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黒木のなんでも掲示板 (0066)

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Id: #a20001207020537  (reply, thread)
Date: Thu Dec 07 02:05:37 2000
Name: マルハナバチ
Subject: 香山リカといえば、
「創」12月号の「『ココロの時代』解体新書」で、「片づけられない女たち」をと
りあげていたんだけれど、なんだかなあー。

そしてこういう「片づけられない女たち」の中には、神経系の障害が原因で苦労し
ている人たちがいる。そんな障害の一つに、注意欠陥多動性障害(ADHD)があ
る。(訳書「原著まえがき」p10)

が、どうして、

著者は、こういう“症状”を呈する女性たちの多くは、ADHD(注意欠陥多動性
障害)とかADD(注意欠陥障害)と呼ばれる器質性障害を患っている、と主張す
るのである。

とか

「片づけられない女性はADHD」と言い切ってしまうこの本のおおらかさには驚
かされた。

になっちゃうんだろう。「中には、 がいる」と「多くは」じゃ、だいぶちがうと
思うんだがなー。はぁー。

Id: #a20001206131910  (reply, thread)
Date: Wed Dec 06 13:19:10 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001204192255
Name: まきの

うーむ、鷲田氏の選評は、私には何が書いてあるのかわからないので、、、あ、 確かに、香山氏のメールマガジンにも出てますね。

突然話題を変えて宣伝:12/9 のNHK教育サイエンス・アイに、まきの が一瞬だけでるそうでございます。

ところで、 zakuro にアクセスにいくとこんなのが:

Internal Server Error

The server encountered an internal error or misconfiguration and was unable to complete your request.

Please contact the server administrator, www-admin@zakuro.math.tohoku.ac.jp and inform them of the time the error occurred, and anything you might have done that may have caused the error.

More information about this error may be available in the server error log.


Apache/1.3.4 Server at zakuro.math.tohoku.ac.jp Port 80

Id: #a20001204192255  (reply, thread)
Date: Mon Dec 04 19:22:55 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001204152139
Name: みほ
Subject: Re:なかなか素敵

きょう流れたメルマガからの伝聞の又聞きざますが、香山リカ先生もその授賞式に出席されたそうで、
まきのさんお気づきになって? 理由は、「長年、“心の師”と仰いでいる京都大学の新宮一成先生」
が受賞なさったからですってよ。「鷲田清一氏の選評がまたステキだった」と御満悦。
数日内に【香山ココロ週報】に載るもようですわ。(ゴシップ記者か、わたしは)
Id: #a20001204153511  (reply, thread)
Date: Mon Dec 04 15:35:11 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001204152139
Name: まきの
Subject: いかん

下の「新宮氏」のリンク先が間違ってました。その次の記事が正しい、、、って、今 度は大丈夫かな。なぜか手元の w3.el だと確認ができないので。
Id: #a20001204152139  (reply, thread)
Date: Mon Dec 04 15:21:39 2000
Name: まきの
Subject: サントリー学芸賞

サントリー学芸賞なるものを 金森氏の「サイエンス・ウォーズ」がとったいう話なので、どん な賞か見にいってみました。 ここです が、選評 の意味不明さと、同時に新宮氏 も同じ賞をもらっているあたりがなかなか素敵。
Id: #a20001201084932  (reply, thread)
Date: Fri Dec 01 08:49:32 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001201030402
Name: くろき げん
Subject: Re: 「形式の法則」をかこって(というか、かこえないのだ)

Axe さんの2つのコメントにお答え致します。 (細かいことですが、 George Spencer-Brown の last name を「ブラウン」と略すのはまずいはずです。)

1)について

山口昌哉は『形式の法則』の数学的内容をほとんど理解してない可能性があります。なぜなら、彼は「日本語版監修者の序」においてこう述べているからです:

 正直いって、この本の正確な位置づけは私にもわかっていない。彼が提唱する Calculus は、ブール代数を再構成できるような、もっと基礎的な「区別」という人間の行為を記号下した簡単な算術から出発するけれども、…… (強調は引用者による)

実際には Spencer-Brown が提唱した Calculus は数学的にブール代数と完全に等価なので、ブール代数よりも基礎的ではありません。

結論だけ述べておくと、「日本語版監修者の序」に書かれている肯定的な評価を信用してはいけません。各々が『形式の法則』の数学的内容を理解した上で評価を下すべきだと思います。

2)について

Axe さん曰く、

これを、例えば村上があげているドイツの教養番組などでは「横断歩道を渡ってまた渡ればもとのところに戻る」という区別の存在を前提とした素朴な地理的イメージで捕らえていて、これは概念の濫用だ!と指摘しているわけです。まあ私などはこのあたり、「知の欺瞞」と同じ爽快感を持って読んでしまったわけですが:−>他の方はいかがか。

Axe さんには残念なことだと思いますが、これは村上淳一の方が間違っています。なぜならば、ドイツの教養番組で述べられていたような地理的なイメージで Spencer-Brown の意味での primary algebra の公理をすべてみたしている解釈を一つ作ることができるからです。それは次の通りです。

空でない集合 U を用意し、U の部分集合全体の集合を A と書く。 A の元 a, b に対して、 ab を a と b の合併集合と定め、 a の囲いを a の補集合と定義すると、これらの演算は Spencer-Brown の primary algebra の公理をすべてみたしている。 (実際、 primary algebra が数学的に Bool 代数と等価であることを知っていれば、このやり方で primary algebra の公理がすべてみたされることは自明になります。)

補集合を取る操作を、「指定された領域 a からその外側の領域に移動する」というイメージでとらえれば村上が否定している地理的なイメージによる解釈に極めて近くなります。

これに対して、村上の解釈は primary algebra の公理との関係が全く不明です。

『形式の法則』を持ち上げている人たちにありがちな特徴の一つは自分自身の「区別と指示」概念がどのように Spencer-Brown の算法の公理に関係しているかを説明しようとしないことです。そのような人たちは、 Spencer-Brown の算法があたかも「区別と指示」から出発する議論に基礎を与えているかのような印象を読者に与えておき、別の一方では自分自身の議論に必要な「区別と指示」の概念と Spencer-Brown の算法の公理の関係を何も説明しようとしないのです。 (別の特徴は Spencer-Brown の算法は Bool 代数の風変わりな記号法による再構成に過ぎないという事実にも触れないこと。)


Id: #a20001201030402  (reply, thread)
Date: Fri Dec 01 03:04:02 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001119173904
Name: Axe
Subject: 「形式の法則」をかこって(というか、かこえないのだ)
Axe です。「形式の法則」も村上淳一氏の「システムと自己観察」もよんでいます。

1)「形式の法則」での算法が陳腐だとして、ブラウンが「証明と証示」の区別
を設けているあたりは、どうなんでしょうか?宮台・大澤はともかく、監訳者の
山口昌哉氏は「普通の数学者は…区別することはやらない、それをはっきりと浮
かび上がらせた」などと書いていて、数学者ではない私はへえそういうものです
か、と感じ入ってしまったのですが、やはりこれも陳腐なんでしょうか。

2)村上の論文には、ブラウンの議論をルーマンが「拡大」解釈した援用をして
いる、という話がでてきます。また、ブラウンのいう「横断の法則」について、
これに地理的なイメージを当てはめることの誤謬を指摘しています。マークを二
つつけた場合に、最初のマークによる「区別すること」への意志が、それを被う
マークにより否定されて「区別がなくなる」=区別無い最初の状態と同じと考え
てよい、というのがブラウンの意図するところだ、というのが村上の解釈です。
これを、例えば村上があげているドイツの教養番組などでは「横断歩道を渡って
また渡ればもとのところに戻る」という区別の存在を前提とした素朴な地理的イ
メージで捕らえていて、これは概念の濫用だ!と指摘しているわけです。
まあ私などはこのあたり、「知の欺瞞」と同じ爽快感を持って読んでしまった
わけですが:−>他の方はいかがか。


Id: #a20001129234636  (reply, thread)
Date: Wed Nov 29 23:46:36 2000
Name: ミックフォーリー
Subject: 宮台真司の言説における『「知」の欺瞞』を検証するスレッド

はじめまして、HN;ミックフォーリーと申します。都内在中で会社員を やっておるものです。ここを始めとしていろんなサイトをROMするのが 専門で、自身のHPや良く書き込みする掲示板等はありませんが、最近 はCGI(主にperl)の勉強をはじめたばかりです。

