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黒木のなんでも掲示板 (0047)

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Id: #a19990822190506  (reply, thread)
Date: Sun Aug 22 19:05:06 1999
URL: http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3374/
Name: 顕正居士
Subject: 科学と宗教
この話題は見るたび考えることがあるのですが、もとの主張が精確に理解が
出来ないことが多い。

1−科学は学でありますが、宗教は学でなく宗教学は学である。経済は学で
なく、経済学が学である。
2−神学など宗教内部の学は大学組織上の学であるが、資格的にも学であるか。
Thomas AquinasのSumma Theologicaのはじめに在る、
聖教は学であるか? Whether sacred doctrine is a science?
http://www.newadvent.org/summa/100102.htm
など参考になると思う。
3−科学も学もscience、Wissenschaftなんだが、日本人の語法では科学と学
に違いがあるのだろうか?
4−自然科学と人文科学とは全然方法を異にする類いの発想なら、学、科学と
ともに称する理由は何か?
5−物理学と物理学に還元成功した知識が学であるなら、以外は学でない迷信
か?
実際の大学組織は〜科学研究系統と称している。人文科学に在籍する人の一部
が知的詐欺に携わっているとは思うが。

Id: #a19990822181626  (reply, thread)
Date: Sun Aug 22 18:16:26 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990822164137
Name: くろき げん
Subject: 杉山晋也さんへ

杉山さん、どこの何者なのか、誰とどういう知り合いなのか、などなどについて知らない方は多いと思うので、できれば自己紹介をして下さい。

そうそう、これもまた恒例のお願いなのですが、他人を批判するときには、「まもなく21世紀になる現代の科学者が云々」のようなぼやけた言い方は止めて、名指しで直接的な批判を述べるようにして下さい。

おそらく、杉山さんによる批判は完全に的を外していると思います。しかし、杉山さんが何を言いたいのか、まだよくわからないので、直接的でより詳しい説明を待つことにし、関係がありそうなことを述べておくことにします。

一般論として、自分自身の無知を自覚できずに無茶を言い続けている方は、それが一般人であろうと科学者であろうと、「出直して来い」と言われても仕方がないと私は考えています。

しかし、現実にはこの掲示板における菅原さんへの批判はそれよりもずっとマイルドなものでした。鴨さんやブタネコさんや私は、現代における「平行線の公理」の立場をこの場で一所懸命説明したり、関連の資料を提示したりと、それなりに親切だったと思います。少なくとも、杉山さんによるいきなりの具体性に欠けたわけのわからない批判文よりも、具体的で有益な情報を含んでいたことは間違いないと思います。 (私や鴨さんの口は悪過ぎるという意見なら正しいと思いますが、それはまた別の問題でしょう。)


Id: #a19990822164137  (reply, thread)
Date: Sun Aug 22 16:41:37 1999
Name: 杉山晋也
Subject: 科学者と一般人

表のページには初めての投稿になります。
杉山と申します。

菅原さんが驚いた事は当たり前です。事実、19世紀
以降の学者に大きな影響を与えたのですから・・・

問題なのはベースとなる足場が証明できないと言う事や
足場を自由に選択しても理論が展開できる事のみを理解し、
”理論の妥当性を検証する事”の重要性を認識していない所
にあると思います。

まもなく21世紀になる現代の科学者が検証の重要性を
論じずに”定義だから証明できないのは当たり前”だの、
”豊かな構造について一定の勉強をなされてから方法論
を習得”と一般人に論ずるのは良い結果を生みだすので
しょうか?



Id: #a19990822153210  (reply, thread)
Date: Sun Aug 22 15:32:10 1999
Name: ブタネコ

数学科の学生でも、平行線公理をきちんと勉強することなんかあるかな? 
たとえばいま岩波講座が、入門・基礎・展開って出版されてて、先月の展開は脇本さん森田さんと幾何のお買い徳セットだったけど、入門で砂田さんが幾何学の基礎をすごく丁寧に書かれてても、早く入門が終わって展開になんないかな〜ってツン読棚にしまいこんじゃって、やっと展開がはじまると、毎月理論の概要だけ眺めて、わあー世の中進歩してるな〜って嘆いて。

まあ、いろいろな幾何を散歩する機会はどこにでもあって、1つのピンポン玉にアロンアルファがいくら頑張っても13のピンポン玉をくっつけることはできないってことを証明するのに、球面余弦定理
cos c=cos a cos b +sin a sin b cos γ
を使うけど、a,b,cは微小として、テーラー展開の2次までで止めると、高校の普通の余弦定理になる。
幾何であまり公理の凄さを教育する機会がなくても、群の初歩で、群の公理と位数(要素の数)だけから、かなり精緻な定理がでてくるのだけど、そんなのが講議されてる頃って、一番講議をさぼりたい年頃だしな〜。
 
すごくメタのレベルというか、人間の精神の積極的なあり方として、古代人が神話で宇宙を説明したことと、カントやヘーゲルなどが当時の物理の最前線をかなりよくフォローしてたことと、今超弦理論が数学の道具を総動員して建設中であることに共通項はあるだろうけど。
江沢さんや山本さんの名著が出版される前の本だけど、『ボルツマン』みすず ブローダ著は面白かった。ツェルメロとボルツマンの論争とか。

Id: #a19990822150712  (reply, thread)
Date: Sun Aug 22 15:07:12 1999
Name: 田崎晴明
Subject: 第5問

今日も拙著「熱力学入門」(仮題、未完、いつできるんだろう) の問題から。 じつは、こっちの方がより問題問題で、普通の物理の教科書では決してみかけない。 この掲示板で何度も話題になっている相対主義的科学観の理科教育への弊害がテーマです。 やり玉に挙がっている本は、この掲示板で教えていただいたものです。 予想以上に問題のある部分のある本で、下に引用したところ以外にも、 頭を抱えてしまうところはいくつかあります。

この問題の最後は難問で、著者も正解を知りません。 (模範解答募集中)


第5問

以下の文章は、「キーワードから探るこれからの理科教育」 (日本理科教育学会編、東洋館出版社、1998 年)からの抜粋(pp.~94--95)である。

・・・我々は多様な方法で自然を解釈することができる。 たとえば、冷水の入ったガラスビンの周りに結露する水滴の由来についても 多様な考えが存在していることが知られている。 あの水滴はビンの中からしみ出してきたといったものである。 このような考えはビンの外側の水面の高さまでしか水滴が現れないことや、 ビンを傾けると新たに水滴が現れることなどの観察事実を根拠にしている。 もし、事実を根拠に論理的に推論することのみを科学的であるとするなら このような考えも理論的なものであるとしなければならない。 我々の考え、すなわち結露したものとしてみる水滴は、「水蒸気」という 科学概念や結露という科学理論に依存したものである。 五感のどれを使っても知覚不可能な水蒸気は、 物質として認識されるているのではなく 蒸発や結露といった現象の解釈から受け入れられた観念であると 見るべきであり、 これらの現象を科学的に見たり考えたりするための道具として 機能しているのである。
「我々は多様な方法で自然を解釈することができる。」 という主張には問題が多い。 もちろん、どんな現象についても 個人が自分なりの「解釈」を持つことができるというのなら、 それは全く当たり前の話である。 他方、現代科学がカバーしている範囲の現象について、 合理的な解釈を行うということを指すとすれば、 この主張は誤りである。 もちろん、そのことを示すためには、個々の例について、 科学の体系の全体との関連をみながらじっくりと議論する必要がある。

ここで挙がっている水滴の例に限れば、 この文章の主張を論駁するのはかなり容易である。 「水滴はビンの中の水がしみだしたもの」 という仮説と矛盾し 「水滴な空気中の水蒸気が結露したもの」 という仮説とは相いれる色々な実験を考案し、できる限り実行せよ。

このような実験を積み重ねることで「水滴はビンの中の水がしみだしたもの」 という仮説が誤りである可能性は 非常に高くなり、 「水滴な空気中の水蒸気が結露したもの」という仮説が正しい 可能性が非常に高くなる。 このように、 水蒸気(あるいは、やはり目に見えない一般の分子や原子) の実在は、恐ろしく強固で多面的な証拠に支えられており、 ビンの水滴程度の例で論駁することなど到底できないのである。 (「それでも、水蒸気、分子、原子の存在を厳格に示すことはできない。 それは、あくまでも仮説だ。」と主張する人もいるかもしれない。 それは、この世には本当に「証明」できることなど何もないという 意味では、正しい。 しかし、そういう立場をとれば、 「ビンに水滴がついている」とか「目の前にビンがある」 といった事実も厳格に「証明」することはできない。 目の錯覚かもしれないし、ビンの夢をみているのかもしれない。 何者かが我々の網膜に偽の画像を映写しているのかもしれない。 この立場を貫けば、「自分の外に世界が存在する」 という事実さえも「証明」することはできない。 我々は脳だけの存在で、シュミレーションされた世界についての情報を 神経パルスとして受け取っているのではない とどうして断言できるのだろう? (これは多くの人が幼稚園や小学生くらいの年頃に こっそりと抱く疑問ではないだろうか?) しかし、このような、答えもなく建設的でもない疑問にこだわっているよりは、 自分の外には世界があり、自分と同じように意志をもった他人がいると考えて 人生を生きる方がはるかに意味深いと私は思う。 科学についての見方にしても、基本は同じ事である。
人間の認識や意思伝達の能力が極めて限定されていて、 様々な要素からのバイアスを受けているのは確かだ。 しかし、そういった一般的な議論だけを振りかざして、 科学の客観性にけちをつけても何も得るところはない。 (実際、科学の名のつく主張の中にも、 非常に確からしいものと、実際には不確かなものがある。 これらの区別をつけることができないというのが、 このような一般論による科学批判の致命的な欠陥である。) むしろ、限られた認識と意思伝達の能力だけを使って 世界の客観的な真実が(部分的にせよ)理解できたという驚くべき事実を 素直に認め、 どうしてそのようなことが可能になったのかを深く考える方が、 はるかに意義があると私は信じている。)
他にも、一見すると定説とは異なった解釈を許すように思える観察事実を 捜してみよ。 そして、さらなる考察や実験を積み重ねることで、実はそのような解釈は 成立しないことがわかることを論ぜよ。

