From tujisita@math.sci.hokudai.ac.jp Tue Dec 4 00:08 JST 2001 Received: from mgate1.sys.hokudai.ac.jp (mgate.sys.hokudai.ac.jp [133.87.1.130]) by sakaki.math.tohoku.ac.jp (8.9.3/3.7W) with ESMTP id AAA15974 for ; Tue, 4 Dec 2001 00:08:09 +0900 (JST) Received: by mgate1.sys.hokudai.ac.jp (Postfix, from userid 0) id 06278144A0; Tue, 4 Dec 2001 00:07:45 +0900 (JST) Received: from wwwcs1.sys.hokudai.ac.jp (localhost [127.0.0.1]) by mgate1.sys.hokudai.ac.jp (Postfix) with ESMTP id 944D2144C4 for ; Tue, 4 Dec 2001 00:07:45 +0900 (JST) Received: from seki.math.sci.hokudai.ac.jp (seki.math.sci.hokudai.ac.jp [133.50.152.12]) by wwwcs1.sys.hokudai.ac.jp (Postfix) with SMTP id 1417186783 for ; Tue, 4 Dec 2001 00:04:15 +0900 (JST) Received: (qmail 14454 invoked by uid 127); 3 Dec 2001 15:00:32 -0000 Received: (qmail 14438 invoked by uid 127); 3 Dec 2001 15:00:31 -0000 Received: (qmail 14436 invoked from network); 3 Dec 2001 15:00:31 -0000 Received: from mgate.sys.hokudai.ac.jp (HELO mgate1.sys.hokudai.ac.jp) (133.87.1.130) by seki.math.sci.hokudai.ac.jp with SMTP; 3 Dec 2001 15:00:31 -0000 Received: by mgate1.sys.hokudai.ac.jp (Postfix, from userid 0) id 1A46714439; Tue, 4 Dec 2001 00:00:05 +0900 (JST) Received: from wwwcs1.sys.hokudai.ac.jp (localhost [127.0.0.1]) by mgate1.sys.hokudai.ac.jp (Postfix) with ESMTP id D996D143E7 for ; Tue, 4 Dec 2001 00:00:04 +0900 (JST) Received: from mail.asahi-net.or.jp (mail.asahi-net.or.jp [202.224.39.39]) by wwwcs1.sys.hokudai.ac.jp (Postfix) with ESMTP id DD8EA8666F for ; Mon, 3 Dec 2001 23:59:56 +0900 (JST) Received: from [133.50.152.193] (g047084.ppp.asahi-net.or.jp [211.132.47.84]) by mail.asahi-net.or.jp (Postfix) with ESMTP id 2C6385F45 for ; Mon, 3 Dec 2001 23:55:03 +0900 (JST) Delivered-To: tujisita-wr1@seki.math.sci.hokudai.ac.jp Delivered-To: tujisita-kd@math.sci.hokudai.ac.jp Mime-Version: 1.0 X-Sender: tujisita@mailhost.math.sci.hokudai.ac.jp X-Mailer: Macintosh Eudora Version 4.3.2-J Message-Id: Date: Mon, 3 Dec 2001 23:53:55 +0900 To: tujisita-kd@math.sci.hokudai.ac.jp From: Toru Tsujishita Subject: 「教育への経済界の要請を排すーーそれを行えば国益を損なう」 Content-Transfer-Encoding: 7bit Content-Type: text/plain; charset="iso-2022-jp" Content-Length: 11535 著者と出版社の了承を得て転載します。 