リンク集ホーム

黒木のなんでも掲示板2 (0002)

記事を書く時刻順スレッド検索過去ログ最近の記事


Id: #b19980921171338   (reply, thread)
Date: Mon Sep 21 17:13:38 JST 1998
From: 米澤 直記 <yonezawa@padc.mmpc.is.tsukuba.ac.jp>
Subject: 僕もラピュタがいちばん好きだな

タイトルは内容と無関係です。

ところで、挨拶の「はじめまして」って「初めまして」じゃなくて「始めまして」と書くのが正しかったんですね。ついさっき辞書を引いて気付きました。(^_^;)
新明解国語辞典第四版には「始めまして」、岩波国語辞典第五版には「初めまして」と書いてありました。むかし、「初めまして」なのか「始めまして」なのか高校生が研究したというのをasahi.comのどこかのコーナーで読んだ記憶があリます。いま探したけど見つかりませんでした。けっこう面白かったんですが。
Id: #b19980921115705   (reply, thread)
Date: Mon Sep 21 11:57:05 JST 1998
From: 赤城
Subject: コギャル小考
はじめまして。
コギャルはバブル華やかなりし頃、六本木
あたりの黒服達が女子高校生をコーギャルと呼んだ蔑称からきているとアエラかなんかで
読んだ覚えがあります。それが子ギャルと
解釈されてマゴギャルなどの派生語を生み
出したのでしょう。

Id: #b19980921113346   (reply, thread)
Date: Mon Sep 21 11:33:46 JST 1998
From: みほ <miho@din.or.jp>
Subject: ご心配めさるな

いくらわたしが馬鹿でも、真に受けるわきゃないでしょーが。 (なにかの)学者の資質があると思ったら、とっくの昔にその道に 進んでると思います。 でも、言語学ってなんなのかふと知りたくなったのはほんとだよん。
Id: #b19980921104630   (reply, thread)
Date: Mon Sep 21 10:46:30 JST 1998
From: (株)黒川すっとこどっこいひなの(雄) <skgpsg@green.ocn.ne.jp>
Subject: あれはやめてくで

「みんなで言語学をやりましょう」なんてもちろんシャレです。真面目に受けとらないように。みほさん。

きしさんのところで依然行った議論は全く不十分でした。僕はスタートから間違えた。あれを参照するのはやめてくだせえ。自分でも馬鹿だなあと思ってるんです。

Id: #b19980921102150   (reply, thread)
Date: Mon Sep 21 10:21:50 JST 1998
From: もとはし みほ <miho@din.or.jp>
Subject: 「人妻」という言葉

笹卓さん、おもしろいサイトを紹介してくださってどうもありがとう。 まだ少し目を通しただけですが、「人妻」に関する 考察――なぜ「人夫(ひとおっと)」という言葉がないのか、 性差別的な言葉か、「妻子持ち」ならあるが、 などなど――はとても興味深く、 言葉の探求の方法を わたしのような素人が垣間見るのに かっこうの題材だと思えました。 いまつながらなくて、リンクを張れないのが残念。

認知文法派と生成文法派の違いはまだわかりませんが、 この2派に大別されると考えていいわけですね?

そういえば、きしさん掲示板で 以前、黒川さんと猛烈な論戦が交わされた文章は いま読めるんでしたっけ?(当時リアルタイムで 追っかける余裕がなかったので)


Id: #b19980920223716   (reply, thread)
Date: Sun Sep 20 22:37:16 JST 1998
From: 笹卓 <sasataku@remus.dti.ne.jp>
Subject: 言語学とは

はじめまして。ということにしておいてください。

本多啓氏の「言語学とは何か」はけっこういい紹介文だと思います(日記的戯文であっても)。 本多氏の日記的戯文はけっこう良い文章がそろっているような気がいたしますが、いかがでしょうか。 PUFFYとT.M.R.などが個人的にはおすすめの文章です(岸政彦さんが以前御自身のサイトで紹介なさっていたような雑文という意味で)。

ただし、この本多啓氏の立場は黒川新一さんとはいささかちがいますが。本多氏は認知文法派であり、黒川さんは生成文法派ということになるようです。


Id: #b19980920203958   (reply, thread)
Date: Sun Sep 20 20:39:58 JST 1998
From: みほ <miho@din.or.jp>
Subject: 原点

> みんなで言語学に専門を変えましょう。

言語学って、何を研究する学問なんですか?(照れ隠しに大きなフォント)

それと、 Tue Aug 11 02:15:44 の くろき発言、 「正しい言葉遣い論議は Pinker の批判に対抗できるものでなければ無意味 であると個人的には考えています」 がずっと気にかかってるんですが、じつはくろきさんの 批判の要点(Pinkerの批判の要点というべきか)が 理解できていないので、そこから勉強しなくっちゃいけな いかなあ、と思いつつ。


Id: #b19980920143522   (reply, thread)
Date: Sun Sep 20 14:35:22 JST 1998
From: 大豆生田
Subject: 長い髪

TFJ's Sidewalk Cafe を覗いたら、 なつかしの「長い髪」シリーズがあるじゃないですか。 (TFJとは大学時代からの知り合いです。)
Id: #b19980920034745   (reply, thread)
Date: Sun Sep 20 03:47:45 JST 1998
From: くろき げん <kuroki@math.tohoku.ac.jp>
Subject: TFJ さんはじめまして

遅れましたが、TFJさん、始めまして。定期的に「談話室 / Conversation Room」を覗かせてもらっています。(所謂ROMというやつですね。TFJ's Sidewalk Cafe の存在を知ったのは、みほさん経由だったはず。) でも、私にとっては話が濃過ぎて、ほとんど理解できてないです。(^_^;)


ここの話題に私は付いて行ってないですが、どんどん続けて下さい。ところで、挨拶の「はじめまして」って「初めまして」じゃなくて「始めまして」と書くのが正しかったんですね。ついさっき辞書を引いて気付きました。(^_^;) log.html がでかくなってきたので、そろそろ適当に切らないと駄目ですね。 (100KBを大体の目安にしているのだ。)


Id: #b19980919024140   (reply, thread)
Date: Sat Sep 19 02:41:40 JST 1998
From: (株)黒川すっとこどっこいひなの(雄) <skgpsg@green.ocn.ne.jp>
Subject: ラピュタは名作だなあ

タイトルは内容と無関係です。

>生物の研究では、何らかの機能を「生きていく上でこれこれの働きが必要なので、こういう機能があるんだろう」と合目的的に解釈してしまうのは不適当だとする立場があります

言語研究でもChomskyなどは完全にこれです。言語があるのはコミュニケーションの為、という考えさえ否定的です。凄いことを考えるなあ。

>言語については、たとえば「小」の用例を必死で発掘・創作し続ける内に、独自の語法を持った人たちが生まれてしまうという事はあり得る

これは全く自明ではない仮説ですね。かなり入り組んだ話になる上、専門外の人には煩雑なだけでしょうし、テクニカルタームでお茶を濁すというみっともない真似はしたくないのでここで説明はしませんが、ちょっと無理だと思います。

歴史的説明というのも全く自明ではない仮説ですが、私はやはりこれも無いだろうと思っています。上と同じ理由で、想定されている構造自体が不可能だと考えるからです。

漱石の表現は「許される構造の中の変異」とでも言うべきもので、何ら問題はありません。「なにげで」などの語彙の変化はあって当然で、これらは「体言挟みの係り」で想定されているような構造の不可能性とは等質の問題ではありません。

それはそれとして、私のような未熟者が言うのも偉そうでなんなんですが、皆さんの調査能力や発想のユニークさ、議論の面白さには感服いたしました。みんなで言語学に専門を変えましょう。そんでもって、悪の帝国MIT一派を倒すムーブメントを日本から起こそうではないですか。Chomskyがいい加減年取ってきた今がチャンスです。(半ばマジ)
Id: #b19980917175915   (reply, thread)
Date: Thu Sep 17 17:59:15 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: 小時代錯誤感の生む緊張感

面白がってばかりで、黒川さんの問題点のご指摘にはちゃんと答えていませんでしたが、もとより雰囲気でやっているので、ちゃんとは答えられない。

ただし、(言うまでもないですが)最初から言っている

現在では過剰生産など問題だらけに見える「体言挟みの係り」だけれど、昔(きっと江戸時代)には現役だったのだ。 ルールは死んで、用例のいくつかだけが残ったからおかしく見えるんだ。
という歴史的説明を持ち出してしまうと、ある意味でなんでも説明できてしまう。 これを立証しようとしたら死ぬほど大変な文献考証が必要だろうけど、逆に無責任に言い離したものを論駁するのも難しい。 もちろん、一般的に言って、何でも説明できてしまうような説明というのは、か弱いものでルール違反に近いと思っていますが。

「小」が「宙に浮く」という話は、仮説を裏付ける証拠というのではなく、自分自身がこの手の表現に感じるスリルと魅力みたいなものを、こじつけで説明しようとしたものです。 はたして「小」が「宙に浮く」かどうかは別として、もっと一般的に、ちょっと違和感とか時代錯誤感があり、それでも理解可能な表現には、緊張感を伴った何とも言えない魅力があると思いませんか? たとえば漱石は、「子供をからかう」と書かずに「子供にからかう」と書き、我々なら「外出する前」というときに「外出しない前」と書きます。 これが漱石独自の書き方なのか明治の言い方なのかは知りませんが、ぼくは時々会話の中にこういう表現を混ぜて、そのときに感じる心理的な抵抗感や小明治な感じを楽しんだりします。 あるいは、最近の学生は「なにげなく」というべきところを「なにげで」とか言うわけで、これは論理的にはおかしいけれど、確かに何となくピンと来る。 こういう表現もこっそりと会話に挟むことで、逆向きの時代錯誤感とスリルを味わってみたりしています。


Id: #b19980917125437   (reply, thread)
Date: Thu Sep 17 12:54:37 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: 伊達や酔狂の小首話

うううむ。面白半分で小仮説をだしてるわけですが、それにしてもみなさんの議論は面白すぎる。 (ぼくの大学時代の友人の名言;こちとら、伊達や酔狂でやってるんでい!


