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信仰の問題でもいいんですが、とりあえずゼロインフレの恒久的追求や財政 均衡主義は、一部の人類の永遠の実現不可能な夢だから、それが政策目的と して公認されるかぎり、その組織は社会政策的観点から(?)安泰だという わけですね。
まあ、日銀が反インフレ教の本山であるのと同様に、 財務省は反財政赤字教の本山だから、としか・・・。
自民党税調は他の部会とちょっと性質が違って、 他の部会とは存在感・影響力が桁違い「でした」。 なぜ過去形かといいますと、そうしたパワーの源泉は山中貞則といわれていて、 その彼が死んでしまったからです。 その意味でも、彼が死んで最初の今年の税制改正は、 とても先が読みづらいのです。 果たして、山中貞則亡き後の税調はその権威を維持できるのか・・・。
ここやら山形部室やらで紹介されているファイナンシャルタイムスの「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。原文は英語のため高卒DQNの私には理解できないので、冒頭に掲げた2つの掲示板からリンクされている海外ボツ!Newsの「海外で笑われているぞ!定率減税廃止案」の言葉を借りれば(青色の部分が原文の訳で、地の部分は「海外ボツ!News」による説明)、
マルクスがナポレオン3世をコケにする時に使ったヘーゲルのセリフ
歴史は繰り返す。1度目は悲劇として、2度目は笑劇として。
を引用している。今度、橋龍と同じ失敗をしたら、お前らホントにバカだぞ、と言外にほのめかしている
という。
しかし、外国から眺める分にはギャグなのかもしれないが、その「ホントにバカ」なやつらの権力のもとで暮らさざるを得ない下々の者あるいは私みたいな貧民にとっては、1度目の悲劇に続く2度目は3劇惨劇になるのは間違いない。いかに生き延びるか考えると、頭の痛いことである。
ええ、そうですとも、問題が深刻なのは本当ですが、たぶん半分以上は、3劇とゆーダジャレを言うためにこれ書いてます。m(_@_;)m
一点だけお聞きしたいのですが、いまの時期に財務省の増税路線を 促すインセンティヴ(政治的な利益も含めて)をどうお考えですか? グライムスやほかの政治経済学ものを読んでもいまいちピントきません。 財務省の人に直接聞いても言語明瞭意味不明です。
うーん、勉強になるなあ。しかしそれじゃどうなることやら わからんっつーことか。まあいいような悪いような……
というわけでめでたく紹介されました。 でも税調の答申ってどのくらい影響力あるんでしたっけ? かなりあるからこうして騒がれるんだろうけど、言ったことは 9割くらい採用されるのか、それともまあ6割程度とか。 それにしても安井至は、どうして銀行がつぶれると何か良くなると 思ってるんだ〜! やっぱりこの人、内心は環境破壊よりは人が死んだ ほうがいいと思ってるんじゃないだろうか。
山形さん,ここでも,これ,紹介しておきましょうよ.
東大生産研に客員教授として籍を残したまま、 国連大学副学長に出世なさった安井至センセイ。 相変わらず経済のハードランディングを唱えていらっしゃいます。 http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/isahaya.htm >C先生:それには、まず、デフレスパイラルをなんとかして防止だ。 >金融機関をいくつか潰すようなリスクを冒すことによる経済再生が >必要。ハードランディングが結局近道のように思えるが。 デフレスパイラルを伴わないハードランディングって、どんなの??? 誰か、意味が分かる人、解説してください。 おまけに、政治にまで口出ししはじめた。 http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/EnvStrategy.htm >とにかく、今の日本には国際政治課題に対処できるだけの感覚を身に >つけた政治家がいないのが難点。度胸と語学力が問題なんだ。 >その意味では、今回の自民党総裁候補の中では、麻生太郎氏がおもしろい。 >英語で怒鳴れるみたいだから。まあ、財政問題への対応策では、 >小泉氏かもしれないが。 英語で怒鳴れるから、麻生太郎がイイのだそうです。 麻生太郎さんとは、こんな人です。 http://homepage3.nifty.com/zjr/topics8.htm >自民党代議士の証言によると、総裁選に立候補した元経企庁長官の >麻生太郎は党大会の前日に拓かれた大勇会(河野グループ)の会合で >野中の名前を挙げながら、『あんな部落出身者を日本の総理には >できないわなあ』と言い放った このような差別主義者である麻生太郎さんを、「英語で怒鳴れるから」 支持する安井至センセイとは、どんな人なのでしょう。 いくら国連大学副学長だといっても、こんな安井センセイに地球環境を 守ることができるのでしょうか。不安で仕方ありません。
ジョン・バロウ『宇宙に法則はあるのか』が日経サイエンスの書評に出ているのだけれど、その中で評者竹内薫は、この本の中にいろんな科学者のエピソードがあるのがいい、と述べていて、その例として、ニュートンが造幣局長をやっていたときの話を挙げている。
「この訳書は、ニュートンが管理者となるまでは赤字経営だった。クリッピング(銀貨の縁を削り落とすこと)という習慣が、重大な違反であったにもかかわらず横行していて、造幣局の赤字はそのせいだった」(p.104)
とバロウは書いていて、竹内もそこを引用しているんだけれど、貨幣の縁をみんながそぎ落としたらなんで造幣局が赤字になると思うんだろう。当時、これはインフレの原因として考えられていたもので、たぶんバロウはそれをまちがえているんだと思う。
ほぼ1.5年周期かな?
