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黒木のなんでも掲示板2 (0022)

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Id: #b20000515144056  (reply, thread)
Date: Mon May 15 14:40:56 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000514020614
Name: たかつか
Subject: 裁判の民主化とは
>たとえば、裁判所は多数決や世論でもって判決を下すわけでは
>ありません。論理的に問題を解決するのです。しかし、裁判所
>は非民主的ですか?そんなことはないでしょう。民主主義を守
>るために裁判所が必要なのでしょう?もし、世論や多数決で裁
>判が行われたら、人権が守られる保証がなくなってしまうでしょう
有罪無罪を陪審員や素人の裁判官に任せて、量刑だけをプロ
の裁判官に任せる制度はアメリカやヨーロッパにあります。

たかた さんの見解だと陪審員制はどうなるのでしょうか?
人権を守れないですか?

プロに任せて大丈夫だとの保証は誰がしているのでしょうか?
刑事裁判に置いて被告の権利として、裁判の公開が定められ
ているのは伊達では無くね誤審や冤罪があるからです。

また日本でも、裁判をもっと民主化すべきとの声はあります。


Id: #b20000515123956  (reply, thread)
Date: Mon May 15 12:39:56 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000515045953
Name: たかつか
Subject: RE:うーん
文字化けしたようなので再度投稿します。申し訳有りません。

>モラルを信じている当事者が有益性を信じていないモラルという
>のは、ほとんどない
その通りかもしれないですが、成人の精神的な自由の権利を制
限する法律を制定することは憲法の規定から違憲となり実行で
きなくなります。
要するに自由主義+民主主義+脱宗教+(個人主義)という基
本的な枠組みは、憲法の保証の基にあります。基本的人権に反
する法律は無効になるわけです。

>たかつかさん自身、「単純売春」がモラリズムの例と言いながら
>、不利益という理由として「社会の売春婦に対する見方」とか「性
>病」とか、その種の論理を展開してるじゃないですか。
はい、成人の場合は「愚行権の行使」となると言っている訳です。
「愚行」では無いと言われるので愚行の理由を説明したのです。
成人の場合は不利益だから禁止すべきとは言いません。

>ゆえに、現実問題として「あまり自分で疑った事のない価値観」
>がモラリズムかパターナリズムかを自分で判断する事はほとん
>ど不可能です。僕が「科学的立証」ということを言っているのは、
>これが、客観的にこの間を区別するほとんど唯一の方法ではな
>いかと思うからなんです。
技術者として「科学的立証」の有効性を信じられるのは当然のこ
とと思います。ところが国民は「科学的立証」をどれ位信用してい
るでしょうか?

某先生は「科学の進歩」が「問題を全て解決する」という19世紀
の信仰は20世紀末に終わったと言っています。これは公害、
核廃棄物、食品添加物問題等を例にしています。最近「買っては
いけない」というトンデモ本が売れました。売れたのは本質的に
「科学技術」に対する不信があるのでは無いかと思います。「科学
の進歩」=「人類の進歩」にならないと感じている人が増えてきた
のです。


>科学的根拠がなくても国民の意思で規制できるなら、規制は際
>限なく増やせますよ(だって、要するに、過半数の人の共通の価
>値観をほとんど規制にできるのだ)。
いえ、大多数は憲法での審査を受けます。新しい概念(例えば自
己決定権とか嫌煙権)等は憲法の条文から引き出す法理を考え
る事になります。そのため法は社会より遅れるのですが。

また科学的判断は誰がするのでしょう。誰が見てもはっきりと理
解できる「科学的根拠」は複雑化する現代の科学の中で存在す
るのでしょうか?科学者に科学的根拠を基にして判断して貰うこ
とはやはりパターナリズムでしかありませんよ。専門家は専門家
の立場から意見をいう権利があるでしょうが、その意見を聞いて
判断するのは国民だということでは駄目ですか?

>あと、少年法というのは、僕はまったく無知なので、質問なので
>すが、「疑わしきは罰せず」という原則はどうなってんでしょうか?
>保護処分は処罰ではないという見解なんでしょうか?
はい、現状では保護処分は刑罰ではありません。従って「非行事
実の大きさ」と「処分の大きさ」は相関しなくとも良いことになりま
す。審判の場合、殺人より万引きの少年に長い保護期間を課し
ても違法ではありません。その点も少年法改正で批判されている
点になっています。

>個人的には、もし、根拠のない「愚法制定権」が国家にあるなら
>、個人に、愚法に従わないという「賢行権」を認めてくれなくては
>いかんと思います
基本的人権に反する悪法には従わないという抵抗権しいう概念
は自然権になると言われています。しかし、「基本的人権に反す
る悪法」でないと認められないし、その場合は命をかけて反対す
る覚悟が必要だと思います。

加藤氏の規制の内容の問題はパス。

>たとえば、ポルノに反対するとか、美容整形に反対するとかいう
>理由にはならないと思います。ポルノを否定すると助かる「弱者」
>なんて存在するんですか?
ポルノは「年少者」と「性犯罪被害者」を考えていただければ良い
と思います。
美容整形ですが、美容整形では無く「人体改造」や「全く違う顔に
なって良いか」という点に問題があると思います。また「美容整形
」そのものにも、後年障害が発生するケースがあると聞いたこと
があります。「年少者」が髪の色を変えるのと同じように「顔を変え
る」、「豊胸手術」をするのは問題があると思いますが、古いのかな。

Id: #b20000515123406  (reply, thread)
Date: Mon May 15 12:34:06 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000515045953
Name: たかつか
Subject: RE:うーん
>モラルを信じている当事者が有益性を信じていないモラルという
>のは、ほとんどない
その通りかもしれないですが、成人の精神的な自由の権利を制
限する法律を制定することは憲法の規定から違憲となり実行で
きなくなります。
要するに自由主義+民主主義+脱宗教+(個人主義)という基
本的な枠組みは、憲法の保証の基にあります。基本的人権に反
する法律は無効になるわけです。

>たかつかさん自身、「単純売春」がモラリズムの例と言いながら
>、不利益という理由として「社会の売春婦に対する見方」とか「性
>病」とか、その種の論理を展開してるじゃないですか。
はい、成人の場合は「愚行権の行使」となると言っている訳です。
「愚行」では無いと言われるので愚行の理由を説明したのです。
成人の場合は不利益だから禁止すべきとは言いません。

>ゆえに、現実問題として「あまり自分で疑った事のない価値観」
>がモラリズムかパターナリズムかを自分で判断する事はほとん
>ど不可能です。僕が「科学的立証」ということを言っているのは、
>これが、客観的にこの間を区別するほとんど唯一の方法ではな
>いかと思うからなんです。
技術者として「科学的立証」の有効性を信じられるのは当然のこ
とと思います。ところが国民は「科学的立証」をどれ位信用してい
るでしょうか?

某先生は「科学の進歩」が「問題を全て解決する」という19世紀
の信仰は20世紀末に終わったと言っています。これは公害、
核廃棄物、食品添加物問題等を例にしています。最近「買っては
いけない」というトンデモ本が売れました。売れたのは本質的に
「科学技術」に対する不信があるのでは無いかと思います。「科学
の進歩」=「人類の進歩」にならないと感じている人が増えてきた
のです。

>科学的根拠がなくても国民の意思で規制できるなら、規制は際
>限なく増やせますよ(だって、要するに、過半数の人の共通の価
>値観をほとんど規制にできるのだ)。
いえ、大多数は憲法での審査を受けます。新しい概念(例えば自
己決定権とか嫌煙権)等は憲法の条文から引き出す法理を考え
る事になります。そのため法は社会より遅れるのですが。

また科学的判断は誰がするのでしょう。誰が見てもはっきりと理
解できる「科学的根拠」は複雑化する現代の科学の中で存在す
るのでしょうか?科学者に科学的根拠を基にして判断して貰うこ
とはやはりパターナリズムでしかありませんよ。専門家は専門家
の立場から意見をいう権利があるでしょうが、その意見を聞いて
判断するのは国民だということでは駄目ですか?

>あと、少年法というのは、僕はまったく無知なので、質問なので
>すが、「疑わしきは罰せず」という原則はどうなってんでしょうか?
>保護処分は処罰ではないという見解なんでしょうか?
はい、現状では保護処分は刑罰ではありません。従って「非行事
実の大きさ」と「処分の大きさ」は相関しなくとも良いことになりま
す。審判の場合、殺人より万引きの少年に長い保護期間を課し
ても違法ではありません。その点も少年法改正で批判されている
点になっています。

>個人的には、もし、根拠のない「愚法制定権」が国家にあるなら
>、個人に、愚法に従わないという「賢行権」を認めてくれなくては
>いかんと思います
基本的人権に反する悪法には従わないという抵抗権しいう概念
は自然権になると言われています。しかし、「基本的人権に反す
る悪法」でないと認められないし、その場合は命をかけて反対す
る覚悟が必要だと思います。

加藤氏の規制の内容の問題はパス。

>たとえば、ポルノに反対するとか、美容整形に反対するとかいう
>理由にはならないと思います。ポルノを否定すると助かる「弱者」
>なんて存在するんですか?
ポルノは「年少者」と「性犯罪被害者」を考えていただければ良い
と思います。
美容整形ですが、美容整形では無く「人体改造」や「全く違う顔に
なって良いか」という点に問題があると思います。また「美容整形
」そのものにも、後年障害が発生するケースがあると聞いたこと
があります。「年少者」が髪の色を変えるのと同じように「顔を変え
る」、「豊胸手術」をするのは問題があると思いますが、古いのかな。

Id: #b20000515101631  (reply, thread)
Date: Mon May 15 10:16:31 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000515014210
Name: たかつか
Subject: re:「パターナリズム」と「モラリズム」
>たかつかさんは「パターナリズム」と「モラリズム」の解説を繰り
>返して いますが、「パターナリズム」と「モラリズム」による規制
>が「倫理的に正し い」のはなぜか、ということについて語っては
>いただけないのでしょうか? 
えっと、「モラリズム」による規制が正しいと言った覚えはありません。
「他人を不快させる方法でのポルノの販売は見直すべき」とは思
います。これは「表現の自由」があっても、それを表明する場所、
時間、相手の選択等は規制を受けるという事を意味します。
例えば、自分の主張を街頭で演説する自由はあっても深夜の住
宅街で演説を行うことは「他人に迷惑をかけている」事になります
から規制すべきです。

「年少者へのポルノを見せること」を規制するのはモラリズムでは
無く、年少者の精神的な耐性を弱いと判断した「パターナリズム」です。

年少者や障害者への「パターナリズム」に基づく保護は必要だと
思います。
 崎山伸夫さんは、これらは必要ないとお考えでしょうか。例えば
「少年法」は無くて良いという意見でしょうか?
また、労働基本法の様な労働者保護も「パターナリズム」だと思
います。これはどうでしょうか?
最低賃金など必要ないですか?

