2002.02.27スティグリッツデフレはインフレより怖い暗闇への跳躍GDPギャップ

デフレ脱出のために銀行貸出増加は不可欠ではない


岩田規久男、「“金融緩和無効派”の矛盾を指摘する」、週刊『エコノミスト』2002年5月28日号、 46-49頁の48-49頁からの抜粋。リンクと色付きの強調は引用者による。

「銀行貸出が増えなければマネーサプライも増えない。したがって金融部門の構造改革が完了しなければ金融緩和をしても効果がない」という主張は誤りである。岩田は銀行貸出の増加なきデフレ脱出のための政策を「インフレ目標付き長期国債買い切りオペ」以外に少なくとも2つ提案している。1つ目は「株主資本を増やすための株主資本の供給から得られる収益に対する課税の軽減」であり、2つ目は「ベンチャー企業への資金供給を増やすための貸付債権の証券化」である。これらの政策はマクロの政策とは別に行なう価値があるものと思われる。同じ主張を『金融政策論議の争点』 (日本経済新聞社 2002) に所収の岩田論文で読むこともできる。

岩田によるマクロの政策提言については2002年2月27日の衆議院公聴会における公述を参照せよ。


 第1は、いわゆる過剰債務にかかわる問題である。銀行の不良債権を処理すれば貸出が増えると主張する構造改革派は、同時に、「日本の貸出の対GDP比は100%近い水準で、主要国の中で飛び抜けて高い。これは日本の企業金融が銀行貸出型の間接金融にあまりにも大きく依存していることを示しており、もっと直接金融の比率を引き上げるべきだ」と主張することが多い。

 そうであれば、不良債権の処理を進めるかどうかにかかわらず、今度、銀行貸出は増加するのではなく、減少すると考えなければならない。従って、構造改革を主張する人々の不良債権の処理による貸出増加の主張と、間接金融から直接金融への移行の主張とは矛盾している。【引用者註:『金融政策論議の争点』の岩田論文では、経済学の定義では投資信託を通して個人が株式を購入することも間接金融に分類されることを注意している。「間接金融」と「直接金融」の意味を経済学的に広く取ることにすれば、株主資本を供給を増やすためには必ずしも直接金融比率を引き上げる必要はない。しかし、この文章中の「間接金融」には投資信託は含まれていないことに注意されたい。】

 一般に、直接金融比率の引き上げを主張する人々は、株主資本の供給を増やすことを念頭に置いているようである。そうであれば、株主資本の供給から得られる収益 (法人の利益、配当、株主のキャピタル・ゲイン) に対する課税を軽減すべきである。利子所得の課税率が20%であることを考えれば、法人税が存在する限り、たとえ、配当と株式キャピタル・ゲインに対する課税を撤廃しても、まだ、税制上の理由により、株主資本の方が負債よりもそのコストは高いのである。

 第2は、ベンチャー企業への資金供給にかかわる問題である。しばしば、銀行が不良債権を抱えている状況では、ベンチャー企業など成長性のある企業に貸出が回らないといわれる。しかし、ベンチャー企業の活動が活発なアメリカに見られるように、ベンチャー企業が最も必要としている資金は、借入金ではなく株主資本である。また、銀行が預金という安全資産を供給する役割を担っている限り、ハイリスク・ハイリターンを狙ってベンチャー企業への融資を拡大することには慎重であるべきである。

 今後の銀行の資金仲介機能については、ベンチャー企業への融資よりも、貸付債権の証券化の方が重要であると思われる。貸付債権の証券化であれば、貸出はオフバランス化されるから、銀行の自己資本比率は制約にならない。

 第3は、過去のデフレ不況からの脱出の経験や、現在の法人企業の資金余剰の状況に照らして、デフレからの脱出のために貸出の増加は不可欠の条件ではないという点である。

 アメリカ経済が大不況から、日本経済が昭和恐慌からそれぞれ脱出した際にも、貸出の増加は株価の上昇やマネーサプライと生産の増加に約3〜4年も遅れて実現している。つまり、デフレからの脱出局面での生産の回復は、必ずしも貸出の増加を伴うものではなく、むしろデフレからの脱出が実現して初めて貸出が増加したというのが事実なのである。マネーサプライも回復の初期は、貸出のルートを通じてではなく、銀行の証券購入のルートを通じて増加している。

 このような現象が生ずるのは、デフレ予想の終息とインフレ予想の形成とによって生じた資金需要は、当初は、デフレ下でバランスシート調整によって積み上がったキャッシュによってファイナンスされるためである。デフレが続くと、本来は借り手である企業が資金余剰主体になったり、家計が平時であれば過剰なほどの現金を抱え込んでしまう。このため回復の初期においては、そうした資金で設備投資や消費支出等のための資金をファイナンスできるのである。

 アメリカの大不況の1930〜33年や昭和恐慌期と同様に、現在の日本でも法人企業にキャッシュ・フローが大きく積み上がっている。従って、インフレ・ターゲット付き量的緩和政策の効果により、設備投資需要や耐久消費財を中心とする消費需要が増加すれば、それに伴う資金需要は企業や家計の内部資金によって満たされ得るのである。それにより、大企業の生産が拡大すれば、大企業と中小企業の取引も活発化するから、借入金に依存する度合の大きい中小企業は大企業からの信用供与 (企業間信用) を受けて生産を拡大することが可能になる。

【以上、岩田規久男、「“金融緩和無効派”の矛盾を指摘する」、週刊『エコノミスト』2002年5月28日号、 46-49頁の48-49頁より】


付録:岩田が46頁で挙げている金融緩和派の海外経済学者のリストは以下の通り。「ポール・サミュエルソン、ミルトン・フリードマン、ジェームズ・トービン、ロバート・ソロー、ジョセフ・スティグリッツ、ロバート・ルーカスといったノーベル経済学賞を受賞した経済学者を始め、ポール・クルーグマン、アラン・メルツァー、ベンジャミン・フリードマン、アラン・ブラインダー、ベン・バーナンケ、ラース・スベンソン、ジョン・テイラー、オリヴィエ・ブランシャール、ベネット・マッカラムといった、そうそうたるマクロ経済学や金融・国際経済学の専門家が、日本経済低迷の最大の原因は日本銀行の金融政策の失敗にあるとしている。そして、日本がデフレを克服して経済を再生させるためには、拡張的金融政策が必要であるという点で、完全に一致しているのだ。」 引用者はこのような意見の一致が異なる学派の超一流の経済学者たちのあいだで起こり得ることに驚いている。もはやクルーグマンは多数のうちの一人であるに過ぎない。