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浅野史郎宮城県知事による小泉改革批判

黒木玄

2001年10月17日作成公開


『週刊東洋経済』2001年9月29日号、地域経済特集「仙台の試練」の124-127頁に「改革派知事」として有名な浅野史郎宮城県知事へのインタビューが掲載されている。浅野知事は「宮城県知事の立場から、小泉内閣への評価をお聞かせください。」という質問に次のように答えている:

 浅野 都市対地方と喧伝されたり、道路特定財源見直しの議論で地方への理解不足が見られた点には、物を申しました。でも、国と地方との関係では、基本的に評価できます。

 特に高く評価できるのは、7月に出た地方分権推進委員会の最終報告です。国税から地方税への移譲、税源の移譲があれば基本的に補助金も不要だし、地方交付税も財政調整機能だけ持たせれば縮減していいでしょう。これに関してはまったく大賛成です。

 むしろ心配なのは、つまみ食いはやめてくださいよ、ということです。実は、地方交付税の縮減だけやって、あとは税源移譲は検討課題にしようというのが、「骨太の方針」なのです。

 地方分権とか、財源をどうするかという議論は、まさに、国の形、国と地方の形をどうするかというシステムの問題です。どっちが損する得するという話ではありません。地方に自由を与えて、そこには失敗する自由も含まれますが、それぞれ自律して力を発揮できれば、四七都道府県の足し算が国の力になるのです。

 道路特定財源の問題でも、地方はキツネやタヌキしか通らない道路を作っているからムダだ、とは乱暴な議論です。宮城県ではまだ道路が足りないと思えば、限られた財源から道路に使い、道路はもういらないとなれば、文化とか福祉とか他のものに振り向ければいいのです。自分のおカネだけで道路を作るのなら、どうしてキツネしか通らない道路を作りますか。でも、その財源が国頼みで、言えば作ってもらえるとなると、別に道路の効率性まで考えなくてもいいや、となるでしょう。

(浅野史郎宮城県知事の発言、『週刊東洋経済』2001年9月29日号、126-127頁より、色付きの強調は引用者による)

さらに、朝日新聞2001年6月5日《私の視点 》において浅野知事曰く、

 地方交付税の縮減の問題は、地方の独自財源たる税収を国から地方に大幅に移転させることとセットの議論であれば、むしろ望ましいという面もある。そういった、大きな枠組みの変更という趣旨からの見直しではなく、単に財政上のつじつまが合わせから、つまり「金がないから」ということが前面に出るような「見直し」なら願い下げであることだけは言っておかなければならない。

(浅野史郎宮城県知事の言葉、朝日新聞2001年6月5日、色付きの強調は引用者による)

さて、浅野知事が心配しているように、「骨太の方針」に沿って、地方交付税の縮減だけが実施され、地方への税源移譲は検討するだけで終わってしまったとしよう (実際にそうなる可能性は高い)。そのとき、中央の政治家や官僚の地方に対する権力は強まるであろうか弱まるであろうか? 金を出し渋ることによって、中央が地方に口を出し易くなるのではなかろうか? 要するに「金を出し渋ることによってさらに口を出し易くする」という状態になるわけだ。確かにこれはたまらない。

浅野知事が道路特定財源見直しの議論に物申したのを見て、浅野知事を「改革派のふりをした守旧派め!」と非難した人たちがいたようだ。しかし、改革派の知事が「金を出し渋ることによって中央が地方に口を出し易くなってしまいかねない方針」を批判するのは当然である。

浅野知事は小泉改革に期待している面もあるようだが、実際には小泉政権は全く信用できないので、改革の名のもとに「金を出し渋ることによって中央が地方に口を出し易くなってしまいかねない方針」が実施されないように厳しく監視して行く必要がある。

そのためには小泉改革に疑いの目を向ける人が増えなければいけない。「改革」を叫ぶことは確かに人気を得るためには手っ取り早い方法ではある。だから、リップ・サービスに騙されないように注意しながら、以前よりも悪くなるような“改革”を実施してしまわないように警戒した方が良い。地方交付税の問題だけではなく、全体的に「金は出さないが口は出せるようにする」という類の“改革”が多過ぎるように感じているのは私だけだろうか?