From reform-admin@ed.niigata-u.ac.jp Mon Nov 29 17:36 JST 1999 Received: from cosmos.ed.niigata-u.ac.jp (cosmos.ed.niigata-u.ac.jp [133.35.176.6]) by sakaki.math.tohoku.ac.jp (8.8.8/3.7W) with ESMTP id RAA14223 for ; Mon, 29 Nov 1999 17:36:19 +0900 (JST) Received: from cosmos.ed.niigata-u.ac.jp (localhost [127.0.0.1]) by cosmos.ed.niigata-u.ac.jp (8.9.3/3.7W) with ESMTP id OAA20440; Mon, 29 Nov 1999 14:02:54 +0900 (JST) Date: Mon, 29 Nov 1999 14:04:06 +0900 From: Ken-Ichi Aoki Reply-To: reform@ed.niigata-u.ac.jp Subject: [reform:02387] ニュージーランドの行政改革 To: reform@ed.niigata-u.ac.jp Message-Id: <199911290504.AA00134@gaoki.hep.s.kanazawa-u.ac.jp> X-ML-Name: reform X-Mail-Count: 02387 X-MLServer: fml [fml 2.2.1]; post only (only members can post) X-ML-Info: If you have a question, send e-mail with the body "# help" (without quotes) to the address reform-ctl@ed.niigata-u.ac.jp; help= X-Mailer: AL-Mail32 Version 1.10 Mime-Version: 1.0 Precedence: bulk Lines: 479 Content-Type: text/plain; charset=iso-2022-jp Content-Length: 30607 草の根から見たニュージーランドの行政改革(河内洋佑論文より) 皆様 日本の行政改革のモデルとしてよく引用されるニュージーランドの行政改革の あまりにも悲惨な実態について、河内洋佑氏(前オタゴ大学地質教室、 現中国科学院中国鉱物資源探査研究センター)の論文をOCRで読み取った ものを投稿します。ご本人から広く知らせてほしいという了解を金沢大学 理学部の田崎教授が直接得ております。 比較的長いレポートですが、あまりの内容に最後まで一気に読めてしまいます。 最後の方にある大学教育、科学研究の実態、とくに基礎研究の壊滅の方向など 私たちが独立行政法人化で危惧することがそのままでているようです。 このようなニュージーランドの現状をみると、改めて国立大学の独立行政法人化 反対を国民切り捨ての行政改革反対と合わせて国民と共に進めていかないととい う思いを強くさせます。   青木健一(金沢大学理学部物理)   (なお、OCR原稿の校正作業では、鈴木恒雄、末松大二郎の両氏が    尽力されました。) ****************************************** ニュージーランド研究第4巻(1997年12月) 草の根から見たニュージーランドの行政改革 河内洋佑(前オタゴ大学地質教室、現中国科学院中国鉱物資源探査研究センター) キーワード: ニュージーランド、行政改革、改革の背景、医療、社会、国公有資産、        教育、科学研究   I まえがき  私はニュージーランドに1967年以来廷ベ26年余滞在し、1997年4月に日本に 帰国した。その間、最近日本の行政改革のモデルとしてよく引用されるように なったl)ニュージーランドの行政改革の前後を身をもって体験するという稀 な機会を得た2)。日本ではニュージーランドの行政改革は若干の影の面を伴っ てはいるが、全体としてはバラ色であると描かれているようである。それと全 く異なる見方があることをお伝えし、特に草の根から見た改革の実態を記録す ることは、バランスのとれた理解を進めるために必要であろう。  ニュージーランドの政治は1院制で、その上最近まで小選挙区制だった。