「昭和恐慌の研究」書評は次のURIです。 http://bewaad.com/archives/themebased/2004/bookreview.html#Mar2804 先ほどの書き込みは誤りですので、 謹んでお詫びするとともに訂正させていただきます。
わざわざ私の書評を紹介いただきありがとうございます。 該当URIにつきまして、私のサイト内のアーカイブを整理し、 次のURIをパーマネントなものとして設定いたしましたので、 ここに通知させていただきます。 http://bewaad.com/archives/themebased/2004/bookreview.html#Apr1104 今後ともよろしくお願いいたします。
『昭和恐慌の研究』の87ページと364ページを比較すると 時代の流れを感じます。
以下紹介させてください。この本を昭和恐慌研究会でつくるのに 足掛け四年(2001年末〜2004年)かかってます。現時点のリフレ派の 総決算といってもいいかもしれません。 『昭和恐慌の研究』(岩田規久男編著)東洋経済新報社 3600円+税 序章 金本位制移行から昭和恐慌まで:歴史的概観 (中村宗悦) 第1部 金解禁論争をめぐって 第1章 国際金本位制の足かせ (野口旭・若田部昌澄) 第2章 「失われた13年」の経済政策論争 (若田部昌澄) 第3章 金解禁をめぐる新聞メディアの論調 (中村宗悦) 第4章 経済問題にかかわる雑誌ジャーナリズムの展開 (田中秀臣) 第2部 回復への途 第5章 昭和恐慌に見る政策レジームの大転換 (岡田靖・安達誠司・岩田規 久男) 第6章 昭和恐慌と予想インフレ率の推計 (飯田泰之・岡田靖) 第7章 昭和恐慌期における不良債権問題と金融システムの転換 (安達誠 司) 第8章 なぜデフレが終わったのか:財政政策か、金融政策か (中澤正彦・ 原田泰) 終章 昭和恐慌の教訓 (岩田規久男) 詳細な人名紹介・年表つき bewaad氏の書評 http://www.bewaad.com/writings.html
為替介入があればそれが即リフレ効果を持つという風に考えるのは誤りです。リフレの決定要因は、財務省による為替介入ではなく、日銀の金融政策の方なので、今後の物価水準がどのように変化をするかを予測するためには、日銀の金融政策が今度どうなって行くかを予想しなければいけません。
財務省が為替介入をどんなにしても日銀の金融政策が変化しなければ為替介入で放出された円がグルリとまわって日銀に吸収されて終わりとなってしまいます (為替介入の不胎化)。為替レートを下げるための市場介入を十分効果的にするためには、財務省の為替介入に応じて日銀が受動的に金融緩和を行なう必要があります。 (しかし、「財務省の政策に対して日銀が受動的になるべし」という主張は日銀サイドにはまったく受け入れられないだろうという事実があります。この点に関しては最近出版された軽部謙介著『ドキュメントゼロ金利』岩波書店が面白いです。数十万人単位での失業者の増減に関わる経済的に極めて重要な金融政策が日銀の独立性に関わるくだらない政治的要因で次々に決定されて行く様子がリアルに描かれています。)
財務省の為替介入を日銀が完全に不胎化していたわけではないし、今年の1月20日にも日本銀行当座預金残高の目標値を引き上げているので、為替介入はそれなりの効果を持って来たし、今後もそれなりにそうなのでしょう。
しかし、当座預金残高を目標値にするという方針がある限り、その目標値が変更されない限り、新たな為替介入は不胎化されてしまうことには変わりがありません。実際、そのせいで必要な金融緩和が遅れて、為替介入の効果はかなり弱められてしまいました。
結局のところ、日銀の金融政策の方針を変えない限り、リフレは不可能なのです。 (単純なモデルでマクロ経済政策の効果を論じる場合には、統合政府 (=政府+中央銀行) で考えるのでこの手の問題は生じない。たとえば為替レートを低目に固定する政策を考える場合には目標が実現されるように受動的に金融政策が実施されると考える。スヴェンソンの「馬鹿でもできる」というのはそれ。)
P.S. 巷では「日本の財務省の為替介入は米国債を買い支えることによってブッシュ政権を助けるために行なわれている」というような陰謀論が飛び交っているようですね。現実の財務省はデフレ対策になるという正しい理由で為替介入を実施しています。そして、財務省の為替介入があったおかげで、失職を免れたり、新たに就職先を見付けることができた人たちが日本にはたくさんいるはずです。日本の統合政府 (=政府+日銀) がインフレ目標を設定してリフレ政策を実施するのがベストなのですが、それができそうもない現実のなかで可能な選択肢として財務省による為替介入が実施されているのです。この現実を無視して陰謀論に与し、財務省の為替介入を罵るのはよろしくありません。ブッシュが気に食わないのであれば、クルーグマンのような態度でやるべきなのです。
リフレ的な作用を持っていることは確実です。スヴェンソンや大野他の論文通りです。当局が円安誘導をなにがなんでもやるぞ、と思われれば、それはリフレ 策になります。それを意図してやってるかとなるとよくわからんとこですが。
うーん、しかし邦訳を調べる余裕は、いまはないなあ(特に一貫性もなく 知ってるやつはつけているけど)。しかしいずれはまあそういうのも……