>それらが「一般論として正しい」とたかつかさんが主張していると
>いうことでは なくて、「たかつかさんがタダシイと考える、パター
>ナリズムやモラリズムに よる規制」の話、です。
答えなったでしょうか?

Id: #b20000515095901  (reply, thread)
Date: Mon May 15 09:59:01 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000515012551
Name: たかつか
Subject: RE:「死」からの隔離?
>たかつかさんの御説では、思春期のこどもは(一般論として)親
>の死に目に 会わさないべきとか、事前に問題ないか鑑定でもす
>べき、とかかな? それとも、肉親と関係ないひとの死は、また別
>なのかな?
そういう事は考えていません。肉親の死に目に会うのはその人の
権利ですから。

問題は義務教育の中で「死の教育」行う事です。日本だと精神的
な教育は軽視されているように思います(違いますか)。私は「死
の教育」の必要性を否定している訳ではありません。

しかし、その準備が出来ていない時に、脳死からの移植治療の
ために「死の教育」を早急に導入する事に疑問を持つのです。

他人の死ではなく、自分の死について考える必要があります。

もう一つ現実に実施する事からの疑問点は「宗教問題」です。
「死の教育」には宗教的な要素を排除出来ない様に思います。
公立の学校での宗教を扱うことは、また大きな問題になります。

Id: #b20000515093559  (reply, thread)
Date: Mon May 15 09:35:59 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000515001011
Name: たかつか
Subject: 授業選択の自由
>どんな教育でも、生徒が授業を選択する自由、授業を受けない自由がある
>と思います。
子供の自己決定権の問題ですね。子供を保護する客体として捉えるのでは無く
発達途中の存在として権利の主体として捉えるのが最近の傾向だと思います。

その時に、子供の意志は尊重されるべきものですが、自己決定権をどこまで
認めるかは難しい問題です。
現実には「自己決定権が何で有るかの教育も不十分」だと言われていると
思います。

>そのことについても、話し合ったことが、森岡サイトの過去ログハウスに
>残っていますので、御覧いただければありがたいです。
分かりました。暇を見つけて見に行ってみます。

Id: #b20000515045953  (reply, thread)
Date: Mon May 15 04:59:53 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000515005310
Name: たかた
Subject: うーむ

うーん、とりあえず、論点を整理

  1. パターナリズムの定義
  2. 加藤氏の規制の内容の問題
  3. 加藤氏のパターナリズムの必要と考える理由(古典的自由主義の否定)

パターナリズムの定義
ええと、たかつかさんの定義は、前にも言ったように「言葉の上では」まったく矛盾はないように見えるんです。ただ、論理的には現実に適用できないと思うんですよ。というのは、これも、前にも言ったように、モラルを信じている当事者が有益性を信じていないモラルというのは、ほとんどないからなんです。たとえば、僕らの視点から見ると、イスラムの「女性は肌を見せないようにベールを着るべきだ」というのは、有益でも無益でもない特定宗教のモラルに過ぎないわけですよね。ところが、かなり熱心なイスラムは、「肌を見せるのは、異性に性的な関心を不用意に与える事になる。これは、罪であるから、最後の審判で処罰される(ゆえに不利益だ)」と、「有害性」を主張するのです。あまり熱心でないのは、「肌を見せるのは、異性に不適切な性的な関心を与える可能性があるから、他人との関係で不利益を生む可能性がある」ともう少し現世的な有害性を主張します。同じように、エホバの証人は輸血が不利益になる理由を「感染の恐れ」とか、「輸血合併症の可能性」とかいう現世的な理由や、魂がどうのこうのという、宗教的不利益をごたまぜにして主張します。
で、これは、一般的な日本社会でも同じことで、「男性がピアスをつける事は、奇異な目で見られるし、そういうファッションは非行だと思う人がいるから、組織の中で不利益を被る」とか、「卒業式で君が代を歌わないのは、愛国心がない事だから、そういう人間が増えると社会にとって不利益である。また、愛国心がない事は、当事者にとっても不幸(不利益)な事である」とかいうような、社会や個人にとっての「有害性」を主張するわけです。たかつかさん自身、「単純売春」がモラリズムの例と言いながら、不利益という理由として「社会の売春婦に対する見方」とか「性病」とか、その種の論理を展開してるじゃないですか。
そもそも、人間ってのは、価値観自体だけを信じている事はあんまりなくて、たいていは、人は自分の価値観に合わないものを同時に「有害」と信じていることが非常に多いです。多くの宗教が「天国と地獄」とか「天罰」とか「ごりやく」を主張するのは、そういう人間の性質ゆえだと思います。つまり、価値観を信じている人は、ほとんどの場合、価値観の有益性も同時に信じているわけで(たとえば、僕は、オートバイに乗りたいと思っていませんが、それは、オートバイに乗る事が危険(有害)だと思っているからです)、ゆえに、現実問題として「あまり自分で疑った事のない価値観」がモラリズムかパターナリズムかを自分で判断する事はほとんど不可能です。僕が「科学的立証」ということを言っているのは、これが、客観的にこの間を区別するほとんど唯一の方法ではないかと思うからなんです。科学的根拠がなくても国民の意思で規制できるなら、規制は際限なく増やせますよ(だって、要するに、過半数の人の共通の価値観をほとんど規制にできるのだ)。そして、日本の社会の問題は、このことに無自覚であったことだと思うのです。
あと、少年法というのは、僕はまったく無知なので、質問なのですが、「疑わしきは罰せず」という原則はどうなってんでしょうか?保護処分は処罰ではないという見解なんでしょうか?だとしたら、すごく不自然に感じますし、この法律は絶対に改正しなくてはいけない悪法だと思います。それと、僕は、法律には詳しくないですが、別の法律の条文の一部の言葉を切り貼りして解釈するなんてことは正当な解釈の方法なのかもすごく疑問に思います。
個人的には、もし、根拠のない「愚法制定権」が国家にあるなら、個人に、愚法に従わないという「賢行権」を認めてくれなくてはいかんと思います

加藤氏の規制の内容の問題
これは、僕は、たかつかさんの様には読めませんでした。加藤氏は、自由を規制するということにあまりにも無頓着なように感じます。というのは、どういう規制を主張するのにも、明確に理由を述べていないからです。「個人のためになるかどうか」をきちんと考える事が重要だと考えているなら、自分の考えた規制の理由に関する記述を省くなどという事は考えられません。ですから、「パターナリズムによる規制」をする時に、それが、個人のためになるかを真剣に悩んだ様には思えないのです。そういったデリケートな問題についてきちんと考える事が倫理について発言する学者としての責任でしょう?
美容整形なんてのは、その一部に過ぎなくて、必要なら、いくらでも、問題になりそうな発言を挙げる事ができますよ。

加藤氏のパターナリズムが必要と考える理由(古典的自由主義の否定)
たかつかさんの挙げた、社会的弱者の救済というのは、確かに重要な問題なのですが、それは、福祉とか保険制度とか、あるいは、消費者保護とかの問題であって、たとえば、ポルノに反対するとか、美容整形に反対するとかいう理由にはならないと思います。ポルノを否定すると助かる「弱者」なんて存在するんですか?



話題が突然変わるんですが、崎山さん、悪しきパターナリズムに対する崎山さんのおっしゃる事は、すべてそのとおりだと思います。ただ、パターナリズム批判だけで終わってしまうと、まったく問題解決にならないと思うのです。人間ってのは、かなりいいかげんなものなので、「パターナリズムが悪い」といった精神論では、問題解決(もう一度同じ過ちを繰り返さないこと)にはなりにくいと思うのです。ですから、もっと深く検討して、そういう事のできないような専門家の相互評価システムなり、(官庁などが)自分の分からない問題についての判断を迫られる事を避けるシステムなりを検討しなくてはならないと思うのです。「犯人探し」が意味があるように思えないというのは、そういう意味です。僕は、悪しきパターナリズムを擁護しているわけではないので。

Id: #b20000515014210  (reply, thread)
Date: Mon May 15 01:42:10 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000515005310
Name: 崎山伸夫
Subject: 「パターナリズム」と「モラリズム」

たかつかさんは「パターナリズム」と「モラリズム」の解説を繰り返して いますが、「パターナリズム」と「モラリズム」による規制が「倫理的に正し い」のはなぜか、ということについて語ってはいただけないのでしょうか? それらが「一般論として正しい」とたかつかさんが主張しているということでは なくて、「たかつかさんがタダシイと考える、パターナリズムやモラリズムに よる規制」の話、です。


Id: #b20000515012551  (reply, thread)
Date: Mon May 15 01:25:51 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000514231634
Name: 崎山伸夫
Subject: 「死」からの隔離?

たかつかさんの御説では、思春期のこどもは(一般論として)親の死に目に 会わさないべきとか、事前に問題ないか鑑定でもすべき、とかかな? それとも、肉親と関係ないひとの死は、また別なのかな?

