僕も念のために書いておきますが、僕は「反ダーウィニスト」ではないし、ネオダーウィニズムというか、進化の総合説はおおむね正しいのだろうと思っています。ただ現在の理論に不足している部分がある(特に僕がもっとも興味があるボディプラン関係とか)のも確か。そこのところをどうするか。それが見えてこない、:-)という感じです。
ということで、お言葉に甘えて構造主義生物学の議論からは一旦降ります(って断らないとやめられないところが小心者だよな>自分)。お付き合い有難うございました>皆様。
発生の話は今始めるのはしんどいので、また機会があればやらせて下さい。(明日からまた学生実習なので忙しいのです。実習だけなら良いんですが、その合間に自分の実験も組もうとすると、結構しんどい。)
ええ、私も森山さんのやじに賛成です。私自身は彦坂さん自身の考え方そのものに反対しているつもりはないんです。私が気にしているのは、彦坂さんが「不毛」と言いながら、池田清彦氏の「ネオダーウィニズム批判」の代弁や構造主義生物学の擁護をしているように見えることなんです。 (しかし、科学として具体性に欠けた話になってしまっているので、有効な代弁にも擁護にも全然なってないと思う。) 彦坂さん自身の考え方や最近の発生学の成果などについて語ってもらえるなら、そちらの話の方が面白そうなんで、この議論の出発点の話なども(ひとまず)忘れてしまって構わないと思っています。
最近やる気のない森山です。 彦坂さんが考えておられることは、 最近の発生学の視点から語った方が 分かりやすいと思うんですが。 <p> その方が近道だと思う。
もしも彦坂さんに「必ず回答しなければいけない」というようなプレッシャーをかけてしまっているとしたら申し訳ないです。面倒になったら、私の発言を無視して、議論を終えて下さい。私も議論を途中で降りることはよくあります。
6/13に書いた通り、件の議論は[evolve:4188](5/19)から[evolve:4245](5/24)にかけての議論です。その過程で、自然選択説に関するコンパクトな解説が幾つかなされていて、大変ためになりました(得した気分!)。「書評バトル」との関連については、[evolve:4056]から[evolve:4186]も見て下さい。
誤解の恐れはないと信じていますが、念のために言っておくと、私も複雑系やシステムというアイデアは科学において重要であると考えています。しかし、その方面で発表されている全ての考え方が重要であるとは思ってません。今朝紹介した金子邦彦氏や大野克嗣氏の話は全ての意見に同意できないにしても非常に面白いと感じられます。しかし、池田清彦氏の構造主義生物学の話は私にはつまらないと感じられるし、実際、具体的で価値ある科学研究がその立場でなされたという話は聞いたことがありません。ちなみに、すでに述べたように、郡司ペギオー幸夫氏の内部観測の話もどこが面白いのか私には理解できないです。もちろん、以上のような感想は、今後知識の量が増えれば、変化して行く可能性は十分にあるとは思っていますが。
そういえば、ネオダーウィニズムの定義というか特徴づけは、Science MLで一度やろうとしたけど、あまり明確にはならなかったのでした。
「側」については、「書評バトル」に見られる「対立」に即して「側」と書いたんですが、「側」が悪ければ、佐倉さんの書き方に従って「ダーウィン論者」と言っても、あるいは「ダーウィニストを自認する人」と言いかえても良いです。いずれにしろ「ダーウィン論者」が考える「システム論」というのがどういうものかが見えてくれば、僕にとってはこの「対立」は必ずしも不毛じゃないです。
evolveには入っていますが、読み飛ばしているのが多いので、黒木さんがどのメールのことをおっしゃっているのか、教えていただけるとありがたいです。
黒木さん、リンクや宣伝などありがとうございます。
2度目の投稿ですが、さっそくお詫びしなくてはいけません。 Bricmont-Sokal の日本語訳についてこの前書いたことは 正しかったのですが、その後、 様々な事情で、計画は頓挫してしまったことが わかりました。
Alan が書いている(書けたのかな?)英語版が出れば、 少し状況は変わるのかもしれません。 期待したいものです。
以前、大野克嗣さんの論説を紹介したのですが、 DGC topics page に他の論説が追加されていたので、まとめて紹介しましょう。
…と思ったら、金子邦彦氏の紹介は、森山さんの NetScience Interview Mail のバックナンバーの金子邦彦氏へのインタビューがリンクされているんですね。NetScience Interview Mail はタダで面白い話が読めるので、科学好きの人にはおすすめです。
The 10th special DGC on Dec. 5, 1997
「大学院金子研究室志望者の方へ」の「志望者の方への一般的な注意」は結構面白いです。オーソドックスな知識とそれに染まりきらずに発揮される創造性の両方の重要性が強調されている。後者は研究者になるなら当然の意気ごみだと思うんだけど、ときどき、基礎知識の重要性を理解してない学生がいるんだよね。
皆知っていと思いますが、松田裕之氏は R. Axelrod 著の『つきあい方の科学』(ミネルヴァ書房、2600円)の訳者です。この本は面白い本なのでおすすめ。でも、原題の "The evolution of cooperation" に比べて邦題はすごく格好悪いのだ。ううむ…、『協調性の進化』だと売れないと出版社が考えたのかなあ? 私が R. Axelrod の話を初めて知ったのは、日経サイエンスでの紹介記事だったと思う。
> マガリナリにでもいい、数学半可通と呼ばれたい古堂です。
ぎゃはは! 古堂さん、そういう内輪受けなギャグ飛ばしても! マイナーな場所もきちんとチェックしている特殊な人達以外はギャグであることさえわからんと思う。
さっそく、「議論の方法としての文字と式の利用」の指導をざっと眺めてみました。美味しいところの拾い読みしただけで、キチンと読んだわけでもないのですが :-)、実際に教え方に関して、かなり具体的な提案がなされていると思います。しかし、実際の指導に使ってみたとき、その効果がどの程度であったかについて、もっと知りたいと思いました。教育は人間相手のことなんで、実際にやってみなければわからないことは多いと思う。今度の発展に期待しております。
田崎さん、初めまして。この掲示板に付属のリンク集の掲示者リストにも田崎さんのウェブサイトへのリンクをはっておきました。すでに紹介されているように面白いです。みんなで見に行きましょう。
Sokal-Bricmont の Impostures Intellectuelles の邦訳の予定があるという話が聞けて嬉しいです。確かに、あれを訳すのは大変そうだなあ…。フランス現代思想に通じているだけではなくて、数学や物理学における様々な概念を正確に理解してないといけない…。
文化や教育を通じて自然科学がどのように伝えられているかについては、欧米だけではなく、日本も結構やばい状況ではないかと個人的には疑っています。