さてこの掲示板で度々議論されている『「知」の欺瞞』的言説について ですが、私が今月いっぱい管理人を勤める(ナツ)ちゃんねる((ナツ) 板の2ちゃんねる形式CGI使用版)において、宮台真司さんの言論にに 限って議論・検証しております。

興味のある方はこちらにて行っておりますので 御参照あるいはご参加ください。

以上よろしくお願いいたします


Id: #a20001129190547  (reply, thread)
Date: Wed Nov 29 19:05:47 2000
Name: 大豆生田
Subject: ながらサッカー観戦

栃木県グリーンスタジアムバックスタンド芝生席では 子供達が「サッカーの応援をしながらサッカー」をしたり、 犬と一緒に走りまわったりしています。 一応、ビール販売もありますが、スタジアムは車じゃないと行けない場所なので、 酒酔い観戦には不向き。

今度の仙台スタジアムは始めていくところなので、 どういうところかよく分からん。 通常なら売店が開いていてビールは買えるだろうが、 地元のチームの試合じゃないんで閉店の可能性もある。


Id: #a20001129183019  (reply, thread)
Date: Wed Nov 29 18:30:19 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001129145942
Name: やぎ
Subject: サッカーの応援をしながら

スタンドでサッカーをすれば暖かくなると思う。


Id: #a20001129145942  (reply, thread)
Date: Wed Nov 29 14:59:42 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001128174357
Name: 大'
Subject: サッカーの

応援しながらスタンドで宴会やってれば良いのだ。(おい)

でも,ビール呑むには寒いんだよな。いや,何を呑んでも寒いんだけど。(^^;;


Id: #a20001128194404  (reply, thread)
Date: Tue Nov 28 19:44:04 2000
Name: くろき げん
Subject: 斎藤貴男『機会不平等』

高畑義啓さんによる紹介bk1 のページ。斎藤貴男著『機会不平等』 (文芸春秋、2000.11) を読んだ方は他にいらっしゃいますか?


Id: #a20001128174357  (reply, thread)
Date: Tue Nov 28 17:43:57 2000
Name: 大豆生田
Subject: 仙台紀行

12月3日は天皇杯サッカー2回戦 (栃木SC vs 関西学院大学) の 栃木SC応援ツアーで仙台に行きます。 (本当はベガルタ仙台が相手の予定だったが…。) 残念ながら、日帰り強行日程のため余裕が無いです。
Id: #a20001125231040  (reply, thread)
Date: Sat Nov 25 23:10:40 2000
Name: ときた
Subject: Audinのページ

Audinのページ
http://www-irma.u-strasbg.fr/~maudin/

http://irmasrv1.u-strasbg.fr/~maudin/polys.html
から最近の講議のノート
M. Audin, G姉m師rie symplectique: sous-vari師市 lagrangiennes, lagrangiennes sp残iales, cours de DEA, automne 2000, version pr四iminare du 13 novembre 2000
比較的最新情報につき文字化け御容赦。
Id: #a20001124131539  (reply, thread)
Date: Fri Nov 24 13:15:39 2000
Name: ときた
Subject: 数学の ビデオ講議

バークレーのhttp://www.msri.org/
のhttp://www.msri.org/publications/video/index.html
にはかなり多数のビデオ講議が。
アティヤー・シンガーのシンガーなんかも登場してる。
培風館の一楽訳のシンガーの教科書なんか読んでる学生は、著者の老人にして元気を見られたら。
Id: #a20001121012058  (reply, thread)
Date: Tue Nov 21 01:20:58 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001118160525
Name: くろき げん
Subject: 藤村氏ねつ造 83年の宮城中峰C遺跡 1人の時だけ石器

東京新聞2000/11/19「【総合】初期発掘にも不審点 藤村氏ねつ造 83年の宮城中峰C遺跡 1人の時だけ石器

藤村氏の捏造が暴露された現在、数万年以上前の日本の様子がどんな風であったかについて、どのような情報がどのような意味で信頼できるのか (もしくは信頼できないか) に関して整理された情報が読めるウェブサイトがあると嬉しいのだ。


Id: #a20001119173904  (reply, thread)
Date: Sun Nov 19 17:39:04 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001119134355
Name: くろき げん
Subject: 疑う機会がたくさんあったはずなのに疑うことができてないという問題

崎山さん、G.スペンサー・ブラウンのような単なる山師とジョセフソン素子のブライアン・ジョセフソンのように本物の仕事をした人物を単純に比べようとしたことは誤りであったことは理解しましたか?

例えばの話として、今や「オカルト本の世界の住人」となってしまったジョセフソンの姿を知った人が、実はジョセフソンは単にやばいだけの人なのかもしれないと疑ったとしましょう。私はそのように疑いを持つこと自体は別に問題はなく、オカルトに走ってしまうような人に疑いの目を向けるのはむしろ当然のことだと思います。しかし、十分に調べてみれば、ジョセフソンは研究者として実際に優れた業績をあげた人であることが判明するわけです。

同様に、ある人が、スペンサー・ブラウンについて、彼が四色問題のコンピューターを使わない証明を見つけたと言って、マーチン・ガードナーの「数学ゲーム」でお笑いネタとして利用されたり1、ジョン・ホートン・コンウェイに10ポンド賭けるとからかわれた話2を見付け、ドナルド・クヌースには山師とみなされていること1を知ったとしましょう。そのとき、その人が「スペンサー・ブラウンの『形式の法則』も疑ってみた方が良いのではないか」と考えるのは非常に自然だし、実際疑ってみるべきだと思います。 (ここでジョセフソンの例を思い出して疑うことをサボってしまうと足をすくわれることになる。) そして、十分に調べてみれば、深遠な思想書のように扱われている『形式の法則』は実際には他でよく知られている簡単な事柄を風変わりな記号法でわかり難く説明しただけの本に過ぎないことがわかります。そして、『形式の法則』を持ち上げている人たちが強調する「区別」と「指示」からの出発に関して、スペンサー・ブラウンはまともな議論を何もしてないことにも気付くことになる。

そして、さらに、スペンサー・ブラウンの信者になりかけのある人がスペンサー・ブラウンによる四色問題の証明には彼の「形式計算」の理論が使われていると信じていること2や、『形式の法則』の新しい版には四色問題に関する補遺が追加されていること3を知ることになるかもしれない。スペンサー・ブラウン信者の問題を語る場合には、スペンサー・ブラウンの四色問題に関する逸話が結構有名なことは知っておいた方が良いと思います。

スペンサー・ブラウンに関する情報を積み重ねるたびに、スペンサー・ブラウンを持ち上げている人たちの危険察知能力への疑いが強くなって行きます。もちろん最終的には様々な逸話と論理的に独立な考察によって『形式の法則』の本文の内容への評価を下すべきなのですが、様々な逸話は蛇足であり余計であるということにはなりません。

私は、スペンサー・ブラウン個人よりも、むしろスペンサー・ブラウンを持ち上げている人たちに批判の目を向けるべきだと考えています。四色問題ネタを知ったならばスペンサー・ブラウンに疑いの目を向けるのは当然だし、スペンサー・ブラウンについて学ぼうとした人が四色問題ネタを知らずに通り過ぎたとすればそれは調べ方が足りないということになると思います。このような意味で四色問題の話は決して蛇足ではありません。スペンサー・ブラウンを持ち上げている人たちが書いたものを見ると、スペンサー・ブラウンへの疑いが完全に欠如していることがわかります。

崎山さん曰く「でもこれはダメさを確認するために読むべき?」

スペンサー・ブラウン自身のダメさだけではなく、スペンサー・ブラウンを持ち上げている人たちのダメさ (言うまでもないことだがこれは部分的なダメさであって全否定ではない) を知るために、理系出身者で社会学に興味のある人が『形式の法則』を見ておくのは悪いことではないと思います。


Id: #a20001119134355  (reply, thread)
Date: Sun Nov 19 13:43:55 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001119055346
Name: 崎山伸夫
Subject: えーと、

「反論」のつもりではなくて、 「四色問題を証明したつもり」(でマチガッテル)問題を使うことは (特にそれがAppendix に付いてない版で評価した人達に対しては) 「蛇足」の類であり、余計なものではないか、ということだったのですが。 黒木さんの『形式の法則』本文自体に対する批判はしごくもっともだと 私には読めているので、だから買えないのですよ...(^^;

でもこれはダメさを確認するために読むべき?