辻下 徹 tujisita@math.sci.hokudai.ac.jp TEL & FAX: 011-706-3823 ------------------------------------------------------------------ 登録等は、以下のメールをtujisita@math.sci.hokudai.ac.jp 宛に送付:  配信停止:Subject 欄に "unsub wr"  全文配信希望:Subject 欄に "sub wr"  他へ配信希望:Subject 欄に "sub", 本文にアドレスリスト ---------------------------------------------------------------------- 日本の論点2002(文芸春秋社 2001.11.10 ISBN 4-16-503010-4) p726-729     教育への経済界の要請を排すーーそれを行えば国益を損なう http://ac-net.org/doc/01/c03-fujiwara.shtml               藤原正彦 ---------------------------------------------------------------------- ふしわら・まさひこ1943年、作家の新田次郎、薩原ていを両親として旧満州で 生まれる。東京大学理学部数学科卒、同大学院修士課程修了。ミシガン大学研 究員、コロラド大学助教授などを経て、お茶の水女子大学理学部教授に就任。 理学博士。文化審議委員。小学校での英語やパソコン教育、ゆとり教育などを 批判している。日本エッセイストクラブ賞を受賞した「若き数学者のアメリ力』 をはしめ、『遥かなるケンブリッジ』『心は孤独な数学者』『古風堂々数学者』 など、多くの著書がある。 ----------------------------------------------------------------------           教育まで変えろという経済復興 かつて我が国の経済が絶好調のころ、そのなりふり構わぬ経済活動を見て世界 は、エコノミックアニマルと呼び冷笑した。この習性はバブルがはじけて10 年たっても治っていないようだ。 GDPおよび一人当たりGDPでアメリカに次ぐ世界第二位を保ちながら、企 業経営者だけでなく政官財すべて、そして国民までが「不況不況改革改革」と パニックを起こしている。ここ一世紀近くも斜陽経済が続き、GDPで日本の 半分以下に甘んずるイギリスで、誰一人パニックを起こしていないのと対照的 である。 経済復興が自明の国家目標となっている。国家目標となれば、一億火の玉の国 だから、すぐに「そのためなら何でもする」ということになる。不況の本質が、 政官財学の専門家によってさえ完全に把握されているとは、とても思えないの に、「改革」の旗が狂ったように暗闇の中を突っ走る。 方向を失っているから、とりあえず経済好調のアメリカを真似よう、というこ とでアメリカ化がすさまじい勢いで進行する。アメリカの方も、自らの国益か らみてまさに願ったりだから、強力に後押ししたり、時には強引に押しつけた りする。かくして市場経済、規制緩和、競争社会など歴史的誤りとなりそうな 思想が、十分な吟味を経ないまま跋扈する。 経済界(エコノミストも含む)の声(*1)に政官が賛同した格好で、この嵐 がいよいよ経済の域外に足を踏み出し始めた。経済復興のため、社会や文化を 変えろ、そしてついに教育をも変えろという所までやって来た。           大学の本領は基礎研究にある 大学に対して、産業界にすぐ役立つ人材を育成しろ、の声がしきりに出ている。 即戦力を求める声は、アメリカ型ビジネススクールの開設ブーム(*2)を生 んでいる。実社会を知り就織後の不適合を防ぐためということで、インターン シップ(学生の企業研修)が推進されている。