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そうするだけの理由があるに違いない

弟子によるラカンの実践の肯定的記述について

最終更新:2000年6月20日


マルク・レザンジェ (Marc Reisinger) 著、『ラカン現象 Lacan l'insondable』、中山道規他訳、青土社、1994年 (原書1991年) の71-76頁を抜粋。

レザンジェは、ラカンの弟子のゴダンによるラカンの実践の肯定的記述を J. G. Godin, Jacques Lacan 5 rue de Lille, Seuil 1990 から抜き出し、解説を付けている。ラカンに肯定的な弟子がラカンをどのように信じていたかに関して参考になるので抜粋しておくことにする。ゴダンの長めの言葉を引用してある部分には見付け易いように色を付け強調しておこう。

言うまでもないことだが、参考になるのは反面教師としてである。他人にはひどい仕打ちに見えていても、ラカンを盲信する弟子にとっては全てが「そうすることには測り知れない理由があるに違いない」ということになるのだ。

ラカンについて知りたい人にとってレザンジェの『ラカン現象』は必読の本だと思う。


抜粋

 測り知れざるものとの協約

 師に魅惑されることと測り知れざる知への熱狂は、弟子によるラカン的実践の記述に、より直接的な様式でで現れる。ジャン-ギィ・ゴダンの著作『ジャック・ラカン・リール通り五番地』は、この点に関して範例となる。著者自身はラカン派分析家であるが、測り知れざる理性にたっぷりと頼りながら、ラカンの実践を記述し正当化する。

 著者のラカンに対する一目惚は、多くの場合がそうであるように、ラカンのセミネールの場で生じた。「私が高等師範学校で出席していたこのセミネールは、魅力的であったし、今もって忘れ難いものであった。《私はそのセミネールの内容をまったく理解できなかった》。時に――希ではあるが――ある一節が私に語りかけ、その一節は私のためにこそ語られたかのように私は聴いたのである。そしてこの《理解不能性》は、私の足をそのセミネールから遠ざけさせるどころか、さらに私の関心を向けさせ、《私をとりこにした》」。ここにわれわれは、測り知れざる知への熱狂の出現を見る。何故ならば、分析家を目指す人を囚えてしまうものとは、理解しようとする意志ではなく、むしろこの知に《参加しよう》とする意志であると思われるからである。

 分析家の卵たちはラカンの下で教育分析を受けることを企て、かくて理解し難さは拡大するばかりとなる。「ラカンの言っていたことは、しばしばまったく理解できなかった」。「彼の発言は、いつも《謎めいた側面》と《決定不能な》部分を有していた」。「《私は、解らないということを受け入れていた》」。

 われわれは、測り知れざるものとの協約が結ばれるのを見る。曖昧さが、明証的なものに優るものとなる。すなわち「《明証的なものを疑って》」かからねばならなくなる。「フロイトはもっと《明快だった》ように思われる。臨床証紙や症例を伴うフロイトの理論的な語り口は、《解るという錯覚》を生み出していた。ラカンの場合は違う。彼はこうした解りあうという感覚を育もうともしなかったし、促進しようともしなかった」。この句の中に、価値の変質とその逆転とを看て取ろう。つまり、理解できることと明僚さとは、錯覚に結びつけられているのである。その結果、《真理》というものは《曖昧さ》と結びつけられることになる。すなわちこれが測り知れざる知の定義である。ついでにこの分割に結びついている道徳的な意味合いに注意しよう。解るということは、お互いに「暗黙の共謀」を前提としているのであり、換言すれば、解るということは錯覚と結びつけられているだけではなく、嘘や悪とも結びつけられている。

 そして了解がひとたび意味のないものとされれば、最も驚くべき実践も、受け容れられ得るものとなる。かくして、測り知れざるものへ改心した人にとっては、時には握手 (そしてそのセッションの料金の受領) だけでおしまいになる短時間セッションは、――明証的なものならそう考えさせるように――ラカンが「望む人には予約を与えていた」という事実のために「増大する要請に応じるための安易な工夫」ではなかったのである。そういう短いセッションは、魔術的な定式として暗号化される定式により説明される。すなわち「彼は、セッションの切断を解釈として機能させていたのである」。これと相反して、著者は以下のように付け加えている。「セッションの長さが様々であったということを除いては、理解できることは何もなかった」。かくして短時間セッションは説明されているとも言えるし、されていないとも言える。一貫性のないことが、測り知れざるものを保証する。