理科教育の専門家が、上に引用したような主張を展開している というのは、私にとっては衝撃だった。 このような「ふにゃふにゃした」科学観が理科教育の現場に浸透すれば、 科学の応用や研究の様々な側面に悪影響がでると危惧される。 いったい、どのような悪影響があり得るか、 また、我々はそれにどう対応すればよいかを考察せよ。 科学には、(水蒸気の存在のように)疑念の余地なく確立している部分と、 (化学物質の生態系への影響のように)極めて複雑な要素が絡み合っていて 理解が完全でない(が、人類にとっては極めて重要な)部分があることを念頭に置いて考えてほしい。


Id: #a19990822011334  (reply, thread)
Date: Sun Aug 22 01:13:34 1999
Name: 木村洋
Subject: 黒木様、私は自らの不明を恥じる

菅原氏は、平行線の公理を持ち出してこられたので
ある程度学問(数学など)に対する知識がお有りだと思われ
(私は平行線の公理を正規に教授されたことがない理工系)、
それでいて「数学を誤解していることになっているので」、
「科学と宗教は(以下略)」
という発言があることから、平行線の公理について
説明するよりも、私は論理の追い方ですとか、
自然科学的なものの見方が歴史的にどのように
発展してきたかを知って頂く方がいいのではないかと
考えたのです。

しかしながら私は、
「菅原氏は学問的知識をある程度有する」
なる最初の仮定をしたときに、
細切れで且つ体系的(構造的)でない知識を持つという
場合を考慮してはいなかったのです。

黒木様の仰せのことは極めて鋭く、
この場合(高い確率です)は数学や物理学などの
豊かな構造について一定の勉強をなされてから
方法論を習得する方が遥かに得る物が大きいことを
認めます。
教育者でない私は視界が狭かったのでしょう。
Id: #a19990821135642  (reply, thread)
Date: Sat Aug 21 13:56:42 1999
Name: 田崎晴明
Subject: 「熱力学入門」巻末問題第4問

こんにちは、田崎です。

少し東京を離れていました。 けっこう、ハードな話題が盛り上がっていたようですね。

「科学と宗教はにている」といった言い切りは、「科学を信じる」あるいは 「宗教を信じる」という主張があまりにも色々な意味を持ちすぎるので、 危険すぎますね。 実際、宗教的な信念といっても、 「この世界の根本に何らかの意志の存在を認める」とか 「人間の精神は『善き』方向へ向かうべきだ」 といったことを信じること、 創造神話を文字通りに信じること、 お百度参りで現世の利益を願うことなどなどの 間にはすさまじい開きがあります。 また、科学にしても、 我々の周りの世界の何らかの側面は理性的に理解可能であると信じること、 学校で習ったことを鵜呑みにする態度、 どんなものでも科学で手早く解決できると信じる安易な科学主義、 なんでも数値やグラフにすれば科学的だ (阪神大震災の後の被害者のダメージを時間とともに減衰するグラフにして、 後遺症は 18.5 年続きますとか・・) という悲しいけれど決してすたれない迷信などなど、 実に多様です。 それぞれから特定の側面を取り出して「にている」、「いや、ここが違う」 と議論することはできるでしょうが、 どちらかというと当たり前で、あまり益のある比較ではないという気がしますね。 やはり宗教と科学の類似性を持ち出して意義があると感じるのは、 科学の客観性を疑って科学の価値を落とそうとしている人たちではないのかな? (偏見かな?)

東京を離れている間に、熱力学の本の改訂をずっとやっていました。 巻末には問題をつけることにして、それを作っていました。 ほとんどは普通の問題ですが、中には「変な」問題もあります。 第4問は、「学校で習った科学をそのまま鵜呑みにしているなんて、 宗教の講話を鵜呑みにして信じるのと変わらないじゃない」 と言われてはならないという趣旨の問題で、ここでの話題とあながち無関係ではないので、ここにポストしてしまいます。 (模範解答をいただければ、いずれ、私の web page に載せるかもしれません。)


第4問

この本の読者は、分子や原子は実在すると信じているだろう。 もちろん、著者も信じている。 しかし、分子も原子も目には見えず、手で触れることもできない。 それでも、それらが実在すると信じるのは何故だろうか? 教科書や講義で学んだというだけでは、 説得力のある答えとはいえないだろう。 (現代の科学は科学者たちの社会的合意で作り出された壮大な 物語だなどと真顔で主張する人や、 完全には立証できないことを受け入れて信じるという点では 科学を信じることも創造神話を信じること も同じようなものだなどという人もいるのだ。 こんな答えをしていては、こういった人たちの思う壺だろう。) 自分なりにこの問いをじっくりと検討したら、 江沢洋「だれが原子をみたか」(岩波科学の本 17) を読み、自分の答えを再検討してみよう。 さらに、入手できれば、 山本義隆「熱学思想の史的展開」を読んでみよう。


Id: #a19990821034922  (reply, thread)
Date: Sat Aug 21 03:49:22 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990820175948
Name: 鴨浩靖
Subject: 進化

たぶん、このいい方だと、菅原さんのような自然科学の素養のない人には通じないので、解説をしておきましょう。

進化論は、サルがヒトになったなどとはいっていません。サルとヒトの共通の祖先がいて、その子孫の一部は進化してヒトになり、一部は進化してチンパンジーになり、一部は進化してゴリラになり、一部は進化してオランウータンになったのです。これを、「サルが進化してヒトになった」という人は、進化論が理解できていない点において、創造論者と変わりません。


以上は、鴨さんが Fri Aug 20 18:28:00 1999 に投稿したが、一時的に削除された記事のくろきによる再投稿です。


Id: #a19990821034000  (reply, thread)
Date: Sat Aug 21 03:40:00 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990821025105
Name: くろき げん
Subject: 菅原さん、失礼しました

菅原さんの「私があの時点で使用した「サル」というコトバだけを抜き出して……」という一文は正確には「あの時点における文脈と無関係に単に「サル」というコトバだけを抜き出して……」と言い変えないと意味が取り難いし、そもそも、その一文は不要だと思うのですが、いずれにせよトンデモない誤解をしてないことがわかってほっとしています。

失礼な質問だとお思いでしょうがお許し下さい。「ヒトはサルから進化した」という言い方は要注意であり、誤解を招きたくなければ使わない方が良いということは常識だと思ったので、あえて話題にすることにしたのです。

一時的に削除した鴨さんの記事を次の記事として再投稿します。 (菅原さんに対して失礼な言い方が混じってますが、菅原さんの回答よりは分かり易い説明になっているので、再投稿する価値はあると思います。)


Id: #a19990821025105  (reply, thread)
Date: Sat Aug 21 02:51:05 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990820175948
URL: asugawar@ask.ne.jp
Name: すがわら
Subject: 「サル」は何を意味しているのでしょうか?
>菅原さんは、学生時代に、キリスト教を信じているとおっしゃる方に、「本当に人間は神様が作ったと信じてるのか?サルから進化したことは知ら
ないのか?」と食ってかかったことがあるそうですが、引用した菅原さんの言葉の中の「サル」は何を意味しているのでしょうか? 例えば現在の
チンパンジーなどを意味するのでしょうか?