確かに、池田清彦氏の話を続けるのはそろそろ止めた方が良さそうですね。だからと言って、例えば郡司ペギオー幸夫氏の話をしても面白いとは思えないのですが…。ただし、私は『現代思想』1997年7月号を眺めた程度の知識でそう思っているだけなので、そこには書かれてない面白い話題があるなら教えてください。 (郡司ペギオー氏は私がいる東北大理学部出身ですよね。年齢的にも近いはずなのですが、残念ながら知り合いではない。)
まあ、それはそうだとしても、彦坂さんが言っているように「ネオダーウィニズム」をどのように定義するかに規定された議論をやっているはずなのに、結局、その定義がなされないまま話が進んでしまっているのは問題ありだと思う。しかも、彦坂さんは「ネオダーウィニズム側」のように「側」を付けてしまっている。
「○○側」と「反○○側」という対立図式を作り上げても不毛な議論になるだけだと思うんですがねえ。彦坂さんは読んでいるかどうかわかりませんが、 evolve ML においても、そのような対立図式を作り上げて、現代の進化生物学を批判することの不毛性が指摘されていました。
そもそも、“思想”のレベルではなくて、具体的な研究のレベルで池田氏の構造主義生物学は実質的な成果を出しているのすか? ○○批判の話だけしていても全くつまらないわけで、具体的な研究成果の話が出て来ない限り、面白い話にはならないと思う。同様のことは彦坂さんの伝言板において後藤健さんも指摘していますよね。
稲葉さん、すみません。読み違えてました。
利己的遺伝子論に基づいた「予測を可能とする理論モデル」について、良い例がないかとちょっと探してみました。
たとえば「進化学研究会」のニューズレター『SHINKA』のvol.2に(evolveでも活躍している)深津武馬さんが書いた「進化生物学春の学校・報告記」というのが載っています。ここに紹介されている深津さんの「兵隊アブラムシの細胞内共生体:共生体は利己的にふるまうのか?」という発表などは、利己的遺伝子論に基づいて予測可能なモデルを立て、実際に検証していく、という作業の一例として面白いと思います。僕がイメージしていたのはこういう感じの研究です。
余談ですが、この第一回「進化生物学春の学校」には、僕らの研究室から(僕も含めて)院生が何人か参加したんですが、(この会の目的の一つが「分類学・生態学・遺伝学・古生物学の間の垣根を取り除く」こととされていることから予想されたことではありますが)発生屋は超少数派でした。現在の「進化学」というのはこういう分野が中心になっているんだなあ、と知るには良い経験でした。ちなみに上の4分野の中では、古生物学の人たちが一番話が通じやすいと感じました。問題意識が似ていたのかな。
池田氏の話はそろそろやめたいと僕も思っているんですが。
マガリナリにでもいい、数学半可通と呼ばれたい古堂です。
黒木さん、私のページへのリンクを張っていただいて、ありがとうございます。
この掲示版をご覧の皆さん、気が向きましたら、拙文をご覧いただけると幸いです。
お暇なときにでも、コメントをください。
とりいそぎ、お礼とPRまでで、失礼いたします。
久々にふと Alan Sokal の web page を見たら、黒木さんの ページへのリンクがあったので覗いてみました。
Alan Sokal も Jean Bricmont も、私の昔からの 友人です。 Alan が最初に騒ぎを起こしてから、はらはら しながら事の成りゆきを見てきました。 アメリカでは誰もが Alan の騒動を知って話題 にしている様子なのに、日本では反応がないなあとも 思っていました。 (私自身が騒いでもよかったのだろうけれど、 どうも客観的になりきれないところもあるので、 ためらった。) こちらの web page でしっかりと取り上げられているのを知って、 なんとなく心強くなりました。 (あまり web を見て回らないので、こちらの site は知りませんでした。 しかし、掲示板によく現れている菊池さんは私が知っていて、 いっしょに 研究会の世話人までやっている菊池さんのようです。)
Bricmont-Sokal の本ですが、日本語訳の動きはあるようです。 彼らがまだフランス語版を準備していた頃に、既にとある 大手出版社が彼らに日本語版のことを打診してきたと 言っていました。 その後、別の人からも、日本語訳の話が進んでいることを 耳にしましたので、その内でるだろうと思います。 ただし、いい加減な翻訳では出せないだろうから、 時間はかかるでしょうね。
ついでに言っておきますが、Alan Sokal も Jean Bricmont も それぞれの世代で軽々と5本の指に入る一流の数理物理学者 です。 確かに Alan の Social Text の記事には強いインパクトを 受けたけれど、私自身は構成的場の量子論についての彼の 博士論文 (場の理論の「脱構築」と自らギャグにしていたやつ) からはもっともっとすごいインパクトを受けた-- というのが最初の Alan の騒動への私の感想です。 彼らほど優秀な人たちが、かなりの時間と情熱をかけて こういう「戦い」に討って出るというのも、 欧米では科学をとりまく情勢が厳しいということの 現れなのかも知れないと思っています。
彦坂さんが言う通り、
池田氏が挙げているような問題が「ネオダーウィニズム批判」として有効かどうかは、「ネオダーウィニズム」をどのように定義するかに規定されると思います。
という意見を私はもっともだと思うのですが、それでは池田氏自身による定義が適切なものであるか否かについてはどうなんでしょうか? 学問的に有効な批判であるためには、現代の専門家の多くが実際に言っていることを批判しないといけないと思います。
よくあるこずるい議論の仕方に、実際には現代の専門家が言ってないことを、あたかもそうであるかのように述べ、それを否定してみせることによって、不幸にも主流になってしまった間違った意見の代替になるものとして自分の意見を広くアピールする、というやり方があります。池田清彦氏が「ネオダーウィニズム批判」でやっていることはそういうことじゃないですか? もしもそうなら、そういう卑怯な奴の言うことを真面目に聞くと、進化生物学に関して間違った印象を持つことになり、大変困ったことになると思います。
しかも、池田清彦氏はある種の文系の人達に人気があるらしく、そちらの方面では広く自分の意見を宣伝できる立場にいるわけです。進化生物学に関して、池田清彦氏の言うことをそのまま信じてしまっている人達は意外に多いのではないでしょうか?
構造主義生物学擁護の立場からの進化学説批判に対する evolve ML における非常に厳しい論調を読んでいると、池田清彦の「ネオダーウィニズム批判」がまともなものであるかどうか、非常に気になるんだよなあ。彦坂さんは evolve ML を読んでいますか?
まあ、私は生物屋でもなんでもないので、疑問を呈する以上の強い主張をすることはできないのですが。
黒木さん>彦坂さんの池田清彦評は大体以下のようにまとめられるとして良いでしょうか?
