2001.3.9 シンポジウム「21 世紀の大学像と京都大学の進む道」第 2 回 「独立行政法人を考える会」主催 @ 京都大学理学部大講義室 第一部 基調報告 1 益川 敏英「独立行政法人化と京都大学の役割」(京大基礎物理学研究所、 『考える会』代表) 2 鷲田 伸明「国立研究所にみる独立行政法人化の実際」(京大理、元国立環境研 究所) 第二部 パネルディスカッション 上野民夫(農)・ 林 哲介(総合人間)・西川伸一(医) -------------------------------------------------------------------- 16:40- (司会) この会は、第一回には阿部謹也先生(共立女子大)に基調報告をおねがいしては じめました。益川先生は御存知のとおり、素粒子が御専門の先生です。ではお ねがいします。 (益川) 表題は「いただいたお題」で、「おち」をつけるよう努力はするが、その題の 通りにでなく、物理学会誌の 5 月号に書いた話をする。独法化とは一体何だっ たか というスタンス。 ・〜1970 「大学とは何か」? 3 年ほど前、京大 100 周年。 東大はもう 3 年早いが 現在の状況は日本の大学の歴史の中で最大の試練。 人材所在顕在化機構? これまで大学は、教育機関としての知や教育そのものより、人が集るのが一番 大きな機能だった?変な思想にそまらないかどうかが社会では問題で、教育は 問われなかった。 文化国家としての飾り? 大学管理法案 国家にとって、大学はしばしば煩わしい存在ではあった。戦前は国家の思想干 渉も。戦後の民主化とゆれ戻し:民主化は一定の浸透はした。私が学生のころ は、ずっと大学管理法案が問題になっていた。歴史家的な言い方はできないけ れども。 国際競争激化の中、産業界として有用な部分も これは 80 年代以降。昔は東北大の本田光太郎が作った優秀な鉱が戦艦大和に 使われた、なんていうのがあったくらい。しかし大学の技術を産業界も無視で きなくなった。 大学をとりこむ必要性 科研費増えはじめる(若手忙しくなる) これで大学はずたずたになる、と私は 70 年代に言った覚えがある。学部や教 授会の力が低下。教授会を経ずに重要な話がきまってしまうので出ていても面 白くない。事務長がそもそも、悪い人ではないのだが、本省と話がまとまって るのがあったら御報告くださいとか言っている。 文部省、大学・学部の議論なしで直接取り引き 大学施設など大変な老朽化 科研費は大学・学部自治の骨抜きをねらったものではなかったと思うが、結果 としてはそのようなことを招いた政策だった。自分のところのお金には熱心で も、全体の施設へのお金には誰も配慮しなくなった。 学術会議第 4 部化学研連のアピール(80年代末) 東大の調査(有馬理学部長、後に総長に) 装置の置き場所がない、人身事故につながりかねない、が化学研連のアピール。 有馬「老人」(本名の朗人を、陰でなく仲間でこう呼んでいた。)の調査は新聞 でも話題になった。そして: 経団連の談話 につながった。「文部省が悪い、もっと金だしてやれ」という内容で、私は経 済界も変ったものだという気がしたものだ。しかしこれが今につながる動きの はじまりだったかと思われる。事実はその後、時とともに: 大学は効率が悪い、閉鎖的だ 大学は独善的、自己改革は望めない のような論調へと変っていった。産業界が大学をとりこみたいが、うまくいか ない、というので言っているだけ。中からの声では全くない。 18 大学を選別して、他は云々の主張 これは 4 年前。しかし国大協などの反対にあい、「独法化」の状況に。(いや なら定員削減?) 自由競争で、おちこぼれは落ちよ、ということになった。 しかし、これは科学的やりかたでない。国の財政がピンチなら、いくらは出せ る、というのを言って議論すべき。はじめに条件を示さず、罰で動かそうとし ている。 大学は色んな学問が共存しているところが特色で、メリット。 「大学の中身を社会に還元」という論はばかげている。常に使えるものを大学 が研究しているわけでもないし、そんなことが良いはずもない。 ベンチャータイプのビジネス有効か? ビジネス化、商品化のノウハウどこに蓄積? 例として、NASA でこんなことがあった。60 年代、ジェミニなどまだ小さい宇 宙船しかできなかったころ、太陽の熱をどうするかが問題だった。液化するも のが詰めてある管に金属網をまいて、このパイプで熱を太陽の側から反対側に 伝えて解決した。これをソニーはアンプのトランジスタの排熱のために使った。 最近は肉を焼くときの温度計として、200 円くらいでも売られている。このよ うに、むしろ外から見にきたとき受けいれれば十分。 人材育成に費やす費用 リスク国民に分散? 大学で専門家を養成するには多大の費用がかかっている。