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黒木のなんでも掲示板3 (0004)

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Id: #e20000605171107  (reply, thread)
Date: Mon Jun 05 17:11:07 2000
Name: おおまめうだ
Subject: ちょっと気になる本

読売新聞書評 にあった本。 アメリカの大学でもテニュアをとるとえーかげんな講義をするって話が 『大学教授調書』(化学同人)に載ってたな。
Id: #e20000605003342  (reply, thread)
Date: Mon Jun 05 00:33:42 2000
Name: くろき げん
Subject: カメ論文がウェブで読めるようになってます

こちらからリンクをはっておきました。「私を含む動物=不定性を含む動物」に関係ある部分について、どなたか内容を簡単に紹介して下さると助かります。


Id: #e20000517174025  (reply, thread)
Date: Wed May 17 17:40:25 2000
In-Reply-To: e0004.html#e20000514154703
Name: やぎ
Subject: 欠陥議員を落選させる市民連帯のページ

は復活してますね。しかし、大物議員、有名議員、保守系議員ばっかりで、いまいち「渋さ」が感じられないというのが印象。巨悪を見逃さずということなんでしょうが、この人たちの働いた悪事、節操のなさは周知の事実で、その上で何回も当選しているのだから、こういう運動をものともせずに当選するでしょう。

むしろ、「えっ、あのひとこんなことしてたんだ。次ぎでいれるかどうかチョット考えよ」というようなあたりを名簿に挙げたほうが効果的だと思うのだけど。例えば千葉×区の某議員は、民主党で環境問題とかやってて、市民の味方みたいな顔してるけど、地主の息子で親の金で選挙やってるとか。(ヒガミはいってます)


Id: #e20000514154703  (reply, thread)
Date: Sun May 14 15:47:03 2000
Name: 小波
Subject: 落選運動サイト

次の衆議院選挙で 落選させるべき議員のリストを掲載していたサイト にアクセスができなくなっていますね。自民党あたりから「選挙妨害だ」という 非難が投げつけられていたんだが、何が起きたのかな?新聞に URL が載って、 日曜で暇だからみんながアクセスしてへたったとかいうのなら笑い話だが。
Id: #e20000509164402  (reply, thread)
Date: Tue May 09 16:44:02 2000
Name: 稲垣耕作
Subject: マンデルブロー集合はマンデルブローが発見したのでない?

マンデルブロー集合はマンデルブローが発見したのでないという話を小耳に挟みましたが、資料などあればどなたか教えてくださいませんか。

先日も、オゾンホールは日本人が南極で発見したという話を聞きました。イギリスのFarmanやNASAとするのが確実ですが。

Id: #e20000506002437  (reply, thread)
Date: Sat May 06 00:24:37 2000
Name: 河本孝之
Subject: 亀とは関係ありません

たまたま二件だけ見つけましたのでお知らせします。

金森 修「ブルーノ・ラトゥール著『科学が作られているとき』」(書評), 『科学哲学』(vol.32-1),pp.136-139.

Opinion, "Science Wars and the need for respect and rigour", Nature, Vol.385, No.6615(January 1997),p.373 (p.381 に関連記事あり).

後のは少し古いですか。前者は、たまたま見つけたわけでもありませんでした(会費の振り込みを忘れてた!)。
Id: #e20000418021555  (reply, thread)
Date: Tue Apr 18 02:15:55 2000
In-Reply-To: e0004.html#e20000417150156
Name: 河本孝之
Subject: あ・・・・

追記を見落としていました。
Id: #e20000417150156  (reply, thread)
Date: Mon Apr 17 15:01:56 2000
Name: 河本孝之
Subject: 亀の論文

が掲載される予定になっていた Bio-Systems という雑誌は、大学の自然系図書館 で購入していましたが、肝心の亀に関する論文はまだ掲載されていないようです。 代わりに、http://www.elsevier.nl/locate/biosystems に最新刊の内容があります。
Id: #e20000415192716  (reply, thread)
Date: Sat Apr 15 19:27:16 2000
Name: わたなべ
Subject: 二次微分
ところで画像データに対して位置による二次微分という変換操作を行なった結
果というのは面白い性質を持っていますね。

ゼロクロス点を辿ると輪郭線を得る事ができるというのは画像処理では良く知
られている話ですが、利用価値はそれだけでは無さそうです。

二次微分を行なった後の画像は、そのまま見ても輪郭 (明るさが急激に変化す
る場所) 近辺だけコントラストを強調した画像、すなわち輪郭を強調した画像
になっています。

二次微分を行なっても局所的な明暗の変化は保存される (むしろ強調される) 
わけですが、全体的に明るい部分や全体的に暗い部分の値というのはゼロ近傍
に引き良せられます。

カメラなどと比べると、人間 (には限りませんが) の眼のダイナミックレンジ
というのはとてつもなく広く、日中の外の景色を見て陽の当たっているところ
の様子も日陰の様子もはっきり見てとれる、なんていう事にもこういう特性が
関係していそうな気がします。(素人の勝手な想像ですが)

ちなみに二次微分ではなく一次微分をするとどうなるかというと、輪郭部分に
プラスまたはマイナスのピークの頂点があるような信号が得られます。これで
も輪郭抽出に使えない事は無いのですが、例えば顔の映像だとすると、下から
壊中電灯で照らしたようなわけのわからん映像に変換されるわけで、そのまま
では輪郭強調にはなっていません。