はい。3番目については池田氏の主張の内容とは直接関係ない話なので、まあどうでも良いのですが。
池田氏の「ネオダーウィニズム批判」について。
まず、池田氏の話の内容が生物学的に無茶苦茶だとは思いません。また池田氏の本には、僕がそれまで読んでいた進化学の本には書かれていないような話が色々でてきて、僕にとっては読むに値する内容でした。
池田氏が挙げているような問題が「ネオダーウィニズム批判」として有効かどうかは、「ネオダーウィニズム」をどのように定義するかに規定されると思います。
構造主義生物学の新しい視点について。
少なくとも僕が学部や大学院で学んだ生物学とは違うという意味で、「僕にとっては」新しい視点がありました。たとえばソシュール言語学の援用や、「構造付加」「構造変換」「布置変換」「偏在構造」「局在構造」「限定空間」「部分空間」なんていう概念群は、まったく目新らしいものでした。
「的の外れた批判」について。
たとえば構造主義生物学が「生気論」じゃないのかとか、未知の力を仮定しているんじゃないかとか、そういうような話です。
彦坂さんの池田清彦評は大体以下のようにまとめられるとして良いでしょうか?
1番目について、私が挙げた例は池田氏による素粒子物理学批判に関する話だったのですが、池田氏による進化論批判についてはどうでしょうか? 彦坂さんは、 fj.sci.bio において、
…,池田氏の主張は「進化論批判」というより,「ネオダーウィニズム批判」なのではないのでしょうか?
と述べていますが、池田氏の主張は「ネオダーウィニズム批判」としては聞くに値するのでしょうか? これは非常に大事な論点だと思うのですが…。
2番目について。構造主義生物学にはあって、主流の生物学にはない新しい視点とは実際にあるのでしょうか? fj.sci.bio の過去ログを見ても、そのようなものが存在する証拠は示されてないようです。
3番目。具体的には誰のどの発言が「構造主義生物学のことをよく知らないがための的の外れた批判」なのか、よく分かりませんでした。
以下はここではまだ紹介されてない参考資料。
もちろん、紹介したものを全て読んでいるわけではないです。さすがにそんなに暇はないのだ。
『さよならダーウィニズム』を本屋でパラパラと見たら、 「電子が同一性を持っているように見えるのは、 電子の同一性を前提にして実験装置を作っているからだ。」
おまけに書いておくと、『科学』書評での池田氏も 阿部氏も「トンデモ本」の概念がおかしいですね。 とか書いていましたね。
僕は特に好んで池田氏の構造主義生物学の話をもちだしているつもりはないんですが、日本の「構造主義生物学」では池田氏が一番よく知られていますし、露出も多いですから、話題になりやすいんじゃないでしょうか。
グドウィンにもカウフマンにも郡司ペギオ幸夫にも興味はありますが、難解だったり、邦訳がないので手を出しにくかったりで、なかなか読みこなせないという(情けない)事情もあります。
#カウフマンの本の翻訳って、誰かやってくれないんでしょうかね?
河本英夫やマトゥラーナ&ヴァレラのオートポイエーシスなどにも興味があります。それらと池田を比べたうえで特に池田理論を推しているわけではないし、逆に池田が劣っていると判断しているわけでもありません。その辺の判断は保留中です。
だから?のついたところは、他に通りの良い名前があれば「構造主義生物学」でなくても良いです。(何が良いでしょうね?)
「実体の間の関係を見い出す」ことはまさに現在の生物学がやっていることです。でもそれを総合して発生の一般理論のようなものを作っていくとか、分類群の階層性に対応した階層的な形態形成規則を記述していくというような作業は、まだ進んでいないと思います。もちろん皆無というわけではなくて、本多久夫先生の『シートからの身体づくり』(中公新書)なんかには、それに近いものを感じますし、森山さんの「ネットサイエンス・インタビューメール」で金子邦彦氏が言っていたようなことも近いのかもしれません。
『構造主義科学論の冒険』については、僕が「賛成できないところがある」と書いたことの一つが、黒木さんが挙げているような池田氏の認識論・存在論的主張です。
もう一度まとめ直します。
まだ、ほとんど読んでないですが、後者の方を見た方が議論の出発点が何であったかが分かり易いと思います。
上のリンクはあまりにも重過ぎるので、一時的にコピーをこことここに置いておきます。
発掘してきた 1995年8月における fj.sci.bio での議論 (324KB) はまだ読んでません。しかし、一つだけ押さえておきたい重要なポイントがあります。それは、生物学において(何らかの意味での)構造概念が重要であると考えることと、ソシュールなどを持ち出す池田清彦による構造主義生物学が重要であると考えることは、全く別のことだということです。
結局、今まで読んだ彦坂さんの説明を読んでも、わざわざ構造主義生物学の話を持ち出す理由がわからないんですよね。「実体の間の関係規則を見い出し、形態形成規則を記述する」の侯補として、「?」付きではありますが、わざわざ「構造主義生物学」を挙げる特別な理由はあるのですか? 実体の間の関係規則を見い出し形態形成規則を記述することをフツーの生物学はやって来なかった? ほんまかいな?