http://cruel.org/econthought/ こんなん始めましたぁ。ご参考までに。理論部分はまだケネーの経済表 なんぞをやってますが、ぼちぼちむずかしいところにも入ってきます。
私の立場では、松原隆一郎氏の考え方はひどく間違っており、野口旭・田中秀臣・若田部昌澄による松原批判は非常に正しいということになるのですが、松原氏から再反論があり、議論が盛り上がると良いですね。
しかし、松原氏の「またこの本には、他にも学生のような人が長い文で私の経済論にかんして揶揄しているが、まあ私に指導義務があるわけでもなし、面倒なので放置しておく」という発言はあまりにもひどすぎる。この点に関して松原氏は「学生のような人」呼ばわりした飯田泰之氏に対して全面的な謝罪をすべきだと思いました。
ところで、マスメディアでは「年金問題」について頻繁に話題になっているようですが、なぜかその問題は日本のマクロ経済の停滞と結び付けて論じられる場合はほとんどないようです。
我々が年寄になったとき、我々は日本経済全体の生産 (GDP) の一部を我々の面倒をみることに割いてもらわなければいけません。 GDPの成長が小さければ年寄になった我々の取り分は当然小さくなるだろうし、年寄の我々が多くを要求すればするほど若い現役世代の負担が増すことになる。我々は GDP の範囲内でやりくりをしなければいけません。これは逃げることができない事実なのです。
このように、「年金問題」はあたかもパイの分配の問題のように語られていますが、分配する前のパイの大きさをどうやって増やすかというマクロ経済の問題とも直接的に関係しています。
ここ十数年間の日本経済の平均的成長率は1%台ですが、様々な推定から日本経済の潜在成長率は2〜3%程度であると考えられます。たとえば成長率の 1% と 2.5% で差は 1.5% と一見小さいように思えるのですが、これが30年積み重なると、 35% の成長と 110% の成長と大きな差がついてしまう。この差が我々が年寄になったときに効いてくるのです。 (デフレギャップを埋めながらの経済成長は潜在成長率よりもずっと高い成長率が実現されるので経済政策の違いによる差はさらに大きくなる。)
デフレを放置したまま日本経済が平均的に潜在成長率を達成することは不可能でしょう。マクロ経済の低迷が将来もずっと続けば我々は自分が年寄になったときのことをものすごく心配しなければいけなくなります。松原氏の考え方はこの点だけからも相当に無責任だと思われます。
どうして3%程度のマイルドなインフレの達成を嫌うのか? 3%のインフレで困った国は歴史上存在しません。それに対してデフレの放置にひどい害があることには多くの証拠がある。そして、デフレを終わらせて、 3%程度のインフレに移行するためには、必然的に総需要の大幅な増加 (=総収入の大幅な増加) が起こることになります。売れないのに値段を上げる馬鹿はいないですから。
P.S. 松原氏による小菅伸彦著『日本はデフレではない』への好意的な書評について。この書評にも「物価水準の問題と相対価格の問題の混同」が見られますね。 Aの生産の効率が上がると相対的にAの価格は他のモノと比較して下がります。そういう効率アップによる相対的な値下がりが悪いとは誰も言っていない。やばいのは物価水準=様々なモノの価格の荷重平均が下がり続けること (すなわちデフレ) なのだ。分散の仕方の変化と平均値の変化を混同するようではお話にならない。デフレを放置しておくと「日本経済の体質」の改善自体が阻害される可能性がむしろ高くなります。様々な構造調整はデフレ下では難しくなるが、マイルドインフレ下ではずっとスムーズになる。だから「日本経済の体質の改善」が重要だという意見に賛成の人はリフレ政策に賛成しなければおかしいのだ。
P.P.S. 『バカの壁』の著者についてはここを参照。
まず、自分の発言を引用:
社会的な問題に関して発言をするときには、科学的に客観的な立場に立とうとするだけではなく、自分自身の政治的傾向を十分明らかにすることも必要だと私は考えています。自分自身の趣味嗜好を裏に隠そうとする人は信用できない。
これは要するに自分の考え方が正しいと言いたいならば弱点を見付け易いやり方で発言しろということです。自分自身の政治的傾向はバイアスの最も大きな原因になり得ます。だから、傾向を明確に示すことは論敵に弱点をさらすことになる。論敵は「××という政治的傾向を持つ人は○○の方向に偏った発言をすることによって誤り易い」という考え方に基いて議論の穴を見付け易くなるわけです。
自分だけが特別に客観的な立場に立つことができるというような思い上がりは許されないのです。 (これを「だから科学的に客観的な議論は不可能である」と解釈してしまうのは誤り。)
ただし、論理と証拠に基いた反論で挑戦するのではなく、論敵に不当なレッテルを貼ることによって議論を有利に進めようとする困った輩がものすごくたくさんいることには注意しなければいけません。 (クルーグマンもひどい攻撃を受けたらしい。)
さらに、自分自身と同じような政治的傾向を持つ人がデタラメな議論をしながら仲間だと思って近付いて来る可能性を増すという危険性もある。同類に見られてしまうとかなり足を引っぱられてしまうことになる。 (自分自身も足を引っぱらないように気を付けよう!)
