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黒木のなんでも掲示板 (0054)

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Id: #a20000120235216  (reply, thread)
Date: Thu Jan 20 23:52:16 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000120153329
Name: くろき げん
Subject: 稲垣さん自身が一次資料を読み直すべきだと思う

稲垣さん、私は1/18の記事で一次文献、一次情報に触れることの重要性を強調してます。そして、稲垣さんのように、『現代思想』の「サイエンス・ウォーズ」特集号を読んで「カルチュラル・スタディーズ(CS)の人とケンカするのはくたびれるなあ」という感想を述べるのはおかしいという意味の発言をしています。率直に言って、稲垣さんは一次資料どころか『現代思想』の特集号でさえまともに読みこなせてないと思います。以下に、特に気になった点について書いておきます。文脈を無視すれば稲垣さんの意見のかなりの部分に賛成できるのですが、それを「サイエンス・ウォーズ」とやらの文脈で述べることには反対したいですね。


サイエンス・ウォーズ・キャンペーンについて

稲垣さんは、「サイエンス・ウォーズ」という言葉を中立的に「科学に関わる最近の論争」のような意味で用いているように見えます。しかし、「サイエンス・ウォーズ」という言葉を宣伝した Andrew Ross に代表される人達は決してそのような中立的な意味で用いていません。このことについては、 1/18 の「サイエンス・ウォーズ・キャンペーンとは何か」を参照して下さい。

「サイエンス・ウォーズ」は「(保守的)科学者達による不当な攻撃によって生じた論争」というニュアンスで宣伝された言葉です。 Andrew Ross は不当な攻撃を受けたのは「左翼がかった人達とフェミニスト達とあらゆる種類の多元文化主義者達」であると主張し、ある種の科学論者達によれば「アメリカの科学論者が科学者に不当な攻撃を受けている」ことになっています。

しかし、実際には、 Andrew Ross が保守的科学者だとレッテルを張った Gorss と Levitt はどちらかと言えば左翼でした。 (ついでに述べておけば、 Social Text 誌の Science Wars 特集号に掲載されたパロディー論文を書いた Alan Sokal はバリバリの左翼です。) そして、ある種の科学論者によって展開されたサイエンス・ウォーズ・キャンペーンの評判がどうであったかというと、少なくとも Sci-Tech-Studies ML を見る限りにおいてはあまりよろしくない。

以上の事実は「サイエンス・ウォーズ・キャンペーンとは何か」のリンク先で全て確認できます。

そして、実際に「サイエンス・ウォーズ」というキャッチフレーズを用いて現在も宣伝され続けている言説(最近ではここで話題になったように佐藤文隆氏による事実誤認がある)は、日本も含めて、「科学者による不当な攻撃」というニュアンスに近いものが多いと思います。このような事実を知れば、「サイエンス・ウォーズ」という言葉を使いたければ慎重にならざるを得ないし、稲垣さんにもそうしてもらいたいと思います。

査読について

まだ実証されてない仮説を含んでいるという理由で「それは空論」として落としてしまうのはまずいという稲垣さんの意見に私も賛成です。しかし、それは当然のことで誰も反対してないし、サイエンス・ウォーズ・キャンペーンに関係した論争とは何の関係ないし、所謂「ソーカル事件」に関わる論争とも関係ありません。

Social Text 誌の Science Wars 特集号に不幸にも掲載されてしまた Alan Sokal によるパロディー論文はそのような議論とは無縁なだけデタラメな内容が書かれています。そして、 哲学者の Paul Boghossian と Thomas Nagel (ネーゲルは永井均の翻訳書などで日本でも結構有名ですよね)が述べているように、

このような「誤り(errors)」をとらえるためには、高級な数学や物理学や哲学に関する微妙な理解は要求されない。それらの「誤り」は初歩的なへまであり、 Sokal の論文はそのような「誤り」で明確に溢れ返っているのである。 Social Text の編集者達の科学・数学・哲学に対する完壁な無能力のみが、このように明白に馬鹿げた内容の連続に過ぎない論文の出版をどのようにして許可できたのか、について説明できるのである。

という類のものなのです(The Sokal Hoax: A Forum で読める)。 (しかし、 Boghossian と Nagel のように、そのような論文の掲載への非難を cultural studies 全体に一般化してしまうのはやり過ぎだと思う。その後の Alan Sokal のように批判対象をもっと限定すべきだと思います。) そして、真面目なものとみなされている文献からそのパロディー論文に正確に引用された一節達と Sokal がでっち上げたナンセンス・ジョーク達はほとんど区別がつかない。

まだ実証されてないが科学的に十分に面白い主張と爆笑するしかないような単なるデタラメは異なりますよね。そして、 Sokal のパロディー論文はグレーゾーンに含まれるものではなく、はっきりデタラメであると簡単に判定できる類の一節を大量に含んでいました。 (稲垣さん自身が、そのような一節を一つ以上引用して、その解説を試みると面白いと思います。)

そして、そもそも Social Text 誌は査読論文誌ではないのです。だから、あのパロディー論文の件でもって査読の重要性がはっきりしたなどと述べるのはおかしいと思う。もちろん、編集者および関係者達があそこまでひどいデタラメを冗談だと思うことができなかったという点は馬鹿にされても仕方がありません。しかし、ある面で馬鹿にされたからと言って、別の面で優れた仕事をしてないということにはならないので、その点に注意を払わないと不公平な見方をしてしまうことになります。全く同様の意見を Alan Sokal も述べています(Sokal (April 1997) の「パロディー論文が出版されたという事実だけからは、大したことはわからないと私は考えている」から始まる段落を見よ)。

ここで述べてない「査読」関係の話題については、1998年11月10日の私の記事を見て下さい。


以上です。他にも、文化系と理科系の論争であるかのような意見を述べることに対する疑問もありますが、それについては省略しました。

あ、でも、立花隆による C. P. スノーの『二つの文化と科学革命』(みすず書房から最近再版された)の引用と解説の仕方への違和感については私も同感です。 (立花氏が授業で配ったプリントとその解説文が見付からないな。) あれだと、スノーがなぜ二つの文化の断絶が問題であると述べているかが全くわからないのだ。


Id: #a20000120210937  (reply, thread)
Date: Thu Jan 20 21:09:37 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000120135109
Name: たかた ひであき
Subject: うーん

稲垣さん、ありがとうございます。雰囲気はなあんとなく分かったような気がしますが、細かいところはさっぱり分からんです。でも、なんかすごそうですね。ネガティブフィードバックと創発と自己増殖ってのが、同時に出てきただけで、ほぉー、すげえって感じになっちゃいました。いずれにしても、この話題は、これ以上深入りせず、ちょっと、自分で勉強してみようかと思います。

最初、稲垣さんの書き込みを見た時には、自己調節って言葉だけすごく場違いに聞こえたので、「自己調節」ってなに?って聞いてみたのですが。
少なくとも、僕にとっては、ネガティブフィードバックってのは、すごくマクロのイメージの言葉(たとえば、脈拍が遅くなりすぎると、早くしようとする命令が出るとか、血糖値があがりすぎると、インスリンが出て血糖値を下げようとするとか、ホルモンを受け取った細胞がそのホルモンを出す細胞に、ホルモンを出さない様に働きかけるとか)で、自己複製とかってのは、ミクロの分子とか細胞に近いレベルの話のイメージがあって、この組み合わせにすごく違和感があったのです。

カウフマンのAt Home in the Universe(邦訳で読んだのですが)は、面白かったけど、理論から遠いカオスな世界の目からは、ファラデーを伴わないマクスウェル(なんだか、別のスレッドの言い回しみたいですが、逆にするとなんか不自然だな。意味は汲み取っていただけますよね)みたいに感じました。
Id: #a20000120153329  (reply, thread)
Date: Thu Jan 20 15:33:29 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118145628
Name: 稲垣耕作
Subject: サイエンス・ウォーズについて(蛇足文)

(単純に理科系、文科系ということにしますが、)サイエンス・ウォーズについて、「文科系の人、理科系の一次資料を読め」と言いましたが、理科系側にも何か言っておいた方が議論の発展があるかなと思います(ぼくは「対立命題が発展を生むよ」主義なんです)。このテーマについてどこかに書くときには、以下の視点を入れると思います。(すでにどなたか議論しておられたら蛇足ですが)

この問題はかなり熟考して議論しないと、理科系が自分の首を締めることになりかねないなあ、が感想です。というのが、投稿して掲載される論文の「信頼性」をどの程度まで査読で確保する必要があるかという問題があるから。ぼくの所属している学会はどこでも、査読で内容の正しさまで保証する必要はなくて、「とりあえず掲載して誌上で議論を深める」という立場です。

この原則が大事なのは、まったく新しい理論が投稿されたときなどです。湯川さんの中間子理論など、中間子の実在が実証されていない論文ですから、「それは空論」と落としてしまっては、その分野のほんとうの発展がなくなってしまいます。とりあえず掲載してみて、その論文からどんな新展開が生まれてくるか、そんな実績を積むことによって、論文の価値がだんだんわかってきます。何の展開もなければ紙クズ(そんな論文はどこでもたくさんある)、後で間違いとわかった論文は著者が恥をかくか、いやそれでもなかなか面白かったとなるか、学術誌はそんな運営なんでしょうね。たった1つの宝石をリジェクトしないために、100の紙クズを載せるのもやむをえずというところでしょうか。(この原則がないと紙とエンピツ理論のぼくなんか切実なんです)