(個人的に、3月末の祖父の死に立ち会えなかったのをかなり悔やんでいるのでした。 最期の日、夜までもちそうというので一旦職場に戻るかと病院を出て その数十分後だったので。 私の場合は自分の間の悪さの問題だけど、あえて隔離しようということだとなんか違うと思うぞ)。


Id: #b20000515010947  (reply, thread)
Date: Mon May 15 01:09:47 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000514020614
Name: 崎山伸夫
Subject: 「薬害エイズ」問題

もちろん、「薬害エイズ」問題は複雑な話であって「パターナリズム」というのは その一部で現れてきた問題にすぎないでしょう。 ただ、「パターナリズム」の図式には「判断させないために情報を与えない」という部分があり、 これはマクロに

「問題を解決する知識を持った人」と「問題解決の権力を持っている人」がまったく別のところにいる別人

という、日本社会でよくある事態を生んでいる可能性が高いと私は思いますし、

今まで使っていた薬がHIVの感染源であると突然知った、 血友病専門医たちの一部が、あまりの恐ろしさに患者にこれを伝える事ができなかった

というのも、「恐ろしさから伝えられなかった」というのが 「自分の責任からの逃避」というだけではなくて、「患者の動揺を恐れた」とするならまさに パターナリズムであって、きちんと情報開示をして問題化することになれば、 規模の面でマシな事態はありえたのではないかと思います。


Id: #b20000515005310  (reply, thread)
Date: Mon May 15 00:53:10 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000514034328
Name: たかつか
>たかつかさんが、「パターナリズムによる規制に有害性の証明は必要ない。社会が
>有害であると認識すれば良いのだ」というのは、おかしなパターナリズムの解釈だ
>と思うのですが(これについては、論理的に不自然な解釈だと思います)。
では、もう少しちゃんと 定義します(澤登俊雄著「少年法」中公新書参照)。

パターナリズム
ある個人の行動が他者の利害を侵害することが無くても、そのまま放置する事でそ
の個人自身の利害が侵害されると言う理由で、その個人の行動に介入・干渉するこ
とができる。

モラリズム
ある個人の行動で他者の利害が特に侵害されるわけでも無く、そのまま放置する事
でその個人自身が害されるわけでもないが、その行動を許容する事で社会全体の道
徳秩序(社会の利益)が乱されると言う理由で、その行動を禁止することができる。

さて、少年法は非行のある少年を健全に育成することが目的です。そのために保護
処分を行って少年の自由を大幅に制限します。その処分の正当根拠が「非行事実」
の認定です(これは他者侵害排除の原則での侵害の発生に相当します)。

「非行事実」とは「他者の利益を現に侵害したか、もしくは侵害するおそれがある」
ということです。「非行事実」を「有害性」に置き換えると「有害のおそれのあ
る」ものに対して規制可能になると思います。ここで「おそれのある」を判断する
のは国民になります。無論「虞が無い」ことが確定すると正当根拠を失う事になり
ます。

>で、どうも、この先生は、お年寄りで、「美容整形」のようなものに不快感を感じ
>る世代なのだろうなと。で、こういう人の「倫理」をおしつけられちゃあたまん
>ねぇなぁと。
まあ、「美容整形」についてはよく分かりませんが;;^^)
某先生の意図は、規制ありきではなく、人工中絶等では年齢制限などの線引き(社
会的な承認)が必要だと言っているのだ思いま。

>ですから、古典的自由主義が限界に来ているという某先生の認識もさっぱり共有で
>きないのです(どうしてそう思うのかも書いてない)。
これは、古典的自由主義をフランスの人権宣言のようなもの「自由とは他人を害し
ない全てのことをなしうることにある」とすると、資本主義の発達に対して富の偏
在をもたらします。そのため社会的弱者救済を行う社会権が必要になります。
しかし社会全体の富の増加と教育の普及により古典的自由主義が成立するはずだと
考える事が可能な訳です。つまり、20世紀を通して大きな進歩があったはずなの
に社会的弱者救済を行う必要性は変わっていない=古典的自由主義が限界に来てい
る という事だと思います(違っているかな)。

ただ個人的な考えでは、現代は教育の効果が現れて、今まで守られてきた選択の
権利を自分の手に取り戻そうとしているのだと思います。

Id: #b20000515004928  (reply, thread)
Date: Mon May 15 00:49:28 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000514235138
Name: たかた
Subject: 現実的でないとおもいます

ええと、純技術的理由で現実的でないと思います。ただ、そういうことを実行しようとした施設がない以上、やってみなくては分からないといわれれば、そうなんですけど。脳死状態では、普通、血圧は下がっていますから、血圧維持のために輸液や昇圧剤(血圧を上げる薬)を使っている事が多いです。供血させる事は、供血量にもよりますが、脳死から心臓死に移行させる事に直結しかねないでしょう。外傷や出血などが原因であれば、脳死を防ごうとする目的で、既に相当量の輸液が行われているでしょうから、そういう「うすい」血液は供血にはあまり適切ではありませんし。そもそも、脳死の原因になった疾患がその時点ではっきりしない場合も多いでしょうし(外傷なら別ですが)、外傷であれば、感染の危険も考えなくてはなりませんので、受血者のリスクを非常に高める事になります。そういう(あまり意味のない)作業を、マンパワーが不足しているICUでするべきとも思いませんし。
あと、「死の教育」は、僕は絶対するべきとは思うんだけど、そもそも、そういうことをするべきかどうかを、全体で論じる必要があるんでしょうか?各学校で決めて、好きな教育を各自が選べば良い事では?
テレビの「死」については、何といったら良いか。。うーむ。

Id: #b20000515001011  (reply, thread)
Date: Mon May 15 00:10:11 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000514231634
URL: http://www.interq.or.jp/earth/elephant/life0000.html
Name: てるてる
Subject: 授業を受けない自由
> 思春期前後の子供は精神的に不安定な時期でもあり、死に向かい合わせる事には躊
> 躇いを感じます。そのような時に個々の子供の精神状態と関係なく強制的に死の教
> 育を行うのは無理ではないでしょうか。虐待は言い過ぎかもしれませんが、子供に
> 方法を間違えるとショックや恐怖だけを与えると思います。

どんな教育でも、生徒が授業を選択する自由、授業を受けない自由がある
と思います。
そのことについても、話し合ったことが、森岡サイトの過去ログハウスに
残っていますので、御覧いただければありがたいです。

Id: #b20000514235138  (reply, thread)
Date: Sun May 14 23:51:38 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000514222749
URL: http://www.interq.or.jp/earth/elephant/life0000.html
Name: てるてる
Subject: たかたさん、たかつかさんへ
たかたさん レスをありがとうございます。
>> 人工呼吸器を付けたまま、身体を輸血用の血液の供給などに利用しつつ、
>> 心臓が停止するのを待つ。
>こんなことをしている施設なんてありますか?
ありません。将来、そういうことも起こりうるのではないかと思います。
それゆえ、考え方として、脳死後の選択肢に含まれると思いました。

テレビで見る死は、もちろん、にせものの死です。
そういうにせものの死に触れても、死への恐怖は味わいます。
私は子供の頃、時代劇で人が殺される場面を見て、いつも、恐い思いを
していました。そういう経験が積み重なって、小学2年生の頃、死ぬとは
どういうことか、こわくて、毎日毎晩考えていました。他の人が平気な
顔をして暮らしているのが不思議でした。
そのうち、小学3年生のときには、妹が病気で死にました。
子供は、死そのものよりも先に、死への恐怖を知ることがあると思います。
森岡サイトの過去ログハウスにも書いているので、読んでいただけると、
ありがたいです。

今は、子供に死の教育をできるおとなが少なくても、これからできるように
ふやす必要があると思います。

Id: #b20000514231634  (reply, thread)
Date: Sun May 14 23:16:34 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000514212040
Name: たかつか
Subject: 死の教育
てるてる さん、こんばんは。

>子供に死の教育をすることについては、現実に幼くして病気や交通事故で亡くなる
>人々がいる以上、そのような人々や事柄について、考える場や時を学校教育のなか
>に設けることが、子供への虐待になるとは思いません。
自分の死(他人では無く)を直視することは大人でも大変なことだと思います。
そして死は必ずやってきます。死への不安を解決する事は宗教の存在理由の一つで
もあると思います。

大事な事であることは分かります。しかし準備は出来ているのでしょうか?
学校にその様な教育を行える人はいるのでしょうか?

思春期前後の子供は精神的に不安定な時期でもあり、死に向かい合わせる事には躊
躇いを感じます。そのような時に個々の子供の精神状態と関係なく強制的に死の教
育を行うのは無理ではないでしょうか。虐待は言い過ぎかもしれませんが、子供に
方法を間違えるとショックや恐怖だけを与えると思います。

アメリカでは84年にボストンのチルドレンズ・ミュージアムが「エンデイングス
ー死と喪失の展示」を行っています。色々な反対を受けて準備には5年かかったと
言われています。またこれ以後同様な展示は行われていません。日本は宗教性が薄
いので米国より良いのかもいれませんが。

以下のWebは「死の教育」を扱った有名なものです。
http://iul.com/raindrop/
作者がどれほど気を使っているか分かると思います。

Id: #b20000514222749  (reply, thread)
Date: Sun May 14 22:27:49 2000
Name: たかた
Subject: ちょっと待って

てるてるさん、テレビの描写は、ほとんどの場合、実際の死を正確に描いていません。僕は、テレビで人が死ぬ場面を見るたびに、こんな風に死ぬ奴なんていねぇよって思いますが。ご近所の医者とか看護婦にその辺を聞いてみると良いかもしれません。
あと、
人工呼吸器を付けたまま、身体を輸血用の血液の供給などに利用しつつ、
心臓が停止するのを待つ。

こんなことをしている施設なんてありますか?