しかし、メリットもある。たとえば、もしも政治的嗜好が違う複数の人が証拠と論理に基いた議論によって同一の結論にたどり着いたことを示すことができれば、その結論の信頼度を増すことができます。
私はリフレ政策はそのような政策の一つだと考えています。リフレ政策であらゆる経済の問題が解決できるわけではないのは当たり前のことなので、リフレの実施以外の点では異なる意見を持つ人がいるかもしれない。私は、リフレ政策によって日本の経済をよりましな状態に持って行くことには多くの人が賛成し、それ以外の点では別々に努力するようにして欲しいと思っています。
デフレをこのまま維持することに賛成な方々の苦しい言い訳をよく観察すればリフレに反対する理由は見当たらないことに気付くことでしょう。
松原隆一郎氏の『エコノミストミシュラン』批判 http://village.infoweb.ne.jp/~fwix9916/sikou.htm への反論を書きましたので紹介させてください。 http://www.ohtabooks.com/view/rensai_show.cgi?parent=2&index=0 なぜか連載になっているのですが 汗)
ニューヨーク・タイムズがクルーグマンに、日刊紙に執筆してみないか、と誘いかけた時点では、クルーグマン自身を含めて、誰もその後起きたことを予測できなかった。… The Great Unraveling で言っているように、彼はグローバリゼーションや世界の金融問題や、時々は、国内経済の「気紛れな変動」について書くつもりだったのだ。…快哉。… 初期の頃のコラムには、クルーグマンが [ブッシュの] イデオロギー的傾向の [右方向への] 変化を察知したということを暗示するものは何も無い。最初は、ブッシュが減税や社会保障や老人医療保障などの政策案を正当化するのに「いんちき」数字を用いていることに腹を立てていただけであり、政治家が選挙運動に使ういつもの政略的嘘八百だとして、本気にしていなかったようだ。…
… しかし、細部をつなぎ合わせるとより大きな像を形成し始めることにクルーグマンが気付くのは、遅きに失していた。何が起きているのかを示す大局的全体像は彼のコラムで展開されているわけではなく、この本の序文と一連のエッセイに表現されているのだ。…
… クルーグマンが言うには、彼が、メッテルニヒ=カースルレー時代に関するヘンリー・キッシンジャーの博士論文 (1957年) の中のフランス革命の回想を読んでいるとき、彼の中で警報が鳴り響いた。キッシンジャーの最初の3ページを読んだら「背筋に寒気が走った」と彼は書いている。キッシンジャーはその中で、「それまで安定を保っていた外交システムが、『革命勢力』-- システムの正当性を認めない勢力 -- に直面して突きつけられた問題のことを語っていたのだ」…
… おそらく彼の文章が最高に挑発的になるのは 9/11 のワールド・トレード・センター攻撃以後のことで、政権に関する舌鋒鋭い論評を大胆にするようになった。攻撃の10週間後、彼は、真相は「政治家もビジネスマンも不品行」なのであるが、うまく咎めから逃れているのは「今頃の利己主義はぴっちりと旗に包まれている」からだと書いている。…
… クルーグマンのコラムがひたすら大統領の経済政策に集中していることは特筆すべきである。大半の物知りが暇に任せて書き散らす見せ掛けの「保守主義」や「自由主義」のイデオロギー的ポーズは無きに等しい。…
… クルーグマンが「コメンテーター階級」(commentariat) と呼ぶ人たちには、たしなみ、品位といった感覚が染み付いている。彼らの業界用語ではクルーグマンのような同業者は「キーキーとやかましい」(shrill) とか「耳障りだ」(strident) などと、粗野で下品な仲間に注意するときによく使われる言葉で評されている。…
… クルーグマンは耳障りに叫んできた。彼はキーキーとやかましく喚いてきた。彼はコメンテーター階級の品位をおとしめた。快哉。
PS: 上記サイトには、スティグリッツ著 The Roaring Nineties の書評もあります。
最近出版されたおすすめの本
ポール・クルーグマン著、『嘘つき大統領のデタラメ』、三上義一訳、早川書房、 2004.1 (原書: The Great Unraveling: Losing Our Way in the New Century, 2003)
ジョゼフ・E・スティグリッツ著、『人間が幸福になる経済とは何か』、鈴木主税訳、徳間書店、 2003.11 (原書: The Roaring Nineties, 2003)
これらの本の間違った読み方は、クルーグマンやスティグリッツの反保守の意見だけに共感し、彼らの経済学的な見方を無視してしまうことである。反保守の考え方と標準的な経済学の組み合わせが強力であることに気付かなければいけない。
たとえば、「アメリカのネオコンは危険だ」「無謀なルールを他国に押し付けるアメリカの横暴な態度に反対だ」のような正しい意見を持っている人であっても、マクロ経済政策や不況対策の実施には反感を持っている人はかなり多いのではないか。
