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黒木のなんでも掲示板 (0027)

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Id: #a19981112180335  (reply, thread)
Date: Thu Nov 12 18:03:35 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981112002147
Name: マツモトシンゴ
Subject: 「人間の幅」
>活躍の幅

過去に、ネットで「投稿拒否」にあったのは
この「黒木のなんでも掲示板」だけだったよ。
僕が何を言いたいかはこれでお分かりでしょう。(^^)

Id: #a19981112170014  (reply, thread)
Date: Thu Nov 12 17:00:14 1998
URL: watanabe@tohoku.ac.jp
Name: わたなべ
Subject: 「経済現象は人間の認識次第だ。」「ならば全財産バラ撒いてみろ。」
「いや、私は全財産バラ撒くと喰って行けないと認識していますから。」

ってのは冗談ですが、私には「素朴実在論者では自然科学はやっていけない」
とか、「素朴実在論者でなくとも人文科学はやっていける」という理屈は良く
わかりません。

「世界の一部である人間の社会 (のそのまた一部である科学者の社会とか) の
構造を探求する」ってのは、他人だとか社会が (あるいはその本質的な性質が) 
実在する事を、素朴に信じないとやっていけないんじゃなかろうか?

イオン性融体の物性について研究するのも、カブトガニの生態について研究す
るのも、人間の生態について研究するのも、そういう意味では同じに思えるの
です。

さらに言えば、人文科学だって自然科学と同じ限界の中にあるんじゃないの?
と思うんですが、どうなんでしょうか。

数学や論理学のように、なにがしかの存在から切り離して考えられる物はまた
ちょっと別かも、という気もしますが、論理だって自身の認識としてしか把握
できないわけで...

いや、自然科学だろうが人文科学だろうが、素朴実在論に立脚しなくてもやる
気の失せない人は大勢いるでしょうというのが私の意見。

それはともかく、自然科学であっても産業的応用の効く研究であれば、うまく
やれば金になるんでしょうけれど、なかなか難しいっすね。

Id: #a19981112161629  (reply, thread)
Date: Thu Nov 12 16:16:29 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981112144129
Name: 田崎
Subject: 月もジターリングも・・

・・未だ見ていません。 喜んですぐにダウンロードしたのですが、何とかいうプログラムがないとか 言ってきてわけわかめになりました。 とほほ。 家に帰ってほんもののジターリングをやったら、 full butterfly という技(中級!)が少しできかけました。 うれしかったです。 (うちの子の日記風エンディング。)
Id: #a19981112144129  (reply, thread)
Date: Thu Nov 12 14:41:29 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981110222019
Name: 牧野
Subject: 月とジターリング

怪しげなアニメーションを作った牧野です。そのあといろいろ解析したのです が、どうも、月を作る方はそんなに間違っていない---物性についての仮定が適 当(ほぼ非圧縮)とか、地球・月ともに密度一様という単純化をしているとか はあるのですが---と思うのですが、ジターリングのほうはとりあえずあんま り正しくないというか、現在使っている方法で原理的にはモデル化できるはず ですが、今の普通の計算機では計算速度が追いつかないということがほぼわかっ てしまいましたので、、、

長時間回すと、ちゃんと傾いて転がりながら落ちていくような運動をするのは いいんですが、定常にならないで回転速度がだんだん落ちていってしまうので。 で、これがおきてしまう理由は、接点のところでの離散化誤差のために非常に 高い振動数のモードが励起されて、そっちに重力エネルギーがいってしまうと いうことみたいです。原理的には粒子数を十分に増やせばいいのですが、粒子 数を増やすと剛性を保つためにどんどん高い固有振動数がでてくるので、時間 刻みが粒子数の1乗より速く小さくなってすぐに計算できなくなるのです。

ちゃんと拘束系の力学を解けばいいんですが、接点で摩擦が働くという条件の 定式化がとっても困難です。もうちょっと違うアプローチを検討しないといけ ないようです。


Id: #a19981112100016  (reply, thread)
Date: Thu Nov 12 10:00:16 1998
URL: samaki@hs.p.u-tokyo.ac.jp
Name: 左巻健男
Subject: 野家さんの科学者観
 左巻健男@東京大学教育学部附属高等学校です。
 科学史MLと理科教育MLに投稿したものです。(一部変更)
 『現代思想』11月号 野家:村上対談での野家さんの発言(●)
をぼくがどう読んだかです。
>>  この●の言い方には、「金にもならないことを延々とやっ
>> てオバカさん」という響きが感じられます。それが、もしかした
>> ら、学部の卒研の体験を背景に語られる・・・(ちゃんとした物
>> 理の研究者時代があったならごめんなさい)。
 野家さんの発言をぼくの理論で読んだものです。○はぼくの読み。

●私自身、物理をやっていたのでよく分かるのですが、
○よくわかるほど物理をやっていたというのだったら、まさか卒研や
 修論レベルではなく、自分の問題設定で物理学研究をしていたんだ
 ろうな。しかし、経歴を見た限りでは卒研でやったくらいだなあ。
 まさか、卒研のトレーニング的「研究」を、「物理をやっていた」
 と言っているんじゃないだろうな。きっと、院で科史哲をやったあ
 とに、どこかで物理学研究者の経歴も積んだんだろうなあ。卒研の
 トレーニング的「研究」で、よくわかって科学論をやっているとし
 たら余程のバカか自信過剰かだなあ。
●現場で実験をやっている科学者の心情としては、素朴実在論にたた
 ないと研究なんてばかばかしくてやってられないという面はありま
 す。
○「研究なんてばかばかしくてやってられない」というのは研究に対
 してネガティブな言い方だなあ。何か恨みがあるのかなあ。物理学
 研究者のとき、いぢめられたのかな?
 彼の「素朴実在論」というのは、科学者への侮蔑の表現だ。その前
 に、ポスト構造主義やポストモダニズムを批判する科学者たちは、
 非常に単純な素朴実在論をもっている、それは「小学生並と言えば
 小学生に失礼かなと思えるほど」と口を極めて侮蔑していることか
 らわかるぞ。
●基礎研究なんていう金にならないことを徹夜で実験を繰り返して
 延々とやっているのは、やはり自分は客観的な真理、自然の真実
 を追求しているんだという感覚がないと務まりません。
○なるほど、ついに「金にならないこと」ときたか。前のとつなげる
 と「金にならないことを徹夜で実験を繰り返して延々とやっている」
 =「ばかばかしくてやってられない」ことだからな。
 何せ、ここでの発言は一部の科学者は小学生にも劣る科学観をもっ
 ていることを分析することにあるんだ。

 そして、さらに言えば、やはり、卒研体験で「よくわかった」と言っ
ていることがわかりました。そうすると、ぼくから言わせれば野家さん
はそんなレベルで科学研究を理解して科学を解釈していることになりま
す。ぼくは唖然としています。

 野家さんの「延々と実験」という科学研究の姿は、何か今時の小学生が
科学者にもつイメージレベルじゃないでしょうか。これが当代きっての科
学論者の科学研究のイメージだというのは何かぞっとしませんか?
 今回の野家さんの場合、一部の科学論者が一部の科学者にその「科学知
識についてのオバカ」ぶりを批判されて嘲笑を受けている事態に、つい批
判された側の科学論者に自分を重ねて本音を出してしまったんでしょう。
 野家さんが学部で「物理をやっていた」時代、大学は様々な問題で揺れ
ていました。とくに巨大な力をもつようになった科学技術に対しては「異
議申し立て」が相次いでいました。巨大科学批判、科学体制化論、要素還
元主義批判などなど。今でも西洋科学=要素還元主義とかを言って科学を
批判しているつもり科学論者もいますね。そういう時代の中で科学に挫折
して、科学批判に向かった人は結構いるんですよ。
 ぼくの周りでは、ぼくもふくめてですが科学に挫折して理科教育論者に
なり、親科学の立場に立っている人(一部の科学論者の科学批判をヘンに
感じてついていけないというか)が多いですがね。

#野家さんの「金にならない」という表現に、あまりにも俗っぽい感覚を
 持ったのは、ぼくだけなのでしょうか?
 職業としての科学者は、そのトレーニング時代をクリアした割には金に
 はならないかもしれませんがね。そんなの野家さん、村上さんあたりの
 売れっ子以外の科学論者だって同じようなもんでしょ?(もしかしたら
 ぼくのほうが野家さんより印税収入が多いかも知れませんがね。)
#読解力不足ですから、批判をお願いします。
#ふーっ、30分もかかってしまったぞ(^^)。

■左巻健男(SAMAKI TAKEO):東京大学教育学部附属高等学校:化学
■〒164-0014中野区南台1-15-1電話03-3377-3411FAX03-3377-3415 
■E-MAIL:samaki@hs.p.u-tokyo.ac.jp                       
■併任:中学校/法政大工学部(理科教育)/宮城教育大(学校臨床)  

Id: #a19981112002147  (reply, thread)
Date: Thu Nov 12 00:21:47 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981111202119
Name: くろき げん
Subject: マツモトシンゴさんへ