Id: #a20001119055346  (reply, thread)
Date: Sun Nov 19 05:53:46 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001119034050
Name: くろき げん
Subject: Re: しまった

先の記事は崎山さんの「しまった」を読む前に書いたものです。そちらに詳しく書きましたが、私が10/31に書いた記事の補遺4で言いたかったことは次の二つです:

以上の評価は『形式の法則』の新版に四色問題に関する補遺が追加されていることを知らなくてもそのまま正しいのです。

ポイントは四色問題の件とは独立にスペンサー・ブラウンおよびその信者のおかしいところを指摘できることです。崎山さんは『形式の法則』を読まずに反論しようとしたので、そのことに気付かなかったのだと思います。

いずれにせよ、繰り返しですが、スペンサー・ブラウンのような単なる山師をジョセフソンのような本物の業績をあげた人と比べちゃいかんでしょ。


Id: #a20001119050732  (reply, thread)
Date: Sun Nov 19 05:07:32 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001119014649
Name: くろき げん
Subject: George Spencer-Brown

崎山さんは、『形式の法則』がどのような本なのか何も知らずに、私のスペンサー・ブラウン批判を完全に誤解しています。出直した方が良いと思う。でも、せっかくの機会なので、スペンサー・ブラウンに関してより詳しく解説することにします。

まず最初に、スペンサー・ブラウンはどのような人なのか。スペンサー・ブラウンを肯定的に評価している人たちが彼をどのように紹介しているかに関して、村上淳一著『システムと自己観察――フィクションとしての〈法〉』 (東京大学出版会、2000年)の119-121頁にある註が非常に参考になるので引用しておきます:

(3) George Spencer-Brown, Laws of Form, 1969. ルーマンが『社会の社会』で用いるのは『形式の法則』の一九七九年の版であるが、ルーマンはすでに、遅くとも一九八四年の『社会システム』において、七二年の最初のアメリカ版を用いている。なお、大澤真幸/宮台真司訳の日本語版『形式の法則』が、一九八七年に朝日出版社から刊行されている。この邦訳書には、ドイツ語版のための「はしがき」、九五年執筆の「まえがき」、九三年執筆の (九四年版への) 「まえがき」はもとより、七八年執筆の (七九年版への) 「まえがき」、七二年執筆の「最初のアメリカ版へのまえがき」がいずれも欠けており、六八年執筆の「まえがき」だけが訳出されている。また、邦訳書には補論 (Appendix) は一と二しか収録されておらず、補論三「バートランド・ラッセルと『形式の法則』」 (九二年執筆。ドイツ語版に英文も収録)、補論四「自然数の代数」 (六一年執筆。ドイツ語版に英文のみを収録)、補論五「地図は四色刷りで足りるという問題の二つの証明」 (七九年に執筆された原稿を、著者自身が九六/九七年に要約してロイヤル・ソサイエティ図書館に納めたもの。ドイツ語版に英文のみを収録)、補論六「結び」 (九七年執筆。ドイツ語版に英文も収録) は納められていない。

 スペンサー-ブラウンは一九二三年にリンカンシャーのグリスビーに生まれ、数学を学んだ後オックスフォードで論理学を教えたこともあったが、ロンドンに移って、コンピューターのためのトランジスター回路の設計に携わった。そのさい古典的な論理学では解けない複雑な問題と取り組んだことが発端となって、一九六九年の『形式の法則』が生まれたのである。スペンサー-ブラウンはその直後に一転して、女子学生の両親の反対によって挫折した恋を語る『このゲームができるのは二人だけ』 (Only Two Can Play This Game, 1971) をジェームズ・キーズ (James Keys) という筆名で発表し、『形式の法則』から一旦離れる (以上については Rudolf Maresch, Ariadne hat sich umsonst erh\"angt, http://wwwdb.ix.de/tp/deutch/inhalt/buch/2311/1.html および G\'abol Pa\'al, Logik des Unsinns, aus der Reihe: Paradoxien, SWR2 Wissen, http://www.swr2.de/wissen/manuskripte/paradoxien_1.html を参照した)。しかし、その後スペンサー-ブラウンは、『二人だけ』によって得られた「無は無自覚によってしか変わらない」という認識によって、「無が何も変えることができないなら〈最初の区別〉が以後の一切を出現させる」という『形式の法則』の思考を再確認し、『二人だけ』のドイツ語版 (Dieses Spiel geht nur zu zweit, 1994) に寄せた「ドイツ語第一版へのはしがき」において、「当時は知らなかったが、釈迦牟尼は二五〇〇年前にこれと全く同じ認識に達している」と述べている。なお、マーレシュによれば、『形式の法則』は、ハインツ・フォン・フェルスターが初版に寄せた好意的書評もあって、サイバネティクスや神経生理学や生物学やイルカ研究の学者にとっての「虎の巻」になり、一九七三年にカリフォルニアのイーサレン研究所での学際研究会 (グレゴリー・ベイトソン、ハインツ・フォン・フェルスター、ジョン・リリー等が参加) の開催を促すことになったものの、広い範囲の読者を得るには至らなかった。ドイツではようやく、マトゥラナとバレラ (いずれも自己塑成論【引用者註: autopoiesis の村上による訳語】で著名なチリの生物学者) による『形式の法則』の「発見」が知られるに及んでズーアカンプ書店が独訳の刊行を計画したが、スペンサー-ブラウンが英語の原文と独訳の両方とも載せるように要求したため、その計画は頓挫したという。独訳版への「はしがき」がすでに一九八五年に執筆されているのは、こうした事情によるものであろう。

(村上淳一『システムと自己観察』119-121頁より)

崎山さんは、まず日本語版の後に出版されたドイツ語版の『形式の法則』の新しい版には四色問題に関する「補論5」が付け加わっていることに注目するべきでしょう。 (他の版に関する情報を私は持ってない。)

村上自身はどのように評価しているのかわかりませんが、村上は Spencer-Brown によるコンピューターを使わない四色問題の証明は穴だらけであるということについて何も触れていません (cf. 1, 2)。そうであることを認識していれば一言コメントしておくべきだと思うのですが、それに限らずスペンサー・ブラウンに関する否定的な見解は何も紹介されていません。おそらく村上氏はマーチン・ガードナーの「数学ゲーム」 (Scientific American 1980.2、邦訳は 1980.4) でお笑いネタになっていることなどを全く知らないのだと思う。

(スペンサー・ブラウンの話とは直接には関係ないのですが、上に名前が挙がっているジョン・C・リリーについてはここここを見て下さい。彼の『サイエンティスト』 (平河出版) という本はドラッグ毒電波自伝なトンデモ本としておすすめです。リリー自身が発明したアイソレーション・タンクの中でドラッグをきめて受信した「三者会談」が非常に面白い。小説ではなく自伝であるところがナイスなのだ!)

さて、私の書き方には確かに誤解を招くようなところがあったかもしれませんが、コンウェイがスペンサー・ブラウンに「あなたの四色問題の証明が正しくない方に十ポンド賭ける」と言ってからかったというような逸話は、ドナルド・クヌースによる「【スペンサー・ブラウンは】専門知識をもったふりをしている山師 (charlatan) なので彼の宣伝に協力してはいけない」という警告を補強する情報とみなしてもらいたかったのです。

そして、私が10/31に書いた記事の補遺4でジョン・ホートン・コンウェイとマーチン・ガードナーの言葉を借りて述べた『形式の法則』への否定的評価は以下の通りです。ジョン・ホートン・コンウェイはスペンサー・ブラウンの『形式の法則』を「綺麗に書かれた本だが内容がない (content free)」と酷評し、マーチン・ガードナーは『形式の法則』がやっていることは「命題論理を風変わりな表記法での再構成にすぎない」、「それにもかかわらず、『形式の法則』の熱狂的な信奉者がたくさんいて、それ専門の定期刊行物まである」と苦々しく語っています。コンウェイとガードナーによるこの否定的評価が正しいことは、『形式の法則』を読むことによって、スペンサー・ブラウンが山師であることとは独立に確かめることができます。

これに対して、崎山さんはスペンサー・ブラウンと本物の業績を上げたジョセフソンを比べているようですが、スペンサー・ブラウンは「内容のない」本を書いたり、その他様々な愉快な逸話を残した人物に過ぎません。崎山さんは、スペンサー・ブラウンが偉大な仕事をした人物だと信じているようですがそれは誤りです。『形式の法則』の話をしているのに、それを読みもせずに反論を試みたこと自体にも問題があると思う。私の経験ではスペンサー・ブラウン信者が書いた二次文献におけるスペンサー・ブラウンの評価はまったく信用できません。