実際、ネオコンが嫌いでかつ「デフレは消費者にとって良いことだ」と信じている人はかなり多いだろう。へたをすると「インフレ目標政策は保守派が自分達の失敗を誤魔化すために提案された無謀な政策なので絶対反対」のように思っている人さえいるだろう。
私は個人的にそのような人たちはすべてひどく間違っていると考えている。どこがどう間違っているかを知りたい人は是非とも上記の二冊を読むべきだろう。反保守の考え方と標準的な経済学を組み合わせたとき、より良い社会を作るためにはどのような考え方をしなければいけないのかについて深く考えさせられることになるだろう。
クルーグマンの本はニューヨーク・タイムズに書いたコラムの翻訳であり、コラムの原文をネット上で読むことができる。すでにネット上で一部が翻訳されているのでクルーグマン本を立ち読みできない人は見てみると良いでしょう。
スティグリッツ本は同著者同訳者同出版社による『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』の続きのような内容です。クルーグマンにしてもスティグリッツにしてもクリントン政権のあいだになされた政策をかなり強く批判しているのですが、現在のブッシュ政権の政策の比較にならないあまりのひどさにどちらもブチキレぎみになっています。
これらの本が日本でよく読まれて、クルーグマンやスティグリッツのタイプの反保守の立場とリフレ政策を含めた正しい経済政策の両方に賛成する人が増えると良いと思います。片方だけに賛成してもう片方には反対する人たちだけが増えるようでは、我々の未来はかなり暗いでしょう。どちらか片方だけを信じてしまう人は結果的にもう片方を妨害すること (見て見ぬふりをするのも妨害の一種) によって社会に害を及ぼしてしまう可能性が高い。
社会的な問題に関して発言をするときには、科学的に客観的な立場に立とうとするだけではなく、自分自身の政治的傾向を十分明らかにすることも必要だと私は考えています。自分自身の趣味嗜好を裏に隠そうとする人は信用できない。この点においてもクルーグマンとスティグリッツは素晴しい経済学者だと改めて思いました。
今日、届いた。ありがとう>稲葉先生。 なんか学生のころ、よく売っていた70年代の思想書的装丁で懐かしい。例え ば司修とか。ちょっと違うか。 これから読みますが、連載のときから注目していた構造改革主義と マルクス主義・市民社会派の一部との思想的連関、これを僕は「岩盤」と表 現してますが、そこのところがどう仕上がっているのか興味深々です。 ではまた
なるほどなぁと思いつつも、今のようなシバキ主義マンセーな世の中だと、 「モラルハザード」という言葉尻を木村剛あたりが捕まえて、 またひどいデマゴギーをするリスクも気になりますし。 このあたり、社会学に造詣の深いひとの知恵を拝借すべきなのかな?
東洋経済の年間ベスト20.キーワードはリフレ派と優秀な経営者(カルロス・ゴーンとか) http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_top.cgi/3fdafa3379c6f0103e02?aid=&tpl=dir/01/01060100/0031/0000000001.tpl ダイヤモンドのほうはもうでたのかな? 宣伝ばかりですまん
いっそのこと、次のような施策はいかがでしょう? 国が預金を全額保護するという期待の下で、 預金者は預金の元本割れリスクが無コストでヘッジされていると思うが故、 過剰にみんな貯蓄しており、 これがデフレ下での金融資産配分をゆがめていることを前提とした対策です。 つまり、次の銀行破綻が出た際に、 足利銀行のように特例措置を講じずに預金カットをしてしまえば、 みんな預金を引き出して消費に走るんじゃあないでしょうか(笑)。 これだけだとタンス預金へのシフトの可能性もあるので、 ピッキングの取締りを緩めるという政策を同時に実(略)
私もそう言ってやりたいですね。
しかし、いくら身近な法廷弁護士たちを説得しても、テレビや新聞で垂れ流される「構造改革なくして景気回復なし」とか「構造改革への期待感から株価が上昇」といったデマの洪水はなんとしても防ぎがたい。ウソも100回言えば本当になってしまうと確かヒトラーが言ったと思いますが、まさに大多数の人は100回(100万回?)つかれたウソを信じきってしまっているのではないでしょうか。
このウソの洪水を止めるにはどうしたらいいのか?WBSの2時間スペシャルで斉藤精一郎を岩田規久男がボコボコにする。サンプロでリチャード・クーと木村剛を叩きのめし、「すいません、私は煽りです。」と泣きながら自己批判させる。さらに、その番組を3年間、毎日3回リピート放送。
これは極端な例で、もちろん冗談ですが、それぐらいやらないとダメなぐらい多くの人々の脳裏に「インフレ=悪」「構造改革=景気回復」というメッセージは刷り込まれてしまったと思います。
まるで、カルトに洗脳された若者を一般社会に戻すプログラムみたいですね。(藁
有効かどうかは分かりませんが、みんなでマスコミ各社に投書しますか?あまりいいアイデアが浮かばないので申し訳ありませんが、何かいい方法を考えましょう。「インフレ=(デフレ下では)良」「金融政策(デフレ対策)=景気回復」というメッセージを大量に送るいい方法はないですかね?