この論点を入れると、ウォーズ論はなかなか難しそう。田崎さんがあまり自分の意見を入れずに翻訳されたのは賢明な方針かなと思います。「2つの文化」という伝統的大問題があって、その点で非常な興味を持ちます。ただソーカルの事件だけを中心にして議論するのは、理科系側にも少々問題かとも思います。本は自分の問題意識をもって読んだほうが面白いしよくわかるので、ソーカルらがこんな問題に触れてどう言っているかを楽しみにしています。

なお、スノーの「2つの文化」を立花隆さんが引用していたとき、自分の印象と違和感を感じて、元の本と対照してみたら、立花さんは原文にあちこち手を入れて、強める表現に変えてるんですね。なるほどなあ、これで営業やってる人だから仕方がないか。(だからぼくは立花さんなどは引用したことないんですが)

Id: #a20000120135109  (reply, thread)
Date: Thu Jan 20 13:51:09 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118213216
Name: 稲垣耕作
Subject: 自己調節のお話

たかたさん、こんにちは。

 >物質の保存則のもとでは、「非線形性」「自己調節性」と自己複製能力は同値
 >というときの、「自己調節性」って、どういう概念なんでしょう?

数学的にはブール論理で扱っていて、
 線形関数……パリティ和のこと。ガロア体GF(2)で線形
 正関数(単調非減少関数)……NOT不要の関数
たとえば野崎昭弘『スイッチング理論』(共立)をご覧下さい。野崎さんはこのテーマがライフワークという大専門家です(『ゲーデル・エッシャー・バッハ』の翻訳、『詭弁論理学』などでもよくご存じでしょう。5年か10年おきに互いに少しずつ理論を進展させるという論文を出しっこしていたかなと思います)

「線形関数でもなく、正関数でもない」というのを、ぼくは論理関数(の集合)の「基本万能性(elemental universality)」の必要十分条件としています。「正関数でない」つまりNOTがあるのが「自己調節性」の元。「順序機械」(メモリーがあり、有限状態機械ということ)という概念をご存じなら、その概念と組み合わせたとき、ブール論理でのネガティブ・フィードバックかということで、「お話」的表現では「自己調節」といいました。

ごくシンプルな条件ですが、「数理モデルの強力性は、豊かな結果を出すことで示すしかない」という立場で、複雑系関連で少しずつ結果を出しています。
●基本定理:「基本万能性を満たす論理素子(の集合)でコンピュータを作ることができる」を証明しました。(順序機械の問題でなければ、すべての論理関数を作れるという証明は従来からありました。帰還のために時間要素を入れるとフォン・ノイマンも不可能と思った扱いにくさです)
●カオスの縁に基本万能性が必要条件である。ウルフラムモデルでもカウフマンモデルでもそうです。(必要十分条件を求めたいのですが、かなり道遠し)
●ブール論理の体系でコンピュータを作れるだけでなく、物質の保存則をモデルに入れても、基本万能性が必要十分。しかも「自己複製」も同値になります。(これができるので、あ、強力そうな条件だなと自分でも思いました。なお物質の保存則導入は物理屋さんもよくご存じのreversible logic参照)
●べき乗則分布は、基本万能でなくても発生できると証明(NOT不要)。(ひょっとするとお騒がせできる武器になったかな、と思いました)
●蛇足で、非線形は複雑系のキーワード、ネガティブフィードバックはサイバネティックスのキーワード。その組み合わせだというところがちょっと魅力的かなです。
●さらに蛇足で、生命は非線形、自己調節だと認めると、「生命は基本万能」という前提に立てそうです。(ほんとは「生命はデジタル」が必要です。「カオスの縁はデジタル」の証明を傍証としています。基本万能性を多値論理に拡張したほうが説得力あり)

というわけで、ごくごくシンプルな条件から「生命の自己増殖や創発」にカスるような結果を出しつつあります。自己増殖をアッサリ乗り越えているところがミソかもしれず、増殖は当然だから、その先の「進化」に集中して理論化しようという意図が少しある? 物質の世界での増殖は、京大薬学に協力者がいて、タンパク質のフォールディング問題関連で攻めつつあるのですが、ほんとに増殖して漏れてきたらコワイ!と慎重です。理論のバックグラウンドが違うとはいえ、こんなに簡単に自己複製にたどり着くのですから、意外に簡単にそんな物質ができるのかもしれません。(ただし、カウフマンの理論は大好きですし素晴らしいと思いますが、『自己組織化と進化の論理』(At Home in the Universe)で、まるでプールにバケツでたくさんの物質をぶち込めば、それだけで相互触媒作用で生物が生まれそうなのは行きすぎだろうなあと……)

Id: #a20000119075824  (reply, thread)
Date: Wed Jan 19 07:58:24 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118213216
Name: 田崎
Subject: フラクタル

フラクタルに関連するテーマを無謀にも二つに大別すると 次のようになると思う。

雷の写真をとるとフラクタルになってるとか、 煙突についたすすがフラクタルだ、 みたいな「自然に出てくるフラクタル」については、 「どういう理由でこんなパターンが出る?」 「マクロなパターンを決める法則性があるのか?」 「なんでフラクタルになるんじゃ?」 といったことが疑問になります。

他方、再帰的な規則できちんと作った「素姓の正しい」フラクタル (シェルピンスキー・ガスケットとかシェルピンスキー・カーペットとか) はフラクタルであることには何ら不思議はないけれど、 数学(や物理)にとっての新しい素材と見ることができる。 とくに、新しい素材を扱うことで、数学を「鍛える」ことができる。 (鴨さんの計算可能性の研究は、そういう方向のものと勝手に理解しているけど、 ちがったらすみません。) たとえば、(規則的な)フラクタルの上で解析学を作ってみようと思うと、 一筋縄ではいかない。 そこでいろいろがんばっていると、 新しい知見が得られる。

ぼくに身近な研究分野で「フラクタル」という言葉がどの程度つかわれるか (いい加減なまとめ); スピン系(磁石のモデル)などが相転移をおこすとき、 臨界温度でスピンの描くパターンがフラクタル的になる。 これは「臨界現象の研究」という歴史のある重要なテーマなので、 「フラクタルも出る」と言及する程度。 話の発端になった、確率モデルでの一連のランダムフラクタルの研究は、 最近はあまり流行らなくなったけれど、 けっこう「フラクタル」というキーワードでくくられているかな。 (でも、パーコレーションとかランダムウォークとかは歴史のあるテーマなので、 いちいち「フラクタル」を看板にはしないみたい。) 以上は上の分類の前者。 数理物理というか、むしろ確率論では、 「フラクタル上の確率過程」とか「フラクタル上の解析」 というような言い方も耳にする。 これは、上の分類の後者です。

ちょとラフですが、雰囲気は伝わるでしょうか?


Id: #a20000118213216  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 21:32:16 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118180409
Name: たかた ひであき@ダメすぎ
Subject: そーか

そーか。もう、フラクタルとかっていわないほうがいいのか。

ええと、これって、今や、非整数次元についての研究と自己相似性についての研究とか、いろんなジャンルにフラクタルの研究が別れて各々が別々の専門になったり、フラクタル以前からあるような物理とか数学の話はその分野の話として普通に議論されるようになったりしたって事でしょうか?

それと、
物質の保存則のもとでは、「非線形性」「自己調節性」と自己複製能力は同値

というときの、「自己調節性」って、どういう概念なんでしょう?
「同値」というからには、明確な定義があるんでしょうけど。

あと、「いっぱんたいしゅう」云々は、確かに僕の発現は不適切ですね。
お詫びします。


Id: #a20000118180409  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 18:04:09 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117151611
Name: 鴨 浩靖
Subject: フラクタル

マンデルブローが「フラクタル」と言い出したころは、自己相似性と非整数次元とは混同されていました。当時はそれでもよかったんです。「フラクタル」という言葉を使うことに、「従来の研究対象」に対する「それ以外」に目を向けさせる意義があったからです。

今は、もう、そんな段階ではありません。「フラクタル」な対象が、すでに、「従来の研究対象」になってきているのだから、わざわざ、「フラクタル」なんて曖昧なキーワードを使うことに、利点はありません。


Id: #a20000118175150  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 17:51:50 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117144130
Name: かも ひろやす
Subject: 勘違い

論文や解説記事での用語の選択で、「いっぱんたいしゅう」なるものへの影響を配慮したりは、普通、ほとんどしないものです。だから、ここで「いっぱんたいしゅう」を持ち出すことが、勘違いその1。

それ以前に、「いっぱんたいしゅう」と「プロのかがくしゃ」という二分法が、そもそも、ダメダメな発想です。勘違いその2。


Id: #a20000118173946  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 17:39:46 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118161541
Name: 田崎
Subject: 補足