スペンサー・ブラウンの『形式の法則』を肯定的に評価している人たちの特徴は以下の事実に気付いてなかったり、以下の事実と認識論や社会学との関係 (特に「区別」と「指示」から出発することとの関係) を説明しようとしないことです (例えば『形式の法則』の訳者の大澤真幸と宮台真司はその典型例):

スペンサー・ブラウンを応用している人たちはこのようなことが明るみに出ると非常に困ると思います。

例えば、村上淳一は上で挙げた『システムと自己観察』の116頁以降で『形式の法則』がいかに難解な本であるかを過剰に強調し、118頁では

ともあれ、困難な読解の末に「形式計算」の真髄に迫ることができれば、得るところは大きいかもしれない。とくに、『形式の法則』は三段論法をも論じており (とくに、補論二「計算を論理学的に解釈すると」)、三段論法の「縮減」のための「形式計算」が判れば法律家にとっても得るところが多いかもしれないが、残念ながら現在の著者はそれを試みる余裕と能力がない。

(村上淳一『システムと自己観察』118頁より)

と言っています。ここで「形式計算」というのはスペンサー・ブラウンの primary arithmetic と primary algebra の理論のことです。それぞれ二値論理とブール代数の理論と同等なので、それらをマスターしても大昔からよく知られている古典命題論理の理解がすすむだけで、法律家にとって得ることが多いとはとても考えられない。

コンウェイが誤解であることを指摘している『形式の法則』に関する "it correctly removes some of the paradoxes that arise in formal logic" という誤った評価は re-entry の概念の導入によって引き起こされました。スペンサー・ブラウン信者は re-entry を自己言及と混同していることが多い。

例えば、河本英夫著『オートポイエーシス2001――日々新たに目覚めるために』 (新曜社) の299-300頁には、『形式の法則』に関して、

代数的に表記された、反省論理学の一種である。反省論理学は、自己言及を主とするものであり、フィヒテ、ヘーゲルによって開発されてきたが、今では代数的操作を可能にする反省論理学になっている。ラディカル構成主義の論理的表記の主要な道具立てをあたえた。

(河本英夫『オートポイエーシス2001』299-300頁)

と書いてあります。しかし、上で説明したように『形式の法則』の実際の内容は自己言及を主とする論理学ではありません。河本は同書の60頁でもスペンサー・ブラウンを肯定的に評価しています。スペンサー・ブラウンに対する根本的に批判的な視点はどこにも見当たらない。 (河本の評価とこの記事の最後で紹介する大庭健の評価を比べてみよ。)

他にも浅田彰は『批評空間』II‐18で「諸身体の対のシステムが自分を根拠づけようとするとき、不在の超越論的シニファンとしての第三者が要請される。それはゼロ記号と言ってもいいし、ラカンやスペンサー=ブラウンのようにもっと洗練して虚数iと言ってもいい」と言っています。スペンサー・ブラウンの「虚数i」というのは re-entry の話です。 (ラカンの「虚数i」については『「知」の欺瞞』の37-38頁を見て下さい。浅田彰に関しては山形浩生「『「知」の欺瞞』ローカル戦:浅田彰のクラインの壺をめぐって(というか、めぐらないのだ)」も見て下さい。)

以上に名前が挙がっている大澤真幸、宮台真司、村上淳一、河本英夫、浅田彰以外にも、スペンサー・ブラウンを偉大な思想家として扱いし、変なことや意味不明のことを言っている人たちがたくさんいます。 (もちろん、言うまでもないことですが、それによって彼らの主張が全て誤りだということにはならないし、私はそのようには主張していない。)

ちなみに、大庭健は、『他者とは誰のことか』 (勁草書房) における331-332頁の註61の中で、「フェルスターあるいはマツラナ、ヴァレラの仕事を引き合いにだしながら、あのスペンサー=ブラウンを持ち上げている人たちを、私はあまり信用していない」と述べ、さらに院生時代にスペンサー・ブラウンに関して次のように報告したと言っています:

スペンサー=ブラウンの「指示=差異化」の鍵算法は、哲学的には、「限定は否定」というスピノザ的直観を継承したヘーゲルの『論理学』にさえ及ばず、数理的には、結局、ブール代数でしかない。

もちろん大庭によるこの否定的評価は全く正しい。


Id: #a20001119034050  (reply, thread)
Date: Sun Nov 19 03:40:50 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001119014649
Name: 崎山伸夫
Subject: しまった

某所を参照すると、 「四色問題を証明したつもり」は現在『形式の法則』に Appendixとして突っ込まれちゃってるわけですね。 (時期からして「『形式の法則』の信奉者」の多数はそうなってることは 知らないという感じだけど)。

P.S. ところでとても評判のよろしくない 「サイファ覚醒せよ!」 (評判が悪いこと自体はもっともだと思う。とくに速水氏がダメダメ。 ただまぁ、本の「意図」を考えると突っ込んでもしょーがないかも) でゲーデルについてかなり長い注がついて 「アインシュタイン賞受賞式におけるノイマンの賛辞」 が長々と引用されている(P.146-149)あたり、「知の欺瞞」の影響ですかね?


Id: #a20001119014649  (reply, thread)
Date: Sun Nov 19 01:46:49 2000
In-Reply-To: a0065.html#a20001031124056
Name: 崎山伸夫
Subject: ちと蒸し返しですが

黒木さんが George Spencer-Brown について批判的であるという その基本的姿勢は問題ないとは思いますが、 「『形式の法則』の信奉者」の批判に「四色問題を証明したつもり」問題をもってくるのは ちとまずいのではないか、と前から思っていてわかりやすい説明になる例を探していました。

というわけで、みつけたというか思い出したので。

Brian Josephsonは 今やオカルト本の世界の住人となっています(と少なくとも私は認識しています) が、そのことをもって ジョセフソン素子 に関する研究がゴミになったわけでは もちろんないですし、ノーベル賞が誤りだったともいえない。

同様に、(おそらくは)論理的につながりのあるわけでない、 『形式の法則』と「四色問題を証明したつもり」を結び付けるのも問題で、 黒木さんとしても『形式の法則』は「マチガッテる」わけじゃないとしている 以上、それに論理的に立脚した議論を直ちに問題があるとできるわけではないと思います (『形式の法則』が "removes the paradoxes form formal logic"だと勘違いして それに基づいているのであれば問題がある議論だとは言えると思います)。 あと、『「区別」もしくは「指し示し」から出発する議論』は、 George Spencer-Brown と無関係に、記号論や構造主義の文脈でおこりうることにも 要注意です。

P.S. でも黒木さんの批判がひっかかって『形式の法則』自体を結局読んでないので、 読んで黒木さんに完全に同意する方向に意見がかわる可能性もまたあるわけですが。


Id: #a20001118193117  (reply, thread)
Date: Sat Nov 18 19:31:17 2000
Name: 時田 節
Subject: 釼持勝衛著『曲面論講議』

釼持勝衛著『曲面論講議』培風館をようやくget.
あしたは茅ヶ崎でギル・シャハムのサラサーテがあるし、
耽美主義の週末になりそう。
Id: #a20001118160525  (reply, thread)
Date: Sat Nov 18 16:05:25 2000
In-Reply-To: a0066.html#a20001118153824
Name: くろき げん
Subject: 先史考古学者の竹岡俊樹氏の発言


Id: #a20001118153824  (reply, thread)
Date: Sat Nov 18 15:38:24 2000
Name: くろき げん
Subject: 旧石器発掘捏造に関するリンク集

旧石器発掘捏造に関するリンク集


Id: #a20001116195606  (reply, thread)
Date: Thu Nov 16 19:56:06 2000
Name: ブタネコ
Subject: 江戸城だと

江戸城だと、赤坂御門・喰違土橋 : 江戸城外堀跡 / 地下鉄7号線溜池・駒込間遺跡調査会編||
出版・頒布事項東京 : 帝都高速度交通営団 : 地下鉄7号線溜池・駒込間遺跡調査会, 1995.5
みたいのが何冊かあって、まとめみたいなのが中公新書にあったような。
伊達藩は、伊達の財政力を破壊する幕府の陰謀で、お茶の水から水道橋にかけての川の落ち合う難しいところをやらされた。
今も昔も財政破綻には土木が一番。
Id: #a20001116174924  (reply, thread)
Date: Thu Nov 16 17:49:24 2000
Name: くろき げん
Subject: 2000年度教育白書はトンデモ的に楽しめるらしい

