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黒木のなんでも掲示板 (0032)

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Id: #a19981229012354  (reply, thread)
Date: Tue Dec 29 01:23:54 1998
Name: はまだとらひこ@しつこい
Subject: Re:Fuller
Fullerの当該論文はここにあります。(いつのまにこんなサイトが)
http://members.tripod.com/~ScienceWars/SteveFullerArticles.html

FullerのScienceという本の翻訳はいったいいつ出るんでしょうね。

Id: #a19981228152205  (reply, thread)
Date: Mon Dec 28 15:22:05 1998
Name: 時田
Subject: 不死性願望批判

稲葉さんの『図書新聞』2360号の記事で紹介されている、関曠野の『不死性願望批判』ですが、僕は関曠野はほとんど読んでいないので、稲葉さんの紹介を手がかりに議論することになるけど、不死性願望批判(個人としての不死性願望とそれの拡張としての種としての不死性願望)には、いろんな著者の主張として出会ってきて、そのつどとまどったり、共感したりしてきたと思う。
真木悠介『時間の比較社会学』や、池澤夏樹の『楽しい終末』。養老さんが死体を展示することを啓蒙と考えるのも不死性願望批判か?藤田省三の快楽の全体主義批判もそれとクロスオーバーするだろう。(真木はボーヴォアールの「人類は消滅するであろうなどわれわれが断言するのを、何ものといえども許せません」から始め、これとはまったくことなる石牟礼道子の『天の魚』で終わるまで、豊富な引用を通し、[不死性願望=死の恐怖=生の虚無]からの解放、生の充実を探している。池澤は人類が恐竜の1/100もまだ生きていないことを揶揄している。)

不死性願望批判が、「類的存在」より「個の論理」という形に発達し、「有限な死すべき者 たちの連帯の原理の使徒が、共和主義者、啓蒙思想家、そして初期社会主義者なので ある。」というあたりまでは、よくわかる気がする。
実際には今の日本で、「個の論理」のもっともやばい掬い取られ方として、新自由主義経済の文脈の元で個人?主義が強調され、福祉の切り捨てが、不況を深刻化させるとか、「家の名誉」と関係なく、個として振る舞う法人資本が、無責任に暴走するといったことが、現実におきてるし、連帯も社会もまったくどっかにいっちゃってるから、初期の付く良き人々を回顧してるだけじゃどうにもなんないけど。

しかし、『藤岡信勝氏を、見事に滅びようとした左翼人士として評価した上でその主張を品位をもって批判』は、関さんの文を読んでないけど、全然ピンとこない。
滅びの美学というと、ナチスの重戦車に突撃するポーランドの騎兵、特に凛々しい尉官クラスの青年を撮ったワイダの映画とか、『平太の戊辰戦争―少年兵が見た会津藩の落日』角川選書という、江戸末期の現代的学校教育を受けてない16の農民の子供が、コミューン兵のような凄い体験を父とともにし、それを文章化して後世に残せた例とか。
藤岡さんの場合、勉強が仕事なのに勉強してこなかった人が、アメリカ規格で挫折し、それで勢いづいてハメをはずしだしたのが、なんで見事に滅びることなのかな〜?
福田恆存とか、清水幾太郎の場合、風見鳥としての感覚(頭の悪い左翼への見切りの付け方や道学者型教師を手下にしたビジネス)が気持ちいいくらい抜群だけど、藤岡さんの場合弱者なので何かいうのが気の毒な面と、ドイツ規格ならセカンドレイプの犯罪を社会的影響力を持って行っている(今回、日中共同声明が出されなかったことをアメリカの新聞は大きく書いたが、日本のマスコミは黙殺。)面があって、藤岡自称自由史観の中に、「種の論理」のそれなりの歴史観からの借りものが混じってて、それに『品位をもって「個の論理」の歴史観』をぶつけるだけでは解決しないものが残る。

結局、藤岡氏は国際社会の中で、個として生きることの出来なかった人で、我々は個として生きる(藤沢駅から2分の、もとムエタイのチャンピオンがやってる店で、380円のカレーを食べ、そのオジサンと仲よくなることなどなど)と、批判というより別の生き方をするということかしら。
Id: #a19981228143355  (reply, thread)
Date: Mon Dec 28 14:33:55 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981226220656
Name: 牧野
Subject: フラー

フ ラーが4S News letter に書いた Sokal vs Latour の報告とかはなかなか わかりやすくていいような気がします。
At the end of June, the physicist-turned-hoaxster Alan Sokal ...
という書きだしはちょっとどうかと思いますが。

「世界」論文も原文が Web 上に存在しているらしいという話なのですが、私はまだ見つけてないのでした。とりあえず原文があるらしいと聞くと、あの日本語の方はちょっと見たくなくなりますね。


Id: #a19981228130234  (reply, thread)
Date: Mon Dec 28 13:02:34 1998
Name: 小波
Subject: 悪魔

 確かに芸術には狂気がしばしば付きまとうわけで、マーラーは精神分析治療で すっきりしたとたんに創作が止まったとか、ダリの政治的むちゃくちゃさ加減とか、 その手の逸話には事欠かない。
これは他人には見えないのかも知れないのだが、 ハイドンのピアノソナタを聞いたり弾いたりしていると、あるところで悪魔が現れるんだな。 深みに突き落としておいてにやりと笑う悪魔が確かに浮かび上がる。ふつうはモーツアルトに そういう感覚をもつ人が多いのだが、わたしはハイドンに軍配をあげちゃう。
 演奏では、リヒテルのハイドンはまさに憑依した悪魔が弾いているようなところが一瞬、 ところが憑依されたとうのリヒテルもその瞬間ににやりとしているようで、どっちが どっちに乗り移っているのかようわからん。 グールドのハイドンは名盤だが、悪魔同志でバランスがとれすぎちまった。だから 私の睡眠薬にはちょうどいい。
Id: #a19981228113244  (reply, thread)
Date: Mon Dec 28 11:32:44 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981228070201
Name: 小波
Subject: 文学型芸術

 文学なんてものは、そいつの人間性が愚劣で、しかもその愚劣さを作品が表現している 限りにおいては、愚劣の中身たる馬鹿や幼児性やエゴイズムの程度が文学を規定してしてしまう のですよ。三島の文章はうまい。みごとだ。だけど反吐が出る。その反吐は まさに三島の自意識の嫌らしさが読み取れるから。文学形式の芸術においては、 人間のありようと作品の質との関係をすべて否定するなんてわけにはいきません。 大馬鹿で幼稚であって、しかもそれがそのままローレベルの表現になったという のが、小林よしのりの昔から変わらぬ実体でしょう。

もっとも、それじゃ人間性がまじいから作品がひどいかというと、常にそうで はないわけで、そこの関係の微妙さをわからんような単細胞も困るんだよね。 頭の悪い左翼や道学者型教師タイプだと、そこが四角四面の文学観になって疲れることが よくある。(わたしはどっちかというとなまくら左翼だが、そこまで単細胞ではない) トーマスマンの魔の山を読んだルカーチが、自分がコミュニストの神父(ナフタ)として パロディ化されているのを見て、誤解もはなはだしいが面白い小説ではあると評した 逸話があった。(これくらいの蘊蓄ではブタネコ先生にはかなわんな〜)

 とはいえ、と、この種の論議は留保が多くなるのだけれど、所詮文学は読み手の 人間としての経験による共感や嗜好の問題に帰着してしまうもので、小林よしのりの 作品を高く評価する人がいたからといって、それはそれ。あ、そうなの?としか 言いようはないのですけどね。

王様は裸だ!に関する考察は次にします。すいません、ちょっと時間がないし、 考えていたらいろいろと膨らんで面白くなってきてしまった。 (わたしはある表現を瞬間的に思い付いて使って、その後で泥縄式に形を作るのが 好きなのだ)
Id: #a19981228070201  (reply, thread)
Date: Mon Dec 28 07:02:01 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981227162105
Name: いなば
Subject: 『世界』の特集

はそれじゃなくて、12月号、「戦争論」特集です。
 それから私が言ってるのは、理論や思想を問題とするなら、とりあえず人格は棚上げにしなきゃならん、という単純で当たり前のことです。低劣で壊れた奴が皮肉でなしに立派なことを言うこともある。「それは学問や芸術の話で、政治の世界では違う」とは私は必ずしも思いません。書評では私は批判しましたが、この点では関氏は偉かった。
Id: #a19981227162105  (reply, thread)
Date: Sun Dec 27 16:21:05 1998
Name: 時田
Subject: 稲葉さんへの質問