アメリカの調査でも 大学がビジネスに出ていって効率が良いわけでない。あぶはちとらずでリスク 拡散するのは愚かしい。 科学が役に立つ? の二つのケース ・素粒子実験と WWW (インターネット)の経験 これは 80 年代おわり。当時あった bitnet より、全体が見れるように実験屋 さんがはじめた。top quark では 400 人くらいがひとつの実験・ひとつの論 文にかかわっている。400 人が同時に相談ということはできない。世界の各地 に分散していて、時差もある。それで掲示板のようなしくみを作ったのがイン ターネットのはじまり。それが自由にどうぞ、だけで宣伝しなくても広まった! ・量子力学の例 他にも研究が役にたつ?の例を 7 つくらいストーリーにしてみたが、これが 一番分りやすい。この場合は次のようなプロセスだった。 産業革命により鋼鉄の需要増加 ↓ 溶鉱炉の大型化(大きい炉ではオシャカが出るとバカにならない) ↓ 職人芸で対応できない温度管理 ↓ 黒体輻射の理論 ↓ ウィーン(高温側)とレイリー-ジーンズ(低温側)の理論 ↓ むりやり内挿:結果的に(今でも)正しい式 ↓ 物理屋満足せず七転八倒、量子力学の発見:1925〜26 ↓ 現在に至って、レーザーや量子デバイスに。 このように、科学の発展は 100 年のレンジで見る必要がある。今は受けいれ られ難いかもしれないが、暖かく見てもらわないと...。金持ちが変人をハナ レに住まわせていたら、知らないうちにいい絵を描いていた、という位で扱っ てもらえると良いのだが。しかし独法化は全く逆。 大学が科学の発展に対して寄与する道は? 京大 200 周年のとき「さすが京大」といわれるには? 京大の拡大部局長会議(今日)では、総長が競争的資金から税金をとって全体に、 と提案した。しかし「稼ぎ頭」は学部の中くらいならともかく、全学のために 金を出すのは...と渋い反応。私は 100 年単位でみるべき、それには次の世代 の科学をそだてるようなフトコロの深い施策が必要と思う。今すぐにでも。 和歌山県の実話 これはいつも通勤で使っている叡電の中で、農学部の先生から聞いた話。梅の 実りをよくするために、受粉のためのミツバチをつれてきたそうだ。すると確 かに、はじめの 3 年は実が 3 倍ついたが、その後は木の体力がなくなり枯れ 始めた!(笑) 大学の研究だって今さかんなところでも、やがては枯れる。国の財政が今ピン チでも、大学はこれだけしか出せない、といわれたら(もう少しくれ、とか言 うにしても)その中でやるのではないかと思う。目下の話はこちらから金をく れと言った話では全然ない。 (以上、〜17:24) -------------------------------------------------------------------- (17:25〜、鷲田) この 3 年ほど筑波にある研究所で、積みあげると 1 メートル半ほどにもなる 独法化の書類とつきあわされました。 益川先生の話は含蓄もあり、おっしゃる通りと思います。しかし今の社会は、 「ごもっとも、しかしやるときはやるよ」という雰囲気。 数ヶ月前、アサヒビールの人が日経の「私の履歴書」で独法化の話に触れて、 イギリスでは刑務所も民営化、それが今は不思議でないのだ、と書いた。 <筆記者注:イギリスのエージェンシー(外庁)は、日本の特殊法人制度が輸出 されたものであるらしく、必ずしも会計が明朗でないなどの弊害が指摘されて いるようだ。独立行政法人はこれを日本に逆輸入するものとも言え、すでに 天下りの増加などの指摘がある。> 「ものごとを手短かに」という風潮。世界の主な国のなかで今、中国を除けば、 日本が一番文化を軽視しているのではないか。 独法化のようなくだらないことに時間を使うのは意味がないのだが、知らぬう ちにこうされてしまう、という流れである。 財政が悪いのも政府のせい。子供が減るから、とか、今だに蚕(かいこ)の研究 ですか、とか、それらしい理由はあるにしても、今のように「ともぐい」をさ せて強者をのこすというのは悲惨であり、後味が悪い。こういう政策を行なう にあたっての責任の所在も、不明なままである。 ・行政改革会議について 「内閣機能の強化」のひとつとしてできた。内閣府と総務省も。内閣府の下に は「総合科学技術会議」も。 行革会議では郵政事業の民営化も議論された。はじめは大学が対象でなかった が、独法化もここで議論されたもの。これには「公務員型」(スト権なし)と 「非公務員型」(3 権あり)のふたつがあることになっている。ただ、どちら も人事院の枠からははずれるのでは。 ・きれいごとの議論 以下のようなメリットがささやかれてきているが、どれもまやかしである。 省庁のカベを越えた統廃合、中核的研究所への集約 国研(国立研究所)は、たしかに省庁の壁の中で動いていて、行政の人は仕事を 金をとってきて陣地を守るケンカをするのが仕事のようなもの。