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日本の長引く不況は、バブル期の行きすぎのせいではない

ポール・クルーグマン


以下の抜粋は、ポール・クルーグマン著『世界大不況の警告』 (三上義一訳、早川書房、 1999、原書: The Return of Depression Economics, 1999) の261-269頁より。傍点はアンダーラインに直した。『世界大不況の警告』は面白い本なのでおすすめである。世界各国の不況や恐慌の話をこんなに面白く説明できると驚きである。


 日本の長引く不況は、バブル期の行きすぎのせいではない

 今日でさえ専門家のなかには、一連の経済危機がシステムの問題をあらわにしたと受け止めない者が多くいる。その代わりに彼らは、それぞれの国の弱点や、その国の指導者の政策ミスを指摘する。日本の銀行はあまりにも不注意だった。インドネシアの支配者はあまりにも腐敗していた。ブラジルの財政赤字はあまりにも巨大すぎた。さあ、正しい政策に従いなさい、そうすればうまくいく――といった具合だ。

 危機発生以前、これらの国々の経済運営は賛辞を浴びていたが (ほとんどの国は実際、賛辞に値した)、恐慌型経済の問題に直面するなり、重大な欠陥が隠されていたことが露呈してしまった。だが、そこから結論を導く際には注意が必要である。

 たとえば、最近事故の数が異常に増えたハイウェーを想像してみよう。調査官は注意深くそれぞれの事故の原因を調査し、ほとんどすべての事故で、それを誘発した原因を発見する。運転手は飲み過ぎていた、車がスリップした際に誤った反応をした、タイヤがすり減っていた、等である。調査官の結論は、道路には何ら異常はなく、問題はすべて運転手にあったというものだ。【引用者註:説明するまでもないことだが、経済の状態をハイウェーの道路の状態にたとえており、上に登場した「日本の不注意な銀行」などを事故を起こした運転手にたとえている。】

 けれども、この結論は二重の意味で偏見にとらわれている。最初に、ほとんどすべての運転手や自動車は、詳細に調査してみれば、何らかの欠点があることが分かるはずだ。本当に問題なのは、これらの運転手が、平均的な運転手よりも悪いといえるかどうかである。そして第二に、事故を起こしたのが本当に悪い運転手だったとしても、それだけでは道路に問題がないとはいえない。【引用者註:事故を起こしたのが本当に悪い銀行だったとしても、それだけで日本の経済の状態に問題がないとはいえない。】運転が上手な人は、いかなる道路でも事故にあう可能性は低い。しかし、いい道路では、運転手の運転技術が完壁である必要はないのだ。

 同様に、よい経済システムは完壁な政策を必要としない。日本から韓国まで、近年の危機においてひどく苦しんだ国々は、つい先頃まで世界中から賛辞を集めていた。しかも、その崇拝者たちは著名人が多かった。こうした国々の経済運営は本当に、今日の人々が考えるほど、ひどいものだったのだろうか? そんな疑問は事後の屁理屈にすぎないのだろうか? このように言い換えてもいい。アジアと中南米諸国が不況に苦しんでいる最中、アメリカは浮き足立つほどの繁栄を亨受してきた。そのアメリカがもし不況に陥ったとしよう。専門家たちは必ず、なぜそのような事態になったかを長々と説明するはずだ。「規制されていないヘッジファンド、無知な個人投資家のリスクの高い市場への参入、消費者への過剰な信用供与とその結果ほとんどゼロに近い貯蓄率などが、大惨事を引き起こさないわけがなかったのだ」という具合に。

 これまでの二年間の経済危機について特筆すべきことは、それに巻き込まれた国々が過去よりもよい政策をとっていたことである。ある意気消沈したブラジル人が、こうこぼしていた。「ブラジルがこれほど責任感のある政府をもったことはなかった。ビジネス環境はこれまで最良だった。なのになぜ、こんなことがわれわれに起こったのか?」しかもこれは、一月の経済危機が起きる以前の話である。

