From owner-he-forum@ml.asahi-net.or.jp Sat Apr 20 22:56 JST 2002 Received: from ml.asahi-net.or.jp (ml.asahi-net.or.jp [202.224.39.111]) by sakaki.math.tohoku.ac.jp (8.9.3/3.7W) with ESMTP id WAA04206 for ; Sat, 20 Apr 2002 22:56:23 +0900 (JST) Received: by ml.asahi-net.or.jp (Postfix) id 2EE63288; Sat, 20 Apr 2002 22:55:12 +0900 (JST) Received: by ml.asahi-net.or.jp (Postfix) id 0DE0E286; Sat, 20 Apr 2002 22:55:11 +0900 (JST) Received: from localhost (localhost [127.0.0.1]) by ml.asahi-net.or.jp (Postfix) with SMTP id ECF5D288 for ; Sat, 20 Apr 2002 22:55:11 +0900 (JST) Received: by ml.asahi-net.or.jp; Sat, 20 Apr 2002 22:55:11 +0900 Received: by ml.asahi-net.or.jp (Postfix) id C088A28C; Sat, 20 Apr 2002 22:55:11 +0900 (JST) Delivered-To: he-forum@out.ml.asahi-net.or.jp Delivered-To: he-forum-outgoing@ml.asahi-net.or.jp Delivered-To: he-forum@ml.asahi-net.or.jp Mime-Version: 1.0 X-Sender: tujisita@pop.math.sci.hokudai.ac.jp X-Mailer: Macintosh Eudora Version 5.0.1r-J Date: Sat, 20 Apr 2002 22:54:55 +0900 To: he-forum@ml.asahi-net.or.jp From: tujisita Subject: [he-forum 3837] 長尾 眞「国立大学の法人化」 IDE 2001.12号  Content-Transfer-Encoding: 7bit Sender: owner-he-forum@ml.asahi-net.or.jp Precedence: bulk Reply-To: he-forum@ml.asahi-net.or.jp Message-Id: <20020420135511.C088A28C@ml.asahi-net.or.jp> Content-Type: text/plain; charset="iso-2022-jp" ; format="flowed" Content-Length: 7247 ----(転載始)----------------------------------------------------------------- IDE(民主教育協会)2001年12月号 <「国立大学法人」のすがた> P2〜4 巻頭言 長尾 眞「国立大学の法人化」  最近,1343年に創立されたイタリア4番目に古い伝統をもつピサ大学の学長 ルチアノ・モディカ氏と話す機会をもった。氏はイタリア大学長会議の議長と しても精力的に活躍している数学者である。イタリアの大学もご多分にもれず 数年前から大学がオートノミーをもつように改革されたという。予算は国から 大枠でもらい,人件費・研究費に自由に割りふって使えるようになっている。 コンソーシアムを形成するなど,産学協力も10年前には考えられなかったよう な状況で,大学間での競争も進んでいるようである。イギリスはもちろんのこ と,フランスやドイツでも産学協力はますます盛んになり,とくにイギリスな どでは教育についても,社会人教育などをふくみビジネスとしての観点がます ます強まっている。中国などでも大学が積極的に会社を設立するなど,同様の 方向へ進んでおり,世界の主要国の大学は急激に変化しつつある。  こういった方向への変化は是認するとしても,多くの大学学長はその行きす ぎを心配していることも事実である。モディカ氏の話では,イタリア政府はIT やバイオ,・・・・・に力を入れる方針で研究費を出しているが,大学から自 由な発想で種々のプロジェクトを申請しても,これは国の重点政策になってい ないからといって,なかなか認められないので,広く基礎研究に研究費を出し たうえで,重点分野に投資するという考え方であるはずだと抗議しているとい う。日本の状況とそっくりなのに驚かされた。  国立大学の法人化の問題が政府の行財政改革の一貫として大幅な国の定員削 減という動機から出てきたことは,国にとっても国立大学にとっても不幸なこ とであった。国立大学協会が,国の定めた独立行政法人通則法は,大学の社会 に対して果たすべき役割,使命,機能からして,全くそぐわないものであると して,反対したのは当然である。これは自民党の文教部会でも認識するところ となり,約2年間にわたる種々の立場からの議論とやりとりによって,独立行 政法人通則法とはかなりちがった,これからのあるべき大学の姿に少しは近づ いた枠組みを「国立大学法人」として描きだすところまできた。  