それで研究者 は、カベの中の別々の組織で同じようなことをやっていたりして、それはやっ てる人は無駄だと思っている。温暖化問題などでもそう。それで国研の中でも 「集約」ははじめは魅力的にうつった。 渡しきり交付金 使途や翌年繰り越しが自由?という話。これまで「調整費」が急に12 月ころに なってきたりして、あわてて旅費に使ったりしたこともある。しかしこの点も、 中期目標などでむしろ縛りがきつくなるのでは。 25 パーセントの定員削減を免れる? これはニュースとして語られはしたが、その後どこにも公式には書かれていな い。逆に、行革会議の文書で国研独法化の項をみると、統廃合がちゃんとうた われている。 独法化しなければ行政対応型の試験場化するしかない、という思いや、自分の ところ以外だったら、というような対応の仕方によって、今や独法化が規定路 線になってしまった。「省庁を越えた統廃合」のメリットはあるはずだったの に、これも逆に定員の囲いこみで前よりカベが高くなってしまった。 ・今まで科技庁が 90 くらいある研究所の面倒を主にみていた。そこにあった 会議が昇格して最近の総合科学技術会議として内閣府にはいった。強い力をも つのは結構かもしれないが、それぞれの国研には独法化以外の道はなくなり、 どうせなら先取りをということになった。 それで環境研でも対応のため「これからのビジョン」をうたう文書を作った。 省庁のカベを越えられるかと思ったのだが、独法化がきまった途端に逆に囲い こみがはじまったのは前述のとおり。 もともと農水省と通産省がたくさん研究所に人を持っている。これがまず囲い こまれた。これでこちらが思ったような統合は夢のまた夢になった。 ひとつくらい統廃合したら、ということになり、A 庁が B 省のある国研に打 診したことがあった。なんでも「××」という研究テーマは A 庁では使えな い言葉に指定されているそうで、たとえば「○○科学」でないと駄目なのらし い。しかし××は予算がおりやすく、最近では使いたい言葉。そこで、○○の 基礎研究はうち(A 庁)のお金をだすから、××は B 省のでやるという形でど うか、というのが打診の内容。 しかし、結局これは A 省の横槍でつぶされた! 中ではもりあがっていたのだが。 ・行革会議に戻って 国立大については、15 年度までに結論をということになっている。これは通 則法の段階の話。 1998.10.13 の朝日新聞には、江崎氏が行革会議によばれての発言で「国立大 は独法化で混乱する」と述べたと報じられたが、記事の内容は「大学には管理 能力がないから」という調子だった。これで何が決ったわけではないのだが、 全体の論調は大体そのようになっていく。 一方の国研は、最先端の研究をやってるところもあれば、行政的業務にしばれ たたところもあって様々。農水省では、5 年は霞ヶ関に居ないと偉くなれない なんてこともある。結局囲いこみが深刻になったまま、独法化の法案が 11 年 度には国会にあがってしまった。 京大でも「国立大学法人京都大学」の設置がきまれば、やはりやがて国会で審 議されることになる。 たとえ研究所長でも、最後まで情報は入らない。もっとも環境庁の場合、キャ リアの試験で出来が良くない人が来るところなので、むしろ担当者が自信がな くて何かと御意見伺いにきたのがまだ良かった。 ・(独法化された機関の管理システム):OHP シートをみながら 「理事」と「監事」がみはりにくる。人事も財務省に? 交付金も減っていくだろう。科学技術会議では倍増をうたってるが。 研究費の 3 割ピンハネもすでに視野にいれられている。 研究者の任期制も。 評価委員会には民間から人をいれよ、といわれている。 中期目標が親省庁からくる。研究は「国民へのサービス」という位置づけに。 何をするか、「中期計画」の中の「業務に関する計画」のなかで定められる。 監視体制はややこしく大変。大学の場合どうなるかはこれからだが。 国研の場合、最終的にはどこも「ラボ」とか「フェロー」とかの名前の組織が たくさんできて、飾りたてた改組が行なわれた。苦労してやった...。 しかし人数は増えないので、20 年前には 1 室に 20 人位はいた研究員の数が、 室長 + 2 名くらいの体制になった。やがてみんな室長になるだろうといわれ ている。それはポスドク受けいれなどでしのぐしかない。結局そのためにはお 金をとってこないといけないので、とってきたもの勝ちということになる。 「評価委員会」の名簿は公表されている。北野大とか、幸田シャーミンとかが 入って、マスコミにもよばれたらすぐに人をだせるような体制に、というよう なことが言われたりしている。 大体こんなものなので、独法化などしてもロクなことにならないのは、言うま でもないこと! 