そ のため30%台の得票でも議会の多数派を占めることができた。それだけでなく、 多数党党内では実力を持った幹部数人がその意のままの党内運営を行い、政策 を決定することができた。このような制度の下ではチェック・アンド・バラン スは実現され難い。ある政治学者はニュージーランドの制度を「民主的独裁制」 と呼んでいる3)。今度の行政改革を始めたロンギ氏の率いる労働党が改革開 始直後の選挙で敗北したのは、国民党ならばそのような改革を行わない(ある いは少なくとも、もう少し国民に痛みを伴わない方法で行うのではないか)と いう期待があったからではないかと思われる。それが裏切られたとき、国民は 選挙制度改革を求め、圧倒的多数をもって、もっとよく民意を反映する比例代 表制を採用するように求めた。その比例代表制による選挙の結果は周知のよう に、人気取りにたけた、もと国民党のウインストン・ピータース氏の率いる 「ニュージーランド第一」党(New Zealand First)がキャスティング・ヴォー トを握って国民党と連合を組み、既定路線をさらに押し進めることで終わった。 しかし最近の世論調査によれば、国民党と「ニュージーランド第一」党連合の 支持率は低下しており、特に後者の支持率低下は著しい。つまりこの小文で私 がこれから述べるような事態に対する国民の反感やフラストレーションは、国 民の60%以上が感じているということであり、改革は決して日本で伝えられて いるように国民的支持の下にあるわけではない。むしろ橋本首相が1997年4月 にニュージーランドを訪問して改革を「成功」させた秘密は何かと尋ねたとこ ろ、ボルジャー首相は「国民にとって何が何だかわからないうちに急速に改革 を押し進めたことです」と答えたことに象徴されるように、改革が非民主主義 的に行われたところに特徴がある。ちなみに、改革を開始した労働党も行政改 革についての公約は一切せずに選挙に臨み、多数党になったところで突然改革 を開始したのであった。 II 改革の背景  ニュージーランドは第二次大戦で戦場にならなかったこともあり、「祖国」 イギリスヘの食料や羊毛の主要輸出国として、戦後長く世界のトップクラスの 繁栄を享受してきた。このような繁栄にかげりが出たのは、イギリスのEEC加 盟によって最大の販路を失ったのが始まりである。経済的な苦境を決定的にし たのは1970年代初めの2度にわたる石油危機であった。このとき、国民党マル ドゥーン内閣の蔵相であったビル・バーチ氏は、この苦境を脱出するために 「シンク・ビッグ」(Think Big)ということを提唱し、いくつかの大プロジェ クトを開始した。これらは、ニュージーランドに豊富にある天然ガスを原料と した石油合成工場の建設、クルサ川のクライドに巨大ダムを建設してその電気 を利用したアルミ精錬工場の建設、北島西岸に多量にある砂鉄を使った製鉄所 の建設などである。以上のうち、石油合成は当時実験室内でのみ成功していた モービル社の特許を利用したもので、それをいきなり工場規模に拡大すること については相当な危険があった。しかし何よりも、工場が完成したときには石 油危機は去ってしまっており、コスト的に製品は売れなくなってしまった。ダ ムの水力発電による電気は、当時は世界一安いということでアルミ精錬工場の 誘致はほとんど確定的と見られていたが、建設予定地に環境問題があり、また パブアニューギニアの電力がもっと安いことが判明して誘致に失敗し、ダムは 完成したが電力の使い道がなくなった。製鉄所も規模などの理由によって採算 はとれなかった。このようにビッグ・プロジェクトはいずれも失敗したが、問 題はこれらのプロジェクトがすべて外国からの借款でまかなわれたことである。 その結果、インフレは年率15%以上、国民一人あたりの負債額は当時世界最大 の借金国だったブラジルを上回るという悲惨な状況に陥った。  この機会をとらえて、ハイエク、フリードマンらが提唱し、レーガン、サッ チャーなどが推進していたモネタリスト政策を、最も純粋な、極端な形で遂行 したのがニュージーランドの改革であった。これはレーガンやサッチャーです ら強行できなかった政策であり、「ニュージーランドの実験」3)と呼ばれて いる理由である。マクロ的に見れば国際収支は改善され、インフレもおさまり、 安定してきたように言われている。しかし国民がこれまでに払い、かつ、これ から払わなければならない犠牲は耐え難いレベルに達している。長期的に見た 場合、「金がすベて」という風潮が蔓延し、福祉の切り捨てとあいまって、犯 罪が増加するなど社会は不安定化してきている。