すいません、稲葉さんの書かれた以下の部分がわからないので、チャチャみたいな質問をさせて下さい。
 とにかく、小林にしろ藤岡にしろ、人格的に矮小化したところでその批判にはならないことを肝に銘じていた だきたい。その辺については、ずいぶん昔に苦言を呈しておきましたが、どうやら『世界』の今度の特集も、こ ないだモナシュの図書館で見ましたが、この批判が当てはまるようで、うんざり。相手と同じレベルに落ちてど うすんですか。
しかも質問の回数を減らすため、仮定をいれてちょっとウザクなるんすが。
『『世界』の今度の特集』って、'99年1月号のことですか?
この号の特集って、『経済再生への対抗提案』ってことに、編集部的にはなるんすが?
稲葉さんのいうのは、フラーのことですか?(特集っていうと論文が2、3本になるけど、佐々木力さんの、こっちも何かそこまでフランスでも左翼が強いかな??ってすっきりしないのとかとドッキングじゃないですよね。)
フラーのことだとして、『相手と同じレベルに落ちて』るのは、ソーカルと同じレベルに落ちたフラーなのか、フラーと同じレベルに落ちた、このボードでのフラー論文紹介者なのか。
(括弧内は質問じゃなく、ひとりごとだけど、落ちに落ちてるのは、フラーを訳してる人の日本語じゃないの。これじゃ、z会の添削おばさんだって、高校生なら、読み手の気持ちになってモノを書けと、文句を言うのでは?) あと、『藤岡を人格的に矮小化し』ですが、藤岡氏の人格が矮小だという事実を藤岡氏のそばにいる人が見ている場合、あるいは読み手が感じた場合、そういうのを矮小『化』と『化』を付けていいのかしら?いっぽう、大きな真実を隠す小さな真実量産みたいなことを藤岡がしてて、そういう面しかしらない人に、矮小なものを見たり感じた人が、見ました感じましたということを伝えるのは、無論『批判』という作業ではないが、社会を健全に保つためにイヤイヤだけどせざるを得ない仕事なのでは。
まあ、自分の家の前に犬の糞がしてあって、小さけりゃほっぽっておくけど、でかくて、誰かが転びそうなら仕方なく 片つけるといった。
犬の糞は生態系を豊かにすると、放置者が信じて確信犯でやってる場合は、『批判』が必要になるけど、そのときも誰かが転ばない配慮が最優先でしょう。李 順愛さんなんかは、誰かがこけないために、いろいろな意見をとりあえず正確に翻訳して隣に伝えるという地味な仕事をしている。それに比べれば、なりふりかまわずというか、矮小を露出することを全然はじないでビジネスにいそしむ方々というか?

Id: #a19981227140512  (reply, thread)
Date: Sun Dec 27 14:05:12 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981227123013
Name: くろき げん
Subject: 所謂「ソーカル事件」

田中さん、始めまして。

ええと、一般に「ソーカル問題」という言い方はされてません。「ソーカル事件」 (the Sokal affair) が普通の言い方です。 (ちなみに、「ソーカル事件」という言い方はソーカルに反撃するためにソーシャルテキスト誌側が使い始めた言い方です。ソーカル自身は「ソーシャルテキスト事件」と呼んでいるのですが、こちらは全く流行らない。言葉を広める闘いにおいては、ソーカルは惨敗しているのだ。「ソーカル事件」は個人的にはこの辺のことを意識して使うべき言葉だと思う。)

詳しいことは、ソーカル自身のウェブページもしくは私が作成したリンク集を見て下さい。後者の頭の方に簡単な説明があります。 (ソーカルのパロディー論文がナンセンスであることを見抜くためには、科学に特別に詳しい必要ありません。もちろん、「量子重力」に関する知識など全く必要ありません。たわいのないデタラメが書かれているだけです。まず、その点を確認するのが良いと思います。)

大豆生田さんから教えて頂いたことで、まだ確認してないのですが、1999年版の imidas に「ソーカル事件」(p.982)や「サイエンス・ウォーズ」(p.1086)に関する説明があるようです。「ソーカル事件」については

SSC計画 (Superconducting Super Collider) の挫折以来、フラストレーションのたまったアメリカの物理学者のうっぷん晴らしでもあったようだ

と書いてあるようです。典型的な「サイエンス・ウォーズ」史観ばりばり全開ですな。

最近まで、私は正直過ぎて、「サイエンス・ウォーズ」=「予算と尊敬を失った科学者達による不当な攻撃」 (攻撃対象は「弱者・小数派に味方する学者」であったり「科学論」(science studies)であったりする、日本では主に科学論方面の人達が宣伝しているので後者の意味合いが強い)というフィクションを大々的に宣伝して誰が得するのか、ほとんど理解してなかったのですが、宣伝している人達は争い自体を飯の種にできる人達であり、宣伝している人達自身が得するという仕組みがあるようですね。

争い自体を飯の種にできてしまうってのは嫌な世界だなあ…。そして、そういう世界のボス達は宣伝に使えるメディアと密接な関係を持っているのだ。


Id: #a19981227132624  (reply, thread)
Date: Sun Dec 27 13:26:24 1998
Name: 時田 節
Subject: ヨネザード

僕は漫画はそんなに読まないけど、ますむらひろしのアタゴールとかヨネザードはいいですね。
米沢という町の文化が作者の内面的成長にかかせないもので、その成長は高校生のころ微係数が大きくなる。そんな自伝的な感覚が。
成長とは、ませるというか、学校封建文化ないし偏差値身分制度からの脱落というか、それでも、模試の現国の点にすらも現われる言語表現力のupというか。
駿台の神話に安岡章太郎と遠藤周作が万年浪人してたころ、英数は万年にふさわしいダメさでも、国語は解答作成者が採点しててみずから恥じいったとか。
誰か、ヨネザードに出てくる喫茶店のモデルはここで、今では息子の代とかホームページを作ってくれないかな?
そんで、ヨネザードなんかには、ひでよしという、僕以上にひでえブタネコが出てくる。

関川夏央が文を書いている、 漱石5部作 双葉社も中高生に薦められるいい作品では。

昔ある編集者が沼津の図書印刷に出張校正にいったら、パタリロの平面的な顔が、世界最高速の輪転機からぞくぞくと再生されてて、あまりにシュールな風景に失神しそうになったとか?

清水玲子って初耳だけど、見てみよう。西原なんて名前は、この近くのボードであやしい重力歯医者関連で知り、『山田くんとまぶだち』には感動した。

田中様、黒木さんのホームご覧になりました?
Id: #a19981227123013  (reply, thread)
Date: Sun Dec 27 12:30:13 1998
Name: 田中 直樹
Subject: ソーカル問題とは何ですか

ソーカル問題とは何ですか?簡単に、分かりやすく 説明してください。
Id: #a19981226220656  (reply, thread)
Date: Sat Dec 26 22:06:56 1998
URL: http://cgi.biwa.or.jp/~hamada/BBS/spool/old.html#19981213000404@cgi.biwa.or.jp
Name: はまだとらひこ
Subject: Re:フラー(Let's Win the Science Wars)
牧野さんもそういう感想ですか。
私も分かるまで繰り返し読み返そうという気がわかないです。
自分とこの掲示板にこっそりと感想だけ書きました。

>まず、なんで、こんなものをわざわざ翻訳して「世界」に掲載する必要があるのか?
>(身内ネタ(会議の賞賛を除く)としても、どこが良いのか?)
>次に、日本の状況が参考になるだなんて(笑)(というより、誰が馬鹿げた事(日本史)をFullerに教えたのか?)
>さらに、Fullerはあいかわらずサイエンス=ウオーズは「金の分捕り合戦」と言ってる(笑)
>最後に、Fullerは「一般人の科学理解」で結局、何をどうしたいというのか?

Id: #a19981226205739  (reply, thread)
Date: Sat Dec 26 20:57:39 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981224134904
Name: 牧野
Subject: フラー

稲葉さんは清水玲子とかは読まれませんですか。

あ、その、フラーのを読んだのですが、、、、確かに、内容とか主張がどうというより、まず、日本語に拒絶反応を起こしそうになる代物ですね。原文がややこしいのかもしれないけど、それ以上に訳はちょっと、、、

…ポスト・マートンの科学の社会学は、バリー・バーンズやデヴィッド・ブルーアなどの科学者によって研究され、彼らは科学論は科学的方法を科学それ自身にあてはめることと定義するとした。
いや、もちろん、好意的に解釈すれば意味はわかるんですが、こういう文にみちみちたものを読み通すのはなかなか苦痛ではありますです。原文と対照しながら添削したくなる。よっぽど急いで翻訳したのか、それとも、、、

「サイエンス・ウォーズ」という言葉を連呼しているという時田さんや黒木さんの指摘については、まあ、92年から5年以上にわたってこの「論争」の渦中にいた人(よくしらないけど、そうなんでしょ?)の書いたことを、はたから文句をつけるのもちょっと違うような気はしました。大目にみてあげてもいいような気もします。

でも、それとは別に、私には結局フラーがなにをいいたいのかというのがよくわからなくて、、、

まあ、ソーカルを倫理的観点から非難するなんてことはしていないところはさすがにちゃんとわかってるのかなと思いましたが、これが訳者の解説になると

ソーカルの贋作事件の問題は、端的にいえば、学問における「モラル・ハザード」を行なってしまったということになるだろう。
え?そなの?
Id: #a19981226181229  (reply, thread)
Date: Sat Dec 26 18:12:29 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981226112106
Name: いなば
Subject: 紋切り型

 ううむ先見の明をほめてもかまわないかと思う部分もありますが、結果論ですねえやっぱり。それに人間性の低劣さはこの際直接の関係はないんだなあ。それに私は小林の人間性が、もちろん幼児的というのは昔からかわらんと思いますが、最低とは思わない。少なくともかつてはね。かなりいい奴だったと思いますよ。
 ところでサブカル系でよくやる「裸の王様だ」の裏返しってどういうことですか? 私は非常にストレートに「偉い」といってるだけですが。大ヒットしちまったジャリタレの中にも偉い人はいるでしょうしね、それに。「裸の王様だ」って告発の大半は大人げないもんだってことくらい私も承知しているつもりですが。(実は私世間からは「サブカル」と見なされているかもしれないが、「サブカル派」、つまり「サブカル」という言葉をうれしげに使う奴はきらいなのだ。私は自分ではこの言葉を用語として使う気にはなれない。なんか言葉として醜いよね。)
 まあ、三島もあほといえばあほでしょう、たしかに。「その生真面目さだけは買ってやらないといけない」、というのもナンセンスではありますね。
 ところで景山民夫ってどう思います。私はねえ、全然いい読者じゃないしエライと思ったこともないけど、いい奴だなあとは思ってたんですよ。かつてはね。
Id: #a19981226112106  (reply, thread)
Date: Sat Dec 26 11:21:06 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981225213318
Name: 小波
Subject: 紋切り型?