Id: #e20000415184808  (reply, thread)
Date: Sat Apr 15 18:48:08 2000
Name: わたなべ
Subject: DoGモデル (大'は大の微分?)
視覚信号のラプラシアン・ガウシアンライクな信号処理について、「そういっ
た処理は網膜上で行なわれるのでしょうか、視床の外側膝状体あたりで行なわ
れるのでしょうか、あるいは途中の視神経?」という質問をしたのですが、正
解は「網膜上である程度の平滑化と輪郭強調が行なわれ、途中の経路でもじわ
じわと処理が行なわれ、視床外側膝状体ではさらにかなりΔGに近くなる」と
いう具合にそのあたり全体でじわじわと処理が行なわれるのですね。

(余談だけれどΔGといったら我々物理化学屋にはギブス自由エネルギー変化
に見えて仕方ないのだ)

視覚信号を伝達する神経同士がシナプスでちょぼちょぼと繋がっているという
ような機構でそういう演算をしようという時に、そのようにじわじわと変換を
加えて行くというのは自然な実現方法な気がしてきました。

また、イカタコがどうなのかはよくわからないけれど、カメラ眼を持った脊椎
動物のみならず、複眼を持った昆虫でも同じような信号処理が行なわれている
わけですね。

(余談だけれど「タコイカ」という名前のイカがいますね)

複眼というのは個眼が沢山集まってできていますが、一つ一つの個眼が捉えた
信号がいわば画素となって、複眼全体として画像を構成するような仕組なんで
すよね?

ちなみに、複眼の構造にも種類があって、一つ一つの個眼が完全に独立してい
るものと、個眼と個眼の間の仕切りの壁が不完全で、ある個眼のレンズから入っ
た光が隣の個眼の視細胞にも当たるようになっているものがあり、前者の方が
像はボケないけれど後者の方が暗いところでも感度は高いので、夜行性の昆虫
では後者のような構造のものが多い、という話を読んだ事があります。

Id: #e20000412103155  (reply, thread)
Date: Wed Apr 12 10:31:55 2000
Name: ふるかわ
Subject: DoGだよ,Dogじゃないよ.

まあ最初の掲示では言いたいことが伝わってませんね. もうちょっと書き方を努力して見ます. もともとの話は,生物の研究に数学がどのように関与できるかって話でした.

細かいことは抜きにして,視覚神経細胞に電極を刺し,光刺激に対する 入出力特性を測定すると 図Aのようなグラフがかけます(入力は光刺激で出力は細胞の応答. だからこのグラフは記録中の細胞1個の特性ではなく,視細胞からその細胞に 至るまでを全部ひっくるめた特性). まあこのグラフが何を意味するかは 詳しい解説に譲るとして,ともかく光刺激に対してこんな曲線の特性を 持つ細胞があると思ってください.

で,ここで関心事は

の2点.で,これらを知りたいな〜という下心を抱きながら,とりあえず 図Aの曲線をなるべく単純な数式で表わせないか試みるわけです.

実際に図Aの曲線を記述する方法として,ガウス関数の2次微分を使う方法 (図B: Laplacian-Gaussian.以下△G)と,2つのガウス関数の差分を とる方法(図C: Difference of two Gaussian, 以下DoG)が提案されている (他にもあるかもしれないけど,今のところこの2つで十分). このうちDoGの方は,メカニズム的にはわりと本質をついている(まあ厳密な 話をするといろいろあるんだけど).DoGモデルが本当に「メカニズム的本質」 かどうかは,神経細胞のシナプスや結合関係をいろいろ調べることで裏づけを とることができますよね.一方で△Gの方は,機能的な意味で本質をついていると 考えられている.つまり「この細胞の役割が△Gであると考えると,非常に いろんなことが理解しやすくなる」ってわけで,いわば解釈. だから「こう考えると便利だよ」という以上の裏づけは特にない.

で,△Gのような立場(解釈の提案,厳密な意味での裏づけはとれない)での数学の利用というのが, まあ他のケースでもいろいろ出てくるわけです.これは現象の予測とかとは 違った数学の使われ方ですよね.数理生物学の分野ではまたいろんな例があると 思いますが,DoGと△Gというのはよい比較になると思って挙げて見ました.


Id: #e20000412025537  (reply, thread)
Date: Wed Apr 12 02:55:37 2000
In-Reply-To: e0004.html#e20000409205302
Name: 辻下 徹
Subject: それでは、また

黒木さん、郡司氏の原論文からの引用を、ありがとうございます(動物行動学会NewsLetter の論文はp.16-23ですから引用はまだごく一部のようですね)。実験の全貌と郡司氏の意図が明確に書いてあるではないですか。私が説明しようなどとする必要など最初から全くなかったわけです。実験の全体を引用していないことを見抜かず、原論文を確認する前に議論を始めたことで、自分の色々な愚かさを確認させて頂きました。馬鹿げていたとつくづく思います。

この1ヶ月、色々な方との対話を通して、私が今重要と思っていることについては一応触れることができたような気がします。今後は繰り返しが増えるようにも思いますので世話人の方のご提言に従いこれで退場することにします。