行政改革によって国民が負担 しなければならない社会的コストは、政策立案者の計算には入っていないらし い。ちなみに、ビル・バーチ氏は現内閣でも蔵相を勤めているが、シンク・ビッ グ政策の政治的責任はどうなったのであろうか。  ここではまず改革の矛盾が最も先鋭な形で現れた医療、社会、教育の分野に ついて述べ、科学研究の分野についても言及する。しかし、行政改革の影響は 広く深く及んでおり、それを網羅して社会科学的に分析するのは、私のような 一地質学徒のよくするところではない。したがって、こに述べる内容はどうし ても逸話的になることをあらかじめお許し願いたい。 III 改革の内容と実体 (1)医療 (a)利益第一主義に転換  ニュージーランドの公立病院は、かつてはほとんどの町にあり、選挙によっ て選ばれた経営委員会の監督のもとに運営されていた。今では任命されたビジ ネスマンのもと、その名称も公立病院企業体(Crown Health Enterprise、略 称CHE)となり、利益第一で経常されている。ダニーディン市にあるオタゴ病 院では、改革が行われた直後に任命された経営責任者が、地方住民の健康を守 るという本来の任務を忘れて、儲けの大きいサウジアラビアに分院を作るとい う計画に夢中になり、非難を浴びて辞職するという事件があった。しかしこの ような事件を起こす体質は構造的なものであって、一経営者の突出した行為と は考えられない。その後も、利益のために病人の回転を早めようと、身寄りも ない82歳の手術後の婦人を午前3時に退院させたため、彼女は夜が明けるまで 待合室で座っていたなどという、信じ難い事件すら起こっている。私の知り合 いの72歳の婦人も、乳癌の全切除手術後、2、3日で退院させられている。また 新しい治療法を開発した医者に対して、対立する別の地域の公立病院企業体に その治療法を教えるなという圧力が経営者からかかった例もある。そうするこ とで、新治療法を開発した医者のいる病院に他地域の患者を入院させて利益を あげようというわけであって、患者の利益を図るということは二の次になって いる。少しでもたくさんの患者を救いたいと願う良心的な医者のなかには、絶 望して辞める人も続出している。  人員削減の結果、看護婦は労働密度が増し、流産する人が増えている。夜間 には看護婦の手がまわらず、患者がベルを押してもなかなか来てくれなくなっ た。夜勤あけの看護婦は、人手不足からくる過労で頬がげっそり落ちて痛々し い限りである。 (b)長期待ち時間、入院費高騰  年間の手術数は予算によって厳しく制限されるようになったので、生命に差 し当たり影響しないという意味での非緊急な手術では、待ち時間2年などとい うことが普通になった。実際には待っている間に亡くなった人も出ている。入 院患者を減らしたために病室ががら空きである一方では、患者管理の都合から、 大部屋に男女の患者を一緒に入れるようなことも起きている。公立病院でそこ ひの手術をしてもらいたかった患者が待ち時間2年と言われて、翌日手術を受 けられる私立病院を希望したところ、執刀したのは前の日にその患者を診察し た医者で、手術室は公立病院の一室だったという話もある。公立病院が空いて いる手術室を有料で貸し出し、医者は本務以外のアルバイトをしているわけで ある。私立病院では1晩の入院で2、3万円かかる(手術料は別)が、これは平 均年収が300万円くらいのニュージーランド人にとっては非常に大きな出費で ある.このような事態に備えて私的保険に入るのが普通になった。ちなみに、 この分野での最大の保険会社はアメリカ資本であり、その理事の一人は行政改 革を始めたロンギ内閣の大蔵大臣ロジャー・タグラスである。それでも保険料 を払える人は幸運である。保険料は65歳以上では倍額になるので、年金生活者 などは保険に加入せずに運を天にまかせたり、重病だけを対象にした保険に入 るなど、「地獄の沙汰も金次第」を地で行くような状況になっている。 (c)小規模公立病院や精神病棟の廃止  地方の小規模公立病院は軒並み閉鎖され、患者は100キロ以上も離れた病院 に行かねばならなくなった。  精神病院もコミュニテイ・ケアという名のもとに、ほとんど無差別に閉鎖さ れた。町には、ごみ箱をあさったりする患者の姿がしばしば見られるようになっ た。凶暴性のある患者の無差別退院の危険について、病院当局に警告したが聞 き入れられなかったという事実を告発した看護夫が、患者のプライバシーを侵 したという理由で解雇されたという事件があった。