稲葉さん、私は口が悪いですが(黒木さんほどじゃないが)、悪口も芸のうちということで、 軽く読んでね。
成功したギャグ漫画家には必ずと言っていいほど失速の運命が待って いるものです。江口寿史やいしかわじゅんはそこをうまく逃げ、かっこうよく降りたわけですが、小林は前のめりに破滅していった。その様はある意味崇高でさえあ ります。紋切り型の罵倒で片付けられるほど矮小な存在ではありません。
「成功したギャグ漫画家」を「大ヒットしちまったジャリタレ」に置き換えても似たようなもんでしょう。偉大だのなんだのって、 わたしゃサブカル系でよくやる、「裸の王様だ!」裏返しバージョンのごたくだと思いますね。 もうそういうのは流行らないんじゃないのかなあ。
 私が小林を罵倒したのは、彼が少年マガジン(多分)に登場した10数年昔のことであって、昨日や今日になって の話しじゃない。つまりは彼の作品の持つ最低、最悪の人間性ということについて罵倒していたのです。これは本質的に 幼児的な思考しかできないファシストだなって。紋切り型などといわずに先見の明といって欲しいなあ。
 エイズで正義感ぶって厚生省をののしったり、手なづけられて瞬時に超右翼に転向したりした (どうせこれもまたころりとどっかに転ぶのだろうが)、 最近の動きについては、さもありなんと冷笑するだけのことで、馬鹿はやっぱり死ぬまで馬鹿だという 感想をもった程度。かつて三島由紀夫が大馬鹿な喜劇的死を 演じたときにも、私は店頭のテレビのニュースに釘付けになっている人込みの中で、ひとり 大声で笑っていた。(後で寮の友人にそのことでうるさく文句言われたけどね) それにしたって三島が盾の会で滑稽な皇国史観ナルシズムを演じたりしていたからではなくて、 彼の少年や夜会服、そして潮騒にさえも、鼻持ちならないナルシズムと大衆蔑視を 読み取っていたからに他ならない。小林、三島に共通するのは、 日本における右翼的な心情の系譜のもつ、どうやらかなり根深くて反理性的な、あるいはむしろ理性敵視型 怨念の構造に同化していることなんだ。つまりは理性的反省の出来ないサル以下のクズ。 それは初期の作品にすでに姿を見せているのですよ。

 そうそうナルシズムといえば太宰治もそうだけど、彼のナルシズムの根底にはモーツアルトのごとき 愛への子どものような渇望があるので、 わたしは恥ずかしくて読めないけども(走れメロスでジンマシンが出た)、 上の二人とはまたかなり違うのだよな。東北の哀しさと優しさが太宰を救っているのだ。
Id: #a19981226072256  (reply, thread)
Date: Sat Dec 26 07:22:56 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981225213318
Name: いなば
Subject: 現代漫画の水準といえば

『風雲児たち』『龍』『西遊妖猿伝』はどうなってますかね。
Id: #a19981225220622  (reply, thread)
Date: Fri Dec 25 22:06:22 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981225130024
Name: いなば
Subject: メリークリスマス

 とは言えそれほど極端なのはメルボルンだけのようで、シドニーもアデレードもパースも最近はずっと30度前後です。
 メルボルンにしたって、岡山よりはるかに過ごしやすい。緑もいっぱいで郊外の住宅地なんか上空から見ると森みたい。砂漠化とはあまり関係ないです。
Id: #a19981225213318  (reply, thread)
Date: Fri Dec 25 21:33:18 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981225172657
Name: いなば
Subject: 小林よしのり

はもちろん、偉大な漫画家です(でした)。この点では私は加藤秀一に完全に同意します。成功したギャグ漫画家には必ずと言っていいほど失速の運命が待っているものです。江口寿史やいしかわじゅんはそこをうまく逃げ、かっこうよく降りたわけですが、小林は前のめりに破滅していった。その様はある意味崇高でさえあります。紋切り型の罵倒で片付けられるほど矮小な存在ではありません。
 ちなみに手塚治虫が偉大であるのは、その小林もとうていおよびがつかないほどに退廃的だからです。もっとも退廃的な漫画家と言ってよい。『鉄腕アトム』にさえ、ぞっとするような闇がのぞいています。やはり死ぬまで一線を走り続けた藤子・F・不二雄もまた、この上なくダークでニヒルな漫画家でした。小林は頽廃の度合いが足りなかったから、ああいう倫理的政治的頽廃に落ち込んだのかも。
 とにかく、小林にしろ藤岡にしろ、人格的に矮小化したところでその批判にはならないことを肝に銘じていただきたい。その辺については、ずいぶん昔に苦言を呈しておきましたが、どうやら『世界』の今度の特集も、こないだモナシュの図書館で見ましたが、この批判が当てはまるようで、うんざり。相手と同じレベルに落ちてどうすんですか。
 ところで現代漫画の水準ですか。90年代前半は岩明均『寄生獣』で決まりでしょう。現在もっとも注目されてるのは福本伸行なんでしょうかね。やはり。あとは三浦健太郎『ベルセルク』でしょうか。
Id: #a19981225172657  (reply, thread)
Date: Fri Dec 25 17:26:57 1998
Name: 小波
Subject: 小林よしのり

 この才能のない漫画書きの書いたものには、わたしは「おぼっちゃまくん」から退廃の臭いをぷんぷんと 感じていたので、この馬鹿が藤岡信勝あたりと組んで単純右翼丸出しになったのを見ても、ぜんぜん 驚かないです。絵をみた瞬間にそう感じたし、2、3ページめくってさらにそう思った。

それにしても、COMとガロを読んで育った私には、現在のマンガの志とプロット創作技術の低さはなんとかならんのかねえと、 たまに新幹線でマンガ週刊誌を拾って読んで思うのですが、これは年寄りの繰り言かな? ちなみに、我が家に転がっているマンガ本は、アタゴールとかじゃりん子チエとか、火の鳥とか、ううむこれでは 現代の文化は語れんなあ。
じつはこのへんは面白いよとかいうお勧めでもあったら、教えて下さいな > 稲葉さん


Id: #a19981225164842  (reply, thread)
Date: Fri Dec 25 16:48:42 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981225123913
URL: watanabe@tohoku.ac.jp
Name: わたなべ
Subject: ブロックバスターと言えばアニマル浜口
時田さんの言っているのは、「高校生の読解力はちいと危ないんじゃないかっ
て思うぞ、だからもっとなんとかする方法を考えて行きたいよね。」って事な
んだろうと思うのですが、それのどこが弱音なんだろうか。

現状を批判的に捉えるのは改善のための第一歩であって、「そう捨てたもので
はない」とか言って満足して放っておいては、「見込みのある種子」も発芽せ
ずじまいになってしまうんじゃないかと思います。

というか、稲葉さんも別にそれで満足ってわけではないのでしょうけれど。何
が対立しているのか、よくわからんのです。

Id: #a19981225130024  (reply, thread)
Date: Fri Dec 25 13:00:24 1998
Name: 時田
Subject: はあはあはあ......

まず稲葉さんにクララ風に、メリー ホット クリスマス
しかし『一週間のうちに40度から20度と上下』すんのは『居心地のいい社会』じゃないけど、何ができるのだろうか?百年計画で砂漠を森にするのか??
昨日は、『くだらない娯楽は、ブタネコさんには特に必要なのだ!!』(トニオ・クレーゲル風には、内面生活の貧しい人は、一定程度外面生活において愉悦を味わう権利がある)ので、あわてて『はあはあ』を書いてから、クリスマスケーキを喰う会へ。若い女性のケーキ職人さんの経済的自立を助けるためのイベントでしたが、クリームがまずいまずい。ちょっとまとめて作ると、長持ちさせるのに植物油を混ぜちゃうからかな?結局ランスのシャンパンはおいしくて、『俗悪マスカルチャー自体』のなかで、昔のものであまり『解体』されてないものを楽しむという、いつものことになってしまった。

さて、今回河合塾で出題された、加藤さんの文の断片については、別に簡単な設問の半分にしか答えられなくても、何となくわかる文だし、そういうものを強制的に多数の若者に読ませるのはそれなりの効果なんだけど、何かテレビや教科書の写真でみた南の悲惨な映像かなにかをチラチラと思い浮かべてそれで頭が8チャンネルのまま終っちゃう。
地方の国立大にも南出身の優秀な大学生で日本語で討論できるのが(英語でもいい)いるのだから、そういう人に高校にきてもらって、加藤氏の文への感想を聴くとか。
山形さん的な突っ込みも出てくるのでは。「工業化しなかったら、どうなったんだ!!」
そして職人的賢さを残せる、内発的な発展モデル(ミニ水力発電を多数設置とか)とか話しも具体化するのでは?
あるいは、さりげなく50点(60点中)取る生徒でも、南の職人が自分のおじいさんで、労働者化というのは中産階級サラリーマンだけど自分の父母で、ここにはごく最近の自分の家族の歴史が書かれていると読み取る人は少ない。