はい。それも意味します。

私があの時点で使用した「サル」というコトバだけを抜き出して「何を意味するのか?」というご質問であれば、
それは、今生きている「猿」や昔生きていたであろう「猿人」や、これから将来生まれてくるであろう「ニホンザル」や
その他「猿っぽく見えるもの」(ゴリラやチンパンジーなどなど)を全部を曖昧に含んだ表現です。

もう少し文脈を考慮して、ここで話題になっているのが「人間が何かから進化したのか、神様が作ったのか」であることを考えれば、
少なくとも今生きている動物は取り除かれると思いますが。

いくら無知な私でも、人間の祖先が現在のチンパンジーだとは考えてはおりません。

Id: #a19990821022905  (reply, thread)
Date: Sat Aug 21 02:29:05 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990820084233
Name: 千代

水谷さん、はじめまして。千代です

水谷さんの文章が科学に対して悪意があるとは感じられません。
でも科学に理解がなく国語の成績が普通くらいの場合、菅原さん
的受け止め方はありがちだと思います。

私にとって信仰の対象として宗教(や哲学)が存在することはかまわ
ないんですが、正しいか正しくないかという文脈なら宗教(や哲学)は
全然正しくないし、自然科学は人類の知識の中で最も正しいと主張
します。

是非科学者の方にお願いがあるのですが、科学については、
科研費の申請書に書くくらいポジティブなことを書いて
いただければ、一般の人にも本当のことが伝わるのでは
と思います。


Id: #a19990821001136  (reply, thread)
Date: Sat Aug 21 00:11:36 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990820221254
Name: くろき げん
Subject: 木村洋さんへ

木村さんは、「科学基礎論学会」の初代会長の高木貞二は心理学者であり、数学者の高木貞治と混同してはいけない、ということを指摘して下さいました (8/5 の記事)。そういう指摘はありがたいです。どうもありがとうございました。

しかし、菅原さんが陥っている程度の誤解を理解するために、「科学方法論」 (私はこれが何を指すのか正確なところを理解できない) や「論理学」を学ぶことは必要でしょうか? 私は、不必要だと思うし、ちょっと的を外していると思います。

私は、科学や数学の考え方は、方法論をいきなり学ぶことによってマスターするという発想では、決して身に付かないと考えています。 (碁や将棋でもそうだし、あらゆる芸術やスポーツもそうですよね。) だから、科学や数学の基本的な考え方を身に付けるために、いきなり「科学方法論」(もしくは「科学哲学」)や「論理学」をすすめる人の科学や数学に関する見識は信用できないと思う。


Id: #a19990820221254  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 22:12:54 1999
URL: a973510@chem.nagaokaut.ac.jp
Name: 木村洋
Subject: 言語の持つ力とは
>このような論理性のもつパワー、というか、
>言語のもつ性能(の使い方)というのは、
>確かに、他の実証を必要とする科学と
>区別されなければいけないのかもと思いました。

この菅原氏の言辞は、数学と自然科学の根本的な
差異が認識されていないことを露呈しています。

菅原氏は、御自分が「AはBである」と論ずる過程で
誤解や誤読に基づく誤りが混入していることに
お気付きですか。
「AはAである」のような同語反復以外の文は
屡々、誤りが混入するものです。

言語及び論理性のもつパワーということを
お考えになっておいでの方ならば、
謝った前提条件からはいかなることも証明できる
(誤ったことも正しいことも)ことを
お認めになって、科学方法論とか論理学などを学ぶべきです。
そうすれば、「おばかな」菅原氏が「おばか」な質問をされた
ことが御理解頂けましょう。
御理解頂けないならば、菅原氏の知的レベルが
中世人なみでしかないという結論が導かれかねません。

Id: #a19990820212644  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 21:26:44 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990820175948
Name: くろき げん
Subject: Re: お決まりの質問

鴨さん、すみません。勝手ですが、「お決まりの質問」への解答が書いてある鴨さんの記事を一時的に削除することにしました。御了承下さい。質問された本人が回答するまで答をばらしちゃ駄目です。菅原さんのためにはこうした方が良いと思いました。 (頃合を見て、削除した鴨さんの記事をタイポを訂正した上で再掲することにします。)


Id: #a19990820190148  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 19:01:48 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990820174737
Name: 鴨 浩靖
Subject: 続 平行線の公理

もっと日常生活よりの話、「赤電話は赤い」は「青電話は青い」を否定するものではないし、「普通郵便ポストは赤い」は「速達専用郵便ポストは青い」を否定するものではない。単に、公衆電話には赤いものも青いものもあって、色によって性質が違うだけだし、郵便ポストには赤いものも青いものもあって、色によって用途が違うだけです。

「ユークリッド空間において平行線の公理が成り立つ」というのも、それとまったく同じことです。空間には平行線の公理が成り立つものも成り立たないものもあり、ユークリッド空間において平行線の公理が成り立ち、双曲空間では公理が成り立たないというだけのことです。

「どの空間で」を問わずに「平行線の公理は正しいか」と問うことは、問いそのものがナンセンス。「どの電話器で」を問わずに「公衆電話の色は?」と問うのと同じです。そんなナンセンスを議論の土台にしているんだから、菅原さんの主張がハチャメチャになるのは当然でしょう。

さらに残念なことに、菅原さんのナンセンスには、オリジナリティもないんだな。中世ヨーロッパで『原論』を教条化してしまった連中が、同じナンセンスをやってたんだから。


Id: #a19990820175948  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 17:59:48 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990819201105
Name: くろき げん
Subject: Re: サルから進化したことは知らないのか?

これもお決まりの質問なのですが、念のためにしておきます。

菅原さんは、学生時代に、キリスト教を信じているとおっしゃる方に、「本当に人間は神様が作ったと信じてるのか?サルから進化したことは知らないのか?」と食ってかかったことがあるそうですが、引用した菅原さんの言葉の中の「サル」は何を意味しているのでしょうか? 例えば現在のチンパンジーなどを意味するのでしょうか?


Id: #a19990820174737  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 17:47:37 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990820132812
Name: くろき げん
Subject: ユークリッド幾何を選択しているに過ぎない

私は今朝次のように述べました

「平行線の公理」などのユークリッド幾何の公理を仮定するということは、単にたくさんある幾何学の中からユークリッド幾何を選択しているに過ぎず、「こっから先は証明無し」と一方的に否定する行為ではありません。

これに対して、菅原さんは次のように質問しています

ここのくろきさんの文章の「否定する」は、「何を」否定するお話なのでしょうか?

この質問の仕方につられて、海法さんが、私の本意とは少々異なる回答をしてしまっているので、コメントしておくことにします。 (もはや菅原さんの質問を全て無視しても困らない状況になっていると思いますが。)

菅原さんの質問は誤読に基いています。私は、「平行線の公理」などのユークリッド幾何の公理を仮定するということが何かを否定することであるなどと主張していません。「単なる選択」は「一方的に否定する行為」ではないという当然のことを主張しているだけです。

ユークリッド幾何以外の例で説明しましょう。記号の細かい説明を省略すると、群の公理は以下のように書くことができます:

このような公理から出発して群の一般論を展開することがあるのは、様々な群の実例が実際役に立ち、数学的にも豊富で面白い世界をなしているからです。これらの公理を仮定するということは、単にたくさんある代数系の中から群を選択しているに過ぎません。(実際、群以外の様々な代数系が研究されています。) 幾何学についても同様です。

このような考え方のもとで築かれた理論を菅原さんのように「証明無しの決め付けの上に築かれたものである」などと言うのは全く馬鹿げています。この程度のことも理解せずに「宗教も科学も同じ」などとあっさり言ってしまう菅原さんは、御自身が認めておられる通り、「もっと勉強してから出直してこなきゃならん」と思います。 (水谷さんのエッセイも誤解した上で、水谷さんにとって不本意な紹介の仕方をしてますしね。)


Id: #a19990820161856  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 16:18:56 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990820125133
Name: くろき げん
Subject: 水谷さん、こんにちは

水谷さん、こんにちは。おそらく、 fj を読んでいた時代にお世話になったこともあると思います。だから、お久しぶりです、と言った方が良いかもしれませんね。

水谷さんは、御自身のエッセイ「ささやかな足場としての科学」に関して、「【科学に対する】悪意が感じられたらそれは文学っぽくきどった悪文のせいです、すいません」と言ってますが、ちょっと謙虚になりすぎだと思います。私はそのエッセイを fj で公開された直後に読んでいるのですが、今読み直してみても、「科学に対する悪意」など全く感じられないし、「宗教も科学も変わらない」という極端な読み方が可能であるとも思えません。そのように読んでしまった方が実際にいたようですが、単なる誤読に過ぎないでしょう。

しかし、「科学」という言葉を曖昧に使い過ぎていて、どんぶり勘定的で雑な議論になってしまっているという批判は正しいと思います。例えば、同じ科学的な結果と言っても、恐ろしく信頼性が高く数値的にも精密なものから、全然そうではないものまで、様々であることが科学に無知な人にわかるような文章にはなってません。 (科学の素養がある程度ある人にとっては、水谷さんのエッセイに書いてある考え方は珍しいものではありません。)

私は、ここ数年の経験から、「科学も絶対的に正しいわけではない」などと常識的なことをわざわざ強調するのは誤解や誤読を誘発する可能性が高いので好ましくなく、強調すべきなのは「科学と言えども様々である」ということであって、どのような結果がどのような意味で信頼できるか(もしくは信頼できないか)を説明すべきだと考えています。しかし、そのような説明は読者に地道な努力を要求するものになってしまうことでしょう。