言語学をやる人間がみんな一度となくかかる「何でもだんだんOKになってしまう」病
というのは、すごい。

だいぶ違いますが、生物の研究では、何らかの機能を「生きていく上でこれこれの働きが必要なので、こういう機能があるんだろう」と合目的的に解釈してしまうのは不適当だとする立場があります。 これをやっていると、結局「やっぱり神様(あるいは、進化)はすごいもんじゃ」という所に落ちついてしまって進歩がないからです。 だからといって、研究者自身が、そういう機能なり合目的性に取り込まれてしまうという切実な危険は(SF 以外では)先ずあり得ない。

でも、言語については、たとえば「小」の用例を必死で発掘・創作し続ける内に、独自の語法を持った人たちが生まれてしまうという事はあり得る。 そうすると、彼ら(我ら?)にとっては「小」の「体言挟みの係り」というのは生きた文法規則だということになってしまう。 そんな用法は不自然で非生産的だと言語学者がいくら指摘しても、彼らが、「いや、我々には自然だ小粋だ」と頑迷に主張し、かつ彼らの間では次々と新語を造ったりすれば、もはや反駁のしようがない。 要するに、またしても日本語の分化が起きたということになるんだろうな。 言語のメタ・ルールの研究、ないしは動的文法理論というのは、そういう現象をターゲットにできるものなのだろうか・・などと、ついつい伊達や酔狂で思ってしまう私であった。


天下のうぇっぶ小町ねえさんを小文字で燃え上がらせるとは、私もなかなか。

「首」や「耳」の禁忌性を軸にした猟奇的どろどろぬめぬめ煮たり焼いたりの文化人類学的「小股」論に大いに期待するものです。


今日は朝から講義でした。 夏休みで体がなまっているので、結構疲れました。

講義の途中で、小無意識に「小」を使った軽い造語を挟んだのに、自分で気がつきはっとしました。 けっこう小ナイスな表現だったような気がするけれど、今となっては思い出せない。 宙に浮いたまま、消えてしまったようです。


Id: #b19980917092556   (reply, thread)
Date: Thu Sep 17 09:25:56 JST 1998
From: (株)黒川すっとこどっこいひなの(雄) <skgpsg@green.ocn.ne.jp>
Subject:

「小」が「首」にくっついているというのは、歴史的な成立事情というような問題ではなくて、単に「小」という接辞が「首を傾げる」というような「句」には付加しない、というだけの話です。「傾げた小首」とやってもやはり「子」は「首」にくっついたままです。

既に書いたつもりですが、田崎さんの説にはいくつか問題点があります。
第一に、「小」が「浮いて」その結果用言を修飾する、というのは「体言挟みの係り」の言い直しに過ぎないわけですが(以下修飾説)、最初から私が疑問に思っている過剰生成(解釈規則に生成というのは妥当かどうか分かりませんが)の問題を解決できません。
修飾説では「浮いた」「小」が片っ端から後続の用言を修飾してしまうはずですが、これは経験的に反証されます。これだけで反証は十分なはずです。

細かい部分では、「小」が「浮く」きっかけとなるのが、「付加した名詞を修飾できない」というassumptionですが、これは既に書いたように、根拠がありません。


これは経験的な問題ではないのですが、修飾説はどこまで行っても解釈規則であって、生成モデルにならないのではないかという疑問があります。つまり、言語表現をgivenと捉えてそれを解釈する事はできても(それにしたところで過剰に認可してしまうので立たない)「作り出す」過程を説明する事は出来ないのではないか、ということです。

「歴史的捉え直し」が起きるというのは・・・
全く日本語の歴史を知らなくてもこの種の表現を使えるので・・・うう。
Id: #b19980917025709   (reply, thread)
Date: Thu Sep 17 02:57:09 JST 1998
From: はまだとらひこ
Subject: 文字で考えずに、音で考えられんものか
生成文法をもちだしたり、なんで「小」という漢字で考えて、「コ」とかいう音で考えないのか、とちょっと思いました。

というのも「小股の切れ上がった」は、根拠も示さずに安永年間(1770年代)の流行語とだけあったのと、
永井の解説から、「どんな流行をしたのか?」と悩んでるからです。
(当時ブームの洒落本じゃなくて遊郭での流行歌やろか?浄瑠璃やろか?
 はたまた、上方やろか単身赴任のおっさんで溢れてる江戸やろか?)

ほんで、現代人が違和感を感じるのも、文字で考えてるからじゃないか?とか
漢字やひらがなで書く前に、カタカナの世界(ことだま(笑))があるんじゃないかと。

Id: #b19980917015640   (reply, thread)
Date: Thu Sep 17 01:56:40 JST 1998
From: あ伊藤 <aito@bu.edu>
Subject: 小市民的というのはちょっと市民的なのだろうか
「小」の用例で,ここで関係ありそうなものは,
ほとんど「小+形容詞(形容動詞語幹)」または
「小+名詞+格助詞+動詞」であるように思うのです
が,「小+動詞」とか「小+名詞+格助詞+形容詞」
という例はあるでしょうか?

# 現実逃避なのだが小面白いのでつい...

Id: #b19980917013543   (reply, thread)
Date: Thu Sep 17 01:35:43 JST 1998
From: EV
Subject: 歴史事情と生成事情

ちょっと
黒川さんの文章を粗雑に読んでました。すいません。

「小+体言+用言」でひとつのイディオムとしてとらえることができて、
さらにことばの生成事情を考えると「小+体言」をまずくくるべきでは
ないか、とこういう理解でいいですか?

で、そうなるとちょっと気になるのは、「小」のつく表現がたいていの場
合、「小」なしでイディオムとして成り立ちうる、という事情です。「首
をかしげる」「膝を打つ」「耳に挟む」など。イディオムの発生事情を考
えるに、いきなり「小首をかしげる」が発生してそこから「小」が取れた
というよりは、まず「首をかしげる」があって、そこに「小」がプラスさ
れたという歴史事情がありそうに思えるんですがどんなもんでしょう。

いや、そのような歴史事情が感じ取られるとしても、じっさいにことばが
発せられるときは、まず「小首」がとらえられ、「かしげる」はその後だ
ろう。そうも思えます。

となると、田崎さんの

>> このように文法の一次構造としては問題のない「小」が、意味論的には、
>> 一瞬の間、用法が不確定のまま宙に漂うという二面性が、小緊張感を生み
>> 出し、それが、この手の表現になんとも言いがたい魅力を与えているので
>> はないでしょうか?

という下り、ことばの発生に遅れて歴史事情に気づく刹那(おっと)が表
現されていて思わず納得、なんですが、どんなもんでしょう。つまり、こ
とばが口にされるときの事情は黒木さんの意見に納得、なんですが、その
発せられたことばへの歴史的捉え直しがかなりマイクロな時間で起こって
るのではないか、それで、小首小首、はてな、小さな首というわけでもな
いのだが、と何度も音をなぞってみたくなるのではないか。

うーん、ちょっと音をなぞりすぎてinout混濁かも。
小錦の突きってのは、ちょっと突く錦なのか。
コンチキショーってのは、ちょっとンチがキショーなのか。

Id: #b19980916215222   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 21:52:22 JST 1998
From: EV <mag01532@nifty.ne.jp>
Subject: コギャルのコは「小」か「子」か?
うーん、ぼくは、コギャルのはじまりは「小ギャル」だったんでないか
な、と思います。ギャルとコギャルは親子ほど世代が離れてるわけじゃな
いし、かといって親分子分のような人間関係を持ってるわけでもない。と
いうわけで、「子」だと小違和感を感じるんです。

いっぽう、「小」だと、小役人、小わっぱ、小利口、小器用、こうるさ
い、小憎らしい、のような、人を小馬鹿にする「小」の表現に通じてい
て、ギャルやオヤジが下の世代を小ネガティブにとらえて呼ぶ感性にぴっ
たりくるかな、と。

で、小ギャルより下の世代をどう呼ぶかってときに「コの次はマゴだ」って
んで、音をブリッジにして「小」から「子」への捉え直しが起こったんで
ないか。仮定が一個多いから最節約原理には反するなあ。発生制約説って
ことにしときます(おいおい)。

「こいぬ」と書くときに人によって「子犬」だったり
「小犬」だったりするんだけど、これはどうなんだろう。

Id: #b19980916212841   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 21:28:41 JST 1998
From: (株)黒川すっとこどっこいひなの(雄) <skgpsg@green.ocn.ne.jp>
Subject: ちょっと削除します

二つ下の私の投稿から、

(さもないと話者は「傾げる」を発話して、もしくは発話機構に送る段階で、初めて意味が分かることになってしまう)

の部分を削除します。前提があまりに貧弱で、議論が全く弱い。ちょっと話にならないです。
Id: #b19980916210720   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 21:07:20 JST 1998
From: (株)黒川すっとこどっこいひなの(雄) <skgpsg@green.ocn.ne.jp>
Subject: 作りがちょっと違うかも

細かいことですが、EVさんの書いておられる構造はちょっと違うかも。

小+(体言+用言)

ではなくて、

(小+体言)+用言
の方が適切では。

それから、田崎さんの、

  「小」が(意味的には)「首」を直接修飾し得ないことに気がつきます。その時点で、「小」は(少なくとも意味の解釈のレベルでは)いった宙に浮く形になります。

というのも、意味的に「小さな首」というパラフレーズが完全に可能なので、「直接修飾し得ない」為に「宙に浮く」というのはちょっと根拠がないように思います。   
Id: #b19980916204422   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 20:44:22 JST 1998
From: みほ <miho@din.or.jp>
Subject: ↓小補足

下のは 田崎さんの 小首雑感までしか読まず、そのリプライとして小書きました。 それ以降の投稿はこれからゆっくり読ませていただきまする。
Id: #b19980916204027   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 20:40:27 JST 1998
From: みほ <miho@din.or.jp>
Subject: 「全て名詞説」に小だわるわけ

くー、田崎さんに小文字で小あしらわれてしまったわ。

広辞苑の用例を紹介します。(古語辞典もひいてみましたがほぼ同様でした)

【小首】(コは接頭語) くび。古今著聞集一〇 「畠山が―を強く打ちて」
―を投ぐ
首をうなだれる。浄瑠璃、国性爺「虎も岩間に小首を投げ」

上代には、小首を強く打つ、という表現が存在したらしい。 「小首を投げる」というのも、「ちょっと」というニュアンスは 必ずしもないようだし。

そこでわたしの小仮説(妄想入ってます)となったわけです。 昔は、首と小首という表現に意味的な違い、および用法の違いは なかった。(現在の「菓子」と「お菓子」のように) それがいつしか、 用言まで含めて「ちょっと○○する」というような色合いを 添える用い方だけが残ってゆき、 その影響で、まったく別の名詞にまで「小○○をちょめちょめする」 といった用法が新たに生れていった。

では、そもそも、ふつうに「首」といえばいいところを なぜゆえ「小首」という言い方をしたのか、と考えてみるに(奔放初公開!)、 それは「大切なもの」だったから、なのであーる。

神の名を語ることをはばかる(ヤッベェ〜 とかいって)宗教があるように、 ある種の単語―首、股、腰など―、身体の部位を意味する単語を そのまま口にするのを忌むような傾向があったのではないか。 (それで「小」のつく単語が 身体の部位に偏っているのも説明がつく!) 「粗品」とか「おひとつどうぞ」とかが好きな国民性ですから。 ちょっと違うか。

八百万の神を畏れ敬う古代の人々が自然にそうしていた風習が、 のちにすたれ、言葉が一人歩きした結果、無神論者が跋扈する現代においては 現在の使われ方にそくしていえば、田崎さんの分析がとても 魅力的で、「暫定的なモデル化」の一つの提案としては、 大いに興味がありますし、「全て名詞説」に固執する気はありません。

