From reform-admin@ed.niigata-u.ac.jp Mon Jun 5 16:32 JST 2000 Received: from cosmos.ed.niigata-u.ac.jp (cosmos.ed.niigata-u.ac.jp [133.35.176.6]) by sakaki.math.tohoku.ac.jp (8.9.3/3.7W) with ESMTP id QAA05313 for ; Mon, 5 Jun 2000 16:32:06 +0900 (JST) Received: from cosmos.ed.niigata-u.ac.jp (localhost [127.0.0.1]) by cosmos.ed.niigata-u.ac.jp (8.9.3/3.7W) with ESMTP id OAA25250; Mon, 5 Jun 2000 14:02:07 +0900 (JST) Date: Mon, 05 Jun 2000 13:59:29 +0900 From: fumoto Reply-To: reform@ed.niigata-u.ac.jp Subject: [reform:02877] Re: 予測される大学自治崩壊の例、など To: reform@ed.niigata-u.ac.jp Message-Id: <393B33B1.4AA915D9@cc.hirosaki-u.ac.jp> References: <200005301218.AA00093@kdex1.el.gunma-u.ac.jp> <200005301218.AA00093@kdex1.el.gunma-u.ac.jp> X-ML-Name: reform X-Mail-Count: 02877 X-MLServer: fml [fml 2.2.1]; post only (only members can post) X-ML-Info: If you have a question, send e-mail with the body "# help" (without quotes) to the address reform-ctl@ed.niigata-u.ac.jp; help= X-Mailer: Mozilla 4.51 [ja] (Win95; I) X-Accept-Language: ja Mime-Version: 1.0 Content-Transfer-Encoding: 7bit Precedence: bulk Lines: 131 Content-Type: text/plain; charset=iso-2022-jp Content-Length: 7846 Toru Tsujishita wrote: > (Re: [reform:02868] Re: 意識変更が制度変更の意義?) > 麓 信義 様 > > >  大学進学の敷居が高くなることに直結するという予想はそう簡単に出ないと思います。そ > > うなれば,国民は反対に回りますから,競争原理が働かない地方大学には補助金を厚くしろ > > と言うことになる気がします。 > > 残念ながら、ある大学を廃校にするときは(基準が後で決める競争をさせたあとで) > 「業績が悪いので」という理由で廃校にするという話しになるので、国民(地域の方) > も反対する間がないでしょう。 > (独立行政法人会計基準では、研究・教育の成果を「収益に転換」することが必要ですが、 > (財務省の省令で決まることが予想される)その転換の方法は、何も決まっていません。) >  何も決まっていないというのは確かでしょうが,「反対する間がない」かどうかは,見解の相違 でしょう。競争原理だけでは地方大学は成り立たないと言うことは,一定の理解を得ていますし, 「業績」の中には,教育業績も含まれるはずですから。私は,弘前大学は教育を一所懸命やってい る大学をセールスポイントにすべきで,研究業績で都会の大学と争う必要はないと,機会があるご とに言っているのですが(学長にも少人数の懇談会で直接言ったことがあります),学長はノーベ ル賞学者を一人でも出すことが大学の活性化につながるという考えを曲げていません。 > > > 今でも,学長は文部大臣の任命のはずです。 > > 今の国立大学制度の長い歴史の中で、学長は大学が指名し、文部大臣が任命する、と > いう慣行をかち得たわけです。この慣行を文部大臣が破るには並大抵なことではあり > ません。長い時間を経た制度には、多くの先人の努力が築いた数多くの不文律がある > のです。 > > > 大学の推薦によって任命する制度は今後も残ります。 > > 何を根拠にそう断定されるのでしょうか。1月以来4ヶ月に亙って文部省が自民党と > 接触した結果が、5月11日の自民党政務調査会提言です。そこでははっきり、学長 > の学内選考を認めない、と書いてあります。選挙後に連立が続投する場合には、5 > 月11日提言以外のことはあり得ないと私には思えるのですが。  少なくとも,大学の意見を聞かないで決める制度にはならないと思います。意見がどう判断され て大学の意向が通らなかったかを情報公開する方が重要だと思います。大学教官の過半数の支持を 得て現在の弘前大学の学長は決められているわけですから,ある意味では,独断専行で学長が学内 改革を行っていることを過半数の教官は支持していると言ってもいいわけです。  学長選挙の際に,大学の将来像等の見解を公的に何も提示せずに選挙すること自体が問題で,学 内では,今後もそれでよいのかという議論が出ています。これも,情報公開制度になって,このよ うな不十分な情報で選挙をやっていると,学長を責任もって選出していると世間に言えないという ことも,改正論議が出てきた背景の一つだと私は理解しています。  任免権者が誰であっても,大学の意向をふまえて決めるとう原則自体がしっかりしていれば,任 免権者が大学の意見をどのようにねじ曲げで学長を決めたかが明らかとなり,初期に混乱はあって も,落ち着くべきとことに落ち着くと思います。