順番に答えましょう。

1. 親近感と尊敬だけじゃなく、嫉妬があるんじゃないの? そういう負の感情がこめられた議論って、読んでいても楽しくないです。

2. 今度登場するときは、その不快で臭いなれなれしさを洗い落としてからにして下さい。お願い致します。

3. 私が、マツモト氏に対してダンマリなのは、相手をしたせいでひどい目にあわされた経験があるからです。そのことをマツモトシンゴさん=愛読者=S.M氏の代理人=… (卑怯にも複数のハンドルを用いて自分に有利に話を運ぼうとした) はよく御存じのはずです。あの件において私はマツモトさんが謝罪する前にすぱっとこの掲示板へのアクセス制限を解きました。それに対して、マツモトシンゴさんの振る舞いはどうだったかというと、その後もあちこちで「黒木」の悪口を叩いているようじゃありませんか。さすがにそういう態度を見過ごすほど、私は丸い人間ではない。マツモトさん、以上のような理由で、私に嫌われていることをよく認識しておいて下さいな。 (もちろん、態度を改めてくれれば、私も嫌うのを止めます。)

4. この掲示板の他の読者に私がこのように嫌なことも言う奴であることを知っておいてもらいたいので、こちらに書いております。

ネットワーク上での態度を改められた暁には歓迎致します。そして、態度を改めた方が松本真吾氏の活躍の幅はひろがるのではないでしょうか。松本氏はその態度によって活躍の幅を狭めており、才能を十分に発揮し切れてないと思います。


Id: #a19981111232058  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 23:20:58 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981111202119
URL: hamada@mx.biwa.ne.jp
Name: 浜田寅彦
Subject: 「天敵」(C)犬の飼い主
めずらしくちゃんとしてたのに、日頃の行いが悪いからや。
「逆バイアスの極致」みたいなことしたら怒られるのはしかたがない
掲示板1に書くのは誰もが気をつかうぞ(...と言いながら、こんな投稿)

横に長すぎると小人さんに怒られるけど、もうちっと長く
一行40文字程度には書いてくれ>松本真吾(この漢字で合ってるか?)

Id: #a19981111202119  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 20:21:19 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981111195645
Name: マツモトシンゴ
第1点

 まあ、鴨さんは内心「ウルサイやっちゃなあ」と思っている
であろうが、私としてはfj.sci.math以来の知り合いで、歳も
やってきた分野も近く、業績もある彼に、親近感と尊敬の
念を抱いているので、自然名前が多く出てしまう。
 今後は名前を出すのは必要最小限としたい。
 鴨さん、許して。(^^;)

第2点

 確かに、私の投稿は多かったね。
 いいたいことは言ったから当分書かないよ。
 どうも、数セミの宣伝などでお馴染みの時田氏の投稿は、
賛成するときもそうでないときも、うっかりフォローしたくなる
魅力があるもんでね。
 これからもよろしく、時田さん。

第3点

 ところで何でこの件について黒木氏はダンマリなんじゃ?
 なんか警戒しとるんなら、そういう心配はせんでほしいな。
 それとも関心がない?ああ、そうですか。残念だなあ。
 
第4点

 黒木さん、僕のメールアドレスは御存知でしょう。
 今度から、こんなことはメールで下さい。

Id: #a19981111195645  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 19:56:45 1998
Name: くろき げん
Subject: ええと、マツモトシンゴさんにお願い

マツモトシンゴさん、以上の件、よろしくお願い致します。


Id: #a19981111195309  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 19:53:09 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981111152648
Name: マツモトシンゴ
時田氏曰く

>いくらペンローズとはいえ、その分野の素人の書いたものが、
>その分野のプロにとって、かくまで迷惑になるというのが、
>門外漢にはピンとこない

それは門外漢だからでしょう。(ハッキリ)

「迷惑」と鴨さんはいいましたが、
本当の感覚としては、ペンローズの
多分に意図的な「曲解」は「侮蔑」と
いってもいいと思いますよ。

だから「かくまで」真剣に怒るわけですよ。

5章から先は、そりゃ彼の十八番の
物理関係だから問題ないでしょうよ。

問題があるとすれば、2、3、4章と
徐々に強まる「反直観主義的雰囲気」
ですね。

人工知能批判云々なんてのはどうでもいいんです。
所詮、彼が批判するようなタイプの人工知能は
遅かれ早かれ廃れるものであることは内部の
人間も良く知っていたことですから。

しかしながら、基礎論や情報科学において、
もはや切っても切り離せないものになりつつ
ある「構成的感覚」を批判されるのは許し難い
わけです。

ペンローズだけではない。ともすれば、数学
プロパーの人達は、「直観主義」や「構成的
数学」を過去のものとしたがるし、大学に入る
までは、それがホントだと思っていたわけです
が、実際情報科学関係に足を踏み入れた
ならば、それは全くのホラで、およそ計算する
ということに関して、立てる足場は「直観主義」
や「構成的立場」しかないわけです。

僕が思うに「ペンローズ批判」は、彼に代表さ
れる旧来の「デカルト的人間」に対する、新しい
「チューリング的人間(チューリング・マン)」の
異議申立てといってもいいですね。

#で、突然ですが、J.D.ボルターの
#「チューリング・マン」(みすず書房)
#は名著だと思う。文系、理系を問わず
#お薦めしたい。

Id: #a19981111190918  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 19:09:18 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981110183013
Name: くろき げん
Subject: 失われた記事の一部復活

もとはしみほさんから送って頂いたバックアップをこのページに挿入しておきました。みほさん、いつもお世話になっています。どうもありがとう。

実は、このページの一番下にある伊勢田さんの記事をじっくり読みたいのに消えてしまって、とても悲しい思いをしていたのだ。それに限らず、データが失われるのは悲しい。

ちょっと脱線ですが、昔、 UNIX を習いたてのとき、馬鹿をやってます。 logout と同時に ~/trash にたまったゴミを整理するように設定したつもりで、 logout したんです。その途端にハードディスクが数十秒間がーーーーっと鳴り続けたんです。さてと、 ~/trash の中身が消えているかなっと login し直してみたら…。 (;_;) ホームディレクトリー以下がまるごと奇麗さっぱり消えていたのでした。精神的ショックでしばらく頭の中が真っ白。

P.S. 牧野さん、月とジターリングを昨晩見ました。深夜にしばらくぼーっと眺めてしまったのだ。


Id: #a19981111165002  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 16:50:02 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981111155336
Name: くろき げん
Subject: 改行を入れておきました

この掲示板もまだ枯れて安定した状態になってないので申し訳ないですね。どうも改行が全て空白に置換されてしまっているようです。ううむ、その類の置換を掲示板のスクリプトでは行なってないはずなのだが。 ("\r\n" を "\n" に変換し、その後、 "\r" を "\n" に変換するというようなことはやっている。)

ひとまず、改行を入れておきました。押川さん、これで良いでしょうか?


Id: #a19981111155336  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 15:53:36 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981111154800
Name: おしかわ
Subject: すみません

あれ?改行が入ってませんね。 「本文は整形済み」を選んで投稿して、プレビューではちゃんと 改行が入っていたんですけど。 何か 間違っていたらごめんなさい。

押川 正毅
Id: #a19981111154800  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 15:48:00 1998
In-Reply-To: a0026.html#a19981108180704
URL: http://www.stat.phys.titech.ac.jp/hp/oshikawa/index-h.html
Name: 押川 正毅
Subject: Social Text (「推察」に基づいて ....)
こんにちは。emacs-w3がようやくインストールできたので書き込みます。
Social Text誌がどうして Sokalのパロディーを載せてしまったかに
ついては、Social Textの編集者自身のコメントがありますね。

# どうでもいいのですが、大豆生田さんの元記事では
# 良く見ると "Sokal Text"となってますね。
# 私もときどき書き間違えそうになってしまいます。
# Sokal氏もそこまで狙ったわけではないでしょうが、、、

The Sokal hoax: Response by *Social Text*
http://zakuro.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/Sokal/sokaltxt/00005.txt
にあります。(これは誰かの冗談ではなくて 本人が書いたんですよね?)