ところで、私は本屋で池田清彦の『構造主義科学論の冒険』をちらっと眺めてみたことがあります。私は生物学より物理学の方が得意なので、物理学の章を真っ先に眺めてみたのですが、場の量子論を理解しているようには見えない池田清彦氏が「クォークは存在しない、便宜的に導入されたものに過ぎない」(正確な表現は忘れた)という意味のことを書いているのを見て、これは私にとって読む価値がない本であると判断しました。立読みしたことのある物理屋がいれば感想を聞いてみたいな。
池田氏の考えはよく分からないのでおいとくとして、僕自身は(いなばさんの言い方にならえば)「実体」としての「構造」に興味があるということになるような気がします。
「利己的遺伝子」を仮構することによって予測を可能とする理論モデルを作ることができて、それが例えばある生物の行動をうまく説明できる、というのは分かります。でも僕はやっぱり、じゃあその仮想された「遺伝子」っていうのは実体としては何なの?、と思ってしまう。そこがブラックボックスでは気持ち悪くてしょうがない。「構造」でもそれは同じです。むかし「原子」というのが「実体」なのか、現象をうまく説明するための「仮構」にすぎないのか、というような論争があったらしいですが、それとも似ていますね。
進化の話が出てるので、発生の話にからめて書きます。
「変換によって不変な関係」というと、すぐに思い浮かぶのが、進化論以前の形態学が見い出した「体制」「原型」などの概念です。これはある分類群の生物の形態の比較によって抽象された、体を構成する諸要素(組織、器官など)の空間的位置関係の規則(パターン)であり、まずは一つの構造と見なせると思います。しかしこの段階では、単なる共通性、つまり原因ではなく結果としての規則性を抽象しているだけです。
形ができる機構を追求したのは発生学です。「形態形成の規則」という、より深いレベルの構造を仮定し、具体的なあれこれの形態はその構造を原因として生じる結果であると考える。そしてたとえば胚に操作を施して反応を見るとか、突然変異体を作ってその表現型を見る、などの実験的方法によって、形態形成規則を「予測を可能とする理論モデル」として作りあげていくわけです。
ここまでは「利己的遺伝子論」と同じブラックボックスですが、発生学はさらに「モノ」のレベルに進んで行きました。モデルでしかなかった「形態形成因子」のようなものを化学物質として同定し、染色体上の座であった「遺伝子」を塩基配列として明らかにしていく。現在はこのプロセスの真っただ中です。
この過程でモノに偏重した生物観が主流になってきたわけですが、最初の問題意識であった「体制」や「原型」、そのバリエーション、といった問題は、単なる「モノ」あるいはその「集合」に還元することはおそらくできないと思われます。このことは形態レベルと分子レベルでの「相同性」の不一致というような問題から予想されます。
だとすると、むしろ着目するべきはモノとモノとの間の関係規則ではないか、ということになります。ここで「関係」というのは、この段階ではすでに観察者によって仮構されたものではなく、具体的なモノとモノの間の関係であり、そういう意味では「実体」です。この辺りを扱うために、構造主義生物学でも何でも良いのですが、なにか新しい方法論が必要だろうと思います。
ここで「予測可能性」の問題に戻ると、先に述べたのは個体発生に関する予測可能性だったわけですが、このような実体としての「構造」を見い出すことによって、進化に関する「予測可能性」も得られないか、というのが一つの夢です。
進化の原因が遺伝子の突然変異であるとしても、突然変異を表現型の変化に直に結び付けられるわけではありません。あらゆる突然変異/表現型の可能性を試してみることは不可能でしょう。しかし変異と表現型の間に構造を媒介させ、ある構造の上で、どのような布置変換をひき起こすかによって変異のクラスわけをするとか、構造を破壊せずに起こりうる変化の限界を知るというようなことができれば、ある種の「理論形態学」のようなものも可能になるかもしれません。
とりとめが無くなったのでまとめると、
比較によって形の共通性を抽出する(比較形態学)→形態形成の規則をモデル化する(実験発生学)→モデルの要素を実体として同定する(分子発生学)→実体の間の関係規則を見い出し、形態形成規則を記述する(構造主義生物学?)→その規則を形態進化の理論モデルに応用する(理論形態学?)
というような流れを、僕は考えています。まあ、全然哲学的ではないんですけどね :-)。
鴨さんの書かれている「構造」という考え方をお借りし ますと、社会生物学というのはなにも構造と無縁なので はなくて、生物の行動や形態について、いくつかの機能 間の関係(構造)を考える学問なのだ、ということがで きると思います。で、たとえば包括適応度という通貨を 測ったときに実際のデータとの整合性があるかどうか、 というのが、構造が満たすべき条件である。 しかし、それが唯一のやり方じゃない。たとえば、形態 発生学のように、生物のからだについて、いくつかのか たちの組み合わせからなる構造を考えていく、という学 もあるでしょう。同一個体の異なる発生時間の現象、あ るいは異なる部位の現象、あるいは異なる種における相 同器官の発生現象を整合的に説明できるかどうか、が、 その構造が満たすべき条件となる。(粗雑にまとめまし たが、具体的な手続きについては、たとえば「からだの 進化の設計図/倉谷滋/岩波書店)をどうぞ)。 つまり、ある学が構造主義的かどうか、よりも、その学が、 扱っている構造の満たすべき条件を語るためにどのよう な道具を持っているか、というのがポイントになるんで ないかと思います。 機能からなる構造も、かたちからなる構造も、建前上は 作業仮説ではある。でも形態や発生を扱う人の場合はと くに、かたちという視覚的に確認できる(つまり、より 実体感のある)できごとを扱うわけですから、社会生物 学者より構造ということばにより親近感を感じたりする んじゃないかと思うんですが、どんなもんでしょう。
ある条件をみたす関係の組を構造と呼んで、数学的対象を構造として表現する のが、構造主義数学。方法論的には、それだけでしょう。 そういうと、数学哲学的にはそれだけではないっていう人が必ず出てきます。 でも、方法論は方法論であって、存在論でも認識論でもありません。そう割切 ることのできない方法論は使えない方法論です。その割切りに実践的に成功し たことが、ブルバキズムの良かったところじゃないですかね。 鴨 浩靖@情報科学科.理学部.奈良女子大学
ブルバキの構造主義ねたについて正確な情報を示すのはしんどいので、JAIST の NetNews Archive Service Ver. 2 で1995年8月の fj.sci.bio における構造主義に関する議論を発掘して来ました。 (でも、発掘してきただけ。)
いなばさんの説を敷延してみるとこうなりますか?つまり、 何か自律的な過程でモノができていくときには必然的に構 が作られていく。しかし構造が自律的にモノを作り出すわ じゃない。構造が何かを作るという風な思い込みは、いわ ば後づけの議論の正当化にすぎない。まあ、結果を解釈す るには便利かも知れないが、逆立ちした議論なんだ。 違うかな? ところで、生物学では目的論的な説明が結構有用ですよね。 「蘭の花がかくも精妙な形をしているのは○○のためである」 みたいな説明で結構通用してしまう。ほんとはちがうんだけ ど、まいっかみたいな。それって、妙に上の逆立ちと通じる ものがありそうだな。
生物学が本職の人です。
僕は阿部さんほど「構造主義生物学」に入れこんでもいないし、池田氏の言っていること(特に『構造主義科学論の冒険』あたりで述べられていること)には賛成できないこともたくさんあるんだけど、主流の生物学に慣れてしまった頭に「構造主義生物学」がいろいろと新しい視点を与えてくれることも確かで、その効用を認めています。阿部さんがやってた「構造主義生物学ML」にも参加してたし。あれは結構面白かったんだけど、無くなってしまって残念。
阿部さんが触れているfjでの議論もそうだったんだけど、構造主義生物学のことをよく知らないがための、的の外れた批判を時々見かけます。気になって、心ならずも構造主義生物学を説明する側に回ってしまったりするんですけど、そういうのはなんか、不毛ですね。(僕では力不足だし。)理解した上での(たとえば河本氏のような)批判は建設的だし、池田氏にもちゃんと応えて欲しいと思います。
池田VS佐倉書評対決については、佐倉氏が「構造主義生物学」をどの程度理解した上で批判しているのかが、僕にはよく分かりませんでした。あれはダーウィニズム批判への反批判で、池田理論への批判にはなっていないですから。だから「直接対決」して欲しいんですけどね。でも、かみ合わないからやめとけ、というような声が多かったですね。
稲葉さんの「壊れた蓄音機」というのは、新しい理論展開もなくダーウィニズム批判を繰り返しているだけ、ということじゃないかと思うんだけど、僕も「いつも同じこと書いているなあ」という不満はあります。『さよなら…』については特にそう感じました。ダーウィニズム批判よりも、構造主義理論の発展に力をいれて欲しいと思います。
あと、稲葉さんが
>彼は「構造」を実体視してる
というのがよく分からないんですけど、池田氏は主観的には「実体論」から「関係論」へ、というようなシフトを目指しているわけですよね。それが成功していない、ということですか?