Id: #b20000514212040  (reply, thread)
Date: Sun May 14 21:20:40 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000512193210
URL: http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/
Name: てるてる
Subject: こどもへの死の教育
子供に死の教育をすることについては、現実に幼くして病気や交通事故で
亡くなる人々がいる以上、そのような人々や事柄について、考える場や時
を学校教育のなかに設けることが、子供への虐待になるとは思いません。

現在の日本の学校教育のなかでも、既に、平和教育というかたちで、戦争
に触れ、そのなかで、子供が殺される話も出てくるのではないでしょうか。
友人の子供の、小学校の夏休みの読書感想文の課題が、戦争を扱ったもの
だったと聞いたことがあります。
また、子供は、テレビでも人が死ぬ場面を見ています。子供が死ぬ場面を
見ることもあると思います。

Id: #b20000514191018  (reply, thread)
Date: Sun May 14 19:10:18 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000512193210
URL: http://www.tcup3.com/322/lifestudies.html
Name: てるてる
Subject: 脳死身体の利用
たかつか さん、レスをありがとうございました。

> 最大の疑問は、自分の死後の身体から臓器移植を行うことを
> 自己決定できるか? と言う点です。

そうですね。
おとなでもこどもでも、自己決定するのは能力的にも倫理的に
も不可能かもしれない、とも思います。
以下のような考え方はどうでしょうか。

現代医学では、脳死から心臓死へのプロセスに介入して、
時間を引き延ばすことができるようになった。それゆえ、
その時間を、どのようにして終わらせるかを、生前に本人
が選択できるようになった。
そこには、次の三つの選択肢がある。

  人工呼吸器をはずして、死ぬ。
  人工呼吸器をつけたまま、移植用の臓器を摘出することによって、死ぬ。
  人工呼吸器を付けたまま、身体を輸血用の血液の供給などに利用しつつ、
  心臓が停止するのを待つ。

そして、ひとが、生前に、どの選択肢も選ばずに、脳死状態になった場合、
他の人は、上記の三つのうちの一つめ、

人工呼吸器をはずして、死ぬこと。

だけを代行して選択できる。

非常に幼い人の場合、たとえば、現行の臓器移植法で脳死判定を行わない
としている6歳未満の人の場合、もし、臓器移植法が改正されて脳死判定が
行われるようになったら、保護者が、

人工呼吸器をはずして、死ぬこと。

の他に、同じように幼い人の命を救うためにだけ、

人工呼吸器をつけたまま、移植用の臓器を摘出することによって、死ぬこと。

を、例外的に代行して選択できる。

Id: #b20000514123045  (reply, thread)
Date: Sun May 14 12:30:45 2000
Name: 小林 順
Subject: 『あの世の照明』お読み下さい

この世はからだのない母体の夢/進化は象徴的に生じた/食べるとは自己否定の象徴である
『あの世の照明』をぜひお読み下さい。力作!

Ebookという電子本出版社のホームページに掲載されております。
  (http://www.ebook.co.jp/)

Id: #b20000514034328  (reply, thread)
Date: Sun May 14 03:43:28 2000
Name: たかた
Subject: オランダは自由主義すぎて、あんまり住みやすくないという人も

あ、たかつかさん、別に、たかつかさんの文章から某先生が「規制」を科学的に立証もせずに行うと思ったわけではないです。
たかつかさんが、「パターナリズムによる規制に有害性の証明は必要ない。社会が有害であると認識すれば良いのだ」というのは、おかしなパターナリズムの解釈だと思うのですが(これについては、論理的に不自然な解釈だと思います)。
某先生への不満はまったく別で、某先生がたとえば、生命倫理の問題でだと、不妊治療やら美容整形やらに「社会的コンセンサス」が必要(ということは、不妊治療やら美容整形を受ける人の自由は制限されるわけですよね?)とか、売春とかポルノとかの「規制」が必要とか言ってて、文章を読んでいると、どうしてこういった権利を制限すべきなのかとか、権利を制限する事にどういうメリットがあるのかとかがさっぱり書いていない。まず、規制する事を前提に話を進めているような気がするのです。売春やポルノは意見が分かれる問題かもしれませんが、美容整形ごときで社会の承認が必要だなんて普通は(少なくとも僕は)考えやしないわけです。で、どうも、この先生は、お年寄りで、「美容整形」のようなものに不快感を感じる世代なのだろうなと。で、こういう人の「倫理」をおしつけられちゃあたまんねぇなぁと。
それと、僕自身は、話していてお分かりと思いますが、徹底的に「自由主義者」で「規制反対論者(とはいえ、必要な規制というのもあるとは思うのですがね)」なのです。ですから、古典的自由主義が限界に来ているという某先生の認識もさっぱり共有できないのです(どうしてそう思うのかも書いてない)。ですから、「古典的自由主義」が今もって健在だと感じている僕にとっては、某先生は、訳分からん理由でパターナリズムによる規制を振りかざしてるとしか見えない部分があるのです。しかも、その規制の根拠もさっぱり分からんので。
で、規制自体は別にあってもかまやしないけど、偉い倫理の先生だろうが、社会的承認だろうが多数決だろうが、当人のためにならないかもしれない(当人のためになるという根拠のない)規制を定めるのは許せないのです。某先生だけの問題でないのですがたいていの倫理の議論はそういうデリカシーがあまりにも欠けていてがさつだと思うのです。

Id: #b20000514024019  (reply, thread)
Date: Sun May 14 02:40:19 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000512020534
Name: baud rate R.A.
Subject: エホバの証人と輸血拒否

皆さんの議論の流れとは少々違い申し訳ないのですが、参考資料のようになれば、と思い投稿します(_ _)

エホバの証人の輸血拒否については、宗教系の掲示板 (今は存在しないのでログは残っていない) で、実際に信者の人と会話したことがあるのですが、「輸血は感染症の恐れもあり危険だ」「無輸血医療というのもある」という相手方の主張と、「でも、本当に輸血以外に命が助かる道がなくても、お子さんを輸血拒否させるんでしょう? それを問題にしているのだけど」という質問の回答を分離させるのに苦労した覚えが。無輸血医療については、ものみの塔の医療分野の開拓者たちに説明があります。(エホバの証人と関係ない、感染防止などを理由の無輸血治療についても、検索で引っ掛かる数は少ないですが、ここここなど存在はします。)

エホバの証人個人サイト「エホバの証人記者クラブ」未成年者の輸血拒否についてでは、ガイドラインとして 15 才以上という基準があるが、18 才以上、12 才以上その他線引きは一定していないと紹介しています。欧米ではどうかというと、何人の子供たちが「ものみの塔」の教えにより死んでいったのでしょう?によれば

今日、大部分の病院や裁判所は、エホバの証人の成人が血液製剤を拒否する場合は、たとえそれが死につながることがあっても、これを認めています。一方患者が乳幼児や小児の場合は、医師はほとんどの場合、裁判所の指示を仰いでいます。しかし、ものみの塔協会は医療関係者や法曹界に対して、12才から17才の間の子供たちは「成熟した判断能力のある未成年者」として死を選ばせるように働きかけています。その結果このような係争は後を絶たないのです。

裁判所は多くの場合、どのようなことをしても血液治療を拒もうと決意している子供に直面し、板挟みになります。ある子供達、特に十代の前半の子供達は、単に家庭や会衆で繰り返したたき込まれ、練習させられた議論を繰り返しているにすぎません。一方、他の子供達は完全な説得を受け、自分自身の気持ちとして、血液を受けることは間違いで不道徳であると確信させられています。いずれの場合でも、彼らは禁じられた血液製剤を受け入れれば、仲間の前に恥さらしになり、親からは勘当され、組織からは懲罰を受けることを何よりもよく知っているのです。

と、かなり難しい問題が発生しています。子供に自己決定能力なしと看做すのは問題と思いますが、ものみの塔の子供に対する体罰・虐待というのは有名 (web 上で実際の 2 世の体験談として読んだこともあります) でもあり、子供自身の意志という形式をとっているとはいえ強制された輸血拒否とはいえないかという疑問を強くもちます。そのような親の元に子供をおいてよいのかという問題もあるでしょう。

輸血拒否者が成人であっても、輸血拒否が「許される」かどうかは、かなり難しい問題であり、解決済みとは言えないでしょう。医療関係者、医療機関にかける負担を増やしているということが、他の患者さんの「迷惑」にもつながりかねないからです。エホバの弛緩出血Hb2.7 には、何とか患者さんを助けようと努力するお医者さんの苦労とともに、「「輸血4-5単位していれば今日にもICUから出られるのに」、ICUを延々と占拠して他の重症患者の治療に支障を来すことを、エホバの神さんはどうお考えなのか聞いてみたいところですネ。」という声も寄せられています。


Id: #b20000514020614  (reply, thread)
Date: Sun May 14 02:06:14 2000
Name: たかた
Subject: 題名は何にしようか?

崎山さん、たかつかさん、「薬害エイズ」はもっと複雑な事件で、「犯人探し」が有効かどうかは疑問です。まず、HIVの専門医の間では、かなり以前から非加熱輸入製剤が危険である事は知られていました。しかし、血友病専門医には、この事実を知らない人はかなりいたはずです。しかし、知っていた血友病専門医にも、加熱製剤は手に入らなかったのです。患者は、非加熱、加熱を問わず、これを投与されつづけなければ生命に危険がありました。HIV専門家の警告は、再三にわたってあったのですが、監督官庁も、マスコミも、意味を理解できませんでした。この時期には、専門家以外はHIVの感染ルートはほとんどが海外からの帰国者による不特定多数との性行為であるという先入観に捕らわれていたためです。同時期、ミドリ十字では、非加熱製剤が危険であるとして、加熱製剤を作るべきだという議論はあったようです。しかし、ミドリ十字が加熱製剤を出荷するためには、監督官庁による許可が必要でした。そして、厚生省は、おそらくこの事態を飲み込めていなかったのです。僕は、この分野の専門の医師でも研究者でもない厚生官僚が、この事態に対する理解が遅れたのは、ある程度やむをえない事であったろうと思います。また、今まで使っていた薬がHIVの感染源であると突然知った、血友病専門医たちの一部が、あまりの恐ろしさに患者にこれを伝える事ができなかったというのも(賛同しないけれども)理解できます(知ったところで代用になる薬はその時点では存在しなかったわけですし)。
私見ですが対応が遅れた本質的な原因は、「問題を解決する知識を持った人」と「問題解決の権力を持っている人」がまったく別のところにいる別人であった事だろうと思っています。
たかつかさん、僕が主張しているのは、この種の事件を起こさないためにも、専門家がある程度自律的に問題解決にかかれる仕組みを作ることと、情報を公開させて、他の専門家からの評価を受ける仕組みを作る事、そういった自律的な専門家が直接のサービスの受益者(患者)の要望にこたえるに当たって、国家の承認を不要にする事。です。これは民主主義とは矛盾しません。民主主義というのは、別に、多数決で決めろという事ではないのです。たとえば、裁判所は多数決や世論でもって判決を下すわけではありません。論理的に問題を解決するのです。しかし、裁判所は非民主的ですか?そんなことはないでしょう。民主主義を守るために裁判所が必要なのでしょう?もし、世論や多数決で裁判が行われたら、人権が守られる保証がなくなってしまうでしょう?人の人生に大きな影響を及ぼす可能性のある問題に対してや、自由を規制する事を論じる時には、そういった配慮をするべきだと申し上げているのです。あるいは、こういった制度的な方法でなくても、きちんと科学的に論じることは、規制には不可欠だと主張しているのです。某先生は、規制について論じる時、そういった配慮がまったくできていません。
それに、僕は、加藤氏のいう、大多数の規制について、不要と考えているのです。僕は、「自由で良い」とおもっているのだから、それに干渉する議論をする人は、必ず、どうして僕の自由を奪うのか説明義務があります。そもそも、社会による規制とおっしゃいますが、ポルノや売春などについて、社会の構成員全体が同じ倫理に従わなくてはならない必要があるのでしょうか?そういう、「長いものに巻かれろ」みたいな考え方にどういう利益があるのでしょうか?何歳からポルノを見せるかどうかなんてのは、各自、考え方が変わっても良いでしょう?どうして、こういう基準を統一しなくてはいかんのですか?