新学習指導要領実施中止に賛成な理由」に「【夕社】「ゆとりで意欲 学力低下しません」 2000年度教育白書」 (東京新聞 2000年11月14日) へのリンクを追加した。

それによれば、2000年度教育白書で、

学習塾などから「円周率が3になる」と指摘されている点については、「五年生の算数では、新しい学習指導要領でも『円周率は3・14を用いるが、目的に応じて3を用いて処理できるように配慮する』としており、3・14を用いるのは明確」だと指摘

されているようです。確かに新学習指導要領には現行のそれと同じように「3 内容の取扱い」の(4)には「円周率としては3.14を用いるが,目的に応じて3を用いて処理できるよう配慮するものとする」と書いてあります。ところが、その数行上の(2)には

小数のかけ算とわり算においては「1/10の位までの小数の計算を取り扱う」

と書いてあるのです。だから、新学習指導要領では 3.14 という数字を習っても、その数でかけ算・わり算する方法は習わないということになるのです。円周率はかけ算・わり算で利用される数なのでこれは一体どういうことなんでしょうかね。これは数行しか離れていない(2)と(4)のあいだの不整合なのでものすごく目立っている。 (「算数:円周率が3になってしまう?」も参照せよ。)

他にも色々言いたいことがあるのですが長くなりそうなのでここでは止めておきます。一つだけ言えることは「ゆとりの教育」だとか「生きる力」だとか言っている連中は信用できないということですね。そして、信用できない連中が教育改革をどんどん実行してしまっている。

P.S. クララさん、返事が遅れましたが、もしもよければ NAEE2002 に署名して下さい。お願いします。たくさんの人が新学習指導要領に疑問を持っていることを何らかの方法で示す必要があると思います。


Id: #a20001116030534  (reply, thread)
Date: Thu Nov 16 03:05:34 2000
Name: まつもと
Subject: 仙台城石垣修復問題はどうなりましたか?

仙台城の石垣修復の際、現石垣(江戸後期)の内側から伊達政宗治世時(1600年頃)の 石垣が 発掘されました。
報道内容は以下のようなものだったと記憶しています。

  • 伊達政宗は秀吉の二度の朝鮮出兵(1992,1996)に参加した。

  • 日本の武将は朝鮮独特の「朝鮮山城」の攻城戦でひどい目にあった。

  • 今回の石垣は年代的に正宗が朝鮮山城の記憶をもとに作成したか、あるいは連行 した朝鮮人捕虜の技術者が作成したものと推定できる。

  • 仙台城以前と各地の城と比較して、石垣の築城技術が明らかに異なる。日本の築城技術の発展を知る上で重要。


  • ところが仙台市はこの史跡の一部を地下博物館に展示し、残りは全ての年代の石垣をばらしてを積み直してしまうとか。
    世間は藤村問題で揺れていますが、仙台市の対応もなんとももったいない話です。
    史跡保存に向けた新たな動きはでているのでしょうか?

    Id: #a20001114170904  (reply, thread)
    Date: Tue Nov 14 17:09:04 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001113152919
    Name: こなみ
    Subject: 批判への対応

     1970年代,東北大の芹沢長介さんのところで,関東から東北にかけての旧石器遺跡をやっていた頃のことが, たしか岩波新書に芹沢著で書かれていたと思うのですが,本屋でも見つかりませんでした。で,昔読んだ記憶で 書くしかないので,不正確になると思いますが…

    岩宿の旧石器遺跡発見に鼓舞されて,芹沢さんは日本における旧石器時代の実証を目指すのですが そもそも旧石器というのは,それが実際に人間によって使われた石片なのか,それとも自然現象で割れた ものなのかの判定も難しいものらしい。世界的にも,「これは石器だ」「いや,ただの石だ」という水掛論争 はあったわけで,芹沢さんはなんとかして説得力のある証拠をと考えた。そこで,当時の考古学ではまだ あまり使われていなかった科学的分析手段をいろいろと導入したそうです。

    たとえば,石器が実際に植物を切るのに使われたことがあれば,その「刃」は磨耗するはずです。 ものすごく浅いかすり傷みたいなものだけど,必ずそういう痕跡はできるはず。実際,手でなでつづけられた 地蔵さんの顔が磨り減ったりしているわけですから,μm以下の磨耗が使用によって発生するという 「あたり」はつけられます。ならば電子顕微鏡で見よう。当然コントロールのサンプルも必要だから, 実際に石器を作って,それで動物の皮や植物を押し切った後のものと比較しよう。で,その結果, 人に使用された石器には固有の痕跡があることを発見します。

    他にも炭素14による評価を,コンタミネーションを避けるために,サンプルを化学的に精製して,たとえば 特定の脂肪だけを抽出して,それを質量分析にかけて測定する,等々の手法を取り入れて, 宮城県北部の座散乱木で出土した石片をまちがいなく石器であると判断して,当然のごとくに 予想される批判に対応したわけです。私は化学が専門なので,そのやり方には非常に 感銘を受けた記憶があります。芹沢さんは放射性炭素による年代測定では,当時のもっとも 進んだレベルにいたはずです。

    わたなべさんが引いた例は,ちゃんとした学問的な批判として,さらに科学的な検討を 求めるものだし,そこで批判された側が誠実に応えれば,実り多い結果になるはずのものですね。 でも,芹沢の御大は東北福祉大に移った後はあまり旧石器に関わってなかったのかも知れません。 弟子であるはずの梶原さんとの連名での発表が,ちょっとサーチしたかぎりでは見当たりません。 事件の後の芹沢さんのコメントも他人事みたいだし。って,そのへんの事情をだれか知りませんかね?

    まあ,なんといっても芹沢先生は,著名な民俗工芸家であった父親の芹沢鈷(字がちがうようなきがするが, 「けい」)介の遺産を学校に寄贈してくれているし(福祉大の芹沢記念館は日本の近代工芸資料の重要なサイトだそうです),大学に席を置いてもらいさえすれば,福祉大としては もう何もしていただかなくてもよい大看板ですからね。もう90才になられるころだし。

    と,つらつら見てくるに,どっかで糸の切れたタコが,学問もへったくれもなくてここ掘れわんわんになって しまって,誰も止めようがなくなっていたのかも知れませんね。(そういえば,福祉大の梶原研究室の ページは削除されてしまっているけど,日文研 発行の資料には,梶原さんの発表資料があるみたい)


    Id: #a20001113152919  (reply, thread)
    Date: Mon Nov 13 15:29:19 2000
    Name: わたなべ
    Subject: 前期 旧石器

    偽造がどうのこうのと言っているわけではないけれど、1986年の時点で こういう批判 もあったのですね。


    Id: #a20001110103116  (reply, thread)
    Date: Fri Nov 10 10:31:16 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001109155551
    Name: 八木
    Subject: プレッシャー

    柱穴だけでも成果は十分だった


    Id: #a20001110011512  (reply, thread)
    Date: Fri Nov 10 01:15:12 2000
    Name: クララ
    Subject: 署名?

    教科書なんたらに、署名してけろって、↑にリンクあるんだけど

    みんなしてるの?

    なんかよくわからないけど、しろっていうならするよ(超バカ的発言?!)

    FROMあほ
    Id: #a20001109204751  (reply, thread)
    Date: Thu Nov 09 20:47:51 2000
    Name: はりがや(JPS・WWW運営委員長)
    Subject: 人事公募の電子掲示板
    日本物理学会,人事公募の電子掲示板
    http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/jps/jps/bbs/jinji.html
    が,学会WWWサイトに登場...紙の学会誌と違って,詳しい内
    容を付記しているのもあります...
    
