From: kuroki@math.tohoku.ac.jp (Kuroki Gen)
Newsgroups: fj.sci.math
Subject: Re: historical approach to math.
Date: 15 Apr 1997 06:35:37 GMT
Organization: Mathematical Institute, Tohoku University, Sendai JAPAN.
Lines: 93
Distribution: fj
Message-ID: <KUROKI.97Apr15153537@zakuro.math.tohoku.ac.jp>
References: <5iso5n$o7s$1@light.imasy.or.jp>
NNTP-Posting-Host: zakuro.math.tohoku.ac.jp
In-reply-to: ishii@imasy.or.jp's message of 14 Apr 1997 16:59:51 JST

黒木です。

すでに、「数学史を学ぶことと、数学を学ぶことは分けて考えた方が良い」と いうフォローがいくつかあるようですが、私も同趣旨のことを書きます。すで に修得済みの物理学の素養を武器にして、そちらから攻めて行った方が得策だ と思います。

In article <5iso5n$o7s$1@light.imasy.or.jp>
ishii@imasy.or.jp (Kazuhide ISHII) writes:

近代数学をおさらいしたいのですが、定理・公理から入るよりも、 数学者達がいかにそれを築いてきたか、というアプローチをとりたい と思っています。

おそらく、歴史からアプローチしたいという発想の裏には以下のような考え方 があるのだと思います。

(a) すっきり奇麗に整理された諸結果を直接学ぼうとしても、その説明の仕方 はあまりにも天下り過ぎることが多く、自分には受け入れることができないよ うな気がする。

(b) 歴史に沿って、それらの諸結果がいかにして築かれてきたかを学ぶことに すれば、例えば、なぜそのように定義するか、どうしてその定理をそのような 形に定式化するのか、というようなことについて納得できる説明が得られるで あろう。

しかし、残念ながら、「天下り的な説明」という困難を避けるために「歴史か らのアプローチ」を用いる、という発想は残念ながら、ほとんどの場合におい て現実的ではありません。

なぜならば、実際に歴史を調べてみればわかることですが、過去の数学者がど のように考えてきたかについて理解しようとすることには、よくある天下り的 でとっつき難い数学の教科書を読むこととは別種の困難が存在するからです。

数学は論理的で演繹的な学問なのだから、数学における諸概念の発見もある程 度筋が通ったものであり、その歴史を学ぶことにすれば、それらを天下り抜き に、納得できる形で理解できる、というような先入観でもって、数学史を学ぼ うとするとあっというまに挫折してしまうと思います。

諸概念を天下りを経由せずに納得できる形で理解するために数学史を利用する という考え方はおそらく間違いです。 数学史を学ぶことの利点は、「数学は論理的で演繹的な学問である」という誤った先入観を破壊するということにある のだと私は考えています。

私自身も、しばらく前に買ったファン・デル・ヴェルデンの『代数学の歴史』 (現代数学社)を眺めてみて、抽象代数の諸概念の起源がそう単純なものではな いことに改めて驚いています。

このことは実は数学に限らず、他の分野でも同じことなのだと思います。しか し、例えば、物理学などでは、数学とは違って、たいていの教科書にちょっと した歴史的エピソードが書いてあって、それが読者の了解の便になっているこ とは事実です。おそらく、石井さんは、そのような経験をもとに、数学におい ても、歴史についての記述が多い物理の本のようなものを期待したのだと思い ます。

物理学の教科書において、歴史的な説明の仕方がやり易いのは、おそらく「決定的実験・観察」のようなものをクローズアップし易い分野であるから だと思います。実際、教科書に書いてある歴史的エピソードの類は、「決定的実験・ 観察」の関することが多いように思えます。 (もちろん、それが科学史の正し い説明の仕方であるかどうかは別問題であり、この話題とも密接に関係してい るのですが、ここではそちらの話題には触れません。その辺の事情については、 トーマス・クーンの『本質的緊張』(みすず書房)の自伝的序文がよく引用され ているようです。)

一方、数学の教科書を、歴史的に決定的な事件というのをクローズアップして 書くのはちょっと難しいように思えます。もちろん、「確定した予想の証明に 初めて成功したのは誰それだ」というようなことを強調するのは簡単ですが、 そういう類のことが、数学における諸概念の修得にはあまり役に立つとは思え ません。現在確定している諸概念が確定するまでには、フォローするのが大変な膨大な計算の蓄積だけでなく、すっきりした結論からは想像できないような紆余曲折があることが普通のようです。 もちろん、このようなことは、公理的に諸概念を奇麗に整理するという手法が広まった今日においても普通のことです。

過去の数学者の考え方を理解することが困難な理由は、以下に述べるようなこ とからもよくわかると思います。と言うのは、研究上の興味から、 論文を書いた本人に問い合わせても、「どうして、そういうことを思い付いたのか、全然覚えていない」という回答が返ってくることがよくあるからです。 他の人に理解できることは、「そういう風にやれば、確かにうまくいく」ということだけであり、「どうやって、それを思い付いたのか」ではないことが多いのです。 実際には、証明を書き上げた直後の本人でさえ、例えば「AとBを結び付けると うまく行くことはわかったが、どのようにしてAとBを結び付けたのかについて は思い出せない」というような状況であることがほとんどなのです。

改めて言っておきますが、以上のような事情から、数学の歴史にこだわるのは あまり得策ではないように思えます。

すでに物理学の素養という強力な武器を持っているのなら、例えば、物理学者 が物理学者のために書いた数学の解説(結構良いものが多い)を見ながら、数学 者が書いた教科書でその厳密な定式化や証明について補足する、というような 方針でやる方が楽だと思います。

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Gen KUROKI