この患者は退院直後に児童 暴行で逮捕されて刑務所に送られた。 (2)社会 (a)老人や家族の苦難  老人ホームに入るためには、まず全財産を提出し、それが尽きたところで初 めて公的な補助が受けられることになった。そのため親の名義の家に住んでい る息子夫婦が、その家の売却にともなって追い出されたりしている。  老齢年金受給者は、年金以外に稼ぐ(貯金の利子を含む)と、その超過分に ついて最高97%という懲罰的な税がかかる.これはあまりに不人気なので、国 民党の執拗な反対にもかかわらず廃止の動きが出てきている。 (b)ホームレスの増加  住宅公社は、本来の目的だった低所得者層に対して低家賃住宅を供給するこ とを止め、民間相場の家賃を取る、ただの家主になった。母子家庭や失業者な どは家賃が払えなくなり、追い出される人も出ている。こうして生じたホーム レスはオークランド市だけでも100人以上いるといわれており、1997年初頭に 教会などのボランティア団体が組織したスープ・キッチン(貧しい人に無料で 食事を提供する施設)には150人以上が参加するという大盛況だった。フード・ バンク(無料で食料などの入った袋を貧しい人に配るところ)も包装が間に合 わないほどである。ボランティア団体では、政府の社会対策の失敗の尻ぬぐい をボランティア団体の善意に押しつけるものとして、怒りを隠していない。 (c)バス・サービスの低下  従来地方自治体が運行していたバスは自由化され、運行権を入札によって決 めるようになったが、そのために儲かる路線は民有となり、儲からない路綿が 自治体の運営となった。それにともなって運行回数の削減、路線の廃止、運賃 値上げなどが起き、市民の足はますます不便になった。ここでも、しわ寄せは すべて車を持たない人や運転のできない人、すなわち老人、婦人、低所得層に かかるようになった。 (d)少額貯金の悲哀  少額貯金には口座管理費が創設され、残額が300ドル(約25.000円)以下の 預金からは毎月数ドルが引き落とされてしまうようになった。生活保護費や年 金は銀行振込なので、口座を持たないわけにはゆかない。トイレの紙の枚数も 勘定しなければ使えないといわれる年金生活者や母子家庭など生活保護を受け ている層にとって、これは非常につらい出費である。 (e)労働条件の切り下げ  雇用契約法によって労働組合が一括して交渉する権利は大きく制限され、労 働者は個人として使用者と交渉することとなった。失業者が多数いる環境のな かで、個人対企業の交渉の勝負ははじめから見えている。労働条件は切り下げ られ、大した抵抗もなしに首切りが行われるようになった。パートタイムが非 常に増えている。失業率が下がったという統計をそのまま信用することはでき ない。 (f)犯罪の増加  銀行強盗や殺人などの凶悪犯罪が報道されない日はほとんどなくなった。こ そ泥などが増えたので警備会社はうけに入っている。銃器を使った大量殺人な ど今度の行政改革開始前には聞いたこともなかったが、行革開始以後に3度も 起きていることは果たして偶然であろうか。警官の数は1990年の6,037人から 1995年の8,639人へと43%も増やされているが、犯罪の増加に対処するために はもっと増やせという声が強い。 (g)公務員削減、コンサル依存増加  行革によって公務員は大削減を受けた。その結果は行革の成功の好例として 大宣伝されている。しかし実態は同じ仕事を民間のコンサルタントに出してい る例があまりにも多い。コンサルタントは莫大な費用をチャージするのが通例 であり、1996年度には大蔵省だけでコンサルタントに2400万ドル(約19億円) を使ったといわれる。コンサルタントは今やあらゆる面に進出しており、政策 などを策定する高級なものから移民や税金などの相談に乗るものまで、経営者 やもと公務員などあらゆる「エキスパート」にとっての絶好の稼ぎ場を提供し ている。これを庶民の側から見ると、役所の窓口で無料で済んだ仕事を、今度 はコンサルタントを通じてしなければらちがあかないということであり、出費 が増えたということになる。 (h)税制改革で貧富差拡大  所得税は最高66%だった累進税が、33%と24%の2種類だけになった。これ は一見大減税に見えるが、消費税(GST、最初10%で、すぐに12.5%に増額さ れた。食料品などにも免税はない)が創設され、また各種の控除が一切なくなっ たので、低・中所得層には事実上の増税になった。貯金利子からも所得税が天 引きで引かれている。税負担能力のない学童預金などもこの例外ではなく、零 細な預金から利子の24%が差し引かれている。