情報公開の方がもっと大切だと考えます。潮木氏 の本でも,ドイツの文部大臣が勝手に決めているわけではなく,ブレインがいることを紹介してい ます。通常でないことをやるためには大義名分が必要なのです。したがって,私はむしろ,議論の 経過を公表すると自由な討論ができなくなるという詭弁がまかり通っていることに,危機を抱きま す。大学の意向通りに決まらなかった場合は,議論の過程を全て公表するというルールの方がむし ろ重要と考えます。法人化反対により,このことが不明瞭なまま制度変更が成されることの方が問 題だと思います。大学で学長を決めればだれも文句が言えないという制度は,納税者から見ても納 得しにくいと思います。大学の判断に誤りがないという前提の制度は,やはり,問題であり,どこ かで,学長決定を含む大学批判を受け入れる窓口は必要になり,そこでの議論を公開する制度の方 が重要と考えています。 > > > > 制度変更が直接大学の自治を犯すのではない > > と言われますが、政府の直轄機関でありながら先人の努力の上に慣用によって辛うじ > て保持している自治は、独立行政法人制度ではゼロから再形成しなければならないの > です。しかも、今度は、最初から学内学長選出を認めないことが予想される制度です。 > どうやって慣行を形成できると思うのでしょうか。多くの教員が職を賭けて政府と戦 > わなければならないのでしょうが、そういうことが起こる時代とは思えません。「制 > 度変更が直接大学の自治を犯すのではない」とはかなり能天気な印象を受けます。 それほど,国民はバカなのでしょうか。 > > > 大学自治が犯されると騒いでいる,今いる大学人は駆逐されるかも知れないけれども > > 「駆逐する」という穏やかでない言葉が出てきましたが、独立行政法人学長が持つ絶 > 対的人事権の性格を的確に表現する言葉ですね。そういうことを予想しておられながら > 今より大学は良くなるだろうと主張される点が理解に苦しみます。「大学自治が犯され > ると騒いでいる,今いる大学人が駆逐される」事態は、まさに大学自治が崩壊した状態 > でしょう。 > >  「大学の自治が犯される言うだけで,とこれまでの自治のあり方に対する反省なく騒いでいる 人々や,自治権をこれまで行使しているにもかかわらずこの議論のも加わらない多くの大学教官」 と言うべき所でした。教官を総入れ替えしても,無責任体制や学生教育の軽視は無くならないだろ うという意味です。  先にも述べましたように,弘前大学では,学部長,評議員の選任や教授昇任に関して,医学部を 除いて,教官の多数が関与する組織で決定されてます。つまり,外から客観的に見れば,大学の決 めた方針が,自治の表現だったはずです。他の大学でも,大方は同じだと思いますので,私が見聞 きした,ある大学で「講義は2コマしか持たない」と言う教官を野放しにすることも,「論文数が 10であれば,紀要のような書けば載る雑誌に10編出すだけで教授にする制度」を温存してきた のも,大学の自治の結果です。  また,現行の自治を続けるのであれば,物言わぬ大多数の教官こそは,まず駆逐されるべきだと 私は考えます。大学自治の前提として,自治に関与する教官は,特定の分野のスペシャリストであ るだけではなく,世の中全般に気配りできる資質を持っているということがあるはずだからです。 そのために強大な自治権が与えられているはずです。  この前提(大学教官は全てに見配りできる全能的知識人である)がなければ,大学の自治を守る ために,自治権を行使できる人間の数を絞り込むべきだと思います。昔はこれが,教授のみの自治 という考え方だったのでしょうが,現在では,もしこのような方向をとるとすれば,別の基準が必 要になるでしょう。また,全能的知識人を前提とした大学教官に平等の一票を与える現在の自治制 度が正しいのだという説明は,世間を納得させることができるとは思えません。  現在の自治制度に対する自己批判と連動させて,新しい自治制度を確立させることが必要だと思 います。自己批判の暇がないうちに。社会から圧力がかかっているのが現実だとは思いますが,反 対ばかりしていてもダメだと思います。一度変わったらもう永久に変わらないことを前提とした議 論は世論の支持を得られないと思います。  確かに大学の自治に問題もあったので,今は改革に従いますが,おかしかったら昔のよい部分が 続くように改革しますという議論が,なぜできないのか疑問です。 -- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ Japanese   氏名  麓 信義   弘前大学教育学部保健体育科 教授 住所 036-8560 青森県弘前市文京町1 専攻 運動・スポーツ心理学 ------------------------------------------------------------------------- English Name Fumoto, Nobuyoshi (Professor) Major Psychology of sport and physical activities Address Department of Health and Physical Education, Faculty of Education, Hirosaki-University 1, Bunkyo-cho Hirosaki, Aomori 036-8560 Japan http://siva.cc.hirosaki-u.ac.jp/hotai/fumoto/fumoto.htm ------------------------------------------------------------------------- tel: 0172-39-3391 fax: 0172-32-1470 E-mail: fumoto@cc.hirosaki-u.ac.jp +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++