ところで、西武新宿線を川越方面に走っている特急電車の名前は 「こえど」と言いますが、それが「小江戸」だと気づくのに しばらくかかりました。川越の「越」とどこかの「ど」をくっつけたものかと。


Id: #b19980916202021   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 20:20:21 JST 1998
From: (株)黒川すっとこどっこいひなの(雄) <skgpsg@green.ocn.ne.jp>
Subject: コンチクショー(貴乃花風)、PostとPreviewを間違えた

異常に読みにくい投稿で済みません。
Previewするつもりが送っちまいました。

EVさんが言語学をやる人間がみんな一度となくかかる「何でもだんだんOKになってしまう」病にかかりつつあるのが興味深いです。inかoutかの境目にある例を頭でいじり回しているうちに、自分の文法が拡大してしまうのか、何でもinになってしまう病気で、対処法は「しばし忘れる」しかないようです。
Id: #b19980916201501   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 20:15:01 JST 1998
From: EV
Subject: 小+(体言+用言型)イディオムの可能性
もういっちょう。
もし、小+(体言+用言型)イディオムってのが
汎用性の高い形だとしたら、
現在ある体言+用言型イディオムに小をつけて
広めるってのも可能じゃないでしょうか。
(どんどん話が本末転倒してるなあ)

たとえば

小芝居を打つ(これはいけそうだ)
小角が立つ
小道にもとる
小サバを読む

など。

Id: #b19980916201022   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 20:10:22 JST 1998
From: (株)黒川すっとこどっこいひなの(雄) <skgpsg@green.ocn.ne.jp>
Subject: http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Namiki/2375

「小膝」について。これは、EVさんが挙げておられる例をそのまま書いたもので、他に例を挙げるならば、「膝を蹴る」はOKで、「小膝を蹴る(=膝をちょっと蹴る)」はOUT、「膝を見る」(以下パラレル)など、いくらでも「小」が用言を修飾できない場合が考えられると思います。ですから、 >というのはべつに「小」に依存しているわけじゃないのでは というのは違っていて、「用言を修飾しているかに見える」「小」の生起と用言の生起にはやはり依存関係があると思います。「小+身体部位名詞が主語として現れない」のは、身体部位名詞の性質によるのではないか、という意見は可能性があると思います。ただ、苦しい例だとは思いますが、「目が笑っている」、?「手が踊る」などは辛うじて可能ですが、それぞれに「小」を付加して、望み通りの読みが得られるか、というと、殆ど不可能ではないでしょうか。 田崎さんが「チョー」について書いておられる事は、正にその通りで、「副詞ならば体言を跳び越すのは何の苦労もいらない」というのも、言ってみれば当たり前の話です。そもそもこの種の副詞は「跳び越して」いるのではなく、単に線状的に見たときにそう見えるというだけでしょう。続いて、parsingについて書かれた部分ですが、この議論には大きな見落としがあります。解釈する側の言語処理機構に意味のずれを寄与させるという議論ですが、これですと、そもそも話者の記憶内で[小首を傾げる]の意味がどのように表示されているのかが不明確になります。この表現は、[傾げる]が出てきて初めて意味が決定する、と言うようなものではなく(さもないと話者は「傾げる」を発話して、もしくは発話機構に送る段階で、初めて意味が分かることになってしまう)、あくまで[小首を傾げる]がセットとなって記憶されていると考えないと、何故[小首を曲げる],etc.などの表現がここで議論されているとおりの読みにならないのか、の説明が付きません。田崎さんが書いておられる「予約機能付の名詞」というのは、「後方に現れる体言と組になった表現」、ということの部分的パラフレーズではないでしょうか。しかも、上の例で見られるように、単なる予約ではなく、「指定」しています。「一次構造」という語が何を意味しているのか今ひとつはっきりしませんが、「小首」が名詞であるというのは間違いありません。明らかに「を」格が付加していますし。「特殊な名詞」性は、この類のイディオム性から発していると考えられます。 この類の持つ「緊張感」「ノスタルジア」についての考察は、speculationの域を出ないと思います。構造と「ニュアンス」的な物を直結する議論はかなり危険です。 メタルールについての考察は、今ひとつ確信はないのですが、対象が自然言語という生物的制約を課されたものですので、無限に後退していく恐れはあまり考えなくてもいいのではないかと思っています。最終的には脳の性質にattribute出来ればそこで止まる訳ですから。ちょっとここの部分、数学を理解していないのでずれきってるかもしれません。 Chomskyについては、数学関係の方でしたらおそらく初期の論文が面白いし受け入れやすいのではないかと思います。彼の博士論文などは言語学専攻者よりむしろ数学に詳しい方の方が読みやすいのではないでしょうか。「言語は幼少の頃から使用しておりまして・・・」には笑わせられました。ナイスタッチです。
Id: #b19980916200628   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 20:06:28 JST 1998
From: EV
Subject: 小腹博覧
田崎さん、黒川さんの話を読んで、現状では「小」に見られるような「接
頭語+体言+用言」のようなパターンは使用範囲が狭そうだなって思いま
した。
しかし、この狭さは、逆に興味深い。なぜ「小」という接頭語と身体部位
名詞とは相性がいいのか。

「小」+イディオムなのだ、ととらえるならば、身体部位が多いのは身体
部位名詞を使ったイディオムが豊富だからに過ぎない、ということにな
る。しかし、もし「接頭語」+イディオムなのだ、とすれば、「小」以外
の接頭語がもっと適用されてもよさそうなものです。

「小腹」とか「小膝」とか「小腕」とか頭で唱えてると、身体名詞を挟む
と見せながら、身体部位じたいの小ささがじんわりしみてきてるような気
もしてくる。だから「小」がしっくりくるんでないかな、なんて。うー
む、日本語のあやかし。

ところで、
>> 2.「小+身体部位名詞」にかかる用言は限られている
という黒川さんの話にピンときて、みほさん流に、
今度は用言のバラエティを探ってみました。

たとえば「腹」について岩波国語辞典第五版にのってる慣用句は以下の通り。

「腹を探る」「腹を読む」「腹を割って話す」「腹に収める」
「腹に一物(いちもつ)」「腹が黒い」「腹を合わす」
「腹が出来ている」「腹が太い」「腹を据える」「腹をくくる」
「腹が立つ」「腹を立てる」「腹にすえかねる」「腹が癒(い)える」

わあ、全部「小」をつけることができるじゃん。なんちて。
もちろん、今のところ一般には使われてないわけだけれども、
広まってもいい感じ。

小腹を探り、小腹を読む。真意を小出しにしながら小腹を割って話す。わ
かったと小腹に収める。小腹に一物ある小悪人は小腹が黒い。だからと
いって裏切るつもりで小腹を合わすのはいかがなものか。小腹が出来てい
る小物は小腹が太く、腰は引けてるが小腹をくくる。小腹が立ち小腹にす
えかねたが小腹が癒えた。

さあ、今日から吹聴してみよう。

Id: #b19980916165312   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 16:53:12 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: 小首雑感

当然ながら「すごくお腹がすいた」というような表現は普通なわけで、副詞ならば体言を飛び越すのは何の苦労も入らない。 「チョー腹減った」については、ぼく自身は「腹減った」という非常によく使われるフレーズを全体として強調し「チョー『腹減った』」と言っているのだと解釈していましたが、「チョー」は副詞だと思ってもしっくりきます。

しかし、「小首をかしげる」の「小」が副詞だとは、何となく思いたくない。

小首をかしげる
という表現は、文法の一次構造(すみません。今作った言葉です。でも、それらしいから、使われてるかも。)だけを見れば、
小指を曲げる
というのと全く同型です。 だから、ぼくらの頭の中で情報処理するときも、前処理の段階(?)では「小首」は「小指」と同じように名詞(あるいは、接頭語付き名詞、形容詞付き名詞)として捉えます。 しかし、次の意味の吟味の段階に入ると(といっても、これは瞬間で行われるので、話者は「かしげる」を話終わっていない)、「小首」という単独の概念はなく、さらに「小」が(意味的には)「首」を直接修飾し得ないことに気がつきます。 その時点で、「小」は(少なくとも意味の解釈のレベルでは)いった宙に浮く形になります。 続いて、話者が「かしげる」まで話し終えると、宙に漂っていた「小」は、「かしげる」という動作が小規模であることを意味することが明らかになり、全てが丸くおさまります。 (みほさんは「全て名詞説」で押し通そうとされていますが、それはほとんど言葉の問題です。 「小首」を名詞だと思ったとしても、それは、「かしげる」がくっついたときにはじめて「小」の意味が発揮されるという、「予約機能つきの」極めて特別な名詞だということになります。 これは、「体言挟みの係り」というのと、ほとんど同じことだと思います。 EV さんも同様の事を言われてますね。)

このように文法の一次構造としては問題のない「小」が、意味論的には、一瞬の間、用法が不確定のまま宙に漂うという二面性が、小緊張感を生み出し、それが、この手の表現になんとも言いがたい魅力を与えているのではないでしょうか? EV さんの言われたように、小粋というか、小江戸(昔、埼玉の川越は小江戸とよばれたそうですが)というか、我々の中の遠くて近い何かへの小ノスタルジアを刺激するというか。 今回「小首」や「小股」にこれほど議論が集中しているというのも、この語法の持っているぎりぎり非日常的な緊張感が我々の語感を妙に刺激するからではないでしょうかね? (「巨」には、ちょっとノスタルジアは感じないけどなあ。)


黒川さん、
なんとなく、「誰でも言えるようなことをかっこをつけて言ってるパターン」に近くて、やばいなとは思ったのですが、
ことばというものには、きちんと一つに決まった文法があり、それに従って・・・
みたいな事はもちろん思っていないよと言いたかったという程度です。 実際、過渡的なものでも十分普遍的なルールが読みとれる例もあるかもしれないし、口先だけで、
ルールが読みとれないなら、ルールの生成則やルールの変更のための規則、つまり、メタ・ルールを研究の対象にしよう。 いや、メタ・ルールそのものも変わるから、メタ・メタ・ルールを。 いや、実はメタ・ルールは自己言及の能力をもっているので、メタ・メタ・ルールはメタ・ルールに等しいのだ。 いんや、ゲーデルが・・・
なんてやっていると、よくある複雑系の馬鹿になってしまう。

結局、こういう事は、膨大なデータ解析や(可能なら)実験に基づいて様々な仮説やモデルを検討していくしかないのだと思うし、言語学者というのはそういう事をされているのだろうと思っています。 (ぼくは、言語は幼少の頃から使用しておりまして、かなり関心を持っているのですが、言語学については Chomsky の名前を(一応「チョムスキー刑事」以外でも)聞いたことがある程度の無知蒙昧の輩です。 いずれは、少しは勉強してみたいと思っているのですが。)


そうか、押川さんにはそんな悲しい過去があったのか・・ 涙なくしては読めないエピソードでした。
Id: #b19980916162846   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 16:28:46 JST 1998
From: みほ <mhio@din.or.jp>
Subject: モダチョキ

そうか、「子ギャル」ですね。大豆生田さんに説得されました。

では (株)黒川さんに質問です。

> たとえば「小膝」は、「あいつは小膝だ」でなくて「小膝を曲げる」「小膝を打つ」ではないのか。

それは「小」がついてなくて「膝」だけでも、同じですよね。 「あいつは膝だ」という文章はごく限定された文脈でしか登場しそうにない。 (たとえば、「おれが怪我したのは腕だが、あいつは膝だ」というぐあい) だから、

> 用言の方にも制限があって、ある決まった物以外は使われそうにありません。

というのはべつに「小」に依存しているわけじゃないのでは? ですから、まとめの

> 2.「小+身体部位名詞」にかかる用言は限られている

は、イディオム性の特性として挙げていいことかどうかまだ納得しきれません。

> 3. 「小+身体部位名詞」は主語としては現れない。

についても、それはたんに身体的部位名詞のほうが決定づけてる特性では ないのでしょうか?