非倫理的人間のための練習問題

  1. 某宗教団体が行う足裏診断でガンになるといわれた人が、ガンにならない事もある事を、科学的知識を一切使わず証明せよ。ただし、国民の圧倒的多数が、この診断を信頼している。また、この診断を小学校児童の定期検診に用いるという法律へ書け。ただし、
  2. 某セミナー団体の「定説」に基づく治療が、ミイラを生き返らせる事ができない事も事もありうることを、一切の科学的知識を使わずに証明せよ。ただし、国民の圧倒的多数が、この治療を信頼している。
  3. 以下の文章のなかの「パターナリズム」と考えられるものを抜き出せ。また、それの倫理的な正否を述べよ。
    最近廃止された、「らい予防法」ではらいの感染を避けるため、らい患者を隔離する事を定めていた。しかし、細菌学者の間では、らい菌は嫌気性で増殖が遅く、日常的な接触では感染がありえないという見解が一般的であった。にもかかわらず、これらの見解は社会の多数派から無視され、法律は廃止されずにごく最近まで残った。その間、らい患者は、隔離治療のなかで、専門的にはまったく治療効果のない「治療」を受けさせられており、時に虐待される事もあった。この事態に対する問題提起が社会に受け入れられるまで、この事態は続いた

  4. 北海道大学が、日本初の遺伝子治療を行いたいとした時、厚生省は、その是非を倫理的に論じようとした。そして、遺伝子治療に対する「国民的コンセンサス」が必要として、何とか審議会やらかんとか委員会とかの承認を受けるように命じた。すべての承認までには、2年ほどかかった。その間、治療を受ければ楽になれるはずだった男児は、病床で、幾度も生命の危険な状態に陥っている。幼児を殺しかけてまで、「国民的コンセンサス」について、事前に議論するべきと考えた、日本政府の方針は正しかったのか僕は疑問に思う。この事態について、万一、承認を得る途中で幼児が死んでいたとしたら、コンセンサスについて論じていた人たちは、どのように詫びれば良いだろうか?コンセンサスに従うことを強要することの犯罪性について論じよ。治療が倫理的かどうかのコンセンサスを得る事と治療を受ける人の生活のいずれが重要か、答えよ。


Id: #b20000514013408  (reply, thread)
Date: Sun May 14 01:34:08 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000513231949
Name: たかつか
Subject: RE:どこかにしわよせ
baud rate R.A.さん、こんにちは。

>たかつかさんによると、「売春が完全に合法なのはオランダだけです」とのことで
>すが、ヨーロッパの売春のページを見る限りでは、チェコやポーランドも制限はな
>いし、後略
完全に合法というのは 管理売春を認めているからです。基にしたのは宮台真司
「これが答えだ!」飛鳥新社1998年刊p。30です。
これだと「実際70年前後から先進国では、自由意志の当事者契約に基づく売春
(単純売春)は合法化される方向です。ヨーロッパはベルギーだけ非合法ですが、
事実上取り締まりはない。
中略
売春合法化は、今のところ処罰主義から廃止主義への流れで、管理売春まで合法化
する非処罰主義は、オランダの一部の州を除きあまりみられません。しかし今後は
増えていくでしょう。」

ご紹介のWEB見ました。参考になりました、欲を言うともう少し詳しく書いてあると
いいのですが。


>日本独特の傾向があるとすれば、キリスト教的な性を罪悪視する縛りが弱いせい
>か、買春経験者の割合が高く ( 週刊金曜日の「投書・論争」の投書によると 
>50%?) 罪悪感も希薄と聞きます。 
日本では明治以前(大正時代までと言う人もいる)は売春は合法ですし、売春婦の
地位も低くないですね(明治の元勲の奥方になった人もいる)。


>それで、ご紹介の男女共同参画審議会  第4回議事録にある世論調査なのです
>が、「売春及びその相手方となる」ことを許せないことであるのが 52.5% という
>ことですが、これを実際の売春禁止法 (売買春禁止法とうたったほうがよい気がし
>ますが) とその運用に素直にリンクできるなら、管理売春とかではない「売春及び
>その相手方となる」ことに罰則規定を設けたり、ザル法と呼ばれる運用を変えて
>ソープランドとかびしばし取り締まる方向に、社会的合意が得られてもいいはずと
>思います。
社会学の教えに従うと(;^^)、売春は資本主義の必要悪になります。というか
「男の快楽のため性」の処理が必要になります。ですから国としては厳罰化しない
と思います。ただし国の管理下にない売春に関しては厳罰的な運用をしていると思
います。
また、某先生の本だと社会通念で取り締まるには90%の同意が必要との話しが
あります、調査だと未成年の場合は90%近い反対があったと思います、淫行条例
が相次いで成立したのは偶然でしょうか?

セックスワーカーの合法化というのは、労働者組合の結成、健康保険や失業保険
への加入などのため必要と言われます。私は合法化に反対ではありません。
世論調査でも合法化の賛否を問えばまた違う結果になるでしょう。
ただし、上野千鶴子が「発情装置」で言うように
性と人格との特権的結びつき=「近代のパラダイム」
が成り立つでは「売春婦差別」は無くならない、これが、「売春及びその相手方と
なる」ことを許せないことであるのが 52.5% となった理由だと思います。

問題は売春行為では無く、社会のシステムとしての性、家族関係を改革するか に
かかるように思っています。



 


Id: #b20000513234231  (reply, thread)
Date: Sat May 13 23:42:31 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000513195626
Name: たかつか
Subject: あ、ちょっと誤解が
>ちなみに、「規制」を科学的な立証もせずに行えるなどと信じているのは加藤某の
>悪質さや想像力の欠如という最悪の部分なのです。しかも、加藤某はあまりにもが
>さつに規制と自由に関する議論をするので、多分、自分でも、自分の議論の前提の
>トンデモな部分が分かっていないのですよ。そんな人の言う事を真に受けては行け
>ません。きちんと、彼の前提についても懐疑的に議論しましょう。
誤解されているようですが、加藤の本に「「規制」を科学的な立証もせずに行え
る」という記述はないと思います。
この部分は「少年審判」での処分決定に非行事実の厳密な立証は必要ない事から
類推した私の意見としてください。

ただ、まだ誤解があるようですが、「有害性の話し」と「「規制」を科学的な立証
もせずに行える」は意味が違ってくるのですが、何故飛躍されるのでしょうか?

公害訴訟でも学者の意見は分かれる場合があります。しかし、現に被害がでている
のであれば対策が必要になります。その際に問題になるのは、被害と規制による
損害の関係が重く、科学的厳密性ではないと思います。

加藤氏の著書「20世紀の思想」PHP新書のエピローグに放射性廃棄物の話しが
あります。
「実験的な処理施設をつくって、千年間観測して安全性を確かめるのでなければ
「千年間の安全性」に科学的根拠がないとすれば、われわれは安全性について、通
常の意味で科学的に正しいという基準のなかでは判断できないということになる。
中略
 自然科学の正しさの評価なしには、社会的に見て正しい意志決定ができない。
中略
自然科学の言葉と、人文・社会科学の言葉とが翻訳不能になるところに、脳死問題
や環境問題の困難さがある。こうした異なる分野の間の橋渡しをする、「わかりや
すさを作り出す」ことが哲学の使命なのである」
千年間の観測の必要性は、ちょっと脇に置くとして問題意識の所在は分かるのでは
ないかと思います。

」

Id: #b20000513231949  (reply, thread)
Date: Sat May 13 23:19:49 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000512020534
Name: baud rate R.A.
Subject: どこかにしわ寄せがこなければ

たかつかさんによると、「売春が完全に合法なのはオランダだけです」とのことですが、ヨーロッパの売春のページを見る限りでは、チェコやポーランドも制限はないし、多くの国では売春それ自体は合法、ぽん引きなどの行為を一部制限という感じです。日本と欧米は違うと話題になっていますが、欧米と一口に言っても各国それぞれのカラーがあるようだと思いました。

日本独特の傾向があるとすれば、キリスト教的な性を罪悪視する縛りが弱いせいか、買春経験者の割合が高く ( 週刊金曜日の「投書・論争」の投書によると 50%?) 罪悪感も希薄と聞きます。 (宮台氏の専業主婦廃止論には「ヨーロッパでは日本人より売春をいけないと思う人ははるかに多いです」などとあり、確か以前 SPA でも日本での買春率は高いという記事があった気がするのですが、ちょっと元を特定できません。)

それで、ご紹介の男女共同参画審議会  第4回議事録にある世論調査なのですが、「売春及びその相手方となる」ことを許せないことであるのが 52.5% ということですが、これを実際の売春禁止法 (売買春禁止法とうたったほうがよい気がしますが) とその運用に素直にリンクできるなら、管理売春とかではない「売春及びその相手方となる」ことに罰則規定を設けたり、ザル法と呼ばれる運用を変えてソープランドとかびしばし取り締まる方向に、社会的合意が得られてもいいはずと思います。