面白い史料館は下だった。 http://www.ntc.nta.go.jp/sozei/siryou/index.html
岩・八『日本再生に「痛み」はいらない』も税制がひとつの大きな主題だけ れども、既出ではないようなので以下の雑誌の特集も興味深い論説が多いと 思うので紹介。 http://www.fujiwara-shoten.co.jp/kan/skan07.htm 特に後半の各国税制や歴史ネタは知るだけでも面白いでしょうね。表紙で頭 をかいている御仁ほか、いくつかの租税イラストは以下の史料館に展示され ているもの。 http://www.ntc.nta.go.jp/sozei/01.html 見てるだけで楽しい。
さてこの本は読みやすさと切り口の斬新さ(論理的文章の特訓の延長から簡 単な経済学の話題にはいり、そして最先端のリフレ理論までにいたる)とい う点でとてもいいと思う。 読むべし!
どうもはじめまして。といっても、私もここでは新顔ですが(笑)。 さて、おっしゃるような問題意識への解答の一つとして、 例えば「エコノミスト・ミシュラン」 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4872337956/ など、これまでとは違う読者層の開拓を目指した本も出始めてます。 部外者の私が言う話でもないですが、 そうした試みが少しでも正確な知識の普及につながればいいと思います。
はじめまして。上念と申します。本名です。 今は経営コンサルタントの仕事をしています。仕事柄経済問題には関心が深く、岩田規久男『デフレの経済学』をはじめとしたリフレ派の本はここ1−2年ほぼすべて読みました。元々あやしいなとは思ってましたが、改めてリチャード・クー、木村剛、斉藤精一郎などシバキ屋さんたちのトンデモぶりに気づかされました。
私のような偏差値の低い人間でもハルマゲドン経済論、中国デフレ起源説や不良債権デフレ原因説などは完全に論破されていることがすぐに理解できました。しかし、トンデモ経済論はいまだにテレビ、新聞を席捲しています。これは一体なぜなのでしょうか。
知り合いに新聞記者がいますので、私はこの疑問をぶつけてみました。 彼が言うには「と学会のトンデモ本の世界は純粋に読み物としても面白かったが、野口旭の本は正しいかもしれないが読み物としての面白さを感じない。新聞は世間知に属するものなので、野口さんも世間知の舞台に出てきて敢えて道化芝居をするような覚悟がなければムーブメントを起こすのは難しいね。」とのことでした。
まぁ、確かに木村剛や斉藤精一郎は道化師の類だからこそあれほど世間をにぎわしているのかも知れませんが(藁
しかし、私はその新聞記者の発言には納得できず、原田泰の『奇妙な経済学を語る人々』の巻末にあるガリレオの話(「知識人は法廷弁護士ではなく真実に奉仕するものだ」という言葉)を引用しつつ次のように反論しました。 「確かに、新聞は売れなければ仕方がないのだろう。しかし、少なくとも新聞記者であれば一般的な理解力と一般人以上の社会的な影響力を持っていることは自覚しているはずだ。そういう人間が好んで法廷弁護士に成り下がるのは問題なのではないか。真実にこそ奉仕すべきではないか。普通の理解力を持った人間ならシバキ主義とリフレ政策のどちらが(経済政策として)真実であるかは分かるはずだ。」
金融政策を中心としたリフレが効果的であることは世間知の範囲内でも十分証明可能だと原田泰も述べています。私は日本のマスコミ人全般がこの私の知り合いのように考えているとすれば大変残念で且つ危険なことだと思いました。
私は所謂平和主義者でもプロ市民でもありませんが、敢えて喩えるなら表題のごとく「対米開戦やむなし、との世論に抗うかのような」感じです。金融緩和が効果的だと誰もが思っていながら、なんとなくインフレは悪だという「空気」に逆らえず、沈没しかけのタイタニックにしがみつくかのようなリスクだらけの現状維持(by 竹森俊平)が常識論としてまかり通っている。私にはそのように思えてなりません。
黒木さんのHPはソーカル事件をきっかけに知りました。私は黒木さんのような知識人ではなく知識人を志すDQNですが、微力ながら身の回りの法廷弁護士たちに論戦を挑もうかと思っています。無駄かもしれませんが今はこれぐらいしか思いつかないですね。岩田規久男氏を日銀総裁にする運動でもあれば参加しますが(藁
貨幣供給量・物価・金利・為替は独立のモノではないので,これらの うち一つを決定すると他は(もちろんその時の実体経済と整合的な形 で)内生的に決定してしまいます.あとは操作変数を何にするかのみ の違いです. その意味で, >経済政策は、金利、財政、為替しかない。 は誤りでして,金融政策(マネー・金利・為替)か財政政策しかあり ません(財政と金融すら独立では無いという理論もありますがこれは まぁおいときましょう). さて, >為替→円高にすれば海外製品が安くなり、輸出も減る。即ち、デフ >レ効果だけで、副作用が無い。 ですが,先物カバーつきの利子率裁定式は比較的正確に成立しますか ら,円高にするためには金利を上げる,または円売り介入をしてそれ を日銀がうち消さない必要がある(このとき国内金融は引き締められ るので国内金利は上がる)ので,同じことなのです. 不胎化介入は為替にごく短期的な影響しか与えない,との点に関して は苺BBSなどで聞けば誰か教えてくれるでしょう. 為替を操作変数にした政策の利点は,コミットメント力のつよさとア ナウンスメント効果の大きさです.ここらは山形氏の訳本を参照され るとよいでしょう.