和田さんの記事の趣旨を理解するには、 ぼくの今朝の投稿 で引用した部分の前後を知った方がいいかもしれないです。 今朝は「事実誤認」の部分だけを指摘したかったので、あえて、一つのパラグラフの最初と最後の文章を引用しませんでした。 パラグラフを丸ごと引用しておきましょう。
科学者と哲学者の関係を政治家と評論家に見立てたとして、政治家が全員評論家並みにソフィストケートされた ら気味悪い。だから、少年並みにキレる物理学者もいるもので、九七年頃にアメリカのある理論物理学者が科学哲 学の雑誌に偽論文を発表して、それをまったく見抜けなかった哲学者の低脳ぶりを嘲るという挙に出た。 それに呼応して、あるいはもう少し品のある仕方で、科学者側からの科学哲学者への一斉攻撃が始まり、「サイエ ンスウォー」と呼ばれるようになった。評論家のお喋りにキレる者が出てくること自体に、筆者は物理帝国の黄昏 を感じる。 (佐藤文隆「物理学の世紀」pp. 189-190)
第一文と第二文の論理関係は、直接 「・・・気味悪い」→「だから・・」 ではなく、 「・・・気味悪い」→「ソフィストケートされていない人もいる」 →「だから(そんな人の中には)・・」 と読むのだと理解しています。 和田さんのご意見は、最後の文を 「評論家のお喋りごときにキレるな」 と解釈すれば、ということだと思います。
Id: #a20000118161541  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 16:15:41 2000
Name: 和田 純夫
Subject: 佐藤氏の意見

佐藤文隆氏の文章について私も一言(実質は、宣伝三題)。

基本的には、(いわゆる)サイエンス・ウォーズがソーカルの偽論文から始まったと いう誤解に基づいた意見だと思います。しかし、マキャベリスト的発想ですが、物理学 会会長という立場の人が、あまり騒ぐ問題ではないと発言するのは、物理学サークルと 科学哲学・科学史サークルとの関係がぎくしゃくしたものにならないための用心として は、悪いことではないと考えます(これが佐藤氏の真意であるか否かは知りませんが) 。

さりげなく宣伝をしますが、実は物理学会誌2月号に、「サイエンス・ウォーズ」を 私の観点から見た短文が掲載されます(編集者の依頼で書いたもの)。昨年の私の「世 界」の記事を再構成した相対主義的科学観批判ですが、この掲示板での討論も参考にさ せてもらいました。私の周囲の方々もその主張に共感してくれる人がほとんどです。し かしだからと言って、物理学会の人々に、この論争に立ち上がれなどと馬鹿げた呼び掛 けをするつもりはまったくありません。一つの教養として頭に入れておいてもらえれば いいといった程度の気持ちです。ですから佐藤氏の意見の基本が「騒ぐな」といったこ とであれば、それに賛成です。

しかし別の観点から見ると、あの発言は、「評論家(哲学者)の言うことなど相手に するな」という主張にも読み取れ、科学哲学者に対して非常に失礼な言い方にも受け取 れます。私は科学哲学自体は、紀元前から続く人類にとって重要な営為であると考えて います。したがって、(名称は非常に悪いが)学問論争としての「サイエンス・ウォー ズ」は、関心のある物理学者は真剣に取り組むべきものであると考えます。再度宣伝に なりますが、「理科教室」(新生出版)という雑誌の2月号に私の科学論の短文が出ま すが、哲学者である岩佐氏も(構成主義批判的な文章を)寄稿するそうです。その内容 はまだ見てはいませんが、いずれにしろ自然科学者と哲学者のウォーズなどといった構 図は意味がないことは明らかになるでしょう。これはあくまでも、科学論論争であるべ きです。私の「世界」の記事以来、科学哲学者から散発的に意見を聞かせていただきま したが、継続的な議論を積極的にしようとする方は出現しませんでした。現代の哲学者 は、認識論や存在論には関心を失ったのでしょうか。

私が科学論に関心をもったのは量子論の解釈問題からですが、これについての特集が パリティ4月号に掲載される予定です。私にとってのメイン・テーマは、量子論は、「 集団に対して統計的記述のみをする、実証主義的にしか理解できない理論(コペンハー ゲン的解釈)」なのか、それとも「実在に対して決定論的な記述をする理論(エベレッ ト的解釈、多世界解釈)」なのかという点です。パリティで哲学的論争が全面的に展開 されるわけではありませんが、関心のある人は、このようなテーマを頭に入れて読んで いただければ幸いです。


Id: #a20000118145628  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 14:56:28 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118131706
Name: 稲垣耕作
Subject: 黒木さんありがとうございます

黒木さんありがとうございます。講義が先週で終わり、少し時間があったので、ちょうど入れ違いに投稿してしまったところでした(その前にホームページは拝見していたのですが)。『現代思想』の特集号は、「たくさんの人たちが書いているなあ」、「ソーカルの文章もあるなあ」(元のパロディ論文でなく)ということでした(「そんなに読んだつもりもなかったので」ということで、ほかの人は知りませんが、ぼくは強いインパクトは受けませんでした)。英語で詳しく読むのはホネだから、しかし大事な問題だから、だれかが訳してくださってからでもと、田崎さんのご翻訳を楽しみにしています。くたびれるのは、難しく書く人が多いのと、当時においてこの問題に自分はとても詳しくて、という感じで書いておられる人が多くて、それが研究テーマなんだなあ、しかしソーカルも難しく書いてるなあ、ということでした。

以前にドゥルーズとガタリ『哲学とは何か』がカオスについて書いてるからと、多少目を通しましたが(時間の無駄そうなので多少ですが)、こういう哲学屋さんは「将来あれにも関係してくるかもしれない、これにも関係してくるかもしれない」と、たった一言でも文章の中に紛れ込ませておこうとする「文学」みたいな書き方ですが、ぼくからいうと当たるどころか、大事なことはほとんど外してしまっているような印象でした。哲学者に「彼ら展開ができてないですね」と言ったら、「その通り」とついうなずいた人がいました。

そうそう、ぼくは「情報文化学会」というなんとか学術団体にこぎつけたのを喜んでいる小さな学会にも所属していますが、文理融合というか「ウォーズ」は起こってないです。このウォーズが、2つの文化の深刻な亀裂を深めるのか、それとも少しは互いの理解が深まるのか、できたら後者であってほしいのですが。

ついでにいうと、文理融合で2〜3日も缶詰で議論していると、最初は科学技術がわかってそうに議論していた文科系(そう分けるのも不分明ですが)の人が、「なんだ新聞と解説書程度の知識しか持っていないのか」(だいたい多弁ですが)とわかってくることが多くて、そちら系の人こそもっと努力してほしいなと思います。「一次資料を読め」というのを、うんと発信してやりたいですね(マスコミで活躍しているけれど、ほんとの業績は何?という科学者らしき人にも)。

Id: #a20000118144616  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 14:46:16 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118142749
Name: 田崎

早川さん、 ありがとうございます。

そういうご意見を聞くことができたけでも、騒いだかいがありました。 (ちょっとずるい言い方かな?)

ロゲルギストのメンバーは、 近角、磯部、近藤、木下、高橋、大川、今井です。 前の4人が実験家、後の3人が理論家。 たしかに寺田物理学的な話題も多いですが、 計測と制御というわれわれ今時の物理屋が失念しがちなことも彼らの重要なテーマ (一部の人の専門)ですね。


Id: #a20000118142749  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 14:27:49 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118094137
Name: 早川
Subject: 種を蒔く人

田崎さんの意見にはやっぱり反論しておきたいですね。

まず時代背景。20世紀初頭はアジアが欧米にぼろぼろにされていた 時期です。日露戦争における日本の勝利がどれだけ衝撃的であったかを 思い出すべきであるでしょう。漱石もぼろぼろになって帰国した処です。 科学も普遍的言語なんかではなく有無を言わせず、日本の伝統的科学を 破壊して入り込んで来たのです。そこで無邪気に 「別に寅彦なんか持ち出さず、(日本人かどうかは問わず) 個々の研究者が自 分が重要で面白いと思う分野で新しいことをみつけて、 なるべく多くの人で その発見を共有できるかどうかということを論じるべきじゃな いか、 と条件反射的に思ってしまうのです。」というのは全くもって適切ではない と思います。当時(それから暫く後も)深刻な問題になっていたのは「日本人には 科学が可能か」という命題です。今も本当は深刻に考えるべきでしょう。

次に寺田がいい加減な事を脈絡もなく言っていた訳ではありません。長岡半太郎が 晩年、地震等について思い付き程度の話を発表したら激怒して「どうも伺っており ますと、先生のおっしゃることは全部でたらめであります!」と言ったという話が 残っています。確かに論文という形態では残っていないのですが、当時の日本の 一流と見なされた人物がそれなりに考えていたので単に数学に乗らないから駄目 というのは当たらないのではないでしょうか。そもそも主流の分野でも素晴らしい 業績を残し学士院恩賜賞程度なら受けています、それを生かし ボスになることも可能であったのですが、それを 潔しとしない態度も人気があった理由の一つでしょう。