    本日,学会誌11月号を郵送で受け取るひとも多いし,こんな記事
    http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/jps/jps/topics/jinjikoubo.html
    が会誌に掲載されたのに合わせて,前もって準備していたWWWペ
    ージが公開された次第です.
    
    http://www.etl.go.jp/~harigaya/
    http://www.jps.or.jp/~harigaya/

    Id: #a20001109155551  (reply, thread)
    Date: Thu Nov 09 15:55:51 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001109000459
    Name: baud rate R.A.
    Subject: 贋作、合成、捏造

    こちらでは、アーカエオラプトルは『合成化石(キメラ)』(別々の動物の、本物の化石のつなぎあわせ)、ピルトダウン人は『贋作(フェイク)』(化石化した人の頭蓋骨と「現生のチンパンジーの下顎骨」) と区別するべきだと書いてあり、化石と石器の違いはあるにしても、石器の材料や現代人による加工の有無は少々気になりました。考古学日誌には、「「あ!、縄文のへら状石器だよ」と思わず声を上げたほどでした」とあるのですが、石器自体は、縄文時代の石器か何かがそのまま使用されたのでしょうか。(「青森遺跡探訪」掲示板 の 198 や 204 には、石器を自作した疑いを指摘する投稿あり)。今のところ、発掘現場でのチェック体制――カメラの設置、複数人で行動、封印も複数人の立ち会いのもとに――や、再発掘すべきかといった話が目につきますが、「旧石器時代の地層は、現在の測定方法がカバーしきれないエアポケットに当たっていたわけだ」としても、「出土物を直接科学的に分析」することによる検証はどれだけ可能なのか、『贋作』だったら細工の痕跡を調べたりできないものか、などと思いました。別の時代の石器そのままだったら、他の時代のものとされる遺跡の出土物との比較とか。……もちろん、そう簡単にはいかないのだろうなとは思いますが、発掘には再現性がない (一回こっきり) とも言われていますし、全部が全部掘り返して調べられるとはかぎらないのですよね……。

    # 見た時間がたまたまそうだっただけと思いますが、TV で見れたのは、お土産物を作った地元の人の嘆きでした。村おこしや経済効果の問題はやはり大きいというか、それが現場へのプレッシャーのもとだったのでしょうか。


    Id: #a20001109154601  (reply, thread)
    Date: Thu Nov 09 15:46:01 2000
    Name: まこと
    Subject: クランクニコルソン

    今,クランクニコルソンのモデルというのを探しているのですが,どんなにさがしても見つかりません. 誰か分かる人教えて下さい
    Id: #a20001109123713  (reply, thread)
    Date: Thu Nov 09 12:37:13 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001109000459
    Name: かも ひろやす
    Subject: 旧石器捏造事件

    今朝の朝日新聞のインタビュー記事でも、ピルトダウン人事件への言及がありました。やはり、旧石器捏造事件からピルトダウン人事件を連想した人はけっこういますね。
    Id: #a20001109022607  (reply, thread)
    Date: Thu Nov 09 02:26:07 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001108205312
    Name: 高田
    Subject: 民主党、捏造処罰のための立法措置検討

    発掘ねつ造処罰へ、民主が立法措置検討(読売)より転載

    民主党は七日の国会対策委員会役員会で、宮城県築館町の上高森遺跡と北海道新十津川町の総進不動坂遺跡の調査で石器発掘がねつ造された問題を受け、文化財や遺跡の発掘のねつ造を処罰対象とする新たな立法措置を検討する方針を決めた。
    現行の文化財保護法は、発掘調査の届け出に虚偽の記載があったり、発掘調査の禁止命令に従わなかったケースなどを除き、罰則規定はない。
    このため、民主党は「今回のねつ造によって教科書まで影響を受けている事態を無視できない」(赤松広隆国会対策委員長)と判断し、文化財保護法の改正などを検討することにした。
    Id: #a20001109020434  (reply, thread)
    Date: Thu Nov 09 02:04:34 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001108223012
    Name: baud rate R.A.
    Subject: ピルトダウン事件

    検索エンジンから検索してみただけですが、ここの新聞記事の抜き書き (?) によると、

    「“ピルトダウン人” 英博物館学芸員のしわざとわかる」  今世紀の科学史上,最大のねつ造事件ともいわれる“ピルトダウン人”は,英国のロンドン自然史博物館の学芸員のしわざだったと,『ネイチャー』が報じた。 1912年に発見された画期的な人類化石は1953年につくりものであることが発覚し, その犯人としてコナン・ドイルなど著名人が疑われてきた。ようやく真犯人が確定されたわけだ。

    だそうです。(「読冊日記」の、「しかし、ドイルもピルトダウン事件の犯人にされたり毒殺犯にされたり、ご苦労なことである」というのもありました)

    他、始祖鳥のアーカエオラプトル雁作騒動についてのページでちらっと触れられていたり、ここここに少しでてきていました。


    Id: #a20001109000459  (reply, thread)
    Date: Thu Nov 09 00:04:59 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001108205312
    Name: くろき げん
    Subject: 「前期旧石器」の顛末

    高知の縄文探訪考古学日誌ここ


    Id: #a20001108231034  (reply, thread)
    Date: Wed Nov 08 23:10:34 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001108205312
    Name: くろき げん
    Subject: 考古学系サイト更新情報

    考古学系サイト更新情報


    Id: #a20001108223012  (reply, thread)
    Date: Wed Nov 08 22:30:12 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001108205312
    Name: かも ひろやす
    Subject: 旧石器捏造事件

    今回の事件からピルトダウン人事件を連想した人は多いだろうと思っていましたが、これこれ(ほとんど同じもの)しかみつけることができませんでした。他にみつけた方、いらっしゃいませんか。
    Id: #a20001108205312  (reply, thread)
    Date: Wed Nov 08 20:53:12 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001108202333
    Name: くろき げん
    Subject: 南河内考古学研究所

    先の記事で角張淳一氏の「前期・中期旧石器発見物語は現代のおとぎ話か」を紹介しました。次のサイトはこの件とは無関係に見る価値があります:

    民主党が「前期旧石器捏造問題」に関連して考えている立法措置に関する情報を求む。具体的に民主党は何をやろうとしたんだ?


    Id: #a20001108202333  (reply, thread)
    Date: Wed Nov 08 20:23:33 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001106154614
    URL: samaki@hs.p.u-tokyo.ac.jp
    Name: 左巻健男
    Subject: 柱穴も怪しいのでは
     左巻健男です。
     気になって新聞記事データベースで過去の記事を追ってみました。
     地元の研究者が何年も見つけられなかったものを藤村氏は1時間半
    で見つけています。さすが「神の手」。
    
     埼玉の小鹿坂遺跡で50万年前の柱穴出土という記事(2000/02
    /22 媒体:東京読売新聞 朝刊)に
    
    石器の素材は鉄石英や東北地方のけつ岩などで、関東地方では産出し
    ない素材。この時代の原人は、獣を求めて広範囲に移動していたと考
    えられており、その意味では矛盾はない。しかし、栗島統括調査員は
    「遺跡の直下には良質な荒川の石があるのになぜ使わなかったのだろ
    う」と首をかしげている。
    
     という下りがあります。もちろん見つけたのは藤村氏。
     北海道と宮城だけでなく、彼が見つけたとされる石器や柱穴は非常
    に怪しいという感じです。
    
     今日の東京新聞朝刊には藤村氏を批判して学会から追放され人類学
    に移った研究者の名誉回復話が載っています。そこで彼は考古学は文
    系的、人類学は理系的と言っています。妙にわかります。
    
    
    
    

    Id: #a20001107122812  (reply, thread)
    Date: Tue Nov 07 12:28:12 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001107013604
    Name: たかつか
    Subject: 前田先生と犯罪統計

    思想に興味がある民間企業の技術者のたかつかです。

    私が関心のある分野の話が出たので情報提供まで、

    前田先生の本の根拠となりうる数字は、 犯罪白書や法務総合研究所の研究部報告5 諸外国における少年非行の動向と少年法制に関する研究 1999 や 刑事政策研究会の「罪と罰」第36巻の調査報告にある様に思います。

    前田説の批判として立命館大の葛野教授が書かれた 「アメリカ少年法の厳罰化に抑止効果はある」は誤りもあります。


    Id: #a20001107031406  (reply, thread)
    Date: Tue Nov 07 03:14:06 2000
    Name: くろき げん
    Subject: 最近の話題に関する情報

    1. かまとと追放! 曾野綾子ファンページ (「いんちき宗教の見分け方」と「曽野綾子の提言する「奉仕活動」関連に関連する記事」がおすすめらしい。関連:上野健爾「2次方程式」、「新学習指導要領実施中止に賛成な理由」、「一人一人が取り組む人間性教育の具体策占い」)

    2. 少年凶悪犯罪は深刻化したか? (前田雅英少年凶悪犯罪深刻さ認識を」と広田照幸「メディアと「青少年凶悪化」幻想」を比べてみよう)

    3. 角張淳一「前期・中期旧石器発見物語は現代のおとぎ話か石亭秘話 2000.7.22 (「旧石器発掘ねつ造 背景に学界二分の大論争」毎日新聞2000年11月5日)

    4. TRICK


    Id: #a20001107013604  (reply, thread)
    Date: Tue Nov 07 01:36:04 2000
    In-Reply-To: a0065.html#a20001025213846
    Name: 崎山伸夫
    Subject: 前田教授は『「社会調査」のウソ』を読んだか?