雑誌『世界』の部数は微々たるものだけど、一橋という出版社の現代社会の教科書なんか、見田宗介なんかが書きたいことを書いてるわりには、検閲をうまくクリアーし、世界ジュニア版みたいになっている。でもそれを啓蒙教師が上からガンガン教えても(啓蒙教師自身シーラカンスで稀少資源だが)生徒の心を掴めない。
その点において、李 順愛が岩波ブックレット467で心配してることじゃないかと、僕が慌て読みで感じたことは、重要ではないか? それは、李は『敗戦後論』や『敗戦後論をめぐるさまざまな意見』を朝鮮語に訳すなどの紹介をしてきた人なのだが、社会科学的にスマートな議論だけど、大衆をつかめない議論があって、そんな議論だけでよいのか?という。
今日も映画と忘年会だ、ふ〜 
Id: #a19981225124611  (reply, thread)
Date: Fri Dec 25 12:46:11 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981225120648
Name: いなば
Subject: ブロックバスターの中で

 小波さんの最後のパラグラフは、私自身がアーレントが生きていたら聞いてみたかったことです。「実際には罪のない娯楽と文化を腐らせるまがい物と区別できんでしょうが? それに、くずの中からだって何かが生まれる可能性だってあるでしょうが?」と。私は、とりあえずくずによってすそ野が広がることを肯定したいし、そこから先に進みたいんですよ。
Id: #a19981225123913  (reply, thread)
Date: Fri Dec 25 12:39:13 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981225113012
Name: いなば
Subject: はあーい

 ほんの一時期河合塾東京地区の小論文にかかわっていたからというわけではないが(模試の問題も造ったことがある、ただしそのままじゃ使いものにならずに上司に大幅に修正されたけど)、私はもちろん、「そう捨てたものではない」に一票です。受験生は、もちろんそのおかれた環境の特殊性からですが、よく勉強し、割とまともにものを考えます。もっとも、大学入ってからモチベーションをなくして大概ダメになるんですが。大学教育がうまくモチベーションを与えられないのは教師の努力不足でしょうか、状況のしからしむるところでしょうか。
 私としては、ブタネコさんが今時のガキを「見込みない種子」扱いしてるはずはない、とむろん承知しておりますので、「だったらそんな弱音はかん方がいいです」といいたいわけで。そう、これは弱音なのだ。小林よしのりもそれに屈してしまった。景山民夫といい、小林よしのりといい、人がダメになるのはあっという間ですね。自戒を込めて。
 まあ、たまに弱音も吐いた方が精神衛生上はいいんでしょうか。
Id: #a19981225120648  (reply, thread)
Date: Fri Dec 25 12:06:48 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981225074019
Name: 田舎文化人の小波
Subject: Re:ブロックバスター現象

てえっことはなんですか、その、小学校の時代に「ロビンソンクルーソー」 かなんかで冒険物語を楽しんで、そんでもって中野好夫訳の 「ロビンソン漂流記」を読むと、19世紀イギリスの 冒険精神と産業資本主義と帝国主義の生きた勉強になるなんて 思いも至らず、長じて大学生になれば阿寒湖畔に駐車場から走って 行って3秒だけ霧を見て、 10秒で記念写真を撮って戻ってきて友達に写真を 見せるみーはーねえちゃん現象みたいなもんですか?

サイモンとガーファンクルはスカボロフェアもエル・コンドル・パサ もいってみればパクリだし、それを言うならベコーのメケメケも そう。でもマザーグースでスカボロフェアを見つけたり、 中南米のフォルクローレに狂ってRCAソニーじゃ買えない レコードを買い集めたり、マルチニックの少年(知らねえだろう なあ、こんな映画)のシーンに突然思い入れをしてみたりする なんてことは、まがい物にでも触ったことがあったからなんですよね。

誰かが美味しくよその食べ物を調理してくれてそれなりに 賞味したことがあれば、そのうちにもっと根源的な世界と行き交った ときにまっとうな受容をできることがあるかもしれない。まがい物 の快楽のうちにとどまるかも知れない。そこらの分岐点はいったい 何なのか。そこにいなばさんのまだ書かれていない本旨があるはずですよね? そのあたりをお聞きしたいな。
Id: #a19981225113012  (reply, thread)
Date: Fri Dec 25 11:30:12 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981224213552
Name: 田舎学校の教師の小波
Subject: はあーぁ?

 なんか稲葉さんはブタネコさんに妙な八つ当たりをしてませんか?サンプルの統計的有意性がどうたらなんて、 現物を見た勘でものを言っているブタネコさんにつっこんでもしかたがないと思いますしね。
少なくとも ここ20年以上は、日本では、「貧乏な賢い子供が新たなチャンスに恵まれるようになった」てな事態は大量現象としては起きてないと私は思 う。逆でしょう。
こう稲葉さんが批判しているのは、ブタネコさんのどの部分に対してなのかな?「河合塾の国語教師連中は、 高校生の読解力はそう捨てたもんでもないと言っているけど、ブタネコ的にはちいと危ないんじゃないかって思うぞ」 と、わたしは読んだんですけどね。
民衆を啓蒙し、解放することを目 指してきたけれど、いざ現実の民衆のバカさ加減(ファシズムに走ったり消費社会にはまったり)に出会うとびびっちゃう。勝手な片思いに破 れただけじゃないか。
ええと、わたしは田舎の公教育、ブタネコさんはインテリの多い東京近郊の私塾と、かなりレベルに差があるものの、 扱っている対象たる現実のガキどものバカさ加減にはいつもうんざりしながらも、なんか光るものを見つけては希望を託し、 たまに報われ、はたまた落胆や諦念とともに日々を送っているんですよね。だからニヒリズムとかデカダンとか反動には なりきれないのだあ。で、蟷螂の拳骨を振り上げてなんやかんやとやっている人種が、 公私とわず日本の(もちろん世界にも)教師の一定部分はいる。そういうのをこまめに探しては エールを送っているのがブタネコさんの基本的なスタンスなんだ。

てなことを、あの照れの塊みたいなアイロニカルなレトリックで博覧強記を披瀝する当人がみずから 説明するなんて野暮なことはありえないので、わたしが代打でしゃしゃり出てるわけですが……
Id: #a19981225074019  (reply, thread)
Date: Fri Dec 25 07:40:19 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981224232749
Name: いなば
Subject: ブロックバスター現象

 このテーマは古典と教養の解体、文化の生産力の問題にかかわっていると思います。受験教育を離れてマスカルチャーの世界を見た方がわかりやすいかな。
 例えばアレントは消費の対象としての俗悪マスカルチャー自体を否定はしないけど、それによる本来の文化、消費の対象ではなくそれ自体生産力としての文化の陳腐化と衰退を憂えてはいる。この辺のことは岸くんもむかし沖縄にこと寄せて言ってる。実際小室哲哉なんてのはこれはもうあきらかに、何も新たに生産せず、世界中のポップスを消費して陳腐化しているだけだし、ポール・サイモンだってアフリカのミュージシャンをフィーチャーした『グレイスランド』の際に同じような批判を浴びた。
 小室哲哉の聞き手は、「じゃあこの元ネタはどんな音楽なんだろう」という風に想像力を広げていく可能性もあるし、逆に、小室がいなければ自力でそういう音楽に到達していたかもしれないのに、小室というイミテーションに満足して止まってしまうかもしれない。大量現象としてはもちろん後者の可能性が全面に出る、ほぼ必ず。文化の陳腐化ってそういうことです、例えば。
 文庫が本の寿命を縮めているのだって、同じことですね。
Id: #a19981224232749  (reply, thread)
Date: Thu Dec 24 23:27:49 1998
Name: 時田 節
Subject: はあはあ...

