不可能な行為に向けての企図でもあるの
だが、
もういい加減このネタを引っ張り回すのも飽きてきたし馬鹿馬鹿しいのでそろそろヤ
メにしたいと思う(^^;ワラ

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここでいう二項対立の実例を挙げると若干イメージが捉えやすいと思
います。
『フランス哲学・思想事典』(弘文堂、A5 判699p、13,000円)の解説を引用します

内部/外部、自己/他者、同一性/差異、本質/見かけ、起源/反復、真理/虚偽、
善/悪、生/死、精神/物質(身体)、知性的/感性的、時間的/空間的、固有/疎遠、
自然/技術(文化、文明)、人間/動物、男/女、西洋/東洋、現実/虚構、まじめ/不まじ
め、
哲学/文学、意味/記号、パロール/エクリチュール、(略)

形而上学的欲望は、これらの二項を厳密に区別したり、単なる差異ではなく対立の
関係においたり、前項を優位に後項を劣位においたり、前項から後項を派生させた
り、
前項の純粋現前を求めて後項の要素を抹消したり、さまざまな操作を行うが、
両者の境界線を厳格に維持することが基本的な前提である。(略)

こうした階層秩序的二項対立に対して、脱構築は一般に、劣位におかれたものが
何らかの形で、優位におかれたものの可能性の条件にかかわっていることを
示し、(引用者解説:某Jのいう「自分が言いたくないことをいつの間にか述べ立て

しまっているというアンビバレントな事態を暴くこと」とはこのことです。)両者の
境界線は厳密には決定不可能であることを暴露することによって、既成の価値序列と

別の〈他者との関係〉の可能性を開こうとする。

その場合、既成の価値序列がただ逆転されただけで、二項の境界線が問い直されず、
かつて劣位にあった項が純粋現前してかつて優位に合った項を支配するなら、
それは逆転された形而上学、もう一つの形而上学にすぎない。
Id: #w20010727053821  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 05:38:21 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010727012515
URL: http://www2.diary.ne.jp/user/98096/
Name: 比ヤング
Subject: 読者は持論のためならどんなウソでも平気につくから

あの番組での国公立大学への進学数は、
動機付け教育開始前に大学数が30、進学者数が103だったものが
ほぼ右肩上がりに増加しつづけ、最後には大学数が56、進学者数が285
にまで激増しています。とても他校のレベル低下で語れるものではありません。
逆に問いましょうか。なら、なぜその学校は(相対的にでも)学力が落ちなかったのか。
読者の言うことはいつもいつでも矛盾だらけです。
Id: #w20010727012515  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 01:25:15 2001
In-Reply-To: e0011.html#e20010726164553
URL: http://nagoya.cool.ne.jp/a_killer/dokusha/
Name: 読者
Subject: 議論の三木はドコザンす?

議論の幹は「ゆとり教育」是か?非か?なんですか。
判らなかった。

その宮台出演の「ETV2001」は見ましたが、宮台の立論は無理があると
思います。その理由はすでに比ヤングには述べたと思いますが、まず一番最初
に宮台が持ち出した進学率の向上というのは、同年代他校の生徒との比較であっ
て「ゆとり教育」の進展に伴う変化を見るに充分でないと言うことです。
つまり、当該高校の進学率が上がったにしてもそれはとりもなおさず他校が
「ゆとり教育」の影響で習熟度が落ちたのかもしれない。
次ぎに、動機づけ、生徒の学習へのモチベーションというのは大切であることは
わたしも同感です。逆にモチベーションも見出せない学習と言うのは拷問にも
近い。そういう意味では当該高校での取り組みは意味があると思うわけです。
さて、では翻って「ゆとり教育」がすなわちその動機づけに寄与するかと言われ
れば、懐疑的に成らざるを得ません。
なぜなら、そこここで言われているように、そもそも子供たちというのは問題
を解く事や、新たな事柄を知ると言うのは楽しみであり、そのような知見の広
がりから社会やら自分というものを理解していって、はじめて職業なり興味分野
と言うものを知る事もできると思うからです。
であるならば、子供たちには様々な知見に触れる機会をもっと作ってあげるべき
ではないのか、そこに一律3割削減とされる「ゆとり教育」は逆効果を与える
だけではないのかと思えるからです。
確かに、意識の高い現場教師はそれでも子供たちに様々な事柄に触れる機会は
作る事でしょう、しかしそれ<だけに>期待する事はできません。
また、今次の教科書検定における問題に見られるように形式的削減を勧める
文部科学省にそのような指向があるとは思えません。