曰く、

「ありゃ はっきり言って時代遅れのダサイ代物だったんで、
プロの人文学者が書いてりゃ絶対落してたね。まあ物理学者が
拙いなりに一生懸命頑張ってるみたいだったから載せてやったんだ。」

ということです。まあ、これはSokalがパロディーを暴露した(直)後に
出たので負け惜しみが混ざっている可能性もあります。

ただ、本当にこうだったとすると、却って問題が深いような気がします。
つまり正に 論文をその内容ではなくて著者の肩書によって載せたという
ことになります。

もっとも、これにも多分微妙な問題はあって、物理で言えば例えば 
Physical  Review とか Journal of Physical Society of Japan のような
いわゆる論文誌でこれをやったら問題でしょう。

# レフェリープロセスで著者の知名度が 全く影響しないということは
# ありえないと思いますよ。でも 「内容は駄目だけど著者の肩書が
# ○○だから採択」とかやってたらいかんでしょう。

しかし、「日本物理学会誌」とか Physics Todayとかに「他の分野から
物理に期待すること」みたいなエッセイが載る時には 例えば他のある
分野で有名な人に頼む、というのもそんなに悪くないでしょう。
(実際やっていると思いますし)

実際、"response"でも Social Text誌は 純粋ないわゆる学術雑誌ではない、
云々と述べています。

しかし私の個人的な感想では一応真面目な論文の体裁をとっているのだから
「中身はダメだけど物理屋が書いたから載せた」というのは 問題がある
ような気がします。

以上は Sokalの行為の正当性とは別問題ですし、Social Textの編集者を含む
グループに問題があるとしても「載せてしまった」ことは比較的瑣末な問題
ではあると思います。

押川 正毅 

Id: #a19981111152648  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 15:26:48 1998
Name: 時田 節

ふーむ、ペンローズの1冊目は、相変わらずそう悪い本におもえないな〜?
5 The classical world
6 Qantum magic and quantam mystery
7 Cosmology and the arrow of time
を、物理に興味のある数学系の人などがブルーバックスよりはいいし、英語力もつくと、まとも本として読んで、あとは適当に警戒しながらというか??
10 Where lies the phYsics of mind?
は確かに、2冊目の『と』本の手前ですね〜?
いくらペンローズとはいえ、その分野の素人の書いたものが、その分野のプロにとって、かくまで迷惑になるというのが、門外漢にはピンとこない。
素人の書いたものをもとに、プロに文句を言うのがいたらそれはアホな人でしょ。
素人の書いたものをから、人工知能研究予算カットなんて流れができたの?トレンディな人工知能よりも、基礎論のような地味なものに経常的にしっかり予算を付ける文化国家であってほしいが。
しろうとの迷惑宣伝にメゲない、まわりの人への働きかけをプロもすれば。例えば、鴨さんは今はいそがしくても、時間のある鴨さん周辺の人が、『マンデルブロー集合の帰納性についてうだうだ』がいかんことと、『実数の計算可能性』の数学辞典での項目風の解説なんかのページを作ったら。英語で作って、アマゾンの読者欄からリンクしちゃえばいいのに。

Where lies the phYsics of mind? って疑問に対する、物理からの答えの無難なあたりはどの辺なのかな〜。ニューロネット?篠本さんの『脳のデザイン』なんか??
Id: #a19981111134026  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 13:40:26 1998
Name: 時田 節
Subject: 構成的プログラミングの基礎

構成的プログラミングの基礎 遊星社
http://www.books.or.jp/ASP/detail.asp?no=1997161674&title=%8D%5C%90%AC%93I%83v%83%8D%83O%83%89%83%7E%83%93%83O%82%CC%8A%EE%91b&se=&ttp=KANJI&sei=&mei=&atp=KANJI&ymin=&ymax=&c1=&c2=&type=&syuppan=&isbn1=&isbn2=&isbn3=&isbn4=&disp=100
は感動の本だったな。今、広健さんの帰納的関数もこれもO.B.が貸り出してて、肝腎のときに手元にないけど。
そんで、ふと思いだしたのが、ここに突然登場する森・父さんというなぞの人物。 森さんが山口さんのすごくかっこいいエッセーを紹介されて、それはアイルランドかどこかに修道院が発生する話しなんだけど、山口さんが龍谷の理学部を作るとき、この本の著者のどっちかを呼んでたのでは。

さらに松本さんいわく
アダマール、ボレル、ベール、ルベーグなどのフランスの 「経験主義者」とよばれる解析学者のグループは、直観 主義の土台となる「いい仕事」をしていると思います。
アダマールの日本では知られていない仕事に、上下2巻の幾何の教科書を書いたことがあって、リセの数学教師なら下巻の立体幾何を生涯枕頭の書としている。ブラウアーは不動点定理のブラウアーと同一人物だし、そこまで論理をやった人の数学が、学校数学的なものを通してリセやギムナジウムまで流れていくのが文化だとおもう。
Id: #a19981111122044  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 12:20:44 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981111101925
URL: suzu@beebee.co.jp
Name: 鈴木・ホセ・保是
Subject: Re: 直観主義云々
  私は鴨さんの記事にちょっと違う印象を持ちました。

  マツモトさんは
==
> 有理数で1、無理数で0をとる関数がRiemann積分可能でないと知って、
> 「微分積分学は関数について何もわかっていない」と言っているのと同じ、
だからLebesgue積分が出来たじゃない。(^^;)
==
のようにおっしゃっていますが、私はこの辺りに、鴨さんはトンデモ的な性格を
指摘しているように解釈しました。

  例えば、1)ある分野についての概論があり、2)その概論から導かれる結果
がいかに直観に反するかを指摘し、3)多数の結論を支持する実験や証明をなぜ
か無視して素朴な直観に固執し、4)今までの学問上の成果はみな間違っている
からこちらの結論を受け入れろ、のようなスタイルの著作があったとしたら、私
はそれをトンデモ的な本であると感じるでしょう。
  鴨さんの挙げている比喩は、私のトンデモ的と感じる性質にぴったり合致して
しまいます。
  しかも、もし上の比喩がぴったりならば事はもっと深刻で、Lebesgue積分のよ
うに、既に学問成果として乗り越えられていることについてグダグダ言っている、
という印象すら受けます。

  私は仕事でプログラム言語の処理系などを作成したりするうちに、帰納的関数
やテューリングマシンに興味を持ち始めたという程度ですからペンローズの著作
を自分で評価することはできませんが、学部で物理を専攻していたため、私でも
知っている超有名な物理学者であるペンローズがそのような著作をものしたとす
るなら、心中とても複雑です。宇宙論とかでならともかく、今まで直接携わった
分野と違うなら、より慎重に構えるのが私の持っている常識ですから。
  ただ、きちんと勉強が進んでからでないと読む意味があまりないかもしれない、
とは思っていましたから、まぁ当初の予定でやることに変わりはないですけど。

Id: #a19981111105302  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 10:53:02 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981110145608
Name: マツモトシンゴ
Subject: 逆バイアスの極致
たまにはザレ文でも書いて、皆様のボコボコな批判を
一身に浴びてみるのも一興か?

小波氏の「逆バイアス」にヒントを得て

「宇宙は機械である!」

みなさん、そろそろ「ナヌ?!」と
目が三角になって来たのでは?
(^^;)←悪いイタズラだ。

でも、例えば、あのチューリング機械の例を使ったって、
上の言明とは矛盾しないという説明をすることはできる。

ペンローズは「機械が止まるか止らんか二つに一つだ」
といった。そいつは間違いがない。しかし、その機械を
動かすところの宇宙君は、それをある瞬間に体現したり
できるのか?

まあ、仮に宇宙が無限かつ永遠の存在だとして、その
スペースにありとあらゆるチューリング機械をズラズラ
ズラーと並べて、よーいドンで一斉に動かしたとしよう。

あらゆる瞬間において、機械が止まるべきものか、はた
また永遠に動き続けるものか、判断するに足るだけの
「証拠」を宇宙から得られるのか?
そりゃ無理でしょ、なんぼ何でも。

したがって、ペンローズのいう「2つに1つ」が正しくても、
宇宙はその答えを用意しておく義務がない。(^^;)

ま、そりゃ宇宙には「量子力学」とかいろいろありますよ。
しかしねえ、統計的なランダム性から、はたして
「アルゴリズムでは生成できない」
という強いランダム性が言えるかどうか?

この件については、鴨さんはどのように考えられます?

(注)
上の過程では機械を置く都合上宇宙を「無限」としたが
実際には、これを利用していろいろ仕掛けができてしまう
ので、ホントは宜しくない。只、単に有限としてしまって、
その性質だけで説明するよりマシかと思ったのでそうした。

Id: #a19981111101925  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 10:19:25 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981110192332
Name: マツモトシンゴ
Subject: 直観主義云々
鴨氏曰く

>ペンローズの一冊目がすでに
>「特にあくどいの」なんですって。 

鴨氏の評価は往々にして
all or nothingだからなあ。
(^^;)←いや、いいんだけどさ

>「4 真理,証明と洞察」でマンデルブロー集合の帰納性について
>うだうだ書いているところなんか、典型的なパターンです。
>対象を深く調べると自分が素朴な直観として持っている概念が
>通用しなくなることを知った時に、自分の素朴な直観のほうに固執して、
>理論はその対象について何もわかっていないと勝手に断定してしまう
>パターンです。

あ、でもねえ、「典型的数学者」は、あの状況では、
往々にして素朴な直観に引張られる度合いが
強いと思うよ。だから単なる「と」とは違って、
根の深〜い問題だね。

#いや、薮はツツイてもいいけど、
#きっと、ヘビは「沢山」でてくるんだよなあ。(^^;)

>有理数で1、無理数で0をとる関数がRiemann積分可能でないと知って、
>「微分積分学は関数について何もわかっていない」と言っているのと同じ、

だからLebesgue積分が出来たじゃない。(^^;)

この件に関していえば、鴨さんもよく御存知でしょうが、
アダマール、ボレル、ベール、ルベーグなどのフランスの
「経験主義者」とよばれる解析学者のグループは、直観
主義の土台となる「いい仕事」をしていると思います。

#もっともこういう「考え」は、その後どうも典型的数学者の
#頭からは忘れさられたフシがある。最近では志賀浩二
#さんなどが、このあたりのことについて著書などで書いて
#いて、僕などそれで再認識したようなところがある。(^^;)

M.Beesonの構成主義的数学の教科書の序文(「現代思想」
の「数学の文法」号に日本語訳あり)には、そんなこんなの
ブラウアー以外の「直観主義の数学的な思想背景」が
ちゃんと書かれています。日本の哲学関係者諸氏には、
特に読んでほしいものです。

#こんなこといっちゃ、哲学者に悪いけど、なんか哲学者の
#問題意識は、本当に数学者や計算機屋が問題にして
#ほしいと思っているようなことから、かなり外れている気が
#する。(あれなら、僕はホフスタッターやラッカーを読むね)

>これとは別に、「直観主義はRussellのパラドックスなど
>への対応として創始された」という趣旨の説明が、俗説
>丸写しの嘘だって問題もあるんだけどね。
>Russellのパラドックスは内包公理から排中律なしで
>出てくるんだってことを知らないんだろうな。 

この点については、昔logic-mlで
ご教示頂きましたね
(^^;)←とっても感謝しています。

もっとも、構成的立場から言えば、
「内包公理で、何でもかんでも書けちまうのは問題だ」
という考え方もあるわけでしょう?