もともと独法化問題に関係する妙な経緯でこの掲示板との縁が生じたわけなので、まだ触れていなかった国立大学の独立行政法人化問題と内部観測(不定性)との関係について補足して終わりにします。

独立行政法人化問題に対する大半の教職員の姿勢は「教育・研究の場の危機であることは言われなくてもわかっている、しかし最早どうしようもないではないか」というもののように見えます(独立行政法人化には望ましい面もなくはないと考えている方もいるようですが)。しかし、この姿勢が今の学問の本質(とそれのもたらしている世界観)を見事に象徴していると私には思われるのです。「行動と理解とは別である、危機と認識することは、危機を回避する行動とは切り離して成立する」と多くの人は考えているように思えるのです。<不可避と思って傍観すること、それはまさに危機とは認識していないことだ>という「認識」の概念がないわけです。学問の危機は外部から今来ているのではなく、実は、独法化問題に対する国大内での無関心・無気力で顕になった(認識と行為の断絶という)今の学問の体質から来ているのものではないかと疑っています。

ただ行為も色々あります。独立行政法人化後の<生き残りをかけた戦い>は、あくまで学問と文化の生き残りをかけてた戦いとして戦うと決意をし、その為の準備を始めている方々も少なくないはずだと気付きました。目立たなくてもそういう<行為(決意)>が広く行われれば危機はもっと深いところで回避されることになります。そう考えることができるようになってきて少し気持ちが明るくなりました。


終わりかけの<第一ラウンド>にも関心をもたれる方はhttp://fcs.math.sci.hokudai.ac.jp/dgh/を訪ねてください。


Id: #e20000411225847  (reply, thread)
Date: Tue Apr 11 22:58:47 2000
Name: 大'
Subject: お。

ペギオ亀ファイルに、カメじゃない実験がさり気なく追加されている:)


Id: #e20000411192814  (reply, thread)
Date: Tue Apr 11 19:28:14 2000
In-Reply-To: e0004.html#e20000411154200
Name: くろき げん
Subject: 辞書

は結構面白い話なのですが、言葉が通じないせいで、ちんぷんかんぷんになっている人が多いと思うので、私なりに辞書を書いておきます。入力の画像は各点 x における明るさを表わす函数 f(x) で与えられているとします。 (実際には2次元なので f(x,y) と書いた方が良いかもしれませんが、面倒なので以下でも f(x) のように書く。)

スムージング

画像を少しボケさせる変換。輪郭を取り出す前にノイズを削るためにスムージングしたい。

ガウシアン型のローパスフィルタ

入力 f をそれとガウシアンとの畳み込みに変換するフィルタのこと。デルタ函数 δ(x-a) をガウシアン G(x-a) = A exp[-B(x-a)2] に変換するフィルタである。

輪郭強調と言えば二次微分(ラプラシアン)フィルタが思い浮かびます。

入力 f を輪郭部分で 0 になるような函数に変換したい。そのためのやり方としてラプラシアンを作用させるという変換が考えられる。 (まず、 1 次元の場合に考えて見よ。 1 次元の場合は 2 階導函数の零点は変曲点である。)

Laplacian Gussian model と Difference of Gaussian model (DoG model)

入力がデルタ函数のときどのような函数に変換するかについてこのグラフを見よ。


Id: #e20000411182139  (reply, thread)
Date: Tue Apr 11 18:21:39 2000
In-Reply-To: e0004.html#e20000411154200
Name: 藤原
Subject: 画像処理では
ラプラシアンみたいのを使うのはスタンダードなのですか。
確かに、まあ、そんな気もします。私は昔、離散化された
ラプラシアンの研究を少しやっていたことがあり、そのころの
論文が、後に、カリフォルニア工科大のコンピューター・グラフィックの
研究グループに応用されて「アンブレラ・オペレーター」という名前
で登場していると画像処理の人から指摘されて驚いたことがあります。
彼らの論文を見ると、例として、スポック博士の写真を、いったん
コンピュータで取りこんで、でこぼこになったものに、再び、
アンブレラ・オペレーターをほどこし、滑らかにするという一連の写真
が載っていて、自分の研究がスポックを男前にしたかと思うと
うれしかったです。

Id: #e20000411154200  (reply, thread)
Date: Tue Apr 11 15:42:00 2000
Name: わたなべ
Subject: 視覚信号処理
ちょっと前に古川さんが投稿された視覚信号処理の記事は、人間(というか脊
椎動物一般ですか?)では網膜の視細胞で得られた画像情報について、まず最
初にスムージング(ノイズ除去)と輪郭強調の処理が行なわれているという話で
すね。

スムージングと言えばすぐに思い浮かぶのはガウシアン型のローパスフィルタ
だし、輪郭強調と言えば二次微分(ラプラシアン)フィルタが思い浮かびます。

そして、それらを複合した処理が行なわれているというモデル (ラプラシアン・
ガウシアン・モデル) で生体の視覚処理の特性を良く説明する事はできるのだ
けれど、実際には直接二次微分をするような神経組織があるわけではなくて、
スムージングの度合の違う信号同士の差分(Difference of Gaussian)をとる事
で輪郭強調を実現しているという事ですね。

ところで私はその話について聞き噛った事はあるのですが、あまり正確な事を
知りません。それでちょっと初歩的な質問をさせていただきますが、そういっ
た処理は網膜上で行なわれるのでしょうか、それとも視床の外側膝状体あたり
で行なわれるのでしょうか、あるいは途中の視神経?

