[Post Message] [Old] [Recent Messages] [Rule] [Links] [Home]
黒木さん 初投稿の_たろいも_に懇切丁寧な解説、感謝しています。 参考文献のご紹介もありがとうございます。 詳しく書いていただいた説明を読みまして、僕なりに考えたこともありますので、 なにか間違っていたら、教えて下さい。 始めに、僕の予備知識の程度(大したものじゃないんですが)を明らかにしてくと、数学基礎論でフィールズ賞を受賞したPaul J. Cohen の Set Theory and the Continuum hypothesis は読んだことがあります。 この本では、最初の方で、ゲーデルの完全性定理の証明を与えた後で、 「述語計算の完全性は、後節で述べる数学の諸公理の不完全性と、際だった対照をなしている」と述べています。(p16) つまり、述語計算(論理学の公理化)と数学の公理化との間にある質的な差を強調する意味で、前者は「完全」であるが、後者は「不完全」であらざるをえない、という対比をしています。 コーヘンは、この文脈では、「論理的な真」を「証明可能」で置換することは可能であるが、「数学的な真」を「証明可能」で置換することはできないと言う意味で使っています。 僕自身の限られた読書の範囲でも、論理と数学の違いを、前者では「完全性定理が成りたつ」が、後者では「不完全性定理が成り立つ」こととして対比する人は多いですね。それも、数学を知らない哲学者だけでなく、コーヘンのような立派な業績のある数学者もそう言っているのは、やはり理由のあることではないでしょうか。 論理と数学とでは「完全性」の意味が「全く」違うと言いきってしまうのは、どうも、独断的すぎるのではないか。 たしかに、数学基礎論の議論が精密なものとなるプロセスの内で、論理学的真と数学的真の概念がより厳密に規定されるようになったけれども、ヒルベルトの公理主義がめざしていたような、「論理学と数学の完全な公理化」のプログラムがどこで挫折するのかを明らかにするためにも、「完全性」という同じ言葉を使うことは、むしろ望ましいことではないか、と思いますが、如何でしょうか。
http://village.infoweb.ne.jp/~fwjf1899/ では、半角括弧を使うなと云われたのですが、半角として送信されてしまう ようです。括弧を使わないことは可能ですが、"と#が使えないのは困ります。 たしかに使っていると云うからにはそう伝えられているのでしょうが、此方で 制御することが出来ません。 小生の環境(I.E.3)の方を改めたほうが早いかも知れないので、 どのように見えるのか御教示下さい。小生のHPは下記です。 http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3374/