あるいは、私もそうですが、世論調査で「許せない」という回答を寄せる (かもしれない) が、それがセックスワーカーの安全向上に寄与するならば、売春合法化には賛成という立場もありえます。『〈性の自己決定〉原論』の P.87 にある

セックワーカーは、まさに、「性的サービス」という「労働」を提供しているのであって、その「性的サービス」に違反があれば労働契約違反であるし、性暴力を受けたら、それは犯罪なのだから、訴える手段に出ることは当たり前なのである。

が、売春は非合法という理由で阻まれるのを防止するために有効ならば、です。法律で禁止というわりには「必要悪」とか何とか堂々と存在するし、存在のしかたも、悲惨な目にあう階層を確保することが前提になっているのが現状としか思えないので。つまり「本当に買春する場所がなくなったら性犯罪が増えて困る」などと言いながら、「性犯罪を減らすためには厳罰主義はどうか?」と聞くと言葉を濁したり、「あっけんからんと売春するようなのはけしからんし情緒もない、でも親の借金のためにというケナゲな娘 (強制または半強制の犠牲者という可能性が高くなる) はよろしい」とか。――そういうのを前提にしたパターナリズムであれば、なるべく早く是正されるべきと思います。まあ、売買春完全根絶に向けて努力という線もあるとは思うのですが、より実現が難しそうだし。


Id: #b20000513225513  (reply, thread)
Date: Sat May 13 22:55:13 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000513195626
Name: たかつか
Subject: もっとちゃんと本を読んで下さい
やれやれ。
>たかつかさん、あなた、自分の書いている事が分かっているのですか?
はいはい分かっていますよ。

>僕は、多数決だけで規制を決めるという事に異論を唱えているのです。
元々の某先生の説明も私の説明も「国が個人に干渉できる根拠」を与えることに
なるので、自由主義では「他者危害原則」以外は多数決で決められないと言って
いるのです。その例外がパターナリズムです。

多数決は民主主義の原則なので、モラリズムの排除は脱宗教です。
ですから 私の主張は 自由主義 + 民主主義 + 脱宗教 と言うことです
多数決に異論ということは民主主義に反対と言ういみですか?

>それに、多数決で議決するのであれば、あらゆる宗教やモラルとパターナリズムを
>区別する事なんてできないと言っているのです。
いえ、精神的自由の権利と経済的自由の権利に2重の基準を設けることでモラリズ
ムでの法制化は困難になっています。

薬害エイズに関しては、何故厚生省のM元局長が裁かれているか考えてみて下さい。

某先生の本は読まれましたか?

Id: #b20000513223010  (reply, thread)
Date: Sat May 13 22:30:10 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000513032213
Name: たかつか
Subject: 某先生の本は難しい?
 崎山伸夫氏やくろき氏の書かれたものを見ると「現代倫理学入門」から某先生
の思想的立場を判断しようとしているように思います。

確かにこの本は、書き方に変な所、説明をはしょった点があり、他の本を読まない
と意図不明な部分があると思います。
くろきさんの場合でいえば、PHP新書「20世紀の思想」p23〜24の引用が
答えになると思います。
「 市場経済を廃絶し、資本主義による民主主義よりももっと強い民主主義を確立
して宗教性のない合理的な文化をつくろうとしていた社会主義は、ほとんど完膚な
きまでに崩壊するという事態を迎えた。これは一般に思われている以上の意味を
持っている。いまでは市場主義・民主主義・脱宗教という考え方に対して代案とい
うものがない。どうあがいても人間はこのなかで生きていくしかないということに
なる。このオプションがないという問題は、おそらく二十一世紀になると一つの大
きなテーマになるだろう。」

崎山伸夫氏のサイバーポルノの18禁問題は以下を挙げる。
丸善ライブラリー「現代を読み解く倫理学」の4章ワイセツ基準は使えるか のp52
 「日本では、不健全なポルノだと司法当局が判断したものは取り締まっていい
が、許される範囲内の出版物が、それを不快に思う人の目に触れても、年少者の目
に触れても構わないという考え方が支配している。ポルノの出版が禁止できないと
いう原則が「他者危害排除の原則」である。 中略 ポルノをみだりに公開しては
いけないというのは「他者不快の原則」である」

私見では、ポルノは「性を商品化」したものであって、売るための論理に基づいて
創られている。玉石混合では無く最初から石を創ろうとしているのだ。しかも問題
は、売るための論理「男に都合の良い女性像」が意図的に創られている。(たけし
のTVタックルでの漫画「東京大学物語」に対する田島陽子の評のように)この売
るため論理を勘違してレイプや強制ワイセツに問われる男も多い(河原理子 「犯
罪被害者」平凡社新書 第5章 )。

このポルノは大人の娯楽であり、娯楽として楽しめる判断力があれば見て良いが
子供に見せるべきでないというのが古い考えという根拠が知りたいものだ。

ま、ポルノを考えるために上野千鶴子「発情装置」筑摩書房の写真を見るのも良い
かもしれない。

Id: #b20000513213757  (reply, thread)
Date: Sat May 13 21:37:57 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000513204021
Name: 崎山伸夫
Subject: 薬害エイズと「パターナリズム」

薬害エイズ問題では、まさに血液製剤を利用する患者達は、 医者の患者に対する悪しきパターナリズムによって非加熱製剤についての リスク情報を得ることができていなかったというのはすでに広く知られているところですね。


Id: #b20000513204021  (reply, thread)
Date: Sat May 13 20:40:21 2000
Name: たかたひであき
Subject: ちなみに

薬害エイズ事件では、厚生省の対応よりかなり前に、非加熱製剤が危険だという事は立証されていたはずです。これの専門家はかなり前から分かっていたはずです。対応が遅れたのは、省やら審議会やらの決定を待ったためです。むしろ、「科学的な立証」より「多数決」が遅れたため、問題が大きくなったという気がします。それに、「規制」というけれども、血液製剤というのは、そもそも、はじめっから許認可の必要な独占事業で、なんらかの新しい事態に対応をするために色々お伺いを立てなくてはならない「規制」の中の産業です。
ちなみに、この問題が大きくなったのは、日本とフランスらしく、この二国は先進国のなかでは医薬品の製造やら販売やらに関する規制が多い事で有名な国です。いや、実際どれくらい多いのかは、事務系の人にきかなきゃ分かりませんけど。でも、いろんな規制の所為で迅速な対応ができなかったということも、あったのかもしれません。

Id: #b20000513195626  (reply, thread)
Date: Sat May 13 19:56:26 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000513175237
Name: たかた
Subject: まったくこの人は、、

たかつかさん、あなた、自分の書いている事が分かっているのですか?
僕は、多数決だけで規制を決めるという事に異論を唱えているのです。何度も申し上げているのに分かりませんか?それに、多数決で議決するのであれば、あらゆる宗教やモラルとパターナリズムを区別する事なんてできないと言っているのです。それに、もし、規制をするなら、その規制が有益なものであるかどうかをきちんと議論しなくてはならない、そして、他人の自由を制限するならきちんとそれを立証できなくてはならないと思いますね。多数決をパターナリズムに結び付けるのは、「ためにする議論」ですよ。たかつかさんが、この見解が間違っていると思われるのなら、たかつかさんは、多数決で規制を決定する事で社会を構成する各個人に利益がある事を立証する責任があります。

ちなみに、「規制」を科学的な立証もせずに行えるなどと信じているのは加藤某の悪質さや想像力の欠如という最悪の部分なのです。しかも、加藤某はあまりにもがさつに規制と自由に関する議論をするので、多分、自分でも、自分の議論の前提のトンデモな部分が分かっていないのですよ。そんな人の言う事を真に受けては行けません。きちんと、彼の前提についても懐疑的に議論しましょう。
たかつかさん、机上の空論について論じる前に、僕の前の投稿での質問にきちんと答えてください。
そもそも、たかつかさんの「パターナリズム」は僕がイスラムやエホバの証人の例で触れたように、「モラリズム」と区別がつきません。だいたい、あなた、技術やさんでしょう?科学的な根拠の代わりに多数決を使うなんて、何考えてんですか。それとも、多数の顧客に製品を売りつけてやれば不良品でも良い製品になっちまうというような詐欺的商法をやってらっしゃるんですか?どこの会社です?サービスのカタログ請求してみましょうか?


Id: #b20000513175237  (reply, thread)
Date: Sat May 13 17:52:37 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000512232126
Name: たかつか
Subject: もう少しだけ補足します。
>2、社会通念が自由の制限の理由になるなら、社会通念に不満な人はどうすれば
>良いのか?(社会通念を変える運動をしろなどというのはだめですよ。社会通念
>に従わなくてはならないという前提に異論を申し上げているのですからね。)
自由を制限するには、社会通念だけで無く、「本人のためになる」を社会が納得す
る事が必要です。

また、精神的な自由の権利(基本的人権)は経済的自由に比べて制限する事が難
しい(2重の基準)とされています(例えば芦田信喜「憲法新版」岩波書店1999
p100)。

パターナリズムでの制限は昔は多かった(これは自由主義の歴史、「消極国家」
「積極国家」「福祉国家」「行政国家」への変遷)のですが、最近は少なくなって
います。

つまり成人は精神的な面では「社会通念」を押しつけられる事はありません。
精神的な自由の権利を犯す立法は出来ないと言われています。これは「抵抗権」
と呼ばれる自然権と言われます。

また、1国だけでなく、他国からの干渉(国際社会からの干渉)もおきます。
これが「ユーゴ問題、コソボ問題」になるわけです。

経済的自由の制限は「公共の福祉」の前で正当化されます。
「たばこを個人的に吸う自由」は精神的な自由に近く処罰されないですが、
「たばこを販売する自由」は経済的自由であり厳しく制限される事になります。

また、パターナリズムでの制限に「科学的厳密性を求める」事は、法制化を遅ら
せる、というか出来なくなる事につながります。「薬害エイズ」等をみればどの
段階で制限をかけるべきか、お分かり頂けるのではなきかと思います。