それから話はちょっと変わりますが、イカやタコなどは、脊椎動物と似たよう
な構造のいわゆるカメラ眼を持っています。しかし発生の起源は全然違ってい
て、脊椎動物の目は脳の突出部起源なのに対してイカやタコは皮膚が起源なん
ですよね。

構造上でも若干違っていて、脊椎動物ではいったん網膜を通過した光が外側の
層で反射して外側から視細胞に入るようになっているのに対して、イカやタコ
では網膜上の視細胞に直接光が入るようになっています。(だからイカやタコ
には盲点が無い)

さて、イカやタコも脊椎動物と同様に視覚信号のスムージングや輪郭強調を行
なっているのでしょうか?

Id: #e20000409205302  (reply, thread)
Date: Sun Apr 09 20:53:02 2000
Name: くろき げん
Subject: 提案

新学期の授業も始まり、皆忙しいと思うので、ここで一時的に議論を停止する方が良いと思います。私はしばらくの間ここでの「不定性」に関する議論に直接参加することをできるだけ慎みたいと思っています。

なにより「不定性」に関する議論は科学的に面白いものに全然なってないので不毛過ぎます。私はそのこと自体が「不定性」のくだらなさを証明していると考えていますが、ここでこの件についてはこれ以上述べるのを止めておきます。

P.S. 「ユニバーサリティ」と「数学的理想化はどのような場合にどのような意味で「正しい」と言えるのか?」に関する演習問題が忘れ去られているようなのでリンクを張って最後に再宣伝しておきます。他にも「不定性」抜きに続けられる面白そうな話はありますよね。


Id: #e20000409153538  (reply, thread)
Date: Sun Apr 09 15:35:38 2000
In-Reply-To: e0004.html#e20000408221615
Name: くろき げん
Subject: 「信頼だけでは科学は成り立たない」と「信頼のない所に科学は成り立たない」

「信頼だけでは科学は成り立たない」と「信頼のない所に科学は成り立たない」はどちらも正しいですよね。もしも辻下さんが「信頼のない所に科学は成り立たない」などと自明なことを主張して、江副さんの「信頼だけでは科学は成り立たない」に反論しているつもりになっているのであればおかしいと思う。

議論の流れをここでまとめておきましょう。

まとめ 4.9

辻下さんの「数学と不定性」を見ると、辻下さんの「不定性」は郡司ペギオ幸夫氏の「不定性」にほとんど全面的に依存しているようです。

そして、辻下さんは自分達のサークルが主張している「不定性」の価値について「生命の本質はこの覚醒の外にあるわけではない」のように述べています (cf. 私の2/29の記事)。そのことに関して、生命科学系の研究者の方々が質問したのですが、それらの方々が理解可能な回答は全くなされてないと思います。少なくとも辻下さんは現実の具体的な生き物と「不定性」の関係を説明してないのは確かなことだと思います。

しかし、最近になって、所謂「ペギオ亀」の件の存在が明らかになりました。一応具体的な生物に関する実験なので、話が非常にわかり易くなったと思います。

もしも辻下さんが郡司氏への全面的な依存を止めるつもりがないのであれば、どうしても「ペギオ亀」の「不定性」が「生命の本質」について重要な知見をもたらせていることを証明しなければいけません。しかし、それはかなり苦しい。

私は、 (細部がまだよくわからないにしても) 「ペギオ亀」程度の実験によって「生命の本質」に関してなにがしかのことが明らかになったなどと大真面目に考えるのは馬鹿げていると思います。

例えば、同じ個体に関して複数の実験が行なわれたとき、前に行なわれた実験が後で行なれた実験に影響してしまう可能性を考慮するのは単なる常識レベルの事柄に過ぎず、「生命の本質」などとは何も関係がありません。他にもおかしい点がたくさんあります。その程度のことを「不定性」と名付けて大袈裟に宣伝しているとすればあまりにもレベルが低過ぎる。

私は、辻下さんがこのレベルでがんばろうとした時点で、何か決定的な実験結果や明晰な理論発展について語らない限り挽回不可能な状態に辻下さんは陥ってしまった、と考えています。しかし、「ペギオ亀」の件を肯定したまま何か科学的に面白いことを言えるのでしょうか? もちろん、それが可能であればそれはそれで喜ばしいことです。しかし、辻下さんから「不定性」に関して何一つ科学的に面白い話を聞くことができなかったという今までの経緯を見る限り、それは無理であることが予想されます。これでは私にとってギロンに参加するメリットが無さ過ぎます。このままでは辻下さんが科学において大事な種類の信頼を得ることは永久に不可能だと思います。

やはり、砂田さんの書評は完全に正しいと思います。

P.S. 5/1〜2 にわざわざ東京に出掛ける予定はありません。しかし、後期の集中講義のときに仙台で会いましょう。 (後期になった時点でどうなっているかわからないのですが、独法化問題についても教えて下さい。)


Id: #e20000408221615  (reply, thread)
Date: Sat Apr 08 22:16:15 2000
In-Reply-To: e0004.html#e20000408150945
Name: 辻下 徹
Subject: 信頼のない所に科学は成り立ちません  > 江副さん

ひとつだけ答えておく責任のあるご質問がありました:
辻下>(1)落とし穴を左に固定して30匹のカメに試行させる。
辻下>結果:どのカメもいずれは右を選ぶようになる。
辻下>(注意:これは学習した/しない、という言い方で結果を解釈しても文句はで
ない実験)

江副>「文句はでない」というのは、郡司さんがおっしゃったのでしょうか、それとも辻下
江副>さんの外挿ですか?