最後に細かいことを一つだけ。水谷さんは、「コンパスで円を描いてみたら円周と直径の比が 3.141592...からずれていることもありえるのです」と上のエッセイの中でおっしゃってますが、これはどういう場合を想定しているのでしょうか? ちなみに、曲がった空間を考えた場合でも円周率は変化しないと考えるのが普通です。 (曲面上では、一般に円周の長さは直径に比例しないのですが、直径が小さいときに高次の微小量を無視すれば比例しているとみなせ、その比例定数は円周率 3.141592... になります。) 空間が曲がったときに変化するのは、水谷さんもエッセイの中で触れてますが「三角形の内角の和」の類の数値です。円周率は数学的に普遍的な定数なので、物理の基本的な定数が変化するという状況を考えるのと違って、観測や実験によって円周率を修正する必要が生じるという状況を考えるのは困難です。


Id: #a19990820154210  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 15:42:10 1999
Name: ブタネコ
Subject: Theorema egregium

ガウスさんが驚いたのは、
Theorema egregium of Gauss
でしょ。計量だけで、曲面の深い性質がわかるという。
小林野水だと下巻の33ぺーじ。
Id: #a19990820152908  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 15:29:08 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990820150457
Name: 鴨 浩靖
Subject: こんなことで驚いたことに驚いた

ガウスは非ユークリッド幾何の非公式な第一発見者なので、驚いたのではなく、ちゃんと理解しての行動でしょう。つまり、ユークリッド幾何も双曲幾何(という言葉はまだなかったけど)も数学的には同じように豊かな体系であることを理解した上で、では、物理的にはどうだろうと考えて、測量を行なったのでしょう。 (海法さんの説明参照)

だいたいさあ、「定義というのは恣意的に行なうものではなく、そう定義すると都合が良いからするものだ」で、なんで驚くのよ。無限連鎖講防止法で「無限連鎖講」の定義に金銭のやりとりを入れていたら、国債を利用した鼠講が現れて都合が悪くなったので、法律を改正して「無限連鎖講」の定義を広げたことだって、あったじゃない。そういうのも、いちいち、驚くわけ?


Id: #a19990820150457  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 15:04:57 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990820032217
URL: toaso@kuhp.kyoto-u.ac.jp
Name: 麻生
Subject: すみません
 黒木先生、要らざる心配(「また、つまらない議論が展開されるんじゃないか」といった)をおかけして
しまったようで申し訳ありません。
 菅原さんがユークリッド幾何の公理を持ち出された点は、確かに全く不適当です。私の書いたことは、
的はずれでした。
 菅原さんが驚いたという気持ちは分かります。確かガウスも驚いて、山に登って3角形の内角の和だかを
確かめようとしたとかいう話を読んだ気がしますが…ブルーバックスかもしれません(笑)。

Id: #a19990820134517  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 13:45:17 1999
Name: ブタネコ
Subject: Cinderella

「平行線の公理」などのユークリッド幾何の公理を仮定するということは、単にたくさんある幾何学の中からユークリッド幾何を選択しているに過ぎず、「こっから先は証明無し」と一方的に否定する行為ではありません。
って文にピンと反応できない人はどうすればいいか?
http://www.springer.de/cgi-bin/bag_generate.pl?ISBN=3-540-14719-5 
にある
The Interactive Geometry Software Cinderella  
なんかで遊んでみると。
Cinderella is a unique, technically very sophisticated teachware for geometry. It will be used as a tool by students learning Euclidean, projective, spherical and hyperbolic geometry, as well as in geometric research by scientists. Moreover, it can also serve as an authors' tool to design web pages with interactive constructions or even complete geometry exercises. .
DM85と安いけど、高校や町の図書館でこういうのに触れることができる環境が望ましい。

身近にいる高校の数学教師(バーでよくあう人とか)が、『ユークリッド幾何から現代幾何へ 』 小林昭七著  日本評論社 なんかをちゃんと読めてて、そういう人と議論できるとな〜。
なかなか短い文章の交換だけでは伝わらないものもあって。
Id: #a19990820132812  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 13:28:12 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990819201105
Name: 海法 紀光
Subject: 数学の根っこ、物理科学の根っこ、宗教の根っこ

>すがわらさん
科学的な立場に立った人間が、先のおばかな私のように、キリスト者をつかまえ、
その宗教の科学的でないことをギリギリギリギリ科学的に否定していったところで、
その科学の根っこが「そう定義すると都合が良いから」とか、「それはまだ解明されていない」
などの山積みなのですから、結局は、「お互い信ずるところが違うんだね」という
ところに落ち着かざるを得ない。これが驚きだったのです。(笑)

「根っこ」は、数学と物理学では違います。

 数学の場合の根っこは、「そう定義すると、面白いから(より素晴らしい数学的世界が拓けるから)」です。逆を言えば、そっちのほうが面白いなら公理なんてのはどんどん否定されます。平行線公理を否定する非ユークリッド幾何学もとっても面白いことが判明したので、多くの数学者が研究しています。
 宗教者が神を信じるように公理を信じる数学者はいません。
ここのくろきさんの文章の「否定する」は、「何を」否定するお話なのでしょうか?

 公理の存在についてそれ以上考えることを「否定」する、という話です。
 実際は、公理が存在する場合、しない場合、両方について数学者は様々に考え続け、面白いネタをさがしていくのです。
 「神は絶対、存在する。そのことはこれ以上考えてもしょうがない」という宗教者とは全く性質が違います。

# もちろん、神の実在を神学的に議論する宗教者もいますが、それはまた別の話。

 さて、物理学の根っこは「そう定義すると都合が良いから」でなくて、「そう定義したほうが、様々なことが矛盾なく説明できるから」です。

 物事をよりうまく説明するために、あらゆる観測事実、実験事実を盛り込もうとしているのが物理学です。
 もちろん、物理学でまだ解明されていないことは多いですが、物理学では現実に存在する多くのこと、物の動きから、物質の振る舞いから、光、電磁波から、生物の働きまで、相当多くのことを、基本的な前提の延長で説明できます。単に説明できるというのではなく、数字を出して精密に予測できます。

 うまく説明できないところが山積みと言いますが、物理科学以外に、現実の多くのことを、そこまで精密に予測、説明できる理論体系はないんで、物理学のほうが宗教よりうまく説明できる…と言うのは間違いないでしょう。

 で、物理科学のもう一つ良いところは、「そう定義すると様々なことが矛盾なく説明できる」根っこの部分を、常に、もっとよく説明できるようにアップデートする姿勢があることです。細かい部分は日進月歩で変化してますし、すごく太く大きな根っこも、引き抜かれて別のものに変わった事実が何度もあります。それは宗教にはないものです。
私がここで書いているのは、
「「こっから先は証明なし」という科学の側」から、宗教を否定する。
ということです。

 で、厳密に言うなら、科学者はそんなことはしませんし、できないことを心得ています。
 科学者は、ただ、「この説明のほうがより多くのことを、よりうまく、より精密に説明できるよ。しかも、この説明は、それだけじゃなくて他の色々なこともちゃんと説明できるんだ」と伝えるだけです。
 合理的な説明を提供した上で、その説明が間違っている可能性も科学は認めます。ですから、最終的にその説明を信じるかどうかは個々人の選択です。
 ただ私個人としては、進化論より創造論が正しい可能性はあまりにも低すぎるなぁ、と思うだけです。

 逆を言うなら、進化論、遺伝に関する素晴らしい理論と膨大な証拠をロクに知らずに、ただ「科学は正しい」と信じて、相手に「宗教的説明は間違っている」と言う人がいたとしたら、その人は非科学的だ、とは言えます。
Id: #a19990820130219  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 13:02:19 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990820054519
Name: 鴨 浩靖
Subject: 教条

菅原さんの誤解は菅原さんのオリジナルではありません。中世ヨーロッパでは、公理を自明の真理とみなす人がたくさんいたようです。幾何学が教条化していた時代の産物です。何の価値もありません。
Id: #a19990820125133  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 12:51:33 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990820054519
URL: asugawar@ask.ne.jp
Name: すがわら
Subject: 言葉足らずですみません。
なんだか難しい話になっちゃいましたが、

私が言いたかったのは、関連の文献を読み直さなければ分からないような事ではなく。

鴨さんが

「定義に証明がないのは当たり前だよ。 」
「定義というのは恣意的に行なうものではなく、そう定義すると都合が良いからするものだ。」

と、おっしゃる、その事ずばりが、私には驚きだったのです。

科学的な立場に立った人間が、先のおばかな私のように、キリスト者をつかまえ、
その宗教の科学的でないことをギリギリギリギリ科学的に否定していったところで、
その科学の根っこが「そう定義すると都合が良いから」とか、「それはまだ解明されていない」
などの山積みなのですから、結局は、「お互い信ずるところが違うんだね」という
ところに落ち着かざるを得ない。これが驚きだったのです。(笑)

えーと、言語のもつ力の使い方をもっと良く知りたいと考えている菅原は、
数学を誤解していることになってしまっているので、あえて、
「誤解してるのはくろきさんじゃない?」と次のように、

============================================
私、菅原が書いた「科学と宗教」の次の段落。

--------
その意味で、始めから根拠の説明を放棄する宗教を、「こっから先は証明無し」という科学の側から、
一方的に否定する私の態度はばかばかしいことだと感じました。
--------