つーことで、事もあろうに、渡部昇一との驚倒は解除できませんな。
(余談)
くどいって言っといて>やまがた

>ただし、そういうところで無知をさらけだすと、最初に挙げたあのポモ再考の
>文の前のほうで、複雑系だのオートポイエーシスだのアホーダンスだのとかれ
>が並べているのも、おそらくはわかっちゃいないだろう、したがって、それを
>もとにポモはもう終わってして新しい理解がどうのこうのと言っている部分も
>眉唾ではないか、というくらいの疑問はどうしても抱いてしまいますが。

まだ続ける気だね。
ちなみにアフォーダンスはあんたの飯の種だろ。
Id: #w20010727011547  (reply, thread)
Date: Fri Jul 27 01:15:47 2001
In-Reply-To: w0017.html#w20010726223846
Name: 月理学者

山形さんはちゃんとアフォーダンスと書くべきです!!
阿呆が踊ってるみたいじゃないですか。


あ、趣味はアニメ漫画映画ライトノベルなどオタク的なもの一般と
「死の迷路」の解説を読んで「そう、俺ってやっぱりダメ人間なんだよなぁ」
と暗い愉悦に浸ることです。あと、生態心理学をちょこっと勉強していますです。
東くんは一理あるなぁと思うこともありますがオタクに関する具体的な話題に
なると首をかしげることも多いです。
Id: #w20010726223846  (reply, thread)
Date: Thu Jul 26 22:38:46 2001
Name: やまがたひろお
Subject: つづき。
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/e0012.html#e20010726203700

 相変わらずその場の思いつきで書き散らしているだけですね。

 「脱構築」の意味が変わってきているという議論は、クラインの壺にはあてはまりません。
クラインの壺にはちゃんとした定義があって、それは浅田彰にだまされた少数の人以外
にはほぼ共有されていて変わっていないからです。

 またデリダが「脱構築」ということばを発明したんなら、当然そのことばを使っているに決まって
いるでしょうに。ただし、いまの慣用とはちがう意味で使っています。

 また、東の壺は形が変わっていますが、それはかれの立場をまずくするだけです。
いっそう濫用として悪質な方向に変わっているからです。あれは、一般にいうクラインの壺
とはぜんぜん関係ないものになり果ててます。

 それが東の議論の本論には必ずしも影響しないのだ、というのはまあそうかもしれ
ないけれど、ただし、そういうところで無知をさらけだすと、最初に挙げたあのポモ再考の
文の前のほうで、複雑系だのオートポイエーシスだのアホーダンスだのとかれが
並べているのも、おそらくはわかっちゃいないだろう、したがって、それをもとにポモは
もう終わってして新しい理解がどうのこうのと言っている部分も眉唾ではないか、という
くらいの疑問はどうしても抱いてしまいますが。

 あと、他人に言われたチャチャをそのままオウム返しにすると何か賢く見えるとでも
思っておいでですか? 了見違いですよ。ことばじりにだけ反応しているのが見えて
しまって、逆効果です。気をつけましょう。さらに、傷つくのがそんなにいやなら、もうちょっと
馬脚を隠す努力をしましょう。

Id: #w20010726221003  (reply, thread)
Date: Thu Jul 26 22:10:03 2001
Name: くろき げん
Subject: なんでも3からの引っ越し

ここからの引っ越し先にここを利用します。


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管理者: 黒木 玄  <kuroki@math.tohoku.ac.jp>  (Web Site)
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