私の外挿です。

江副>対費用効果が薄いものには参加する気がありません といういうことで直接議論する機会はなさそうですので 江副>「この実験を辻下さんがどう解釈するのか」を伺いたかった について、少しだけ振り返ってみます。
引用された実験はトンデモ実験だ、という意見がいくつも書かれていた。しかし、実験自身は普通の実験です(どなたかもそう書かれていましたね)。ですから正確には「トンデモ解釈」が問題になっていたわけです。

私の考察の出発点は、その解釈に自明でない意義があるだろうという仮説です。要するに「カメの実験の解釈を解釈せよ」という問いを考えたわけです。

まず、議論している人達が気付いていない自明な点があった、それは、結果を「カメが学習したとは言えない」という解釈は、実験結果の内容を的確に抽出したものではないということでした(なぜなら、カメが右を選んでしまったという結果は、左右に穴の位置が交互に変わることを学習しなかった、というよりももっと積極的な内容を持っているから。例えば、カメがランダムに右左を選んだという結果に対しても同じ解釈ができる)。

しかし、最初、「カメの学習」ということに関連して概念学習一般のことに言及してしまいましたが、これが議論をこじらせてしまったようです。引用された議論では、「カメが右を選択した」ことをどう理解すればよいかということが主題となっているからです。

これについての郡司氏のコメントは

「ただ我々が言ってるのは、カメが右を選んだとして、(半分は落ちることになる)半分の成功に賭けたのか、どうせだめだけだからどっちでもいいけど、選ぶのが面倒だから右にきめてしまったというのか、どちらかという問題でした。つまり選択はポジティブかネガティブなのか、という問いが、たてられるけど、その時には観察者が、選択をどう定義するかという解釈が入り込んでしまう。このような解釈のフレームの参入を積極的に使えないかというのが出発点です。」
というものでした。

もしも穴の位置の変化をカメが学習していたと仮定すれば、右の坂を選んだということは(面倒なので)50%の失敗を選んだという見方ができることになるが、カメが学習できなかったとすると(そういう状況で多くの生物が取る本能的戦術らしい、同一行動戦術によって)50%の成功を得た、という見方もえられる。右を選択したという実験結果の「解釈」が、カメの学習能力についての実験者の「常識」に依存する。−−−ということだと私は思います。

しかし「このような解釈のフレームの参入を積極的に使えないかというのが出発点」と書かれているように、フレーム問題が実験のテーマではなかった。そういう意味で私が理解していなかった(していない)というご指摘は正しいと思います。

私が聞いた (1-3) の実験(あるいはほぼ同じ、生物物理の記事)については、成功・不成功等の判断が無意味なことがわかっているステップ(2)を意図的に入れることは、新しい実験のコンセプトで有りうるのではないかと感じますが、その結果の解釈についてはまだ私自身の言葉で語ることはできないように感じます。


これまでのところで感想を言いますと、トンデモ実験かどうかという切り口でしか関心を持たないのは残念に思われる、おもしろい実験ではないかと(素人の)私は感じました。
Id: #e20000408150945  (reply, thread)
Date: Sat Apr 08 15:09:45 2000
In-Reply-To: e0004.html#e20000407235924
Name: 江副日出夫
Subject: 信頼だけでは、科学は成り立ちません。

辻下>しかし「トンデモ実験」というのであれば、生物実験の長年の経験なしに、常
辻下>識的に考えればわかる範囲のことが問題になっているのか、と思って考えてみ
辻下>ようと思ったわけです。

私も、常識の範囲で考えればわかると思って郡司氏の文章を引用したのですが。
理解されない方がいらっしゃるのは、私にとっては大変意外なことでした。

しかし、そんなことよりも・・・以下の発言には、失礼ながら、呆れました。
どおりで、これでは議論がなりたたないはずです。

辻下>カメの実験がトンデモ実験ではないことは私には明らかなのです。

といいつつ、

辻下>郡司氏の考えの中でも私には未だに理解しにくい「規範性」の部分の核心に触
辻下>れるもののようです。

と主張するのは、郡司氏にとってすら不本意なことではないでしょうか?