内閣府の「総合科学技術会議」には、「学識経験者」が 8 人でたが、彼らの 意見が通っているとは思われない。30 年で 30 人のノーベル賞受賞などがう たわれている。 <筆記者注:あとの討論ででてくるように、総合科学技術会議では露骨な「学 識経験者はずし」が行なわれているという。> 新設の「科研費 S 」も、研究費 3 割ピンハネの先取りであろう。そのような のが 5 年で 24 兆(2000.12, 日経)といわれる研究費倍増の内実。 ・京大はどうするか? 今は世論は大変冷たい。文化より経済である。 財界からヒステリー的に、効率と競争をの声 たとえば日経「教育を問う」の大学編「予算攻防(下)」でも、既得権 であるとか自治が問題とかの記事になっている。2000.12.18 の「民間 人の登用が少ない」にも、登用して何になるのかといいたい。 大学は文化を担っている、とうたっても、それはわかっている、といわれてお わり。それでも「やるときはやるよ」ということ。 東大は「憲章」など作っている。先取り対応の空気? 大学全体でみると、文化系からの声が小さいのが気になる。ほとんど理系の声 しかないのでは。しかし、たとえば国研が独法化してもお金があればまあ何と かなる。本当にそれが深刻なのは文系のはずではないかと思う。 これから、日本全体の文化の防衛という路線でいくのか、あるいは京大だけの 防衛という路線でいくのか。いずれにしろ、時間はあまり残されていない。 とはいえ、大学をいじられる前に経済がぶっとべば、全部うやむやになってし まうかもしれない? --------------------------------------------------------- 第 2 部 (はじめに司会の笹尾先生から、現状の報告をおねがいします。) (笹尾) ・文部科学省の検討委員会、国大協の委員会とも動きあり。 文科省:論点整理中。日程が早まり、「連休明けまでに」といわれている。 はじめは今年夏まで、だった。政局と関係 ? 国大協:長尾私案発表(2/7. 配布プリントをみよ)。なお国大協は 4 月に長尾 氏へ会長交代。 今後、この長尾私案が議論の基点になるだろう。「一大学一法人」他だが、一 番大事(苦労した:丸山)は第 10 項の文言。評価が一面的にならないようにし ないと。 ・東大、阪大、名大などの対応。 東大は「基本的 5 条件」を、阪大は「設置形態検討委員会」をつくった。 ・大学評価機構(ホームページに情報あり)の評価はじまる。 全学テーマ、教育、研究の 3 つでやる。教育と研究については、今年は理学 と医学。これらについて千葉、東大、...、広島、東北が評価されることになっ ている。京大も医学が評価の対象。 ・京大自身は動き少なし。 今日は「基本理念ワーキンググループ」があった。その中で校費配分について、 今迄どおり 80 % 非実験修士の教官あたり校費 20 % 科研費 overhead 15% + 15% の提案。総長補佐 3 人くらいを、副学長待遇で置く案も。 (以下パネル) (柏倉氏、文学研究科) ・うちの研究科の徳永さん<印度哲学教授>が、市場原理とはじめて戦わねばな らない局面、という文章を書いている。職組の発行するものに出るが、その通 りと思っている。 ・私自身は 20 世紀の現代文明について考えてきて、ジュネーブでやっていた GATT の取材に行ったりもした。これは 1993 年末に、ウルグアイ・ラウンド 最後の交渉があった。 ここでは農業とともに、文化が問題とされた。英国代表のブリタンとアメリカ 代表のカンターが、ぶっつづけで 25 時間議論するのを聞いていた。ともにリ トアニアの移民なのでうまくいくとか言われてたが単純ではなかった。 農業補助を減らすのも議題だったので、日本はそこだけ見ていたのだが、実際 は両人は映画や音楽を議題にのせるかどうかで、長いこと議論した。 もちろんのせたがるのはアメリカだが、EU 側は反対。映画や音楽は自分たち の identity であり商売する品目でない、という立場。これは煎じつめると、 アングロサクソン流の市場主義にどう対抗するかということと言える。なお、 当時アメリカから EU へのこの分野の輸出は 37 億$、逆むきは 2.7 億$。 結局最後は「特例あつかい」で結着。 こういう大問題のとき、日本からは当時の羽田外務大臣がわずか 1 日だけ滞 在しただけ。皆にあきれられた。機密費を使う暇もなかったろう。 ・それで大学についてだが、長尾私案(国立大学法人の枠組についての私案)の 2. をみると、「国が金をだすが口は出すな」ということ。もちろんそれが望 ましいのだが、見通しとしては非常に甘いといわざるを得ない。 文学部では情報はきても議論はもりあがらずにいる。組合で討論したりはして いる。ある人が財政のシミュレーションを、公開されている数字でしてみた。 歳入は科研費、学生納付金、外部資金。