ところで、実は私は池田氏の本も佐倉氏の本も読んでいないのだが、 科学の書評を読む限りでは私も佐倉氏の肩を持ちたいと感じて、 阿部氏の感想を読んでますますその感を深めた。 (構造主義生物学を擁護しようとしてあの文章を書いたのなら、 失敗作だな。)
生物学が本職の人はどう読むのだろうか?
「科学者観」に関して、柴谷篤弘氏の影響がかなりあるようだ。
任期制に関して、「任期制を導入すれば教育の質が向上する。」 と単純に思い込んでいるようだ。 (こんなことを書く私も、「ダイガクジン」にされるに違いない。)
誰も感想を書いてくれないので自己フォロー。
学生の人権、特に、実験系の大学院生の研究室内における人権の問題はまったくもって無視できない問題であり、特にひどい事例に関しては、なにはともあれ、公の場で明らかにする必要があると感じています。そういう方向性に関して、私は阿部道生氏の「大学における学生の立場と人権――学生、この弱き立場」を支持したいと考えています。
しかし、阿部氏が「むさぼり読んだ」という「ソシュール、ポパー、ハンソン、クーン、ラカトシュ、そして、ファイヤアーベント、さらに、村上陽一郎、吉岡斉、柴谷篤弘、池田清彦等」の科学論と「学生の人権問題」が常にワンセットで語られるとしたら、それを支持する気にはなれません。さらに、構造主義生物学と「進化論の挑戦」で見せているような池田清彦支持でかつ「いろいろある科学の中で、ダーウィニズム、特にネオダーウィニズムほどこのいい加減なマスターベーションにまみれている分野もない」とする進化生物学観が、「学生の人権問題」に関する議論のからんで吹き出して来るとしたら、支持する気は全く失せてしまいますね。
誤解を避けるために、現在の阿部氏の態度が上で私が支持できないと言っている類のものにはなってない、ということは強調しておくべきでしょう。しかし、阿部氏の科学研究一般や進化生物学に関するエキセントリックな言動が、彼やそして私を含む多くの人達が信じている「学生の人権問題は重要である」という考え方への支持者を減らしてしまうのではないか、と心配することは不当ではないと思います。
渡辺さんの「伝言板なのだ」が淋しいので、せっかくだからミジンコ日記で もつけようと思って使いはじめました。でも実は何も知らなくていきなり 飼いはじめたのです。嘘がかなりあると思うので、気になる人はどんどん ツッコミを入れてください。
そういえば、「Jackson法の Michael Jackson」を「歌手でないほうの Michael Jackson」と呼んだことがあったことを思い出した。
ここ。1998年6月7日登録。
よい子はまねをしてはいけません。
あ、吉永氏のやつ、見つけました。んー、確かに 完全性定理の”完全性”が不完全性定理の”完全性” と同じになってるですね。
「あそこまでプライベートな情報...」との ことですが,あたしがリンクしたのは, 山口智子さん自身が自分で作っているのではなくて, 「ファンクラブ」のページらしいです... 芸能人になるとプライベート情報など ちまたにいっぱい書いてあるから, ホームページにものっけられてしまったのでしょう.
なぜかたくさんの菊池さんを知っているので(一方的に知っている人も含む)、 菊地誠さんと菊地誠さんとが同姓同名であることに、かえって今まで気付いて いませんでした。それで、全然不自由しなかったところがすごい。反省するに、 同姓の人を区別するのに、フルネームではなく、業績か所属を前につけて、 「○○大学の△△さん」とか「○○理論の△△さん」と呼ぶ習慣が原因と思わ れます。今後は、人名はフルネームを意識するようこころがけましょう。 鴨武彦さんとは親戚ではない鴨浩靖
クララさんがきっかけで最近サニーデイ・サービスを聞くようになっ たのですが(あくまできっかけで、それ以前から存在は知っていて 気にはなっていた)、けっこうよいです。
『東京』の「会いたかった少女」とか『愛と笑いの夜』の「白い恋 人」は「吉田拓郎かー?」って思っちゃいましたけど。(吉田拓郎の 音楽をまともに聞いて言っているのではないので完全な与太です)
ついでに書いておくと『東京』の「恋色の街角」の
「行きたかっ
たお店に行けば」って部分は
「生きた河童を見せに行けば」っ
て聞こえるよね? 聞こえないか。えらい歌やなー、と。
(もっと関係ないけど、風野春樹さんの
読冊日記に出てきた「YAKATA Nightmare Project」も「YUKATA
Nightware Project」って読んじゃったし。(ちなみにねまきはnightwearが正しい))
最後に全然関係ないけど、ぼくはこくぼ先輩と同じ高校を出ている のだった。埼玉には6年しか住んでいないので、あまり濃ゆいローカ ル話にはついていけませんが。
『数学基礎論講義』の共著者の一人の菊池誠さんは、私やみほさんちに登場しているがくちゃんの友人です。(最近僕は会ってないけど。) 博士課程後期をうちの数学教室ですごしました。飲んだり、カラオケを皆で一緒に行ったりしたものです。彼の話の仕方はクリアで分かり易く、評判が良いです。
田中一之・鹿島亮・角田法也・菊池誠 共著:数学基礎論講義 ―― 不完全 性定理とその発展, 日本評論社(1997).