私がここで書いているのは、
「「こっから先は証明なし」という科学の側」から、宗教を否定する。
ということです。

くろきさんの「Re: 証明無しの決め付けの上に築かれたものであることを知り」のなかの次の文。

--------
「平行線の公理」などのユークリッド幾何の公理を仮定するということは、単にたくさんある幾何学の中からユークリッド幾
何を選択しているに過ぎず、「こっから先は証明無し」と一方的に否定する行為ではありません。
--------

ここのくろきさんの文章の「否定する」は、「何を」否定するお話なのでしょうか?
もう少し詳しくお願いします。目的語を一つ付け加えていただくだけで結構です。
私の初歩的な誤りを確認したいのですが、無知な私には、くろきさんの文章も
すこし難しく、自分の発言のことを言われているのかどうかさえ分からないのです。
============================================

なーんてことを書いたらすごく意地悪ですが、このような論理性のもつパワー、というか、
言語のもつ性能(の使い方)というのは、確かに、他の実証を必要とする科学と
区別されなければいけないのかもと思いました。
ちょっと勉強したいと思います。

Id: #a19990820084233  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 08:42:33 1999
Name: 水谷亘
Subject: 相対主義なんて知らなかった時代

古い文章が話題になっていると教えてもらったのでのぞきにきました。 あれを書いたのは1996年の1月で、まだソーカル事件も起きていないのですね。 Science Wars なんて聞いたこともなかったです。

相対主義とか科学哲学には興味がなかったのですが、応用物理学会誌8月号 に載っていた村上陽一郎先生の文章を読んで少し考えてしまいました。ニュートンは Scientistではないというあまり主題に関係のない序で始まって、科学の消費 とか搾取というよくわからない主張には、私は科学に対する悪意を感じました。 マンハッタン計画が科学の変質の転機で、科学は「一種の経済活動」になった のだそうです。なんで応物の編集はあんな文章をのせるんでしょうね。21世紀に はますます科学は応用されるであろうという当然の結論がうけたのでしょうか。

私の文章には科学に対する悪意はこれっぽちも入れておりませんので、 (悪意が感じられたらそれは文学っぽくきどった悪文のせいです、すいません) あまり相対主義的な文脈で読まれるのは本意ではないのですが、一度発表 してしまった以上、言い訳してもしょうがないですね。ただ、ちょっと補足 させてください。

「…自分が本当に魂をもっていることを発見したのが最初のショックだった。 …その魂は、彼のような立場の男がもっていて当然の素晴らしい魂ではなかった。 そのことを発見したのが第二のショックだった。」
ダグラス・アダムス『宇宙クリケット大戦争』(風見潤訳, 新潮文庫)
私は魂の存在を信じています。自分のはたいした魂ではないので、いつもがっかり しています(マッチョな言動ができるほどの度胸もないです)。 で、魂とは何でしょうか。脳の構造(ハードウエア)の上に、生後獲得した情報に よって作り上げられた一種のソフトウエアなんでしょうね、きっと。 人格とか知識よりも深いレベルで、OSでいえばカーネルのようなものだと理解し ています。自我とか超自我で説明がつくのかもしれないですが、よくわかりません。 私の場合、MS-DOSなのにBashとかいれてごまかしているような気がしています。 それはともかく、魂がどういうものか、科学的に解明される前に、どうしたら 魂の安らぎが得られるかという技術が開発されてきたわけです。それが体系化 され説明のためのさまざまな理論ができたのが佛教なのかも。 科学と宗教を並べるのはけしからんと言われるかもしれませんが、魂については 科学的に取り扱う手法がまだ見つかっていないようなのに、宗教の立場では 実生活の役に立つ法則があるように見えるというのが、私の主張です。 自分は魂など持っていない、魂の定義をはっきりしろという立場の方 もいらっしゃるかもしれないですが、私には答えられません。それがわかれば コンピュータに魂を持たせることもできるんじゃないかな。多くの高名な 物理学者が精神や意識の問題に取り組んでいますが、満足できる成果は得られて いないと思います。


宗教と科学についてですが、ファインマンは『科学は不確かだ!』の中で 宗教にとって神の存在を疑うことは価値があるのか議論しています。 神の存在と宇宙のしくみはある種の独立性を持っている、だから神の存在を疑った結果、 道徳、倫理、人格に影響はでないというのが結論。 無神論者だって立派に社会生活を営んでいるのだから、神の存在は疑って問題なし、 というんですね。その結論はまったくかまわないのですが(私は佛教徒ですし)、 私はファインマンは素晴らしい魂の持ち主だと思っています。 彼は魂の存在を疑っていたのでしょうか。


最近読んだエーコの『前日島』の中にも、科学と哲学の争いと読めるような部分が あります。例えば、詭弁の達人であるカスパル神父が、泳気鐘によって帰らぬ人と なるエピソードは、思惟に頼り実験を重んじない哲学の論理がやがて科学に敗北する ことを象徴しているようにも読めます。作者はどれくらい意識していたのか、 わかりませんが。
Id: #a19990820082520  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 08:25:20 1999
Name: いとうはじめ
Subject: くろきげん様 ご安心下さい

相変わらず、この前のことを根にもっているようなので、
もうここには書き込ません。
どうもお邪魔しました。
Id: #a19990820054519  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 05:45:19 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990819201105
Name: くろき げん
Subject: Re: 証明無しの決め付けの上に築かれたものであることを知り

鴨さんの言う通りで、菅原さんは初歩的な段階で数学を誤解してしまっているようです。「宗教も科学も変わらない」などと自戒する以前に、自分自身の無知を認識しておくべきでしょう。本当に自戒したいのなら、「私は宗教も科学もろくに理解してないので、私にとっては宗教も科学も変わらない」と言うべきだったと思います。菅原さん個人にとって自戒が必要なことであっても、他の人にとってはそうであると限らないのです。

ユークリッド幾何はたくさんある幾何学のうちの単なる一つの可能性に過ぎません。もちろん、たくさんある幾何学の中でも、ユークリッド幾何は、実際に役に立つ幾何学であり、数学的に美しい性質をたくさん持っているので、その体系を整備しておくことは実際面においても数学的にも大事な仕事であったわけです。「平行線の公理」などのユークリッド幾何の公理を仮定するということは、単にたくさんある幾何学の中からユークリッド幾何を選択しているに過ぎず、「こっから先は証明無し」と一方的に否定する行為ではありません。菅原さんは、関連の文献を読み直した上で、自分自身の初歩的な誤りを確認しておいた方が良いと思います。

菅原さんがどのような本を読んで変な誤解をしてしまったのかを書いて下さると、他の人たちにとって参考になることがあるかもしれません。菅原さんが読んだ本自体に誤解が含まれている可能性もありますし。


Id: #a19990820032217  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 03:22:17 1999
Name: くろき げん
Subject: 皆さんにお願い

ええっと、ここを覗いている方々にお願い。このまま議論を続けたければ、「宗教」とか「科学」という言葉で自分自身が何を指しているのか曖昧なまま結論を出すような議論をしないように気を付けて下さい。

まず、自分自身の意見を述べる前に、自分自身が個別の知識や情報をどれだけ仕入れているかを話すようにした方が議論が有意義に進むと思います。世間的に「宗教」の範疇に分類されてしまっている考え方の中にも十分に rational なものがあるかもしれないし、世間的に「科学」に分類されてしまっている考え方の中にも irrational なものがあるかもしれない。だから、「宗教」や「科学」に関する大雑把な一般論は、「穏健だが陳腐でつまらない議論」もしくは「過激で面白いが非現実的な議論」のどちらかになり易いと思います。

あと、具体的な知識や情報への言及を要求することは、よく見掛けるつまらない一般論を偉そうに述べたがる輩を排除するためにも役に立ちます。「宗教」と「科学」のどちらについても無知なのに、「宗教とは……」「科学とは……」「宗教と科学は……」のような一般論を偉そうな態度で述べる人は結構いるものです。 (せめて、どちらか片方について、それなりに詳しい方であれば、もう片方に関して少々の誤解があったとしても、他人にとって有意義な情報が含まれた話をできると思います。そして、そこに含まれる誤解を他方に詳しい方が訂正してくれると、さらに議論は有意義なものになる。私は、どちらについてもほとんど無知な人でも、顰蹙を買わずにすむような発言の仕方があると考えています。)

P.S. 申しわけないですが、いとうはじめさんは、以前の件について反省の意思を示し、私を安心させてくれるまで、ここでの発言は禁止です。他の方も、いとうはじめさんには反応しないで下さい。すでに長々と相手をしたことがあるので、文句は一切受け付けません。文句を他の場所で述べた場合は、 y.html の方にその URL を示すことまではやっても構いません。いとうはじめさんには、以上の指示に従ってくれるようお願い致します。