Id: #b19980916132245   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 13:22:45 JST 1998
From: わたなべ <watanabe@tohoku.ac.jp>
Subject: やはり紛らわしいのだ
「小豆を茹でる」 (アズキではない)

「コクワガタを採りに行く」 (欲しいのはミヤマクワガタ)

「小魚が喰いたい」 (でんろくミックスの小魚は旨いけれど)

Id: #b19980916120940   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 12:09:40 JST 1998
From: 大豆生田
Subject: Re:生きている「小」

マゴギャルというのもあるので、 「コギャル」は「子ギャル」では?
Id: #b19980916091554   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 09:15:54 JST 1998
From: みほ <miho@din.or.jp>
Subject: Re:生きている「小」

「こじゃれ」って言い方よく見かけます、雑誌や ウェブ日記などで。 新しく生まれた「小」かも。 その代表といえば「小ギャル」では? それとも「子ギャル」なのかな、ちがうよね? 「小マダム」とかもなかったっけ。

黒川さんのに質問があるんですけど、 台風がすごいのであとでまた。

こんにちは>通りすがりのTFJ


Id: #b19980916055157   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 05:51:57 JST 1998
From: 完治 <info@troutbum.co.nz>
Subject: 生きている「小」
「小」についてのお話、興味深く拝見させていただいております。
「昔は生きていたが、今はその名残りだけがある」という印象を受けますが、
先日、どっこいまだ生きているぜ的例証があったので、御報告させていただきます。

20才前後の女の子が、缶切り(缶をはさんで、ねじ式につまみを回すと缶が開くタイプ)
の使い方を知らなかったので、からかったら
「こんな、小じゃれたもの、使ったことないですよ。」
と、言っておりました。
ちなみに、今、日本国語大辞典を開いてみましたが、そのような用法、単語は載っておりません。
となると、これは、新しく生まれ、使われている「小」なのではないでしょうか。
もっとも、この「小じゃれた」という表現が、どこまで広く使われているのか、
その辺は、ちょっとわかりませんが、、、。


Id: #b19980916004042   (reply, thread)
Date: Wed Sep 16 00:40:42 JST 1998
From: 山形
Subject: ハサミ係(チョキチョキって感じ)

> もう,最近「小」が 付くと何でも「体言挟みの係り」に見えてきた.

いえちょる。さっき「コクワガタ」というのを見て、「この『コ』はクワではなくガタにかかる、のだろうか」とマジに考えてしまった。うまくやれば、あっさり復活するかも。


Id: #b19980915210906   (reply, thread)
Date: Tue Sep 15 21:09:06 JST 1998
From: TFJ <tfj@kt.rim.or.jp>
Subject: 副詞的な接頭辞としての「小」

通りすがりの者です。

手元の『新明解古語辞典』をあたると、「こ-【小】」では、 「多くは、身体の部分を表わす名詞+「を」+動詞、の形について」、 ということで、この「ちょっと」という意味を挙げています。

ちなみに、違う項目になっているのですが、 「小憎(こにく)らし」「小うるさし」といった用法も挙がっています。 この辞書の用例を見ている限りでは、 体言挟みなんていう特殊そうな文法規則というより、実はもっと単純な話で、 「こ-」は、昔 (時期は不明) は、副詞的な用法があったのではないか、 という気がします。 体言挟みの場合、係る先が「憎らし」のような一単語ではなく 「股が切れ上がった」のように句になっているだけで。 ただ、辞書には「その状態、動作を憎む意を表わす」とあるので (「小賢(こざか)し」「小汚(こぎたな)し」なんかは、この例でしょうね。)、 ちょっと違うかもしれないですが。 けど、一方で「小奇麗な」という表現もありますし。 と、用例いろいろ見ていると、主に人の状態・動作にある種の形容する それも、単に"少し"というより、話者の肯定的/否定的なニュアンスをより強調する、 そういう副詞として「小」が使われていたように思えます。 で、さらに推測を進めると、人の状態・動作への形容 (「憎らし」「賢し」もそうですね) なので、係る先が句の場合、 「身体の部分を表わす名詞+助詞+動詞」という形が多くなるだろうし、 「切れ上がった」のが「少し」なのではなく、 「股が切れ上がった」という人の状態にある種の形容をしているのであるから、 「小」が「股が」と「切れ上がった」の間ではなく「股…」の前に置かれるのかと。 で、今は「小」にそのような副詞的な用法が無くなり、 よく使われたものに関して成句でしか残っていない、と。

ちなみに、『新明解古語辞典』の「おほ-【大】」には、 名詞以外に係る用法は挙がっていませんでした。 副詞的な「こ-」に対するのは「おほ-」じゃないだけかもしれませんが。
「大口を叩く」という表現に関しては、 英語で "big mouth strikes" って表現がありますが、それとの関係はいかに?


Id: #b19980915075112   (reply, thread)
Date: Tue Sep 15 07:51:12 JST 1998
From: (株)黒川すっとこどっこいひなの(雄) <skgpsg@green.ocn.ne.jp>
Subject: えらく長々と
えらく長々と書いてしまいましたが、田崎さんの書いておられた事で、感銘を受けた部分を引用します。

>自然言語は本質的に有限な過渡現象なので、普遍的な論理構造がもしあり得るとしても、
>それを(少なくとも単純で静的な意味では)抽出することはできない。

そうかもしれないんですよね。生成文法パラダイムの中では実に静的なアプローチで研究が行われていますが、
ほんとにそうかあ?と思うことも多々あるのです。
我が師匠はかようなチョムスキー的アプローチとは違って、簡単に言っちゃえば、「文法の原理」ではなくて、
「文法発達の原理」を探ろうとしておられます。
チョムスキーのやり方の方が方法論として楽だし、ある意味簡単なのですが、
我が師のやり方の方がnaturalだという気がします。
そのアプローチは、「動的文法理論」と呼ばれています。

Id: #b19980915072500   (reply, thread)
Date: Tue Sep 15 07:25:00 JST 1998
From: (株)黒川すっとこどっこいひなの(雄) <skgpsg@green.ocn.ne.jp>
Subject: http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Namiki/2375
田崎さんの実験は面白いですね。
私はこの手の表現はその構造から見てそもそも生産的に
なりようがないと滅茶苦茶に演繹的な見方をしている
ので(もちろんこういう考え方は真に生産的と言える
具体例が大量に出てくれば実に簡単に反証されてしまう)、
この仮のルールがactiveであった時代というのも
「無いだろうな」と思っています。
それから「新しい表現を作りうるとは思わない」と言ったんじゃなくて、
「統語規則ではない」と言ったつもりでしたが、説明不足だったかもしれません。

「小腕しぼり」というのは、全く突然に誰かが発話して、それを聞いた人が発話者の意図通りに解釈したのではなくて、
明らかに[小+名詞+体言]という構造とその特定の解釈に関する了解があったゆえに理解可能になったので、
それがなかったらどうなっていたかという疑問が生じます。おそらく、「小腕ってなに?」という展開になっていたのでは。

「小腹がすいた」というのは私は普通に使っております。絶滅寸前とは。おいらは昔の人かい?

EVさんが書いておられる「体の部位につく」というのには納得しました。
こういう風に「小」のくっつく単位が品詞によってではなく、その意味で制限されているのはまさにイディオムっぽいなあ。
みほさんが集めてこられた例(みほさんほんとに趣味人だなあ。専門の人みたいだ)は、
単純に名詞を修飾している場合と、イディオムの一部とが混交していますよね。
中でも注目すべきは、体の部位以外に「小」がついている場合は、全て単純な名詞の修飾であるという事で、
これはEVさんの仮説を裏づけていると思います。

EVさんが触れておられますが、
(たとえば「小膝」は、「あいつは小膝だ」でなくて「小膝を曲げる」「小膝を打つ」ではないのか。「小肘」はつくのだろうし
「小息」は吐くのだろうし「小口」をきくのだろうし「小手」をかざすのではないか。)
[小+体言]が単純な修飾として以外の使われ方をするときには、用言の方にも制限があって、
ある決まった物以外は使われそうにありません。これもまた、イディオム的な特性だと思います。
(ついでに書くと、「チョー腹がいてえ」では、「チョー」は「腹」にくっついてるんじゃなくて、
[腹がいてえ]にくっついているんじゃないかと思います。)

まとめると、

1.「小」は身体部位を表す名詞にくっつく
2.「小+身体部位名詞」にかかる用言は限られている
3.「小+身体部位名詞」は主語(「が格」という意味ではない。cf.「小腹がすいた」)としては現れない
(3.はふと思いついたのですが、かなりローカルなtheory-internalな理由から、これはキテます)

どれもやはりこの手の表現のイディオム性を象徴していると思われます。
統語的、生産的な規則であれば、このような制約はかからず、[小+体言+用言]の構造でありさえすれば、
いくらでも類似の表現が作れるはずですが、現実には「小」のくっつく体言への意味的制約があり、
[小+体言]を項として取る用言も自由に選べるものではない事から、
やはりこれらは意味とペアで記憶されている表現、すなわちイディオムだ、
と言えるのではないかと結論したくなるのですが、ほんとかなあ。

Id: #b19980914173400462   (reply, thread)
Date: Mon, 14 Sep 1998 10:34:06 -0700 (PDT)
From: Masaki Oshikawa <oshikawa@stat.phys.titech.ac.jp>
Subject: 応用例

	
	彼女がインドに帰ろうかという間際になって、私はようやく
	自分が彼女に恋をしていたことに気づいた。インドでは、
	両親が婚約者を決めて彼女を待っている。私は思い切って
	彼女を誘い、こう切り出した。

	「インドに帰るのは止めて、私と結婚して一緒に暮らさないか?」

	彼女は少し頬を染め、そして

			小首をかしげた。

	ほのかな希望が打ち砕かれた私は、後も見ず走り去った。それ
	から彼女には会っていない。


(黒木の何でも掲示板を読んでいないとわからない)悲しい話でした(??)