これから現在の歳出を引くと、うちは 5 割の赤字になる見込み。国から半分は補助される必要があるということ。 これがこなかったら規模を縮小せざるを得ない。 工学部は黒字みこみ。しかし経済は 1 割の赤(これは私学並み)、法学部は一 見困りそうになく思えるが 5 割以上の赤字見込み。 ・アメリカではほとんどの大学は州に属し、法人法の下にある。これと対極な のがフランス。幼稚園から大学まで国が面倒みるしくみ。どの国もこの中間と いってよい。 おおまかにいえば、日本は今後アメリカ側にどんどん行くということだろう。 その中で研究と教育の質をいかに保証するか。 うちで議論が少いのにも、京大は大丈夫という意識があると思う。しかし今京 大が大丈夫でも、やがて卒業生の就職先がなくなれば、先細りになって結局京 大もあぶなくなる。決っして安泰ではない。 (西川:医学部) 丸山氏の委員会や、人事制度の委員会にも出たりしてます。テクニカルには学 長をどう選ぶか、が一番問題だし、他にもいろいろそのようなことはあるが、 そういう話をざっくばらんにやってるところ。 文科省は「やる気」でいる。もうすりあわせの段階。国大協が違う話をもって 困らせるという作戦も無理。 丸山さんの働きも大きいが、文科省にやってもらわなくてはいけないのは「文 化基本法」のようなものを作ること。科学技術基本法のような立派なのが必要。 今は「文化財保護法」しかない。こんなドラマチックなときにはそれぐらい大 きいのが必要。 文理の分離についてだが 今のようなときに一緒にやるのは良いことと思う。 東大も一緒にやってるみたいだが、むしろ財務主導になっている。教育につい て文科省が右往左往しているが、それも本来科学性のなさによるだろう。 たとえば、今「企業からの熱い期待」はあっても、金はむしろ前より来ていな い。こういう調査をきちんとやってみせるべき。そういう検証をして、見えな かったところが見えるようにしないといけない。理系が科学的にはじめて、文 理がその後一致してことにあたるべきと思う。 議論をおこすために敢えて言うと、やなぎださんが京大 3 分割論を述べてい る。しかし日本の文科の人に科学性が失なわれてるのがむしろ問題と思う。ダー ウィニズム関連でも日本には文系の専門家がいない... 私は文系では人文研で知りあった阪上先生がいる。こういうときにこそ一致団 結して難局をのりきると良いはずだと思う。それで共通のものが何かもてるの では。 法人化がどうなるかはわからないが 大学とは何か を問うことになってはいる。 益川氏の科研費論もその通り。大学の人が大学に帰属意識をもってないのは確 かなところ。そもそも京大論をやるというような科研費申請、みたことない。 稼ぎ頭が文句を言う、は医学部らしいが、大事なところを大学としてこれから どうやるか、しかも疲弊しないように。たとえば今、新しい生命科学のセンター を神戸で作ろうとしているが、そこではこちらがちょっと言ったことを現場の 人によって形にしてもらえ、うらやましい。大学で野村総研などにたのめない か? ・結局自治をどうする ということになるだろう。まとまってやらないと、結 局 「3 分割」になってしまいかねない。いろいろ議論はするけれども。 (上野氏(農)) 独法化についてはじめて脅威を感じたのは、ドイツに留学したときの先生にい われてから。私より 7 つくらい上の人に指導してもらったが、日本はこれま でうまくやっている、というのが彼らの意見。 日本の今のことは外の人の方が良く見ていて、どの国でもこれから大学をどう するかの検討材料にしようと思っている。 私は 3 月に停年になる。これまで好きなことをできて楽しかった。科研費が できたときにやはり脅威を感じた。誰かに認められないと何もできなくなるか ら。農では、ヒノキの人は 50 年に一度しか実験できない、とか、細胞の人は 毎日でも論文が書ける、とかいろいろある。 そもそも科研費など、3 年くらい前の結果を報告しとけば昔は問題なかった。 60 年代になって、病気で日本の農業がゆれていた。アメリカで解明されたが、 ネイチャーに出た論文は実は日本でも同じことはしていた。信頼できないなど の理由でリジェクトされていたが、20 世紀梨のデータで、日本にしか継続し たデータがなかったので競争になったとき最後は勝った。 日本にはアジアのモンスーンの中の国という特異性がある。麦は塩害を呼びや すく、稲や水田はアジアの21 世紀にとって大事である。好きなところで好き なことをしよう。 農学にノーベル賞がないのは、私は誇りに思っている。賞の功罪を今調べてい るがこれが楽しい。来年日本で、学術会議の主催で「ノーベル賞 100 年」を やるけれども。 独法化はそもそも日本だけのものでなくて、サッチャーが 1993 年に「戦略的 研究」といいだしたのがはじまり。これが日本でも政治家なんかに受けた。