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2000年4月3日

首相入院:
問われる首相不在中の危機管理


 2日午前1時、小渕首相を乗せた車がひっそりと首相公邸を出た。日曜日の未明。すいた都心の道路を、車は4キロほど離れた文京区本郷の順天堂大付属順天堂医院に向かった。24時間、首相の警護を務める警視庁のSP(セキュリティー・ポリス)も車に分乗した。警視庁幹部は3日、「首相が病院に行った場合、当然しかるべき警備措置を取った」と語り、2日未明から病院周辺の警備に当たったことを認めた。しかし、病状や首相入院の情報の取り扱いについては「こちらでコメントする話ではないし、報告先についても言えない」と口を閉ざす。

 SPは1975年6月に起きた当時の三木武夫首相顔面殴打事件を契機に、米国SS(シークレットサービス)をモデルに作られ、首相のほか閣僚、衆参議長、自民党幹事長ら3役などに付く。

 しかし、警察内部でも情報はごく一部に限られた。順天堂医院を管轄する本富士署幹部は「2日夜まで、首相入院の連絡はなかった。青木(幹雄)官房長官の記者会見で入院先が分かったので、急きょ、報道陣などの混乱対策で病院周辺に約20人の交通警戒要員を派遣した。その後機動隊員など約60人程度に増員した」と語る。

 警察庁幹部にこの情報が伝えられたのも2日午後10時半ごろだ。ある幹部は「官邸にいるときは、SPも礼儀として動静をいちいち報告しない」と説明する。

 小渕首相と青木官房長官は、もともと2日午後、東京都港区内のホテルで開かれた俳優の杉良太郎さん、歌手の伍代夏子さんの結婚式に出席する予定だった。しかし、2人の出席は2日になって急にキャンセルされた。欠席の真の理由は、もちろん祝いの席では明らかにされなかった。

 青木官房長官が順天堂医院に行ったのは2日午後7時ごろ。もともと公務以外の移動では運転手を務める秘書が結婚式出席のために待機しており、そのままその車で行ったという。

 政界でも、首相の異変は2日夜まで知る人が少なかった。連立を組む公明党の神崎武法代表が連絡を受けたのは、2日午後10時半ごろ。自民党の加藤紘一前幹事長にも同じころ、森喜朗幹事長から電話で連絡があった。首相特使として訪露を控える鈴木宗男前官房副長官にもこのころ、青木長官と森幹事長が電話で総理の入院を知らせたうえ、「ロシアには予定通り行ってもらう。総理特使はキャンセルできない」と伝えたという。ただ、森幹事長は、この日午前の地元行きをキャンセル。首相の異変を知っていたかのように周辺に漏らしている。

 青木官房長官ら入院の情報を握っていた一部の幹部たちは、2日夜までに首相が退院し、公務に復帰することに期待をかけていたのか。発表の遅れについて青木長官は「検査を見守っていた。他意はない」と強調するばかりだった。

 首相不在が伏せられていた間に、「有事」があったらどう対処したのか。自衛隊法で、首相は自衛隊の最高指揮官と位置づけられている。青木長官は「ちゃんと対応するつもりだった」と言うが、幹部自衛官は「米国では大統領が手術などで意識がなくなる時には、必ず副大統領が引き継いで、指揮権の空白が生じないようにしている。幸い平和だからいいが、昨年の不審船のような事態が起きた場合に、決断が遅れる恐れもある」と指摘する。

 しかし、有珠山の噴火で災害派遣で出動している陸上自衛隊などには、全く影響はない。陸自幹部は「法的にも道知事から現地の第7師団が要請を受けて派遣している。それを自衛隊全体でサポートしている形なので、問題はない」としている。

 拓殖大海外事情研究所の佐々木良昭教授の話

 まるで中東の独裁国家。情報を公開できる態勢をとれなかったのは調整能力を持つ人間が首相の周りにいないということ。あいまいな表現でしのがざるを得なかったのは首相の周辺の世界のぜい弱さを示した。首相の申し送り事項がきちんと伝達できているのか。明確につかんでいる人がいないのではないか。これでは孤独な独裁者と変わらない。

 分かっているのにうそを流すのは国民の信頼感を壊すものだ。それも、うそがばれた時のことも考えずに場当たり的な対応。危機管理のなさを露呈したばかりか、時代遅れの国家であることを示した。先進国家では起こり得ない。今の日本は個人の責任のレベルが非常に低くなっており、トップがあらゆることを決めなければならない。

 首藤信彦・東海大教授(危機管理)の話

 今回の事態は、日本政府にとって危機がフィクションでしかないことが露呈したということではないか。首相が倒れたという想定をしていないから、うその発表をするしかなくなる。職務代行者の順番がどこまで定められているのか。米国の場合、レーガン元大統領が来日したとき、エレベーターの中にいるほんの数分間、核のボタンが押せないということが国家的に大問題となった。組織防衛の点からみても、お粗末だ。会見した青木官房長官は、顔がこわばり、受け答えにも、問題が起きたことをうかがわせるに十分な表情をしていた。22時間も事実を伏せるという失態のうえに、危機を悟らせないという基本もできていない。

 問題が起きたときに、間を置かずに事実を公開するのは危機管理の常道だ。その情報が必要以上に誇張されたり、誤って伝えられたりするリスクを防ぐためだ。必要最小限の情報を提供する会見を断続的に開いて、その間に、政府として次の手を打っていくべきだった。ペルーの日本大使館襲撃事件のときから、何ひとつ進歩していないという印象だ。

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