Id: #b20000513045546  (reply, thread)
Date: Sat May 13 04:55:46 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000513032213
Name: たかたひであき
Subject: 魚屋

ただ、これって八百屋に魚は売ってないとかそういうレベルの不満ではあるのかもしれない。
あ、なるほど(笑)。
「科学的な議論を踏まない多数決(というより多数によって否定されていない決議)による規制」について論じるより、魚屋の店舗の設計を考えたほうが面白そうな気もしてきました。でも、生命倫理に関しては、魚屋を開業しようとすると、めちゃめちゃ難しい問題が出てきちまうんですよね。クローンとかのベネフィットとリスクがきちんと分からない現時点では魚屋の話もぼやけてしまうし、魚屋よりも前に、八百屋に魚をならべても良いはずと八百屋の常連に説明するほうが必要かなぁ。
でも、僕には難しい気がしてきた。

Id: #b20000513032213  (reply, thread)
Date: Sat May 13 03:22:13 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000513004300
Name: 崎山伸夫
Subject: 某先生の「役割」

最近、「生命倫理」ネタの某先生のWebサイトの文章を読むのと並行して 厚生省や科学技術庁の委員会での某先生の発言をWebで読んだりして、 なんとなく某先生の「役割」がわかったような気がしました。

(少なくとも今の日本の)政権担当者にとって 「(全然自由なんかじゃない)既存の社会秩序」は変革対象ではなくて、前提となる現実ですね。 一方、「生命倫理」ネタというのは「既存のルールブックにない事態」ばっかりだと。 これに対して「とりあえずよくわからんから全部禁止しとけ」という雰囲気って、 あるように思います(論理でも倫理でも正義でもなんでもない)。 某先生の問題意識は、こういう雰囲気からでてくる規制が 「既存秩序にすら基礎づけられないインチキなモノ」に陥るのはよろしくない、という ところにありそうな気がします。 とすると、「とりあえず規制することが前提」であらゆる説明を試みて、 「どうにも正当化できない規制はトンでもだから排除」、という感じになる。 例えば、 マイケル・トゥーリイ教授との対話 に示されるようなクローン人間の話題では、 (安全性の問題が解決した後の)医療利用を目的とした 「個体ではない臓器と組織クローン」は問題ない、としているあたりとか、 あるいはずっと前から「人格の侵害論」を誤りであるとして切り捨てているあたりとか。

新規の規制が従来の秩序と整合性のない、(不自由な方向に)不条理なものになる、 そういう事態を回避する方向に話をまとめる役割をするひとというのが世の中に必要とされている、 という局面において、そういう「応用」倫理学がでてくるのかな。 とはいえ、既存の(自由じゃない)秩序そのものに不満があると、 某先生は既存秩序の擁護者にしか見えないし、 「サイバーポルノ」 みたいな古典的な対立(「表現の自由」vs「性秩序」)が からむ問題だとなお一層そういうところが強く感じられちゃうんですよね。 ただ、これって八百屋に魚は売ってないとかそういうレベルの不満ではあるのかもしれない。


Id: #b20000513004300  (reply, thread)
Date: Sat May 13 00:43:00 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000512090455
Name: たかた
Subject: 某先生への刹那的感想

くろきさんのリンクからたどって、まず、某先生の
医の倫理の重心が個人の自己決定(Self-decision)から公共選択(public choice)に移動してきている
という認識がどこから出てきたのかよく分からないのですが。
僕には、最近の動向としては、患者の自己決定権の拡大が印象的なのです。
そもそも、倫理委員会だの倫理のガイドラインのようなものは、きわめてレアな医療行為に対してしか定められていないように感じます。一般的に病院で行われる頻度の高い治療はほとんど、倫理的なガイドラインなんて定められていないですし、「ガイドライン」と聞いた時に僕が一番先に思い浮かべるのは、診療方法や診断に関するガイドラインですし。
とりあえず、まずは、不満な点から。

1. 古典的自由主義の限界
某先生は「古典的自由主義では、規制不可能な事例」を規制しなくてはならないと言う前提で考えてらっしゃるようですが、規制の必要はあるんでしょうか?規制に同意できるものもあるのですが、どうも、この先生は、「規制するべき」という事が出発点になっているようで、規制するべきかどうかに関する疑いをそのそも持っていないように感じます。

5. 個人には医療にたいするどんな権利があるか

(3)非治療型身体介入---治療の対象となる障害が存在しないにもかかわらず、 医療技術を用いて「患者」の希望を達成するもので、生体臓器移植の際の臓器 摘出、美容整形、人工妊娠中絶、割礼などが行われているが、実行するには社 会的な承認を必要とする。社会的な承認を経てはじめて自由としての権利が成 立する。たとえば西欧社会では、医師がある種の割礼を行うことを禁止してい る。
この見解は納得できないです。こういう治療が社会的な承認が必要という根拠はなんなのでしょう?某先生がこういう治療をお嫌いだというだけならともかく。

6. 不妊治療の類型
この議論は、これを議論している事自体に不満です。自分の体をどうにかするにあたって、社会の承認が必要だったりするというのは、どうしてなのか分かりませんし、医療行為を分類して「これはいいけどあれはだめ」みたいに言う権利が、この先生にどうしてあるのかが理解できない。

以下は、賛同できる部分。

2. エホバの証人の輸血拒否(古典的自由主義)
この章では、別に、加藤氏の見解が出ているわけではありませんが、どうも、他の個所から、この先生は、既に出た判例や現状の法律に疑いを持つという事をなさらない方のようなので、この問題については、現状で良いと思う僕は、加藤先生と同意見なのだろうと思います。

4. 正常と異常という基準は使えるか(性転換手術の倫理問題)
これは、当然の事で、そもそも、だれが「正常と異常」という観点から医療の倫理を論じたいなんて思ってるんだろうという気がします。とっくに廃止された「優生保護法」を持ち出して何を論じたいのかが理解できないが、行ってる事に異論を唱えるべき所はないような気がする(というか、現状について説明しているだけだもの)。

賛否が決められないところ

7. 細胞工学の安全性
これも、何を、なぜ、決めたいのかが不明なのですが

第一に、すべての細胞工学の研究内容が公開されるべきだと思う。民間企業が 利潤目的で行っている研究では、その内容を公開すれば研究の経済的な価値が なくなってしまうという事情があって、すべての研究が公開されているわけで はない。特許という形で、あとになって公開され、公開される代わりに、その 内容の独占的利用権が確立されると言う方式の限界も見えてきている。

これは、公開されるべきという点には賛成です。利潤目的の研究だと、すべてを公開できないというのは、どうかなという気がします。しかし、この分野で特許を認めるべきでないという点には(Gnu的価値観に従い)賛成(笑)。

第二に、試料が私有物であるからと言って、その処理を所有主の意思で決定で きるという所有の原則が、細胞工学の試料では成り立たないという観点に立つ べきである。
…以下略…

どの文章にも、まったく同意できない。そもそも、規制するべき理由が分かりません。

総じて、この人は、「規制」するために、規制がどうして必要なのかに関して、きちんと科学的に論じるというステップをまったく踏んでいないように思うし、規制が必要という前提で物事を判断している気がする。規制がまったく必要でないという事ではないけど、基本的に、自由なのがデフォルトで、規制が必要というなら、きちんとした立証責任があると思う。それと、印象論なんですけど、僕は、この先生が、既存の法律や価値観、判例などを疑うということをまったくしていないように見えるのが不満です。
他の加藤氏のウェブ上の文章も読みました。崎山さんが何に不満なのか分かった気がします。


Id: #b20000512232126  (reply, thread)
Date: Fri May 12 23:21:26 2000
Name: たかた
Subject: 理解しました。しかし、不満です

たかつかさん、賛成はできませんが、一応、ご高説、了解しました。
パターナリズムは「本人のためになると社会が認める事です」、社会が認める際の条件として「科学的に厳密な有害性の立証は必要ない」「多数の人が支持できるものがあればよい」と言っているのです。

ということであれば、たかつかさんのこれまでの議論に言葉の上では矛盾はないように思います。
しかし、科学的に有害であるかどうかが確かめられたものとそうでないものとを同じパターナリズムというカテゴリに入れてしまうのは、やはり不自然に思います。そもそも、「科学的立証が不要」なら「本人のためになる事が本質」なんて言うべきではないです。熱心なイスラム教徒に聞いてご覧なさい。なぜ、女性が肌を見せる事が有害か、彼らの宗教の言葉で説明してくれますよ。本人の利益にならないと当事者が思うような道徳(モラル)なんてありえないです。
たとえば、「エホバの証人」が多数を占めた国があったとして(彼らは、選挙で投票する事を禁じていますからありえないのですが)輸血を違法とする決議をしたとしますよね。たかつかさんの定義では、これは、パターナリズムになります(「エホバの証人」では、独自の清書解釈から、輸血を受けると、魂がサタンの側に行ってしまって、魂が不利益を被ると考えるからです)。僕の感覚では、これは絶対にパターナリズムではないです。逆に、僕の感覚では、このエホバの証人の国で患者に輸血を断行する医師がいれば、これは、まちがいなくパターナリズム(相手がどう考えようと、これは相手のためになるという根拠がもっていますから)と思います。
僕は、パターナリズムという考え方は、親が子供に対してするように、当該問題に関してより知識のある人間や権威が代わりに意志決定することと考えたほうが自然と思います。多数決には依存しません。多数派の見解に準じろというのは、断じてパターナリズムではないです。
で、売春ですが、一割もの人が特に何とも思わなければ、十分に多数と思いますが?売春の問題は、はじめから、僕は、社会通念に不満な人はどうすれば良いのかという観点から不満を言ってるんですから。
それから、輸血拒否に関する問題は、法的には、本人かその子供かには依存しません。子供の場合には、現行の法律では親権者が絶対的な医療に関する決定権をもっています。あの事件の判決でもそういう親権者の判断を絶対とする立場から、医師団を違法としたのです。一方、被告側も、親権に疑義を申し立てたわけでなくて、判断者の判断力に疑問があるという立場から、それを覆す事を合法と主張したのです。ここで問題にしているのは、個人の権利を何らかの専門家や権威が覆す事の是非に関する線引きです。
それに、僕は、この種の問題を議論する時に、科学的に有害性が明らかな問題(輸血拒否)と明らかでない問題(売春)をたかつかさんが区別していない事のみが不満(問題点はそれだけ)なのです。