事務上煩雑だからという理由で、 学童預金から徴収した所得税の払い戻しは認められていない。結局、この減税 によっていい目にあったのは高額所得層であった。  海外からの投資や利益の送金がまったく自由化されたため、大会社は税金の 低い海外のタックス・ヘイヴンに逃避した。ニュージーランドのトップテンの 大会社は、国内で税金をまったく払っていないといわれている。 (2)国公有資産 (a)資産売却、私企業化  行革によって国有鉄道、郵便局の貯金業務、銀行、電話、国有航空、林野庁 などが、アメリカ、オーストラリアを主とする外国資本に安く払い下げられた。 その他の国公有資産、公立病院や国立研究所などは、国や自治体が株を持つ企 業として再編され、利益を上げることを第一目的とすることになった。郵便局 の郵便業務も近く民営化されることになっている。つまり、あらゆる規制を廃 止し、すべてを「神の見えざる手」の支配する市場経済に任せるということで ある。ここで、金融、通信、交通、エネルギーなどの戦略的分野がすべて外国 支配のもとに置かれることになったのが注目される。また一切が商業秘密となっ て、経営内容や役員給与などについて国民の監視が全くきかなくなった。  最近では水資源も私有化するという動きがある。 (b)経営者の給与は大幅増額  民営化された企業の多くが真っ先にやったことは、世界中から有能な経営者 を集めるためには世界的レベルの給与を支払う必要があるという理由で、経営 者の給与を大幅に増やしたことであった。経営トップの給与は今はアメリカ並 みだといわれている。貧富の差はかつてなかったほど拡大している。その一万 では大規模な合理化が行われ、例えば電話会社では3分の2の人が失業した。一 方、電話の基本料金は2倍になった。ニュージーランドでは住宅用電話の基本 料金には市内通話料が含まれており、度数料はない。長距離通話料は下がった が、それによって利益を得るのは主として企業である。その結果、電話会社は 空前の利益を上げるに至った。 (c)公営事業料金の改訂  地方自治体はその所有する空港、発電所、森林などが会社化され、それから あがる利益を自治体の一般会計に繰り込むことは禁止された。その結果は自治 体議員が公社の役員となって報酬を勝手に値上げしたりすることになった。  電気会社は発電料金のほか送電会社に送電線使用料も払わねばならなくなり、 電気代はこの1年だけで 6.5%値上がりしている。  郵便料金は改革前に定型封書が1通25セントだったものが45セントになった。 1996年10月にこれが40セントに下げられたことを改革の大成功の例として政府 は挙げているが、これは上げ過ぎの手直しにすぎない。全国に1200あった郵便 局はわずか400に減らされた。これは地方に住んでいる人にとっては大打撃で ある。たとえばニュージランドの南島は本州の7割くらいの国土に80万人くら いの人口が散在している。地方に住んでいる人は、貯金や小包の送金には数十 キロも離れた本局まで行かねばならなくなった。こういう地域には公共交通機 関もないために、車がない人や運転のできない人は田舎には住めなくなったわ けである。郵便についてはガソリン・スタンドなどが預かってくれるから大丈 夫だと政府は言っているが、プライバシーの保護で問題を生じている。 (4)教育 (a)学生の経済負担増加  大学の授業料はこのところ毎年15%くらいずつ上げられている。これは、 「学歴を得れば就職に有利だろうから費用は自分で持つべきだ」という理由に よるものである。最近まであった返還不要の奨学資金は廃止され、学生は政府 保証の銀行借金(実質利子10%以上)を借りて生活費や授業料に充てている。 この総額は現在17億ドルに達しており、数年後には50億ドル(約3500億円)を 突破すると予想されている。学生はこうして多額の借金を背負って卒業する。 そして年収が14,000ドル(約百万円)に達すると奨学金返還を開始すること に決められている。しかしこの時期は結婚して子供が生まれたり、家の購入な どでただでさえ生活に余裕がない時期である。返還を逃れる方法として海外に 逃亡することを真剣に考慮している学生も多い。  その結果、卒業してもあまり金にならない学科、例えばラテン語、ギリシア 語とか基礎科学などには必然的に学生が釆なくなり、そういう学科の廃止すら 論議されるようになっている。一方、商学などはお金になるだろうということ で、短期間に学生数が10倍にも増加した(ニュージーランドの大学にはふつう 定員はない)。