 儀牲者に責任を負わせようとする意図は、さまざまな形で隠されている。その一つは、私が「二日酔い理論」と呼ぶものである。つまり、景気後退はこれまでの行きすぎた行為に対する当然かつ必要な罰である、という考え方だ。バブル経済の行きすぎのために、日本は今、その罪滅ぼしをしている (八年後だというのに!【引用者註:現在ではもう10年後だというのに同様の考え方をしている人たちが日本では大勢を占めている!】)。アジア諸国も同様に、他人の金を借りて消費してしまったというバブルの罪を償っているのだ。しかし、それは一九三〇年代にシュペンターが指摘したように、単に「恐慌がなすがまま」にしているだけのことである。二日酔い理論が奇妙にも魅力的に聞こえるのは、分かりやすい答を提示しているからではなくて、答を与えないからである。この理論は信奉する人間に、自分は良心的で道徳的で、いわば心のない人間ではないという安心感を与えてくれる――それはいわば愛の鞭なのである。

 だが、その論理は完全に間違っている。行きすぎた行為があったことは事実である。たとえ経済が回復しても、多くの投資は回収できないだろう。だからといって、過去の投資の失敗が健全な労働者を失業に追いやり、使える工場を休ませておいていい理由にはならない。もし明日アメリカの株式市場が暴落したとしても、誰もアラン・グリーンスパン【引用者註:連邦準備制度理事会 (FRB) の議長、極めて有能】に株主を損失から救ってくれなどとは期待しないだろう。しかし、もし彼が、その暴落が大量の失業者を発生させるのを阻止するために全力を傾けなければ、われわれは彼の怠慢を批判するし、またそうするべきである。【引用者註:日本はさらに大量の失業者を発生させることを約束している政権の支持率がものすごく高いという状態である。】

 もっと言えば、景気後退を経済の「構造的」問題の結果だと考え、それが解決されなければ回復できない【引用者註:構造改革なくして景気回復なし】と見なすことは、完全に間違った態度なのだ。需要を刺激して回復を促進することは、変革への圧力を弱めてしまうと考えるのは間違った見方だ。日本の経済モデルは失敗したといわれている。その経営はあまりにも偏狭で、企業はマーケット・シェアばかり重視して利益を十分に考慮せず、銀行はあまりにも顧客と緊密すぎた。これでは景気が低迷するのも当たり前である。不況は日本のシステムを変えることになり、実際に日本の未来にとってよいことであるという (いつもは思慮深い日本のあるエコノミストが「あなたの提案は、連中がやっと変わろうとしている時に、また連中にいつもの通りやらせるだけのことだ」と私に言った)。けれども、すべての大きな問題が構造的であるわけではない。立ち往生してしまった自動車が、ほんの少し押してやればまた走り出せることもある。また一方、すべての経済が構造的問題を抱えており、恐慌時よりも繁栄下のほうがそれを是正する環境としては適している、という議論も成り立つはずである。

 そして最後に、成功の目標を低くしてはならない。ブラジルが一月に不況に陥るまで、ワシントンをはじめ、至るところで、高官たちは奇妙にも自己満足に浸っていた。韓国は最悪の状況を抜け出し、日本ではかすかな成長の足どりがうかがえる。【引用者註:これは1999年当時の話。 2001年8月現在も日本はひどい不況であり、完全失業率が上昇中である。】どうやら両国の政策は機能しているようだ。これは、たいていの自己の儀牲者が生き残り、再び歩くことができるようになったことこそ、ハイウェーの安全策が機能している証拠であると言うに等しい。われわれが、恐慌型経済の復活に終止符を打ったと主張できるようになるまでの道のりは長いのである。

 では、われわれは何をどう違う方法でやればいいのだろうか?

 先進国を日本と同じ状態にしてはならない

 世界は不公平な場所である。裕福な国はすべての面において祝福されているように思われる。単に裕福なだけでなく、それらの政府は一般的に安定し、効率的である。そして市場と投資家のダブル・スタンダードにおいても好意的に解釈され、疑わしい点も有利に解釈してもらえる。これらすべてが、貧しい国にはただ羨【うらや】むしかない、行動と自由と経済問題にうまく対処する能力を保証してくれる。

 それにもかかわらず、日本は先進国でさえ行き詰まってしまうことを明らかにした。九八年秋の恐ろしい出来事は、先進国も突然の金融危機に見舞われる可能性を示唆した。それらの国々は自らを守るために何をするべきなのだろうか?