林・小林の「構成的プログラミングの基礎」でも、当時、
ラッセルパラドックスの「何」が問題になっていたのか
について、ちょっとしたコラムで取り上げてましたし、
ツェルメロの公理系による解決とは別の、「内包公理」
を制限する形での解決(あそこではフェファーマンの
体系)について述べてますね。

#ま、こんなことは鴨さんはよく御存知でしょうけど、
#他の読者の方はきっと御存知ないと思ったので
#エラソウにズラズラ書いちまいました。_(_ _)_

Id: #a19981111092037  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 09:20:37 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981111081259
Name: 早川尚男
Subject: None

白頭翁様

どうもお褒め?頂いて恐縮です。一昨日貴方の書かれた「ホワイトヘッド」 の解説書を買い、読み始めた所です。学部学生の頃に買った「過程と実在」や 「相対性原理」がホコリをかぶっているので妥協して解説を先に見て全体像を 掴むことにしました。彼の相対論には子供の頃から興味があったのですが 白頭翁さんの解説で要点がわかりました。

ソーカル事件について:仮に田崎さんの言われる様にSokalの悪戯を抜いて 考えるとそれほど目新しさもない(それだけ普遍的な問題である)気もします がどうなのでしょうか。建設的な議論をするためには事件あるいは主張の 「意義」を認める必要があるのでしょうが、多分、私を含めて反対論の多くの人は 何を今更と思っているだと思います。センセーショナルに事の「重要さ?」を 認識させたという点で悪戯は成功であったのでしょうが。。もう一つは この事件が科学論で広範な議論を呼び、 その業界を潤したことだけは間違いないでしょう。その議論が議論のための議論 ではなく実際に多くの人にとって意味のあるものかどうかは今後の帰趨を見守って いきたいと思います。

早川


Id: #a19981111081259  (reply, thread)
Date: Wed Nov 11 08:12:59 1998
URL: http://www.asahi-net.or.jp/~sn2y-tnk/tokaku.htm
Name: 白頭翁
Subject: ペンローズのことなど
>鴨さんへ
この間は、御相手いただいてどうも有り難う存じます。
HP拝見しました。岡潔のいた大学でご研究のようですね。
私は、もうすぐ52才、文字通り「白頭翁」になりそうなので
こういう掲示板で若い世代のかたとお話しできるのは楽しいことです。

鴨さんの言われたペンローズの本というのを実はまだ
読んだことがないので、丸善に
The Emperor's New Mind と Shadows of the Mind を注文しました。

18世紀末のドイツ理想主義の哲学者シェリングに
「Speculative Physics(思弁的物理学)」という著作があるのですが
ペンローズの本も、そういった種類の本の現代版か。
専門家が重視する学問的な厳密性には欠けるが、一般の読者にも分かる言葉で
大胆な思弁、ないし実験的な思索を敢えて展開した本ではないかと予想します。

彼は、元来重力理論の専門家だから、数学基礎論は、
鴨さんの目から見たら「素人」かもしれないね。
「素人」が「出鱈目な」ことを自信たっぷりに言ったのか、
それとも力のある「素人」が、専門家が見落としている本質的な問題点を
ズバリと指摘したのか、そのへんは本を読んでみないと良く分かりませんが、
とにかく興味をそそられますね。
鴨さんからは、遠慮のないペンローズ批判を、具体的な内容に即して
聴かせていただけると、私みたいな正真正銘の素人には有り難いです。

ところで鴨さんの指摘された
「直観主義はRussellのパラドックスなどへの対応として創始された」というのは
もしそういう記述があったとすると、確かにおかしいね。
これは、目くじらを立てるほどのことでもないが、著者の不注意だから、
(書き下ろしで本を書くと、こういった不正確な記述が紛れ込むことは良く起こります)
誰か電子メールででも、本人に教えてあげた方がいいね。著者もこういう
正当な指摘は歓迎すると思うけど。

それから
>1.生命活動は熱力学の第二法則を破っている。 
>2. 人間の知的活動は不完全性定理を破っている。 
>この二つは、まったく同じ構造をした双子の迷信なのよ。

と言うのは、誰が言っているのかな。
1は閉鎖系と開放形の区別がないと無意味だし
2はそもそも意味不明。
優れた物理学者のペンローズの著作が、このようなナンセンス
に関わりがあるとは到底思えませんが。

もっとも、私にも、ある雑誌の編集委員をつとめたとき
「光速度で運動すると時間が停止する(永遠に歳をとらない)」という
通俗科学書なみのナンセンスを平気で書いた投稿者の論文を査読して
唖然とした経験がありますから、鴨さんも、あるいは、俗受けを狙った
似非科学論文に、これまでそうとう不快感を味わったのではないかと推察します。

>田崎さんへ

ソーカルにたいする私の投稿にレスポンスしていただき有り難う存じます。
特に、この問題に関する田崎さんの投稿を含め、この掲示板の過去のログを
教えていただいたのが参考になりました。
私が言おうとした、「研究者のモラル」のことは、すでに早川さんが明確に
述べていらっしゃった。早川さんの見識に敬意を表する次第です。

Id: #a19981110222019  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 22:20:19 1998
Name: 牧野
Subject: ジターリング

ここのところ 月を作ろうとしていたんですが、〆切の迫った書類からの逃避行動ということで ジターリングを回してみました。

どちらも 1MB 程度ある MPEGファイルなので回線の遅い方は注意して下さい。

ジターリングは、実際にアニメーションに表示されているような「粒子の集ま り」として表現されています。近接2体と3体の相互作用をいれて形を保って、 軸との相互作用も適当にモデル化しているわけです。


Id: #a19981110202343  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 20:23:43 1998
In-Reply-To: #a19981110195441
URL: http://www.ics.nara-wu.ac.jp/staff/kamo/
Name: 鴨 浩靖
Subject: Re: ペンローズの一冊目
>>さて、ペンローズの1冊目は、鴨さんの二つの迷信を広める役をする本なの?
迷信1に夢破れた人が迷信2に逃げ込むことを助けるでしょう。

>>啓蒙書としての功より、罪のが大きいんですか?まあ変な大小比較だけど。 
実数の計算可能性を研究する鴨浩靖は、とても迷惑を被りました。

Id: #a19981110195441  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 19:54:41 1998
Name: 時田 節
Subject: 「応用数学講座」

松本さんいわく
だからあの薄い本の内容はともかく、「応用数学講座」 ちうのはちょっといただけないです。 ま、もちろん、これは萩谷氏の責任ではないですが。
以前、田中克彦氏にチョムスキーを書かせたのがミスマッチか、いやシリーズの試みがミスマッチねらい...なんてのがあったけど、『応用数学』に萩谷氏のや一松さんの超古典幾何なんかがあるのって、面白いと思う。
アメリカの普通の高校の物理の教科書には相対論がある。日本ではそんな金にならないのは、高校にはいらないって思ってるのかな〜?高校物理に相対論がないことと、命題論理や述語論理のさわりの部分を知らないまま数学関係者でいる人が多いことに、何か文化的関連がなければいいけど??
ともかく、高校教育の後退とか、3年で院とか忙しい学部で、論理なり計算の基礎なりをどこでどう持ち込むかは悩ましいけど、情報とリンクは考えられるし、社会人の再学習の自習教材である『応用』講座に顔を出すって、イイコトと思うけど。
数年ですぐに消え失せる応用例より、論理やお遊び幾何のが応用が効くのは、関数型や書き換え言語とか、計算幾何とかって面もあるし、古典的なことをやって、じっくり構えていないと、上辺の応用ばかり追いかけてたら廃人化するってこともあるし。
さて、ペンローズの1冊目は、鴨さんの二つの迷信を広める役をする本なの?
啓蒙書としての功より、罪のが大きいんですか?まあ変な大小比較だけど。
Id: #a19981110193207  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 19:32:07 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981110145608
Name: 鴨 浩靖
Subject: 迷信

最近、他所で書いたばかりだけど、
  1. 生命活動は熱力学の第二法則を破っている。
  2. 人間の知的活動は不完全性定理を破っている。
この二つは、まったく同じ構造をした双子の迷信なのよ。
Id: #a19981110192332  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 19:23:32 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981110172629
Name: 鴨 浩靖
Subject: ペンローズの一冊目