大学の技術開発力を産業界に、 ということで産学協同開発(*3)や技術移転の円滑化(*4)が急ピッチで 進められている。 少子化による学生数減少や恒常的な研究費不足に悩む大学は、一昔前まであっ た見識をすっかりなくし、金づるとあらば何にでもとびつく体質となっている から、そのような経済界からの提案にすぐに乗る。ビジネススクールの与える MBA(経営学修士号)資格者が少なかったから、日本は国際競争に負けたの であろうか。貴重な勉学時間を一力月も割き、一つの企業で研修することが、 職業適性を見定めるうえでどれほどの意味があるのだろうか。 産学協同が進み過ぎると、大学の理工農医歯などの大学院が、企業の安価な出 先機関となりかねない。そうなった大学にどんな独創的研究を期待できるのだ ろうか。大学の本領は直接の応用を視野にいれない基礎研究にあり、それこそ が国家の科学技術力の基盤なのである。基礎研究をないがしろにしてなお卓抜 な技術力を保持した、という国家は未だかつて存在したことがない。大学の弱 味と卑しさに乗じた経済界からの口出しがこのまま続けば、日本のほとんどの 大学で実学が幅を利かせ、それ以外の役に立たない学問は徐々に淘汰されるこ とになろう。大学は企業の便利屋となり果てる。 「役に立たない」は必ずしも「価値がない」を意味しない、というところに学 問は成立している。ニュートン、ダーウィン、ケインズを生んだケンブリッジ 大学には、近年に至るまで工学系が存在しなかった。産業界に直接役立つよう な分野は学問と見なされなかったのである。文化としての学問のやせ細った、 品格なき日本を世界はどう見るだろうか。経済の不調よりはるかに大きな国益 を損なうことになろう。          英語、パソコン、株取引を教える愚 経済界の物言いは大学に対してばかりでない。小中学校で企業家精神を育てる ための教育をせよ、中高生にコンピュータを用いた株式取引や企業経営を体験 させろなどと言う。実際このような声は「教育改革国民会議」の提言にも入れ られ、文部省も了承している。その結果、2002年度から小中学校で始まる 「総合学習」を利用し、多くの学校でそのような教育が実施される予定である。 英語が下手では国際ビジネスに不利だから、IT革命に乗り遅れては一大事だ から、ということで小学校に英語やパソコンを導入しろ、と声高に言い出した のも経済界であった。世界で英語の一番下手な日本が20世紀を通して、先進 国中もっとも大きな経済成長をなしとげ、英語の一番上手なイギリスがその間 もっとも斜陽だったことが忘れられている。世界IT革命の大きな担い手となっ ているインド人技術者のほとんどが、小学校時代にパソコンなど見たことさえ なかった、ということが忘れられている。 シリコンバレーで起業家の夢が花開いていることは確かである。しかし、新規 事業を株式公開までもって行った成功者のうち、約半数が中国、インド、ロシ アからやって来た人々であることは忘れられている。無論小中学校で企業家精 神など吹き込まれてはいない。そもそも企業家精神などと、経済人やエコノミ スト、そしてそれに惑わされた教育関係者はもち上げるが、ベンチャービジネ スが経済全体のごく一部に過ぎぬことも忘れられている。一国の趨勢を決める 研究開発や技術革新においては、日米とも大企業の実績が圧倒的なのである。 不況の原因は政官による失政ばかりでなく、経済人にも大きな責任のあること を忘れてはならない。不動産やマネーゲームに狂奔したあげく大量の不良債権 を残したのは誰だったか。資本主義の断末魔の妖怪とも言うべきデリバティブ (金融先物商品)に、本質をまったく理解せぬまま手を出し、日本が不況から 立ち直れない隠れた要因となるほどの、巨額の損失を今日まで出し続けてきた のは誰だったのか。この責任を反省するどころか、糊塗し、転嫁するかの如く、 社会や教育改革への発言をエスカレートさせているのは、理解しにくいことで ある。 経済界の提言を取り入れて、英語、パソコン、株式取引、企業家精神などを小 学生に教えていたら、週20数時間という窮屈の中、国語や数学の基礎力がガ タガタとなる。現に2002年よりこれらは内容3割減となる。 特に国語はすべての知的活動の根幹である。国語は、思考の結果を表現する手 段であるばかりか、国語を用いて思考するという側面もあるから、ほとんど思 考そのものと言ってよい。これが十分な語彙と共に築かれていないと、深い思 考が不可能となる。また国語を通して様々な文学作品に親しみ、そこから正義 感、勇気、家族愛、郷土愛、愛国心、他人の不幸に対する敏感さ、美への感動、 卑怯を僧む心、もののあはれ、などの最重要の情緒を身につける。