歯学部では授業料があまりに高くなった(年に15,000ドル以 上)ので、ニュージーランド人の子弟は金持ちを除いて入学できなくなり、4 分の3が留学生に占められるようになった。歯の治療費が高すぎて治療を受け ないで我慢する人が増え、その結果「病院に来る患者の状態は、これまで見た こともないほどひどい」と歯学部長が発表している。高い授業料を払って卒業 した学生は開業したところでその費用を回収しようとするであろうから、今後 歯の治療費が急騰することは明らかである。 (b)大学教育の質の低下  大学ではこれまで一つの科目は年間を通じて講義を行い、年度末に一斉試験 を行って合否を判定していたが、セメスター制を採用し、科目の内容を細切れ にして、学生に単位を取りやすくした。こうしないと学生を引きつけることが できす、学生数に応じて配分される予算が減れば学科の存続に響くからである。 各課目の序論だけを履修して卒業に必要な単位を取ることもできるようになり、 必然的に講義のアカデミックな内容は薄められた。教員には有資格で研究業績 のある人を採用してきたのを止め、博士号も研究業績もない人を、安い貸金で 毎年契約変更できる臨時雇いとして採るようになった。それによって年金の雇 用者負担やサバティカル休暇その他の諸出費を節約できるだけでなく、学生数 の増減に対して契約を変更しないことでずつとフレキシブルに対応できるわけ である。しかしこのような先生に教わる学生はたまったものではない。かくて 大学は単なる知識の切り売り機関となり、新たな知識を創造する場所ではなく なった。従来大学でしか得られなかった学士号は高専の一部でも出せるように なったが、その内容には甚だ怪しげなものも含まれるようになった。認可はさ れなかったが、ある高専では占星術コースを、世の中に需要があるからという 理由で申請したほどである。 (c)外国人学生で稼ぐ大学  外国人学生にはニュージーランド人学生の10倍もの授業料を課すことになっ ているので、大学にとって留学生を多数受け入れることは死活の重要性を持っ ている。オタゴ大学では1996年度留学生の割合が10%に達し、外貨をたくさん 稼いだということで「優良輸出産業」として表彰された.学生数をさらに増や すため、7つある国立大学では学生の取り合いが激化し、競って互いの伝統的 テリトリーだった地域に出張事務所を作ったり、タイム誌などに広告を出した りしている。オタゴ大学では留学生のためにマレーシアまで出張して卒業式を 行うようになった。しかし最近では授業料をこれ以上値上げしては、学生がア メリカ、イギリスなどに逃げてしまうおそれも出てきている。一方では政府側 に国立大学を売却して私立化するという動きもある。  最近の選挙で保守党が勝利したオーストラリアではニュージーランドに学べ ということで、学科の再編が進行している。クイーンズランド大学では物理学 科が廃止された。南クィーンズランド大学では地質学科が廃止され、物理と化 学が合併された。これらはいずれも「儲からない」というのが理由である。ニュー ジーランドでも遠からず同じような動きが出てくると予想されている。 (5)科学研究 (a)研究機関の再編、企業化  科学研究で何が起こっているかは、王立協会(日本の学士院に相当)会長の ブラック教授が昨年オーストラリア国立大学とネーチャー誌主催の討論会「研 究において創造力をいかに育てるか」で講演したときの演題「文化大革命下に あるニュージーランド科学研究の現状」4)がよく示していると思われる。科 学研究分野においても、キーワードは「自由化」、「競争」、「受益者負担」 となり、経済に直接有用な研究のみに予算が与えられるようになった。  国立研究所は再編縮小され、あるものは廃止された。日本でもよく知られて いた科学工業技術庁(DSIR)はなくなり、旧国立研究所の人員・設備は公共研 究企業体(Crown Research Institutes、略称CRI)になった.DSIR傘下の化学 研究所、物理工学研究所、土壌研究所、気象研究所、地質調査所などは、CRI では産業加工株式会社、国土管理株式会社、全国水大気圏研究所株式会社、地 質核科学研究所株式会社などになった。これらは商業活動を行う会社として、 個別の重役会の管理経営下に置かれている。重役会はほとんど経営者、会計士、 弁護士などから構成されており、科学者は一人しかいないのが普通である。再 編に際して金儲けに関係のない基礎研究部門は廃止されたり、縮小されたりし たが、その過程は今も進行中である。