Id: #a19990820003421  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 00:34:21 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990819201105
URL: toaso@kuhp.kyoto-u.ac.jp
Name: 麻生
Subject: 私も議論しました
 菅原さん、こんばんは。大学院生の麻生と申します。
 "宗教心"が必ずしも"科学する心"を抑圧するものでもないでしょうし、
宗教も科学も、単なる"方法"ではありませんし(きっと目的は同じじゃ
ないでしょう)、そもそも何を対立せしめているのかが明らかでないと
思います。科学を相対化できること自体は、いいことだと思いますし、
科学的でもありますね。我々は科学を、それしかないから選んだのでは
なく、好きだからやっているという視点も大事でしょう。だけど科学は、
かなり確かに共有できる観念ではあるのでしょう。短い間にこれほど
普及したので。
 進化論より教会の教えを選ぶ人は、あまりいろんなことを考えたく
ないのでしょう(あるいは考えたいことが他にあるのでしょう)。それも
"本人の自由"です。それを分かってあげることがまず先決で、それから
考える。こういう人を"啓蒙"できるかどうか、これは科学的に解決
したいですね私は。そんなことで当面、脳科学を勉強中です(うそ)。
他にも、科学を理解はするけど、科学の進歩は抑えるべきだという人も
いました(東大に行った友人)。意見が合わないと議論したくなるのも
不思議な人間の性です。
 肝心なのは、人間に完全な一致を求めるのが無理な以上、人のしてる
ことを否定するのはうまくない、というごく実際的な教訓ではないで
しょうか。宗教が好きな人が科学(というかその言い分の一部)を否定
するのも、またうまくない。押しつけは必要最小限にすべきですね(
人を殺すな、など)。でも男は、敵を作ってなんぼという考え方もあり
ます(by 別の友人)。難しい。

Id: #a19990820002127  (reply, thread)
Date: Fri Aug 20 00:21:27 1999
Name: いとうはじめ
Subject: 科学も科学教

という一種の宗教と考えられます。
もちろん、妥当性や論理性は科学の方が上ですが、
それも結局は程度問題かと思われます。
ただ、科学について言う場合、数学とそれ以外とは
明確に区別をつけるべきであると思われます。
というのは、数学はそれ自身で「真」であると言う
ことができますが、それ以外の学の場合には、必ず
実証を伴う必要があるからです。
Id: #a19990819235942  (reply, thread)
Date: Thu Aug 19 23:59:42 1999
Name: 木村洋
Subject: それでも科学と宗教は違う

「疑って疑って、疑うところが無くなって初めて神を信仰しなさい」 と語る貧しき牧師の言説と 「我を信ぜよ、あがめよ、疑うな」 と叫ぶ神の代理人と称する似非宗教家の言説を対比させればどちらが知的に誠実でしょう。 宗教は根拠を求めない、というのは今の新興宗教については正しいです。 根拠を求めるような賢い信徒なんて、麻原は欲しがらないだろう(たぶん)。 しかしながら、キリスト教や仏教などの発祥した当時は 宗教にはそれなりの根拠があるように見えたのも一面の事実でしょう。 昔の宗教に根拠が最初から無かったのではなく、 科学が宗教の根拠を一つ一つ崩していったことを忘れてはいけません。 宗教の根拠は反証可能でしたが(過去形)、平行線公理は反証できません。 尤も、平行線公理が気にくわないから否定するとか、お前が言いたいことは理解するが 私の言いたいのはこうなのだ、と自説に固執するのは自由ですが それは昔の宗教家よりも知的に退嬰してます。
Id: #a19990819202215  (reply, thread)
Date: Thu Aug 19 20:22:15 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990819201105
Name: 鴨 浩靖
Subject: 平行線の公理

ユークリッド幾何の公理系は、ユークリッド空間の定義だよ。定義に証明がないのは当たり前だよ。

ただし、証明がないというのは無根拠だというのとは違う。定義というのは恣意的に行なうものではなく、そう定義すると都合が良いからするものだ。平行線の公理を含む公理系でユークリッド空間を定義すると、そこに豊かな初等ユークリッド幾何学の体系が構築できる。そのことで、定義の都合の良さがわかるんだ。つまり、初等ユークリッド幾何学全体で、平行線の公理の根拠を確認できる仕組みになっているんだ。


Id: #a19990819201105  (reply, thread)
Date: Thu Aug 19 20:11:05 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990818212233
Name: 菅原敦
Subject: 科学と宗教

えーと、まず、千代さんにはせっかくリプライ頂いたのに無反応で失礼いたしました。
自分で「ささやかな足場としての科学」を紹介しておきながら、「ヘーゲルの弁証法」や
「BCS理論」を全く知らなかったり、「1+1=2」を信じることと「(ある)宗教の神様」を
信じることが、根本的に違うことなのか、同じことなのか、自分でもよくわからなくて
もっと勉強してから出直してこなきゃならんと思っておりました。

で、黒木さんのご指摘の点ですが、確かに同じ「信じる」という言葉でも、ある科学的記述を
信じるのと、宗教の神様を信じるのでは、その信じる主体のあり方に確かに違いがあると思います。

科学的記述は、その前段階の条件(前提)の記述に正確さを求められますし、
一方宗教は、その根拠を求めないことが重要な点なのかもしれません。

私は学生の時、キリスト教を信じているとおっしゃる方に、
「本当に人間は神様が作ったと信じてるのか?サルから進化したことは知らないのか?
(彼が持っていた神様の絵を指して)たとえ神様がいたとしても、なんで神様が人間と
同じ格好をしてるんだ?それって人間の驕りじゃないのか?ぜんぜん科学的じゃないじゃないか!」
と、食ってかかったことがあります。

しかし、私が普通「科学」と呼んでいるものも、(具体例とおっしゃるのでたとえば数学を例に出すと)
ユークリッド幾何学の「平面状の点pを通り、点pを通らない直線lに平行な直線は一本だ」
というような、証明無しの決め付けの上に築かれたものであることを知り、どこまでもどこまでも
前提の正しさ(前提の前提の正しさ、・・・)を求めることはできないのだなぁと、知ったのです。

その意味で、始めから根拠の説明を放棄する宗教を、「こっから先は証明無し」という科学の側から、
一方的に否定する私の態度はばかばかしいことだと感じました。

先に私の書いた、「宗教も科学も変わらない」はそのような自戒の念をこめた表現なのです。

科学の根っこのわからない部分の具体例、「ユークリッド幾何学の前提」と、
馬鹿げた議論を避けるための「私の(キリスト者への)馬鹿げた議論」を挙げました。
宗教のわからないところは挙げませんでしたが、わかっていただけましたでしょうか?

#「信じる」と同じように「わかる/わからない」も多義的なコトバなような気がしてきました。(笑)

Id: #a19990818212233  (reply, thread)
Date: Wed Aug 18 21:22:33 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990816234610
Name: くろき げん
Subject: Re: 宗教も科学も変わらないんだなぁ

菅原敦さん、始めまして。いきなりで、申しわけないですが、いつもの質問をすることに致します。

菅原さんは、

この、結局一番根っこのところは「わからない」。
それを私が信じるという意味では、宗教も科学も変わらないんだなぁ、
と思いました。

とおっしゃってますが、宗教と科学のそれぞれについて、「一番根っこの「わからない」ところ」の具体例を挙げ、それらに即して「宗教も科学も変わらない」と思った理由を説明して頂けませんか?

ところで、同じ「信じる」でも、「今の段階では疑うのがアホらしいから信じて先に進む」における「信じる」と「神が存在することを何があっても一生の間信じ続ける」における「信じる」では、意味が全く異なっていると思います。一般に、同じ言葉で表現されていてもその意味は様々であることに注意しないと、馬鹿げた結論を簡単に導き出せてしまいますよね。

というわけで、馬鹿げた議論を避けるために、菅原さんには「一番根っこ」の具体例のそれぞれをどのような意味で「信じる」のかについても説明してもらいたいですね。


Id: #a19990817062723  (reply, thread)
Date: Tue Aug 17 06:27:23 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990817015029
Name: 千代
Subject: つけたし。

仏教の無常とかヘーゲルの弁証法が正しいって書いてあるけど
理論の正しさって、前提条件(ここでいう足場)の
正しさと記述言語(物理だと数学(数式)、仏教だとサンスク
リット語?)の演繹能力の正確さに依存すると思う。

物理学の場合、馬鹿じゃないのって言うくらい当たり前のことを
足場にして、えんえん検証し続けてここまでたどり着いたけど、
上の二つはそうじゃない。
それに理論からの演繹能力も予言能力も、物理にはかなわない。
要するに正しさの質が格段に違うと言っているんだけど。


一人の研究者として、あの文章の言いたいことはよくわかるし、
すべてがわかった、科学で説明できるなんて今の段階で思えるはず
もないし将来もどうなるかわからないんだけど、正直な話、
仏教や弁証法と同列に扱われるほど自然科学は腐ってない。

あの文章は科学者からのdisclaimerの典型的なものなんだけど、
それが一人歩きして「科学はあんまり正しくないんだ」っていう
印象を社会に与えるのはまずすぎる。喜ぶのは怪しげな宗教家や
似非科学者、評論家だけだ。