ペンローズの一冊目がすでに「特にあくどいの」なんですって。

「4 真理,証明と洞察」でマンデルブロー集合の帰納性についてうだうだ書いているところなんか、典型的なパターンです。対象を深く調べると自分が素朴な直観として持っている概念が通用しなくなることを知った時に、自分の素朴な直観のほうに固執して、理論はその対象について何もわかっていないと勝手に断定してしまうパターンです。有理数で1、無理数で0をとる関数がRiemann積分可能でないと知って、「微分積分学は関数について何もわかっていない」と言っているのと同じ、コンノケンイチが「重力の原因について何もわかっていない現代物理学は間違っている」と言っているのと、同じです。単に自分が知らないだけなのを、勝手に研究が行なわれていないと断定して、素人考えを暴走させるタイプの一種です。

これとは別に、「直観主義はRussellのパラドックスなどへの対応として創始された」という趣旨の説明が、俗説丸写しの嘘だって問題もあるんだけどね。Russellのパラドックスは内包公理から排中律なしで出てくるんだってことを知らないんだろうな。


Id: #a19981110190405  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 19:04:05 1998
Name: てくまい
Subject: −NEWAYS社のご案内です−

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Id: #a19981110184423  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 18:44:23 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981110172629
Name: マツモトシンゴ
Subject: 論理云々
>さて、論理や基礎論の専門家の場合、その廻りの
>数学の中で、研究者から中等教育関係まで全体として、
>論理や基礎論のミニマムな知識が教育されてないこと
>への不満は大きいだろうし、

鴨さんは何というかな(^^;)

よく、基礎論というと論理、といわれるけれども、
ボクは基礎論は「論理」を研究するものでは
ないと思いますね。

むしろ「コトバ」と「意味」の隔たりを研究するものだと。

その場合、いわゆる数学の研究者にあんまりそういう
ことを教えないほうが、実は研究上良いのではないか
と思うんですね。
(コトバと意味の世界は「密着」していると思わないと、
何かと考えにくいんじゃないでしょうか。)

>岩波の応用数学講座に萩谷さんの超薄い
>『論理と計算』があるのはヒットだと思う。

そうですか。僕とは意見が違いますね。

萩谷氏は僕が思うに、ホンマモンの計算機屋であり、
「数セミ」より「bit」が似合う人ですよ。

だからあの薄い本の内容はともかく、「応用数学講座」
ちうのはちょっといただけないです。
ま、もちろん、これは萩谷氏の責任ではないですが。

#萩谷氏の名「ザレ文」(^^;)といえば、やはり7bitsの
#コーナーでしょう。Themskyのメンバーの一人で
#「一介のプログラマ」を自称するM氏の、
#ムズカシイ内容を、スパッと明解にわかりやすく
#説明するその切れ味がたまりません。
#御存知ない方は
#「ソフトウェア千夜一夜」(共立出版)
#「続ソフトウェア千夜一夜」(共立出版)
#を読んで頂戴。

#萩谷氏は最近、分子コンピュータとかいうものの研究
#しとるらしいです。(日経サイエンスにも記事ありましたね)
#http://nicosia.is.s.u-tokyo.ac.jp/MCP/eng/index.html

Id: #a19981110183013  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 18:30:13 1998
Name: くろき げん
Subject: ありゃ、ログが壊れている

申し訳ありません、この頁の下の方が壊れていました。原因は不明。これは対処方法を考えなければいかんな。

手許にバックアップを持っている方がいれば、私に送って下さい。


Id: #a19981110172629  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 17:26:29 1998
Name: 時田 節
Subject: 基礎論というかまず論理をどこで?

学習院の高校の国語のテキストには必要十分があるけど、普通の高校数学では必要十分は計算じゃない、つまり数学でないといって、カットされちゃったり。
進学校の先生の模範解答が十分条件の吟味を忘れてることも。
共痛一次にたまに必要十分が出るのが、唯一の歯止めだったり。
駿台だと長岡兄が、論理に強いとそれだけで解ける問題を集めた単科を夏にやっているけど、昔の半分も教えられないとぼやいてる。(そんで岩波の思想辞典では難解な書きかたを??)
日評の細井さんのイプシロンデルタ本も長岡兄の駿台も同じレベルで、同じ戦果の期待できるシカケなんだけど、イプシロンデルタ抜きの微積が増えているし。
大学で教養の情報というと、街のパソコン学校みたいなワープロやドローは高校以下にまわし、チューリングマシンごっことか、ペンローズの1冊の30~74ページまでとか、そんなののが良いのでは。(ペンローズのは冗談ですけど、チューリングという特異な人物を生んだ文化の雰囲気を伝える本でもある。)
さて、論理や基礎論の専門家の場合、その廻りの数学の中で、研究者から中等教育関係まで全体として、論理や基礎論のミニマムな知識が教育されてないことへの不満は大きいだろうし、数学の中で良心的な人には、論理や基礎論の教養を欠いている不安もあり、それを何で埋めるかは難しいですね。
岩波の応用数学講座に萩谷さんの超薄い『論理と計算』があるのはヒットだと思う。
そして、ヤヤコイのは、そうとう数学から疎外されちゃった人のゲーデル信仰というか、そういうのがあって、それに応じたビジネスまであって、事態をややこしくさせてる。
こういうとき、論理や基礎論の専門家ができることというのは、全部のモグラを叩くんじゃなくて、特にあくどいのを狙う(1冊目の前半は我慢するけど、これはダメとか)のと、数学教育や情報の実務レベルの人まで仲間をふやしてく(業界ごとの蛸壷に入っている人に働きかけるのは難しいが)ことじゃないかしら。
例えば、情報処理学会が2003年から、高校必修情報の教科書素案を、http://www.ics.teikyo-u.ac.jp/InformationStudy/ に載せてるけど、ペンローズさんの『と』本と違って、文化の薫が全然ないしな〜?
論理や基礎論の専門家が情報処理学会の人に意見するのを聴きたいです。
Id: #a19981110165615  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 16:56:15 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981110145608
URL: shingo@rtri.or.jp
Name: マツモトシンゴ
Subject: 執筆の動機を読む
小波さん:

>人間の脳の優位にバイアスを掛けたがるその手の発言は
>確かにあちこち振りかけられてますね。

その理由を考えられたことはありますか?

ペンローズは、本の中でも言っているように
「数学的プラトニスト」
です。

わざわざこういうからには、
「数学的世界の真偽は初めから決まっていて
あまねく知り得る筈のものだ」
という考えがあるわけです。

しかしながら、この素朴な信念には最大の困難がある。
御存知「ゲーデルの不完全性定理」です。

さすがに、彼はアホではないので、真っ向からこれを
否定しにいったりはしませんが、その代わり、

「・・・ということは人間の知性は、単なる機械を越えている筈だ」

と考えた筈です。
その為に、シャカリキになって、機械と人間の違いを
力説しようとしたわけです。

「量子脳理論」なんて言い出したのも、機械を超える
「賢者の石」を血眼になって探した挙げ句の、もっとも
「可能性のある」(?)候補だと思ったからでしょう。

もちろん、人間の精神がもつ(といわれる)「創造性」を
機械のルーチンワークと一緒にされてたまるかい、という
ような心理的反発はありましょう。しかしそれだけなら、
彼は本を書いて反論しようとはしなかったでしょう。

Id: #a19981110155752  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 15:57:52 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981110025651
Name: くろき げん
Subject: レフェリー制度に関する認識の差

Sokal 個人と Social Text の間に「レフェリー制度云々」に関して大きな行き違いがあったようには見えないのですが、伊勢田さんが言うように「レフェリー制度というものについては文系と理系でだいぶ認識に差がある」というのは事実だと思います。科学畑にはレフェリー制度を神聖視し過ぎている人がいるし、文系畑では科学社会学者でさえレフェリー制度について現実的な感覚を持ってなかったりする。(例えば、「ソーカルはあの件によって、科学のレフェリー制度内部でさえ、ソーカルは信用を失ったであろう」というような意見を見掛けたが、これはもちろん全く馬鹿げている。)

私の専門分野は数学で、レフェリー制度には論理的な誤りのある論文が雑誌に出難くなるという利点があることは確かであると感じています。(それでも、エラーは残ってしまいがちなのですが。) そして、情報の質を高めることは実際に必要なことだと思います。質を高めるための策として、専門家どうしが互いにチェックし合うというのは決して悪いやり方ではない。

ただ、問題が生じるとすれば、レフェリー制度が権威として利用されてしまう場合です。レフェリー制度が質を高めるという方向に常に完全な形で機能することはないので、それがある種絶対的な権威を持ってしまうのは非常にまずい。

あと、伊勢田さんが腹を立てている「そんなんで学問といえるのか」などと言う心ない人達への対応の仕方ですが、その困りものの発言の裏に「それでは、学問としての質をどのように保っているのですか?」という質問を勝手に読みとり、それに答えるのが良いと思います。文系畑では何はともあれ書いたものが発表されて、それに対して様々な批評が出る過程でその仕事の評価が確定するわけですよね。そういう仕組のことを、科学畑の人達の多くは知らないのです。地道に説明する価値はあると思います。そのメリットとデメリットをレフェリー制度と比較してみせるとわかり易いかもしれません。まあ、そういう地道な説明もレフェリー制度を神聖視している人には通用しないかもしれませんが、そうでない穏健な人達の耳に入ることは望ましいことだと思います。