辻下さんの言われるように、人間的に信頼できる研究者の研究は、好意的に評価したいというのが人情というものです。
しかし、「天才と何とかは紙一重」と俗に言うように、研究者の人柄や見識は、研究そのものの価値とは別物です。 また、研究者として優れた人物の研究の中にも、誤った研究が混ざっていないわけではないことは、歴史的にみて明らかです(むしろ、優れた研究者だからこそ、失敗を恐れずに常識を疑ってみるのでしょう)。
したがって、他人が第三者に対してその研究の批評を行うような場合は、批評者は、自分自身の責任で行わなくてはならない、それが自然科学に携わる者としての常識だと思いますし、大仰なことをいえば、それが「科学は『教祖』が死んでも困らない」という、科学が宗教に対してもつ優位性のひとつに繋がっているわけです。

実際、私は一連の議論を、自分自身の責任においてやっていますし、辻下さんにも「郡司さんがどう考えたか」ではなくて、「この実験を辻下さんがどう解釈するのか」を伺いたかったのですが (そうでなければ、郡司氏抜きで議論をする意味がない)。それは現時点では無理と理解していいのですね。
郡司氏の実験がトンデモであることは、幸いにも他の方には議論以前に明らかなことのようなので、結局、一連の議論の唯一といえる成果は、

辻下氏にも郡司氏の実験の意味は理解できていない。

というところだと思います(そうならそうと、先に言ってほしかったんですがね)。

辻下>近い将来では5月1日〜2日に早稲田で複雑系の研究会(プログラム)があり、
辻下>郡司氏も私も東京に行きます。

私は参加できませんが−−というより、私にとって対費用効果が薄いものには参加する気がありません−−、この実験に限らず郡司氏の研究全体について、近いうちに辻下さんが「平易」な言葉で解説していただけることを期待しています。
また、郡司氏にはもっと読者に対して親切な文章を書かれるよう、辻下さんからもご忠告しておいていただけると、幸いに思います。


蛇足:
そういえば、私がM1のころ、特別講議にいらっしゃった松野孝一郎氏と一度お会いしたことがありますが、見た目は大変丁寧で謙虚な紳士という印象を受けました。
ご親切にも「講義中にわからないことがあれば、遠慮なく質問してください」とおっしゃったので、遠慮なく質問させていただきましたっけ。
回答に苦慮された松野氏より「どんなに立派な講議でも、詰まらせることができる」という名言を戴き、私は大変感激したのを覚えております(笑)


Id: #e20000407235924  (reply, thread)
Date: Fri Apr 07 23:59:24 2000
Name: 辻下 徹
Subject: 提案

最初の頃に書きましたように、私は生物実験を自分でしたことはないし、また、
動物行動学の実験報告を体系的に調査し吟味したこともない。しかし「トンデ
モ実験」というのであれば、生物実験の長年の経験なしに、常識的に考えれば
わかる範囲のことが問題になっているのか、と思って考えてみようと思ったわ
けです。

背景には郡司氏への信頼があります。7年前の北大の研究会以来郡司氏の話し
を聞く機会が増えましたが、最初の頃は郡司氏の言うことの大半はわかりませ
んでしたが、その違和感・不信感が単に自分に理解するチャンネルが欠けてい
たからだと気付く経験が何度かありました。数学に関しては違和感が続いたの
ですが、ここでも郡司氏の方が数学の本質を見ていたということが角田氏との
議論を通してわかりました。郡司氏の数学が<トンデモ数学>に見えたのは、
自分の数学観にあった盲点のためだ、という衝撃的な経験をしていますので、
カメの実験がトンデモ実験ではないことは私には明らかなのです。

脱線しますが、学問は信頼で進んでいくものでしょう。自分には馬鹿げたとし
か思えないようなことを甲氏が言ったとする。甲氏の人柄や見識について何も
情報がない場合は、単に甲氏は馬鹿げたことを言う人だな、で終わります。し
かし、甲氏が多くのことについて深く鋭い洞察を普段示すことを知っている場
合には、自分は何か肝心なことに気付いていないに違いない、と思って、もっ
と詳しく説明を聞き、よく考えようとするのではないでしょうか。

今議論している実験は、郡司氏の考えの中でも私には未だに理解しにくい「規
範性」の部分の核心に触れるもののようです。これまでの私の議論では
(1)学習実験におけるフレーム問題(実験結果の解釈で何が前提とされているか)
を中心にしていましたが、それがテーマではないそうです。

これまで種々の反論や指摘を頂いており、それぞれについて言いたいことがあ りますし、この実験の意図についてもっと議論を重ねたいという強い欲求があ ります。しかし、来週からは新学期も始まり、また6月が法人化のひとつの山 場のようですので、ちょっと時間的に余裕がなく議論が乱暴になってきていま す。このテーマ(だけでなく砂山の逆理等のことについても)は、別に時間が 経っても逃げていくわけではありませんから、一度集まって研究会(激論会?) をしませんか。折角始まった議論ですので納得のいくところまで(袂を分かつ ならば明確に分かつ所を確認するまで)議論してはどうでしょうか。もちろん そこまでするようなことではない、と言われてしまえば終わりですが。 近い将来では5月1日〜2日に早稲田で複雑系の研究会(プログラム)があり、 郡司氏も私も東京に行きます。その時でも非公式なdiscussion をしませんか。 あるいは、夏に一度集まりませんか。あるいは、今年度、東北大学に秋に集中 講義に行きますので、その折りにインフォーマルな議論の場をもてればと思う のですが、どうでしょうか。 黒木さんとは議論では激しく対立していますが、こういう学問上の激論をする 場がなくなる危険性が高いので独立行政法人化は困るという点では意見は一致 しています。黒木さんの尽力で形成され動いているこの貴重な場をもっと活か すために、この掲示板の参加者が実際に集まる場を時々設けてはどうでしょう か(すでにやっておられるかも知れませんが)。