文部科学省の調査検討会議がとりまとめた「新しい「国立大学法人」像につ いて」(中間報告)がそれであるが,この会議には種々の異なった立場の人た ちが参加していたため,妥協の産物とならざるをえず,国,大学,経済産業界 のいずれにとっても不満の残るものとなっている。国立大学改革の主眼点は, 大学に自主性・白律性を持たせ,厳しい競争的環境のなかで切磋琢磨させるこ とによって活性化し,よりよい発展をさせるところにあると考えられる。しか し中間報告は,国立大学に対する不信感が色濃く出たものとなっており,かな らずしも大学の自主性・自律性を十分に保障するものとはなっていない。場合 によっては,中期目標,中期計画によって大学に対する国側のコントロールが 行なわれることになるかもしれず,その運用の仕方によっては大学の自主性・ 自律性が実質上保てなくなる可能性もある。国,大学,社会の高等教育に対す る見識が問われるところである。この中間報告には,大学というものの本質か らみたときの問題が残っているし,実際の運用という点から心配なこともあり, 今後さらに詳細を詰めてゆく必要がある。  大学が自主性・自律性を獲得するということは,同時に多くの危険性を背負 いこむことであり,われわれは当然のこととして自己責任を負う覚悟をしなけ ればならない。どんなシステムも長所・欠点をもっており,やってみなければ わからない部分は多くあり,進みながら欠点を補い,長所をのばしてゆくとい う考え方をすべきであろう。国立大学法人を活性化し発展させてゆくのは,国 の施策における考え方とともに,われわれ大学人すべての自覚と努力にかかっ ているのである。学問の自由,大学の自治という立場から,中間報告を厳しく 批判し,激しく反対する大学人もいるが,これまでの日本の国立大学の実態を われわれ自身が真撃に反省し,国立大学の社会的公共的責任を十分に自覚し, これを実践に移してゆくことをせずに,いわば教条的に反対を主張しているだ けでは,社会はそれを受容せず,大学を破滅に導いてゆくだけであろう。  大学の姿はその枠組みできまる面も大きいが,その実質は国や社会と大学人 との力関係によってきまるものである。学問の自由や大学の自治は与えられる ものでなく,学問研究と教育という行為から必然のものとして,内発的な要求 として出てくるものであり,大学人の不断の努力によって獲得し,保持しつづ けられるべきものであることを,ここでもう一度よく認織しなければならない だろう。国立大学法人法の枠組みが欧米の国々のものに類似したものとなって も,それを運用してゆく大学人や,行政当局,産業界,さらには社会全体がそ の実賢をつくって行くのである。その点では,学問を築きあげ,学問を大切に し,また尊敬してきた数百年の伝統をもつ欧米の大学と社会に一日の長がある ようにみえる。  いずれにしても,一般に制度というものは国民性に合ったものでなければ, いかに良い枠組みをつくっても,うまく機能しない。われわれは日本人の国民 性に合った形式と実質をもち,健全な発展をしてゆくであろう大学の姿を,今 後とも追求してゆく必要がある。  日本には高等教育・研究政策がない。したがって時の社会的・政治的な圧力 によって具体的な施策がゆれ動き,長期的にみると矛盾したものとなってしまっ ているという指摘は正しい。しかし文部科学省が高等教育・研究政策を全く持っ ていないわけではないだろう。それを明示的に高等教育の世界,社会に対して 示していないがために,これを公に議論することができず,結局あちこちで矛 盾が生じ,また歪んだものとなってゆくのである。  こういったなかで,去る6月に唐突に出されたいわゆる遠山プランで,国立 大学再編統合やトップ30大学,産業界へ協カする大学といった施策が鮮明に 打ち出された。このプランは,文部科学省としてはこれからの日本の高等教育・ 研究政策の方向を示したつもりのものなのであろうが,これはあまりにもお粗 末なものでありすぎた。しかもこれが公の議論のたたき台として出されたもの であればよかったのであるが,文部科学省の決定事項として出されているとこ ろに問題があるといえるだろう。また政策としてはあまりにも短期的な施策に なり下がっており,しっかりとした長期的ビジョンに欠けるものであり,これ では日本の将来が危ぶまれると言わざるをえない。日本の将来を支える高等教 育・研究政策をこれから真剣に検討する場がもうけられるべきであろう。                                ----(転載終)----------------------------------------------------------------- 註:12月に転載許可を要望したところ、著者の了承は得たがIDE 編集部から は3月以降という条件が付けられた。転載許可の依頼状の一部: 「教条的に反対することが大学を破滅に導く危険性と同じ程度に、日本社会が 本当に必要としているものを考えずに、現在、圧倒的権力を持つ政官集団の要 求に対し、毅然とした批判的姿勢をとらずに譲歩し続けることには、大学を破 滅に導く危険性があるだけでなく、日本社会そのものを劣化させるものと、と 思っています。 私を含め現場の者は独立行政法人化に教条的に反対しているのではなく、「国 立大学の社会的公共的責任を十分に自覚し,これを実践に移してゆく」ことが 著しく困難になっていくことを実感として感じているからです。教条だけで激 しく反対し続けることはできるものではないと思います。」 辻下 徹