クルーグマンによる日本のGDPギャップの推定


以下はポール・クルーグマン、「復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲」 (原著1998年、山形浩生訳2001年、 PDFTeX ソース) からの抜粋


日本の停滞

表4:日本の経済パフォーマンス、1981-97

日本の経済パフォーマンス、1981-97

表4は、1981年以来の日本の経済パフォーマンスに関する、標準的なまとめ統計を示したものだ。1991年までの急速な成長の後で、日本は長期にわたるとても成長の遅い時期を通過していることがわかる。でも、この表の中で示してある分岐点は、1991年ではなく1992年にしてある。この理由は、1991年の日本経済は過熱しているように思えたので、その部分のその年を基準にして計測した成長率低下は、単に維持不可能な経済ブームの反動として見られるからだ。でも1992年には、インフレ圧力は明らかに弱まってきたから、その後の低成長率のほうが経済の本当のダメぶりを示す指標としては適切だ。もちろん、日本が今年(1998年)に実質GDPを大きく低下させるのははっきりしている。そして失業率はすでに 4% を超えた。

こうしたおなじみの陰気な数字には、驚くべき特徴が二つある。一つは、その停滞ぶりの大きさだ。1981-92年の期間には、日本は平均で 3.7% の成長をとげていて、しかもその開始時と終了時で失業率は変わらず、インフレ率はかえって下がっている。つまり、この期間には実際の産出だけでなく、潜在的な産出も年率 3.7% で成長していたらしいということだ。もしこの成長率をそのまままっすぐのばしたら、1998年の産出予想は実際より 14% も高く見積もることになっていただろう。

二番目の驚くべき特徴は、近年の低金利だ。日本のマネー市場金利は、1995年以来 1% を下回っている。確かに日本は、マネー市場金利を絶対最低ラインまでは押し下げていない――執筆時点(1998)ではまだあと 0.43% 下がれる――でも、この経済は明らかに流動性トラップ条件のかなりよい近似になっている。

この流動性トラップは、成長の低下と現在の停滞においてどれだけ重要な役割を果たしているのだろうか? 原理からいえば、経済停滞の大部分は潜在産出成長率の低下に応じたものなのかもしれない。この場合には、うまい刺激政策をやったとしても、その見返りは小さいので、この経済を流動性トラップから解き放つのは、別に急ぎでもなんでもなくなる。だから、実際の産出と潜在的な産出とのギャップを推定するのがだいじになってくる。

アメリカでは、産出ギャップはふつうは、自然失業率と、失業の変化と実質GDPの変化との関係を示したオークンの法則係数推定を組み合わせることで推定される。日本の計測された失業率は、伝統的にアメリカの失業率よりずっと小さな動きしか見せなかったけれど、1981-91の期間には、実は驚くほどぴったりしたオークンの法則関係が成立している(図4)。この見かけの関係の傾きは、アメリカのものの3倍だ。失業率を1%下げるには、余剰成長が6%上がらなくてはならないということになる。もし停滞期以前の平均2.5%という失業率を、自然失業率の推定値として採用するなら、1997年の3.4%失業は、1997年の産出ギャップが5%以上あったということだ――そして潜在産出がたぶんいまも増大していて、実際の産出が停滞しているのだから、1998年末のギャップはたぶん10%にも達しているかもしれない。

図4:日本のオークンの法則

日本のオークンの法則

日本の産出ギャップ推計として発表されているものは、これよりずっと小さな数字になっている。こうした推計の多く、特に IMF (International Monetary Fund) のものは、 Hodrick-Prescott フィルタがもとになっている。これは実際の産出と潜在産出との偏差の二乗の加重合計と、潜在産出の成長率変化の二乗を最小化するようになっている(詳しくは Giorno et. al. 1995 を参照)。この手法が実用面で何が有利かというと、潜在成長率と自然失業率の両方に secular な変化があった場合にも使えるということだ。でも、 Hodrick-Prescott は停滞が継続しているような経済に適用すると、すさまじい欠陥を露呈する。一つには、これは観測期間全体で見たときの潜在産出からの偏差がゼロだという前提を押しつけるので、経済が停滞すると、フィルタは自動的に過去の期を計算しなおして、それが実は潜在産出を上回る期間だったんだと判断するようになり、結果的にいまの停滞を過小評価するようになる。また、産出が継続して潜在産出を下回ると、それが潜在成長率の推計に織り込まれてしまう。結果として、潜在産出に対する不足分は、体系的に過小評価されることになってしまう。この論点をはっきりさせる、ちょっと不公平かもしれないけれど鮮明な方法としては、 Hodrick-Prescott を一次/二次世界大戦の間のアメリカ経済に適用してみることだ。結果を図5に示す。この計算は、平準化パラメータλを25に設定してある。でもλの値をいろいろ変えてみても、アメリカの産出は1935年(大恐慌まっさかり)には潜在産出を上回っていたという結論が出てしまう。

図5:アメリカのGDP、実際と Hodric Prescott モデルによる試算、1919-39

アメリカのGDP、実際と Hodric Prescott モデルによる試算、1919-39

OECDがいちばん最近に計算した日本の産出ギャップ推計を図6に示す。かれらはもっと複雑な技法を採用している(詳細は Giorno et al 1995);それでも、1997年の日本の推定産出ギャップはオドロクほど小さくて -1.2% になっている。この結果はどうも、OECDが単純な Hodrick-Prescott フィルタリングはしないにしても、通常の労働時間や労働生産性推計を更新するときに、周期的かもしれない部分まで構造的なトレンドとして見直しに含めるようにしていることからきているようだ。このプロセスの働きをきれいに例示するには、 OECDの現在の手法を導入した Giorno et al の1995年調査に出ている潜在成長力推計と、OECD Economic Outlook 最新版に登場する潜在成長力推計を比べてみることだ。その結果を図7に示す。ほんの3年前まで、OECDは日本の潜在成長力を 3% と推計していた。それがいまは 1.6 に引き下げられている。もしもとの 3% の潜在成長力が1994年以降の時期に適用されたら、1997年の産出ギャップは 4.6% にまで上がる。日本のオークンの法則計算で導かれる推計と、そんなにちがわない数字だ。

図6:日本の産出ギャップ、OECD試算 1982-97

日本の産出ギャップ、OECD試算 1982-97

図7:日本の潜在成長率、OECD試算 1987-97

日本の潜在成長率、OECD試算 1987-97

もし1997年の産出ギャップが 3〜4% なら、もし日本の潜在産出成長率が 2〜3% なら、そしてもし(いまやほぼ確実だが)産出が1998年も低下したら、1998年末の産出ギャップは、たぶん 7% を上回ることになるだろう。もちろんこの推計は厳密なものじゃない。ぼくの個人的な推測では、振り返ってみたらたぶん日本の1998年産出ギャップは 8% 以上だったことがはっきりするだろうと思う。でも、それが 5% 以上だということはかなり自信を持って言えるだろう。そしてこれは、このギャップを埋めるための需要側の政策が、実に本気で重要だということを告げている。