まず僕としては、この模試というイベントに参加した57000人(高1段階とはいえ、国語の非受験者が1000人というのは、まあよいこと。)の皆さんに、高1という段階でもう少し、社会的な文章を読む力、新聞なんかを読む経験みたいなものを持って欲しいと思っててそんな気持ちを書きました。
それで、そんなに過去との比較ということを、今回は考えていませんでした。河合塾の解答作成者はここ20年くらいの長期低落傾向というのを念頭に置いて意外といい出来とコメントしたのかも知れないけど。あるいは数物の指導要領の改悪とあわせた学力の大幅後退が、国語社会でも出ると思っていたのか?
僕は団塊の世代がゲバ棒をふってた頃、あたしゃ堕落した社民だけど10年たったら定点にいる僕より君らのが右だろといってたので、最初から民衆を啓蒙する気はそれほどない。ただ受験産業とはいえ数学教育はジャコバン的な公教育イデオロギー(堀尾さんの現代教育の思想と構造のような)と無縁じゃないけど。それで、もとゲバ棒知識人で今度は右からルサンチマン節を、演歌調でたれ流してる連中とは違うんですがね。
『くだらない娯楽は、ブタネコさんには特に必要なのだ!!』
だから、自分がヒロイックに動きまわって、社会をなんとかするというより、まあまあ居心地のいい社会にのんびりしてたいという気分のが強くって、いまのハンガリーみたいにインテリが多くても失業だらけも居心地は悪いし、ビバリーヒルズみたいに物質的にはよくても、あんましオバカなのも困る。そして、この模試の結果をビバリーヒルズ的と思っているんだけど。
韓国のゲバ棒世代で、なぜかパリでタクシードライバーになっちゃたのが、『コレアンドライバーはパリで眠れない』ってすごいおもしろい本を書いていて、彼は自分の息子が受けてる『考える』教育を大いに評価してて、日帝時代から変わらない韓国の暗記教育を拒絶してるけど、僕がいいたいのは、ここ20年くらいこの手の反暗記問題(といってもやはり随所にHow to 化があるのだが)を河合はよく出題してきて(藤田省三のものなど)、毎回絶対的事実として、考える高校生の少なさというか、ネーションワイドな暗記教育の弊害がデータとして示されてきたし、今回もそういうデータがまたまた現われということ。
さて、57000人なんだけど、開成なんかトップの受験工場の連中はこんなのバカにして受けない。そして、小学校の学級崩壊で国語が晩生になっちゃた生徒も(むろん高1でそうだから将来がないなんていってませんよ!)受験してない。でも、この中の3万人くらいの人は本を読む人間になって、僕があと12年で60になったとき、彼等は27なんだけど、僕が読む本の大幅値上がりをふせぐような人であってほしいという願望を持ってるのね。
以前、田崎さんが書いて、あまり反応がなかったけど、公立のまあできるのんびりの子がどうなるかなんてこともあって、少し意識のある家庭(生活クラブ程度)の子で、公立だと私立との英数の開きから、現国は自然体で全国で300番くらいになり、英数は1万番くらいとかね。そういう生徒を18年間毎学年2、3人見てるわけだけど。
甲南の熊沢さんが指摘してた、昭和30年代はバンクガールも世界の名作を読んでたけど、今では...といった親世代の変化が子世代にどうでるか、共通一次の国語をもうすこしちゃんとした試験にして、ちゃんと調査したら面白いと思うけど?
それに、月間言語が以前試験で言語能力が測れるかという特集をやってたけど、そういう問題もある。
水泳部なら古橋のオリンピックの記録を町のスイミングスクールの女の子がしのぐという結果があるけど、逆現象が、新聞部や弁論部では?とおもったり、演劇部は今の方が頑張ってたりとか、まあ書けばきりがないけど。
『世界』は昔もそんなに売れてなかった。小さすぎるサンプルだけど、大磯の大川書店で、定期購読者が30年前の3件から1件になったくらいかな、『暮しの手帖』が160件から20件になったことのが時代の変化を象徴してるかも。もっとも昔はクロワッサンなんかなかったし、クロワッサンで蓮見さんが紹介するような映画を見る機会もなかった。
Id: #a19981224213552  (reply, thread)
Date: Thu Dec 24 21:35:52 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981223185409
Name: いなば
Subject: はあ?

 無礼を承知で言わせていただきますと、受験教育のプロらしからぬずいぶんと軽率なご発言ですね。
 比較対照すべき過去のサンプルはお持ちですか? その過去のサンプルと現在のそれとの母集団そのものの違いとか、念頭に入れておっしゃってますか? 
 そういうサンプルの持ち合わせのない身で敢えて言わせていただくと、こういう問題についてまず考慮に入れなければならないのは、受験競争に巻き込まれる子供の数と割合が歴史的にどのように変化してきたか、です。
 仮に受験生の平均的学力が過去に比べて低下してきたとしても、「受験生」という身分そのものの社会的位置自体が昔と同じではない。ぶっちゃけた話、昔よりすそ野が広がっている。そして、すそ野が広がることによって水準が上がるか、下がるかは一概には言えない。少なくともここ20年以上は、日本では、「貧乏な賢い子供が新たなチャンスに恵まれるようになった」てな事態は大量現象としては起きてないと私は思う。逆でしょう。
 更にあえて厳しい言い方をしますと、このような物言いには倫理的頽廃を感じます。H.田中氏のお好きなポストモダン的頽廃なんかじゃない、もっとありふれて根の深い頽廃。敢えて言えば「啓蒙の弁証法的頽廃」とか「大衆社会論的頽廃」とか。民衆を啓蒙し、解放することを目指してきたけれど、いざ現実の民衆のバカさ加減(ファシズムに走ったり消費社会にはまったり)に出会うとびびっちゃう。勝手な片思いに破れただけじゃないか。だから私はフロムとか大嫌いです。この点ではアレントは「下らない娯楽は誰にでも必要」と言い切ってて偉いし、ドラッカーも「民衆が全体主義を選んだのは、民衆が愚かだからだ、なんて言っていいのか?」と言った限りではエライ。
 昔は『世界』がよく売れたからと言って、昔の市民の方が今より賢かったかどうか、私は怪しいもんだと思います。せいぜい、「ポストモダン小僧」の出現を防げない程度のものでしかなかったわけでしょう。
 そもそも読み書き算盤の大衆的普及自体、世紀単位の大事業、カルチュラル・スタディーズの祖レイモンド・ウィリアムズの言う「長い革命」だったわけで、論理的思考の大衆化だって同じことじゃないでしょうか。この革命は目下反革命にあって頓挫してるどころか、まだ始まってさえいない、と私は思いますが。
Id: #a19981224184327  (reply, thread)
Date: Thu Dec 24 18:43:27 1998
Name: 八木
Subject: 引き算(お釣りの計算)

U.S.A.なんかでもそうだと思うんですが、引き算、たとえば、ホンジュラスでは7Lps.(というのが通貨の単位。レンピーラ)の買い物をして10Lps.札を出すと、カウンタにまず商品をおいて、その横に「8、9,10」といった具合に1Lps.札を1枚づつ、商品と合計して10Lps.になるようにお釣りをくれます。お釣りが引き算ではなく足し算です。これが日本だと「10ひく7は3」てな具合でお釣りが出てきますが、このときの思考というのは、ホンジュラス人の頭の中では足し算回路、日本人は引き算回路が働いているのでしょうか?それとも、日本は一見引き算回路が働いているように見えるのですが、その引き算回路は足し算回路によって構成されていて、実はおンなじ思考方法が働いているのでしょうか。むっちゃ、初歩的な話題なのかもしれませんが、自分の掲示板で、ホンジュラスの算数教育のことについてちょっと書いたんでちょっと気になったことです。


Id: #a19981224145243  (reply, thread)
Date: Thu Dec 24 14:52:43 1998
Name: はまだとらひこ
Subject: Shapin『科学革命とは何だったのか』
SSK(Sociology of Scientific Knowledge)で有名なShapinの邦訳がいつのまにか出ていた(古本屋で発見)
本文はまだ読んでないが、「序論」と「日本語版へのあとがき」は、日本語でのちゃんとしたSSKの紹介がいまだに無い(笑)ので有用。
(このあとがきに挙げられてる文献を調べてみようかという気にさせる)

>浜田さんとかだと意識的にやっておられるだろうと想像するのですが、
裏を勘繰り過ぎなんじゃないでしょうかね。
たまには牧野さん自身の考え・感想を拝聴したいというだけだと思いますが

Id: #a19981224134904  (reply, thread)
Date: Thu Dec 24 13:49:04 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981223141751
URL: samaki@hs.p.u-tokyo.ac.jp
Name: 左巻健男
Subject: 読めば分かるってのはダメ?
 左巻健男です。
 冬休みに入って4日目だというのに毎日原稿書きをしています。(一応世の
中にかなり意味有る原稿のはず。1年あたり数十万人が使う本ですから。だか
らいつものように書き飛ばすわけにはいきませんのでつらい日々です)
 牧野さんへのお答えですが、つい科学史MLでのぼくの命名(見習いさん)
を使ってしまいました。彼のURLは、
 http://www.mars.dti.ne.jp/~skasuga/diary2.html
です。さらに過去の日記が
  http://www.mars.dti.ne.jp/~skasuga/diary3.html
です。その3/22にフラーにサインをもらった科学論者の話が載っていました。
 こちらを見ている人が科学史MLを見ているとは限りませんから、うまくな
い書き方でしたね。
 フラーの論説の感想はあくまでぼくの感じです。その感じをぼくの能力では
「論理的に」言語化できそうもありません。一言で言うと、外国人が日本のあ
る極微小部分を見て日本全体をわかったかに言う感じかな。

#すみません、いま、何冊かの原稿を抱えてフーフー言っていますんで、これ
 くらいでお許し下さい。
#小波さん、有り難うございます。今やっている原稿に目処が付いたらどこか
 に出かけたいと思います。6日は編集会議がはいってしまいました。五能線
 に乗るのが好きなので是非東北には出かけたいと思っています。また発言し
 ます。


Id: #a19981224134730  (reply, thread)
Date: Thu Dec 24 13:47:30 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981223141751
URL: samaki@hs.p.u-tokyo.ac.jp
Name: 左巻健男
Subject: 読めば分かるってのはダメ?
 左巻健男です。
 冬休みに入って4日目だというのに毎日原稿書きをしています。(一応世の
中にかなり意味有る原稿のはず。1年あたり数十万人が使う本ですから。だか
らいつものように書き飛ばすわけにはいきませんのでつらい日々です)
 牧野さんへのお答えですが、つい科学史MLでのぼくの命名(見習いさん)
を使ってしまいました。彼のURLは、 http://www.mars.dti.ne.jp/~skasuga/diary2.html
です。さらに過去の日記が
  http://www.mars.dti.ne.jp/~skasuga/diary3.html
です。その3/22にフラーにサインをもらった科学論者の話が載っていました。
 こちらを見ている人が科学史MLを見ているとは限りませんから、うまくな
い書き方でしたね。
 フラーの論説の感想はあくまでぼくの感じです。その感じをぼくの能力では
「論理的に」言語化できそうもありません。一言で言うと、外国人が日本のあ
る極微小部分を見て日本全体をわかったかに言う感じかな。

#すみません、いま、何冊かの原稿を抱えてフーフー言っていますんで、これ
 くらいでお許し下さい。
#小波さん、有り難うございます。今やっている原稿に目処が付いたらどこか
 に出かけたいと思います。6日は編集会議がはいってしまいました。五能線
 に乗るのが好きなので是非東北には出かけたいと思っています。また発言し
 ます。