更に影響力は大きい。単に脈絡もなく寺田物理を語った訳でもなくその影響を 受けた人は多い。勿論帝大の教授という立場故という事もあるでしょうが、 俊才が影響を受けて、現在に至ってそうした研究は日の目を見るようになりつつ あります。ロゲルギストはまさにその影響下にある訳ですが、我々の世代は 実際に本職として寺田物理に取り組む様になったのです。日本の根付いた科学の 誕生という意味を最初の時代背景に戻って考え直すとやはり寺田は偉大だと言って 差し支えないと思います。日本独自ということはそれなりに重みがあるし、 諸外国は知りませんが、日本には寺田は寺田しかいなかったのです。

寺田が神代の時代の人物としても、ロゲルギストは明確にイメージできますね。 メンバーには高橋秀俊、今井功、戸田盛和等がはいりますが、(伏見康治はどうだった か、影響があったことは間違いない)彼らは専門分野でも一流の業績を残しつつ 寺田物理の可能性を探っていました。 一方、そういったものと一線を画した人物として久保亮五がいますが、やはり 第3者としてみたとき久保の業績はGreenであってもよく、また中野、中島、Feynmann であってもよかった訳で面白みに欠けます。少なくとも専門家以外には あまりその面白さや凄さは分からない。一方、寺田の方は100年スケールでの 仕事の種を蒔いた、という点で圧倒的に面白い人物であるという評価をしても いいと思います。少なくとも欧米の枠組とは全く別の処から別の視点で何かを 始めようとした事は凄い事だと思います。彼の随筆はどちらかと云うと客観的 評価の上でマイナスの材料になっているかもしれませんが、


Id: #a20000118142555  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 14:25:55 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118115416
Name: 田崎晴明
Subject: ふむふむ

稲垣さん、 ありがとうございました。

だいたいの雰囲気はなんとなくわかりましたが、 (もちろん)プロとしてはわかりません。 (いちおう、AND と OR の何たるかくらいは知っているつもり。) いまはこのテーマに深入りするときではないと虫が知らせるので、 軽い感想を二、三。


Id: #a20000118131706  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 13:17:06 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118115416
Name: くろき げん
Subject: Re: カルチュラル・スタディーズ(CS)の人とケンカするのはくたびれるなあ

稲垣さん曰く、

そうそう、ここの皆さんはよくご存じだと思うのですが、「サイエンス・ウォーズ」は『現代思想』98年11月号で特集しました。これが日本で最初の充実した論だったかなと思います。もしかするとバックナンバーがまだ手に入るかもしれません(青土社、1300円)。そんなに読んだつもりもなかったのですが、いくつかに書き込みをしていました。で、感想は「カルチュラル・スタディーズ(CS)の人とケンカするのはくたびれるなあ」。

稲垣さん、あの特集号がカルチュラル・スタディーズの人達によって書かれたとか、ソーカルが主にカルチュラル・スタディーズの人達と論争したと考えるのは間違いです。確かに、ソーカルのパロディー論文の件の暴露の直後はカルチュラル・スタディーズを標的にしたような議論があったことは確かです。しかし、サイエンス・ウォーズ・キャンペーンを熱心に展開していたのはカルチュラル・スタディーズの人達ではなく、サイエンス・スタディーズ(科学論)の人達です。『現代思想』の特集の主役も日本の科学論の人達です。

私個人は『現代思想』誌の「サイエンス・ウォーズ」特集号はあの混乱した論争の面白さを日本に伝えることに完全に失敗していると思います。そもそも「面白さ」を伝えようという気持ちがあったかどうか自体が疑問に感じられるような編集の仕方になっています。

私は、その特集号に、基礎的な一次文献(ソーカルのパロディー論文Social Text 誌の編集者の Robbins と Ross の苦しい言い訳Stanley Fish による Sokal 非難(その後 Sokal を人格的に非難するやり方に大きな影響を与えた)、その直後の激しい論争(哲学者の Paul Boghossian と Thomas Nagel による Sokal 擁護の Fish 批判を含む)などなど)の翻訳が掲載されることを期待してましたし、 Meera Nanda の The Science Wars in India も翻訳する価値があると思っていました。残念ながら読者自ら判断するために必要な情報はほとんど含まれてませんでした。

あの特集号の内容がどれだけ妥当であるかを自分で判断したい方は「ソーカル事件と『知的詐欺』以後の論争」などで一次情報にできるだけ近いところを調べるのが良いと思います。1998年前半くらいまでのインターネット上で公開されている情報のかなりの部分を網羅しています。先の記事で示したように、 Sci-Tech-Studies ML など各種 ML へのリンクもあり、インターネット上で最も詳細なリンク集になっています。 (英文を大量に読まなければいけないので大変ですが。 Not Found になっているリンク先を読みたい場合は私個人に連絡してください。)


Id: #a20000118115416  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 11:54:16 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117151611
Name: 稲垣 耕作
Subject: フラクタルと生物は難問ですね

田崎さん、楽しい質問をありがとうございます。
>稲垣さんの
>フラクタル性は生物界を無生物界から分離するものでない
>は衝撃。
>いったい、「フラクタル性は生物界を無生物界から分離する」とこれっぽっちでも真面目に考えた人がいたんですか?

いたらどんどん名乗り出て挑戦してほしいなとお待ちしています。といってもはぐらかすつもりではなくて、一番気がかりだったのは、複雑系的な研究をやるときに、日本ではべき乗則らしきデータを出している人が多いなという印象を持っていたからです(印象だけで数えていませんのですみません)。あ、そんなデータはもう山ほど出てるよ。まだほかの人があまりやってないことをやったほうが注目されるんじゃない。そう思うのですが、だいたいこんなのは非主流派の遠吠えとみなされるんですよね。

今回のはぼくの研究の「派生的な結果」として出てきたもので、自分のメインテーマではありません。メインにやっているのは、「知能の法則」を考えることで、それが「生命の法則」に似ているなというので、「生命と知能」とくくっています。「物理」から考えておられる方と出発点が違いますので、ここ数年ほど、理解していただくのは大変だと痛感しています。

ただもし「生物の法則を考えるのにフラクタル性こそ大きな手がかりだ」という主張をだれかがぶつけてきたとき、以前は明確に反論する根拠を持たなかったのに、今後は自分としては少しはもっともらしく答えられるかなとうれしいです。

なにしろいつまでたっても研究の入口にいるままで、「生命? その必要条件には少なくとも『非線形性』と『自己調節性』があるでしょう。そう思いませんか?」といったレベルです。「線形の生命体はありえますか?」、「自己調節作用を持たない自己増殖体を生命と認めますか?」、「もしこの2つの必要条件を認めるなら、ぼくのアホラシイ生命理論でも聞いてくださいな」といったところです。

ただ、物理系の多くの方と異なっていて、連続系の微分方程式ではなくて、デジタルロジックで扱っているので、「あれはいったい何じゃい?」となります。自己調節ならネガティブフィードバックだろう、ネガティブならロジックでいうとNOTだろうというつもりなんですが。つまり「生命の必要条件としての自己調節」がNOTにつながると考えていただけるならという前提まで来て、やっと話が少しは通じ始めそうです(先日、物理のところで話したとき、「ANDとORって何?」と質問されて、橋もトンネルも連絡船もないはるかな海峡を見ました)。

ややこしすぎて書ききれないし、自分でもわかっていないことが多いのですが、つっついていただいたら、ときどき書き込みして討ち死にしますので、よろしくお願いします。最近証明したことでは、「物質の保存則のもとでは、さっきの2つの必要条件と自己複製能力は同値」(デジタルロジックで)。近く電子情報通信学会の英文論文誌Aに短い論文が載ります(昨年9月の情報処理学会数理モデル化と問題解決研究会資料でも概要がわかります)。また「カオスの縁はデジタルだ」という数学的証明の論文もあります(日本語のままでサボッていて、情報処理学会論文誌(数理モデル化と応用)99年2月)。カオスの縁は生命とおおいに関係ありそうだなどと信じていてくださる方がいたら、だったら生命はデジタルで研究したほうがその本質がよくわかるよ、とだんだんとデジタルに引き込んでいこうと地道にやっています。

そうそう、ここの皆さんはよくご存じだと思うのですが、「サイエンス・ウォーズ」は『現代思想』98年11月号で特集しました。これが日本で最初の充実した論だったかなと思います。もしかするとバックナンバーがまだ手に入るかもしれません(青土社、1300円)。そんなに読んだつもりもなかったのですが、いくつかに書き込みをしていました。で、感想は「カルチュラル・スタディーズ(CS)の人とケンカするのはくたびれるなあ」。

(なお、かといってフラクタルはまだ捨てていません。自分の証明のさらに自己否定をすることによって、その先に進めるというつもりです)

Id: #a20000118104852  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 10:48:52 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118084610
Name: くろき げん
Subject: サイエンス・ウォーズ・キャンペーンとは何か

資料を作ってみました。佐藤文隆氏が語るところの「サイエンスウォー」 (^_^;) とやらの実体ついて知りたい方は参考にして下さい。ほとんど英語のままなので読むのが大変かもしれませんが、できるだけ一次資料に近いものを読んで判断すること、たとえそうでなくても典拠を挙げて議論することは大事なことだと思います。

特に、 Sci-Tech-Studies ML において、サイエンス・ウォーズ・キャンペーンの評判が非常に悪かったことは注目すべき事実だと思います。

以下の資料は私が作成したリンク集「ソーカル事件と『知的詐欺』以後の論争」からの抜粋です。


Alan Sokal の有名なパロディー論文Social Text 誌サイエンス・ウォーズ特集号 (1996年4月)に掲載された。

特集号の編集者の Andrew Ross は "Science Wars" という言葉を次のように定義している:

a conflict led by conservatives in science such as Paul Gross and Norman Levitt against so-called science bashers

(所謂科学叩きに反対しているポール・グロスとノーマン・レヴィットのような科学における保守主義者達によって指揮された論争)

これより前に、 Ross は Science Backlash on Technoskeptics: `Culture Wars' Spill Over (The Nation 261 (10), October 2, 1995, pp.346-350) において "Science Wars" を次のように説明している:

Seeking explanations for their loss of standing in the public eye and the decline in funding from the public purse, conservatives in science have joined the backlash against the (new) usual suspects - pinkos, feminists and multiculturalists of all stripes.