この再編に際して科学者はほとんど相談 を受けなかった。CRI傘下の研究所では、すばらしい色刷りの経営報告書を毎 年印刷配布するようになったが、株式会社として、その内容は収支決算に主眼 を置くものであり、経営者の顔写真などばかり載っていて、科学的内容は二の 次である。その一方では科学的成果の印刷の予算は削られている。 (b)研究予算配分の変化  再編の過程で、20年、30年という経験を積んだ働き盛りの世界的な科学者が 多数辞めさせられた。比較的若い研究者多数が海外に職を求めて去ってしまっ た。数学研究所は1994年に破産して消滅した。化石や岩石の研究部門は廃止さ れた。  研究所の再編とともに、研究費の配分方法も変えられた。大学も国立研究所 も科学技術研究基金から研究費の配分を受けるようになったのだが、それはあ らかじめ定められた課題に応じて行われる研究の結果を、科学技術省が「買い 上げ予約」するという形で行われる。すなわちその配分は研究の過程に対して ではなく、予想される結果に応じてなされるのである。言い換えると、この基 金には、あらかじめ決められた研究の「結果」があり、その結果に応じて応募 するわけである。たとえば、1990/91年度には40のテーマがあった。そのうち 16は農業関連の応用テーマであり、畜産や園芸など、農業国ニュージーランド としてお金に直結するテーマに52.5%の予算が割り当てられた。一方、基礎研 究には僅か1%が割り当てられたにすぎなかった。指定分野はそのときどきの 戦略的重要性に応じて変えられているが、1995年には17テーマに減り、農漁業 の応用テーマ8件で額としては76%を占めるに至った。 (c)基礎研究は壊滅方向へ  科学技術研究基金では新しい研究用機器の購入は認められていない。研究に 使用した現有機器の減価償却を計算し、減価分を基金との研究契約に含めるこ とによって回収するのである。基金の配分を受けるには内容が科学的に優れて いるかどうかではなく、経済戦略的に重要かどうかによって判断が下される。 その判断の基礎の一つは研究結果が最終的に応用可能かどうかである。  このような基金の性格からは、やらないうちから結果のわかっている研究だ けが行われることになるわけである。このような環境の中からは真に独創的な 研究が行われるとは信じられない。優秀な学生が基礎科学離れを起こして手っ とり早く金になる分野に流れていること、経験を積んだ科学者が定年前に不本 意に退職を迫られて辞めていっていること、残っている科学者もその地位が非 常に不安定になっていること、研究費への締めつけが厳しいこと、などによっ てニュージーランドの基礎研究は壊滅的打撃をこうむったと断定せざるを得な い。 IV 行革は成功しているのか  以上概観したように、一連の改革によって、国民は何も利益を受けていない といってもよいと思われる。税金などが下がったことがあったとしても、私的 な保険料の増加などを負担せねばならなくなった。これは形を変えた税金に等 しい。それだけでなく負担は低所得層により重くかかるようになった。貧富の 差はアメリカ並みに拡大した.また、経済担当者の等式には入っていないよう に見える社会的コストは、堪え難いほどに増大している。社会は不安定度を増 し、おおらかだった国民性は今や拝金主義に毒されつつあるように見える。か つては世界のトップレベルにあった科学研究も、後継者は育たず、今までに築 きあげた財産を食い潰してやっと息をついている。  成功といわれる経済でも本当にそうなのかは大いに疑わしい。1989年にはニュー ジーランド株式の19%が外国所有だったものが、1995年には56%になった.準 備銀行総裁のドン・ブラーシュ博士の最近の発表によれば、1995年度のニュー ジーランド資本の海外投資の利益は7億ドルであったが、同年度の海外資本が ニュージーランドであげた利益は実に65億ドルに達している。ニュージーラン ドは経済的に海外の植民地と化したという人もいる4)。確かに戦略的重要分 野はほとんど海外資本のコントロールのもとに置かれるに至っている。1997年 3月現在、ニュージーランドの海外借款は800億ドルに達しており、このうち4 分の3は私的な借入金である。これはGDPの85%に相当する。  これが大成功といわれるニュージーランドの行政改革の実体である。 参考文献 1)「この人にこのテーマ」(ニュージーランド大使マーチィン・ウィーバー ズ氏のインタービュー)朝日新聞1995年12月24日14版9ページ。  