人 文ははじめから戦略に入ってない。政府の総合科学技術会議でも文系の人は 2 人のみ。 独法化は止められないだろう。そしてそのあと 2〜3 年で、大学も更に変化を 迫られることになる。たとえば 学術月報 2000 年 1 月「社会のための学術」(吉川氏) 参照。ここには科研費の見直し、領域・大学の改組についての見通しが述べら れている。科研費については、「人文・社会」「理学・工学」「生命・化学」 の 3 つの大枠に再編されるみこみ。 これが 21 世紀のためになってれば良いが、そうは思えないのが辛い。第 2 期科学技術基本法の 23 兆円/ 5 年も、独法化と関係ないわけがない。今のよ うに疲弊した日本社会が大学に一見期待していても、これが上手くいくとは思 えない。ということは、政治家が大学をスケープゴートにしようとしているの に等しい。それを外国も見ている。 そして更に、教育の不在があり、研究の不在も進行するだろう。これは冗談で ない。 京大でも 1000 億のプロジェクトを言い出す人は沢山いるけれど、そもそも京 大の年間予算が 1000 億くらい。それをいくつかのところに集中してしまって いいのか? 農学部のことをいうと、最近改組がやっとおわったが、その中で教育を早くちゃ んとしないといけないと思ってやってきた。これがあと 2、3 年後の独法化の とき、良い方向に働けばと思っている。何でも蓄積が大事。(19:11) (司会) ではディスカッションに入りたいと思います。 丸山さん、何かないですか。 (丸山) 先ほど笹尾さんが言ったことに補足。 今は本当にわからない情勢です。大学人の中で、独法化が規定路線と思う人が 増えてしまった。これが大きい。 鷲田さんが、長尾私案がうまくいくわけないといわれたのはその通り。私は作 るがわにいたが、一石を投じるつもりでやった。 文科省高官曰く、「どうせ国大協がまとまれるわけがない」。その通り。何か 出ると、国大協の席では学長は「それはうちは困る」と言わざるを得ない。そ こで長尾案を出したのは、これで国大協もまとまれるというところを見せたい がため。 「通則法にかわるものを何か作る」も、できないと思いつつ、言わなければこ のまま行ってしまうでしょう? このままでなく、通則法にあることを少しずつ変えていって、外してしまいた い。とくに中期目標。国研のを見せてもらうと恐しくなる。5 年でこれをやる、 とか書いてある。それしかできなくなっても困る。あくまで困る。 そこで「中期目標」ということばや、「3 年から 5 年」を「数年」にして外 そうとした。この点は東大でも 6 年とか、国大協でも 3 年から 7 年とか言っ て、外そうとしている。ここは皆これ位はやってほしいと思う本音なので、目 をさましてもう一度議論にのせたいところ。 (経済の人から鷲田氏へ) 国研の当時の雰囲気(士気)について聞きたい。 (鷲田) 研究所にもより、いちがいに言えない。情報の入り方も違う。私の居たところ は、はじめは壁をこわす期待もあった。それがダメになったところで士気が落 ちた。 独法化が決まったあと、行政の介入はかなりある。 一番大きいのは予算。親省庁から指図され、こうしないと金をやらないぞとい われることが沢山ある。色々、バラバラと。研究者の一本釣りもある。 結局研究者の 1/3 くらいは行政のニーズにあったことをやらされる方へ行っ た。全体としては、management する側が plan をたてるので力が強く、そっ ちが決めてしまう。される側はあきらめてしまう。 給与体系については、行政官の世界や数人の若手研究者については斬新なもの ができた。0 円から業績次第で 200 万までのボーナスとか。ふつうの人は若 干増えたかどうか? 資産については、借りるのか自分のものにするのか、そこは自由とされた。し かし「自分で持つ」とすると、今ある全部のものの金額を算定して書類にする 膨大な作業がある。今思うとよく間にあったと思う。 (農学部の矢野氏から鷲田氏へ) 農水省関係で評価の委員をやっている。大学評価機構などでもそうだが、こう いう評価にどういう価値があるのか。 (鷲田) 省にもよる。文科省は他の省庁にくらべて、大学にかなり介入しない方といえ る気がする。他はかざりのために、形をととのえるだけに使うところが多い。 委員会の方向は行政官が作って進めるというのが習慣化していて、そのまつり ごとに振り回されてるのが今の大学の状態では。 総合科学技術会議に出てる人の話でも、「学識経験者はずし」が露骨にある、 と聞いている。文科省はそこへいくと、珍しく判断をこちらに委ねているよう に見える。 (丸山) 文科省も似たようなもの。私が出た委員会の座長ははじめから、文科省が引っ ぱろうとするのを「まだ検討中」といって止めなくてはならなかった。