クララさん、初めまして。そうそう、BVボードなどで見せていたあの名調子は素晴しいっす。私のような人間にはとても真似できそうにないのだ。 (でも、真似してみたい誘惑にかられるのはなぜ?)。
クララさんのウェブサイトをこの掲示板付属のリンク集に登録しておきました。その1行を引用。
掲示板へのリンクでは、ここに書いてあるタイトルをそのまま使わせてもらいました。 (^_^;) (goo とかの検索で見に来るこまったちゃんが増えそうだな。)
宇井純の名前をあえて書かないとは、なにか政治的意図があるのか?(^^)
>はりーちゃん
もっとも、宇井さんは琉球大じゃなかったような
クララ嬢です。 はじめまして。 クララがどんな恐ろしい子かは、BVBBSを見てればわかるよね。挨拶はなし。 クララも仙台に住んでるので挨拶しにきたよん。 で、栃木高校『とちたか』の有名人といえば、 東北大学工学部応用化学の山田研究室院生の渋谷賢壱でしょう。 「シブケン」といってクララとは長いあほな付き合いをしている汚い野菜の男です。 ということで、クララのHPも覗いてね。 www.remus.dti.ne.jp/~froggy
はり〜ちゃん%自宅のマックより@茨城県古河市出身土浦市在住つくば市勤務
今、なぜか繋がらないようなので、URL を記す。
http://urchin1.biol.metro-u.ac.jp/evolutionist.html
なかなかすごいです。生物屋の感想を聞きたいな。
阿部道生さんは
http://urchin1.biol.metro-u.ac.jp/student/index.html
学生、この弱き立場
で有名な方です。そのページには、ソシュール、ポパー、ハンソン、クーン、ラカトシュ、ファイヤアーベント、村上陽一郎、吉岡斉、柴谷篤弘、池田清彦の名前が挙がっています。学生の人権問題は重要な問題であり、今後も真面目に考えて行かなければいけないことです。それとの関係で、日本に紹介された所謂「新科学哲学」がどのように読まれ、池田清彦の構造主義生物学がどのように受け入れられているかに関しても、様々な意味で大変興味深い例かもしれないと思いました。こちらに関しても感想募集。
渡辺さんとこの掲示板が寂しいので、ミジンコの飼育の記録用に利用 することにした。なにぶん動物を自分で飼うのは初めてなもんで、いろいろと 変な誤解をしているようにも思うのだ。その方面に詳しいひとがいたら、ぜひ 教えてください。…っつうて、ここにミジンコ系のメンツはいそうもないな。
&/ (釣りをする人)
著作権を放棄したのに誰も使ってくんなかった。自分も。
最近、友人考案のシグネチャで気に入ってるのはこれ↓(説明は不要ですよね)
(o o)
))O((
吉祥寺駅ビル書店では、平積みの角っこに DSF掲示板でも評判の 『反重力』本が置かれていましたが、その隣には ここで話題になった 『絶対音感』。 この本の表紙、2種類あるんですね。タイトルの色が、 Paleturquoise ぽい色と、 Mediumaquamarineな色。 一瞬、上下巻か続編が出たのかと思ったけど、 どっちも7刷で、巻末の広告も、なにもかも同じ。 絶対音感のそなわってる人には、音痴なわたしとは違って見えるのかも? 不安ふあん。
ええと、この掲示板へのアクセス数は去年の12/29から数えて、大体3万程度のようです。半年で3万強とすると、20万に達するには3年程度かかりますね。はり〜ちゃんの Smily List は2年ちょっとで20万ですか。オーダー的にはあんまり違わないのだ。でも、個人的にはアクセス数が増えたから嬉しいとは思わないのだ。 (あんまり少ないと悲しいのだが。)
小久保さん紹介のこれはかなりのヒットです。そこの掲示板における「高校生」の質問に対する回答によると、「UFOがどうやって飛ぶか」などを進んで研究している大学の代表は東北大らしく、UFOの研究をやるには理学部と工学部のどちらでも良いが、「物理系」「電気系」を専攻に選んだ方が良い、ということらしいです。 (そういう会話が冗談でなされているならいいんだけど、私の経験では必ずしもそうとは言えないのだ。)
懺悔:あたしは吉永氏の「不完全性定理」を 結構いいぢゃん、と思ってました。 顔洗って出直します。
黒木先生のBBSも,このくらいお客さんが くるようになるといいですね...しっかし, はり〜ちゃんのヒットしたページって,日本でただ一つ なんとかマークの歴史がみれるっていうことくらいの ようなんで...ミーハーだわね.相変わらず... > じぶん
今、直しました。
VALDES の橋爪研のページをウォッチングしてたら、
すごいところに
辿りついてしまいました。
いやはや、 UFO、フリーエネルギー、*統一*力学・・・、etc.
このよーな方々が、文理を融合して、社会のネオ・リーダーに なられるのでしょうか?
細田さん、挨拶どもどもです。hosokin's room は定期的に覗いて楽しませてもらってますです。
鴨さん、今まで知りませんでしたが、竹内泉氏と共同研究をしているんですね。竹内泉君にはよろしく言っといてください。
ううむ、世の中狭いぞ。はり〜ちゃんと鴨さんもなんかローカルねたで繋っているみたいだし。しっかし、しゃちょーと大豆生田さんが高校3年間一緒の仲だってのにはびっくりしたなあ。
ところで、うちのリンク集を経由して、あちこちで、はり〜ちゃんが暴れまわっているような気がしているのは私だけでしょうか?
風邪が直らん。久々にマジに風邪で苦しんでいるな。痛くて夜眠れなくなるなんて…。やっぱ薬に頼るべきか…。これから切れた食料を近所のコンビニに買い出しに行かないといけない。とにかく寝ないと。食っちゃ寝ってのが風邪に対する一番の薬だ!
せっかくなので、こっちでも紹介しておこう。きしさんところで、みほさんから教わったミッチーのベイベーセットが大爆笑なのだ。 (喉が痛くて声出して笑えないのがちとつらい。)
確かに、トラパってなんなのかよく分かりませんね。トラパとは全然関係ないですが、何かの講演で、モダンでもポストモダンでもないトランスモダンって言葉を聞いたのは誰からだったかな? (チョタボの野家さんからだったかな?)
Dear Kamo-sensei, I heard that Hime-chan who joined your group before has now moved to Kobe-University. I know her activity in Tsukuba in very past years. Please say hello from me to her ! Regards, Harry-chan
「学術的トランスパーソナルを目指す」ですか。
ま、学術的なのを目指すのはいいんだけど、前々からよくわからないのは、
一体、トランスパーソナルって何を目指しているんだろうっていうこと。
ちょーこなぱらだいむをたんきゅーとかいう以上、やっぱ癒しだ、実存だ、
ジェンダーだ、ルサンチマンだ、アダルトチルドレンだとか言いだすと、
恥ずかしいぞ。
せっかくなので、ここでも叫んでおきます。 『ゲーデル・不完全性定理』(吉永良正、講談社ブルーバックス)はゴミです。 肝心の不完全性の定義が間違っているのだから、お話になりません。 いや、ちょっと検索しただけで、この本のビリーバーのWWWページがたくさん みつかっちゃったもんで。 鴨 浩靖@情報科学科.理学部.奈良女子大学
ところで...うおっと,鴨さんも登場! ここの掲示板ってそこら辺のBBSより, 濃いですわね.
仮に「はり〜ちゃん」が入っていくと, 元電総研の猪股さんの話題(退官記念講演会(!)の 講演録なんかが手元にあり)とか, 「子のつく...」の作者さんの話題とか, 早稲田の大槻さんに関して古河市内ではこんなうわさが あったよとか...うーん,思い付いただけでも,ちょっとは 引っかき回しそうではあるな...