(科学における保守主義者達は、社会の注目における評判の失墜と公的予算からの資金供給の減少の理由を捜し求め、(新しい)いつもの容疑者達――左翼がかった人達とフェミニスト達とあらゆる種類の多元文化主義者達――に対する反動に結集したのである。)

Paul Gross (生物学者)と Norman Levitt (数学者)の名前が出ているのは彼らが1994年に Higher Superstition: The Academic Left and Its Quarrels with Science を共著で出版しているからである。 (Ross は彼らを保守主義者であると言っているが、実際には Gross と Levitt はリベラル左派である。)

Social Text 誌のサイエンス・ウォーズ特集号が出版された後に、そこに掲載されてしまった Sokal の論文が実はデタラメだらけのパロディー論文であったことが暴露された。 Sokal の暴露に対する Sci-Tech-Studies mailing list における反応をウェブ上で読むことができる。特に、率直な意見を述べた Alex Soojung-Kim Pang に対する Steve Fuller と Andrew Ross (この二人は Social Text 側の人物)の態度に注目して欲しい。ちなみに、同 mailing list において "the Sokal affair" という言葉が初めて登場したのはおそらく1996年5月7日の Ross の記事においてである。 Ross は "Science Wars" や "The Sokal Affair" のように“流行語”を作るのがうまい。

Science studies の従事者が他の同業者達に "Science Wars" を宣伝する様については Science Wars Historic Archive の "Petition" (請願書)を参照せよ。上と同じく、 "Petition" に対する Sci-Tech-Studies mailing list における反応をウェブ上で読むことができる。 "Petition" だけではなく "Science Wars" キャンペーン自体が好意的に受け取られていないようである (例えば Ahmed Bouzid, Zaheer Baber, Art Diamond, Loet Leydesdorff, Merry Maisel, Bill Kinsella)。これに対して、 Steve Fuller はその評判の悪さを認めてはいるが「それでも私は義務を果し請願書に署名するつもりでいる」と述べている。


Id: #a20000118094137  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 09:41:37 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117165533
Name: 田崎
Subject: 寅彦(なぜ昔の「文化人」のことは、名前で呼ぶんだろう?)

そうそう。 早川さんのおっしゃることは筋が通っているとおもいます。 ただ、どういうわけか、みんなが口をそろえてそういうことを言う。 そして、(多くの場合)なぜか「日本人はオリジナルな研究はできないという人がいるが、 寺田寅彦は・・・」 という論調になる。 (早川さんは、そうは言っていません。) そうすると、つい、別に寅彦なんか持ち出さず、(日本人かどうかは問わず) 個々の研究者が自分が重要で面白いと思う分野で新しいことをみつけて、 なるべく多くの人でその発見を共有できるかどうかということを論じるべきじゃないか、 と条件反射的に思ってしまうのです。 (いまの日本にそれができる「文化的風土」があるかというのは意味のある問題だと思う。)

それで、あえて「寅彦が『Maxwell を伴わない Faraday』なら、それでいい。 でも『Maxwell を伴わない Faraday』っていうのは忘れられているだけで 案外たくさんいるかもしれない。」 と問うたわけです。


Id: #a20000118084610  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 08:46:10 2000
Name: 田崎晴明
Subject: 佐藤文隆「物理学の世紀」について 1

佐藤文隆「物理学の世紀」を買ってきました。

佐藤氏の文章には、 彼のつよい思いを内に抱えて足早に進むところがあると感じました。 たんに私の国語力の問題かもしれませんが、 殊に価値判断や感想を述べているところで、 著者の真意をおしはかるのは容易でないという印象をもちました。 あまり性急に意見を述べてしまうのは軽率だと思うので、 ともかく、 山根さんが指摘されている事実誤認の部分だけを確認しておきたいと思います。

該当個所は、

・・・ だから、少年並みにキレる物理学者もいるもので、 九七年頃にアメリカのある理論物理学者が科学哲学の雑誌に偽論文を発表して、 それをまったく見抜けなかった哲学者の低脳ぶりを嘲るという挙に出た。 それに呼応して、あるいはもう少し品のある仕方で、 科学者側からの科学哲学者への一斉攻撃が始まり、 「サイエンスウォー」と呼ばれるようになった。 ・・・ (佐藤文隆「物理学の世紀」pp. 189-190)
です。

「ある理論物理学者」が Alan Sokal だとすると、 以下の点が私が把握している事情とは異なっています。


Id: #a20000118011032  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 01:10:32 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117221318
Name: YAMANE Shinji
Subject: Re: キレる少年

山根です。まきのさんのコメントに対して説明します(ひょっとして論文審査モードですか?)。
まず「原資料を参照していないようだ」から「原資料を参照せずに書く彼」に変わったのは、その間に立ち読みを繰り返して事実誤認を確認したからです。経過を省略してごめんなさい。
さて、まきのさんは佐藤氏の主義を解釈して「どうでしょう?」と問われたわけですが、繰り返しになりますけど、私個人は佐藤氏の主義には興味がありません。どういう情報源(伝達経路)でああなるのか/日本語訳出版という情報提供によって状況は変わるか、ということを考えているからです。
主義の話にしたくないもう一つの理由は、事実確認もせずにそれぞれの主義で「あんなものを構うこと自体がキレた証拠である」と書けば、「佐藤氏もキレている」「山根もキレているているようにしか見えない」という応酬におちいりかねないからです。「つまり」の箇所でそれを避けたいと書きたかったのですが、書き方がまずかったですね。 今後は気をつけたいと思います。
もちろん、まきのさんが解釈の根拠をあげて佐藤氏の主義や評価の考察に向かうのであれば、それはそれで興味深いと思います。
Id: #a20000118010809  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 01:08:09 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118005509
Name: たかた ひであき

関係あります。
つーか、僕が作ったものです。
もともと、大規模リンク系(こういう言葉あるのか)のページで、手間がかかるくせに、どんどん、Not Foundが増え続けていったので、結局、ぼろぼろにしてしまいました。
ていうか、一年半くらい前から頃から、もう試験とか実習とかレポートとかで忙しかったので、これを更新するのはきちんと暇を取れるようになってからにしようと、「お茶断ち」のつもりで思っていたら、結局、ほぼ完全なデッドページになってしまいました。

いまでは、昔リンクを張ってくれてたページ達からも見放され、僕の墓標のようになりつつあります。

きちんと、今抱えている問題を清算したら、まともなページとして復活させようと思ってはいるのですが、予定は未定です。


Id: #a20000118005509  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 00:55:09 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000118002919
Name: くろき げん
Subject: なにはともあれ、自己紹介どうもありがとうございます

たかたさん、自己紹介どうもありがとうございます。

Hideaki Takata's Home Page というのを発見しましたが、これはたかたさんと関係ありますか? (「Open source alife(Linuxでの人工生命ほか)」以外が全部 Not Found で悲しいのだ。)


Id: #a20000118002919  (reply, thread)
Date: Tue Jan 18 00:29:19 2000
Name: たかたひであき
Subject: 先ほどのつづき

さきほど、掲示板管理者のくろきげんさんより、お叱りを受けたたかたです。
くろきさんからお許しをいただいたので、書き込ませていただきます。
#a20000117194320
の続きなんですが、
要するに、僕の言いたいことは、

1、複雑系、フラクタル、その他は、かなり広い分野で役に立つ考え方である。
従って、これを旗印にしてみんなでいろんな研究とか考えたことを持ち合って互いに役立てたいと考える人たちには、すごく期待している。それに、そういう「旗」のもとに結集するというのは、結果的に一般の人の認知度も高くなると思うし、良いことだと思う。
2、しかし、一部の妙な方々の中には自分のトンデモな研究とかを複雑系とかフラクタルと称して、主張している人たちもいるし、実際にまともなことをしている人の研究のなかにも、これはたしかに複雑だけど「複雑系」だろうか?とか感じることもある。そういう「研究発表」は、一時的には、すごく目を引くかもしれないけど、「旗」の信頼性をいちじるしく低下させるだろう。