「ニュージーランドの経済改革を見た」朝日新聞1996年3月30日夕刊2版5ページ  「市場国家」への大きな試み 毎日新聞1996年5月13日社説.  小国の大仕事 北海道新聞1996年5月27日夕刊。  早房長治:行革、ニュージーランドに学ぶ朝日新聞1997年5月18日12版4ペー ジ主張、解説。 2)河内洋佑(1991):ニュージーランドの教育研究の危機 ニュージーラン ド便り(3)「地質ニュース」438号。  河内洋佑(1991):ニュージーランド地質調査所の解体再構成 ニュージー ランド便り(5)「地質ニュース」450号.  河内洋佑(1994):楽園の実験「科学朝日」4月号。  河内洋佑(1996):ニュージーランドの経済改革と科学研究「日本の科学者」 31−9。  河内洋佑(1996):だれのための改革か?ニュージーランドの今「連合通信 隔日版」  河内洋佑(1997):ニュージーランドの行政改革 「婦人通信」3月号。 3)Kellsey,Jane(1995):The New Zealand Experiment.A World Model for Structural Adjustment? Auckland University Press  Price,Hugh (1996) : Know the New Right Gondwanaland Press. Robinson, John (1996) : Destroying New Zealand, Technology Monitoring Associates. 4)Black, Philippa (1995) : Researches in New Zealand: Working through a Cultural Revolution. Manuscript of a speech given at a symposium in Canberra on the Ideas as the Foundations of Innovation.  Lowe,Ian (1995) : New Zealand reforms come at a cost. New Scientist 2 Dec. New Zealand economic experiment;A View from the Grass-roots Yosuke KAWACHI(Formerly at Geology Department,University of Otago) keywords:New Zealand,administrative reforms,background of reforms,      medical care,society,national and local government assets,      education,scientific research.  New Zealand economic experiments are said to be very successful. From the grass-roots point of view, however,it is totally different. The reform has been motivated and steamrollered by New Right ideology disregarding reality and welfare of the people. Social cost of the reform is enormous in many fronts including health care,education, and social stability.Basic science in New Zealand is all but destroyed. Even in economic terms the success of the reform is not without doubt.New Zealand is now economically under control of foreign capitals. From my 26 years' first hand experience in New Zealand I have illustrated how this reform is and will be negatively affecting ordinary New Zealanders. ---- Ken-Ichi Aoki aoki@hep.s.kanazawa-u.ac.jp