Id: #a19981110153204  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 15:32:04 1998
Name: 時田 節
Subject: チューリングマシンの停止性

チューリッヒ工科大の学部1年の情報の授業を紹介した『理工系の教養としての情報科学』(アジソンウェスレイ)の12.3節はチューリングマシンで、フロッピーをいれれば、画面でチューリングマシンごっこできる。
帰納的部分関数が計算可能がしめされているが、逆は難しいからよそうねと、学部1年用だし著者は自制している。
訳者というのは、つい余計な情報を入れたくなるもので、Kleene のTuring-machine computable functionals of finite types I II なんかを紹介しちゃったけど、どんなのがよかったのかな〜?
Id: #a19981110145608  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 14:56:08 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981110122153
Name: 小波
Subject: ペンローズ

マツモトシンゴさん:
「単なるアルゴリズムよりもわれわれの方が勝っている と考えることは、われわれにとって些か慰めになるだろう」 と、さも、人間がどの機械にも勝っているかのようにとれる 文章を差し挟んでいます。
ふむふむ、そういうのがありました。 人間の脳の優位にバイアスを掛けたがるその手の発言は確かにあちこち振りかけられてますね。 こっちは逆のバイアス(フィルター)を掛けて読んでいるので、結論を留保しながら適当にあしらって、 あの本に書かれたチューリングマシンのプログラムで遊んでしまった。ペンローズにとっては悪い読者だな。
Id: #a19981110132248  (reply, thread)
Date: Thu Nov 10 13:22:48 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981109181620
Name: マツモトシンゴ
Subject: 鴨氏のいう「問題箇所」
どうも、先ばしりしてしまいました。(^^;)

これのいいだしっぺは鴨さんなので、
鴨さん本人の口から問題箇所を言って
もらったほうがヨロシイですね。

これは僕の想像ですが、
3章「数学と実在」とか
4章「真理、証明と洞察」あたり
問題となる箇所が幾らも有りそうです。

#数学プロパーの人にとって、「プラトニズム」は
#自然な考えのようであるが、基礎論や情報科学
#関係では、そのような「単純素朴さ」は通らない
#と思う。
Id: #a19981109210234  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 21:02:34 1998
Name: 時田 節
Subject: 林 一さん

12月号の『世界』に、林 一さんが『わが心の「大」中華民国』を寄稿している。こんなふうに個人としてアジア史を生きてきた人なのか〜。
Id: #a19981109201524  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 20:15:24 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981109033536
Name: 宮崎恵彦
Subject: ファインの社会構成主義についての二分類

伊勢田さん、

観察の理論負荷性とデュエム=クワインテーゼの説明、どうも有り難うございました。

現在私は、修士論文として、議論におけるレトリックの社会心理学的研究をしているのですが、その方面において、最近注目されているのが、Jonathan PotterやDerek Edwaardsなど、英国の言説心理学者たちによる'Establishing Fact'に対するアプローチです。かれらは一応社会構成主義者と目されている人たちですが、かれらの主な関心は、事実についての言説が、いかなるレトリックによって保証されているのかということと、事実についての言説は、どうやって特定の活動を達成するのに用いられるかということにあります。

というわけで、ファインの社会構成主義についての二分類はたいへん興味深いものがあります。

でもじつは、Latour & WoolgarもKnorr-Cetinaもまだ原典を読んでいないので、まず先にそれらを読むことになると思います。


Id: #a19981109184534  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 18:45:34 1998
URL: shingo@rtri.or.jp
Name: マツモトシンゴ
Subject: ソーカル・ペンローズetc
1.ソーカル事件

これ、論文は、社会学系の雑誌に
出したんでしたっけ?
僕はこの事件のことはよく知らん
のですよ。

ま、数学の内部なら、基礎論はC氏、
代数幾何はM氏、トポロジーならS氏とか
うまく分配の見当がつくんだろうけど、
あんまり分野がかけ離れるとそういう
論文が適当な専門家に回せるという
業界内常識は通じないんじゃないで
しょうかねえ。

2.ペンローズ

もちろん、幾何学や物理学関係の
ペンローズの研究成果と、彼の「脳味噌」
に関するちょっと困った信念は分けて
考えてあげないとカワイソウです。

「問題の箇所」というのは、時田さんが
いわれたところもそうですし、他にも
マンデルブロ集合のところなど、実数の
計算可能性を研究されてる鴨さんなら
「ムムム」と目が三角になりそうなところが
あると思います。(僕も、昔構成的数学など
ちょっとカジってしまったので、あの箇所は
ムムムときてしまった^^;)

別にテストしようというわけではないので
気楽に答えて欲しいのですが、時田さんは
ペンローズが、チューリングマシンの停止性
をもちいて、機械と人間の違いを論じてみせる
説明を自然に理解できましたか?

#もちろん、他の人も答えてくださって結構です。

Id: #a19981109181620  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 18:16:20 1998
Name: 時田 節
Subject: ペンローズ

ああこれだ、アマゾンのページだと、
http://www.amazon.com/exec/obidos/ASIN/0140145346/o/qid=910601268/sr=2-1/002-8213631-1954815
The Emperor's New Mind : Concerning Computers, Minds, and the Laws of Physics
ブタネコ塾のはもっと、表紙が青いけど。
そんで、買う気になんなかったのは、
http://www.amazon.com/exec/obidos/ASIN/0195106466/r/002-8213631-1954815
Shadows of the Mind : A Search for the Missing Science of Consciousness
じゃないかな?
1冊目のpp.30~73あたりの、 2 Algorithms and Turing machines あたりに、計算科学のプロからみて、ヤバイ記述があるのかな〜?
それと、僕にはBarrette O'NeillのSemi-Riemannian Geometryがすごくお気に入りの微分幾何のテキストで、p.436のペンローズさんの定理は、この山脈全体の主峰みたいな感じで、才能のない中年読者があなた様の定理を目指して山道を登ったんだから、あんまし『と』本を書かないで下さいませ。という感じ。
Id: #a19981109181542  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 18:15:42 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981109175340
Name: 田崎晴明
Subject: ついでに

ついでに、Social Text 誌が Sokal のパロディを載せてしまったことへの個人的な感想を書いておきます。

たとえば、Social Text の編集者の一人が、大学のカフェかなんかでお昼を食べていると、友達の物理学者に出会って、いっしょに食後のコーヒーでも飲みながらだべっている。ふと、自分の雑誌に投稿された論文のことを思い出して、「そー、そー、俺の雑誌になんか面白い論文が来たんだけど、理論物理学者が書いてんだよね。今たまたま持ってるから、ちょっと見てよ。内緒だよ。」とか言って、その友達に Soakal の論文を見せる。友達は、「なんだこれ。俺こういう難しい哲学って苦手さ。」とか言いながらページをめくって物理っぽいことが書いてあるところを捜す。すると、「なんじゃこりゃああああ!」とコーヒーを吹き出して、笑い出すか、怒り出す。かくして、パロディー発覚。

あるいは、別の Social Text の編集者の娘/息子は、大学で物理を専攻していた。(あり得ないかな?)一日の仕事を終えて、うちに帰った父ちゃん。親子の会話の糸口をみつけようと、「あ、そうだ。お父さんのやってる雑誌に物理の人が論文を送ってきたぞ。おまえ、ちょっと見てくれよ。専門家じゃないか。」などと臭い台詞をいいながら、論文を見せる。子供の方は、やだなと思いつつも、専門誌の論文にもちょっと関心があるから、「ふううううん。」とか言いながら読む。しばらくして、「お父さん、これ変だよ!」で、パロディー発覚。

他にも、ほんのちょっとした事があれば、パロディーは簡単に暴かれていたでしょう。たまたまそういう事が起きなかったという偶然(編集者にとっては不幸)が、雑誌や分野の性格について何かを証明しているとは、ぼくは考えません。ただ、科学の社会学を研究対象にしている人たちに、上に書いたような偶然(幸運)を生むような文化的な背景がなかったのは残念だなあという感想を持つくらいです。でも、はっきりした事はわからないわけで、たまたま、物理学者の友人は、大学のカフェに飽きて、近所のピザ屋に行っていただけかもしれないし、物理を勉強している娘/息子とは週末に誰が車を使うかで喧嘩になっていたのかもしれないですね。

というわけで(と若干無理なつなぎ方ですが)、本当に問題にすべきなのは、Sokal 事件以降のことだと思うわけです。


Id: #a19981109175340  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 17:53:40 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981109165926
Name: 田崎晴明
Subject: ちょっとずつ論点がずれてきている。

松本さん、

たとえば、ぼくなんかも数理物理学者の看板を出してはいますが、もちろん、数学基礎論がらみの議論が正しいかどうかの判定などは全くできません。この掲示板でそういう議論がおきたときも、自分でも情けないくらい、もっともらしい台詞が並んでいる書き込みはみんなもっともらしく思えてしまったものです。数学がご専門の方は、ぼくなんかとはけた違いによくわかるでしょうが、それでも、今日の科学の広がり方を思うと、たとえ類似の分野の専門家でも、特定の文献が(本当の専門家には明らかな)誤謬を含んでいるかどうかはなかなか判断できないと思います。