ということで、書き込み記事にあった鴨さんの研究などは、もろにフラクタルのように読めたのに、「フラクタル研究」だと言わないのは、不自然だと思う(研究の中身が分かっていってる訳じゃあないんですけど)。また、複雑系とかとあんまり関係ないお話なのに、たとえば、↓みたいなのはやめてほしいなあ、と。
http://www.nikkei.co.jp/pub/newbooks97-7-1/14582/14582.html

この掲示板の常連の方々はソーカル事件なんかの話を見ると、こういうネタ
に詳しいようですけど、科学者(エンジニア、プログラマ、経済学者、医者なども含む)は、ふつう、自分の専門にしている分野が社会も注目を浴びることはうれしいことではないかと思いますし、そうなると、いろんなメリットもあるように思います。こういうとき、「旗」を振っていろんな人や金をオーガナイズしていく(同時に当然危険も伴う)について、どの様に考えるのか聞いてみたいのです。

追記

僕の趣味とか所属とかですが、
むかし、数学者にあこがれていたものの、いろいろあって、現在、某国立H大学医学部の6年生をしています。今は、いろんな数学的な手法で生き物に関する知識が簡単にまとめられたらといいのにと考えていますが、卒業と医師国家試験を前にして、そういう暇がなかなか取れず、現在。現実から逃避する受験生として、この書き込みをしています。趣味は、囲碁とか、あとRubyとかPerlで変なスクリプトを書くことかな?
これくらいで、どんな人間か自己紹介になってるでしょうか?>くろきさん


Id: #a20000117221318  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 22:13:18 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117172345
Name: まきの
Subject: キレる少年

うーん、佐藤氏がキレているかどうかはともかく、 YAMANE さんの文章はキレ ているようにしか見えないのですが、、、憶測、疑問、事実は それぞれ区別して書かれた方がいいように思います。例えば、「原資料を参照 していないようだ」という推測ががいつのまにか「原資料を参照せずに書く彼」 と事実の記述であるかのごとくになっているのは文章の説得力を落します。最後の文の「つまり」も 私にはなにがどうつまりなのかちょっとわかりかねるのですが。


Id: #a20000117205536  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 20:55:36 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117194320
Name: くろき げん
Subject: 「匿名」による批判の禁止

たかたひであきさん、申し訳ありませんが、たかたさんはこの掲示板の「匿名」による批判の禁止に抵触しています。 (「匿名」の意味が通常と異なることに注意。たとえ実名や E-mail address や web site の URL を公開していても「匿名」とみなされる場合があります。)

まあ、たとえ「匿名」でないとしても、内容的にも具体性に欠けていて、何を言いたいのかさっぱりわからない点が問題になると思うのですがね。「匿名」であっても私が有益だと感じる議論を展開しているなら見逃すつもりでいるのですが、たかたさんの場合は全然そうではありません。

たかたさん、今後は注意してください。 (たとえば、この私の記事に対して「匿名」のまま批判的な意見を述べることは許されません。この件について意見のある方は、ここではなく、予備掲示板の方に書いて下さい。)


Id: #a20000117194320  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 19:43:20 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117153400
Name: たかた ひであき
Subject: ふくじゃちゅけい

それとも、いっぱんじんだけじゃなくてプロのかがくしゃも、
フラクタルブームにのせられて混乱してるんだろうか?
いや、そういうことはないでしょう。キャッチコピーとして、たとえば「フラクタ
ル」という言葉を使うのは別に悪いことじゃない。その言葉で、全然異なった種々
の研究をひとまとめにされるとちょっとつらい、と思う人がいるという程度のこと
だと思う。

この最後の文は、ほとんどちゃちゃのつもりだったのですが。
ぼくは、複雑系にたいしては、すごく複雑な気分で見ています。最高に面白そうなお話と、限りなく時間とお金の無駄と言うべき、「にゅーざいえんす」とがまざりあっている気がして、すごく悩ましいのです。
そういうわけで、「ふくざつけいが、せかいをすくう」ってきいても、むかつくけれど「複雑系なんて駄目だ」っていわれても、やっぱりむかつくという、複雑なわがまま野郎になっております。

たいていなかがくしゃ(かがくぎじゅつしゃふくむ)はそうじゃないですかね。

Id: #a20000117172345  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 17:23:45 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000116185940
Name: YAMANE Shinji
Subject: Re: キレる(た)物理学者

(前の記事との間にだいぶ他の話題が入ってるな。「なんでも2」に引っ越したほうがいいだろうか...。)
再び「物理学の世紀」立ち読みしてきました。中学生並にキレる物理学者、という表現は間違いでした。少年並みにキレる物理学者、に訂正します。
さて、まきのさん曰く:
佐藤氏の主張は「あんなものを構うこと自体がキレた証拠である」というある意味とてつもなく物理学中心主義なものだと思いますが、いかがでしょ?
いかがでしょ?といわれても...(^^; ひどい文章をパブリッシュする人もそれなりに主義思想をお持ちでしょう。しかし、それを解釈したとしても文章のひどさは何ら変わりません。私は氏がどんな主義にもとづいているかを推理しているのではありませんよ。SSC後の状況をつぶさに見てきたという氏が本をパブリッシュするにあたってどれだけ裏をとったかを問うているのです。繰り返しになりますが、 というのが私の感想です。ソーカルの悪口じゃなくて、その情報経路が気になったのです。

まきのさんの読解も当たっているかもしれませんが、すると原資料を参照せずに書く彼こそまっさきに「キレている」研究者に分類されるのではないでしょうか? つまり、「彼は{本物の、大人の、文化のわかるetc.}物理学者じゃない」式論法は誰にでもあてはめることができるので深刻にうけとらない方がよいでしょう。


Id: #a20000117165533  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 16:55:33 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117151611
Name: 早川

寺田寅彦をどう評価するのかは難しいでしょうし、人によって意見が 分かれる存在だと思います。マルキストの坂田・武谷辺りはあんなことを やっていてはいけな いと云っていたと記憶しています。伏見康治あたりも はっきりと「面白いけれど、そこはそこでおしまいになってしまう。突っ込んだ ところがないので失望した。」と言っています。おそらく彼は意図的に 数理物理に乗らない題材ばかり選んだために当時の若手には評判が悪かった と思われます。(伏見氏の意見。朝永、湯川氏もそうだっと思う)。海外で正面切って 取り上げられる事もなく、「猫」での寒月の評はちょっと正しくないでしょう。 実際、尺八の研究なんかもありますが、同じ時期のReyleighの研究と比較すれば 見劣りします。 勿論、そういった他人のやらない事をやるようになったのは彼が病気をしたことや わずかの差でBragg親子に先を越されてしまってup-to-dateな研究に嫌気がさした ためと言われます。(西川正治は彼の弟子で、そこから日本の結晶分光学やX線の 研究の伝統が育っていきました)。

しかし僕は彼のやっていた事は大事だと思うし、オリジナリティ溢れるもの であると思います。例えば彼の弟子の中谷宇吉郎は人工雪を世界で初めて 作り、雪の系統的研究を世界に先駆けて行ったし、地震や粉体、交通流等の研究?も 行っており、現代の研究の先駆けとなっています。正直な処、随筆は全然感心し ませんが、研究の題材については単に文人受けするという以上のものがあると 感じています。パターン形成は言うに及びません。生物物理等でも大沢文夫さんなどは 孫弟子を自認しており、影響が強い。

僕は彼はMaxwellを伴わないFaradayのようなものと理解しています。Faraday自身 も数学ができず、何をやっているのかよく分からない実験を次々に発表しましたが Maxwell等がたちどころに数学的な定式化を行ったために高い評価を受けました。 もっともFaradayは研究題材としては主流のものを選んでいたし、英国にいたことで 評価はまあ比較にはならないでしょうが。(実際、Faradayも粉体を少し研究してい ます。)。数学から入らず、現象から入る物理というものに道をひらいたという意味 では両者は似たようなキャラクターを持っていると言っていいでしょう。

以上のことを考えると寺田に対する田崎さんの評は辛すぎる、と思われます。 むしろ「ある人に疑問を植え付けられてから」というところに興味があります。

さてフラクタルがあったら、寺田にとって何かいいことがあったか?それは関係 ないでしょう。フラクタルと現象の理解は必ずしも繋がりません。しかし、 一つだけあるとすればある怪しげな現象論を立てたときにフラクタル次元を 再現するのであればその現象論は本質を外していないとは言えるかもしれません。 固体物理だって怪しい理論があってそれを検証する物理量が小数であるからこそ その間に自由な分かりやすい記述が可能になるのです。現象そのものを眺めていて も何かを言うのは難しいのでそのとっかかりにはなりそうだという評価が可能なの ではないでしょうか。(殆んどの場合はそれすら出来ていないので欲求不満のみが 残った)。

ラベル付けはいろいろな人の交流が出来るようになる、という面では有効です。 しかし難問であったとしたら交流したって解けないものは解けない訳で、 そうすると誇大宣伝という印象しか残らないのでしょう。


Id: #a20000117153400  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 15:34:00 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117144130
Name: 田崎

それとも、いっぱんじんだけじゃなくてプロのかがくしゃも、 フラクタルブームにのせられて混乱してるんだろうか?
いや、 そういうことはないでしょう。 キャッチコピーとして、たとえば「フラクタル」という言葉を使うのは別に悪いことじゃない。 その言葉で、全然異なった種々の研究をひとまとめにされるとちょっとつらい、と思う人がいるという程度のことだと思う。