 ラカンの奇妙な実践を想起するのは、逸話的なことかもしれない。しかしながら、その奇妙な実践を見直すことは、測り知れざる体験への熱狂の理解に有用である。その奇妙な実践が、彼らの師に関しても毫も悪意を抱いていない弟子たちによって記述されているときには、特に役に立つ。これらの実践の正当化は、すでに見てきたように、測り知れざるものへの熱狂の源にある拘束力の内在化をもたらす。

 このようにして、例えば、分析的な秘密を裏切り、その分析中に著者 (ゴダン) によって語られた打ち明け話をラカンが他人にばらしてしまう時に、著者は反逆するどころか逆に自責的となり、感謝の念を抱くのである。つまり、「愚劣さとしての無邪気さは、ある限界につき当たらねばならなかった。分析は危険を胎んでいた。そして、あえていえば、私は、大文字の他者、即ち話を聴いてもらった分析家との間に共有していたものが戻ってくるのを見るだろうと予測することもできた」。

 「誰でも一人一人の患者の話を聴くことができてしまう」という、診察室のドアを閉めないラカンの習慣は、私生活への暴力として体験されているのではなく、好ましい危険として体験されている。理解してもらったり答えてもらう危険よりも明らかに好ましい危険としてである。ゴダンがセッションの始めにドアを閉めるように頼んだ日にラカン曰く「すばらしい、君、また明日ね!」。典型的にラカン的・魔術的な定式はこの行動を新たに正当化する。「この閉められていないドアは、セッションと寝椅子から、二人がそうであったものを生み出しただけである。すなわち、場所、分析の契約の瞬間、生活の中の区切り――そういうものの影響はセッションの短さとは無関係である」。

 同様にゴダンは、到着時刻や面接予約時間とは無関係の、当てにならない患者の診察順序も甘受する。さらにゴダンは、身じろぎもせず、一番奥まった待合室で、時間を忘れられていることをじっと堪え忍ぶ。その待合室でゴダンは、「見向きもされないものと同じくらい無用のものとなっている」自分を意識している。そしてゴダンが話している間に、ラカンが新聞を読むとき、ゴダンはそこに「一種の寓話――とらわれのない傾聴や、ぶつぶつ言っている相手をバックグラウンドにしてとる不在の様態」を読み取る。お金に関するラカンのやり方については、あまりくどくど取り上げるのは控えておこう。お金を持たないでラカンのところへ来た人に、ラカンがどのような仕打ちをしたかを記したゴダンの記述を参照するにとどめよう。「ラカンの怒りは、彼を盲目にさせるほどではなかった。怒っても男と女を区別するくらいの分別はあった。男に対してげんこつの一撃が控えられたとしても、平手打ちを食わせることはためらわなかったし、女の場合は髪をひっぱることをためらわなかった」。ラカンが何をなそうと、ともかく弟子は、「ラカンがしたこと、言ったことには、そうするだけの理由があるに違いない」と信じ込まされていたのである。


参考

以上はレザンジェ著『ラカン現象』71-76頁の抜粋であり、ラカンの精神分析セッションの様子のゴダンによる“肯定的”記述が多数含まれている。

ラカンの短時間セッションを文芸批評家のテリー・イーグルトンがどのように評価しているかを参考までに抜粋しておこう。イーグルトンは『批評の政治学』 (平凡社) の169頁において、ラカンの短時間セッションを次のように“理論的”かつ好意的に擁護している:

……。アンダーソンは、ラカンの「十分間」精神分析セッションについてもさりげなく言及しそこに痛烈な批判を込めている (彼のよくやる手だ)。しかし、十分間セッションは、被分析者に対し、「他者」として自らを確立せねばならない分析者が、これに失敗した場合、早々と被分析者との対話を切りあげるよう求められているから時間が短くなるのである――さもないと被分析者と分析者のあいだに「想像的」な一種のなれ合いが生まれかねない。……

イーグルトンによるラカンへのこのような肯定的評価と上に抜粋したレザンジェの批判的分析のどちらが正しいかについての判断は読者にまかせる。

なお、このページの編集者のイーグルトンの精神分析に対する態度への評価は以下で読むことができる:

このページの編集者が以上において (少なくとも存在だけは) 示すことができたと信じている問題はイーグルトンだけに関係しているわけではない。そして、もちろん、ラカンだけに関係しているわけでもない。「ラカンがしたこと、言ったことには、そうするだけの理由があるに違いない」における「ラカン」は別の誰かに置換可能である。あなたは特定の誰かに関しては常にそうするだけの理由があるに違いないと思っていたりしないだろうか?


編集者:黒木玄