でも、それは真の問題ではないと思います。若干理想論が入りますが、プロの科学者には、特定の文献が自分で判断できる範疇のものかそうでないかの判断はできるはずだからです。レフェリーは、自分に送られた論文が自分が判断が下せる範疇のものかどうかを検討する。できそうならば、ちゃんと読んで、判断する。できないならば、そう宣言し、判断できそうな人を捜す、あるいは、編集者に捜してもらう。これが、理想化されたレフェリー制度です。

もちろん、現行のレフェリーの仕組みに色々な問題点があるのは確かで、ぼく自身、色々な意味で、その弊害を味わっています。しかし、確かにこのシステムが有効に機能し、雑誌にも、著者にも有益なことが少なくないのも事実です。(このあたりは、白頭翁さんも書かれていました。)

Sokal の悪戯の場合には、そういう「あ、俺にはわからないから、教えてくれ」的なシステムが機能しなかったから、悪戯が悪戯として成立してしまったわけです。特定の誰かが、特定の文献の誤りを見抜けるかどうかといった問題とは、少し論点が違うと思うのですが。


Id: #a19981109174127  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 17:41:27 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981109165756
Name: 鴨 浩靖
Subject: 皇帝の新しい心

あわてて、書名をまちがえました。 が訳本です。マーティン‐ガードナーが序文を寄せてやんの。マリリン‐ヴォス‐サヴァントのフェールマー本も誉めていたし、このころのガードナーは多忙か何かでおかしくなっていたんだろうか。
Id: #a19981109172809  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 17:28:09 1998
Name: 時田 節
Subject: 「皇帝の新しい心」

「皇帝の新しい心」は、原著を昔速読しただけだけど、結構いい本じゃない?6年前静岡大で中原幹夫さんが学生の英語力upに使ってて、へ〜そんならブタネコもと買って読んだけど、結構面白かった。そうだ、学習院の江沢・荒木の数理物理で会場で中原さんに見せてもらい、その日中村屋の前の紀伊国屋で買ったのかな?(紀伊国屋の洋書が代々木にいっちゃったのも困ったこと)。
それが凄く売れて、柳の下の2冊目に期待したら、本屋でパッとみても、あら『と』本じゃないかという感じで、買わなかった。
「皇帝の新しい心」で人工無能を批判した勢いで、2冊目では天然有能を強調するあまり、なんか荒唐無稽なことをいいはじめたんだろうけど、どなたかそれを紹介してくれるか、そうしたことを書いたサイトを紹介してくださいませんか。
脳をネットワークとして、地道な実験をしてる人が読んだらどう考えるかな?
それと、ペンローズと論争してる本があるけど、どなたかあの論争についてもコメントしてくださらないかな〜。
糸川さんのことはあんまし興味ないけど、隼って飛行機を設計したとか、年をとってからバレーを踊ったり、チェロを弾いたりってことを聞いたことはあるけど、最近のお話しを聞いてなんかいーことあるのかな〜?
ソーカルさんがポストモダン芸人をおちょくったってことは、ポストモダン信者でも軽症の人を目ざめさせるのに、役にたつかもしれないけど、ブタネコはいまさらバレーを踊ったり、チェロを弾いたりってこともないすから、糸川信者でもないし。
ここまで書いて、鴨さんのを読む。1冊目より2冊目のがグンと変に思うけど、1冊目からなの?人工知能にあまり期待しないことと、数学基礎論の成果を尊敬することとは両立すると思うけど。
Id: #a19981109165926  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 16:59:26 1998
URL: shingo@rtri.or.jp
Name: マツモトシンゴ
Subject: 個人的興味(^^;)
黒木さんは、「皇帝の新しい心」は読まれました?

もし、ご存じなければ、鴨さんが、ペンローズの主張
を一度、黒木さんに説明して、「オカシイでしょう?」
と聞いてみるなんて「実験」をやってみて欲しいので
すが、如何でしょう。

「うーん、もっとも。どこがオカシイの?」なんてことに
なるかもしれません。いや、僕が思うに、「論理的」で
あると任じている人はなおさらそう思うのではないかと
思っているのですが。(ペンローズはちゃんとした
学者ですから、普通の「数学者」が考えるレベルの
論理性は十分有しています。)

#ソーカル事件のようなことを、他人事としてとらえ
#られるうちは、「ユーモア結構」なんて言っていら
#れるが、自分が引っかかりかねない状況は、幾ら
#でもあると分かったならば、そんな悠長な態度を
#とり続けられる人は、よほどなお人好しだけじゃ
#ないかと思うね。(黒木さんがこの件で「ケシカラン!」
#と態度を180度転換しても、僕は責めませんよ^^;)

Id: #a19981109165756  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 16:57:56 1998
In-Reply-To: a0027.html#a19981109142953
Name: 鴨 浩靖
Subject: Re: ロジャー・ペンローズ?

はい、その Roger Penrose です。Penroseが数理論理学を曲解して反人工知能の主張を行なったとばっちりで、実数の計算可能性の研究をしていた私たちは、自分たちの仕事を他分野の人に説明するたびに、「Penroseが『王様の裸の心』で言っていることは出鱈目です」を言わなくてはならなくて、迷惑したものです。最近は、一年前よりは少しましになってきました。

そういえば、『王様の裸の心』騒ぎの時も、問題を物理学者と人工知能学者の対立にすりかえる論調がありましたね。常温核融合騒ぎのときも核物理学者と電気化学者との対立にすりかえる論調があったし、この手のすりかえは普遍的ですね。


Id: #a19981109162845  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 16:28:45 1998
URL: shingo@rtri.or.jp
Name: マツモトシンゴ
Subject: ペンローズとは
ロジャー=ペンローズのことでしょう。多分。

彼の「皇帝の新しい心」は、基礎論や情報科学関係者の
間に随分と物議を醸しましたよ。

思うに、ソーカルに限らず、例えば「数学」に限ったとしても
専門の違いによるコミュニケーションの断絶は、いまやあり
ふれたことなのではないかと思います。

例えば、ここの主の黒木氏と鴨氏は、普通の人から見れば
どちらも「数学関係者」くらいの漠然とした認識しかないでし
ょうが、内部事情に詳しい者からみれば、両者の専門分野
は実に隔たりがあります。

鴨氏が「アッチ」側といっているペンローズの主張内容に
ついて、例えば黒木氏のような分野の数学者がみなオカシイ
と思うかといえば、どうもそうではないんじゃないかと、僕は
思うわけです。

多分、ペンローズがいうような、素朴な信念(「機械と
人間は違う」)に裏打ちされたゲーデル解釈は、彼に
とってはちょっとしたことでしかないのでしょう。

しかし、それは彼が機械とかアルゴリズムとかいうことに
関してはディレッタントだから気楽にそう思うので、この
ようなことで年柄年中考え仕事している人にとっては、
そういう気楽な態度でモノを語られるのは、サンドペー
パーで自分の顔を擦られるくらい無神経なことだと思
えるわけです。そういった「素朴なレベル」は、仕事の中
では、とうに乗り越えられたことなのですから。

ソーカルのような「イタズラ(?)」であれ、ペンローズの
ようなマジメな信念であれ、一旦、専門外のことになって
しまったら、それが正しいとか誤りとかいうことを判断する
ことは、実に難しいことだと言わざるを得ないでしょう。
(論文のレフェリーが、物理に関心がない人であったなら
論文が正しいかどうかを調べるのは、苦痛以外の何者
でもないでしょう。彼がもし、著者の肩書きから内容が
マットウだろうと判断したとしても、それは無理からぬ
ことと考えます。鴨氏はキーワードで分かるなんて気楽
なことをいっていますが、いつもそんなことで引っかけら
れるとは限らないでしょう?)