 私はすでに日本が何をすべきかを述べた (第4章)。【引用者註:「「経済を子守りしてみると。」や「日本の流動性トラップについて:追記」を参照せよ。】日本は流動性の罠にはまり、金利をゼロにしても効果がない。もはや従来の金融政策によって回復することは不可能であり、赤字国債による財政出動でさえもその出口を見出すことができないでいる。したがって日本は今、マネー・サプライを大幅に拡大しなければならない。それによって投資家や貯蓄をしている人々に、現在のデフレが穏やかで持続的なインフレへと転換していくことを知らしめるべきである。日本の当局がこれを実行することを決めたならば、結果は驚くべきものになろう。とはいえ、そのような過激な方法が唯一の治療法だと悟るまでには、また時間がかかりそうである。【引用者註:2001年8月23日の報道によれば日本の首相は「痛みに耐えて我慢しよう」を繰り返し、クルーグマンの提案を却下した。】

 アメリカとヨーロッパは現在、流動性の罠にはまっていない。したがってその関心事は、いかにしてその罠を避けるかである。最も明白な予防法は、好景気においてもインフレ率があまり低くならないように注意することである。いざという場合、実質金利がゼロでなくマイナス二%として機能するよう、少なくとも二%という目標金利を設定すべきなのだ。その基準から考えると、本書の執筆中、アメリカは多かれ少なかれ正しいことをやっているといえる。だが、ヨーロッパの金融政策はあまりにも保守的である。成長は鈍化し、インフレ率は一%以下であり、さらにその数字は下がりつつある。三%という金利は、将来の景気後退に対応することを計算に入れると低すぎる。この本が出版されるまでに、ヨーロッパ中央銀行が積極的に金利を下げ、インフレ率を二・五%に押し上げることを希望する。インフレが上昇すれば、一時的に下げた金利はやがて上昇することになるだろう。そうしなければ、流動性の罠はさらなる儀牲者を出すことになるだろう。

 長期的に見るなら、近年の市場で露呈した経済のもろさを改善する努力が必要であろう。ヘッジファンドの猛攻は、銀行と同じような業務を行ないながら銀行のような保護を受けない金融機関が数多く存在する現代の市場において、昔ながらの金融パニックを発生させてしまった。誰が何に対して返済義務を負っているかを理解し、危機が再び起きる前に、新しい防火壁【ファイヤウォール】を建てるべきであろう。

 最後に、もし危機が発生した場合、やるべきことは簡単である。ためらうことなく、大幅に金利を下げるのだ。グリーンスパンはアメリカの株価が上がりすぎたと考えているが、彼なら日本と同じ過ちは犯さないだろうと私は信じている。【引用者註:それに比べて日本の政府や日銀は……】日本はバブルが弾けた時、その調整を歓迎してしまい、金利を下げるのがあまりにも遅すぎた。私はヨーロッパ中央銀行についてアメリカほど自信をもてない。金融当局がその問題を理解していることを望む。

 総じて私は、先進諸国の問題については、さほど心配してない。私が言わんとしているのは、先進諸国の問題の解決策は、それほど大きな痛みを伴う処置が必要だとは思えないということである。ヨーロッパとアメリカにおいて適切であろう二%台のインフレ、または日本が目標と定めるべき四%台のインフレが、経済にとって有害だという証拠は特にない。【引用者註:ゆるやかなインフレには大した害がないというのは経験則でもあるが、より詳しい議論に関しては『クルーグマン教授の経済入門』の「5 インフレ」を参照せよ。】そして、先進諸国が恐慌型経済に対応するために必要な措置は、自由市場への積極的な関与を抑制するものではない。

 それに対して発展途上国が直面している問題は、いっそう難しいように思われる。

(ポール・クルーグマン著『世界大不況の警告』 (三上義一訳、早川書房、 1999、原書: The Return of Depression Economics, 1999) の261-269頁より。傍点はアンダーラインに直した。色の付いた強調とリンクは引用者による。)