おしかわ


Id: #b19980914170026252   (reply, thread)
Date: Mon, 14 Sep 1998 10:00:39 -0700 (PDT)
From: Masaki Oshikawa <oshikawa@stat.phys.titech.ac.jp>
Subject: 体言はさみの係り

あ伊藤さんの挙げられた例は、体言に直接かかっていると解釈できなくも
ないのでは? 体言はさみと理解した方が自然なものもあると思いますが。

大手を振って、、、  というのは(手が大きくなるわけではないので)
体言はさみだと思います。

大口をたたく、 というのはちょっと微妙かな?

他には??

やっぱり「小」の方が応用範囲が広いようですね。


押川 正毅


Id: #b19980915004519   (reply, thread)
Date: Tue Sep 15 00:45:19 JST 1998
From: あ伊藤 <aito@bu.edu>
Subject: 必殺体言挟みの係り

「大ナタを振るう」「大飯食らい」「大酒飲み」 なんかはソレじゃないですか?
もう,最近「小」が 付くと何でも「体言挟みの係り」に見えてきた.
Id: #b19980914212415   (reply, thread)
Date: Mon Sep 14 21:24:15 JST 1998
From: EV <mag01532@nifty.ne.jp>
Subject: おっと
下の小文章が乱れてました。

>>ただ、「小股の切れ上がった」という表現は
>>体言結びの係りとされながら、股の動作ではなく股の形状を表している
>>点が、例外的で妙だなという気もします。あと、身体表現が多いってことは、
>>選ばれる体言に限りがあるってことで、これもどうも

この小部分を飛ばして御読み下さい。ぺこり。

Id: #b19980914212046   (reply, thread)
Date: Mon Sep 14 21:20:46 JST 1998
From: EV <mag01532@nifty.ne.jp>
Subject: さらに小理屈をこねる
みほさんのリストをみると、
修飾されている部位の大小よりも、
それによって生じる動作の大小に関わる表現が多いですね。
で、「に関するちょっとした動作にいう」という説明が多い。
この「に関するちょっとした動作にいう」というのが
体言挟みの係りってやつではないのかなあ。

たとえば「小膝」は、「あいつは小膝だ」でなくて
「小膝を曲げる」「小膝を打つ」ではないのか。「小肘」はつくのだろうし
「小息」は吐くのだろうし「小口」をきくのだろうし「小手」をかざすの
ではないか。(ちょっと憶測入ってます)
つまり「小」は体言そのものの大小でなくて
その機能の程度を表していて、機能を表す動詞を修飾している。

となると、「体言挟み」って表現もまったくのでたらめではないかも。
ただ、挟まれる体言が身体を表すものに偏ってるということは、
「小」はただ体言をとばして動作を修飾しているだけでなく、特定の
体言と関係しているんじゃないかなと思わせます。

ただ、「小股の切れ上がった」という表現は
体言結びの係りとされながら、股の動作ではなく股の形状を表している
点が、例外的で妙だなという気もします。あと、身体表現が多いってことは、
選ばれる体言に限りがあるってことで、これもどうも

もうひとつ。もし体言挟みの係りが使える概念だとするなら、
体言のバラエティだけではなく、接頭語である「小」の
ほうもバラエティがありそうな気がするんですが、こっ
ちの方はどうなんだろう。それこそ「巨」とか、「中」
とか「くそ」とか「チョー」とか。
くそおもしろくないゲーム、とか、くそゲー、とは言えるが
くそゲームがおもしろくない、はいかがなものか。
チョー腹がいてえ。あ、いえるなあ。

Id: #b19980914185304   (reply, thread)
Date: Mon Sep 14 18:53:04 JST 1998
From: EV
Subject: 小のつくからだというモード
いや、けっこう、「小胸をときめかす」
御小姓とか色気ありげじゃないですか。
小尻のきゅっとあがったパンツもいいぞ。
小乳がこぼれるのはどうか。
・・・いや、具体例はこの辺でやめとく
として、「小」がつけて、洩れ来る色気に
心ときめかすってのは、時代や文化に依存
してる感覚かなという気がします。(お、
すっかり身体説を既存化した発言だ)

逆に「巨」がモードだった時代って
あるのかなあ。
巨首をかしげる。巨足を進める。巨耳に挟む。
巨股の切れ上がった。など。

Id: #b19980914152348   (reply, thread)
Date: Mon Sep 14 15:23:48 JST 1998
From: みほ <miho@din.or.jp>
Subject: ↓pre ↓ preタグを閉じるのを忘れました。小謝ります。


Id: #b19980914151222   (reply, thread)
Date: Mon Sep 14 15:12:22 JST 1998
From: もとはし みほ <miho@din.or.jp>
Subject: 「小」のつく身体は何がいい?

つぶやきへのフォローとして調べかけてたものを杜撰なまま書いてしまいます。

広辞苑で引いたところ、以下の言葉が名詞として単独で載っていました。
(網羅的に調べたわけではありません。適当に目についたものだけ)

・身体に関するもの

小息  小さく吐く息
小腕  小さい腕。弱い腕。うでさき。うで。
小口  ちょっとした口先の才。
小腰  腰。腰部。「―に抱きつきて」「―をかがめる」
小手  手先。腕先。肘と手首との間。
小腹  (コは接頭語)腹。
    (こがみ、このかみ 、と読んで、下腹の意もあり)
小膝  ひざ。膝に関するちょっとした動作についていう。「―を打つ」「―を進める」
小肘  ひじ。ひじに関するちょっとした動作についていう。
小鼻  鼻の下端の左右。
小髯 (こびん) 髯に関するちょっとした動作にいう語。
小骨  ちょっとした骨折り。「―を折らせる」
小股  歩幅を狭くすること。股の称。
小耳  みみ。ちょっと聞くことにいう。
小胸  (コは接頭語)むね。
小目  苦しいめ。つらいめ。
      (こもく、と読んで、囲碁で碁盤の隅の星の下の場所)

・上の仲間に入れなさそうなもの

小足  足並を細かくきざんで歩くこと。きざみあし。
小指(こさし)  小さい指物(さしもの)  

・人間に関するもの

小女  幼年の女。少女。小柄の女。年のゆかぬ女中。
小稚児  小さいこども。小さい稚児。<―> 大きい稚児。
小姫  小さい娘を親しんでいう語。
小餓鬼  子供を卑しめていう称、

・その他

小味  <―> 大味
小風  微風。そよ吹く風。
小器用
小才  ちょっとした才知。
小昼  昼に近い時刻  間食 おやつ
小半時  昔の一時の四分の一。今の三〇分。
小半日  約半日。
小半年  約半年。
小生意気  生意気をひときわ卑しめていう語。
小馬鹿  (コは接頭語)少々ばかであること。馬鹿扱い。
小用  ちょっとした用

こうして見ると、「小」のつく身体部位ってかなり多いけど、
名詞の多くが今ではなじみの薄いものになっていることがわかります。
これらの名詞が実際独立してふつうに用いうるものばかりだとすれば、
体言挟みの係りという文法規則をひねりだす必要もなかったのでは
ないか。それが実際には、一部の慣用句だけが使われるようになって
しまったために、それを説明する法則があとづけででっちあげられた、
というのが当面の仮説です。

Id: #b19980914132656   (reply, thread)
Date: Mon Sep 14 13:26:56 JST 1998
From: たざき
Subject: Re: 小がつくからだは色気がいい

ぼくもその路線で考えたけど、腹はあんまり色っぽくないぞ。 下腹部とかいうとニュアンス変わるけど。

小胸や小乳もいかんですね。 色気はあっても、大小を言ってるかととられる。


Id: #b19980914132147   (reply, thread)
Date: Mon Sep 14 13:21:47 JST 1998
From: EV <mag01532@nifty.ne.jp>
Subject: 小がつくからだは色気がいい
もういっちょう。
言語学を離れて気安く書いておりますがご容赦。
田崎さんがちらと「色気」ということを書いて
おられますが、なんか「小」と身体部位が結び
つくと、艶っぽい感じがするんだけど、どうでしょう。
小と身体部位であといけそうなものを思いつこうとすると

小足(うーん、いい足だ)、
小膝(ぐっとくる膝だ)
小胸(にとどめる、とか)
小肩(をすくめる。ちょっと語呂が悪いか)
小指(あ、これはただの指ではないか)

うむ、こうして考えるときぼくがかってに自分で
決めている生成ルールは

●身体部位で1ないし3音だと語呂がいいようだ
●小指、のように、すでに大小がある部位はいかん
●小粋というか色っぽいしぐさが喚起されると
よりもっともらしい

ということのようです。よし、今日からまわりに
吹聴するぞ


Id: #b19980914131259   (reply, thread)
Date: Mon Sep 14 13:12:59 JST 1998
From: たざき
Subject: 別に小腸に空腹感を感じてたって訳はないよなあ


Id: #b19980914130415   (reply, thread)
Date: Mon Sep 14 13:04:15 JST 1998
From: EV
Subject: 小腹はうちでも使ってました

小腹がすいた、というのは うちの父も使っておりました。昭和ヒト桁生まれなのですが、 そのあたりの世代には存在したのかもしれません。 あるいはかつて「体言挟みの係り」が 爆発的に生まれた時代があったのかもしれない。 って「小腹」一例だけでそこまで言うのもなんですが。 小、をつけると、妙に小粋というか小細工というか 小江戸気分が起こるような気がするんですが、 もしかして江戸期のことばに詳しい 国学者の人にきいたら もっと事例があがってこないですか。 小手をかざして、というのも今は使わないしなあ。 あと、小耳、小手、小腹、(そして小腕)と、 身体部位を使うとなぜかハマるような気がする のも気になります。
Id: #b19980914032216748   (reply, thread)
Date: Mon, 14 Sep 1998 12:22:02 +0900 (JST)
From: Kikuo Harigaya <harigaya@etl.go.jp>
Subject: 分析的言語学の教科書

自己フォローです...

>   From: Kikuo Harigaya <harigaya@etl.go.jp>
>   Subject: はりがや家では...
>うちの奥さん,学部の時どっかの講義で聞いたことあったよと,
>講義のときの教科書を出してきてくれて...

ええと,このような経緯ですので,小生自身も,文献を
紹介したりして,ギロンの展開にハナシをはさめるので
すが,なにぶんすぐには,教科書が出て来ないのです.

# 当該する教科書って奥さまの実家のほうにあるよう
   でして...

また,いつか,「これは!」っていうものが見付かった
暁には,紹介していただくかもしれません.

http://www.etl.go.jp/~harigaya/

Id: #b19980914024016003   (reply, thread)
Date: Mon, 14 Sep 1998 11:40:02 +0900 (JST)
From: Kikuo Harigaya <harigaya@etl.go.jp>
Subject: はりがや家では...

はりがや家では,分析的言語学はあまり話題になりません...