しかし、だからといって、それが専門家の知識の信憑性
を揺らがせるものかというと、それはNoだと思うのです。
考えることには時間がいる。人に与えられた時間は有限
なのであって、専門家なら、その少なからずを自分の専門
に費やしている。それを、他人が、3日やそこらで追いつ
けると考えるのは、よほどどうかしているというわけです。

したがって、もし仕事が真に有効なものならば、それが
仕事を異にする人には、容易に手の届かないものになって
しまうのは、一つの必然ではないかと思うのです。

まあ、虚偽に欺くなんてことは、当人の良心に期待する
なんて「文句」(なんて無力だ^^;)しかないでしょうが、
だいたい、人をかつぐなんていうものよりは、本人がそう
信じている「アヤシイ知識」の場合が多いでしょうから、
うっかり騙され、しかも長い間気がつかないなんてことは
あっても全然オカシクないと思いますよ。

Id: #a19981109151040  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 15:10:40 1998
URL: watanabe@tohoku.ac.jp
Name: わたなべ
Subject: ポスト構造主義
白頭翁さんも既に、

> この軽率さは、投稿者ソーカルが物理学において著名な教授であることを
> 編集者の方で盲信したことに由来します。

と発言しておられるので、私の「著者の肩書や知名度に騙されるようじゃ駄目
で、きちんと中身を見て判断しなければいけないのだと思いますが、いかがで
しょうか。」という問いはちょっとしつこいというか、無意味ではありますね。

私の言いたかったのは、とりあえず善悪の判断については置くとして、

> 肩書に騙されないかどうかも「編集者の知的水準をテスト」の範疇なのでは
> ないでしょうか。

と考えると、必ずしも「無名の投稿者を装って投稿すべきだった」とは言えな
いんじゃないか、という事です。

もっとも、白頭翁さんはソーカルのやったテストがソーカル自身の意図に適っ
ているかどうかを問題にしているのではなく、「騙し討ちのようなテストをす
べきではない」と云いたいのでしょうし、それはそれで良心的な見識だと思い
ます。

しかし、それはそれとして、私には、

> 更に、私は仏蘭西のポスト構造主義と称する一群のイデオローグ
> (哲学者とは云いません)達が、科学用語を単なるレトリックに
> かえて無責任な言辞を弄していることを苦々しく思っています。

といった話はとても興味深そうで、本業とはかけ離れているので、自分で調べ
てみようという余裕もなかなか無いものの、専門家から具体的な話が聞けたら
面白そうだな、と思っています。

Id: #a19981109142953  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 14:29:53 1998
In-Reply-To: a0026.html#a19981108181129
Name: 鈴木・ホセ・保是
Subject: ロジャー・ペンローズ?

鈴木・ホセ・保是と申します。 ちょっと教えていただきたいのです。鴨さんが投稿された記事でのPenroseとはみすず書房から出版された「皇帝の新しい心」を著わしたロジャー・ペンローズのことでしょうか? それとも別の人でしょうか? どうもその、常識の範疇にあるような事柄を聞くようでお手数ですが。
Id: #a19981109134120  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 13:41:20 1998
URL: watanabe@tohoku.ac.jp
Name: わたなべ
Subject: 「騙したのが悪いか騙されたのが悪いか」てのも不毛な問いですが
鴨さんがペンローズのいないところでペンローズを批判するのも、
白頭翁さんがソーカルのいないところでソーカルを批判するのも、
どっちも別に驚くような事じゃないと思います。

それはともかく、ペンローズと糸川英夫に対する批判の具体的な中
身というのに興味はあります。

ところで、ソーカルの行為を「批判を込めた痛快なジョーク」と受
けとるか、「許しがたいテロ行為」と受けとるかは、人それぞれで
しょうね。私自身は前者ですが、後者の主張が間違いだと云うつも
りもありません。「貴方の立場では貴方が正しい」とでもいうか。

それから、白頭翁さんの云う、

> もし、ソーカル氏が、物理学の実験をするような手軽な気持ちで
> 「編集者の知的水準をテスト」したいのなら、彼は実名ではなく
> 無名の投稿者を装って投稿すべきだったでしょうね。

についてですが、学術誌の編集者なり査読者 (私は良く知らんけど、
そもそも Social Text って普通の意味での査読付きの論文誌?それ
とももうちょっとお手軽な雑誌?) ってのは、著者の肩書や知名度
に騙されるようじゃ駄目で、きちんと中身を見て判断しなければい
けないのだと思いますが、いかがでしょうか。

有名大学の有名教授が投稿者だからといって滅茶苦茶な物は掲載し
ない。市井の個人研究家の投稿であっても、優れた研究であれば掲
載する。そうあるべきものだと思います。

ソーカルがどういう考えだったのかは知りませんが、肩書に騙され
ないかどうかも「編集者の知的水準をテスト」の範疇なのではない
でしょうか。

私は、信頼関係の上に胡座をかかず常に批判的な視点を持つ事は重
要な事だと思っています。その事を忘れている者に冷水を浴びせた
事は評価すべき気がします。

この試みが通常の「物理学の実験」と違うのは、単に事実を確認し
ようというのではなく、批判対象を笑い飛ばしてやろうという意図
に基いている点で、まぁ悪戯ってのはそういうものですが、それを
痛快なジョークと感じるか、許し固い卑怯な騙し討ちと感じるかは,
結局上の話に戻ってしまうのですが...

Id: #a19981109112950  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 11:29:50 1998
Name: 鴨 浩靖
Subject: 糸川英夫

そうか、糸川英夫に何が起きたかは、すでに、常識の範囲には入らないのか。あの事件も風化したんだなあ。

糸川英夫の東大宇宙研事件については、今はなき「科学朝日」の科学報道に関する連載で扱われました。私の知っている範囲では、それが一番詳しいと思います。ただし、著者の立場上からか新聞社寄りの見方になっていることに注意が必要です。


Id: #a19981109112955  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 11:29:55 1998
In-Reply-To: a0026.html#a19981108141907
Name: 田崎 晴明
Subject: Sokal 騒動

白頭翁さん、

はじめまして、数理物理、理論物理を専門としている田崎と申します。 Alan Sokal や彼と共著で Intellectual IMPOSTURES という本を書いた Jean Bricmont とは研究分野も近く、昔からの友人です。

Sokal が Social Text 誌に対して行った事に対する白頭翁さんの不快感は、ある意味で正当なものだと思います。私の友人の物理学者の中にも、やはり Sokal のやったことはルール違反であるという強い怒りを表している人は、何人かいます。(その内のお一人の早川さんは、この掲示板上で不快感を強く表明されています。)そのような批判的な立場を貫くというのは、一つの見識だと私は思っています。既に何人かの方が Sokal を弁護する論点をあげていらっしゃいますが、あくまで批判を貫くという立場の方を論理的に説得するのは不可能でしょう。常軌を逸したことをやったのだけは、確かですから。

わたし自身の立場については、かなり昔の掲示および追加訂正)に書きましたように、「許されるか、許されないか」といったあまりにデリケートな問題に関わっているのは生産的ではないので、彼の騒ぎをきっかけにしてみんなが注目するようになった様々な問題について、真摯に考えていくべきではないだろうかというものです。少なくとも科学の側の事だけを考えてみても、それはとても有益なことだろうと思っています。この掲示板への、その後の私のいくつかの書き込みは、そういう方向を模索している姿勢を示そうとしたものでもありました。

どうも、尻切れとんぼですが、時間がないので、ごあいさつまで。


Id: #a19981109033536  (reply, thread)
Date: Mon Nov 09 03:35:36 1998
In-Reply-To: a0026.html#a19981107171808
Name: 伊勢田哲治
Subject: ファインと社会構成主義

はまださん、

アーサー・ファイン(いきなりカタカナになって失礼)がソーカル事件に関して何か書いているかどうかは知りませんが、かれの社会構成主義に関する見解は以下の論文を見るとよく分かります。

Fine, A. (1996) "Science Made Up: Constructivist Sociology of Scientific Knowledge", in P. Galison and D.J. Stump (eds.) The Disunity of Science: Boundaries, Contexts, and Power. Stanford: Stanford University Press: 230-254.
以下おおざっぱに要約すると、ファインは社会構成主義を形而上学的構成主義(事実や世界が社会的に構成される)と方法論的構成主義(科学者の信念や合意が社会的に構成される)とに区別し、前者はナンセンスだけれども後者はむしろ既存の哲学的アプローチよりも優れている、と論じます。ラトゥールなどの著作で困るのは彼らが両者の構成主義の間を自由に行ったり来たりすることで(区別の存在に気づいていないのかも)、哲学者の仕事は、彼らの著作を読んで、使える部分と使えない部分を丁寧により分けることだ、というのがファインの主張です。(つまり、ナンセンスな文言に気をとられて、社会構成主義者たちの仕事のいい部分まで切り捨ててしまうような態度が問題だと言ってるわけです。)

ファインのこの主張は、黒木さんが以前質問されていた彼の NOA (Natural Ontological Attitude)とも密接につながっています。NOAというのは、これもおおざっぱにまとめると、科学者の使う「真理」や「実在」の概念について哲学的な分析を加えるのはやめて、未定義概念として額面通りに受け取ることにしようではないかという提案です。ファインが形而上学的構成主義を否定するのは、この立場が、「真理」や「実在」についての非常に特殊な哲学的見解(真理の合意説)に基づいていて、NOAの提唱するオープンな態度と矛盾するからです。

では、そうやって社会的に合意された科学の措定する対象は(哲学的な意味で)実在するのか。ファインの答えは、「そんなものは場合による」。そういう問いに超一般的な答えを出そうとする実在論、反実在論、そして形而上学的構成主義は、そもそも問題の立て方が間違っている。問いの形をもっともっとローカライズしなくては意味のある議論はできない、というのがファインの立場です。はまださんが引いていた「社会的構成主義と実在論は両立可能だ」というファインの発言は、文脈をきちんと限定すれば社会的に構成された理論の中にあらわれる対象(電子とか)が実在することは十分あり得る、ということだと思います。ただ、そういう問いを追求することは科学を理解する上であまり意味がないよ、っていうのがNOAなわけで。

え、わたしの立場ですか?わたしはおおむねファインに賛成ですが、ファインよりは社会構成主義に批判的だし、わたし自身の立場はむしろ反実在論よりです。

では。

伊勢田哲治


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管理者: 黒木 玄  <kuroki@math.tohoku.ac.jp>  (Web Site)
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