しかし ここへきて、彼らが最近各委員会に下部ワーキンググループを作り、そこに走 らせはじめた。各 3 人。 私はこれはまずい、と言って、国立大から 3 人出てもダメ、座長にあと 2 人、 私立と民間から入れたいと言ったら、文科省が猛烈に反対した。こういう作業 部会の人選も本当は彼らがやりたい。 それで、彼らが作った中期目標関係の文書を会社(民間)から来てもらうことに なった人に見てもらったら、全くとんでもなかった。この人は本当に見識のあ る方で、「とんでもない、大学にこんなのを使えっこない」と言ってハネてく れたので、彼らの文書をひとつご破算にできた。 (鷲田) 京大と東大に、それぞれ生命関係の部局がある、あるいはあった。京大の方は こんどの 3 月に閉鎖になる。一方東大のほうはすごくなっている。こういう ことに関して、評価の力はすごい。甘く見たら痛い目にあう。 (西川) 文科省は peer review というのがわかってはいる。今日の午後に、経済の佐 和さんのレクチャーを聞いた。官僚の人の考えてる給与体系の「美しさ」につ いて。でも彼らは学問の中身についてはわかってるわけがない。我々がコミッ トできるようにしておかないと危険。 医学関係は今は病院まで評価される。こちらが議論をつめていないと必要なと きに対応できない。国大協についても同じことが言える。 大学が各県にひとつ以上、今のようにあるのが必要かどうか。これは戦後、駅 弁大学などと揶揄される中でできて今日に至っているわけだが、今日的意義を 科学的に、調査会社にたのんででも検討するぐらいで良いのでは。そのために 我々の給与から 1 割天引きされても良いくらいに思う。こういうことの音頭 をとるようでないと、国大協の存在意義がない。 (矢野) 独法化されたとき、評価の使われ方は変わるのか。 (鷲田) 一期 5 年のあとにならないとわからない。鍵を握るのはどうせ総務省。人事 と同じで、難クセはどうにでもつけられるし、駄目なことはいくらでも言える。 それがまず一期目。 (丸山) その通り。やっと大学も気がついて言いだしたが、総務省の審議会は一期後に その組織の改廃を簡単にできる。反論の機会があるとはされているが、一度議 題にのぼったら勝つ見込みはない。 「学術文化基本法」もだが、「university council」的な、大学のことを本当 にわかってる人が政府に勧告できる仕組を作らないと危険だ。このフィルター を通らないと大学はどうこうできない、というものが必要。「長尾私案」には 載せなかったが、これが悲願。西川さんの話とも関係する。 (西川) さっきの、「文化対経済」について。明治には音楽大学がすぐにできて、今も 芸大と、私立では東邦がある。どちらにも存在意義がある。芸大は日本の伝統 音楽の保存という機能もある。 市場を全く無視して文化を守るしくみがあるか?たとえばドイツでは、建物を 作るときはその予算の 2 〜 3 % を芸術に使うことが義務になっている。こ れで絵を買ったりするので、芸術にお金がまわることになる。こういう形でで も、市場原理から守る努力を形にしたい。 (司会) 私は専門が高エネで、お金を使う方です。すみません、みなさんの税金でやっ ています。(笑) でも今は、ITとか何とかいうと、一人にウン億というようなお金がつく。そ こまでしかし、個人の能力に差があるのか。 分野にもよるかもれないが、高エネでは一人せいぜい年間一千万が limit と 思う。たとえ学生がいてもだ。評価がよくて金がついても、一人にできること は限られている。Newsweek の最近のマンガでは、日本についてかたや過労死、 かたや失業で首吊り、という図が描かれている。こういう滑稽なことでは困る。 もう一つ。科技庁の原子力は、今でも上にいるエリート官僚が何をやるかきめ ていて、結果は失敗ばかり。下からでてくるのを上がどう拾うか、というのが 大事なのに。上から来るネタは大した努力をしなくても 1 億位はきたりする。 最近は原子力以外にも目先を変えようとしている様子。この点は文科省のほう がまだマシとはいえる。上の方ではどう思ってるのか? (西川) 上ではないけど、競争的経費について。ある程度は仕方ない。しかし官僚から 来る計画は、本当に検証する人が必要。peer review ではダメ。 外国では社会学的に、ギボンスとかヘ...女史とか、rethinking science とい うのをやっている。彼らは加速器などについても考えている。 科学というのは、これまで reliable knowledge を出すことを使命としてきた わけだが、それだけでなくて socially robust knowledge が必要、という言 い方をしている。象牙の塔 ivory tower からアゴラへ、とも言う。 こういう socially robust knowledge があれば、今のような予算配分などで のアンバランスは是正される、と彼女は言う。