Id: #a19981224001022  (reply, thread)
Date: Thu Dec 24 00:10:22 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981223165755
Name: 牧野

黒木さん
私は何度か「牧野さんは科学論者に対する非難に対して防衛的な態度で揚げ足取りや嫌みによって反撃しようとする傾向がある」という印象について述べていますが、今回もそういう印象を強化するようなことにならないことを祈っています。
うーん、黒木さんは私がなにか聞くととりあえずそれは防衛的態度や揚げ足とりや厭味(「いやみ」って、こっちの字のほうが気分がでますね)であるというバイアスをかけて読むみたいだから、いくら黒木さんが祈ったところで黒木さんがそういう印象を強めないというのはもう無理なような気もしますね。黒木さんのそういう「印象」というのも、きわめて主観的な思い込みによるものであるように私には思えるわけですが、でも黒木さんはそう思わないわけですよね? ちょっと不思議なのは、いかにして黒木さんが私が「防衛的態度」なるものをとっていると思い込むにいたったかということですが、、、別に調君にしてもフラーにしても私が「防衛」なんてことをするいわれはないし、出来るわけでもないのに。

黒木さんのこういう態度は、議論の内容ではなくその意図に問題があるということにして反論を封じ込めようとする、黒木さんのいうところの「Science Wars 史観」をとる人の態度と極似しています。そのあたりはなかなか興味深いものがあると私は思っているのですが、黒木さん御自身は全くそういう自覚はないのでしょうか?いや、自覚があったらしないはずとは思うんですが、かなり不思議なので。これが浜田さんとか(引き合いにだして済みません>浜田さん)だと意識的にやっておられるだろうと想像するのですが、黒木さんについてはなんとも想像できないのです。

ところで、フラーの文章については実はまだちゃんと読んでないので書くのは控えます。今日本屋にいった時に買おうかと思ったのですが、もっと楽しそうな STL (standard template library)の本とかを買ったので。STL は普及するんでしょうかね?便利そうではあるんだけど。

あ、そういえば、 Collins & Pinch の The Golem の続き、 Golem at large というのが出てますが、これはけっこう駄目です。 The Golem では、主に自然科学上の論争を扱ったのに対し、Golem at large では工学というか、まあ安全性評価が絡むような話を扱っています。で、例えば Challenger の事故について、「技術的には低温の時にでうちあげたからといって事故が起きるという確かな証拠があったとはいえない」(そんなのはそうに決まってるわけで、事故が確実に起こるということを示したかったら、事故を起こすしかありません)だから「打ち上げの決定が間違っていたとはいえないし、それをNASAの硬直化した官僚制が原因だとかいうのはおかしい」というような話になるのですが、、、しかし、こんなのは、ちゃんとした証拠が出なかったのはちゃんと調べなかったからで、ちゃんと調べなかったのは硬直化した官僚制に原因があるという主張も全く同じデータを使ってできるわけで、ほとんどお話にならないというしかない。


Id: #a19981223185409  (reply, thread)
Date: Wed Dec 23 18:54:09 1998
Name: ブタネコ
Subject: 加藤尚武氏からの模試問題の結果

以前.xの黒板掲示版の#x19981126145342に

そういえば、今週の月曜の河合塾の全国高1模試で、加藤尚武『倫理学で歴史を読 む』が出題された。哲学者が一般人むけに易しく書いたものを、どの程度の高1生 が、日本語の基礎に問題なく読めるか、ちょっと面白い、サンプル数の大きな社会調 査です。

と書いた。伊勢田さんが加藤さんのホームページからリンクされてることなどもあって。さて、その結果が返ってきた。
受験者は全国の150万人いる高一生の中で、56115人、加藤氏の問題の得点は60点満点で、平均点は25.9 標準偏差は12.2でした。
文の中味は南北問題を扱い、その具体例として南の職人の工場労働者化を扱っている。受験生が減点されたのは、問が労働者化という具体例を問うているのに、一般的な答えの南北問題を答えたり、『神話』という言葉が評論文の中でどう使われるかを読めなかったからだそうです。
河合塾の国語教育の専門家たちは、このデータを意外に良い出来と評価している。ブタネコさんには、民主主義の一番深い危機としての、民衆の言語離れとしか思えないのだが??
世界の1月号のフラーの論説や、あるいは藤永さんに対する村上ニヤニヤおじさんのトンチンカンな文は、『折角世界を購入してる若い読者の、言語離れを促す』という点で、雑誌としては自滅的なものを載せたと思います。
そう考えるに僕がいたった、具体的な部分は過去にここに書かせていただいたし、国際政治担当で直接の編集ではないが、H氏にも直接そう話す機会がありました。

まあ、肝腎なのは高校生の言語能力のupです。麻布高校では英語の副読本にWhiteheadのAdventures of Ideasの一節を読ませたりしてます。それはまあ例外としても、中西準子さんの下水道本と、化学部の地元の河川の調査と、県の2級河川政策なんかをクロスオーバーさせた総合授業なんかが、科学技術を自分の言葉で考えるきっかけになるのでは?
ロマンティシズムにうっとりの国語教師と、教師にげっそりの高校生という構図が、25.9点なんですが、ともかく京都大には常人を相手に平易な文章を書く倫理学者がいるということと、予備校資本はそれを活用する程度の狡智を持つという歯止めはあるようですが。
Id: #a19981223165755  (reply, thread)
Date: Wed Dec 23 16:57:55 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981223141751
Name: くろき げん
Subject: 牧野さんの感想も聞きたいな

私は何度か「牧野さんは科学論者に対する非難に対して防衛的な態度で揚げ足取りや嫌みによって反撃しようとする傾向がある」という印象について述べていますが、今回もそういう印象を強化するようなことにならないことを祈っています。

不当に感じられる非難をひとまず無視して、その非難の対象の肯定的側面を皆にわかり易く説明することによって反撃することをもっと考えた方が良いと思います。牧野さん自身はフラーのあの論説を読んで、どのような感想をお持ちになりましたか?

私は、フラーのあの論説を読んでみて、「サイエンス・ウォーズ」史観が既成事実であるかのように語っているところが大変不快だったし、その自画自賛的な雰囲気も嫌だなと感じました。

しかし、ひとつだけ考えさせられた文句が記憶に残っていて、科学教育が充実すればするほど科学に批判的な人が増える、というようなこと(正確な表現は忘れました)が書いてあり、なるほどなあと考えさせられました。より一般に、○○に関する教養が普及するにつれて○○に批判的な人が増える、というようなことはあるのでしょうかね?


Id: #a19981223141751  (reply, thread)
Date: Wed Dec 23 14:17:51 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981222132131
Name: 牧野

マシンルームがあるほうの建物が停電なので計算機を止めに来た牧野です。27 日にはこんどは研究室のあるほうが停電なの。

さて、左巻さん、「読んで損した」と書かれるのはよいのですが、なぜ「シャープさが全然ない」と思うのか、また、なぜ「ずれまくり」と思うのかというあたりをお伺いしたいような気もします。

そうそう、ちょっと不思議に思ったのですが、こういう文章で「ある科学論者の方」とか「科学論者見習いさん」とか書いて実名を出さないことにはなにか理由とかしきたりとか習慣とか慣習とかそういうものがあるの ですか?


Id: #a19981222154813  (reply, thread)
Date: Tue Dec 22 15:48:13 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981222132131
Name: 小波
Subject: 仙台の宿なら提供しましょう

 左巻さん、1月の6日あたりまでなら、こっちも暇ですからどうぞお立ちよりください。 そのころに黒木さんとか渡辺さんでもいたら、一緒にまた飲みましょう。宮教大の我孫子 さんとか千葉さんも加わると理科教育関係でいろいろ話しができそう。あ、黒木さん、 文学部でこの間講演されたそうですが、その時のメンツなんか来てくれませんかね? 飲む場所としては、広瀬通り国分丁角の銀河高原ビールなんかいいですよ。 あのビールはドイツやベルギーを旅行した気分になれるし、やすくていい店です。
Id: #a19981222132131  (reply, thread)
Date: Tue Dec 22 13:21:31 1998
In-Reply-To: a0031.html#a19981211175844
URL: samaki@hs.p.u-tokyo.ac.jp
Name: 左巻健男
Subject: 読んで損したフラーの論説(『世界』1月号)
 左巻健男です。
 ぼくは、明日締切の原稿でチョウいそがしいのに、ある科学論者の方が
当のフラーに"Let`s win the Science Wars"とサインしてもらっていた
というのを、科学論者見習いさんのHPで見て、フラーの論説を読まなき
ゃと思いましたよ。そして今ざっと眺めました。なんじゃい、こいつは。
読んでためになりそうなら精読しようと思っていたのにもう止めだー。訳
が悪いのか、それとも原文がなっていないのか。シャープさが全然ない。
これで、「サイエンス・ウォーズ」歴戦の兵士?なんかずれまくりって感
じだぞ。
 そうそう今年は宮教大の集中講義、旅費がないのでぼくのような遠方者
はないってことに。仙台で飲み会やりたかったのに残念です。ふらっと冬
の東北を旅するかもしんないから、そのときは仙台に立ち寄ります。1月
4−6日あたりの1日いかがでしょうか。
 それから、約20個のダイヤモンド原石を二酸化炭素に変えて雑文を書
きました。題して「ダイヤモンドの燃焼の教材化」。興味がある人はご覧
下さい。↓
    http://chem.sci.utsunomiya-u.ac.jp/v2n2/samaki/