>   土曜の晩に奥さんと...(途中,略)
>   今日(こんにち)では、我々夫婦の間では「小腕しぼり」は立派な生きた言葉
>   となり、日常的に用いられています。

わたしの奥さま(学習院の国文科卒)と,「体言はさみの係り」
などのお話ししたことありました.ただ,うちの奥さん,学部
の時どっかの講義で聞いたことあったよと,講義のときの教科
書を出してきてくれただけで,ど〜も,話題が発展しません.
よくよく聞いてみると,この種の分析的な言語学っていうのは,
理科系的色彩があるような分野であって,事象の解析好みや実
験データ分析に比較できるような,ニュアンスがあるし,自分
の好みじゃないので専門にはしなかったと云ってました.さも
ありなんです.

3年前かそこいら前ですが,結婚して直後に,学習院国文科の
とある教授の研究室に,披露宴で挨拶していただいたことのお
礼にあがったのですが,いきなりですが,「物理学科の理論系
なんとか教授(田崎さんじゃないです)をご存じですか?じつ
は,とあるサークルでごいっしょしてまして...」などなど,
ぜんぜん違う国文科の分野の先生がたと話し込んでしまったこ
ともありました.2年前には,もう一度,学習院国文科の建物
へ出現!はりがや自身は物理学科へ出現したことは1度もない
のですが,世の中の縁とは,なかなかのもので,最近では2回
ほど学習院大学国文科詣でに,訪れております...

http://www.etl.go.jp/~harigaya/

Id: #b19980914105504   (reply, thread)
Date: Mon Sep 14 10:55:04 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: 小股と実験言語学(これは便利!初心者向けサマリー付き)

いよいよ盛り上がる小股話です。 (こう書くとなんか下品に聞こえるが、まじめな話です。 「小耳話」と書いても、その気で読むと、なんとなく色っぽいなあ。 あ、「小首」もだ・・)
一部の内容は、「つぶやき」にちょこっと書いたのですが、あちらではハードな話題(ともちゃんと小室とか)が燃え上がっているので、こっちに書きます。


「小股の切れ上がった」については、みなさんが紹介されているように色々な解釈があります。 ここでは、黒木さんが紹介された「そこが知りたい日本語何でも相談」(昼前の NHK の気怠い番組の題みたい。木琴がへろへろと奏でるテーマ曲が聞こえてきそうであることだなあ。)にある結構面白い説明を信じることにします。つまり、「小股の切れ上がった」の「小」は、体言挟みの係りという技を使っていて、「股」を通り過ぎて、「切れ上がる」を直接に修飾し、「股がちょいと切れ上がった」という意味を表しているというものです。

実際、「小耳に挟む」といった表現はぼくらも普通に使います。この場合も(少なくともぼくは)「大中小いろいろある耳の内の小さいのに挟む」ことを言っているのではなく、「耳にちょいと挟む」と言っている訳です。他にも「小首をかしげる」など、かなりの例があります。


この説明に対して、「つぶやき」で黒川さんが表明された意見は、大ざっぱな記憶に基づいてかつぼくのフィルターを通して言えば、
確かに「小耳に挟む」に類する一連の表現は、我々の頭の中の辞書に書き込まれているようで、聞いて違和感はない。 しかし、「体言挟みの係り」という範疇でそれらの表現法をまとめるのには抵抗がある。 「体言挟みの係り」という規則があるのならば、それは新しい表現を生成するためのルールとして「開いた」ものであるべきだろう。 しかし、我々がこの規則を用いて新しい表現を作り得るとは思わない。
というものでした。 (かなり、違うかもな。真の黒川さんのご意見を知りたい方は、つぶやきを捜して見て下さい。)

自然言語についての論理的な解釈は全て暫定的なモデル化に過ぎないというのがぼくの基本的な意見(読み飛ばすべき注:自然言語は本質的に有限な過渡現象なので、普遍的な論理構造がもしあり得るとしても、それを(少なくとも単純で静的な意味では)抽出することはできない。言い方を変えると、ものすごく多くの人に同じ種類の言語をものすごく長い間しゃべってもらうという事はできない。自然と言葉は分化するし、時間と共に変質する。論理構造を抽出する前に、変わってしまう。)ですが、「体言挟みの係り」が「表現の生成ルール」として active かどうかという視点は大変面白いと思いました。

そう考えると、当然気になるのは、日本語の歴史の中で、このような生成ルールが実際に active で、様々な新語を形成するのに自由に使われていた時期があったのだろうかということです。 時が経つ内に、生成ルールは活性を失って滅びてしまったけれど、いくつかの特定の表現だけはルールを離れて人々に慣れ親しまれたのでそのまま生き残ったという可能性は考えられます。 もちろん、こういう仮説は口先だけで言っててもダメなんで、とにかく(誰かが)文献とかに当たりまくって正否を確かめるしかないのですが。

ついでに思ったのは、この死滅してしまった生成ルールを、我々が意図的に復活させてやることはできないだろうかという事です。 これは、言語学におけるジュラシックパーク的な(?)実験です。 つまり、

小腹(こばら)すいたと思わない?
大けつ(おおけつ)がいてえ。
小ジターリングを回した。
などなどの、新しい表現を一生懸命に考える。 たとえば、一日一個をノルマとする。 そして、優秀なものは、仲間内で頻繁に使い続ける。 いつしか、この生成ルールも自然で、開いたものと感じられるようになったりはしないだろうかというわけです。
ここまでが、これまでの復習、および「つぶやき」に書いたことでした。
土曜の晩に奥さんと(日本語で自分の配偶者を指すいい言葉はないですか?「奥さん」も「家内」も語源にニュアンスがありすぎる。かといって、「ぼくのワイフが」なんて、ドラマにでてくるアメリカ帰りの大学の先生(実は、浮気してたり殺人してたりして最後は惨めになる役)みたいだし)小ビールを飲みながらこの話をしておりました。

驚いたことに、彼女の亡くなったおじいちゃんは、「小腹(こばら)がすいたのでちょいとつまみ食いをした」というような表現を常用していたそうです。 さすがは我が(義理の)祖父! 江戸弁じゃないかと奥さんは言っていました。

それから、二人で言語学実験を開始すべく、いろいろの表現を作ったのですが、

私の小話を聞いて下さい。
お陰様で故郷に小錦を飾ることができました。
など、意図した意味とは違うニュアンスを持った表現が頻出し、やはり「体言挟みの係り」の生成ルールが滅亡したのも無理のないことであるよのおと納得することしきりでありました。

で、夜もふけてきて、ビールをもう一缶あけるかどうかで夫婦の意見が分かれたときに、奥さんが咄嗟に発明して命名した(そして、ぼくにかけた)のが、「小腕しぼりっ」の技でありました。 (昔懐かしい「ぞうきん」の技を軽く行うもので、かけられると、小腕が痛いです。)

今日(こんにち)では、我々夫婦の間では「小腕しぼり」は立派な生きた言葉となり、日常的に用いられています。


P.S. 黒木さん、週間 5000 ヒット突破おめでとうございます、とは無邪気に言えないものがありますね。 第3も 2000 以上だし・・
Id: #b19980913191417   (reply, thread)
Date: Sun Sep 13 19:14:17 JST 1998
From: はまだとらひこ
Subject: こまたのきれあがった
日本国語大辞典より
【用例】
酒落本『後紀風俗通』
「其容首筋少ぬき出、胴短く裾長に、腰細く小*(俣の「イ」を「月」に)切れ上り、背は少こごみめにて、腰より末は反りたる」
咄本『寿々葉羅井』
「十八九の女のはだか参り、からだの白き事雪のごとく、小股の切上ったるが、ふんどしもせず」
有島武郎『或る女』「皮肉な反語のやうに小股の切れあがった痩せ形なその肉を痛ましく虐げた」
【補注】
1.西鶴の「本朝二十不孝」に、背丈の高い形容として「徒俣(すまた)切れあがりて」
という表現があり、これとの関連などから、背丈のすらりとしている形容とする説が有カである。
安永頃の流行語であったらしい。
2.「小股」については、「小」を接頭語とする他に、「下腹部の左右を上に走る2つの鼠径線」など、
身体のさまざまな部位になぞらえる説もある。
3.永井荷風『麻布集記−隠居のこごと』
「小股のきり上った女また小*(ネ妻)のきりりとした女なぞいふ言葉もあり。
これ顔の男好きするといふ事を姿のよしあしに移して言へるものなり。
着物の着こなし上手にして立居の様子甚軽快なれども決して色気を失はず、
しなやかにして而も厭味なきもの即小*(ネ妻)のきりりとしたものと言ふべし。
でぶでぷ肥りたるもの、痩細りたるもの。素足の醜きもの、腹太くして尻の大きなる
もの皆共に小股の切り上ったとは言はれず。....
されぱ上流の婦人また良家の令嬢なぞに対してはこの言葉は用ひ難かるぺし。
町の女芸妓なぞいづれも既に男の肌よく知りたると見ゆる女のさして取りつくろはぬ
姿につきて言ふものと知るぺし」

Id: #b19980912211334   (reply, thread)
Date: Sat Sep 12 21:13:34 JST 1998
From: はまだとらひこ
Subject: こまた
本屋で立ち読みした辞典では、股=もも、胴よりも足が長いこと。とあった。
用例では確かに足が長い事を意味していた。でも「小股が切れ上がる」の
起原には諸説があるとして、ハイレグ説??(小股=下腹部の鼠径なんとか線)
も有力とあった。

Id: #b19980912013758   (reply, thread)
Date: Sat Sep 12 01:37:58 JST 1998
From: Akinori Ito <aito@bu.edu>
Subject: 男の子の痛い話

纒足に対抗して男の子の痛い話を探してみたのですが, なかなか見つかりません. ここぐらいでしょうか.

(どのくらいの力で潰れちゃうの?ってなあ. それが女の子の素朴な疑問なのか. おじさんは泣いちゃうぞ.)