こういうことをやる社会学者が 日本には居ない。我々も disclose が必要だけれど。 <筆記者注:社会学的な観点から、科学を「mode 1」(純粋な探求)と「mode 2」 (社会への貢献)とにわけて議論することが提案されているようである。しかし 情報公開の意味を越えて役に立つものの追求になってしまうと、かえって科学 の健全性をそこなうことも無視できないようである。> (経済の人) 独法化したときに、定員は自由に決められるのか。 (丸山) 全然ダメ。入口で中期目標というのがあるから。ここで我々は 5 年の予算を 積みあげて、それを本省が財務省に持っていく。これに評価もからむ。 文科省はこれまで、色んなところを順番に回して大きいお金をつけていたが、 今それは全て科研費に行っている。これをこれからは、この 5 年の計画の中 に入れてやっていかないといけなくなるだろう。 定員は国会にも報告することになっている。国大協では、学部定員くらいは決 められるのもしょうがないが、その先の学科単位とかはよしてくれと思ってい る。 (経済の人) 経営のために、私学みたいに増やすことは。 (丸山) 設置基準というのもある。何人教えるために、教室はいくつとかの条件が必要。 そこは文科省がおさえるはず。 (西川) 私立が潰れても困るという理由の圧力もくるだろう。 (上野) 10 年に 1 回やることになっている科研費の見直しを、今やってるところ。そ こで、100 件以下の申請しかないのは潰される見込みになっている。それが現 実。100 でなく 200件程度になるのではと思う。 学術体系の変なまとめをやりたがっていて気味が悪い。こういうことはボトム アップでないといけない。 (丸山) それは私も、いつもどこでも言うようにしている。しかし、どこでも残らずに、 全て消えていく。一生懸命行っても議事録に残らない。具体例をあげて反論す ると、そのときだけはスッと引込めるのだが。 益川さんの話したようなことも言っている。しかし、目標のない研究はないは ずだ、といわれてしまう。 (西川) そういうのを守れるのが大学、ということになっていくのかもしれない。どう いう形で維持できるか、peer review とか overhead とか。モンゴル語ならモ ンゴル語を守れる仕組を作らないと。stanford では、たしか 5 割が overhead だったのでは。そういうので、丸山さんの数学も要るよ、と。(笑) (丸山) 益川さんが「拡大会議」で言ってくれた通り、大学にも戦略が要る。お金とっ てきた人が、弱い人にもわけていかないと。 数学に関していうと、イギリスで評価がはじまって、お金と一割リンクしたと き、こういうことがあった。あちらではポイント制がある。それで Warwick 大学というところがあって、ここの学長は 10 年後にポイントが多くくるには、 と考えて、数学にポストを 10 人単位で増やした。そういう計画性が必要。 さっき佐藤氏が言ったように、「教官当り校費」がなくなって、「大学分」と してまとめて来るようになった。しかし自主性と言った我々が、それが来ると 右往左往している。こういうところの対応が社会から求められている。 (西川) 全く。医学でも、今脳に金がくるが、脳を理解するのも最後は文化をどう理解 するのか、というようなことが求められるはず。そういうところも我々自身が 求められる。 我々大学は、労組ではないが union system であるべき。 (鷲田) これから心配なのは、科研費のようすなんかは見ずに、外だけからシステムと して見て、たとえば外との交流なんかは努力に数えても、中でやっている研究 は問題とされないのではないかということ。 中期目標には、「研究は大事だから続ける」という位しか書かれない。機関と して機能はどうだとか、国研の場合はそう。大学の場合はどうなるかわからな いが。論文の数ではかるようなこともあるかもしれない。 (丸山) 大学の側でも困ることを言う人がいる。 イギリスでは教育している内容については、「学位試験委員」という人が外か らきて、試験の作成から何から側についてやるので、中身について自動的に全 てわかってしまう。こういう、何も特別なことをしなくても自動的にすむ仕組 みが必要。 こういうのを見ると、我々は評価ばっかりやらされてる、困る、と言いたくも なる。すると私大から入っていた委員の人だが、「学生に TOEIC なら TOEIC を毎年受けさせて、目標は何点、とかやったらいいでしょう。そうすれば点が あがったかどうか、一目で事務官にでもわかる。自分で評価しなくたって』と。 全然わかってない。 (司会) 他になにかあれば...ありませんか。 予定より大分のびて遅くなりましたが、では今日はこの辺でおわりにします。 (20:11)