Id: #e20000407191750  (reply, thread)
Date: Fri Apr 07 19:17:50 2000
In-Reply-To: e0004.html#e20000407182919
Name: 大'
Subject: 不備に気が付いてない実験の結果って、確かに悩ましいものではある。

実験 1;左右の穴どちらか一方を落とし穴にし、他方は登れるようにする。
実験 2-a;亀が上ったほうを常に正解 (落とし穴でない) にする。
実験 2-b;亀が上がったほうを常に失敗 (落とし穴) とする。
実験 3-c;二つの穴の中央を上がったときにのみ正解とする。

むむむ!これってひょっとして、

実験 A

実験 1;左右の穴どちらか一方を落とし穴にし、他方は登れるようにする。
実験 2-a;亀が上ったほうを常に正解 (落とし穴でない) にする。
実験 3-c;二つの穴の中央を上がったときにのみ正解とする。

実験 B

実験 1;左右の穴どちらか一方を落とし穴にし、他方は登れるようにする。
実験 2-b;亀が上がったほうを常に失敗 (落とし穴) とする。
実験 3-c;二つの穴の中央を上がったときにのみ正解とする。

って事??

実験 2-a は「落とし穴がどっちにもない」、実験 2-b は「どっちに行っても落とし穴」ってのと同じ学習結果が得られそうだと思うんだけど、そういう実験はしないのかしらん。で、どっちに行っても落ちるんなら真ん中だって思(わなか)った結果、亀が真ん中に行ったかどうかを問題にして悩んでるのかなぁ。

まぁいいけどさぁ、「二者択一の選択実験」で「真ん中」ってのはアリなんですかね、しかし。小学生のなぞなぞじゃないんだから。(^^;;


Id: #e20000407182919  (reply, thread)
Date: Fri Apr 07 18:29:19 2000
In-Reply-To: e0004.html#e20000407011958
Name: くろき げん
Subject: ペギオ亀実験に関する講演のアブストラクト

野村収作 (神戸大、自然)、郡司幸夫 (神戸大、自然) 「亀の学習に関する能動的選択」、生物物理 38 supplement 2 (1999) 第36回年会講演予稿集 S190頁 3H1400

これを見ても、どのような狙いでどのような実験をやったのかはっきりしないし、「結果的にカメは50%失敗する。これは半分だから、ターゲットを学習したとは言えない。しかしカメは50%の成功を選択したとも言えるのではないか」という問いがどういう場面で発せられたのかもはっきりしませんが、それでもないよりはずっとましだと思います。細部がよくわからないのですが、アホな解釈ごっこをしているか、自明でつまらないことをやっているか、のどちらかにしか見えません。


Id: #e20000407132727  (reply, thread)
Date: Fri Apr 07 13:27:27 2000
Name: ふるかわ
Subject: 問題点

下の掲示じゃ不親切過ぎたかもしれない.
・「共有している認識」について
わたしは「食い違いが生じない」などとは言ってません. 「解釈と言うのは暗黙の前提などに依存する」という意見はあたりまえだということです. 研究者が共有している認識もそのひとつなわけだし. 中には辻下さんがおっしゃるみたいに,意識していない前提もあるかもしれませんね. 考慮外の可能性があるかもと謙虚になること自体は必要な態度ですが, それも今さら主張するようなことなんですか?

・「カメが学習したという言い方の規定」について
暗黙のうちに「カメが学習したという言い方を規定している」かのように書かれていますが, 実際の実験においては「何をもって学習したと判断するか」等の規定は非常に重要な問題で, ここのところを無意識に通り過ぎることはまずありますまい. 特に新しい実験方法をプランしたときはね (郡司氏のカメの実験は,プランニング段階ですでに規定の検討が不十分な気がする). もちろん常套的な実験手法で,過去の幾多の研究によって規定が確立されている場合は 無意識に通り過ぎることもあるでしょうけれど.

・「建設的な提案」について
実験結果からは無数の解釈が可能かもしれないが,その中から有効な解釈を採択し, 不要な解釈を棄却しなければいけません(それができないのなら,そもそも実験をする意味もない). じゃあどうすればいいのか.実際の実験するとき,具体的にはどう行動すれば合理的なのか (どうすれば,有効な解釈を棄却したり誤った解釈を採択する危険率を最小にできるか). 今の科学の方法論はこの点で(ベストかどうかはわからないけれど)かなり合理的にできています. そしてなにより,具体的な局面局面でどうすれば良いかの強力な指針になっている. もし今の方法論を否定するのならば,さらに合理的な(危険性の低い)方法を提案できなければ意味がないし, また研究指針にならないような具体性を欠くものでも意味がない. その意味において郡司氏の意見はほとんど無意味. また辻下さんが科学の方法論の持つ合理性の根拠をちゃんと理解した上で 発言してらっしゃるようには(過去の掲示を読むかぎり)残念ながら思えないのですが.