Id: #b19980912012524   (reply, thread)
Date: Sat Sep 12 01:25:24 JST 1998
From: みほ <miho@din.or.jp>
Subject: 切開を切る

いま広辞苑をひいたら、
【帝王切開術】 (Kaiserschnitt) ラテン語 sectio caesarea をドイツ語に訳した時、 「切る」の意の caesarea を帝王の意にとったための 誤訳。カエサル(Caesar)がこの手術により生れたから というのは俗説
とずばり書いてありました。俗説に弱いわたし。 しかし sectio も切開って意味だから、重複 表現なんだなあ。誤訳した気持ちもわかるような。 Itoさん、どうもありがとうございます。

> 「女性はたいへんやなあ」

そう思ってもらえれば作戦成功。:-)


Id: #b19980912004421   (reply, thread)
Date: Sat Sep 12 00:44:21 JST 1998
From: Akinori Ito <aito@bu.edu>
Subject: 帝王の切開

帝王切開の語源ですが,「切開」を意味するドイツ語? の綴りが caesar に似ていたせいでそう訳されてしま った,という話をどこかの国語辞典で読んだことが あります.ちなみに英語では C-section といいます. 元は,妊娠中に妊婦が死んでしまったときに,胎児を 救い出す術だったらしいです.
Id: #b19980912003759   (reply, thread)
Date: Sat Sep 12 00:37:59 JST 1998
From: Akinori Ito <aito@bu.edu>
Subject: Re: 関係者一覧

げげ!この関連リストには, 私のブックマークが結構入ってる.もしかして, 掲示板に飛びこんだ元のページのリンクを収集して るとか?
Id: #b19980912001341   (reply, thread)
Date: Sat Sep 12 00:13:41 JST 1998
From: きし
Subject: 帝王節介
なるほど、よくわかりました。<2つの切開>みほさま

>自分のページのことかと考えこんでしまった。

わっはっは、当たってたりして。

しかし、出産のことを考えるたびに「女性はたいへんやなあ」と在り来たりなことを
思う。「直径30cm の大便をするところを想像してください」ってのは
「いかに痛いか」を男に想像させるために使われる例え話ですが。
私は普段から下痢気味で便秘をしたことないので、まったく想像もつかない。
下品な話で黒木さんの掲示板の品位を落としたことを心より反省いたします。

Id: #b19980911233339   (reply, thread)
Date: Fri Sep 11 23:33:39 JST 1998
From: きし <irabuti@osk.3web.ne.jp>
Subject: 第1掲示板
さっき「今から荒らします」ってな書き込みがあって、
楽しみにしてたんだけど、いま見たら黒木さんが削除して掃除したみたいですね。
くっそー、見逃した。なんでもXはめちゃめちゃになってますが。

Id: #b19980911214253   (reply, thread)
Date: Fri Sep 11 21:42:53 JST 1998
From: 小波
Subject: ようわからん

1のほう 直ってる。ほんとはなんともなかったのかな?
Id: #b19980911213816   (reply, thread)
Date: Fri Sep 11 21:38:16 JST 1998
From: 小波 <konami@miyagi-ct.ac.jp>
Subject: あれあれ

1のほうの表示が壊れて見えるのは私だけでしょうか? リンクも利かないし。

最近、理科教育mlでさんざん放言を繰り返していたら、理科教育ジャーナルから 原稿依頼がきちまった。「原稿料は払えませんが…」だそうだ。

昨日、近所のとある沼の保全と開発のことで朝日の記者にネタを聞かせたら取材の約束を取り付けられてしまった。と思ったら、 ついさっきいきなり地元紙から電話が来た。別段ホットなニュースでもないのに、なんでシンクロしてやってくるんだろう?


Id: #b19980911180102   (reply, thread)
Date: Fri Sep 11 18:01:02 JST 1998
From: 大豆生田
Subject: 纏足

みほさん曰く、
たんに大きくならないように圧迫しておくだけかと。
私もそういうものだと思っていました。然るに、大辞林を引くと
女子の第一指を除く足指を幼児から足裏に曲げて布で固く縛り成長させないもの。
と載っていました。
Id: #b19980911132116   (reply, thread)
Date: Fri Sep 11 13:21:16 JST 1998
From: みほ <miho@din.or.jp>
Subject: 分娩してください>きしはん

「でもあのみほさんのページのやり方、エグすぎる」って、 自分のページのことかと考えこんでしまった。 わたしもこれ 読むまで、てんそくが「骨を砕いて、こぶしのように指を巻き込んで作る」ものだとは 知りませんでした。たんに大きくならないように圧迫しておく だけかと。13センチだって。歩きはじめた赤ん坊ぐらいの サイズだ。「ちいさくってかわいい」って、そりゃ違うだろ。

会陰切開と帝王切開が同じなわけないべ。 あえて参考資料抜きで書いちゃうけど (まちがってたら訂正おねがい)、 前者は普通分娩(経膣分娩っていったほうがいいのかな) で産むときに文字通り会陰部(ヘテロな方は彼女に 見せてもらいましょう)を切ります。赤ん坊の頭が 出るときに裂けやすいから、直前に切ってしまう というやりかたです。

後者は、「下から産む」(という言い方を 助産婦さんなどはよくする)ことに支障 (双子とか逆子とか胎児が弱ってるとか 産婦の経道が細いとかもろもろ)がある場合、 あるいは産婦の希望(痛くないからというような理由) によって、手術のようにお腹を切って産む方法です。 お臍の下を10センチほど縦に切るけど、子宮は 縦か横に切る方法が医師によって違うらしい。 もちろん麻酔をします。 ジュリアス・シーザーがこの方法で生まれたので 帝王切開の名がついた、と聞いたことがあります。

産む労力でいえば、たぶん帝王切開のほうが 医師にお任せな分らくだろうけど、産後の回復は ずっと大変なようです。産んですぐ起きて授乳って わけにもいかないし。

もちろんこれらはすべて 妊産婦や周囲の人々の心理的な側面については 無視して書いています。精神面や将来の影響なども 含めると、両者の選択の違いは、とても 説明しきれるものではないです。


Id: #b19980911115918   (reply, thread)
Date: Fri Sep 11 11:59:18 JST 1998
From: 八木 <yagit@kt.rim.or.jp>
Subject: 関係者一覧

 ブラウザをNetscape Communicator 4.06(jp)にしたらURLを表示するところの横に「関連サイト」なるボタンがある。試しにクリック!これがなんと、全然関係のないサイトが表示される。笑っちゃう。
 ちなみにhttp://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/Keijiban2/spool/log.html(ここ)の関連サイトは

Furukawa's Page
Object-Orientation FAQ -- Title Page
Hotel Discounts
Welcome to Internet Travel Agency, Inc
Internet Travel Network
FAQs - Frequently Asked Questions
http://www.kyoto.xaxon-net.or.jp/~mome
Rexx Frequently Asked Questions (FAQ)
Nippon Hoso Kyokai
Rim
で、この関連情報から読みとれることは、「黒木さんは海外旅行に行こうとしてるのか」(^^)。僕はとりあえず海外旅行の予定なんてないけど、「いつか役立つかも知れん」とHotel Discountsをブックマークしてしまった。
Office Y2」とか「東京福袋」が表示されるところを見ると(ここの「会社つぶれてしもたがな」は本にもなったけどムチャ面白すぎ。有名?)僕のパソコンのキャッシュ情報を頼りにしているようにも思えるけど、Rexx Frequently Asked Questions (FAQ)なんてアクセスした覚えもないし。Netscpeによる説明をよんでも、どういう仕組みで関連づけを行っているのかワカラン。
 しかし、この仕組みを使うと「もうひとつの世界」なんて、あっというまに見つけられそうで仕事なんてやってる場合じゃないな。

 さぁ、Netscape Communicator 4.06(jp)を手にいれて、みんなも関連サーフィンだ!


Id: #b19980911115844   (reply, thread)
Date: Fri Sep 11 11:58:44 JST 1998
From: きし
Subject: 勘弁してください。
てんそくの話、最後まで読めません。俺、ダメ。痛いの。
勘弁してください。
ところで、会陰切開と帝王切開って、同じもんですか?

中国って、この手の話に事欠きませんね。ガラス瓶の中で子供を成長させて
置物にするとか。ホンマかいな。都市伝説だろ。あ、でも、てんそくは
ホンマの話か。でもあのみほさんのページのやり方、エグすぎるのだが、
本当の話なんかなあ。ちょっとなあ。

Id: #b19980911002408   (reply, thread)
Date: Fri Sep 11 00:24:08 JST 1998
From: みほ <miho@din.or.jp>
Subject: もっと痛そうな話

わたなべさんがリンクしてるページいいですね。 切らないと変に裂けてかえって大変って話を聞いたことも ありますが、じっさい切らずに産んだ体験からいうと (大学病院で産んだけど、医師はノータッチで、 助産婦さんの介助だった)、 切った人の体験談と比べて明らかに楽です。 産婦の歩き方や授乳するときの椅子の座り方 を見るだけで切ったかどうかわかるぐらい。 (抜糸のときはさらに痛い、とも聞く)

それどころではない痛ましい話。小股は「親指ぴん」説から連想したので。

纏足のやり方
纏足の靴


Id: #b19980910230633   (reply, thread)
Date: Thu Sep 10 23:06:33 JST 1998
From: Akinori Ito <aito@bu.edu>
Subject: 失礼しました
と思ったら,わたなべさんの記事のリンクは「それが
実は本当じゃないかもしれない」という話だったの
ですね.失礼しました.
それにしてもアメリカの病院では「症状は緩和すべき
である」という考え方が当然であるらしく,入院中に
「痛み止めはいらない」とか「麻酔はしない」という
と,怪訝な顔をされるのだ.

Id: #b19980910223642   (reply, thread)
Date: Thu Sep 10 22:36:42 JST 1998
From: Akinori Ito <aito@bu.edu>
Subject: 会陰切開は人のためならず

ごく最近件の切開をした人の配偶者です. 子供の頭の大きさにもよりますが,切開をしないと その部分がメロメロに裂けて,かえって痛いという 話ですね.*

(下品な話?ではないと思うが... まあ,人は生まれながらにして下ネタだから. うちのお子様もただいま下ネタ中.)


Id: #b19980910174943   (reply, thread)
Date: Thu Sep 10 17:49:43 JST 1998
From: わたなべ <watanabe@tohoku.ac.jp>
Subject: 会陰切開
会陰部と聞いただけで痛いと言えば、出産時の会陰切開ってかなりの率で
行なわれているんですね。最近は、なるべく切らない方針の所が増えてい
るようですが。そこらへんの話が以下の URL にありました。

   http://www.dianet.or.jp/babycom/friends/kiji/date/date1.html
   http://www.dianet.or.jp/babycom/friends/spe/e-re.html

Id: #b19980910142618   (reply, thread)
Date: Thu Sep 10 14:26:18 JST 1998
From: みほ <miho@din.or.jp>
Subject: 「どっ」はコピーレフトです。

わけわかめ小町です(どっ)。 とすると、渡康さんの説は タケシのコマネチポーズと通じるものがありますね、やはり。 なにが「やはり」かはさて置くとしても。

会陰部、と聞いた(読んだ)だけで痛い気がするのは わたしだけ?(ほんとに わたしだけとは思っちゃいないという反語形式)

わたなべ(紹介)説は、「ではどうやって外見から 判断するのか」問題が未解決かと思います。


Id: #b19980910140738   (reply, thread)
Date: Thu Sep 10 14:07:38 JST 1998
From: わたなべ <watanabe@tohoku.ac.jp>
Subject: 小股
どこで見たのか (あるいは聞いたのか) 忘れましたが、
小股とは小陰唇の事で、「小股の切れ上がった」という
のは「上付き」という事だ、という説を見た覚えがあり
ます。

別にその説を支持しているわけではありませんが。

Id: #b19980910132859   (reply, thread)
Date: Thu Sep 10 13:28:59 JST 1998
From: きし <irabuti@osk.3web.ne.jp>
Subject: 困った(どっ)
どうも。ウェブ・ジゴロです。(どっ)
もうこの「(どっ)」が気に入って、思わず植木に水をやるのも
忘れてしまいました。おかげでニオイザクラが枯れかけてます。