こちらでは初めて書き込みさせていただきます、bewaadと申します。 普段は自分のサイトでいろいろ書き散らし、 たまにいちごの経済板でも書き込みをしております。 以後、お見知りおきのほどよろしくお願いいたします。 さて、標記につきまして、一念発起して私のサイトに試作品をputしました。 http://bewaad.com/archives/themebased/reflationbookguide.html まだまだ未完成品ですが、皆様のご叱正もいただきつつ、 少しでも使い勝手のよいものになればと考え作成・公表した次第です。 とりあげるべき書籍や寸評についてのご提案など大歓迎ですので、 お目通しいただければと考えております。
私>日銀が国債を買いすぎると、日銀のバランスシー 私>トの資産サイドが国債、負債がお札となり。インフ 私>レ発生後の制御が大変です。 >かと思います.しかし,外債を買えばこの問題は生じないかというとそ >うではありません.外債->円安->インフレという経路をとるわけですか >ら問題は同様に生じます.その対応策として,やはりインフレーション >ターゲットを設定し,その上で為替なり国債なりを通じたリフレ政策を >実行していく必要があるといえるでしょう. 同様の問題を生じる???、そんな事無いじゃん。 「為替なり国債なりを通じたリフレ政策」と自分でも言っているけれど、 経済政策は、金利、財政、為替しかない。 発生したインフレを減速する為には、 金利を上げ→金利が上がると潰れる企業が有るのであんまり出来ない。 無理に金利上げると商品を提供する企業が潰れ、品薄から、更にインフレが進む。 財政を削る→即ち、増税、年金の切り下げだから犠牲が多い。 究極の選択、消費税ガが10%上がるのと、インフレが10%進むのどちらが良い? 為替→円高にすれば海外製品が安くなり、輸出も減る。即ち、デフレ効果だけで、副作用が無い。 円高でインフレを退治する為、今から少しでも海外資産を買っておく必要が有るわけです。
因みに、バーナンキはこの中で4回、背理法を使っています。
・通貨発行 → 物価上昇 (p.14)
・外国資産購入 → 通貨減価 (p.20)
・ヘリコプターマネー → 物価上昇 (p.21)
・非標準的公開市場操作(資産購入) → 資産価格上昇 (p.24)
お久しぶりです.「すりらんか」と申します.山形氏の言及以来某所に 新客が増えすぎて落ち着いた話し合いができないようなので,こちらに おじゃまさせていただきます. 石神さんが疑問を持たれた >社会保険料の減額は減税と効果は全く同じよう >思えます。いずれにしても先の負担増が見えて に関してですが,デフレ下での貨幣発行益財源での減税・財政支出には 「先の負担」はありません.資金を無利子無期限債(=貨幣)で調達し ているからです. また, >通貨供給量が増えても日銀当座に積み上がるだ >けになってるのが現状でしょう。 マネーサプライは通貨保有主体(つまり非金融部門)が保有する通貨量 ですからこれは正確な表現ではありません.石神さんの指摘されたいポ イントはベースマネー(こちらは当然日銀当座を含みます^^)を増やし ても日銀準備に対流するのみでそれがマネー,そして物価へと波及しな いという点にあるかと思います. それへの反論がBernankeの背理法です(黒木検索システムによると僕が 命名者かも!と自慢しときます).背理法の基本的なアイデアはご存じ とのことですので,追加しておくと 石神さんの指摘される, >意外と日銀当座に700兆が積み上がり、政府の負 >債が日銀の負債に置き換わるだけに終わるような >気もしますが が(インフレなしに)生じるならまさに「負担なしで財政再建されてし まった!」ということになります.以降事実上公債費0円,公債依存度 0%という超健全財政国家が誕生してしまいます.それでもなおデフレな らば意義はいよいよ無税国家に向けてのスタートというわけです. むしろ,高橋洋一氏的なインフレ転換の唯一の問題点はユキカゼ艦長の 指摘する, >日銀が国債を買いすぎると、日銀のバランスシー >トの資産サイドが国債、負債がお札となり。インフ >レ発生後の制御が大変です。 かと思います.しかし,外債を買えばこの問題は生じないかというとそ うではありません.外債->円安->インフレという経路をとるわけですか ら問題は同様に生じます.その対応策として,やはりインフレーション ターゲットを設定し,その上で為替なり国債なりを通じたリフレ政策を 実行していく必要があるといえるでしょう.