ぼくは「複雑系」に批判的ですが、 別に名前が悪いとかいっているのではないし、 その名前を冠したものすべてを自動的に批判するわけでもない。 研究の批判はけっきょくは個別にしかできないわけで、 ぼくが批判しているタイプの研究のなかに、「複雑系」の旗の下に寄り集まっているものが多いので、 手っ取り早く「複雑系」と呼んで批判している。

あ、なんとなく、レスというより言いたいことを言ってるだけになってしまったか。 すみません。


Id: #a20000117151611  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 15:16:11 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000113122203
Name: 田崎晴明
Subject: フラクタル三題

みずたにさん、
寺田寅彦随筆集を読むと、 時間を遡って先生にフラクタルという考え方を教えてあげたいなあ、 そしたらどんな研究が展開していただろうか、などと 夢想してしまいます。
優れた見識をもった日本の物理学者は寺田寅彦を高く評価しなくてはならない、 という不文律があるみたいに感じています。 ぼくはミーハー的漱石ファンだし、寅彦の随筆も好きです。 しかし、彼の「パターンの研究」の先駆けについて、 どの程度評価すべきかについては (ある人に疑問を植え付けられてから) よくわからなくなって今日にいたっています。 たしかに面白い目の付け所をしていて、 最近(といっても、寅彦の時代と対比したやや長めの最近) 流行っていたような問題が面白い物理を生む可能性を指摘してはいる。 しかし、それらは所詮「面白そうだ」のレベルに留まっていて、 ほんとうの独創的な研究として残るものではない。 ひょっとすると、 彼レベルの洞察をもっていた人はもっとたくさんいたかもしれない。 世界的にみればきっといたと思う。 それらは、本当の研究には結実しなかったので単に忘れられてしまった。 寅彦はたまたま随筆家としても高名だから、 彼の書いたものを今日われわれが目にしているということなのかもしれない。

裏付けはないですが、なんとなくそれが正しい認識なのかもしれないとも思います。

そして、本題の、フラクタルを寅彦に教えて果たして有益か否か? これについても何となく疑義があります。 (どうも、ケチをつけてばっかりの嫌な奴ですね。)

「フラクタル」という概念が何か自明でないものをもっているかどうかは判断の難しいところですが、「フラクタル次元」と呼ばれるもの (どの定義をとるか、 それを発見したのは誰か、その意義を発見したのは誰かといった議論はさておき) がある種のかたちの「込み入り具合」の定量的な尺度を与えるのはたしか。 それは、新しい「ものさし」といってもよい。

普通のものさしも持たずにかたちの研究をしている人は、 「ううん、これはでかいぞ」 「ここには、細かい構造があるぞ」 とか言っているわけですが、 ものさしを持てば 「これは 30 cm」「この樹枝状の突起は 2.3 mm」などと定量的に仕事ができる。 これは、素晴らしい、科学的な研究の出発点になるかもしれない。 しかし、これによって研究が突如科学的になったり本質的に進歩するというものではないこと、そして、ものさしがなくても十分に本質的な科学的な考察ができることもありうること、に注意。

自然界の(あるいは数理モデルから生まれる)形(パターンという方がかっこいい) の研究における「フラクタル次元」についても同じこと。

「フラクタル次元」を知ることで、 それまでは 「おお、これはかなり込み入っているぞ」 「これなんか、チョーごちゃごちゃじゃねえか」 と言っていたのを 「質量の距離依存性から評価したフラクタル次元は 1.3」 「粗視化によって求めたフラクタル次元は 2.56」 「ハウスドルフ次元は 1.67」 などといえる。 これは、素晴らしい、科学的な研究の出発点になるかもしれない。 しかし・・・

そして、実際の研究の現在までの歴史を見れば、 「おお、これはフラクタルだ」 「わ、あれもフラクタルだ」 と騒いだ後に、 本当に重要な進歩は続かなかったのではないか、 というのが私見なのです。


「フラクタル」という言葉で多くのものが総称され過ぎるという鴨さんのご意見には賛成。

明解なので付け加えることなし。


稲垣さんの
フラクタル性は生物界を無生物界から分離するものでない
は衝撃。

いったい、「フラクタル性は生物界を無生物界から分離する」 とこれっぽっちでも真面目に考えた人がいたんですか? だとしたら、「フラクタルが生き物」と思ったのか、 「フラクタルが無生物」と思ったのか? ちょっと想像もつかないです。 (DLA やら放電パターンはかなりきれいなフラクタルだけど死んでいる。 そのへんの石ころは死んでるけどちっちもフラクタルしてない。 ぼくは生きてるけど、外見はフラクタルっぽくないです。 ぼくの毛細血管のパターンはかなりフラクタル的らしい。)

「NOT を使うと生物で、使わないと無生物」(ということですか?) もぼくにはピンと来ないけど、それ以上に、 上の点こそが大疑問です。


Id: #a20000117145918  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 14:59:18 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117133340
URL: inagaki@kuis.kyoto-u.ac.jp
Name: 稲垣 耕作
Subject: 言葉って不思議ですね
こんにちは。きょう伊東敬祐さん(4月からはこだて未来大学学長)とメールで
議論していたら、「言葉って不思議ですね」。複雑系と複雑システムでは英語は
同じなのに、日本語だと与える感じが違う、とのことです。言葉を変えるだけで、
本質に迫っていけることがありますし、自分の考えを煮詰めていって、それを
たった一言の言葉で言ってみるのも大事だと思います。ただ、「『お互いの言って
いることがわかる学会』、良いですね。付け加えると、『お互いの言っていること
をわかろうとする学会』でしょうか」といった議論もしていました。新語ばかり
作るのも困りものです。

福井謙一さんの「フロンティア軌道理論」など少々気負いがありますが、命名下手
な日本人よりは、非主流の少数派でも刺激してくれる人がいるほうが、日本の
科学は元気が出るのじゃないかと思いました。以下は(関係あるのかないのかよく
わかりませんが)、米澤貞次郎さんから頼まれた書評用の未定稿です。著者から
頼まれたので少々強めに書いてあるのと、京都のミニコミ用です。

米澤貞次郎・永田親義 著
『ノーベル賞の周辺――福井謙一博士と京都大学の自由な学風』
化学同人 一九九九年十月刊 二二〇〇円

自由と独創の伝道書 ノーベル賞を生んだ苦しみ (600字)
 京大がきしみ、悲鳴をあげている。福井謙一氏が一九八一年にノーベル化学賞を
受賞してから二十年近い。しかし欧米で業績を積んだ利根川進氏を除けば、続く
者が絶えてない。後にも先にも京大内でなし遂げた受賞の業績は福井氏の
フロンティア軌道理論だけだ。
 産みの苦しみというが、ノーベル賞を生んだがための苦しみも痛切だ。福井氏が
亡くなった日から、著者らはさながら「自由と独創の伝道者」となった。本書から
はその苦渋がひしひしと伝わる。
 米澤氏は受賞対象となった第一論文の共著者、永田氏は第二論文から参加した。
共同受賞者となったかもしれぬ独創の志士たち。著者らの高名を知っていれば、
手に取らずにはおれない本だ。
 京大の燃料化学科には、京大理論物理学グループと並んで、貴重な独創の伝統が
あった。喜多源逸氏、兒玉信次郎氏という巨峰が育て、兒玉氏の霊前に福井氏が
捧げた「類い希な自由な学風」という感謝。そこに大輪の花が咲いた。
 非主流を貫いてこそ到達する独創の大きさ、自由というロマンの厳しさ――
著者らは「日本ではそれは例外的に少ない」、「わが国の社会的風土が予想を
超えて劣悪」と深刻さを嘆く。当事者のみが知る事実の記録、明晰な文章中に、
血のにじむ苦労が刻印される。
 自由と独創を考える者は座右に置いて、再三味読すべき書である。ただ一人でも
本書を乗り越えていくなら、著者も本望と思う。科学へのメッセージは熱く重い。

Id: #a20000117144130  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 14:41:30 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117133340
Name: Hideaki Takata

>私が「フラクタル」を避ける理由は、本来、区別すべき複数の概念をいっしょくたにするのが、迷走のもとだからです。

いや、そりゃそうなんだろうけどさ、そいつはどんな概念だって、紹介されてブームになれば、おこることじゃあないの?
「複雑系、はじめフラクタル、カオス、カタストロフ・・・」の関係者には、気分悪い言い方をしてしまうけど、べつに、いっぱんたいしゅーはたくさん本が出てるからって、フラクタルにすっごく興味を持ってる訳で期待してる訳でもないと思うし。いっぱんじんの科学知識ってのは、きっと、かがくしゃが期待するほどすごくない代わり、かがくしゃが心配するほどにもすごくないのよ。

「フラクタル水晶球と複雑系のタキオンパワーでつくられた磁化水でガンが治る」

の様な本が出るまでは実害はないと思うんだけど。

それとも、いっぱんじんだけじゃなくてプロのかがくしゃも、フラクタルブームにのせられて混乱してるんだろうか?