>会陰部から骨盤両側の腸骨翼に向かって
>走る鼠径靱帯が形成する角度

うわーー、さすが解剖屋さんですね。会陰部。身体って、ぜんぶ名前が
ついてるんだな。
しかし「小股」問題'98 は、解釈が見事にバラバラである。

Id: #b19980909143818   (reply, thread)
Date: Wed Sep 9 14:38:18 JST 1998
From: 渡康@東北大農 <watakoh@bios.tohoku.ac.jp>
Subject: 小股の切れ上がった云々
 解剖屋として見ると,「小股の切れ上がった」状態
というのは,会陰部から骨盤両側の腸骨翼に向かって
走る鼠径靱帯が形成する角度が小さい状態を指すもの
と思っておりました。
 骨盤の腸骨翼,つまり腰の横側に張り出した骨の間
が狭い(畜産用語で言うところの腰角幅が小さい)状
態で,縦に細い骨盤を持っていることになります。
 いわゆる「ハイレグ」な状態ですな。

 こういう意味で「小股が切れ上がっている」と,着
物姿の帯から下のラインが細くしなやかに見えてよろ
しい,と思われたのではないでしょうか。俗に「柳腰」
というのも,そういう様を指したのではないかと思い
ます。
 昔の日本女性は骨盤が横に張り出して,骨盤腔の大
きい(安産型の)体型の方が多かったと思いますので,
「小股の切れ上がった」女性というのが珍しかったの
ではないでしょうか。

 ちなみに旺文社「成語林」にも類似の解説が載って
います。

Id: #b19980909133910   (reply, thread)
Date: Wed Sep 9 13:39:10 JST 1998
From: くろき げん <kuroki@math.tohoku.ac.jp>
Subject: Re: こまた (1, 2)

きしさん、小股は、足袋の親指と人差し指の間の切れ目のことであると、新明解国語辞典に書いてあったはずです。(手許にないのでどなたか確認よろしく。私も後で調べてみますが。)


Id: #b19980909124121   (reply, thread)
Date: Wed Sep 9 12:41:21 JST 1998
From: みほ <miho@din.or.jp>
Subject: こまねち

うぇぶ小町です(どっ)。 (小町の「小」は小野小町に由来) ビートたけしの「コマネチ」ってポーズは 「小股」を踏まえてるわけじゃないだろうけど。

あの解説にある 「民間放送」観てしまったような気がします。 その番組の 「足の親指がちょっと突き出て、それが反り上がっている女性」 ってのは、浮世絵の美人画を根拠にしていました。

きしさんの「足が小さい→美人(とは言ってないか)」って 連想は纏足を思い起こさせる。

普通の会話じゃ聞かないってことでいえば、 「お安い御用だ」なんかもそう。こういうときの 「お(御)」にもやっぱり文法的な名称があるの だろうか。カップルをからかうときの 「お安くないね」の「お」も同様。

関連して、 つぶやきにも御託を並べてみました。 ご指導お願いいたします(ここでもけっこうです)。


Id: #b19980909112802   (reply, thread)
Date: Wed Sep 9 11:28:02 JST 1998
From: きし <irabuti@osk.3web.ne.jp>
Subject: こまた2

文章の途中で送ってしもた。
ここによると、
わたしが聞いた話は「とんでもない間違い」ってことになるのかなあ。
Id: #b19980909112316   (reply, thread)
Date: Wed Sep 9 11:23:16 JST 1998
From: きしまさひこ <irabuti@osk.3web.ne.jp>
Subject: こまた
小股は、足袋の親指と人差し指の間の切れ目のことだって
なんかで読んだことがあります。
それが切れ上がってるってのは、まぁたぶん足が小さいって
かんじになるのでは。

Id: #b19980909092257   (reply, thread)
Date: Wed Sep 9 09:22:57 JST 1998
From: 小波 <konami@miyagi-ct.ac.jp>
Subject: Re: 小股

わははは!伊藤さん。 小股の切れ味 罠のある性なんてのは、 「小」のもつ「コンパクト化して切れのよさを付け加える機能」(たった今思い付いた妄説) をばっちり生かしてますね。

 どれ、ということで「お股」を引いたら予想通り幼児語(幼児をもつ 母親語)と、あっち方面とが混在してますねえ。英語のプシーキャット みたいな歴史をたどっているのだろうなあ。それにしても見ているうちに うんざりしてきたので、当たり障りのないところで、 お股せチョコでもご賞味くださいな。


Id: #b19980908225816   (reply, thread)
Date: Tue Sep 8 22:58:16 JST 1998
From: Akinori Ito <aito@bu.edu>
Subject: 小股

goo で「小股」を検索すると,ほとんど相撲の「小股すくい」 ですね.正しく小股を使っているページは, こことか ここみたいなのが多いのだ.変わったところでは こんなのとか こんなのも.
Id: #b19980908111358   (reply, thread)
Date: Tue Sep 8 11:13:58 JST 1998
From: 小波 <konami@miyagi-ct.ac.jp>
Subject: 小股の切れ上がった美人?

 それって、よくこの種の話しのネタにはなるけど、 わたしゃ普通の会話や小説の中で「小股の切れ上がった美人」なんて表現に 会ったことはありません。落語ならあるように思うけど。死語を取り上げて いつものネタで話しのつなぎにする材料ってとこですよね。ナマコの ことが話題になった途端に、誰かが「最初にナマコ食ったやつはえらい!」みたいな。

 なんて言いながらわたしも妄言を費やすことにしようかな。なぜ「小股」かっていうと、 「股」ではどうみてもお下劣に聞こえるからではないのかなあ。結構わいせつな感じがしませんか? クレヨンしんちゃんは「お股」って言うんだが、あれも幼児語的わいせつ 用語だよね。


Id: #b19980907141656   (reply, thread)
Date: Mon Sep 7 14:16:56 JST 1998
From: EV
Subject: 国文法雑感

国語ページあちこち拝見。
「小股の切れ上がった」に出て来る
「体言挟みの係り」ってプロレス技みたいですごい。

ドストエフ好きーのページの「拝啓・文部省国語審議会殿」の
中にいくつか気になる記述が。
まず、「エレベーター/エスカレーター」は、あまりまぎらわしくありません。
文字メディアを見るたび「エレベーター」ということばに過敏に反応してしまう
ぼくの経験から言いますと、まぎらわしいのは「エレベーター/エベレスト」です。
エベレストを改名してほしい。あと、エレキベースの略語であるエレベも変更して
ほしい。
エと工がまぎらわしいということでは、
明和電機の会社案内に「アトリ」というのがありました。

Id: #b19980905231802   (reply, thread)
Date: Sat Sep 5 23:18:02 JST 1998
From: 小波 <konami@miyagi-ct.ac.jp>
Subject: 言語指南役たじたじ

 つらつらと眺めていて、仙台の 西友系ショッピングセンターの一角の釜飯屋で昼食をとったときのことを思い出した。レジのところに 立っていた店の女性が、
 どうもありがとう存じました。
と、帰る客に深深と頭を下げながら丁寧に礼を述べるのである。なんか疲れてしまったな、もう。この店の 接客マニュアルに書いてある通りにやってるんだろうか。
Id: #b19980905165240   (reply, thread)
Date: Sat Sep 5 16:52:40 JST 1998
From: くろき げん <kuroki@math.tohoku.ac.jp>
Subject: 国文法と国語審議会

goo で「国文法」、「国語審議会」、「国文法 and 国語審議会」なんかを検索してみましたが、結構面白いです。特に、何をどのようにして間違いであると判断しているか、逆に間違いとは言えないと判断しているか、に注目すると面白いです。穏健な判断を下している場合もあれば、「これはいかがなものか」と感じられるのような事例も見付かります。(そして、爆笑できる文書も結構見付かるのだ。)

文部省

月刊日本語:そこが知りたい日本語何でも相談

その他

この手のネタって膨大に見付かりますね。


Id: #b19980905030945   (reply, thread)
Date: Sat Sep 5 03:09:45 JST 1998
From: あ伊藤 <aito@bu.edu>
Subject: 言葉の正しさ

言葉使い論争が起きても,この掲示板に来る人は割と まともな人が多いので(主観),「国文法では『は』は ○○で…」とか言い出す人がいない所が良い.

結局言葉に正しさなんかないのかもしれないと思いつつ, それでもやっぱり,こっちは正しくてあっちは変な感じ がするのが言葉の面白いところ.

最近は私はコーパスを使った研究ばかりやっているので, いろいろな言いまわしについて「あれは正しい,これ は変」という主観的な判断をしなくなったのがちょっと寂しい.


Id: #b19980904234126   (reply, thread)
Date: Fri Sep 4 23:41:26 JST 1998
From: くろき げん <kuroki@math.tohoku.ac.jp>
Subject: 匿名者の不自由

表の方に「匿名者の重い責任!」なんて書いてしまったので、これについてちょっと愚考してみる。

自分の正体を明かすことによって不利益を被る可能性がある場合は匿名で何かを書くというのはありだと思う。しかし、匿名という立場は決して自由ではない。まず、言っていることが信頼されるかどうか。そして、匿名者は、匿名であるということによって他人に不気味な印象を与え易いので、そのことにも気を使わなければいけない。何かと不自由なのだ。

正体を明かすと不利益を被るという理由で匿名にすると、別の面で不利益を被ってしまうのである。

ここで、思い付いたのが、若い女性に対するストーカーの問題だ。若い女性がネット上で身元に関する状態を公開することはストーカーにねらわれる危険をおかすことなので避けた方が良いと言われることは多い。私もその通りだと思う。しかし、匿名になることにもデメリットはあるのだ。これでは大きな不平等が生じてしまいそうな気がする。

これはよくある種類の問題ではあるのだが、やはり難しい。


Id: #b19980904170352   (reply, thread)
Date: Fri Sep 4 17:03:52 JST 1998
From: くろき げん <kuroki@math.tohoku.ac.jp>
Subject: 新・太陽にほえろ 七曲署関係者一覧

ここここで話題の七曲署関係者一覧。ぎゃはは! でも、まだ敵対勢力関係者が少ないですね。

P.S. 玲奈さんへ。「書かないでいるとなおさら勉強が手につかない」ってのはちょっと危険かも。…なんて書くとまた刺激しちゃうことになるんでまずいんだろうなあ。まあとにかく、決着さえつけば、結果がどうであれ、みんな歓迎すると思うので、インターネット方面のことは心配せずに、自分のことをがんばって下さい。


Id: #b19980902   (reply, thread)
Date: Fri Sep 4 19:55:00 JST 1998
From: くろき げん <kuroki@math.tohoku.ac.jp>
Subject: これ以前の掲示

すぱっと切りました。

HTML の書き方を学びましょう。

過去ログの検索を上手に利用しましょう。

点取り占いでストレス解消!

1998年9月2日までの記録 (インデックス時間と逆順)

1998年9月2日までの記録の終わり付近の様子 (時間と逆順)


1つ前の記録:黒木のなんでも掲示板2 (0001)


この掲示板の管理者: 黒木 玄  <kuroki@math.tohoku.ac.jp>