Id: #e20000407103347  (reply, thread)
Date: Fri Apr 07 10:33:47 2000
Name: ふるかわ
Subject: 共有している認識

「共有している認識」という言葉は便利な言葉ですが、これは、食い違いが起 きない限りにおいて認識を共有しているといえるのに過ぎないので、認識を共 有しているから食い違いが起きない、というのはほとんど何も言っていないこ とになります。
私は「食い違いが生じない」というような主張はしていないのですがね. しかし辻下さんのこの主張は,ある意味で正しい. 擬似科学を科学だと主張する人は他の研究者と科学についての認識を 共有していないわけだし,とうぜん解釈結果にも食い違いが生じます.

私はわざと「共有している認識」とぼかして書きましたが, その実体こそが重要でしょう. 科学的な思考と言ってもいいかもしれないけれど, 現実には「科学的な思考を実践するための無数のノウハウ」も含まれる. 誤った結論を導く危険性は常にあるが, その確率を減らすためにどうすればいいか, 過去のたくさんの経験から作り上げられたものとも言える.

危険性を減らす方法ならば(ベストではないけれど,とりあえず現時点では最善といえる方法が)すでにある. この方法を守ってさえすれば安全と言うわけではないから, さらに良くするための具体的な提案ならば,それは歓迎すべきことです. しかし辻下さんは「とりあえず現時点での最善な方法」をまったくご存じない. ご存じないのにどうして建設的な提案ができる (あるいは郡司氏の意見が建設的な提案だとわかる)と言うのです?


Id: #e20000407020858  (reply, thread)
Date: Fri Apr 07 02:08:58 2000
In-Reply-To: e0003.html#e20000406234410
Name: 江副日出夫
Subject: プラトニズム/実験の内容>辻下さん

私は、なるべく辻下さんの疑問に対応した形の解答を示すように努めているつもりですが、
辻下さんは私の疑問が解決する前に次に進んでしまわれるようで、戸惑っています。


(1)プラトニズム

辻下>これらの言明は、「カメが学習した」の真偽に関するプラトニズムが前提とさ
辻下>れています。「カメが学習のしたかどうかの真偽値」が我々とは無関係に決まっ
辻下>ていて、それを何らかの実験で確かめようという立場です。

私は、そのようなことを前提とせずに話を進めているつもりですが、そのように受け取られる箇所がありましたか?

辻下>「カメが学習した」と主張するのはどういうことかを考えてみると、「カメが学習した」
辻下>という言い方の規定も同時に導入されていることがわかります。その規定の正
辻下>しさが「確実か」という問いは意味がないでしょう。ここには確実せいではな
辻下>く「説得力」のようなものの問題であると思います。

「説得力」というより「妥当性」といったほうが・・・ということは脇に置いて。
辻下さんの言を今の例に即して理解しようとすると:

「カメは50%の成功を選択した」という言い方の規定に「説得力」はない。
しかるに郡司氏は「カメは50%の成功を選択したと言える」という主張が可能であるかのように述べている。

これは矛盾ではないでしょうか?


(3)実験の内容

辻下さんの引用した実験は、私が引用した実験とは違うものだと思います。  そういうわけで安心してくださいよ>大'さん
この実験に関しても疑問点はいろいろあるのですが、とりあえず一点だけ。

辻下>(1)落とし穴を左に固定して30匹のカメに試行させる。
辻下>結果:どのカメもいずれは右を選ぶようになる。
辻下>(注意:これは学習した/しない、という言い方で結果を解釈しても文句はでない実験)

「文句はでない」というのは、郡司さんがおっしゃったのでしょうか、それとも辻下さんの外挿ですか?
どちらにせよ、私が前に示した実験では、「学習した・しないを判定する観察者の判定基準・前提外部が、不可避的に参入」したのに、この実験においては、なぜ「観察者の判定基準・前提外部」が参入しないのでしょうか?

「説得力」のある説明をお願いします。


Id: #e20000407011958  (reply, thread)
Date: Fri Apr 07 01:19:58 2000
In-Reply-To: e0004.html#e20000407005710
Name: くろき げん
Subject: 結果的にカメは50%失敗したんじゃないのか?

江副さんの引用によるとペギオ亀の話の中で野村は「結果的にカメは50%失敗する。これは半分だから、ターゲットを学習したとは言えない。しかしカメは50%の成功を選択したとも言えるのではないか」と問うたことになっているのですが、辻下さんが紹介した話と全然繋がりませんよね。


Id: #e20000407005710  (reply, thread)
Date: Fri Apr 07 00:57:10 2000
In-Reply-To: e0003.html#e20000406234410
Name: 大'
Subject: 昔とった杵柄だったが

(1)落とし穴を左に固定して30匹のカメに試行させる。
(2)次に、カメが歩き始めた方に30%の割合で落とし穴を置く実験をする。
(3)最後に、右も左も落とし穴にし、落とし穴間の通路だけが坂の上に到る経路であるという課題を与える。

ついでに、これのどこが「落とし穴をセッション毎に、左右交互に変える実験を行った。」なのか、全然分からないのだ。見れば見るほど別の実験のような気がするんですが。ひょっとして、関連する別の実験? そうだとしても、どういう関連なんかも分からない。

「左右交互に」ってのは、普通は

Session 1
左に落とし穴
Session 2
右に落とし穴
Session 3
左に落とし穴
Session 4
右に落とし穴
Session 5
ってのを示す日本語ではなかったのか?

なんか、生物学・言語学の両分野にわたって自身を失いかけてます。(おい)


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