ただ,あたしの投稿パターンから云って,なかなかな ミーハーなもんで,ひじょうにひじょうに 濃い議論になるとだんまりしてしまうかもしれません...
誰かさんのシグに「5月29日は...」とあったけど, それがオフミとやらの日付だったのでしょうか?
宇都宮高校出身というと国立天文台の長谷川先生もそうです。 (と、書いてから確かめたら、東京大学理学部天文学教育センター というところに異動していた。) でも、一番有名なのは立松和平かな。
もう遅いかな? 線型論理のお勧めの教科書は、 Troelstra, A.S.: Lectures on Linear Logic (CSLI Lecture Notes No. 29), CSLI (1991). です。ただし、教科書ですから、読者に数理論理学の基礎知識あるものとの前 提で書かれています。 鴨 浩靖@情報科学科.理学部.奈良女子大学
> ☆★ 栃木 栃木県立宇都宮高等学校の同窓生一覧 ★☆ > > * 1972年卒 [no mail]大門 寛 今年から京阪奈学研都市に住んでいます。
書いてあることからして,ご本人に違いありません. 宇都宮高校の卒業だったのですか...はり〜ちゃんが 大学の学部4年のとき,卒業実験の研究室にて助手 であられてお世話になったことのある,大門さん ですわ.奈良先端大凝縮系物性学講座の教授として 転任されたばかりです.
出版業界を扱ってはおりますが、ウスウスな私ごときのところにリンク 貼っていただきまして、どうも、です(濃いネタもあるんだけど、 チェックが厳しくて。苦笑)。 とりいそぎ、こちらのページをブックマークさせていただきました。 それでは、用件のみにて失礼します。
某ETL入所の年に100周年かなんかでもらった「サイン」を こんなところに置いてあります.R.田中さんとは, 何度もお酒をご一緒したことあるらしいです...
くろきのげんちゃん、どうぞお大事に。
>From: 黒木 玄ってな話題のことですが,さらに大昔 fj で議論になったときの, 以下のアーカイブって参考になりますでしょうか?>Subject: ホストごとのアクセス回数のグラフ > >面白いのは、この手のグラフを書くと、トップの周辺では微妙ですが、 >必ず下に凸(左に凸と言うべきか?)になることです。「この手のグラフ >」とはどういう意味かというと、学内掲示板における各人の掲示数や >network news への各人の投稿数のグラフのことです。まあ、なんとなく >当たり前のような気がしないでもないのですが、おそらく、ここをお読 >みの方の中には、その理屈を真面目に考えてみた方がいると思います。 >面白い考察を教えて頂くと嬉しいのですが。(教えてやるという方はこ >こをクリックする。)
From kono@csl.sony.co.jp Wed Feb 9 19:12:25 1994 Newsgroups: fj.sci.math 河野@CSL.Sonyです。 In article, harigaya@etl.go.jp (Kikuo Harigaya "Harry-chan") writes >fj.news.lists の fj posters の記事から気付いていた >一種の 経験則 なんですが ... >「(順位)×(投稿数) って ほぼ 一定」なんです. >[問] なぜなんでしょうか? 指数減少と逆数減少は最初は似ているからです。Ziphの法則だったら 指数減少ですよね。逆数だったら、もう少し尾を引くと思います。 誰でも一回はポストするだったら逆数かなと思いますが、そうれは 経験と違う。大半はポストしないですよね。 --- Shinji Kono kono@csl.sony.co.jp 河野真治 Sony Computer Science Laboratory, Inc,Japan *** From nakashim@uranus.etl.go.jp Thu Feb 10 13:02:46 1994 Newsgroups: fj.sci.math In article <1994Feb9.103751.21874@etl.go.jp> harigaya@etl.go.jp (Kikuo Harigaya "Harry-chan") writes: 中島さんの記事からは Ziph の法則は逆数減少であると読み取れます. おや? 人工知能学会誌 vol.8 no.3:後藤滋樹,野島久雄:“人間社会の情報流通にお ける三段構造の分析”(これ自体,ネットワークの情報流通の分析で,一読の 価値あり)より引用します: Zipfの法則は,元来は英語の単語の出現頻度を表す式である.[中略]出現順 位第1位の単語(具体的にはthe)は全体の語数の10%出現する.第2位の単語 "of"は5% [中略].すなわち出現頻度p(r)は次式で表される. p(r)=0.1/r ここにrは順位(rank),0.1とは10%の意味. -- Hideyuki Nakashima Cooperative Architecture Electrotechincal Lab. *** From arano@nttslb.ntt.jp Thu Feb 10 15:31:01 1994 Newsgroups: fj.sci.math 荒野@NTTと申します。 Zipfの法則は、もともと文章中の単語別の出現数を計測したときに成り立つこ とが発見されたもので、正確には (出現数) = A / (順位)^r (Aとrは定数) で表せます。r=1の時に、中島さんの言う反比例関係(狭義のZipfの法則)が 成り立ちます。実際、Newspaperや James Joyceの著作などを調べた結果では、 ほぼ r=1 ですが、ある種の言語はrが小さいとか、また子供を対象としたもの では、語彙数が少ないため、rが大きくなるとかいう、議論がされています。 実際に、この法則が文章の単語数に限らず、emacsのコマンドの使用頻度、世 界中の(「日本の」だったかもしれない)湖の大きさ、その他さまざまな現象 に適用できることが言われています。実はわれわれもオブジェクト指向のクラ スライブラリの名称の出現頻度について計測し、高い精度でこの法則が成り立 つことを確認しています。 この根拠づけはいろいろな人がいろいろなことを言っていますが、あまりきち んとはわかっていません。人間が最小労力で文章を読むためには、Zipfの法則が なりたつということを、ある種の仮定をおいて証明したような研究がありますが、 これでは投稿数とか、湖の大きさのような場合には何も言えませんね。 荒野高志 NTT ソフトウェア研究所
あたしめ(と早稲田の大槻センセ)の出身なんかは, この記帳ページ の下のほうに書いた覚えがあります.あたしめの出身高校は, 栃木県立栃木高校です.
大豆生田さんは,栃木市出身で,津田さんとおなじ県庁所在地にある 高校を出たってなわけです.
うを。なんかどっかの事務所が話題になってるな。
あぁびっくりした。(^^;;
津田さんの表記は「しゃちょー」が正しいです。「しゃちょう」 ではありません。投げやりな発音がポイントです。それから DMA は法人にはなってません。法人の社長と区別するため にも「しゃちょー」という表記が必須です。なんでも校庭の 真中を線路が突っ切る,栃木の某高校の出身だそうです。
給料下がると困るので,悪口は書きません。
ってなことは,津田さんも,郷里が栃木県なんですか. おろろくもなんの...
大学生協東北事業連合のビルに事務所があるようですが, 生協のインターネットまわりなんかも手伝っている のかな.そういえば,生協ネットが東北地方の大学 でも扱うようになったとどっかに書いてありました...