    いなばさん曰く:

    リファレンスが省略されていてデータのチェックがしにくいです。

    思想信条以前にまず

    といったところが気になりますね。 また、警察が意図的な操作をすることはありえないとするあたりも、 根拠があまりないですね。 (「増加したように見せかける通知」なんてものはいらないので、 「取締り強化月間」程度でも十分に統計に影響が出ていると、 批判する側は言っているわけで)。

    なお、文章の中身や写真の選択にみられる 前田教授の規範意識自体は、教育改革国民会議第1分科会的なものと同様のところに あるみたいで、個人的には全く受け入れがたいです。 とくに、「ぐ犯」の適用を控えることをやめるべき、さらに大人の「非行」も(刑事政策的に) 問題になるだろう、というスタンスは、罪刑法定主義から逸脱しようとしているようにも 見えますね。


    Id: #a20001106224432  (reply, thread)
    Date: Mon Nov 06 22:44:32 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001106154614
    Name: たばた(helium kids)
    Subject: いや、私の方もあやふやなんですが

    >たざきさん
    いや、私の方も常識があるわけじゃないんですが・・・
    ただ、子供の頃に得た知識として、数万年前のホモ・サピエンスですら洞窟に住んでいたようなイメージがあったものですから(知識が古い?)・・・ましてや、数十万年前となるとホモ・エレクトゥスの時代ですよね?(最近はプレ・サピエンスとかいってスペインとかユーゴからそのころの化石が出ているそうですが)もし、その頃の時代の住居の跡が発見されたなんてことになったら、驚天動地のグレートなことだと思ったんですよ。
    だからこそ 逆に、本当に「数十万年前に作られた柱穴」であるかどうかの認定は慎重に慎重を期すべきなんじゃないかなぁ、と思ったわけです。別に本物かねつ造かというわけじゃなくて、別の可能性(素人考えですが、後世に誰かが数十万年前の地層が露出するまで掘り返した上で柱をおったてたとか)もあるんじゃないのかなぁ・・・と。
    Id: #a20001106154614  (reply, thread)
    Date: Mon Nov 06 15:46:14 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001106151553
    Name: たざき
    Subject: ひえええ、小波さんに喧嘩を売ることになるとは思わなんだ

    たしかに、今回のインチキのあとだから余計「誰が見てもインチキやんけ」的に見えてしまうということもありまね。 しかし、マスコミや、おもしろいことを求めているぼくら視聴者はともかくとして、お互いの発見や説を批判的に検討しあうべき同じ分野の人々はどう思っていたのだろうって気持ちは強く残る。

    たばたさん、 なんか柱穴の方は一人では作れる代物ではないから本物だろう(ううむ。判断の根拠が寂しい)と言われてるらしいですよ。 ぼくには、それがありそうなことか信じられないことかを判定する常識はないです。


    Id: #a20001106151739  (reply, thread)
    Date: Mon Nov 06 15:17:39 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001106141051
    Name: helium kids(たばた)
    Subject: 石器ねつ造

    >それでも、人々は破片が遠く離れた遺跡からみつかった、という説明を受け入れていたのかな?
    >猛烈に不思議。 確率がどうのこうのというレベルでなく、 どれくらいそれらしいか、という
    >バランス感覚があれば、決して信じないと思うのだが。

    上高森遺跡って、60万年前以上前の建物跡とされる柱穴が発見されたとかいうやつですよね?
    私にはとうてい信じがたいんですが、私の見た範囲(といっても新聞レベルですが)では、疑問視するような論調の文章に出くわしていないような・・・
    みなさんはどうですか?


    Id: #a20001106151553  (reply, thread)
    Date: Mon Nov 06 15:15:53 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001106141051
    Name: こなみ元宮城県民
    Subject: すごい偶然だってあるんだい

    同じ石の断片が山形と宮城の奥羽山脈をはさんで30キロほど離れた遺跡で見つかったというニュースは, 三,四年前に大々的に報道されました。そのときの記事では,同じような発見はそれまでにフランスだったかで 一度あり,きわめて珍しいことであるということでした。「ほおーー,すげええーーー」 と私は純粋に驚いたのでありますが,やっぱり多邪鬼さんのように疑うのがよかったのであろうか。 いやいや後からそんなことを言うのはみっともないとか,昨日のニュースを聞きながら心は千路に乱れたことで あったよ。
    Id: #a20001106141051  (reply, thread)
    Date: Mon Nov 06 14:10:51 2000
    Name: たざき
    Subject: インチキ石器発掘

    の話が日本中を震撼させていますが、 この人について、次のような話を(又聞きで)聞いたのですが、ほんとうかな?
    この何とかいう人が、発掘を手がけた二つの遺跡(一つは、日本海側、もう一つは、太平洋側)からよく似た石器がみつかった。 調べると、これらはよく似ているだけではない。 どちらも石器の断片なのだが、なんと二つの石器の断面が一致する! つまり、これは同じ一つの石器が割れた破片たちだったのだ。 きっと大昔にも日本海側と太平洋側の間に人々の交易があり、割れた石器の一方が山を越えて反対側に運ばれたのであろう。 二つの断片は、悠久の時を経て、いま、現代でであったのであーーーる!!!
    実際に使われた石器が現代まで残って発掘される可能性はきわめて小さいはずだから、 ここでいうように、異なった場所にわたった同じ石器のふたつの断片がともに現代で発掘されるなんてことは極めてありそうもない。 それよりは、日本海側の発掘現場で荷物に紛れ込んだ破片が、太平洋側の発掘現場でたまたま落っこちて発掘したものに紛れる可能性の方がずっと高そう。 誰かがインチキした可能性の方がもっともっと高そう。

    それでも、人々は破片が遠く離れた遺跡からみつかった、という説明を受け入れていたのかな? 猛烈に不思議。 確率がどうのこうのというレベルでなく、 どれくらいそれらしいか、というバランス感覚があれば、決して信じないと思うのだが。

    それとも、単にぼくの話の聞き間違いでしょうか?


    Id: #a20001106021402  (reply, thread)
    Date: Mon Nov 06 02:14:02 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001105141321
    Name: baud rate R.A.
    Subject: 装置不要で仮想ダイヤル

    その八木さんのお話、アシモフのエッセイみたいな文章 (科学解説のマクラだったか、自著解説のついでだったか) のどこかで読んだような気がするのですが、うまく見つけられませんでした。山本弘氏が宝島ムックの『洗脳されたい!』の『「波動分析器」MRA の正体を明かそう!』で紹介した文はありました。

     この種の装置の一つとして、五十年代にトーマス・G・ヒエロニムスが発明した「ヒエロニムス・マシーン」も有名である。この装置もやはり、物体に固有の周波数を探り当てることができると称されていた。ダイヤルを回して周波数が同調すると、装置に接続されたプラスチックの板の上に置いた指の先に、粘りつくような感触があるというのだ。〈中略〉
     当時この装置に夢中になったのが、SF 雑誌『アウタウンディング』の編集長ジョン・W・キャンベル・ジュニアである。SF 作家のアイザック・アシモフは、キャンベルのバカバカしい実験に付き合わされた想い出を、自伝に書き残している。
     キャンベルに指示されるままに、アシモフはプラスチック板に指を置き、あれこれダイヤルを回してみたが、粘りつくような感触などしない。それどころか、指が汗ばみ、すべすべしてきた。
    「キャンベルさん、指はすべすべした感じですよ」
     アシモフがそう告げると、キャンベルはメモリを読み取り、この新発見を喜んだ。
    「負の粘着性だ!」
     ヒエロニムス・マシーンの研究を続けたキャンベルは、次々に驚くべき成果を発表した。まず、この装置は電源を入れなくても効果があると言い出した。さらには、装置自体が不要であることも発見した。回路図の上に指を置き、仮想上のダイヤルを回すふりをするだけでいい、効果はまったく減殺されない、というのである。
     アシモフいわく、
    「それは本当だろう。もともとない効果を減殺することはできないのだから」

    MRA と同様、ヒエロニムス・マシーンも「ラジオニクス」の一種とのこと。それにしても、引用した文にはオチまでついていて笑った覚えがあるのですけど、考えてみればアシモフ自身はキャンベルにそだてられた作家ともいわれていて、十八才のころから原稿を持ち込んで、キャンベルの指示に従って書き直したり、彼の出したアイデアに沿って作品を書き上げたりしていたのですよね。なのにこんな風なことを言い出されて、心中相当複雑だったのではないか、などと想像します。


    Id: #a20001105141321  (reply, thread)
    Date: Sun Nov 05 14:13:21 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001105034454
    Name: やぎ
    Subject: re: 月は地獄だ!