理想は「俺を信じろ!!俺についてこい!!」って社会に向かって
言えるマッチョな科学者像なんだけど、科学者って免責事項を述べる
のが仕事だったりするから、マッチョは望むべくもないカモ。
せめて、「今の科学は人類のたどり着いた最高の真実だ。」くらいの
ことは言ってよ、ねぇ。

Id: #a19990817015029  (reply, thread)
Date: Tue Aug 17 01:50:29 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990816234610
Name: 千代
Subject: う〜ん、あれって悪文

はじめまして、高エネルギー屋の千代といいます。
科学MLではこういう内容は嫌われちゃうんですが、、、

「ささやかな足場としての科学」、研究者じゃない人が
読むと、菅原さん的読みもアリだと思います。っていうか
普通、そういう解釈になってしまいますよね。でも残念ながら
あれはトンデモな悪文です。絶対信じないでください。

自然科学の場合の足場は、みんなが納得できる疑うべくもないところに
あります。例えば実験的にはリンゴは地面に向かって落ちるとか、
理論的には1+1=2であるとか。

でも仏教の無常の教えやヘーゲルの弁証法は違うでしょう。
だれでも信じられる内容ではない。
どっちかって言うと「すべての物質は、金、土、水、木からできている」
っていう理論に近いですね。決してBCS理論と比べられうるものではない。

> 仏教における無常の教えやヘーゲルの弁証法など、
> 科学とは違った「足場」から作られた条件つきの「正しい」理論です。

ってクライマックスで振っておいて

> これらの「足場」について述べるのはこの一文の主題ではないので
> このくらいにして、

というのはいくら何でもひどすぎ。
Id: #a19990816234610  (reply, thread)
Date: Mon Aug 16 23:46:10 1999
Name: 菅原敦 (PeanutsJamJam)
Subject: 実は宗教と科学は同じ物じゃないか

初めて投稿します。菅原敦(すがわらあつし)と申します。

コンピュータ関係の会社に勤務する26才の男です。
よろしくお願いします。

今日は単なるWebPageの紹介です。

「理科教育メーリングリスト」の [rika:12798] Re: 進化論とアメリカ という記事で
「実は宗教と科学は同じ物じゃないか」というパラグラフがありました。

これを読んで、思い出したのが、 文部省高エネルギー加速器研究機構のWebSite の中にあった
「ささやかな足場としての科学」です。

科学といえども、「無条件に正しい」というものではなく、
まず「足場」としての条件があって、その上で「正しく」記述されるべきものだ。
「足場」自体には、正しいも正しくないもない。

ということが書かれていたと思います。

この、結局一番根っこのところは「わからない」。
それを私が信じるという意味では、宗教も科学も変わらないんだなぁ、
と思いました。

Id: #a19990816113423  (reply, thread)
Date: Mon Aug 16 11:34:23 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990814082212
Name: TFJ
Subject: ミドリムシといえば

藻類画像データ というweb siteも好きです。 16SrDNAの系統図や細胞共生の話は、ここでも読めます。
Id: #a19990815192450  (reply, thread)
Date: Sun Aug 15 19:24:50 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990814082212
Name: YAMANE Shinji
Subject: Creationism

違憲判決がでても粘り強く反動的法律がでてくるのは、何も科学教育に限ったことではありません。たとえば(若い英米法学者曰く、)CDA訴訟は紅白や第九並になっているとか。

今回のカンサス州の問題については、アメリカ最大の人権団体ACLU(これまでの進化論禁止教育違憲裁判でもおなじみ)が声明を出しています。(http://www.aclu.org/news/1999/n081399a.html)
権利の問題とは別に、懐疑派の立場を知るにはならば大豆生田さん翻訳の sci.skeptic FAQとか、 最近の書籍ではMichael Shermer 「なぜ人はニセ科学を信じるのか」(早川,1999)がよかったです。


Id: #a19990815072826  (reply, thread)
Date: Sun Aug 15 07:28:26 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990814082212
Name: くろき げん
Subject: talk.origins - creation/evolution controversy newsgroup

これも、理科教育MLで拾ったネタなのですが (1999年8月この記事)、「創造論 vs 進化論」論争を主に扱っている talk.origins という usenet newsgroup があって、 The Talk.Origins Archive というウェブサイトに FAQ などがまとめられているようです。

さっそく、 Search the Talk.Origins Archive で遊んでみて、 Fashionable Nonsense の書評を発見。他に何か面白そうなものを見付けたら教えて下さい。


Id: #a19990814082212  (reply, thread)
Date: Sat Aug 14 08:22:12 1999
Name: くろき げん
Subject: ミドリムシ

理科教育MLより (1999年8月)

山賀さんが紹介している「原生生物情報サーバ」に行くと原生生物の写真をたくさん見ることができます。 (例:ミドリムシ)

ロジャー・ルイン著、『DNAから見た生物進化』(斎藤成也監訳、別冊日経サイエンス122) の第3章「生命の樹」の p.40 にあるリボソームRNA小サブユニットの塩基配列の比較によって作成された分子進化系統樹を見ると、「鞭毛虫類(ミドリムシ)」がどこに入るかわかります。ミドリムシが登場するところまでは大体以下のような感じです:

           +- バクテリア
[35億年前]-+
           +-+- 古細菌
             |            +- 多鞭毛類
             +- 真核生物 -+
                          +-+- 微胞子虫類
                            |
                            | +-+- 鞭毛虫類(ミドリムシ)
                            | | +- 鞭毛虫類(マクムシ)
                            +-+
                              | +- 根足虫類(エントアメーバ)
                              +-+
                                | +- 細胞性粘菌
                                +-+
                                  |

身近な動植物が登場するのはずっと先なのだ。

P.S. 「アメリカのカンザス州の公立学校で進化論(ビッグバンも)を教えないことになった」という話題も出ていますよね。ウェブ上のどこかに詳しい情報はないかな? あ、また「実は宗教と科学は同じ物じゃないか」なんて話が出ているな。そういう考え方が politically correct であると思っている人たちが思ったより多いことには驚かされるよな。


Id: #a19990813102401  (reply, thread)
Date: Fri Aug 13 10:24:01 1999
Name: 杉田
Subject: お詫び+お礼+自己フォロー

えっと、この前波のことについて色々書きこんだ杉田ですが、
この掲示板に書きこみをしたのは今回が初めてではなくて、
以前に「人称代名詞の性区別」という話題で質問したことが
あります。
そのときは、この掲示板には物知りな人がたくさん集まると
いう噂を聞いて、とりあえず前から疑問に思っていたことを
質問してみたのです。ところが、その後すぐに「自分で調べ
もしないで安直な質問をするのはけしからん。」という感じの
議論が始まって、困ったな、と思っているうちに忙しくなって
しまって、返事もしないままになってしまいました。申し訳な
いです。インターネットにおける質問の技術、ということにつ
いて考えさせられました。

そのとき返事をくれた方々、特に、詳しい返事をくれた後藤
文彦さんと笹卓さん、どうもありがとうございました。大変
勉強になりました。 

ところで、この前書きこんだ、「島に平面波がぶつかる」という
問題ですが、あれは、田崎さんの最初の問題設定を考えるの
にそれほど本質的というわけではなくて、一つの極端な状況
設定として面白いと思った、ということです。(実際の波は、
ある程度ランダムな波の発生+水深の変化による屈折+
境界での散逸、というあたりでかなりよく理解できそうに
おもえます。)

この問題は時々思い出しては考えていますが、あまり進展ナシ。




Id: #a19990812023425  (reply, thread)
Date: Thu Aug 12 02:34:25 1999
Name: 和田純夫 (くろきによる代理投稿)
Subject: サマースクールのお知らせ

以下の情報を聞きました。関心のある方も多いと思いますのでお知らせします。(和田)

<<「湘南レクチャー99 -- 社会の中の科学」のご案内>>

日時:99年8月23日(月)-8月25日(水) 
場所:総合研究大学院大学葉山キャンパス

上記のようにサマースクールが開催されます。科学と社会の関係について、科
学者の側からも積極的にアプローチしていかなければならない時代に向け、基
本的な知識を与えることを目標にしています。科学哲学、科学社会学等だけで
なく、高エネルギー物理学、核融合、天文学等も話題として入っています。

参加対象は大学院生ですが、ポスドクの方や、意欲のある学部生の参加も歓迎
です。詳しい内容、申し込み方法等については、ホームページ

http://koryu.soken.ac.jp/home/index08.htm

をご覧ください。
参加費の補助が必要なかた、またその他のご質問等は、下記までお願いします。

総合研究大学院大学・教育研究交流センター
      平田光司  hirata@soken.ac.jp

Id: #a19990806134811  (reply, thread)
Date: Fri Aug 06 13:48:11 1999
Name: くろき げん
Subject: 絶縁抵抗試験

明日と明後日にかけて絶縁抵抗試験が実施されるので、明日と明後日は停電になり、ここにアクセスできなくなります。おそらく数時間後にはアクセス不能になります。復活は早ければ日曜の午後7時位、遅ければ月曜の朝になります。


Id: #a19990805221719  (reply, thread)
Date: Thu Aug 05 22:17:19 1999
In-Reply-To: a0046.html#a19990725120303
Name: 木村洋
Subject: 科学基礎論学会についてのやまのさんの考え違い

>(確か、「科学基礎論学会」が日本で発足したときの初代会長は、数学者の高木貞二で、湯川秀樹が巻頭論文を書き、他に数学者の末綱恕一、哲学者の下村寅太郎が寄稿していますね。 )

初代会長の高木貞二は心理学者でありませう。
時々、高木貞治を貞二と誤記する人がいますが、
業界人の過ちとしてはいただけません。

しかし、この掲示板に村上御大が来てくれたら面白かろうに。
村上氏をもしかして評価していないかもしれない
佐々木力教授との対談もいいかもしれません。

そういう私は現代日本数学社会学を誰か構築してくれないかなと
考える学生(23)です。

Id: #a19990803203918  (reply, thread)
Date: Tue Aug 03 20:39:18 1999
Name: 杉田
Subject: 島の風下の海岸に波は打ち寄せるか?