ところで、あらい案でも「家族全体での所得に応じて減免」にはなっていません。現行制度には共同扶養の概念がないため、同一家計内に複数の所得者がいた場合、扶養者の所得<家計全体の所得 になってしまうからです。これについては、何か名案をお持ちでしょうか。
なお、この中に岩石理論の亜種 ---「魔人が壺を出たら壷に戻すことは不可能である」とか、「よく眠っている猛犬の耳元で、ラジオの音量を上げていけば、いつかはうるさくて目覚めるだろう。しかし、その後音量を下げていけば、また眠ってくれるという保証はない。そこには、明らかな不可逆性がある。金融緩和によるインフレ期待の誘導にもそうした不可逆性はないのか」という池尾寓話とか --- が、誤りの例として、引用されています。
デフレが終るまでといわず、学生の多くの国民年金保険料を免除しましょう。社会的公正のためです。
現行の制度では、第2号被保険者に扶養される配偶者(で、20〜59歳で年収130万円以下の人。以降、略)は第3号被保険者となり、保険料の支払が免除されています。つまり、勤め人の配偶者である専業主婦(と専業主夫)は、保険料を支払わなくても将来年金を受けとることができるのです。しかし、支払っていないからといっても実際には誰かが負担しているわけで、実質的には関係ない人たちがかわりに分担して支払っていることになります。
一方、第2号被保険者に扶養される子や孫などには、そのような特典はありません。親や祖父母などに扶養される学生は、第1号被保険者となり国民年金保険料を支払わなくてはなりません。本人に収入がなければ、扶養する親や祖父母などが払わないとしかたないでしょう。結局、扶養者である第2号被保険者は、自分の分と子か孫などの分を負担した上に赤の他人の分まで一部負担していることになります。これはあまりにも不公平です。
そこで、不公平の解消のために、第3号被保険者の資格を第2号被保険者に扶養される親族に拡大しましょう。若い人の国民年金保険料の未納率が半分を越えてしまった今となっては、財政的にも現状追認程度の効果しかありませんし。
さらに、第1号被保険者に扶養される親族も第3号被保険者になれると良いんだけど、そうすると年金の一元化の問題ともからむので、単純ではなさそう。
まず、私も過去ドイツとか戦後の日本で起きた様なゼロのケタ数が数桁増えるインフレは現時点で言い過ぎだと思います。 デモね、今、財政赤字がざっと900兆円、歳出が80兆円で、歳入が50兆円、 バブルの時でも税収は、60兆円。 もし仮にバブル並に景気回復して金利が1.5→6%(過去の平均値)になると、 金利だけで40兆円の増額となり。 歳入=バブル並の60兆 歳出=120兆=今の80兆+金利増加分40兆円 となり、歳出-歳入=60兆円が毎年、900兆円に積みあがります。 結局、インフレでサラリーマンの給料を今の倍にして歳入を倍増して、 一方で、構造改革して歳出である年金制度や公務員の数や給料を微増に留めないと均衡し無いわけです。 その意味で、クルーグマンの言った年4%*15年のインフレ=2倍だと思います。 15年後に給料が2倍でアンパン1個200円、 ただし、気をつけなければイケナイのは、バブル時でも消費者物価は3−4%の上昇です。 でも、株や土地は途方も無く値上りしました。 15年もインフレを続けたら、日経平均が10万円になり、バブルの倍の120兆円の税収になる訳です。 十分大きなインフレだと思います。 PS 少し考えれば分るけれど、国債発行と言うのは、日本家族の中での貸し借りであり差し引き何も残らない。 隣りのアメリカ家族の財産を買っておけば日本村の貴重な財産な訳です。 金利政策、財政政策を極限まで発動した訳ですから、あとは、為替政策(=円安)しか残っていない。 円安が日本を外資に投売りと言うならば、円高の今、海外資産は大バーゲンセール中。 中国なんて、元安のせいで平均年収が10万円無いわけだから、大安売り、円で借金して買えば良い。 世界中の企業が今、中国に進出しているけれど、これを、外資の中国乗っ取りなんて言わないでしょ。 ちなみに、復活した日産の社員は、山一の様に潰れず外資に買われて幸運だったと思います。 少子化に向う中、第2の開国、人と金も海外からの流入は必要です。鎖国は自滅です。