Id: #a20000117133340  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 13:33:40 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000116232704
Name: 鴨 浩靖
Subject: フラクタル

他の人のことは知らないけど、私が「フラクタル」を避ける理由は、本来、区別すべき複数の概念をいっしょくたにするのが、迷走のもとだからです。
Id: #a20000117103936  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 10:39:36 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117102835
Name: たざき
Subject: すみません

やはり本を直接見るまでは沈黙すべきでした。 とりあえず、前言はまとめて撤回しておきます。
Id: #a20000117102835  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 10:28:35 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000117092000
Name: まきの
Subject: 中学生

というのは YAMANE さんの文章にはありますが、佐藤氏のもとの文章にはなかったような。単に「若者」だったと思います。


Id: #a20000117092000  (reply, thread)
Date: Mon Jan 17 09:20:00 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000116185940
Name: たざき
Subject: キレる

たった一つの表現だけをめぐって議論するのは不毛ですが、 「キレる」という言葉のこの文脈での用法は、 ずっと黙っていて突然ナイフで刺すとかそういうことだと思われるので、 パロディー論文を書いた Alan が (あるいはどんな内容にしろ、まともな形式に則った論文を書く学者が) キレていたとは思いません。 彼は調子にのるタイプかもしれないが、キレるタイプではない。

Alan はすでにさんざんひどい悪口を言われているわけですが、 それとはまったく無関係に、「中学生並にキレる」という表現には、 (中学生を子に持つ親としても) 中学生に失礼というか、ちょっとひっかかるところがあります。

これ以上のことは、その本を見てからでないと何も書けないですね。 中身がなくてごめんなさい。


Id: #a20000116232704  (reply, thread)
Date: Sun Jan 16 23:27:04 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000113182306
Name: Hideaki Takata
Subject: フラクタル?

初めて書き込ませていただきます。
ぼくは「フラクタル」とも「複雑系」とはあまり関係ない仕事をしているのですが、昔、数学少年だったこともあって、この手の話題に興味を持っています。でもって、この種の研究をしている人たちを見ていると思うんですが、こういった看板を気にしすぎてないでしょうか?これさえあればなんでもできるみたいに言っちゃうのも問題かもしれないですけど、意図的にその言葉を避けなくちゃってのも不自然な気がします。
みんな、おくゆかしいのかな?
Id: #a20000116185940  (reply, thread)
Date: Sun Jan 16 18:59:40 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000114235447
Name: まきの
Subject: キレる(た)物理学者

が何をするかといえば、普通は論文を書くとかするわけで、その中身がちゃん としているというのはキレてない証拠にはならないでしょう。佐藤氏の主張は 「あんなものを構うこと自体がキレた証拠である」というある意味とてつもな く物理学中心主義なものだと思いますが、いかがでしょ?


Id: #a20000114235447  (reply, thread)
Date: Fri Jan 14 23:54:47 2000
Name: YAMANE Shinji
Subject: 佐藤文隆「物理学の世紀」

12月に創刊された集英社新書「物理学の世紀」を立ち読みしたら、「サイエンス・ウォー」なる記述を見つけました。
Science Wars を「サイエンス・ウォー」と訳す用例は初見ですが、何を情報源にしたのかわかりませんでした。当然、命名にこめられた「悪の帝国対マイノリティの連合」という対立図式を見逃しているし、Social Text誌を科学哲学の雑誌と勘違いしているところを見ると、おそらく筆者はソーカルの元論文が掲載されたSocial Text特集号を読んでいません。
さらにソーカルが「中学生並にキレる物理学者」として描かれていることから、ひょっとしてソーカルの当の論文も読んでいないのではないかと思いました。(ソーカルのパロディ論文は今世紀のパロディ論文の中でも最高度に練れた作品であって、キレた人間が書けるものではないし、サンディニスタ政権を支持してニカワグワで教えたというソーカルの政治的姿勢を伺わせる略歴もSocial Textに書いてあるし。)
というわけで、どうも紹介が一方的すぎます。ソーカルとブリックモンの著作の日本語訳出版がこの状況を変えることを期待しております。
なお、私は佐藤文隆の本は掲示板で話題になった「科学と幸福」をはじめ読んでおりませんので、さすがにこの手の軽い本だけで彼を評価するのは控えたいと思います。
Id: #a20000113182306  (reply, thread)
Date: Thu Jan 13 18:23:06 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000113160301
Name: 鴨 浩靖
Subject: フラクタル

私の研究にも、世間的にはフラクタル関係と呼ばれるものがあります。しかし、さまざまな現象を「フラクタル」と名付けることでわかったつもりになるのが良くないんだと思っているので、論文でも解説記事でも、できるだけ、「フラクタル」という言葉を避けるようにしています。「フラクタル図形」ではなく、「非整数次元図形」とか「自己相似図形」とかを、使い分けるようにしています。「フラクタル」の旗の下に結集しようとしている人には、評判悪いだろうな。
Id: #a20000113160301  (reply, thread)
Date: Thu Jan 13 16:03:01 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000112141509
URL: inagaki@kuis.kyoto-u.ac.jp
Name: 稲垣耕作
Subject: フラクタルなど雑感
こんにちは。稲垣@京大情報学です。

田崎さんのコピーをやっと発掘したら、1994年1月の付記として、
「私見では,フラクタルについての膨大な研究からは,理論物理学への
新しい本質的な貢献は未だに得られていない」とされていました。「新しい
理論的枠組みを真摯に模索するといった研究姿勢は,極めて稀なようだ」と
嘆いておられます。

誤解されないように言っておくと、ぼくも「複雑さこそ21世紀の科学」と
思っている一人なんですが、これで何でもできそうに誤解させる解説が多くて、
いやそうじゃないよ、いろいろ問題があって、そんな問題点に気がつくからこそ
新しい展開があるんだよと言いたく思っていました。そういう点ではいつも
素晴らしい文章を書いておられると感心しています。

ぼくも「フラクタル性は生物界を無生物界から分離するものでない」とか
書いたりしています(上田、西村、稲垣『複雑系を超えて』筑摩書房、など)。
しかし研究者たるものいいかげんなことは書けないので、去年はANDとOR
だけのセルラーオートマトンで、厳密なべき乗則分布が出るものを作って
みました。どこにもNOTがないから、けっしてネガティブフィードバックは
かからず、自己調節系と無関係なものがまじっているよとの証明です。
(情報処理学会の数理モデル化と問題解決研究会99年11月)。(おかげで
音信不通になってしまった専門家の先生もいますが)

『熱力学』もきっと読ませていただくと思うのですが、情報系の見方をして
いると、熱力学から統計力学は定式化に問題点だらけのような気がしています。
情報屋の疑問にどの本も答えてくれません。ファインマン物理学だけは
感心したのは、いつも目からウロコのファインマンさんの記述がもたついてる
と思ったら、「ぼくは専門家じゃないから」と正直に書いていてくれたこと。
彼も何かここらあたりの科学に違和感をもっていたのかもしれないなと勝手に
想像しています(そうかなあ、違うのかなあ、それはわかりません)。

Id: #a20000113122203  (reply, thread)
Date: Thu Jan 13 12:22:03 2000
In-Reply-To: a0054.html#a20000112141509
Name: みずたに
Subject: 形の研究

寺田寅彦随筆集を読むと、時間を遡って 先生にフラクタルという考え方を教えてあげたいなあ、 そしたらどんな研究が展開していただろうか、などと 夢想してしまいます。
Id: #a20000112141509  (reply, thread)
Date: Wed Jan 12 14:15:09 2000
In-Reply-To: a0053.html#a20000111142406
Name: 田崎晴明

稲垣さんはじめまして。 ぼくは相手が「偉そうに」していると悪魔のように尊大になれるのですが、 そういう風に言っていただくとどう反応していいやら戸惑ってしまう。

ランダム・フラクタル (ごく簡単な確率ルールを与えるだけでできるフラクタル図形のこと、 ほんとに単純なルールから複雑なフラクタルができる) の数理物理(と物理)については一時期一生懸命になったけれど、 けっきょくは何一つ意味のある貢献はできなかった、 という情けない思いがあります。 けっきょく、ぼくが 80 年代半ばに思い描いていたような方向での発展はあり得なかったという気がします。 もちろん今でも(とくにくりこみ群の可能性との関連で) 考えている問題ですが、 本質的なとっかかりは見えてきません。

『「知」の欺瞞』はあくまで Sokal と Bricmont の本です。 当たり前ですが、大野さんとぼくはただの「黒子」。 「黒子」がお芝居をぶち壊しにしないように、 また、自分の趣味や感想を混入させないように、と苦労しています。 訳者が自分の意見やら自分と著者の交友やらについて長々と述べる「あとがき」 もありません。 (山形さんのあとがきみたいに、そのものが面白ければいいですが、 日本の翻訳書のあとがきには、訳者がいらんことを言っていて、明らかにない方がいいと思わせるものが少なくないでしょう? あれはよくないぜ、ということ。)

ぼく自身が気合いを入れてかいた熱力学の教科書の方は、予定通り今年の3月半ば(後半?)くらいに出版されます。 本屋でみかけたら、立ち読みでもしてやってください。


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