黒木さんと石山さんが同級生だってなことも, どっかで伺ったことがあるような気もしてます.
この掲示板付属のリンク集でも宣伝しておきましたが、理科教育MLにおいて、先月の終わり頃から今月にかけて、岩波『科学』の林さんの「科学の終焉と物理・数学教育」をめぐって議論が盛り上がっていますね。問題の段落は以下の通りです。林さん曰く、
サイエンティフィック・アメリカンのシニアライターである ジョン・ホーガンは“科学の終焉(おわり)”(邦訳徳間書店(1997)) という本を書いて,それがベストセラーになりました. 重要な物理法則などがすでにわかってしまった,したがって科学のやることは なくなりつつあるというのです. このことと,今回の算数と数学の削減は,直接間接につながっているのでは ないかという印象をもっています.
ううむ…。ちなみに、個人的には誠に残念なことに :-)、『科学の終焉』において数学は扱われていません。
激しい痛みを伴う鼻炎とおそらくそれが原因の激しい頭痛でダウンしています。体は動くが、頭が痛くて死にそうなのだ。頭をちょっとでも動かすと…、痛い、痛い、痛いぃ〜。 (;_;) 早く直さなければ…。
はり〜ちゃん、どもども(ここでは)初めまして。DMAの津田さんはしゃちょーと呼ばれています。パリティの「物理屋のためのインターネット講座」の石☆は学生時代の同級生で教養部時代同じクラス。
早坂本が東北大学理薬生協でも平積みになっているのを発見しました。どういう人が買って行くのか観察しようかと思いましたが、頭痛がひどいので断念。
ポパー云々はちょっと今頭痛で頭が働かなくてちょっと考える気がしない。でも、なんとなく、所謂「新科学哲学」を勝利者史観のもとで語る人が多いような感じがするのは私だけ?
えーと早坂実験(Part 2)の見学会の Web ページって、随分前から公開しています。
URL は
http://www.dma.aoba.sendai.jp/~acchan/AntiGra.htmlです。
ここに書き込んでいる人たちは、よくご存知のようなので、敢えて紹介しなかったんですけれど。
まあ、一部情報が古いんです。
それはご勘弁を。
今回の本を読んだら、改定しようかと思っているところで。
で、今回の著書の何がすごいって?
そりゃ、数式が書いてあることっすよ。
見学会のときは、数式があまり出てこなくて、出てきても断片しか書いてなくて、
意味不明な状態だったわけ。
それが、今回の著書では、実にはっきりと書いてあるので、その理論の
ええ加減さが、もうバレバレなんですわ。
まだ、全部は読んでないんですが、横組のパートの最初の方に載っている
水素原子の問題に、重力相互作用を入れたやつなんて、もう最高ですね。
r-3型の反重力がって・・・、あんたこれはクーロン力だけでも同じ
型のもんが出てくるでしょうが。
そいつを、反クーロン力と呼ばないのは何故? みたいな。
いやあ、先入観というのは、実に恐ろしいものですよね。
そもそも、この釣り合いの式って、単に遠心力とクーロン力と重力の釣り合いを
表わしているだけだったりするんでは。
遠心力を反重力とか言っちゃ・・・。
ぼくが思うに、早坂さんてのは、悪い人じゃないんだけどね(むしろ、見学会の印象を
言えば、いいおじさん)、どうもアヤシゲなものは何でもかんでも信じちゃって、
しかもそれを検証することができないっていうのかなあ。
今回の著書なんか見ると、どうも若い頃に UFO を見ちゃったというのが、ポイント
だったようですねえ。
で、その後は UFO 研究家になっちゃったのかなあ。
そういうのが、なんとなく文面から伝わってくるという意味で、今回の著書は
貴重ですよ。
まあ、著書での経歴詐称って話も、本当に本人が自分から詐称したのかどうかも。
とは言え、この人、何が原因かは知らないけれど(研究内容かもしれないし、
研究成果かもしれないし、政治的な問題なのかもしれないし)、ほとんど定年に
なるまで助手だったわけで、まあ、苦労したみたいですね。
ぼくも気をつけようっと。
あっちゃん、例の早坂助手のところに、東北大の野次馬根性 丸出しの助手とか院生とかが集まって、ご高説を拝聴した記録 を出しませんか?
巻末の著者紹介を見ると、早坂氏は”元東北大教授”なる 経歴詐称はやめたらしいけど、”元東北大助教授”とも 書いてない。そーかい、そんなに助教授が嫌かい(^^)
撤去活動って、買占めたわけじゃないんですか? (^_^;)
この土日に仙台に買い物に行って、早坂 秀雄氏の新刊『宇宙第5の力 反重力はやはり存在した』をゲットしました。
しかし、すごいタイトル、「やはり」だもんね。 なかなか内容も強烈で、若い頃に UFO を千歳空港で見た話とか、 卍と逆卍の話とかも載ってます。
そもそも「まえがき」に「これらエネルギーとテクノロジーの革命的展開を通じて、 無限といってよい、この宇宙の多数の天体に居住しているだろう(精神レベルが れわれよりも遥かに高い)地球外知的生命体との直接交流が、現実のものとなり、 ひいては地球人類の精神性が高まり、理想的な究極のエネルギー源を確保する ことにつながることを願って、この本は書かれている。」なんて書いてある。
ちなみにこの本、エース・ダブルみたいな製本になっているんですが、真ん中 付近に載っている論文(?)リストも、すごいんだよな。
それに、反重力技術といっているんだけど、電磁場による推進機関の話とかが、
でかでかと紹介されていたりして・・・、
もう、なんでもかんでもって感じですね。
いかにして、反重力研究をはじめたかなど、興味津々な話題がてんこもりで、 まあ、 *いろいろな意味* での「早坂ファン」にとって、とにかく必須ゲットな本 であることは間違いなさそうです。
すでに皆気付いていると思いますが、この掲示板付属のリンク集に更新記録を付けました。このリンク集は結構アクセス数が多いんですよね。今のところ週に外部から大体400回程度のアクセスがあります。(この掲示板自身へのアクセス数は外部から週に2000回程度。)
ぼく自身は、頻繁にあちこち探してまわるタイプではないのですが、自分の方からある程度情報発信していると、結構以外な方面から情報を提供してもらえることがあるんですよね。で、頻繁ではないにしても、たまにあちこち探してまわるのですが、ときどき、自分自身に関係したネタが話題になっていることを発見することがあり、そういう場合は特に楽しいのだ。うひひ。
うむむむむむむむ…。 science ML のオフミどーしよーかなー。濃いメンバーの顔を見ることができて、様々な意味で興味深いのだが…。
1998年5月の記録Cの終わり間際の様子 (時間と逆順)
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