    キャンベルという人は作家としての名前よりむしろアスタウンディング(だったかな)という雑誌の名編集長で、いわゆる「50年代SF黄金期」を作ったといわれている、時代は違うけどヒューゴ・ガーンズバックと並べて語られる編集者です。しかし、むやみと信じやすい人だったらしく、サイエントロジーをSF界にひろげたり「ラジオなんとか」(忘れました)という遠隔治療器に投資を勧めたりと、暗黒面も語られることが多いです。


    Id: #a20001105034454  (reply, thread)
    Date: Sun Nov 05 03:44:54 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001104061246
    Name: baud rate R.A.
    Subject: 月は地獄だ!

    キャンベルの『月は地獄だ!』は、言及されることが多いのに自分は未読なのが残念なのですが……SF小説一覧(出版社順)のページの概要の欄からの孫引用 (「裏表紙などに書いてある解説文を入れました。」とのこと):

    40万キロの暗黒の淵を越えて、彼らはついにここまで来た−ここ、灼熱と極寒と、無気圧と真空の月世界へ!だが1年11カ月にわたる調査と探検を無事完了した隊員たちは絶望のどん底につき落された。地球から飛来した帰還ロケットが月面に激突、いまや帰還の望みは断たれた!そして彼らは次の帰還ロケットが到着するまで、さらに2年の歳月を生き抜いていかねばならない!食料、水、酸素、あらゆる補給物のない月面に取り残されて……。現代SF育ての親ジョン・W・キャンベルJr.が、正確な科学知識と人間性の知識の上に、あくまでもリアルに描きあげた不朽の名作!

    タイトルのリンクをクリックすると、本の表紙が見れます。これはこちらに載っているのとは別の絵柄ですね。

    『世界の SF 文学総解説』(伊藤典夫編、自由国民社) P.42 によると、その続きは:

     彼らは、月面で発見された石膏から水を得、その水の電気分解によって酸素と燃料に使う水素を得た。しだいに深刻になる飢えと戦いながら、まるでロビンソン・クルーソーのように、彼らは月の鉱物を原料とする自給自足体制を整えていった。隊員の中の技師や化学者の活躍により、光電池、強力な一種の蒸気エンジン、それに鉱物から合成した食料などがつくられた。  しかし、自然の栄養素の欠如は深刻な栄養失調を招き、やがて彼らは全滅の危機を迎える。だが彼らが月で為し遂げた偉大な仕事は、次の世代の人々に受け継がれ、大いなる遺産となるだろう。

    とあり、さらにこの物語の書かれた 1950 年の時点での「当時としては最新の科学知識をもとに描いた月探検の物語である」と続けています。

    Web 上で見つけた書評のあるページは、【本屋の片隅】月は地獄だ!★九月に読んだ本★ふみ台昇降の本棚(第1段目)November,25,1994など。SF Seminar が選ぶオールタイムベストSF投票では 1 票で 193 位になっています。


    Id: #a20001104061246  (reply, thread)
    Date: Sat Nov 04 06:12:46 2000
    In-Reply-To: a0066.html#a20001101214155
    URL: nyokoyama88@hotmail.com
    Name: moronian linguist
    Subject: Re:月をなめるな
    同様の趣向で、「月は地獄だ」というSFをムカシムカシ読んだことが
    ありますが、どなたか書誌情報をご存知ないでしょうか。
    遭難後、地球とはなんとか連絡できたが救援隊はいつ来るかわからない。
    岩石から結晶水や炭素や酸素を取り出し、食料を合成するんですが、ビタミンが
    なかなかできない。生化学者のメンバーが不眠不休でがんばって合成するの
    ですが彼は疲労で倒れてしまう。そしてビスマスだかバナジウムだかを
    含む未知の超微量栄養素が合成できなかったためにみんな昏睡状態に
    なってしまう・・・といった内容だったと記憶しています。
    
    ところで、酸素ボンベ40Kg×8ってのは、地球で計った重量なんでしょうか。
    それとこれは容器の重さも入れての話でしょうか。そうだとすると、
    どっちにしろそんな距離を歩いていくのには間に合わないような。
    そもそも試験をやった人もかなりなめているんじゃないかなー。

    Id: #a20001102001639  (reply, thread)
    Date: Thu Nov 02 00:16:39 2000
    Name: さくらだ
    Subject: 『論理学入門』の紹介(タイムリーなのかどうか…?)

    先日は戸田山和久著『論理学をつくる』(名古屋大学出版会)を紹介いたしましたが、本日またおもしろい本を見つけてしまいました。三浦俊彦著『論理学入門―推論のセンスとテクニックのために―NHK BOOKS)です。分析哲学の専門家にして筒井康隆ばりのSF作家でもあるらしく、(文体に対する好みはさておき)とても読みやすいうえに内容もツボを押さえたものになっていて楽しめるもので、たとえ本書の中に間違いを発見したとしても、それ自体十分楽しめるのではなかろうかと期待させてくれます。

    まだ通読が完了したわけではないので詳細までは検討できてませんが、「はじめに―ロジカル・ハイへの招待―」で『「知」の欺瞞』にふれてらっしゃったので、そこだけ引用します:

    残念ながら私たちは日々、納得しがたいまま先へ進まざるをえなかったり、どうせわかりっこないと諦めたり、知ったふりをしなければならなかったり虚勢を張る必要に迫られたり、思考停止したまま不明瞭な言葉を有難がってみたり薄々いかがわしいと察しながら神妙に頷かざるをえなかったりと、必ずしもピュアな論理に忠実に生きられないことの方が多いのだ。
     非論理へのこうした耽溺は、一般の人よりもむしろ、思索を職業とする人間の方に著しい。それが20世紀後半に特有の、特にヨーロッパ大陸に目立った病弊である。具体的に言うと、「ポストモダン哲学」と呼ばれる一群の潮流だ。フランス語圏を中心とする現代ヨーロッパ哲学が、地道な論理を軽視するあまりどのような袋小路にはまってしまっているか、その惨状はアラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン著『「知」の欺瞞』(岩波書店)という本が鮮やかに指摘しているので参照していただこう。聞きかじりの科学的概念を乱用し、科学の肝心の方法、つまり「論理」を自ら磨く労力を省いて殊更に不明瞭な仮装言語で読者を恫喝し、「知」の権力欲を満足させ続ける退廃した職業思想家たちの風景が、ようやくアメリカを中心に表立って批判され始めたところである。
     ことに21世紀は、脳死と臓器移植、遺伝子工学、環境問題など、人類の未来を左右する倫理的問題が明瞭な言語で、真摯に討論されねばならない時代となろう。感傷や偏見、錯覚や因習にとらわれず虚心に議論する能力が必須となる時代。知をファッションとして弄ぶよりも、一歩一歩地道な論理を積み重ねる姿勢が本当にファッショナブルである社会になるだろう。「急がば回れ」という教訓は、本当の思索の自由にこそあてはまる。目先の浅薄な自由にとらわれて性急な飛躍を夢見るのでは、新境地は開けない。論理にしたがった謙虚な努力の末にこそ真の飛躍が、ロジカル・ハイの陶酔が約束されるのである。

    以上、報告まで。


    Id: #a20001101214155  (reply, thread)
    Date: Wed Nov 01 21:41:55 2000
    Name: くろき げん
    Subject: 月をなめるな

    月をなめるな


    Id: #a20001101112223  (reply, thread)
    Date: Wed Nov 01 11:22:23 2000
    In-Reply-To: a0065.html#a20001031124056
    Name: helium kids(たばた)
    Subject: 補足

    黒木さんが見つけたこちらの文章を見てみましたが、週刊ダイヤモンドの書評とは語尾が丁寧か否かの違いを除くと全く同じもののようです。

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    管理者: 黒木 玄  <kuroki@math.tohoku.ac.jp>  (Web Site)
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