大学院新入生のための数学学習の手引

著者: 宇澤 達

1996年9月11日 (Original Version)


合格おめでとうございます.この文章は合格が決定してから実際に東北大学に入学されるまでの6ヶ月間,そして入ってからの指針に役立つことを願って書かれています.

講義を聞き,そして本を読むことについて.

数学においては,ごく小数の中心的なアイデアを把握し,それをさまざまな例についてその意味をよく考えることが大事です.従って,講義を聞くときも,本を読むときも,そのアイデアが何であるかを理解しようとすることが重要になってきます.問題演習をするのは,ひとつには新しい概念を正確に理解する助けとし,そして多少 non-trivial な状況で応用してみることによってアイデアを理解する助けとするためです.また,本を読むときにノートを取りながら,論理的な穴を埋めながら読み進めるのは良い練習になります.

と言われてもどうしたらいいのか?

という人には,既に知っていることでそれを試してみることを勧めます.微分積分であれば,

線形代数であれば,

代数では,

また,幾何では,

小林昭七 「ユークリッド幾何から現代幾何へ」 (日本評論社)

がいろいろある本の中で特に目につきました.また,もう少し研究の雰囲気を知りたい人には,

が参考になると思います.

数学の知識はどのくらい必要か?

というので不安になっている人もいると思います.まず最小限(これをクリアーしていないひとも多いのですが)として,微分積分(ストークスの定理,フーリェ解析初歩,常微分方程式初歩),そして線形代数(実対称行列の標準形, Jordan 標準形)があります.あとは,学部での数学の講義の内容を,聞いた時は消化不良をおこしたにせよ後から復習しておくことが必要です.終りに,理解をためす参考として問題をあげておきます.必要な知識は分野によっても違うので,いきたい分野,先生がはっきりしていたら,恥ずかしがらずに早めにコンタクトをとる事が大事です.この文章の終りに,どの分野に進むにしても知っていて損しない,現代の数学にとってはかなりスタンダードな範囲をリストアップしておきました.

研究者になりたいのですがどうしたらいいでしょうか?

と聞く人は実は研究者には向いていません.研究者は,新しい結果を出さなければなりません.そして,ここが難しいところですが,その結果がある程度意味を持っていなければなりません. 従って,考えたことの内で正しいのが 10 に 1 つであり,正しかった事柄の 10 に 1 つが意味のあることであるとすれば, 100 考えたことの内 99 は失敗なわけです.従って,研究していく上では正しいか正しくないかはっきりしない仮説を根気よく考えていく能力が必要です.「タナボタ」に見えることも不断の報われない努力が背後にあることを忘れてはいけません.

従って,研究者になるには,幅広い知識と根気,そして運が必要なわけです.

ですから,まず自分が研究者に向いているかどうか考えてみて下さい.例えば,解けるか解けないかわからない一つの問題を一週間ずっと考えて解けたのがうれしかったとか,考えることが好きな人は見込みがあります.そして,新しい問題を作ることを試みてください.


リスト

このリストには現代数学でかなりスタンダードな考え方になっているものを挙げました.自分で勉強するのも,良い本が多いので楽な範囲です.各分野で大事な概念で,スタンダードといいがたいものは,最後に,知っておいた方がよい分野としてリストしてあります.微分幾何の接続の概念,また層の理論が「セミスタンダード」な分野になります.

がはずれていることもあります. かなり独断が入っています.例えば,幾何学では接続の概念は不可欠ですが,必ずしも他の分野にとってスタンダードな考えとは言えないのではずれています.

代数

線型代数 (部分空間,商空間, Jordan 標準形,対称行列の標準形) 環上の加群,関手 Hom, $\otimes$,単項イデアル整域上の加群の構造,外積代数,可換環論初歩(局所化,一意分解環,ネター環,ネーターの正規化定理,ヒルベルトの零点定理),群論初歩 (準同形定理,直積,組成列,シローの定理),ガロア理論,数論初歩 (ディリクレの算術級数定理まで)

参考書

幾何

位相空間 (分離公理, コンパクト性,商位相, proper map),2次元閉曲面の分類,基本群と被覆空間,ホモロジー群,コホモロジー群(キャップ積を含む),多様体の概念(接バンドル,余接バンドル,写像の微分),レフシェッツの不動点定理,ポアンカレ双対性,ベクトル場 (フロベニウスの定理), ド ラム の定理

参考書

解析

一変数,多変数の微分積分,関数論 (リーマンの写像定理まで),ルベーグ積分,確率論初歩 (中心極限定理まで)フーリェ解析,distributionの理論の初歩,ソボレフ空間 (埋蔵定理まで),関数解析 (閉グラフ定理,ハーン バナッハの定理,スペクトル理論),リーマン面初歩,常微分方程式論 (解の存在と一意性,安定性,フックス型の方程式の理論),偏微分方程式初歩 (表象,コーシー コワレフスカヤの定理まで)

参考書


参考問題

参考問題は数式が多数使われているのでここでは省略致します.オリジナルの jAMSLaTeX Version (TeX file, DVI file, PS file) を参照してください.


このファイルは宇澤達氏による原稿の黒木によるHTML化である。