日本の文化、 伝統を知りアイデンティティーを確立する際にも国語は中心となる。これら人 間の中核となるものは、小中学生のうちに全力で基礎を画めておかないと手遅 れになる。経済界の言うような瑣末な知識を小学生に与えるのは、まさに愚民 化政策と言えよう。          大学は産業界の人材製造工場ではない 即戦力を大学に要求するのは、これまで自前でしてきたことを、余裕を失った (*5)ため大学にさせようというのだろうが、大学は産業にすぐに役立つ人 材の製造工場ではない。本来、文化としての学問を研究教育する場である。そ れが実は長期的にはもっとも国益にかなう(*6)。なぜなら、応用を目指さ ない基礎科学をきちんと身につけた者だけが、真の独創的技術を生んできたか らである。これまでの方向が大きな誤りでないことは、アメリカにおける日本 企業の特詐所有が、10年前にすでに20パーセント、昨年は29パーセント と自覚ましい数字となっていることからも窺えるだろう。 また、英語やパソコンが多少ぎこちなくとも、文学、歴史、哲学、芸術そして 日本人としての情緒などを身につけた者こそが、世界で活躍するために必須の、 大局的判断力を備えることができる。そんな政治家、官僚、ビジネスマンこそ が、混迷の日本が今もっとも必要とする人々なのである。 不況にあおられた、国をあげての「改革改革」は、経済に限っても大いに疑問 なのに、人間をつくる教育までも変えようとしている。10年続いた不況その ものより、この災禍の方がはるかに大きくなりそうである。 ---------------------------------------------------------------------- 著者が推薦する基本図書:『古風堂々数学者』自著(講談社) ---------------------------------------------------------------------- 脚注 *1 声 教育改革国民会議の最終報告でも、リーダー要請のため、大学および大学院の 教育や研究機能の強化が打ち出された。そのほか、学部で卒業する者は四年で さらに専門的な学習をする、社会に出てすぐに活躍できるよう産業界との連携 交流を図るインターンシップを積極的に実施する、企業との共同プロジェクト を通じた高度な技術的能力を有するエンジニアの育成といった提言も盛り込ま れている。 *2 開設ブーム 2000年4月に一橋大学、翌年度には京都大字がビジネススクールの開設を 決めた。また2001年4月、東京大学が本郷キャンパスにビジネス関連法を 扱う「ビジネスロー・センター」を開くことになった。宮内義彦オリックス会 長は<ビジネススクールの数がけた違いに少なかったことが、90年代の日本 経済が米国に比べて大きく競争力を失った原因>(朝日新聞2001年4月2 日付)という。 *3 産学協同開発 産学連携で一歩先を行くのが早稲田、魔応義塾の両大学である。早稲田大学は、 遠隔・双方向の外国語授業を配信する新会社「早稲田大学インターナショナル」 を松下グループと共同で設立し、慶應義塾先端科学技術研究センターは200 0年12月、研究成果を企業にアピールする「慶應テクノモール」を開催した。 *4 技術移転の円滑化 98年に施行された大学等技術移転促進法は、大学が生んだ研究成果の産業界 への移転を促進するとともに、大学における研究活動の活性化をも目的として いる。法律で定められた具体的な移転事業の内容には、研究成果の発掘、評価、 選別や、研究成果に対する特許権の取得、維持、保全などがある。 *5 余裕を失った 東京大学大学院の佐藤俊樹助教授は、<転織の一般化やりストラで社員教育の コストをかけられなくなった>(朝日新聞2001年5月26日付)と分析し ている。 *6,長期的ない国益に叶う ノーベル化学賞を受賞した名古屋大学の野依良治教授は<「五○年でノーベル 賞三○人」という政府の目標は、国家として不見識>として科学技術創造立国 や産学連携輪を批判している。<学術は芸術と同じで、自分が一番おもしろい と思うものに全力を尽くす。ベートーベンとモーツァルトが比べられないよう に賞は狙ってとるものではない。(中略)産業の状況が深刻なのは産業界の研 究者の能力が足りないからで、その原困は欧米とは3役と十両くらいの格差が ある大学院教育にある>(朝日新聞2002年10月17日付) ----------------------------------------------------------------------