Id: #a19981221182115  (reply, thread)
Date: Mon Dec 21 18:21:15 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981221103410
Name: 八木@会社
Subject: SP 4 をインストール

やっと、時間ができたのでSP 4 をインストールしてみました。とりあえず、とんでもなく不満な点。

以上、ちょっと、考え直しては、どんなモンだろうか>ビリー。


Id: #a19981221103410  (reply, thread)
Date: Mon Dec 21 10:34:10 1998
Name: 八木@会社
Subject: Windowd NT4.0 Service Pack 4

この掲示板では利用者が少ないと思われますが、Windows NT4.0 の Service Pack 4 が12月16日に出ました。えっと、もうみなさん、承知済みでしたら、スミマセン。総容量90MByte超、おいおい、OSの中身、ほとんど変わってしまうんじゃないの、という超弩級です。2000年問題対応版とかって、えっ、今までホントにだめだったのか、恐ろしい。このダウンロードサイトに先週いっぱいは "TOO MANY USERS" というサーバの警告でつながらなかったので、今日会社につくなりつなげてみて、やっと、つながりました。ダウンロード所用時間2時間30分を予定・・・。


Id: #a19981221074929  (reply, thread)
Date: Mon Dec 21 07:49:29 1998
Name: きゃび
Subject: ジターリングは¥890です。

 価格破壊に挑戦しています。是非、遊びに来てください。失礼しました。 http://www.biwa.ne.jp/~makoto7/sp.html
Id: #a19981219092326  (reply, thread)
Date: Sat Dec 19 09:23:26 1998
Name: くろき げん
Subject: この掲示板システム付属の Misc.pm 内の恥ずかしい間違い

ここで使われている掲示板システムのアーカイブに付属の Misc.pm に恥ずかしい間違いがありました。間違いを修正しないと、火曜日になると Thu と表示されてしまうのだ。修正した Misc.pm をここに Misc.pm-0.51 の名前で置いておきました。 (もちろん、最新版のアーカイブをまるごと持って行っても構いません。)

米澤さん、さんきゅ!


Id: #a19981219034612  (reply, thread)
Date: Sat Dec 19 03:46:12 1998
Name: 名本哲也
Subject: 宣伝

知的探究者の挑戦を待つ!!

http://www.geocities.co.jp/Technopolis/1145/multiply/

Id: #a19981216121904  (reply, thread)
Date: Wed Dec 16 12:19:04 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981216070635
Name: ふじわら(常連の)
Subject: 久美 沙織氏のこと。
>普通のプロの作家というのは、一面識もない一般読者の中から面白いと感じる人を確保する
能力があるわけで。そうだとすれば質的な差があるということかと。
ーー海法さん。

ああ、なるほど。そうなのかもしれません。
ところで、次のところも気になったんですが。。。。
ちょっと、長いけど、引用すると、

  ストーリーを書こうとしてるうちは小説は書
  けないんじゃないかな。 
  小さい頃はストーリーを読んでたのがだんだんディテールを読むように
  なるってさっき言ったけど、こまかな部分のヴァリエーション
  は、そりゃいろいろだし、時代ごとに変わってくるけど。 
―― ストーリーが、ですか? 
  久美 そう。「かわいそうな子が頑張って幸福になりました」とか「カタキ同
  士の家に生まれた男女が愛し合いました」とか「どこかの村が怪物に襲わ
  れて滅びました」とか。すべてのストーリーは、ギュッと凝縮すれば、ひ
  とことで要約できちゃうもんでしょう。その骨のような部分にはね、新し
  いものなんて、もうないんだとわたしは思ってる。人間が面白がる物語の
  パターンってやつは数が限られていて、徹底的に定石的なもんなんだっ
         て。
ーー略ーーーー
  新人さんは、ストーリーを無理になんとかしようとして間違うのね。
 「ああ、あのパターンの話か」でオッケイなのに、へんにこねくりまわし
  て、わけわかんなくしちゃう。粗筋なんて平凡でいいんだって。だからこ
  そ、ひとつひとつのエピソードとか、ちょっとしたセリフとか、個性的な
  キャラとかが生きる。  
       
うーん、「「ああ、あのパターンの話か」でオッケイなのに」、
「人間が面白がる物語のパターンってやつは数が限られていて、
徹底的に定石的なもんなんだって。」、「粗筋なんて平凡でいいんだって」
などなど、ここまで言うかなあとも思いました。
まあ、文脈が、作家になりたくて、新人賞にだしてるけど、落ちまくっている
ひとに、コツを教えます、というようなことだし(多分この人、親切で面倒見
のいい人なんだろうなあとは想像してます)、まあ、
審査経験とかからの事実に即した発言とは想像するのですが、
それにしても、夢がない(まあ、こういうと笑われるこもしれないが)
なあ、とも思いました。どうでしょう。

Id: #a19981216070635  (reply, thread)
Date: Wed Dec 16 07:06:35 1998
In-Reply-To: a19981214171455
Name: 海法 紀光
Subject: 久美 沙織氏

久美 量でしか計ってないと、ご近所に読んでくれる人が多くて、それが広がっていけばいいと考えがちだけど、それは違う。。。。。。」
とあるのですが、これよんで、「あれ、そうなの、作家のプロって、 商売になるほど読んでくれる人がいるというのが、一番、普通の定義じゃ ないの」と、ひどく不思議に思いました。
 自分の知り合いに取ってしか面白い話を書けない人であっても、知り合いの輪を増やしていけば読者数が増えます。ま、そうやって知り合いを商売になるくらい増やせればそれはそれでいいのかもしれませんが、普通はそうはいかない。
 普通のプロの作家というのは、一面識もない一般読者の中から面白いと感じる人を確保する能力があるわけで。そうだとすれば質的な差があるということかと。

# ケーブルTVを引いたのでリモホ変わりました。
Id: #a19981215161250  (reply, thread)
Date: Thu Dec 15 16:12:50 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981214171455
Name: ふじわら
わたしも 久美沙織さんのインタビューよみました。要するに、
「もうすこし、読む・聞く側の身にも、なってくれーー」
というメッセージ、共感するところがありました。
他人の講演やセミナーを聞いてて、そう感じることがあります。(とりあえず、
自分のことは、見たことも聞いたこともほとんどないので、対象外にしてる)
ただ、基本的には、このインタビューは、「どうしたら作家になれるか、
より具体的にいえば、それで生活していける程度になれるか。その、入り口として、
どうしたら、新人賞とかに通りやすいか」ということについて、実際的な
注意を述べるのが目的だと思えるのですが、その上で、解せないない点が
結構ありました。一つだけ引用すると、始めの発言で、

「。。。。ひとりで書いてれば楽しかった気持ちが、「私はここにいる
 のよ、誰か見つけてください」になる。そういう意味で、人に見せたくな
 った時点で階段を上がっている――下がってるのかもしれないけど――別
 の土俵に移った、と、私は考えてるのね。
 でも、それとプロになるという問題とを混同しちゃう人が多いのね。つ
 まり、読んでくれる人間の数が充分多くて商売になるだけいればプロにな
 れるんだと考えてしまう。 
  ―― 量的な問題ではない? 
 久美 量でしか計ってないと、ご近所に読んでくれる人が多くて、それが広が
       っていけばいいと考えがちだけど、それは違う。。。。。。」

とあるのですが、これよんで、「あれ、そうなの、作家のプロって、
商売になるほど読んでくれる人がいるというのが、一番、普通の定義じゃ
ないの」と、ひどく不思議に思いました。



    

Id: #a19981215082106  (reply, thread)
Date: Thu Dec 15 08:21:06 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981214132006
Name: YAMANE Shinji
Subject: Re:伝言ゲームの野次馬と何を議論すべきか

河野健一郎氏曰く:
サイエンスウォーズの図式での保守的な科学者というのが実感がなくて。科学者の多くは、ユダヤ人やアジア系なのでマイノリティーのしめる割合はむしろ他の分野よりも高いのではないでしょうか。主流派の学問というよりも、実力主義だからマイノリティーでも認められ易い分野という認識の方が事実に近いのでは。
サイエンスウォーズを唱えたAndrew Ross に言わせれば、それは観念的リベラリズムだということになります。

Andrew Rossの著作を単純化した言い方をすれば、西洋医学がオルタナティブ東洋医学を「科学的ではない」というのは欧米帝国主義、CSICOPがニューエイジ科学を叩くのは保守反動、そして東洋医学やニューエイジ科学を近代科学と等価なものと解するカルチュラルスタディーズはマイノリティーの味方ということになります。(Sokalの盟友であるNanda女史が批判するのはRossのこのような物言いですね。)
したがって以前にも書いたとおり、Rossへの批判は保守反動の近代科学絶対主義者による政治的攻撃にすぎないということになります。

以上、単純化するために科学哲学や科学社会論の立場を省略して表現しました:-p
詳しくは黒木さんが紹介したNandaの批判を読むのがよいかと思います。


Id: #a19981214171455  (reply, thread)
Date: Mon Dec 14 17:14:55 1998
Name: 牧野
Subject: 単なる愚痴

学生(中野君ではない。中野君論文まだ?)の論文を直していると、昨日読んだ 久美沙織インタビューの中にあった(これはもとはしみほさんのところからいきました)、
学校教育がそうでしょ。ツメコミだの受験教育にすぎないだのって言われるけど、落ちこぼれさせたり自殺したりしないように、先生がた、必死に手を貸すもん。「あかんわ、おまえみたいなもん、いらん」って放り出されるのに慣れてない。あっけなくそう言われて、以後かえりみてもらえない世界があるんだ、ってこと、思い知ってないのね。
というお言葉が何故か頭に浮かんで、、、まあ、必死に手を貸しているというほどかといわれるとちょっと返事にこまるけど。