田崎さん、どうもレスありがとうございます。

確かに、波のスピードの違いだけで、波面が等高線に平行になるところまでいくとは思えない
ですね。 でも、経験的には、波面はほとんど海岸線に平行になって打ち寄せるように見える。
これはどういうことでしょう?

僕は以下のようなイメージで問題を設定しているのです。つまり、
・ 風が1方向に吹いていて、海面を平面波的な波が移動している。(波面は直線とする。)
・ その波が、孤立した島にぶつかる。
・ さて、波面はどのように変形して、どのような角度で島にぶつかるか?

僕が見た例のテレビ番組では、波面が変形して、島を包み込むような形になる、特に、島の裏側
まで波が回り込むかのような説明をしていたのですが、波のスピードの違いだけでこうなるとは思
えない。(もちろん島の周りの水深の設定にもよるけど。) 波のスピードの違いによる進行方向の
変化は、(ブタネコさんが書いていたように)幾何光学の屈折にあたる現象なわけで、これだけで
無理だとすると、回折みたいなより波動的な効果まで考えれば島の裏側まで波が回り込むか、
などと考えてみたのですが、やっぱりよくわかりません。

量子力学の散乱問題みたいなもんだから、うまくモデルを設定すれば厳密に解けるような気もするん
ですが。


ところで、もう一つの話題の「波の砕け」の話ですが、本当に波が砕けるところまでシミュレート
するのは難しそうですが、「波のオーバーハング状態」なら解析的に書ける場合があります。
例えば、神部勉の「偏微分方程式」2章に例があります。 これは、水面の高さを表す関数
について偏微分方程式を立てて、それを解くというアプローチで、波の「つっ立ち」が起きるとき
解が多価になりますが、特性曲線の方法が使えるときには、この多価関数がちゃんと解析的
に書けます。

ただし、これは波がオーバーハングしつつも、決して砕けない、という非現実的な解なので、
あまり自然現象を理解したという気分にならないかも。


Id: #a19990803153958  (reply, thread)
Date: Tue Aug 03 15:39:58 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990803071729
Name: 田崎晴明
Subject: 波の波面

杉田さん、 ありがとうございます。

なるほど、ぼくが無知だったわけで、

やはりポイントは、深いところを進む 波のほうがスピードが速い、という点にあって、
というのが定番の説明なわけですね。 確かに、
二次元的に波面を考えると、 深いところにある部分が浅いところにある部分より前に進むから、結果的に 波の進行方向は、地形を登っていく方向に曲がる。
という効果はありますね。 (「二次元的な波面」とは? 「直線的な波面」と読み替えました。) ただし、
この効果で、最終的には・・・波面は等高線に平行に・・・なる、という説明
はそれほど単純ではないと思います。 浅いほど波の速度が遅いというだけでは、 波面をきちんと等高線に平行なところまで整形し、かつ、 平行なままに保っておく機構はないように思う。 岸のそばでの海底のスロープが一定ということを仮定すると、ある程度うまくいきそうですが。

現実の波の波面というのは、どれくらいしっかりしているのでしょうね? 波打ち際にたって波の音を聞いていると、右の方でざざあああんしょわしょわしょわ、左の方でざざあああんしょわしょわしょわ、今度は正面でざざあああんしょわしょわしょわしょわしょわという具合にステレオ感が味わえますよね。 それほど波面はそろってはいないのでは? 沖の方の波の感じを見ても、そうだと思うのですが。


Id: #a19990803071729  (reply, thread)
Date: Tue Aug 03 07:17:29 1999
Name: 杉田
Subject: 波の話

なんか波のことが話題になってるのを見て、出てきたんですが。

これについては、昔テレビの子供向け科学番組みたいなので解説しているの
を見たことがあります。その解説によると、やはりポイントは、深いところを進む
波のほうがスピードが速い、という点にあって、二次元的に波面を考えると、
深いところにある部分が浅いところにある部分より前に進むから、結果的に
波の進行方向は、地形を登っていく方向に曲がる。この効果で、最終的には
波は陸に打ち寄せるように、波面は等高線に平行に、という形になる、という
説明でした。

その番組では、平行な波面を作っている波が島にぶつかると、波面が島を包む
ような形に変形していく、というような図も示していました。



Id: #a19990802172209  (reply, thread)
Date: Mon Aug 02 17:22:09 1999
In-Reply-To: a0047.html#a19990802150108
Name: たざき
Subject: 見たことのない海

未だにプルーストを読書中(読書の暇がない)の私としては、 海の話が出ると、 アルベルチーヌたちがきゃぴきゃぴ(??)登場したバルベックの海を懐かしく 「思い出したり」してしまい、 ブタネコ先生の蘊蓄を密かに期待していたりもするのでした。
Id: #a19990802150108  (reply, thread)
Date: Mon Aug 02 15:01:08 1999
Name: ブタネコ
Subject: 海を急に見たくなったら

えーと、http://www.sciam.com/0197issue/0197moin.htmlで、Tackling Turbulence with Supercomputersって、SCIENTIFIC AMERICANの記事が読めて、いろんなとこにリンクがはってあるけど。下の英語はその一節。(もっといいサイトをプロの方は紹介して下さい。)

さて、北斎から俄然センスが落ちるけど、王様のアイデアに、シーソーみたいな長い箱に粘性のおおきな青い液が入っていて、波を発生させるおもちゃがありますね。
あんなのをシミュレーションするのも大変なのかな?

海を急に見たくなったら??
朔太郎は前橋から汽車に飛び乗り、平塚から大磯まで歩いている。
国府津あたりのがいいかな?
東京駅から80分くらい、ガラガラのグリーン車(データイムグリーン券が500円)で、Its difficulty was wittily expressed in 1932 by the British physicist Horace Lamb, who, in an address to the British Association for the Advancement of Science, reportedly said, "I am an old man now, and when I die and go to heaven there are two matters on which I hope for enlightenment. One is quantum electrodynamics, and the other is the turbulent motion of fluids.のLambでも読んでれば、すぐ着く。駅から海まで3分くらい、海辺の国府津館って割烹旅館はまあまあ。

実際の海岸の波うち際には、打ち寄せられた波の水が沖に返っていく速い細い川みたいのが、何十m間隔で存在してる。
Id: #a19990802120021  (reply, thread)
Date: Mon Aug 02 12:00:21 1999
In-Reply-To: a0046.html#a19990801194812
Name: 田崎
Subject: overhung

北斎の波というのは、まさにビッグウェンズデイ(あまりに響きが違う) みたいな奴ですよね。 ぼくは野蛮人なので、PDE〔偏微分方程式)ではなく、 ニュートン方程式に従う質量の集まりを無理矢理扱うというようなことを漠然と思っていました。 牧野さんのいわれるシュミレーションみたいなことかな? しかし、こういう波は砕け続けるわけですから、普通の意味での定常解とは だいぶ違って、エネルギーの一定の供給と散逸があるわけですね。 確かに難しそうだけれど、自然界であれだけ安定に存在するのだから、 理解できても悪くない。 厳密解の類はたぶん不可能だろうけれど、 解の存在定理のようなものなら、(なんか巧みに「はさみうち」にしたりとか) 今の人類にできても悪くない気はするのだが。 (物理ではそういった「存在証明」の技術が極端に未発達だとぼくは思う。 がんばれば、もっとできるはず。) もちろん、どういう条件でどういう方程式を考えればいいかも わからないのだけれど。 ぼちぼち考えてみよう。

などと考えていると、無性に海に行きたくなってくるなあ。


Id: #a19990801204254  (reply, thread)
Date: Sun Aug 01 20:42:54 1999
In-Reply-To: a0046.html#a19990801194812
Name: まきの
Subject: Re: Overhung

えと、数値計算で自由表面を扱うのは結構難しいみたいなのですが、最近だと粒子法(境界を追跡するのにテスト粒子を使うのではなくて、本当にラグランジュ的に粒子みたいなものを動かす)で砕波とかが結構それらしく計算出来ているのを見たことはあります(東大工学部量子システムの越塚先生とかがやっておられます)。ただ、3次元ではまだ計算量的に大変そうでした。

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