問題点を整理します
1、パターナリズムに関する定義。(たかつかさんの考え方はこの投稿で了解しました。しかし、不満です。そもそも、「本人のためになる」と「社会通念」のどちらか(科学かモラルかでも良い)と聞いた時、僕は、本人のためになると立証されたものに従うのか、多数派の意見に従わなくてはならないのかという二者択一を求めたのですから。この二つは分けて論じるべきです。)
2、社会通念が自由の制限の理由になるなら、社会通念に不満な人はどうすれば良いのか?(社会通念を変える運動をしろなどというのはだめですよ。社会通念に従わなくてはならないという前提に異論を申し上げているのですからね。)

Id: #b20000512193210  (reply, thread)
Date: Fri May 12 19:32:10 2000
In-Reply-To: b0022.html#b20000512072344
Name: たかつか
Subject: re:臓器移植法改正案について
てるてる さん、はじめまして。

>この状況を改善するため、厚生省の研究班のメンバーの町野朔氏、また、
>患者団体の方から、改善案と要望書が出されました。
>それは、本人の意思表示がなくても、家族の同意があれば、臓器を提供
>できるようにしよう、というものです。ただし、生前に、本人が拒否の
>意思を表示していれば、臓器提供はできません。

非常に難しい問題を話されているのですね。
町野朔氏の案を読ませていただきましたが、ちょっと無理があるように
思いました。
また、てるてる さんの対案にも無理がある様に思います。
http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/teruteru.htm
http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/teruteru02.htm

森岡正博さんの案にも疑問があります。
http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/library01/kodomo.htm

最大の疑問は、自分の死後の身体から臓器移植を行うことを
自己決定できるか? と言う点です。

自己決定権は何にでも適用できる訳ではないと言われています。
例えば、自殺や薬物中毒になる事に関して自己決定権を認めるか
どうかは大きな問題になっています。

脳死だけでなく、生体においても臓器移植を行うことを自己決定権が
あるかどうかは大きな問題になります(自傷行為を行う権利の有無)。

もう一つの疑問は、遺体の所有者は誰か?と言うことです。
死者のものとすれば、ドナーカードは遺言と同じ扱いで良いのですが、
遺族にも権利があるとすると遺族の承諾が必要です。

遺族のものかと言うと遺体を適切な手続きで葬らないと罰を受けます
から、遺族の意向は社会から制限を受けることになります。

遺体を社会(共同体)のものとすると町野朔氏の案が正当化されますが
社会のものとして取り扱ってきたような歴史は無いでしょう。

私は、遺体は死者、遺族そして社会の3者にそれぞれに義務と権利がある
と思います。そのために現在の法では、臓器移植に本人と遺族の同意が
必要なのだと思っています。ドナーカードは自己決定ではなく、権利に
対する意志の表明だと考えています。

15歳以下の子供の話ですが、この問題では親による自己決定権の代位
決定をパターナリズムから正当化することはできないと思います「臓器
提供は脳死した子供に役にたつ」ことではありませんから。
いわゆる自由主義からは代位決定を正当化する手段は無いと思います。

では、自己決定権を認めるかのかと言うと、「判断能力を有する」と
言う前提に触れるため難しいと思います。「判断能力を養成する」ため
「死の教育を行う」とのことですが、「死の教育」は教育界のタブー
とまで言われています。事情は英米でも同じだと聞いています。

15歳以下の子供で「臓器移植に関する自己決定が可能な子供」はいる
かもしれませんが、15歳以下の子供にこの問題で自己決定を迫る事は
虐待に等しいことだと思います。「死の教育」も虐待に等しいと言われ
ていたと思います。

ただし、ドナーカードを死後の権利への意志の表明とすると「判断能力
を有する」基準は緩められるような感じがします。

長期的には「死の教育」を行い、ある年齢以上は現行と同じようにする
事が良いと思いますが、短期的な特効薬は無いと思います。

疑問はもう一つあって「実際に必要とされている子供の年齢」です。
自己決定が可能な年齢(例えば中学生以上)の子供が必要とされているの
でしょうか?
議論の中身はそれによっても変わると思います。

Id: #b20000512090455  (reply, thread)
Date: Fri May 12 09:04:55 2000
Name: くろき げん
Subject: 某先生の「最新・生命倫理学入門」

某先生の「最新・生命倫理学入門」が最近公開されたようですね。ここでの議論にとって非常にタイムリーなので、どの意見のどの部分にどのような理由で賛成・反対するかを明確にするために利用すれば良いと思います。

追加。実践哲学研究の17号(1994)には「医療の倫理学」について、 18号(1995)には「共同体主義とはなにか」についての研究報告がありますね。


Id: #b20000512072344  (reply, thread)
Date: Fri May 12 07:23:44 2000
URL: http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/
Name: てるてる
Subject: 臓器移植法改正案について
はじめまして。てるてると申します。
臓器移植法の改正案について、森岡正博の生命学のサイトで議論している
のですが、より多くの興味のある方々の御意見を承りたく、投稿致します。

現行の臓器移植法では、15歳以上の人は、生前に本人の臓器提供の意思が
表示されており、かつ、家族が同意すれば、臓器を提供できることになっ
ています。
しかし、それでは、15歳未満の人の臓器移植ができず、そのため、海外へ
移植手術を受けに行く人もいます。

この状況を改善するため、厚生省の研究班のメンバーの町野朔氏、また、
患者団体の方から、改善案と要望書が出されました。
それは、本人の意思表示がなくても、家族の同意があれば、臓器を提供
できるようにしよう、というものです。ただし、生前に、本人が拒否の
意思を表示していれば、臓器提供はできません。

このような方法は、欧米諸国でも実施している国々があり、それが、改
善案の論拠の一つにもなっています。

森岡正博のサイトでは、この改善案に反対する案を出しています。
15歳未満の人の臓器移植もできるようにするには、本人の意思表示がな
くても家族の同意で提供できるとするのではなく、反対に、15歳未満の
人にも、臓器を提供するかしないかの意思を表示してもらおう、そのた
めのドナーカードを作ろう、という方向のものです。

この件について、もし、関心がありましたら、どうぞ森岡サイトにおい
でくださいませ。

Id: #b20000512020534  (reply, thread)
Date: Fri May 12 02:05:34 2000
In-Reply-To: b0021.html#b20000511115200
Name: たかつか
Subject: やれやれ
たかたさん、もう一度良く私の文を読んで内容を考えて下さいね。
自分勝手に解釈されているだけですよ。
それから、加藤氏の本でも法律の本でも読まれる事をお勧めします。
入門書に書いてある内容ですから。

>あなたはパターナリズムは本人のためになるという立場と、パターナリズムは社会
>の価値観が重要という立場と二つの立場を使い分けていて、これが、ぼくが、あな
>たに「立場」を聞いた理由なのです。
両立するのですが、パターナリズムは「本人のためになると社会が認める事で
す」、社会が認める際の条件として「科学的に厳密な有害性の立証は必要ない」
「多数の人が支持できるものがあればよい」と言っているのです。

>それに対して、僕が、「では、パターナリズムというのはたかつかさんの理解で
>は、社会通念にしたがいなさい、長いものには巻かれろ、というような多数派の
>価値観の押し付けも含むものなのですか?だとしたら、モラリズムとやらとどう
>違うのですか?」と聞きました。
この質問は正確ではありませんね。
ご自分の中で話しを創っていませんか?

>売春などについては、相当数の人が、別に禁止する必要はないと考えていますよ。
>たぶん。
いいえ、違いますね。欧米をよくご存じらしいですが、売春が完全に合法なのは
オランダだけです。また95年9月の北京の世界女性会議でも賛否が分かれてい
ます(例えば平野裕二「性の自己決定原論」(宮台真司編)p233)。

また総理府の調査があって 男女共同参画に関する世論調査
平成9年9月11日〜21日全国20歳以上の者5,000人を対象、回収率71.5%
http://www.sorifu.go.jp/council/danjyo/council-h10/4.html
次に売春及びその相手方となることに対する考え方につきましては、成人どうしの
場合につきましては、許せないことであるとする者が52.5%ですが、よくないこと
だが、やむを得ない、合意があれば、なんらとがめることはないというのが、それ
ぞれ33.0%、10.0%になっております。一方の当事者が未成年者の場合につきまし
ては、当事者の合意があれば、よくないことだがやむを得ない、当事者の合意があ
ればなんらとがめることはないというのがそれぞれ非常に少数になっておりまし
て、当事者間に合意があっても、許せないことであるというのが87.7%と大多数の
者がそう思っております。

となり平成9年だと半数以上が買売春反対です。反論があれば根拠となるデータも
お願いします。

>売春や大麻については、そもそも、パターナリズムでなく、モラリズムの例だとし
>たほうが、やはり、すっきりしたのではないでしょうか。

あのね、くろきさんへのコメント Id: #b20000508185311 で 
「本題の売春(単純売春)はモラリズムの対象になります。」
と私は言っているのですが、勝手に パターナリズムの問題としたのは
たかた さんの方ですよ。

>それと、「エホバの証人」の輸血拒否などは、まったく別の問題です。これは、輸
>血拒否が社会通念上、少数派であるからでなく、本人のためにならないことが科学
>的にほとんど明白だからです。
??? 本人では無く息子(10才)と書いたのですが・・・
本人だと信仰の自由にまともに衝突しますから、議論の余地は無いのですが・・・

>ちなみに、これに関しては、僕は、個人的にはまったくの自由主義者で「自由にや
>らせてくれ、責任はすべて自分で取るから。」と思っています(たかつかさんのい
>う、欧米型です)。
あの、息子(10才)の場合、加藤氏の本を読めば欧米でもそうならないですし、
私も輸血拒否に反対です。


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