ところで、黒木さんの「伝言ゲームの野次馬と何を議論すべきか」っていうのは、「伝言ゲームの野次馬」と「何を議論すべきか」が並列関係で、「伝言ゲームの野次馬を相手に何を議論すべきか」ではないんですよね?私は最初後者の意味にとって、でもそうすると「伝言ゲームの野次馬」っていうのか黒木さんのことみたいだし、といって「黒木さんと何を議論すべきか」というのは Subject としては妙だ、、、と考えこんだのでした。


Id: #a19981214132006  (reply, thread)
Date: Mon Dec 14 13:20:06 1998
In-Reply-To: a0031.html#a19981212074349
Name: 河野健一郎
Subject: Re:伝言ゲームの野次馬と何を議論すべきか

黒木様

丁寧な説明をありがとうございます。黒木さんの意図が分かって納得
しました。議論をする際に、途中で発言等を確認する事の重要性は理
解しています。

私自身は、Sokalは非難されて当然だと思っていますが、Socal批判の
ヒステリックさを問題にするのも分かります。そのそも、サイエンス
ウォーズの図式での保守的な科学者というのが実感がなくて。科学者
の多くは、ユダヤ人やアジア系なのでマイノリティーのしめる割合は
むしろ他の分野よりも高いのではないでしょうか。主流派の学問とい
うよりも、実力主義だからマイノリティーでも認められ易い分野とい
う認識の方が事実に近いのでは。

後、Physics Todayですが記事自体より、その後のLetters to Editor
欄での読者と著者の対決が面白い雑誌です。

「科学に関わる考え方の伝達の質を問題にするべき」だと考えには賛
成です。

以上。
(遅筆なため、不十分な返答で申し訳ない。)

Id: #a19981214115051  (reply, thread)
Date: Mon Dec 14 11:50:51 1998
In-Reply-To: a0032.html#a19981214114124
Name: 八木
Subject: 下の付け足し

地獄を案内する登場人物に曰く「名優と言われるお人は、みんなコッチに来てまっさかいな(来てますからね)」


Id: #a19981214114124  (reply, thread)
Date: Mon Dec 14 11:41:24 1998
Name: 八木
Subject: 地獄では

桂米朝の「地獄八景亡者戯」のなかで、登場人物が地獄へ向かう途中、六道の辻にある芝居小屋では忠臣蔵が大序から11段までぶっ通しで興業。しかも、団十郎が初代から11代目まで全部出てる。もう、師直も判官さんも由良之助もみんな団十郎。地獄ならではで出し物。地獄も悪いとこやない。


Id: #a19981214063640  (reply, thread)
Date: Mon Dec 14 06:36:40 1998
In-Reply-To: a0031.html#a19981213093441
Name: (^_^)
Subject: quplunguaq

 ――「米・飯」quplunguaq-;「うじ虫(quplung)に似たもの(-nguak-)」の意味。 さらにこの語幹を派生させたquplunguaxkaut-は「稲」を表す(「未来の米のためのもの」の意)。 なお、アメリカの人類学者ボアズによると、ブリティッシュコロンビアのチムシアン(Tsimsian)語でも、「米」は「うじ虫のように見える」を意味する言葉である―― 宮岡伯人『エスキモーの言語と文化』

Let's learn Japanese!
Id: #a19981214054249  (reply, thread)
Date: Mon Dec 14 05:42:49 1998
URL: kensho@buddhist.forum.or.jp
Name: 顕正居士
Subject: 忠臣蔵
暦日について混乱したことを書いて申し訳ありません。所で忠臣蔵に付いての
批評は汗牛充棟というより誰もが一家言あるような事柄です。小生がこの事件
からまず連想するのは「愛社心、愛庁心」に溢れているが「愛国心」はない
ような割拠的システム(王兆銘が、上下不連接、左右不連携と云った)です。
こうした原理から来る不祥事が10年来、企業、官庁で発生し続けてています。
2.26事件に際して陸軍省はこのような告示を行いました。
陸軍大臣告示(二月二十六日午後三時三十分 東京警備司令部) 
一、蹶起の趣旨に就ては天聴に達せられあり
二、諸子の行動は国体顕現の至情に基くものと認む
三、国体の真姿顕現(弊風を含む)に就ては恐懼に堪へず
四、各軍事参議官も一致して右の趣旨に依り邁進することを申合せたり
五、之れ以上は一に大御心に待つ
先帝が、朕みづから近衛師団を率いて討伐する、の一言で賊徒と決定したのは
膾炙しています。
小室直樹氏が何かの本で書いていたが、勤王志士には多数のテロリストを含有
しており、テロリストに弱い文教政策が「過激派」と甘やかす論調を朝日新聞
等にとらせる迄、持続したと云う。「オウム事件」もこの延長上に捉えられる。
白頭翁さんがおっしゃるように、当時の倫理観念は忠考のバランスの上にあって
(浅野侯の事件発端自体は謎に包まれている)、これを一概に否定する思想は
一般でなかった。また日本人が美風とする多くの事柄を包含している。事件自体
テロルではあるが、2.26とかオウム事件と比較することは出来ない。
だが社会秩序を無視した決起であることを否定し難い。日本の社会秩序が少数者
の利益を拡大したものである限り、「愛社、愛庁」中心の倫理は続く。「決起」も
起る。循環して「上下連接、左右連携」の世界が来ない。「社会契約説」は根拠
のない神話であるが、「個人対社会」の法制・秩序がないと、悪循環をのがれない
ように思えます。

Id: #a19981214020430  (reply, thread)
Date: Mon Dec 14 02:04:30 1998
In-Reply-To: a0031.html#a19981213104905
Name: 森山和道
Subject: 有り難うございます

>インタビュー・メール一万部突破
黒木さん、そして購読者の皆様、どうも有り難うございます。
(おそらく私の日記でご承知のとおり)、
いつまで続けられるのか、さっぱり分からないのですが
これからも続けていきたいと考えておりますので、
よろしくどうぞ御願いします。

本日14日で28になった森山でした。
Id: #a19981213115459  (reply, thread)
Date: Sun Dec 13 11:54:59 1998
In-Reply-To: a0031.html#a19981213045407
URL: http://www.asahi-net.or.jp/~sn2y-tnk/danwa.htm
Name: 白頭翁
Subject: Re:忠臣蔵
>顕正居士さん
>明日は赤穂の浪士が切腹した日ですね。皆さんはこのテロルに付いて
>どうお考えですか?小生は荻生徂徠の進言(テロリストは論外、厳罰)
>に賛成です。

もうすぐ忠臣蔵の季節ですね。「寅さん」映画は、作られなくなりましたが、
忠臣蔵のほうは、まだまだ人気があります。
歴史的な事件としての「赤穂浪士討入」については丸山真男が、日本政治思想史の文脈で、
真面目に議論していたと記憶しています。
史実を辿る限り、吉良は領民に慕われた「名君」で、浅野は、家臣を
路頭に迷わせた「馬鹿殿様」です。当時は、戦国動乱時代の武士の気質が通用しなくなった時代。
戦国時代ならば、自分のボスが侮辱されたら、相手に復讐する、それくらいの気概と
忠誠心がないと侍としてものの役に立たない。この場合、自分のボスが、それに値する
人物かどうか、ということは場合によってはどうでも良いのです。
武士は忠義の対象にではなく、忠誠心を持った自分の存在価値を人々に認識させるの
が目的ですから。仇討ちに加わったものには、再就職運動の意図もあったと思います。
しかし、元禄時代は政治的な安定が望まれた時代。仇討ちや殉死の禁止令が
たびたび出されていますね。
ほぼ同じ時期に書かれた「葉隠」を読むと、動乱期の自己顕示欲に満ちた
武士の行動パターンが、内面化され理想化された「武士道」に変質していく様が
伺えます。「武士道とは死ぬこととみつけたり」は、のちに民衆の間で人気を博した
忠臣蔵の美学と驚くほど似ています。(もっとも、山本常朝は、大石が仇討ちに時間を
かけすぎたといって非難さえしてます。つまり、死をも厭わぬ気概を人々に示す
その機会を逃さぬことが大切で、策を弄して時間をかけるのはみっともない、というのが
彼の考え)
現実の政治的事件とは別に、忠臣蔵伝説は、神話のように民衆の間に
広まりました。人形浄瑠璃や歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」は、おそらく日本の演劇
史上の最高傑作の一つでしょう。
明治時代以後になると、「仮名手本忠臣蔵」の華麗にして多彩な物語は、平板化され、
その時代に相応しい倫理観に影響された「赤穂浪士」のドラマに変質します。
たとえば、吉良が浅野にイジワルをした理由は、「仮名手本忠臣蔵」では、
「邪な恋の鞘当て」だったという解釈ですが、明治以後の「赤穂浪士」では
「賄賂を贈らなかったから」とか「塩田の製法を教えなかったから」などという
政治的ないし倫理的な理由が前面に出て、浅野の殿様も清廉潔白な悲劇の主人公に
格上げされています。
僕は、個人的には、テレビや映画で上演される「赤穂浪士」よりも「仮名手本忠臣蔵」
のほうが、荒唐無稽な設定だけに、ずっと面白いですね。

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管理者: 黒木 玄  <kuroki@math.tohoku.ac.jp>  (Web Site)
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